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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
37/65

時旅 葉・八話


 最近、彼氏が出来た。


 ……。


 彼氏が出来た!


 …………。


 本当だよ?


 ………………。


 現在、中学生活二年目の、九月下旬。

 中等部に進学してから、もう二年と半年が経過し、ついに私にも春が到来した。いや、季節的には秋なのだけれども、心情的には春まっさかり。

 秋。

 中等部二度目の、秋。

 ここでこいつと二人きりで過ごすのは、これが二度目だ。

 一年前のあの時は確か、私が寂しさのあまり人形と喋っているところを目撃されて、それからグダグダと良人を引き止めて、互いに嫌いだと言い合ったんだっけ。それとも死ねって言い合ったんだっけ。あ、どっちともか。

 ……今思えば、信じられない話だと思う。あれだけいがみ合っていた二人が、今じゃこうして二人きりで身体を寄せ合い過ごしているのだから。

 嫌よ嫌よも好きの内、とか。嫌いは好きの裏返し、とか。よくそんな話を聞くけれど。私はそんな言葉まるっきり信じていなかった。当たり前だ。

 嫌いは嫌いで、好きは好きだ。それらはそれぞれ別種のパラメーターであり、嫌いが好きになったり、好きが嫌いになったりはしない。塩が砂糖になり得ないように、好意と嫌悪もまたしかり。対にはなってはいるけれど、裏返しにはなっていない。

 例えば、私はA君に対して好意二十ポイント、嫌悪五十ポイントの感情を持っていたとしよう。私はAのことは基本的に嫌いだけれど、少しは良いところがあるとは思っている状態。で、ある日A君が私になんらかの何かをして、私の好意ポイントを上昇させたとする。それにより、好意が四十に上昇し、嫌悪が四十に下降する場合もあれば、好意が四十に上昇し、同時に嫌悪も七十に上昇する場合だってある。まあ後者は珍しい例だけれど、つまり言いたいことはそういうこと。

 分かりやすく言うならば、好意と嫌悪というのは、一本の棒グラフで表すものではなく、二本の棒グラフで表すものだ。パーセンテージでも割合でもなく、二本の棒グラフ。

 そう、だから嫌悪が好意に転じるなんてことは絶対にない。もしそのような現象が起きたというならば、それは単に、たまたま好意が上昇した分だけ悪意が下降したというだけのことだ。そういうこともままある、確かに二つの値は平行線ではあるけれど、互いに影響を及ぼし合ってはいるのだから。だが、それは嫌悪という成分が好意という別の成分に成り変ったというわけではない。

 じゃあなぜ私は良人にこれほどまでの好意を抱いているのか? ついこの前まで嫌っていた良人に対して、今ではこれだけの好意を寄せているのか? なぜいきなり大嫌いが大好きになったのか? なぜ好意ゼロ、嫌悪五万だったのが、一日でいきなり好意五万、嫌悪ゼロになったのか?

 嫌悪が好意に転じたから?

 いやいや。違ったんだ。最初から前提が間違っていた。ただ私が、ついこの間その間違った前提に気付いただけということ。

 つまり、私が良人に抱いていた嫌悪は、最初から嫌悪ではなく、好意だったのだ。ただ私が一人で、その好意を嫌悪だと言い張っていただけである。この前ようやくそのことに気付かされた。多分、あの保健室での出来事から、私は良人に対して好意を寄せていた。それまでは別に好きとかではなかったのに。本当に嫌っていたのに。あれ以来、長い間過ごす内に、どんどん好意は上昇していき、そして嫌悪はかなり早い段階でゼロになっていた。

 つまり、この二年の秋に至るまで、私が良人にやって来た嫌がらせは、嫌がらせの皮を被ったただの求愛行動だったのよ!

