時旅 葉・九十九話
カチ、
カチ、
カチ、
カチ……、
カチンッ。
指針が止まる。
指針は後ろ向きに進み出す。
カチカチカチカチカチガチガチガチガチカチガチカチカチガチカチッガチッガチバチバチバチバチバチッ、
◆◇◆◇
これまでの世界――――遡り、やり直し続けた世界を振り返る。
想い人の死を、私の歴史を、振り返る。
一周目の世界。
小等部。
深夜と出会い、卒業式の事件により離別。
暴力沙汰を引き起こした良人とともに、私は第三十二学区から第五十学区へと移転する。
中等部。
二年、良人は軍部の戦線にて重傷を負い、四日間にもわたる大手術の末なんとか一命は取り留めるも、二日後の朝、無理な術式により限界を超えた身体は尽き果てる。
反省及び分析。
良人と美唯ちゃんの死を回避するためには、二人を学園と軍部から救い出すことが絶対条件。
時を遡る。
二周目の世界。
小等部。
深夜との邂逅を拒否するが、一周目の世界と同様、執拗ないじめに遭う。いじめっ子どもを蹴散らし、深夜をボコにする。邪魔者を全て取り除いた私は、ショタ良人と接触を試みるも失敗、気味悪がられ、卒業するまで避け続けられる。
中等部。
私は自らの希望により第五十学区に移転するが、良人は普通に第三十二学区の中等部に進学。……しまった。
更に、あの事件を起こしていない深夜も通常通りに進学し、第三十二学区の中等部生となる。そしてなんと深夜は美唯ちゃんを学園の裏から救い出すが、軍部に人質兼実験兵器として利用されていた良人は殺される。その後、美唯ちゃんは深夜を拠り所にするが、中等部卒業式にて、深夜に裏切られ自殺。
反省及び分析。
良人と美唯ちゃん、どちらか片方だけを助けても、もう片方は殺されてしまう。どうすれば異無兄妹を助けられるのか……。やはり二人を、そもそも学園暗部と軍部に接触させてはだめなのだ。
あと深夜の野郎はぶちのめす。
時を遡る。
三周目の世界。
小等部。
始業式の日、手を差し伸べる深夜をとりあえず半殺しにする。この事件がきっかけで、私は精神補養学区に移されてしまう。……しまった。
その後、なんとか第三十二学区の小等部に忍び込み、良人に接触を試みるも、そのたびに教師人に補導される。精神補養学区に在籍する私の話しには誰も耳を傾けなかった。
小等部卒業式、いつの間に深夜に依存していた美唯ちゃんは、この世界でも深夜に裏切られ自殺。理性を失い深夜の抹殺を企てる良人だが、返り討ちに遭い死亡。事故死として扱われる。
反省及び分析。
阿呆か私は。良人と美唯ちゃんの死期を回避するどころか早めてしまった。その場の感情に流されてはいけない。冷静な行動を心がけよう。
あと深夜の野郎はぶち殺す。今回はやつのせいで異無兄妹は死亡したのだから、次は早々に排除しなければならない。
時を遡る。
四周目の世界。
小等部。
始業式の日、手を差し伸べる深夜をとりあえず抹殺する。この事件がきっかけで、私は少年院に入れられてしまう。……しまった。
少年院卒業後は、精神補養学区に入れられる。良人と接触を図ろうとするも、案の定教師人に邪魔をされ続ける。結局良人とは会うことなく小等部を卒業。
中等部。
裏工作により、私は良人と同じ第三十二学区の中等部に移転する。早速良人を捕縛し、監禁。手練手管を尽くし、良人と学園の関係性について情報を引き出そうとする。軽く拷問の後に軽く談笑、末に軽く襲い性欲を発散。で、案外すんなり裏事情を吐いてくれ、いくつか有力情報を入手。なんと良人と美唯ちゃんは学園孤児で、物心付いた頃から学園によって育成されていたらしい。知らなかった。一周目の世界で、“俺の両親は美唯が生まれた時に他界し、今は親戚の援助によって学園に通っている”と言っていたけれど、あれは嘘だったということ。異無兄妹は、そもそもが学園に利用されるために学園に通っていたのだ。
