表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
33/65

時旅 葉・四話

 九月下旬。

 中等部に進学してから、もう五ヶ月にもなるというのに、私は未だに友達一人作ることなくクラスで孤立していた。

 小等部から中等部に移る際、私は第三十二学区の小等部から、同じ劣級十五組の存在する第五十学区の中等部に移転して来たから、知り合いはほとんどいない。といっても、それはむしろ好都合で、私は小等部の頃いじめられていたから、知り合いはいないに越したことはないのだけれど。それに、移転を申し出たのは私自身で、前々から深夜と一緒にここの学区に来ることになっていたのだ。でも結局あの後、深夜は精神なんたら学区に移転させられたとかなんとか。もう二度と会うことはないだろう。

 あの卒業式から約半年が経過した。けれど私は未だにぐじぐじうじうじとグレ紛いの態度を保ち続けていた。日々人を避けて――――いや、人に避けられるようにしてきた。それが今の私。

 夏も過ぎ、風が心地よい秋の香りを運んでくる、そんな今日この頃。 

 屋上にて。今日も私は一人で――――いや、二人で弁当を食べていた。


「どう? リョウ君、美味しい? このハンバーグ。私の手作りなのよ」

 隣に座る彼に話しかける。

「“ちょーうめえゼ! さすが葉ちゃんダゼ! どうやったらこんなマーベラスなハンバーグが作れるのか是非ご教授願いたいゼ!”」

 彼はとても満足そうな笑顔を見せる。

「ふふふ、実は隠し味にあるものを入れてあるの」

 彼はとても楽しそうな笑顔を見せている。

「“それはなんダゼか?”」

 彼はとても興味深そうな笑顔を見せている。

「それはね――――私があなたのために込めた、まごこ――――」


 ギィ、

 

 ……。


 何か今、後ろの方で扉が開閉する音が聞こえたような……。

 私は全身からダラダラと冷や汗を噴出させながら、ギギギと首を後ろに回す。

 と、そこには、


「……あ、いや――――」


 目を思いきっリ逸らしながら、屋上の扉を閉めようとした状態で固まる同学年の生徒――――異無 良人が居た。

 今の今まで気付かなかった。いつから居たのだろうか。おそらく、私に気付かれないようにここから立ち去ろうとしていたのだろう。

 立ち去ろうと、していたの、だろう。

 ――――何で?

 ――――何を見て?


「――――その、なんだ。……すまん」


 謝られた。

 謝られちゃったっ!


「いつから……いたの……」

 自分の顔色がサーっと青ざめていくのが分かる。

 そして彼は答える。本当に、本当にすまなさそうに、


「……いや、朝から。この上で昼寝を、な。……目が覚めたのと同時にお前が一人で会話しながら弁当食い始めて……その……すまん」


 扉の上を指差して言う――――なんていうんだろう、これ、ほら、屋上に続く階段を覆った建物っていうか、遠くから校舎の全貌を眺めた時に調度頭一つ出っ張っている部分、ええと……名称が分からないから屋上ボックスでいいや――――屋上ボックスの上を指差して、そう言った。

 つまり、こいつは私が来る前からここに居て、目が覚めた時に調度“目撃”してしまい、私に気付かれないように屋上ボックスの上から降り、校舎内に戻ろうと扉を開け――――ようとしたところで私に見付かった、と。