 衝撃の事実だ。

 そんなまさかとは思っていたけれど、そのまさかだったとは。きっと誰も気付いていなかったことだろう。私がずっと前から良人のことが好きだっただなんて。

 で、この前、この衝撃の事実を火巻に告白してみたところ――――、


「……何? ……衝撃でも何でもない? ……ばればれだった? ごめん、何言ってるかわからない」

「逆にあれが求愛行動以外のなんだったっていうのさ。時旅さん、基本的に常に盛ってたじゃん、良人に対して」

「そんな言葉使っちゃいけません!」

 スパンッ、

「いた!? ひ、ひどいっ」

「どうでもいいけど、あなた本当に良い頬してるわね。どうやって鍛えてるの? 頬」

「頬をどう鍛えろとっ!?」


 ――――なんて会話があったのだけれども、そんなはずはない。

 私の好意が周囲にバレバレだったなんて、そんなはずはない。

 だって良人本人は全然気付いてなかったもの。

 いや、こいつは気づいてなかったとしても不思議じゃないのか……。あの漫画の主人公ばりに鈍感な良人が私の好意に気付いていたわけがない。

 ねえ、そうでしょ? と、私は隣の彼氏――――つい昨日告白し、めでたく彼氏となった良人に、問いかける。


「……いや、さすがの俺でも普通に気付いてたぞ? 一年の頃からお前、服脱がせようとしたり飯食わせようとしたり飛びついて来たりブレザー持ち帰ろうとしたり、あからさま過ぎんだよ」


 ……嘘だ!


 こんな鈍感野郎に見破られていたなんて、それだけは有り得ない。有り得ないったら有り得ない。見栄張ってるに決まってる。

 もう、仕方ないやつね! これだから不器用さんはっ!

 ふう、まあ、そういうことにしておいてやるわ。そこまで言い張るなら、仕方ないから私が折れてあげるわよ。うん。

 どうせもう、恋人同士なんだから。それぐらい受け入れてやる。

 もう恋人同士なんだから。

 ……。

 しばらく、私は良人と二人で、屋上からの景色を眺める。鮮やかに紅葉した森林公園が、とても綺麗だ。

 私も、良人も、火巻も、もう二年生なんだよね。美唯ちゃんという可愛い後輩も出来たことだし。早いものだ、小等部を卒業してから、もう一年と半年が経過しているのだから。

 思えば色々なことがあった。

 一年の六月には、屋上から飛び降りるのに失敗し、保健室で良人に殴られた。

 九月には、偶然良人と屋上で会い、久々に言葉を交わした。お互いを罵った。

 十二月、良人と屋上で一緒に弁当を食べるようになり、そして火巻とばったり会ってしまい、妙な勘違いをされそうになった。

 二月になると、私と火巻はすっかり友達同士になっていて、良人を含めて三人で屋上で弁当を食べた。

 二年生の七月には、後輩の美唯ちゃんを交えて、四人で和気藹々と、楽しく屋上で弁当を食べた。

 ……あれ?

 なんか色々あったにはあったけれど、ほとんど屋上で弁当食べてただけのような、気が……。

 そんなことはない。他にも色々あった。基本的に、良人も美唯ちゃんも放課後は忙しくて、遊ぶことはあまりなかったけれど、それでも一緒にどこかに出かけたりはした。その辺に御飯食べに行ったりしたぐらいだけれど。あ、でもこの前一度、市民プールに行ったこともあるし、今度は遊園地に行こという約束もしてある。

 まあとにかく、色々あったけれど、嬉しいこと腹の立つこと色々あったけれど、どれもがどれも、まとめて私の最高の思い出だ。出だしは最悪だったけれど、結果的に、最高の中学生活だった。