その後の調べ。一年の十二月、学園は良人の“特異体質”を研究し尽くし、いらなくなったため軍部に譲渡する。学園は軍部に在籍する良人を人質に取り、その頃から学園暗部に属していた美唯ちゃんに無茶な人体実験をやらせ始める。二年の四月、中等部に入学した美唯ちゃんは、自分の疲労を周囲に気付かせないため、気力向上、集中力統制、疲労抑制、前頭葉痛覚麻痺、諸々の効果を持つ薬剤を調合、処方し始める。次第に投薬量は増え、効き目は薄くなっていき、七月には依存症と幻覚幻聴症状などを見せ始める。同年九月、一周目同様、良人は軍部の戦線にて重症を負い、病院に搬送される。その後の展開を語る必要はない。
反省及び分析。
やっかいな問題が浮上した。異無兄妹は学園孤児だった。つまり、元々学園の裏と関わっていたということ。これでは学園との関係を完全に絶つことは不可能。せめて学園と異無兄妹の距離をもう少し遠くしたいのだけれど。
時を遡る。
十周目の世界。
小等部。
裏工作により、異無兄妹と私の入学先を第五十学区に移すことに成功。これで深夜の介入は無くなったため、この頃から存分に活動することが出来る。ちなみにこの第五十学区を選んだ理由は、火巻 柚喜が居るからだ。今までは、中等部に進学し、第五十学区に移転した場合知り合っていた火巻だけれど、今回は小等部から関係を持ってみることにした。他の学区を選ぶ理由は今の所ないため、とりあえずの実験である。けれどこの考えが災厄を呼ぶ。
それはある日当然起きた。火巻の異能力が暴走し、第五十学区が半壊したのだ。死者多数、死亡者リストの中には異無の名が二つ記載されていた。
反省及び分析。
残念だけれど、小等部にて火巻と接触を持つことは回避しなければならない。理由は不明だけれど――――一周目の世界では、そんな大事件は報道されていなかったのだけれど、だからそれはつまり、私達が小等部の内に第五十学区に在籍していたのが原因で火巻は暴走したということらしい。こんなところに良人の死因が紛れているとは思わなかった。
時を遡る。
三十五周目の世界。
小等部。
いつも通りの裏工作を施し、火巻も深夜もいない、第二十一学区に私と異無兄妹は在籍する。今回は、異無兄妹を説得し、協力を仰ぎ、学園暗部に対抗する。
二人は表面上は学園の研究部に従い、私に情報を流す。一方で私は軍部の情報を収集。中等部に備える。勿論、数々の策謀と罠を学園中の機関に張り巡らす。それは、その時点では何の意味も持たない、一見無意味に思える行動。だけれど、それらは中等部に進学し、良人が軍部の手に囚われたその時、効力を発揮する。即ち、学園暗部と軍部に対抗するための布石。未来の膨大な情報を知る私だけが仕掛けることの出来る不可視の網だ。この網を使い、今度こそ良人と美唯ちゃんを救い出す。
中等部。
一年時は、ひたすら異無兄妹を学園から遠ざけることに尽力する。二人は学園の監視下で暮らしているのだ、これをどうにかしなければ色々どうにもならない。学園の圧倒的有利を覆すためには、完全に支配されている異無兄妹を、少しでもこちら側に置くしかない。
小等部の頃から仕掛けていた罠と策の十分の三を使用することにより、二人を学園の監視下から切り離すことに成功。異無兄妹はめでたく五十学区内の一軒屋で暮らすことになる。表面上は、異無家の遠い親戚筋が生活資金を援助するという形で、私が裏金をやり繰りする。そのために、偽りの会社を一つ起業、名義偽装身分偽装を合わせて二十三件、それと詐欺を数件やらかした。二重三重、四重五重の障壁と、二手三手、四十手五十手の先手を打ち、神屠学園から完全に異無兄妹の私生活を保護した。学園から目の届かない時間が格段に増えたことにより、良人と美唯ちゃんの行動の幅が何十倍にも広がる。
これで下準備は完了。
あとは学園と軍部の手を掻い潜り、上手く出し抜くことが出来れば、私達の勝利だ。長かった私の時間旅行もこれで終わる。永遠に続くかと思われた私の戦いも、これで幕を下ろせる。
後は、またあの頃のように、皆で楽しく弁当でも食べていよう。
数々の困難を乗り越え、学園を欺き、軍部に不意打ちを仕掛け、時には騙すと同時に利用し、時には学園と軍部に軋轢を発生させその陰で更に策謀術数を巡らせる。全て完璧。何から何まで予想通り。予想通り、というか体験済みなだけなのだけれど。
そして来る日は来る。
ここを乗り越えれば、晴れて異無兄妹は学園と軍部から縁を切ることが出来る。
