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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
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時旅 葉・十一話

 目が覚める。

 不思議なもので、気を失ってから一分も経っていないような気がする。だけれどそれは、そんな気がするだけで、壁掛け時計を見てみると指針は既に二十二半を指していた。

 そこで思い出す。私はなぜこんなところで倒れているのか。ここがどこなのか。

 病院。仮眠室。良人。怪我。手術。美唯ちゃん。薬。

 一気に頭が覚醒する。記憶が一瞬でなだれ込む。

 ああそうだ、私は美唯ちゃんの能力で気絶させられて、結局こんな時間になるまで寝てしまっていたのだ。……集中治療室では、今にも崩れてしまいそうな後輩が良人のために無茶をしていたというのに、私はのうのうと昼寝なんかしていたんだ。

 ……待て。

 今は自己嫌悪に浸っている場合ではない。

 今、私の目は何をとらえた? 二十二時半?


 二十二時……“半”?


 ベットを見る。ここは仮眠室だ、そこにいなければならない少女の姿を探すが、ベットはもぬけの殻。

 良人の手術が終わるのは、二十二時だと聞いていた。でも現在時刻は二十二時半。なのに今この場に美唯ちゃんはいない。今日の手術が終われば、すぐにでもここで身体を休めていなければならないのに。

 そして、集中治療室には美唯ちゃんと良人の他には誰もいない。これは特別な手術だから、通常の医師では手が出せないのだ。近付くこともすらも。だから手術は美唯ちゃん一人の手によって行われる。

 “それらが意味するところは?”

 まだ少し重い身体を起こし、棒のように不自然な感覚にみまわれている両足を全速力で動かし、集中治療室へ向かって廊下を駆ける。

 嫌な汗が背を伝う。

 どうか――――どうか……。

 だけれど、その祈りを無視して私の嫌な勘は的中する。

 私の嫌な勘は、基本的に的中する。してしまう。

 集中治療室の扉を開けた、そこには。

 病院に運び込まれた当初とは見違えた、まだ大きな怪我は残っているけれど、人体の形を伴った良人。そして、手術台の足元で倒れている美唯ちゃん。

 ……ああ、“今日のぶんの手術は成功したんだ”、と。一瞬そんなことが過ぎってしまった自分の頭を壁に叩き付け、美唯ちゃんに駆け寄る。

 顔色が悪い。

 悪い……というより、皮膚が蝋のように白い。


 死んだように――――白い。


 口元に耳を寄せて、息をしているかどうか確認する。だけれど呼吸音は聞こえてこない。

 

「美唯……ちゃん?」


 自分の顔が真っ青になるのがわかる。

 対して、心臓はどくんどくんと痛いほどに早鐘を打つ。

 そっと美唯ちゃんを抱き起こし、震える足で立ち上がる。

 ……軽い。

 小さい子だとは思っていたけれど、この軽さは明らかに異常だ。


 頭が真っ白になる。


 集中治療室の扉が開く。

 壮年の男性医師が慌てて室内に入り込む。

「――――! ――――っ!」

 男が何を言っているのか聞こえない。

 術式終了時間になっても消えない集中治療室のランプを見て、慌てて駆けつけたのだろうけれど。気付くのが遅すぎる。

 そこからの記憶は曖昧だった。

 男性医師に美唯ちゃんの動かない身体を渡し、去っていく背中を見送った。

 私はそこでしばらく立ち尽し、良人を眺めていた。

「――――」

 何か声を掛けたような気がする。覚えていないけれど。とても下らないことだったような気がする。

 それでも、良人は起きてはくれなくて。

 死んでしまったかのように、起きてはくれなくて。

 今日は三日目の手術。

 だけれど、手術は明日までやらなければならない。

 そこまでしても、良人の命が助かるかどうかはわからない。

 希望は失われた。

 呆然と立ち尽くす。


 ……。


◆◇◆◇


「美唯さんの容態ですが、率直に言ってかなり危険な状態にあります」

 診察室にて。壮年の男性医師の話を聞く。

「生きては……いるんですね?」

「……はい」

「助かりますかっ?」

「――――それは、わかりません。もし命は助かっても、もう一生目を覚まさないという可能性も十分に有り得ます。運よく意識が回復したとしても、身体に深刻な後遺症が残るのは確実でしょう」