 そして、現在、二年生の九月。つい昨日、私はこいつに告白し、晴れて恋人同士になった良人と、屋上で紅葉を眺めている。


 せっかくだから、少し昨日のことを振り返ってみよう。

 あれは昼休み、相変わらずいつものように屋上で弁当を食べていた時のこと。



「ねえ異無。ここ一週間、美唯ちゃん休んでるけど……大丈夫なの? 本当に、ただの風邪、なのよね?」

 ――――と。

 ここ一週間、きっかり屋上に来なくなってしまった後輩を心配し、聞く。

 本当はもっと早くから聞きたかったのだけれど。様子のおかしい良人と美唯ちゃんが、心配でたまらなかったのだけれど。なんだかそんなことを聞ける雰囲気じゃなかったから。兄妹そろって、聞いてほしくないような、何かを隠しているかのような、そんな態度を取り続けるものだから。

 私も火巻も、ずっとそのことについては聞けずにいた。踏み込めずにいた。

 この二人のプライベートに関わるのは、よくないことだと、そう思って。

 二人とも、いつも放課後はどこで何をやっているのかも、日に日に酷くなるその怪我は何なのかも、美唯ちゃんが病欠気味なのはどういうことなのかも、ずっと見てみぬ振りをして来た。

 それがとても冷たいことだっていうことは分かっていたけれど。一年以上も一緒にいるのに、ずっと隠し事をされたままなんて、それを聞かずにいるなんて、踏み込まずにいるなんて、やっぱりおかしいと思ったから。

 だから、聞いた。

 美唯ちゃんは本当に大丈夫なのかと。


「……。ああ、美唯はああ見えて昔から病弱だからな。たまにあるんだよ、週単位で熱を出したり風邪をひいたりする時が。だから今回もそれほど悲観的になることじゃない、今に始まったことじゃないからな。それに今日熱測ったら三十七度まで下がってたしな。明日か明後日には、また元通り復帰するだろう」

「嘘」

「……何がだよ? また変な言い掛かりつけようってのか。お前は相変わらずめんどくせえ女だな、いちいち俺の言葉にいちゃもんつけねえと気が済まないのか?」

「じゃあ何で目を合わせないのよ。何で私から目を逸らすの? ねえ。あんたが嘘付く時の仕草ぐらい皆知ってるのよ?」

「……はっ、いちいちみみっちい女だぜ、目え合わせなかったぐらいでなんだっつう――――」


「――――いいから答えて!! 本当のことを!!!」


「……」

 無表情で固まる良人。

 良人の胸倉を掴む私。

 私をいさめようとする火巻。

 沈黙する空気。沈殿する空気。

 数秒。

 そして、私は、それまで聞きたかったことを、疑問に思っていたことを、全て、

 全て吐き出した。


「あんたは――――あんたと美唯ちゃんは何を隠してるの? いつも放課後どこに何をしに行ってるの? 何であんたはいつも傷だらけなの? 今日だって全身ぼろぼろじゃない……服越しからでも分かるぐらい傷だらけじゃない! ねえ、答えてよっ、これ以上見て見ぬ振りなんか出来るわけないでしょ!? ――――それにあんた、最近いつ寝たの? 目の下にそんな濃いクマひっさげておいてばれないとでも思ったのっ? ……大体背中のそれは何なの? バット? 何でそんなものずっと持ち歩いてるのよっ。何に使う道具なのよ、それっ。ねえ! 美唯ちゃん、本当は風邪なんかじゃないんでしょうっ? この前倒れそうになったのだって貧血なんかじゃないんでしょ? そうなんでしょ!? だからそんな苦しそうな――――辛そうな疲れきった顔で無理矢理平気そうな振りしてるんでしょう!? ねえ!!?」 


「……ちっ。……あーあー、うぜえ、バカみてえに怒鳴りやがって。はっ、何を一人でのぼせ上がってんだか。勝手にヒステリック起こしやがって、引くぜ? そもそも何で俺が友達でもなんでもねえお前にプライベート明かさなきゃなんねえんだよ気持ちわりい。はあ……バカ女といると本当に疲れる。何を勘違いしてんだか。――――帰る。ついてくんなよ? あと俺もう、ここ来ねえから。ったく、俺は静かに飯食いてえだけだっつうのに勝手に集りやがって、毎日毎日ギャーギャーうるせんだよ、うっとうしいったらねえ、蝿どもが」