落ち着き、冷静に、計画通りに事を進める。何度か危ない目に遭うが、乗り越えることに成功。
私達の勝ち、と喜ぶわけには、まだいかない。
後始末が残っている。多くの後始末と、代償が。だけれどこれでやっと、私達はあの平和を取り戻すことが出来るのだ。
そのために、これだけ尽くしてきたのだ。そのためだけに、これだけ尽くしてきたのだ。
もう報われてもいいはずだ。これで報われなかったら世界は本格的にどうかしている。
――――そして世界は、私の思っていた以上にどうかしていた。
このタイミングで。こんなタイミングで。
やっと全てから開放され、後片付けをするだけだったのに――――良人が死んだ。
原因不明の急死だった。美唯ちゃんの診断によると、自然死ということらしい。
自然死。そんな馬鹿な。
それから数ヶ月、学園の追跡から逃れながら原因の解明に明け暮れるけれど、結局死因は不明。
ここまでやって……ここまでやったのに、まだ足りないというのか。まだ“お前”は私達を貶め続けるのか。嫌だ。私はこんなところで諦めたくない。こんな結末は嘘だ。認めない。認めない。認めない。絶対に認めない。
時を遡る。
五八周目の世界。
行き詰った。何をどうしても、良人の死を乗り越えられない。一緒に高等部に進学することが出来ない。
一回、これまでに得た良人の死因をまとめよう。何が起これば良人が死に、何をすれば生きるのか。条件をリスト化する。
まず、異無兄妹の生活を神屠学園から完璧に離別することは出来ない。二人が学園孤児になる前の時に遡ることが、なぜか出来ないからだ。
次に、深夜に接触すると必ず悪い結果が出る。やつは気がおかしい。
火巻と小等部を同じにすると、謎の暴走を引き起こし大量の人間が死ぬ。その中には異無兄妹も含まれる。
そして前回ようやく突き止めたのだけれど、良人が自然死する原因がわかった。どうやらそれは、あの特異体質の酷使によるものらしい。だけれど、学園と軍部を出し抜くには、どうしても良人自身の特異体質に頼らなければならない。
どうすればいいのだろう。
もう私にはわからない。
もう何をどうすればいいのかわからない。
時を遡る。
五十九周目の世界。
前回とほぼ同じ結末に至ってしまう。これで五回もほとんど同じルートを辿ってしまっている。
だけれど今回は、少しだけ違った。奇妙な変化が起きた。今までにない、新しく怪しい光明。
良人に、ある異変が起きたのだ。特異体質しか持っていなかったはずの良人が、ある奇怪な能力を使用したのだ。それは良人が軍部に追い詰められ、私が前回や前々回の世界同様に助太刀しようとした瞬間に起こった。
突如破裂した。良人の腕が。
同時に、そのずたずたになった右腕が、この世のものとは思えない速度と威力でもって、持っていた武器――――木製バットを振るった。莫大な威力の斬撃により、良人は自分自身の力でピンチを切り抜けたのだ。
その後も、危機に陥るたびに、たびたびその謎の怪現象――――おそらくなんらかの能力が発生した。これにより、ある程度特異体質による良人の負担は削減する。今回もまた、良人は特異体質の酷使により自然死してしまったけれど、一つの可能性を見出すことが出来た。
反省及び分析。
これまでの経験から良人の特異体質――――黒く変色した血液に触れた物体を消し去るあの力は、ある一定の使用回数を越えると死に至るということが判明。それは逆に言えば、一定の回数さえ越えなければ、良人の自然死は回避出来るということ。
そして上記した謎の怪能力――――不可解な能力を、特異体質と併用させることで、特異体質の使用負荷を減らし、学園と軍部の手から逃れるまで戦い続けても、ぎりぎりで死に至らなくなるように済ませることが出来るかも知れない。
時を遡る。
六十回目の世界。
私の目論見は正しかった。
あの突如発生した謎の怪能力を、特異体質と併用することで、良人はぎりぎりで、一定の特異体質使用回数を越えずに学園と軍部の手から逃れることに成功。
これでようやく私の時間旅行は終わりを迎え――――なかった。
また私は壁に直面する。
せっかく良人と美唯ちゃんを救い出すことが出来たのに、また新たな死が立ちふさがった。
火巻が暴走したのだ。