「そんな……」

「……申し訳ありません。これは完璧に私どもの過失です。まさか美唯さんがこれほどまで危険な状態に陥っていたとは……私どもの前ではそういった素振りはまったく見せなかったのですけれど……薬剤で誤魔化していたんですね。もっと早くに気付くべきだった。そもそもあんな無茶な手術できるはずがなかったんです――――本当に申し訳ない――――表面上は順調に進んでいましたし、それに美唯さんはとても気丈に振舞っていましたから、もしかしたら成功するのかも知れないと……。止めなかった私どもに責任はあります……せめて美唯さんの治療費はこちらで負担致しましょう」

 頭を深々と下げてくる医師。

 あんたら学園連中が美唯ちゃんと良人を追い込んだんでしょう、と怒鳴りつけるのをかろうじて堪える。この人に罪はない。ここは学園内の大病院で、上層部の職員には学園暗部や研究室の息が掛かっているだろうけれど、その下で働くこの人達は何も知らないのだから。確かに、無謀な大手術に挑む美唯ちゃんを止めなかったというのはあるけれど、それは私も同じことなのだから。良人を助けたいがために、見過ごしたのだ。私にこの人を責める権利は無い。

「事情は計り知れませんが、美唯さんは、自分のために兄があんなことになってしまったのだと、そう言っていました。だから絶対に自分が助けなければならない、助ける義務がある、と。涙で目を腫らしながら言っていましたよ。私達も、その気迫に押されて――――あ、いや、これは言い訳になってしまいますが――――良人さんの治療を任せて、しまいました。その結果が兄妹揃っての共倒れだなんて。……皮肉なものです。兄が妹を助けるために、自らを滅ぼし、その兄を助けようとした妹すらも、自らを死地に追いやってしまった。互いに互いを助けたかっただけなのに、互いが互いを助けようとしたがために……。あまりにも報われない話です。僕は認めたくありません、このような不条理が世に蔓延っていることが。だけれど僕にはどうすることも出来ない。目の前で患者が死にかけているというのに、まだ年端も行かない少女を見守ることしか出来ない。いや、見守ることすらも満足に出来なかった……治療室で、美唯さんが倒れていることに、すぐに気が付けなかった。それも三十分もだ。それは十二分に生死を左右しうるだけの時間です。僕は自分の無力さが許せない。それがおこがましい自己満足とエゴから沸き起こる感情だとしても、それでも、僕にも何か人を助ける大きな力があれば。美唯さんのような力が、あれば。……身勝手なことだとは分かっているのですけれどね。力の無い自分を目視出来なくて――――美唯さんがその力のせいでこんな目に遭ったというのはわかっているのですけれど――――だけれど、その力を羨ましがっている自分がいる。愚かしいことです。今の自分では満足出来ないからと、手に入るはずもない力を渇望する。その力を持っていたとしても、更なる不幸と不条理に見舞われるだけたということわかっているのに」

 遠くを見詰めながら、滔々と語る医師。

 その瞳に何を思うのか、何を映しているのか。この医師が、今までどのような人生を送ってきたのか。知る由も無いけれど。

 けれど、そこで私は悟る。


 ――――この人は、私と同じなんだな、と。

 見ているだけの自分が――――見殺しにするしか出来ない自分が、どうしようもなく惨めで、悔しいのだ。


「おっ、と、……不謹慎でしたね。今の話は忘れて下さい。下っ端医師のうわ言です。……何でしょうかね――――これは聞き流しもらっても構わない独り言なのですけれど――――あなたを見ていると、何だか他人とは思えなくて……つい柄にも無い自分語りをしてしまった」