「――――~~~~っっ!!」


 バシンッ、と。


 良人の頬を(はた)いたのは、私。

 ではなく、それまでおろおろしていた、火巻 柚喜だった。


 火巻は、今まで一度も見せたことのない表情で。

 見たこともない無表情で。

 聞いたこともないような、声音で。

 噴火間際の、静まり返った火山のように、

 爆発寸前の、地中で眠る不発弾のように、

 強く冷たい、煮えたぎる感情を込めて、言う。


「いいかげんにしなよ。――――怒るよ?」


 その目を見て。

 その、暗く、冷たく、燃え滾る火巻の瞳を見て。

 私は全身を硬直させる。硬直した。


「……」

「……」

「……」


 誰も何も言えない。


 キーンコーン……、

 

 昼休み終了のチャイムが鳴る。


 それでも、誰も何も言えなかった。


 やがて、良人が、口を開く。




「――――俺はお前が好きだ」

「私もよ」




 ……。


 ん?


 今とんでもないワードが飛び出たような気が……。


 何か反射的に答えてしまったけれど……。


 あれ?



「バカでアホでウザくてうるさくてめんどくさくて臆病で弱くて脆弱で貧弱で虚弱で愚図で鈍感で察しが悪くて間抜けで惨めでどうしようもなくダサくいお前が――――好きだ」


「ぶち殺すぞてめえ」


 ガンッ、

 普通に蹴る。

 思いつめた表情でふざけたこと抜かす野郎の顔面を、私は立ち上がり、蹴りつけた。

 いや……つい反射的に。

「私だってね。私だってっ」

 そしてそのままの勢いで答える。


「バカでアホでウザくて不器用で無作法で頑固で強情で乱暴で粗暴で乱雑で人付き合いが悪くて鈍感で察しが悪くて間抜けで惨めでどうしようもないあんたのことが――――だいっ嫌いよ、ばあぁああかっ!! 死ね! 死んでしまえ!! むしろ殺す! 授業中にあんたの席をテロしてやる!!」


 横で呆然と見ている火巻の顔が、なんだか面白い。

 なんて場違いなことを思いながら。


「でもあんたがそなんに私のこと好きだっていうなら――――付き合って下さい!!」



 良人も火巻も物凄い無表情で私を見ていた。

 ポカーン、みたいな感じで。


「……」

「……」

「……」


 きまずっ!

 みるみる内に顔が赤くなっていくのが分かる。

 チラ、と良人を見ると、やはりポカーン顔を継続していた。

 なんかキャパオーバーしたみたいな感じ。

 いや、キャパオーバーして暴走したのは私なんだけれども。


「だめ?」


「……」


「え、えへっ」


「……」


 えへっじゃないわ。

 何を笑って誤魔化そうとしてるの私。


 さっきの沈黙の方がよっぽどマシだった……。


「いいぞ」


 一瞬それが何語か分からなかった。


「……いい、って。……それは男女交際的な意味ですかっ?」


 意味もなく敬語。


「ああ」


 今更恥ずかしくなって来たのか、無表情のまま、ボッと一瞬で赤くなる良人の顔。

 乙女かあんたは。


 その後のことはよく覚えていない。

 なんだか、授業をすっぽかしたせいで、私も良人も火巻も職員室に呼び出され、色々ありがーい御説教を受けた気がするけれども、なんだかこのままじゃ高等部に進学できないみたいなことも言われた気がするけれども、それもこれもどれもよく覚えていない。


