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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
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時旅 葉・親愛なる実先生へ

 良人が病院に担ぎ込まれてから四日目。

 手術最終日。

 今日この日の術式を無事終えることが出来れば、良人の命は助かるかも知れない。

 ほんの僅かの希望だけれど。

 壮年の男性医師――――織姫 実(おりひめ みのる)先生が、その希望を見出してくれた。

 縁も縁もない患者のために、無茶な長時間治療を、生死の境を彷徨っている美唯ちゃんの代わりに引き受けてくれた。

 実先生はとんでもないお人好しだ。倒れた美唯ちゃんの治療費も、なんとか病院側で負担できるように取り計らってみると言っていたし――――それはさすがに悪いし、そもそも責任を他の誰かに渡したくなかったから、折り入って断ったのだけれど。とにかく、今時信じられないお人好しである。言っては悪いが、社会的にいつ破滅してもおかしくない、そんな危ういほどのお人好し。

 そして、実先生の破滅の日は今日になるかも知れない。実先生は言っていた。途中まで施された医能力術式に介入するのだから、いくら美唯ちゃんとほぼ同系統の異能力を保有していたとしても、その負担は想像を絶するものになるだろう、と。そんな自殺行為に、何の得も省みず喜び勇んで挑む実先生は――――とても馬鹿みたいで。だけれど格好良かった。

 自己犠牲。

 これほど胡散臭い言葉もない。実際、私は他人に対して自己犠牲の精神を持つことなんか出来ない。だけれど実先生は、それを当然の如く引き受けた。清々しいぐらいに、あっさりと。

 はっきり言って彼の行動は誰よりも愚かしい。素直にそう思える。本人に言ったら怒るかも知れないけれど。実先生は本当に馬鹿だ。大馬鹿だ。世紀の大馬鹿ここに極まれり、である。

 だからこそ格好いいのだろう。自分の馬鹿さ加減を熟知しながら無謀な賭けに挑む愚かなる医能力者――――賭博士が。医者にしておくにはもったいない、あれはどこかの賭博場で盛大に散る無残な破産者の素質がある。

 ありがたいことだと思う。私はノーリスクで、その未来有望な破産者に賭けることが出来るのだから。万が一、億が一の奇跡が起き、大穴を当てるかも知れない御先真っ暗破産者に、賭けるだけでも出来るのだから。実先生には感謝してもしきれない。良人の手術が失敗しても、それは実先生のせいじゃない。実先生に託した私の責任だ。もし、長時間術式のせいで実先生に後遺症が残ってしまったら、喜んで恨まれよう。


 というのが私の気持ちと見解です、実先生。

 軽く状況整理のため、自らの思考と現在に至るまでの経緯をそのまま書き記しました。

 ここから先は、あなた個人に送る言葉です。


 私は実先生を犠牲にします。あなたのお人好しを利用させていただきます。だって、たまたま病院で会った医者なんかよりも、自分の恋人の方が何倍も大事だから。私は人を差別する。他人は他人、身内は身内。どうか良人のために身を削って全力で治療を施してあげて下さい、先生。

 もし良人を救うことが出来たなら、私はあなたを尊敬します。敬愛します。崇め奉ります。寮の自室に実先生の祠を増設します。

 そして、もし良人を救うことが出来なかったなら、私は貴方に筋違いの恨みを寄せます。一生恨みます。身勝手だけれど。けれど恨まずにはいられないでしょう。私は薄汚い人間なので。理性ではわかっていながらも、本性は欺けません。

 失敗する確率の方が明らかに高く、リスクも桁違いな、そんな術式に、好意だけで挑んでくれた実先生を、それでも恨みます。あなたの身体に後遺症が残ったなら喜んで恨まれますが、失敗した場合、私もあなたを恨みますのであしからず。

 だから、お願いだから手術を成功させて下さい。

 低俗な人間でごめんなさい。でも、それが嘘偽りない、私という人間だから。

 健闘を祈ります。


by 時旅 葉


 追伸。無造作にお人好しを発揮するのは避けた方がいいですよ。惚れてまうやろ。


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