「いいえ……そうですよね。そうなんです。死ねばいいですよね、無力な自分なんか。そう思ったことありません?」

「……」

「不条理。理不尽。無力。無能。……もしこんな物語を考えている馬鹿がいるとしたら――――もしこんな趣味の悪い筋書きを書いている勘違い低脳野郎がいるのなら、私はそいつを許しません。見つけ出してぶち殺してやります。一生掛かっても、永遠に物語りから外れてしまっても、こんな救われない物語りなんかぶち殺してやりたい。でもそれが私には出来ない。――――自分でも、抽象的過ぎて何を言っているのかわからないのですけれど。人を陥れる物語りの作者なんか、皆死ねばいいんです。人の気持ちも知らずに、面白がって人を殺す下種野郎が、私達の上にいるのだとしたら……」

「そうですね。あなたとは気が合いそうだ。話せて良かったです」

「……はい。すみません、変な話をしてしまって」

「いいえ、気にしないで下さい。先に妙な話をしたのは僕だ。もう遅いですから、気を付けて帰って下さい」

「あの、出来れば美唯ちゃんの病室に居ても構いませんか? 今晩だけ……邪魔はしませんから」

「大丈夫ですよ。治療は終わっていますから。点滴を打って寝かせてあります。側に居てあげて下さい。見守ることしか出来なくても、けれど見守ることは出来るのですから」

「ありがとうございます。――――それから、良人のことなんですけれど……どうなって、しまうんでしょうか」

「……とても言い難いのですが……正直なところ、助かる見込みは皆無と言っていいでしょう。本当に残念です」

「何とかなりませんかっ? なんとか、」

「無理です」

「でも、」

「今のところは、無理です」

 私は口を閉ざす。医師の真剣な声音と眼差しに。

「だけれど、希望が無いわけではありません。ほんの一パーセントにも満たない確率ですが、助けられる方法が無いこともない」

 すぐに何を言おうとしているのか読み取る。

「幸い美唯さんのおかげで、三日目までの手術は無事成功していますからね。明日さえどうにかなれば、良人さんの命は救われるかも知れない」

「……だけれど代わりの医師は」


「僕が居ます」


「はい?」

 何を言っているのだろうか。

 良人の手術は美唯ちゃんの術式で進めてしまっているのだから、他の人の介入は不可能だというのに。


「あなたの言う通り、もしこの物語を書いている誰かがいるとするのなら――――どこまでも趣味の悪い野郎なんでしょうね」


 医師は軽く微笑を浮かべ、


「実は僕、美唯さんとほとんど同じ系統の医能力者なんですよ」


 淡い希望。


「さすがに美唯さんと比べればかなり劣りますが、それでもやってみる価値はあると思うんです。といっても、僕なんかが手術を引き継いだところで、成功する確率が限りなく低いことは事実です。だから、いたずらに希望を抱かせたのちに結局失敗し、あなたを貶めるようなことはしたくないのですけれど……」


 一筋の木漏れ日。


「それでも僕は医能力者だ。弱くても、力が無くても、その誇りだけは確かにある。助けられる確率があるのならそれに賭けずにはいられない――――知っていましたか? 医能力者というのは大抵、自滅していく賭博士となんら変わりない低俗な輩なんです――――だから、少しだけ僕に託してもらっても構いませんか?」


 神は――――創作者は――――作者は、本格的に趣味が悪い。

 どうせ、この蜘蛛の糸にすがったところで、失敗することは目に見えている。

 そして私は絶望するのだろう。

 一瞬だけ希望を見出させ、そして叩き落す。

 そうやって、貶めるのが狙いなのだろう。


 わかったわ。

 乗ってやろうじゃないの、このゴミムシ野郎。


 私は、託す。

 名も知らぬ医師に。

 一言。


「お願いします!」


◆◇◆◇



 ど低脳作者でごめんなさいっ。

 いつ時を止められて首を掻っ切られるかとビクビクしている今日この頃です。


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