 そういうわけなのだろう。

 ていうか朝から昼寝って何なの。それ昼寝じゃないよ。いやもう、昼休みにはなっちゃってるけど。バリバリのサボりじゃん。

 とかそんなことはどうでもよくって、


「いぎゃああああああああああああああああああっ!?」


 それはもう、けたたましい叫びだった。

 “いやあああああ”じゃなくて“いぎゃあああああ”だった。

 今をときめく女子なのに……まあ人間、本当に理性を失った時なんてそんなもんだよ、実際は。

 私は叫びながらも手元にあった弁当をクソ野郎に向かって投げつける。涙目で。

「うおわっ!? なんだお前、弁当なんか投げんなもったいねえやつだなっ!」

 気にするところそこなんだ。実にエコな不良である。

「うるさいっ! なんでいんのよ!?」

「いちゃわりいのかよっ!」

「悪いっ! むしろなんでこの世界にいるの!?」

「存在否定!?」

「あああああもうううううどこから見てやがったこの野郎おおおおおおおおおお」

「だからお前が人形と喋り始めた辺りからだって」

「うわあああああ死ねえええええええええええ」

「で、結局隠し味っつうのは何なんだ? “まごこ”……何?」

「うううううううううあああああああ爆発しろおおおおおおお」

「ところでリョウ君って誰だ?」

「記憶抹消おおおおおおおおおおおっっ!!」


◆◇◆◇


 九月下旬。

 中等部に進学してから、もう五ヶ月にもなるというのに、私は未だに友達一人作ることなくクラスで孤立していた。

 小等部から中等部に移る際、私は第三十二学区の小等部から、同じ劣級十五組の存在する第五十学区の中等部に移転して来たから、知り合いはほとんどいない。

 そう、知り合いはほとんどいない。ほとんど。

 正しくは、ただ一人を除いて知り合いがいない、である。

 異無 良人という不良生徒一人を除いては、だ。

「うぅ」

 私は、居心地悪そうな顔で頬杖を突いている隣の男の顔を睨みつける。

 こいつだ。こいつがその異無 良人だ。私の秘密の趣味――――鏡のミラーちゃんと対話する趣味が発展しまくった末に辿り着いた独り言の極地――――『孤独な人形の王様ロンリー・ドールトーキング』を目撃しやがった、無間地獄に落とされてしかるべきの超極悪非道卑劣漢だ。ちなみに無駄に気取ってしまったが『孤独な人形の王様ロンリー・ドールトーキング』とはただの人形との対話である。トーキングと王様でかけたのだけれど、ちょっと無理があるような。いや実にどうでもいい。

 で、何の因果か腐れ縁かは分からないけれど、こいつも諸事情により卒業と同時に学区の移転をし、そして偶然たまたま同じ学区の中等部になってしまったのだ。

 と言っても、私はこいつと話したことなんかほとんどなく、というかむしろ大嫌いで――――嫌いだからね? 本当だってば――――顔を合わすことすら避けていた。

 六月中旬辺り、屋上から飛び降りるのに失敗し、気絶した私を保健室にまで連れて行ってくれたりもしたけれど、その後四、五発も殴られたからあれはチャラ。むしろ余計嫌いになった。

 大嫌いだ。敵だ、敵。

 馬鹿で粗暴で乱雑でデリカシーの無い、私の最大の敵。それは今でも変わりない。保健室でちょっとゆっくり過ごしたからって、そんなことで仲が良くなったりはしない。むしろ意味不明な妄言を吐かれてウンザリだった。本当だからね? 嘘じゃないってば。見栄なんか張ってないってば。こんなやつ目の上のタンコブと同じだ。気になる存在なんて意味じゃないってば。

 とにかく、あの保健室の一件からは一度も話していなかったのだけれど、またこうして面と向かって話す時が来るとは。別に面と向かって話してるわけじゃないんだけど。

 本当うんざりである、こんな最悪な形でなんて。

 一応、クラスは同じなのだけど、今の今まで私もこいつも互いに顔を見合わせることは一度も無かった。

「――――なんだよ。そんな目で見んなよ。俺だって見たくて見たんじゃねえよ、あんな気色わりいもん」

「き、きしょっ!?」

「ああ。鏡と喋ってた時はまだ可愛かった」

 か、可愛いだなんてっ。も、もうっ、お世辞が上手いんだからっ!

 ……バカモノか私は。落ち着け。この場合は褒め言葉じゃないから。いや分かってるけど。

「初めて目撃した時は正直ギョッとしたぜ」

 うう、泣きたい。ていうか既に涙目。


 ……ん?


 え? 初めて目撃した時は、ってそれつまり。

「まさか、前にも何度か目撃されて、たり?」

「まさかも何も、週に二度は見てたぞ。そのたびに俺はこっそり出てってたんだけどな。むしろ今まで気付かれなかったのが不思議なんだが」

「暗殺してやる」

「暗殺!?」

「安心して。寝首をかくから。目が覚めた時には土の下よ。楽に死ねて良かったね」

「不安で仕方ねえよ」

「安心して寝てていいのよ。むしろ寝ろ。永眠しろ」

「寝れるかボケ」

「そう。なら睡眠不足で死ぬがいい」

「そっちが狙いか!」

「どっちも狙いよ!」

 別に楽しくお喋りに興じていたりなんかしない。本当だよ?

「で、もう帰っていいか? 俺」

「駄目。このまま帰ったら夜中教室に忍び込んであんたの机をテロする」

「なんてことしやがる。すげえ卑怯だな」

「もしくは授業中あんたの机をテロする」

「なんてことしやがる! すげえ堂々だな!」

「もしくは授業をテロする」

「もろともか」

「あんたの墓標もテロする」

「もろともか!」

 別に楽しくお喋りに興じていたりなんかしない。本当だよ?

