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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
34/65

時旅 葉・五話

 私には気になるやつがいる。

 と言っても誤解しないでほしい、それは好きだから気になるというわけではない。決してない。

 じゃあなぜ気になるのかというと、ずばりそいつがとてつもなく嫌いだからだ。大嫌いだ。嫌なやつ。朝も夜も授業中も登校中も下校中も夢の中でさえも、やつのうざったいニヤケ面がチラついてうっとうしい。本当にうっとうしい。

 というか、気になるやつというか“気に障るやつ”と言った方が正しいだろう。

 むかつくのだ。非情に。腹が立つ。野郎のことを思うだけで胸がドキド……あ、いや、ムラム……でもなく、そう、ムカムカする。嘘じゃないよ? 本当だよ? お婆ちゃんに誓ってもいい。私はあいつのことが嫌いで嫌いでたまらい、と。

 なぜ嫌いって、とにかく最悪だからだ。性格が歪んでいるにもほどがある。例えば女の子の顔面を躊躇無く殴ったり、脅したり。信じられない。鬼だ、鬼。鬼畜だ。

 他にもまだまだある。

 例えば、私が屋上から飛び降りるのを助けたり、それで気絶した私を保健室に運んだり、死のうという私を熱く説得したり、小等部の頃は私をいじめているいじめっ子達と何度も喧嘩してたらしいし、ここ最近なんて、何度か暴漢に絡まれたのを助けられたし。とにかく色々やられた。全く酷いやつである。

 だからそう。私は今日も屋上で、うんざりした心持ちであいつを待つ。そりゃあ、嫌いだからである。やつの顔面を殴り飛ばしたり、罵声を浴びせて泣かせたり。あいつに嫌がらせをするために、私は屋上であいつが来るのを待つ。あいつの悔しがる顔、嫌がる顔だ見たいのだ。だって嫌いだから。……本当だって言ってるでしょ。あと、聞きたいこともまだ聞けてないし。

 現在、十二月。九月中旬から、ここでこうしてあいつが来るのを待つのが、私の昼休みの日課になっていた。

 というか今日は来るのだろうか。週に三回はここに弁当を食べに来るのだが。

「……遅い」

 クラスが一緒なのだから一緒に来ればいいじゃんと思われるかも知れないが、だがそんなこと誰がするもんか。そんなことをしたら私とあいつが友達同士みたいじゃないか。私はあいつと仲良くしたいのではない、ただ攻撃したいから毎日ここで弁当を持って待っているのだ。だったら、攻撃したいのだったら、教室で堂々と攻撃すればいいと思われるかも知れないが、ふざけるな、そんなことしたら私がいけ好かないクラスの連中から“時旅さんは良人君のこと好きだからちょっかい出してるー”なんて噂が立ってしまう。そんな気持ちは一切ないのに、そうなってしまう。失礼な。だから私は、人目の付かない、この屋上であいつを待つのだ。いや、だから、嫌がらせするためにだよ。こう何度も言うと逆に嘘っぽく聞こえるかも知れないが、本当だ。お爺ちゃんに誓う。顔知らないけど。

「うー、さむー」

 本当に遅い。今日は来ないのかな。あいつは、いつも付きまとってくるクラスメイト、なんだっけ、妙に可愛い顔したクラスメイトなんだけど、なんだっけ、とにかくその付きまとってくるナンダッケを蒔くために、少し時間を掛けてからここに来る。そろそろ来るはずなんだけど。この寒い中女の子を待たすとは、なんてやつだろうか。本当に許せない。来たらこのタコさんウィンナーを一発お見舞いしてやろう、口内に。ふふ、私の御手製だ、とくと味わうがいい。

 ガチャ、

 来た。

「こんの、待ちくたびれ野郎っ! 食らえ! 文字通り食らえ! タコさんウィンナーアタック!!」

「ほい、っと」

 ガッ、

 ビターンッ、

「ギニャッ!?」

 足を掛けられ、そのまま思い切り地面に打ち付けられてしまう。なんてことすんのっ!

