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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
3/65

二話

◆◇◆◇


 近年、異能力なるものが発見され研究されている。

 いや、近年といっても、歴史的観念から見ての近年であり、俺達基準での近年ではない。それこそ何十年単位での話だ。

 大体、俺の親父が生まれた前後の年だから、五、六十年前になるのか。

 その年代までは、石油やガスなどの化石燃料が一般的に使用されていたらしいのだが、コストもエネルギーも応用力も上回る“念粒子(ねんりゅうし)”の実用化が成功してからは完全に廃れてしまい、今では一部の古物趣味の人間が使う程度。

 念粒子が実用化された当時は、どこの国も環境問題がなんちゃらコストダウンがなんちゃらで大喜びだったそうだ。

 もちろん、実用化に伴い、それなりの損失もあったという話だが、その損失の何倍もの収益が得られたのだから万々歳だろう。

 そんでもって、この“念粒子”の捻出方法だが、ここが最大の利点で、やろうと思えばいくらでもエネルギーを放出し続けることが出来るという、化石燃料時代から見れば夢のシステムである。

 簡単に要約して説明すると、世の中には二種類の“力の本質”というものがあり、大まかに『外気』と『内気』に分かれる。

 生物や植物など、有機物に宿る“力の本質”が『内気』。

 物体や空間、無機物に宿る“力の本質”が『外気』。

 で、この二つを混ぜ合わせた物質が『念粒子』であり、これを燃料にして起きる現象を『異能力』という。

 万能エネルギー『異能力』を駆使する『異能力者』。

 そんなお前達が通うここが、世界最大級の“異能力者研究兼育成機関”通称『神屠学園(みとがくえん)』だ。

 ちなみにこれらの復習だが、ちゃんとしたレポートにまとめるとフィルマーもビックリの超大定理になるんだが、おい、聞いてるか、おいコラ俺の授業で寝るとはいい度胸だな、俺はそんな度胸の持ち主が大好きだ、ぶっ殺しがいがあるからぬぁあありゃあぁああああああああああああ!!


「ぎぃいあぁああああああああああああああああっっ!!」


 表面張力を駆使しなければ零れてしまうほど、いっぱいに水を入れたバケツを両手ずつに持ちながら、廊下の前で授業に聞き耳を立てていると、男性二名分の雄叫びが聞こえてきた。

 また、あのアホの野郎か。

 入学初日から、これで何回目になるだろうか、やつが火雷(からい) 京二(きょうじ)の烈拳の餌食になるのは。

 嘆息しながら、俺は両耳を閉じようと----っとと、バケツがあるから出来ねえ。

 次の瞬間、耳を塞ぎたくなる程の轟音が鳴り響く。

 ドゴオッドゴッドゴォオッ、巨人でも歩いてんじゃねえの? と疑いたくなる衝撃と爆音の嵐。校舎のあちこちがミシミシと振動する。もはや巨人走ってるだろ。

 そして十数秒後ピタリと爆撃音は止み、ガラララ、ピシャ、フラフラ、バタッ。

 教室の扉が開き、一人の男子生徒が放り出され倒れる。

 そいつは、なけなしの力を振り絞りこちらを向くと、バツが悪そうに苦笑するので、いつものセリフを言ってやる。

「お前、学習能力って知ってるか?」

「そっくりそのまま返すよ、良人。また遅刻して。いい加減、本当に殺されかねないよ?」

 そうやって立ち上がる男子生徒の名前は、火巻(かまき) 行地(ゆきち)。入学以前からの幼馴染だ。

「にしても、相変わらず容赦ねえな火雷の野郎は。あれだろ? 超ギリギリ烈拳サンドバックだろ?」

「あれじゃ大人も泣くわけだよね」

 火雷 京二。

 知識も能力も一級品だが、そのあまりに粗雑で乱暴すぎる教育方法が災いし、俺達のクラス、通称“負け組み”の担任にまで追いやられた問題教師。

 最速の“雷”と最火力の“炎”を同時に操る、世にも珍しい“二突型”の超能力者だ。

 火雷は、気に食わない生徒には暴力的制裁を加えることで有名だ。生徒を壁際に追い詰め、自慢の烈拳ですぐ側の壁を連打するというもので、生徒に大きな傷を負わせないギリギリの場所を正確無比に打殴しまくるのだ。

 そんな絶叫マシンもビックリのショック療法を採用しているアブナイ教師である。

 でもって、俺は朝遅刻してしまったため、現在バケツを持って廊下に立たされている。いつの時代だよとか、それ以前に体罰だ。

「よく壊れねえよな、壁」

「火雷が自腹で修繕した特注の防御壁なんだってさ」

「ああ、どうりで教室の一部だけメタリックだと思ったら」

 入学から三週間目にして明かされる衝撃の事実である。

 てか何で教師やってんだ火雷。行くとこ行けば、いくらでも稼げるだろうに。

 なんたって“超”能力者様なんだから。

「そういえば、次の授業って能力測定だよね?」

 行地が、なんとはなしに聞いてくるが、むしろ露骨にわざとらしい。

「そうみたいだな」

 軽く答える。

 能力測定か。どうにも憂鬱だな。

 やはり俺の言葉に暗いところを感じたのか、はあ、と溜息をつく行地。

 ここ『神屠学園』では、学期初めに“能力測定”なるものが行われる。

 一人一人の実践的な“能力の強さ”を測定し、学区全体での順位をつけるのだ。それも、大学部高等部中等部小等部、全体での順位である。

 例え小等部の人間でも、順位でさえ圧倒していれば、大学部の人間をパシリにすることも出来るという、無茶苦茶なシステム。まあ、それは極端な話で、実際は大学部の人間を圧倒できる小等部なんて有り得ないのだが。