「もう帰るからな? 俺」

「だーかーらー」

「何がだからなんだよ」

「このまま教室に帰ったら、あんたさっきのあれ誰かにばらすでしょう!?」

「ばらさねえよ別に。何でだよ。そもそも言いふらすんだったらもっと前からやってるわ」

 そうだった、ずっと前から知られてたんだっけ。

「……っち」

「何でそこで舌打ちなんだよ」

 別に楽しくお喋りに興じたいから引き止めているのではない。本当だよ?

「そもそも俺に言いふらす友達なんかいねえ」

「はっ、寂しいやつ」

「それは自虐ネタか?」

「自爆ネタ」

「なんだそりゃ」

「爆発であんたも巻き込むの」

「人を恨まば穴二つか?」

「穴二つ作って人恨むだけどね」

 因果的に。どっちかと言うとね。

「……でもあんた、一人友達居たじゃない」

「はあ? いねえよ俺に友達なんか。生まれてこの方一人もな!」

 何を威張ってんのこいつは。

「いや、なんか居たじゃない。よくわかんないけど、よく教室であんたに付きまとってるやつ。ええと、あの妙に可愛い顔してるくせに凄い残念そうな性格の。誰だっけ」

 クラスメイトの名前なんか半分も覚えていない。

「あれはあいつが勝手に付きまとってるだけだ。なぜだか知らんが」

「そう? 結構仲良さそうじゃない」

「……仲良さそうに見えんのか? 俺、基本的にあいつの頬はたいてるだけだぞ? 無言で。有無を言わさず」

「あんた本当にデリカシーの欠片も優しさも無いのねえ……」

「なんでここでデリカシーが出てくるんだよ」

「何でってそりゃあ……まあいいけど。でもそれでよくあんたにつきまとうの止めないわね、そいつ」

「さあなあ。俺の何が良いんだか」

「もしかして極度のMとか。悦ばれてるんだよきっと、あんたのビンタ」

「気持ち悪っ! そうだったのか、うげっ、最悪だ、後で手洗おう」

「SとM同士相性最高じゃん。くっつけばいいのに。磁石の如く」

「やめろ。それ以上言うな。吐くぞ?」

「吐くって。そいつのこと何だと思ってんのあんた……」

「頬」

「頬!?」

「いや、叩き心地だけは天下一品なんだよ。あいつから頬を取ったらモザイクしか残んねえよ」

「モザイクて!」

 あんまりな言いようだった。可愛そうに、あの子。いや、それとも本望なのかも? 知らないけど。


 キーンコーン……、


 昼休み終了のチャイムが鳴る。あれ、もうこんな時間か。結局最後までこいつと一緒に居てしまった。

 別に満足なんかしていない。友達になりたいなんて思っていない。保健室で話した時から気にかけてなんかいない。

「はあ……結局昼休み終わるまで付き合わされるとはな」

 呆れたように溜息を付き、そしてさっさと去って行こうとする。

 私はその背中に語り掛ける。慌てて。

「ちょ、ちょっと待ってっ」

「待つも何も、お前も教室戻るんじゃねえのかよ」

「あ、そうじゃなくって、その」

「じゃあな」

「だから――――」

「うっぜえなあっ! なんなんださっきから、めんどくせえ。あれか? 少し話したぐらいで仲良くなれたとでも思ってんのか? はっ、アホくせー。言っとっけど俺はお前のことなんか大っ嫌いだからな? ああうぜえうぜえ、勝手に懐こうとしやがって」


 ――――こ、の、ク、ソ、や、ろ、うっ……!


「私もあんたなんか大っ嫌いよばあぁあああかっ!! ふんっ、そうよ、少し話したぐらいで何勘違いしてんの? 誰があんたみたいなど腐れどん底暴力男なんかに懐くかっ! ああ恥ずかしい、ウザいウザい、自惚れちゃって! 死ね!! ドブに落ちて死ね!!」


「はっは、そりゃ気が合うなあ? 俺も同じこと思ってたんだ。――――死ね」


 笑って。

 むっかつく笑顔で。

 小等部の頃の私を罵倒するたびに見せていた、あのイライラした仏頂面ではなく。

 あくまで笑顔で、そう言った。


 バタン、と閉められる扉。

 私も続いて教室に戻らなければいけないのだけど、あいつと一緒に行くのはあまりにも癪で。だから差を空けるために、少しその場で立ち尽くす。


「……聞けなかった」


 聞きたかったこと。


 ――――なんで卒業式の時、深夜を殴ったのか、


 と、

 聞けずじまいで、

 結局、今日この日、あの最悪野郎と会話することで、

 私と良人の関係は、更に悪化した。

 私はまた一つ、良人を嫌いになった。


 本当だよ?


◆◇◆◇


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