時旅 葉・九話
私は間違っていた。
やはり、間違っていた。
あの時。もう少し時間をくれと言った良人を、殴ってでも止めるべきだったのだ。嫌われてでも止めるべきだった。
なのに私は――――むざむざ見殺しにした。
無茶だということはわかりきっていたのに。良人が抱えていた問題が、美唯ちゃんが抱いていた問題が、そんな簡単なものではないと、わかっていたのに。
良人個人ではどうにもならない、それだけ深刻な問題だからこそ、あいつはあんなにボロボロになってまで、一人で背負い込もうとしていたのだということは、容易に察しがついただろうに。
本当に察しが悪いのは、良人じゃなくて、むしろ私の方だった。
本当に鈍感なのは、良人じゃなくて、むしろ私の方だった。
とんだ愚図だ。
間抜けだ。
愚者だ。
だけれどもう遅い。
いくら後悔したところで、どれだけ悔やんだところで、それは私がど低脳だったということを再確認するだけの行為でしかない。
意味なんかない。無為。だから、うじうじしている暇があるのなら、良人を助けるために動けというものだ。
だけれど動けない。動きようがない。私は何も出来ない。何もしようがない。
だってもう、手遅れなのだから。
良人はもう、手遅れなのだから。
あれは――――“あの有様は”、現代の医学ではどうにもならない。どうしようもないほどの致命傷、いや、致命傷どころではない、即死していてもおかしくない、なぜ生きているのかが不思議な、有り得ない有様。
病院に運び込まれた良人を一瞬見たとき、私は“あれ”を良人だと思うことが出来なかった。こんなものは良人ではない、と。つい思ってしまった。条件反射的に、否定してしまった。それがまぎれもない、私が好きな彼氏だということは、わかっていたのに。だけれど、……拒絶、してしまった。
最悪だ。
最低だ。
「う、……うぅ」
泣くな私。
なぜお前が泣く。
誰よりも卑劣なお前が、何を悲劇のヒロインぶっているんだ。
ふざけるな。
お前のせいだ。
お前のせいで良人はあんなことになったんだ。
わかっていながら、止めなかったお前が。
死地を駆け巡っていた良人を止めずに、見殺しにしたお前が。
見殺しにした、お前が。
何を偉そうに涙なんか流しているんだ。
お前にそんな権限なんか無い。
悲しむ権利なんかない。
悲しむべき人間はお前じゃない。
今、本当に苦しいのは。
あの子なんだから。
誰よりも絶望しているのは、
美唯ちゃんなんだから。
集中治療室の扉が開く。
私は、中から出てきた、手術着に身を包んだ外科医に、患者の――――異無 良人の容態を聞く。
医者は答える。
「……兄貴は、私がなんとかする。だから安心して。葉姉。大丈夫だから」
患者の実の妹でもある外科医――――天才医少女にして学園屈指の治癒系超能力者、異無 美唯は答える。
大丈夫だ、と。
大丈夫、だと。
――――大丈夫だと?
「大丈夫なわけないでしょう!! あんな、――――あんな怪我で……あんな有様で、大丈夫な、わけがっ――――」
「私がなんとかするから。安心して。大丈夫だから」
「――――っ! ……あんたは、……あんたが……あんたの、せいでっ……」
「私がなんとかするから。安心して。大丈夫だから」
そうだ。
そうよ。
そもそも、
「そもそもあんたが悪いんじゃない……あんたが学園なんかに手を貸さなければ――――」
ああ、
「――――人体実験なんかに加担しなければ……」
私は、
「なんで? なんでそんなことしてたの? それはそんなに楽しいことだったの?」
なんて、
「人の身体を弄くり回すのは――――兄をこんなにするぐらい夢中になれることだったの?」
最低なんだろう。
「ねえ。聞いてるの? 天才医少女ちゃん」
「私がなんとかするから。安心して。大丈夫だから」
ただ、それだけを答える医少女。
虚ろな瞳で。
青ざめた顔で。
覚束ない足取りで。
私の八つ当たりなんか聞こえていないというように、
ただただ、同じ言葉を繰り返す。
私がなんとかする、と。
安心して、と。
大丈夫だと。
「今の嘘」
「私がなんとかするから」
「今の嘘だからっ!」
「安心して」
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
「大丈夫だから」
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