時旅 葉・六話
最近、友達が出来た。
もう中等部に進学してから大分立つけれど、ようやく友達が一人出来た。
いや……友達? 友達なのかな? 友達というか悪友? 腐れ縁? ……もしくはライバル? とにかくまあ、友達。そういうことにしておこう。
で、この友達というのが良くも悪くもとても面白いやつで、具体的に良く言うと“明るくて気の良いやつ”、具体的に悪く言うと“残念でお調子者”である。
明るくて気の良い、残念なお調子者。なんだか、これぞまさに“いじられキャラ”というような性格だ。生まれるべくして生まれた天賦のいじられキャラ。
火巻 柚喜。
それがやつの名前。
自称ハーフで、その赤茶けた目と髪の色が特徴的。髪型は、前と両サイドはショートなのだけれど、後ろだけ伸ばしていて、ゴムで一本に束ねられている。この前、本人に“何その後ろ髪?”と聞いたら“え? 尻尾”と答えが返って来たのだけれど意味が分からない。
顔はまあ、可愛い。というかかなり可愛い部類に入る。若干垂れ目気味で、とても人懐っこい雰囲気。うん。見た目は文句ない。見た目は良い、のだけれど、その中身が問題で、なんというかとても残念な性格をしているのだ。
まず第一に、隙あらば“にへらにへら”とだらしの無い感じの笑みを浮かべている。しょっちゅう浮かべている。
基本的にその場が和むからいいのだけれど、なんだか間抜けに見えてしまうことがある。見ようによっては癒されるのかも知れない。でもやはり、周囲の人間に“ふにゃふにゃしたやつ”という印象を与えてしまうのは否めない。まあ、それだけならばいい。ふにゃふにゃした雰囲気を醸しているという、それだけならば癒し系とかなんとかで通るかも知れない。だけれどやつは、それに加えあの性格がいけない。いや、友達として付き合う分なら面白いからいいのだけれど、異性相手への魅力を全て台無しにしてしまっているのだ、その性格によって。
何て言えばいいのだろうか。ヘタレキャラというか、ボケキャラというか、いじられキャラというか。もしくはそのまんま残念キャラ? ……表現し辛い。
とにかく行動が全然可愛くない。例えば、普通に“ぎいやああああああああああ”とか叫んだりする。衆目も気にせず、無駄にハイテンションでアクロバットなリアクションをしたりする。更に行動や言動がなんとなくバカっぽい。
ギャグ要員と言えばいいのだろうか? ようはとても軽いやつなのだ。軽い。そして魅力がない。全然魅力がない。
よく良人に頬を叩かれているけれど、あれもいけない。あれで更にやつはギャグ要員としてのイメージを強くしてしまっている。そんな私もしょっちゅうやつの頬を叩いているのだけれど。だってとても叩き心地が良いんだもの。スッパーンッ、というあの軽快に爆ぜる感じの音にS魂をくすぐらてしまう。モチモチで弾力性抜群のあの頬がいけない。
と、噂をすれば。
「おはろー。今日も早いねえ、二人とも」
屋上の扉を開けて入ってくる噂の友人――――火巻 柚喜。
寂れたベンチに座って弁当を食べる私と良人を見受け、軽い足取りで向かってくる。
現在、二月上旬。二ヶ月前の十二月、私と良人が一緒に昼食を取っていたところに出くわしてからというもの、火巻は毎日こうしてここに弁当を食べに来る。最初は良人も“寄るな! 馬鹿がうつる!”と火巻のことを邪険にしていたのだけれど、今じゃすっかり諦めたようで、ぶつくさ文句を言いながらも隣で火巻が弁当を食べるのを黙認している。
で、私は当初、彼女のことなど全く相手にせず、冷たくあしらっていたのだけれど、二ヶ月も一緒に昼食をとる内に、いつの間にか突っ込んだり突っ込まれたりの気の置けない友人同士になっていた。不思議なものだ。私は絶対に友達なんか作らないと決めていたはずなのに。知らず知らずの内に、相手に気後れも遠慮もさせない、その自然な気の良さに当てられてしまっていた。そういう意味ではとても魅力的な人間なのかも知れない。
「おはろー」
「……」
私はいつもの謎の挨拶で、良人は気だるげな視線で出迎える。ちなみに、私と良人はお互い、誰かと一緒に屋上に登るのが嫌なので、三人とも少しずつ時間をずらして来るという暗黙のルールがある。いや、良人はそんなことお構いなしで、来たい時に来るし、来ない時は来ないのだけども。
「ていうか二人とも、よく毎日毎日こんな寒いところで食べようと思うねっ? 今二月だよ、冬まっさかりだよ、ぶっちゃけ今日来るのやめようかと思ったもの僕、うああああさぶぶぶぶっ」
震えながら一気にそう捲くし立てる。ちなみにこいつは天然のボクっ子だ。
「そうか? 涼しくていいだろう」
平気な顔で答える良人。鉄人かこいつは。
「そそそそうよすすす涼しくていいじゃないのののの」
「時旅さん、君は素直に寒いって言えばいいじゃん!? 無理に良人に合わせなくていいんだよ!」
いやいや。そんなことはない。何で私がこいつに合わせなくちゃいけないの。
「……」
良人が“え? 俺に合わせてたの?”というような視線を向けてくる。……甲斐性が無いというか。
「ちちち違っ、違うわよっ、こここ異無と一緒に居たいがために毎日無理して屋上に来てるとかそんなわけないじゃないのののの」
「わかりやすっ! 自分で暴露したよこの子! ……ていうか何でノースリーブ? そんな格好じゃあシバリングしっぱなしでしょ。この前までは冬服だったじゃん」