「っむお! 俺の口の中に何入れやがった!?」

 だがしかし、それでも目的の方は果たしている。

「ふんっ、抜かったな腐れ野郎! どうだ私のタコさんウィンナーのお味は!?」

「ちくしょう、うめえっ!」

 どうやら効果ありのようだ。朝早く起きて作った甲斐があったというものだ。見ろ、あいつの嫌そうな顔を。もとい美味しそうな顔を。

 私は起き上がりながら聞く。

「おい異無。今日は何でいつもより遅いのよ? 私があんたに嫌がらせするのがどれだけ楽しみなのか知ってるでしょう。来るならもっと早く来なさい」

「……つうかお前、まだ言ってんのかそれ」

「何が?」

「いやもう、別に何でもいいけどな」

 良人は腹の立つすまし顔で言う。

「あのアホのやつを撒くのに手間取ったんだ。それにここに来るか来ないかは俺の勝手だろう。何でお前に束縛されにゃならん」

「何を生意気な」

「何がだよ……。まあもうどうでもいいや、めんどくせえ。俺はあっちで飯食ってるから……言っても無駄だろうけど邪魔すんじゃねえぞ」

「望むところよっ! あんたの隣になんか、絶対に座ってやるんだからねっ!」

「いや邪魔すんなっつったのが聞こえなかったのかよ……はあ。……まあ、今更か」

 このやり取りも慣れたものだ。最初の内は“あっち行け独り言女! 独り言がうつる!”とか抜かしてた良人だけれど、今じゃすっかり諦めたようで、溜息交じりに渋々、私が隣で弁当を食べるのを黙認している。ふん、もっと嫌がる顔が見たかったのに残念だ。本当だよ?

 それから良人は寂れたベンチに座り、続いて私も隣に腰を落ち着ける。距離が近い方がより攻撃しやすいので、身体が当たるギリギリの位置まで詰める。

「……いや、お前、ちけえ。すげえ邪魔」

「望むところよっ!」

「いや邪魔だっつってんだよ」

 ぐぐぐ、っと肩を掴まれ押し返されてしまう。

「そ、そんなっ、激しいボディタッチっ」

「いや邪魔だっつってんだよ!」

 げしっ、

 くっ。蹴られたっ。なんてやつなの。

「あんっ、激しいよぅっ」

「悦んでるだと!?」

 誰が悦ぶか。最近ちょこっと暴力に慣れてきたというだけだ。

「くそうっ、蹴りも入れられねえ、どうすりゃいいんだこの馬鹿女っ!」

「何? 今何て言ったの?」

 聞き捨てならないワードが聞こえた気がする。

「馬鹿女」

「はあ?」

「馬鹿女。何度でも言ってやるぜ、この馬鹿」

「よく聞こえなかった。もう一回」

「馬鹿」

「も、もう一回」

「この脳ミソ魔ピンク馬鹿」

「も、もっとぉっ」

「悦んでるだと!?」

 誰が悦ぶか。人を変態みたいに言うな。勘違い気持ち悪い、ああ気持ち悪い。

「迂闊に暴言も吐けねえ……もう、本当に何なんだお前」

 言いながら弁当の蓋を開ける良人。

「……また例の妹特性弁当?」

「ん? ああ。……美唯の弁当に勝る食いもんなんざどこにもねえぜ」

「うわー、出た真性のシスコン。こわー」

「違う。俺はシスコンじゃない。ただ妹を何よりも愛でているだけだ」

 それをシスコンと言わずして何と言うのだろうか。というか本気で引く。こいつのシスコン度は本当にヤバいのだ、会ったことは無いのだけれど、美唯ちゃんとやらの身が心配で仕方ない。……いや、そもそも毎日弁当作ったりする時点で、おそらく妹もブラコンなのか。……家族間で相思相愛って。それは禁断じゃないだろうか。

「で、私のと比べてどっちの方が美味しい?」

 ガツガツと、実に美味しそうに妹弁当を食べる良人に聞く。ちょくちょく嫌がらせの一環として、こいつの口にオカズ突っ込んだりするから私の弁当の味は大体知っているはず。

「お前のと比べて? うーん、そうだな、強いて例えるなら……毒物と食べ物、だな」

「毒物!?」

 あんまり過ぎる。毒物と食べ物って。私の弁当を毒物呼ばわりとは。

「ふ、ふんっ、そんなに美味しいなら頂いてやろうじゃないの!」

「あ、馬鹿お前――――」

 制止する良人を掻い潜り、ひょいとから揚げを一口かじる。

 そして、

「――――っっっぅ!!?」

 こ、これ、は……、



「まっっっずっ!!!」



 速攻で噴出す。

「何これ!? まずっ!!」

 まさかだった。

「だから言っただろう。毒物だと」

 私のが食べ物で、妹のが毒物か! 紛らわしっ!