小等部を一緒に過ごすことで火巻は暴走するのだと思っていたけれど、違った。
火巻は、私達と一定期間過ごすことにより暴走するのだ。盲点だった。火巻には、異無兄妹を救い出すのに甚大な協力をしてもらったから、この事実が残念でならない。無念だ。私達はそもそも火巻という爆弾に触れてはならなかったらしい。しかも、小等部の頃に暴走したならば、被害は一学区が半壊する程度で済んだのだけれど、中学生にまで成長し力を蓄えた火巻の暴走は小等部の比ではなかった。
――――なにせ、神屠学園が半分壊滅したのだから。
正に地獄絵図だった。
良人と美唯ちゃんは早々に焼き殺され、私は薄れ行く意識の中、異能力を発動。
時を遡る。
九十九回目の世界。
全てのピースが揃った。
後は正確にはめるだけ。
まず、小等部は第五十学区を選択する。火巻が中等部で暴走することがないように、まだ被害が少ない時期の内に暴走させるためだ。その日、異無兄妹には違う学区に非難してもらった。
あらかじめ爆発させることにより危険度をゼロにし、これで火巻は晴れて私達の仲間である。今まで火巻の助力の無い世界は数十回試したけれど、そのどれでも良人は死に追いやられた。火巻という人材は良人を救い出すためには必要不可欠な存在だったのだ、だからこうまでしてでも味方につけなければならかった。犠牲になった学区の皆さんには悪いけれど、これで万事解決。
ちなみに一つ興味深い事実が明らかになった。
理由は分からないけれど、小等部から同じ学区に在籍すると、火巻は男装し、名を変え、良人の男友達として行動を共にする。
逆に、小等部を別にし、中等部から同じ学区に在籍すると、火巻は素のままで、名を変えることもなく、良人の女友達として行動を共にする。
小等部時代、暴走を起こすか起こさないかで、火巻が男装するかどうか分岐するらしい。まあどっちもあまり変わらないのだけども。見た目も、後ろ髪を伸ばすか伸ばさないか、制服が男物になるか女物になるか、それだけの違いである。あの顔で男子生徒は無理があるような気がするけれど、それでも通用しているのだから驚きだ。世の中言ったもの勝ちなのかも知れない。
中等部。
小等部の頃から用意していた全ての策謀を放出し、中等部を乗り切ることに成功。
私と火巻と美唯ちゃんは良人を軍部から助け出し、そして、私と火巻と良人は美唯ちゃんを学園から助け出した。
その後訪れる良人の自然死も、ぎりぎりで回避。
火巻の暴走も、既に小等部で済ませているので、回避。
ようやく――――ようやく、卒業式を迎えた。
そして高等部に進学したその日の内に良人は死んだ。
「……」
もう嫌だ。
疲れた。
ここまで来て、
また、
死んだ。
良人の亡骸に嘆く。
「もう解放して……」
と、
「私、頑張ったよね? ねっ?」
雨の中、
「もう疲れたよ……」
死に囚われた想い人に弱音を吐く。
「助けて……誰か」
時に囚われた私は、救いを求める。
迷子の少女は、帰り道がわからずに、いつまでも時の分かれ道を彷徨い続ける。
時を遡る。
◆◇◆◇
何度も何度も。
幾度も幾度も。
幾十、幾百。
留まることを知らず。
前を振り返らずに、後ろを振り返り続ける。
ありもしない未来を夢見て、過去に希望を託す。
未来を絶望し、過去に切望する。
未来を渇望し、過去に羨望する。
起こってしまった死を取り戻すためには、それを起こらなかったことにするしかない。
最愛の人の死を事前に取り除くしかない。
だから少女は、永劫に死を取り除き続ける。
だけれど、幾度やり直しても、幾度力を尽くしても、想い焦がれても、どの世界でも少女の想い人は死に晒される。彼女の想い人は死に直面する。
少女は繰り返す。
あの屋上で、もう一度皆で笑い合うことを夢見て。
だがいつしかその思いは別の理想へとすりかわる。
ただ想い人を生かすことだけが、少女の存在理由となる。
少女は長く彷徨い過ぎた。
彷徨い求め続けた末に、心は真っ白な――――真っ更な空白となり、それを埋めるために一つの理想を追い求める。想い求める。
想い人を死なせないこと。
それが彼女の存在理由。
全ては良人のために、良人のために。
◆◇◆◇