「こここここれは肌の露出を高くして異無を誘惑しようとしてみたとかそういうわけじゃないのよよよよよよ」
「わかりやすっ! もう君わざとやってるんじゃないの!?」
何を言っているのか分からない。相変わらず変なことを言う子だ。
「ほほほほら、最近ちょっと暖かくなって来たしししし? ちょっと早めに衣替えしてみたののののの」
「季節先取りし過ぎでしょ! 五ヵ月分ぐらい時期尚早だよ!」
「あああああら、時期尚早なんて難しい言葉知ってるのねねねねね?」
「馬鹿にすんなっ! 僕のボチャブラリーには十を越える四字熟語が収められているんだ!」
ボキャブラリーをボ“チャ”ブラリーだと思っている時点でボキャブラリーは皆無だと思うけど。ていうか少ないな、十て。
「とととととにかく寒くなんかないわわわわ」
「じゃあその震えはない? シバリングでしょ? どう見てもシバリングでしょ?」
さっきからシバリングシバリングうるさいな。新しい横文字を覚えたから使いたくてしょうがないのだと見た。
ちなみにシバリングというのは、全身の筋肉を震わせて体温を上昇させる運動のことを言う。寒いところで身体がブルブルなるあの現象だ。
「こここここれは武者震いよっ!!」
「何で!? 何に武者ぶるってんの!?」
「こここ異無によっ! こいつを今から抹殺するのが楽しみで武者ぶるってんのよっ! そうでしょ異無!?」
「本人の俺に振ってどうするよ……つうかお前は寒いなら校舎に戻れ」
「ううううるさいっ! あんたなんか抹殺よっ! 微塵になれミジンコ野郎!」
野郎目掛けて飛び掛る。
「やめろ馬鹿女」
ガシッ、
けれど顔面を鷲掴みにされ止められてしまう。なんてことをするのだろうか。
だが甘い。
ガブッ、
「ぎゃっ!? 噛みやがったこいつ! こら、離せっ」
「もぐもぐもぐもぐもぐ」
「食うなっ!」
ガッ、
容赦なく引き剥がされる。
「あー……」
もっと味わいたかった。
「あーじゃねえ。……お前……本当キャラ崩壊の権化みたいなやつだな。日を重ねるごとに妙な方向に爆走していきやがる」
何かよく分からないことを言っている。
良人は深い溜息をつくと、
「ちっ、ブレザー汚れたじゃねえか。みっともなくて着てられん。おら、お前が汚したんだからお前持ってろ、邪魔だから」
ばさっ、と。乱暴にブレザーを投げつけてくる。
「……っ」
この不器用さんめっ! とは言わない。
ふん。
仕方ないので、私は黙って良人に投げつけられたブレザーを羽織ってやる。ほ、ほら、汚したのは私だし、ね? 善意からの荷物持ちというやつだ。
……良人の体温がまだ残っていて、とても暖かい。何だか色々な意味で体温が上昇するのが分かる。
「……」
「何だ、いきなりしおらしくなったな。いつもみたいに意味の分からん暴動起こしたりしねえのか?」
「……ふん。仕方ないからこのブレザーは私が責任を持って家に持ち帰って洗濯させてもらうわ」
「やめろ。ブレザー洗濯したらあかんだろ」
「じゃあ、洗濯はしないから持ち帰らせてもらうわ」
「いや意味わかんねえ」
「ギブアンドテイクよ。私はこのブレザーを洗濯しない。代わりにあんたは私にブレザーを持ち帰らせる。これぞ等価交換。どう?」
「どうもこうもねえよ!? 俺からのギブしかねえじゃねえか!」
「うるさい。いいから諦めてこれを私にギブしなさい。まさにギブアップしなさい」
「つまんねえギャグ言ってんじゃねえよ」
「ふん、いいもん。もう返さないから」
「やっぱ返せ。今すぐ」
「やー。凍死するー」
「っるせえ、大人しく凍死しろ!」
「あんたが凍死しろ!」
ぎゃーぎゃー二人でいがみ合う。
賞味期限切れで購買のおばちゃんから貰ったのであろうオニギリを貪りながら、にへらにへら眺めていた火巻が口を挟む。
「お二人さんあつあつだねえ。毎日この寒い屋上でもやってけるわけさ」
「「ああん!?」」
スッパーンッ、
と。両側から頬を叩かれる火巻。
「いっったあ!? え、ちょ、酷くない!? ダブルて!」
両頬を押さえ、涙目で抗議してくる。
「ごめんなさい、頬に蚊が留まっていたものだから」
「冬だよ今!」
「じゃあ何であなたはここに居るの? 今、冬よ? それこそ時期尚早じゃないかしら」
「僕の扱い蚊なの!?」
「似たようなもんだろう。小うるさいところとか」
「うぅ、あんまりだっ」
シュンとなってしまう火巻。……なんだろう、この涙目を見ていると、とてもサディスティックな気持ちになってくるのだけれど。虐げられる天才かも知れない。嫌な才だなあ。
「……何で僕の頬をいじめる時だけ息ぴったりなのさっ」
小声でなにやらほざいている。
良人にも聞こえていたみたいで、私は無言で目配せをし、コクリ。
すっ、と。二人で掌の標準をやつの頬に合わせる。
「謝るからやめてっ」
こうして、
中学生活で手に入れた、
下らなくも楽しい日常は、過ぎていく。
あまりに平々凡々と、
あまりに順風満帆と、
あまりに楽しく流れていくものだから、
だから、気付かなかった。
いや、気付いてはいた。
だけれど、だからこそ、気付かない振りをしていた。
私はとっても臆病だから。
もう、喧嘩の噂は聞かなくなったはずなのに、
日々生傷の耐えない良人に、疑問を抱きながら、
今日も私の昼休みは過ぎていく。
◆◇◆◇