 とにかく放課後。なんだかんだ放課後。


 私は未だ混乱中の思考をぐるぐる回しながら、良人に聞く。

 結局あやふやになってしまった会話の続きをする。


「……それで、あの。ごほん。ええと、異無、……いや、りょ、良人クン。私の彼氏の良人クン。昼の続きだけどいいですかっ?」

 ぎこちなく、挙動不審に促す。

「あー、そうだな。そうだった。……本題はそっちだ」

 自然に相槌を打つ良人。さすがにもう、動揺はしていないのだろう。

 メキッ、

「おっと。――――脆いな、この手摺」

 違った。めちゃくちゃ動揺していた。

 掴んでいた階段の手摺を握り潰すぐらいには動揺していた。

 いくら木製とはいえどんな握力してんのよ……。ちなみに、この中等部第三校舎は造りが相当ボロかったりする。

「あー、うん、脆いね、手摺、あははははは」

「そうだな、いい加減リフォームしろっつう話だよな、あははははは」

 お互い目が笑っていない。

「――――え、ええと、それで、手摺もいいけど、それより話しの続きよ」

「そうだな。そうだ。……ふう」

 二人とも真面目な表情を取り繕う。


「それで、結局、本当のところはどうなの? 美唯ちゃんのこと。あんたらは何を隠してるのか。異無――――ううん、良人が――――放課後いつもどこで何をしているのか。……教えて、くれる?」


「駄目だ」


「……」


「今は、駄目だ」


「……そう」


「あのな――――俺は、お前が好きだ」


 昼間、途切れてしまった言葉の続きを、言う。


「それはお前に限った話ではなく、火巻のことも、まあ、好きだ。だがそれはあくまで友達として。お前へ対しての好きとは、違う。……だからな……だから、俺はお前を、巻き込んだりなんかしたくない。巻き込みたくない。……いや違うかもしんねえな。……ただ嫌われたくないだけなのかもしんねえ。俺が何をしているのか――――放課後、どこで何をやらかしているのか――――それを知られて、嫌われるのを、単純に避けたいのかも知れない。それに、それは俺に限った話でもないんだ。美唯。……あいつも、相当、学園の裏でやってはいけないことを――――汚いことをやっている。やらされている――――お前や、それから火巻に、そんな俺と美唯のことを知られたくない。知ってほしくない。何より、やはり巻き込みたくはない。だから出来ることなら、いや、絶対に、何があっても、このことは誰にも知られないよう、隠し通そうと思っていた。これは俺達の問題だから。俺が、なんとかしなければならない問題だから。だから……拒絶しようと思った。だからお前に最悪のことを言った。もう屋上には来ない、と。真に受けたか?」


「分かってる。真に受けるわけないじゃない」

 正直、言われた時は一瞬間に受けたのだけれど。


「あ、半分本音でもあるんだけどな? うるさくてうっとうしくて蝿っぽいとか」

 殴られたいのだろうか。


「まあ、それでも――――蝿でも――――俺がお前のことを好きなことは変わらない」

 殴られたいのだろうか。

 ……これは照れ隠し的な意味。


「だからな。時間をくれ。……もう少し、俺一人で頑張らせてくれないか? ……大丈夫だ、手遅れになる前には、ちゃんとお前にも、火巻にも事情は説明する。場合によっては協力してもらうかも知れない。迷惑な話だろうが、それでも、お前らが巻き込まれてもいいっつうならだけどな。――――だから、もう少し、待ってくれ。頼む」


 本当は、


 殴ってでも、


 私は言わなければならなかったのだろう。


 そんなの許さない、と。

 今すぐ事情を話せ、と。

 そして協力してやると。


 それが、本当に、良人と美唯ちゃんのことを考えた末での、正しい結論だろう。


 だけれど、


 私は、間違ってしまった。


 間違った、答えを返してしまった。



「うん。……わかった」



 そう答えてしまった。


 だって、良人が、あの良人が、頭を下げて、懇願するものだから。


 必死に、私を好きと言ってくれた良人に、頼み込まれてしまったから。



 ――――最低だ。私。



「さんきゅう、な」


 淡い笑顔で、

 疲れた笑顔で、

 言う。



「……少し、屋上で涼もうか」



◆◇◆◇



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