「うっ、な、なによこの後味!? 舌が凄い痺れるっ!」

「洗剤」

「洗剤!?」

「間違ってたまに入れるんだよ、あいつ。ははは、ドジだよなあ」

 どう考えてもドジのレベルじゃない。普通に身体に有害である。何でこいつは平気な顔して食べてんの……。

「ていうか、“美唯の弁当に勝る食いもんなんざどこにもねえぜ”とか言ってたじゃないの」

「だからその通りなんだよ。この不味さに勝る食いもんなんかねえ」

「いつもそんなもの美味しそうに食べてたんだ……」

「当たり前だ。誰が妹の手料理を残すか」

「ごめん、さすがにそのレベルは普通に引く。あんたのシスコン魂舐めてた」

「だからシスコンじゃねえ。妹を誰よりも愛でているだけの、ただの兄だ」

 まだ言い張るか。

「まあ、おかげで胃は丈夫なんだけどな」

「どれだけたくましい構造してんのよあんたの身体……」

「俺にはそれしかねえからな。身体の丈夫さだけが取り柄だ」

 そう、どうでも良さ気に嘯く。

 それしかない、と。

 その常人離れした体力のことだろう。良人は一見細身だが、よく見てみると一切無駄の無い、引き締まった体躯をしている。こいつは物心付いた頃から喧嘩ばかりしていたらしく、服越しからはよく見えないのだけれど、その身体には多くの傷跡が刻まれていることだろう。それに、最近もかなり危ない道を渡っているらしく、常に生傷が絶えない。何をしているのは知ったことではないけれど、中学生になっても自分の我が通らないことばかりなのだろう。たまに、クラスメイト達が“学区最強の不良人”だとかなんとか噂しているのを聞く。不良と良人を合わせて不良人だ。実に下らない。

「そういえば異無、いつも持ってるそれってなんなの? 竹刀? あんた剣道とかするんだっけ?」

 ここのところ、良人は常に黒い布に包まれた長い得物を持ち歩いてる。前はそんなことはなかったのだけれど。なんなのだろうか。いっちょ前に背中に提げたりしちゃって。というか校則に違反しないのだろうか?

「ああ……これか。いや……まあ、最近ぶっそうだから、ちょっとな」

「ちょっとな、じゃ分からないでしょう。何なのそれ。竹刀? 木刀?」

 得物だということは分かるが。

「……木製バット」

「木製バット? って、野球に使うあの棒切れ?」

「なんだよ、文句あるのか」

「別にないけど。何でバットなのよ」

「何だっていいだろう。これが一番使い易いんだよ。俺専用に作って貰ったんだ」

「ふーん……どうでもいいけど」

 どうでもいいけどね。

「どうでもいいけど、さ。あんた最近、変な噂されてるわよ? 学区最強の不良とか不良人とかなんとか」

「俺は不良じゃねえ」

「どの口が言うか。この前だって朝から昼まで授業サボってたくせに」

「あれはだな。サボってたわけじゃなくてだな……」

「何よ」

「……ああ、うるせえ、俺にも色々あるんだっ」

「何よ色々って」

「色々は色々だ」

「ふん、どうせその辺のゲーセンにでも寄ってたんでしょう」

「違う。ちょっとその辺の雪山とか火山に寄ってただけだ。それで日中に帰れなかったりするんだよ」

「冗談のスケールが大き過ぎて笑えないわ」

「冗談だったら良かったんだけどな……」

 じゃあ良かったね。冗談で。誰が信じるかそんなの。いや普通に。

「ちなみにこれが雪山での凍傷」

 スッと左腕をまくって、他と少し色の変わっている肌を見せてくる。

 見せられたところで凍傷かどうかなんて私には分からないのだけども。

「で、こっちが火山でこしらえた火傷」

 軽く右肩をはだけさせ、見せてくる。これは普通に火傷だと分かる。だけれど、この程度なら普通の生活で負っても不思議はない。油料理に失敗したとか、湯をこぼしたとか。

 というかそれよりも……、

「ふん、本当かしら? よく分からないわね。ほれ、もっとちこう寄れ」

「誰なんだよ一体」

 言いながらも、見え易いように寄ってくる良人。

 ……。……じゅるっ。鎖骨の辺りのラインがなんとも。

「……見ただけじゃ分からないわ。触ってもいいかしら」

「かしらじゃねえよ。嫌に決まってんだろ」

「うるさいっ! こんな傷口こじ開けてやるんだから!」

「こじ開けんな!」

「いいからもっと脱げ!」

「脱げ!?」

「いいから全部脱げ!」

「やめろバカ女っ」

「いいではないか!」

「手の動き気持ち悪! こら、やめろっ、触んなっ!」

 ゲシッ、

「あんっ、激しいよぅっ」

 蹴られてしまう。それも結構本気で。軽く一メートルは飛んだ。なんてことをするのだろうか。

「もう駄目だこいつ……誰か助けてくれ……」

 どうやら嫌がらせは功を奏しているらしい、頭を抱えて唸っている。しかも微妙に涙目。いい気味ね。


 ガチャ、


 ……扉が開閉する音が聞こえたような。

 良人も気付いたみたいで、二人で示し合わせたかのように音のした方向を見る。

 そこに居たのは。


「やっほーい、やっと見付けたよ良人ー、いやあ、苦労したよここ突き止めるの、学年中の目撃証言から推測してやっとここまで辿り着いたんだから。まったく、せっかくいつもランチ誘ってるのに何でそんなに邪険にするのかねえ、照れちゃってまあ。でもこれでもう安心さ、ようやく毎日一緒に弁当が食べら、れる、ね……」


 制服を乱している良人と、その足元に転がっている私を見て、そいつは笑顔のまま硬直する。


「……」

「……」

「……」


 そして何を勘違いしたのか、


「――――おじゃましました」


「「待て!!」」


 これが、私と火巻 柚喜(かまき ゆき)との邂逅である。


◆◇◆◇


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