 そんな有り得ないガキが小等部にいることも、また事実なのだから、世の中どうかしている。

「嫌だよねえ。いい加減にしてほしいよ。そもそも、僕達おちこぼれの順位なんて見て何が楽しいのさ」

「ま、そっちの方が生徒のモチベーションも上がるんだろ」

「僕らのモチベーションは下がるけど、それはいいの?」

「“負け組み”は、そも生徒扱いされてないってこと」

 学期が始まる度、まるで決まりごとのように交わすこの会話。何回目になるのかは、能力測定の数を数えれば分かる。

 もう一度嘆息する行地。昔から溜息の多いやつ。

「ま、そんな気を落とすなよ。お前の下にも下はいるんだ」

「とんだ自虐ネタだね。前回の僕の順位は下から二位」

「俺の順位は最下位、ってな」

 俺はハハっと笑い、行地は楽しげな苦笑という器用な笑顔で応える。

 それから俺と行地は、チャイムが鳴るまでとりとめのない雑談に興じる。どうでもいいことを、真面目に、だが根本的には適当に、時間を潰す。


 例えば、


「頂点は誰にも渡さねえ」

「底辺の間違いじゃなくて?」

「俺に並ぶやつがいないから頂点だ」

「底辺は辺だからね」

「階級制度は基本ピラミッド型だが、この学園の階級制度はひし形だな。そういえば誰だったか教師が言っていたのを覚えてる」

「一位が上の頂点、最下位が下の頂点?」

「すると横の頂点は誰と誰になるのかって話だ」

「ひし形の中心点をオーとして、エックス座標の判定基準によるね」

「ワイ座標の判定基準は力の大きさだな」

「エックスの方はなんだろね」

「ひし形だから、一位と最下位のエックス座標はゼロ。更に言うと、横二つの頂点のエックス座標は、それぞれ絶対値がマックス」

「つまり?」

「エックス座標は、一位と最下位が持っていない値ってことだ。……お前は何が入ると思う? 行地」

「普遍性、じゃないかな? この場合、エックス座標のプラスマイナスは無視して、絶対値の大きさの話で。だから横の頂点二人は、もっとも能力が普遍的なやつ」

「その仮説だと、つまり一位と最下位の異常性はマックスになるのか。そういえば、確かに上か下に突出したやつほど変な能力者が多かった気がしなくもない」

「やーい、異常者異常者ー、超異常者ー」

「お前も俺に限りなく近いんだぞ?」

「……ごめん」

「ああ」


 とか、


「人間の魂ってのは、どこにあるんだろうな」

「またそんな抽象的な。脳でしょ」

「いや、思考する器官と魂がイコールで結べるとは限らないんじゃねえ?」 

「僕、魂の定義とか知らないから、なんとも」

「ていうか、身体は脳を生かすために働かされているのか、脳は身体を生かすために働かされているのか、どっちだろうな? より上位に位置する方に、魂ってのはあるんじゃないか?」

「どっちもどっちでしょ。脳は動けないし、身体は思考できない」

「あ、じゃあ全身に万遍なく魂が入ってるとか。足を取っても腕を取っても脳を取っても魂は欠けるってことでどうだ」

「でも脳は取ったら死ぬけど、腕は取っても死にはしないよね。死ぬってことは魂なくなるってことだから、やっぱ魂は脳にあるんじゃない?」

「それを言ったらお前、逆も言える。“身体を取ったから死んだ、つまりそれは身体に魂があるからだ”って言ってるのと同じだ」

「言われてみれば、脳を取った直後はまだ身体の方は生きてて、身体から魂がなくなるのは、脳が無くなったことによって身体の方も死ぬから、だね」

「要は、全身魂だ」

「で結局、魂って何? 美味しいの?」

「少なくとも人間の魂は不味いだろ」

「悪魔は舌が悪いね」


 とか、


 ぶっちゃけ意味不明過ぎる会話である。なかばこじつけだし。

 時間を潰すためだから、意味なんてどうでもいいんだけど。

 やがて会話のネタもなくなり、お互い口を開かなくなってから五分ぐらい経ったあたり。

 ようやく終業のチャイムが鳴る。教室のドアが開き、クラスメイト達が、俺達に様々な表情や感情、言葉を向ける。

 ある者は哀れみ、ある者は共感。

 ある者は卑下、ある者は苦笑。

 多種多様だが、共感と哀れみの表情が多いのは、ここがおちこぼれクラスであるからだろう。

 大抵のやつらは、俺や行地に負けず劣らずの境遇だ。一部の見下す人間は、この中では能力の強い者か、あるいは自分がおちこぼれだと認めたくない者。

 どれにしろ、皆等しく滑稽な人間である。

 その中には例の妹似の美少女、奈々乃 美羽(ななの みう)も含まれるわけで。

 調度、出てきた奈々乃と目が合う。

 奈々乃は数秒わたわたしてから、ペコリと九十度、よしコイツのあだ名は三角定規に決定しよう、と血迷うぐらいには綺麗な九十度。別に会釈でいいだろ。

「では」

 とだけ言い、ぱたぱた去って行ってしまう。おそらく女子更衣室に向かったのだろう。次は能力測定の授業だからな。

 そんな俺と奈々乃の微妙なやりとりを、眉間に皺を寄せて観察していた行地は、


「り、良人が……お、女の子と、仲、良く? ……実は……あの子は男だとか?」


 パンッ。

「はたくぞ」

「過去形だよ!」

 パパンッ。

「い、痛っ! 何でまたはたくのさっ!」

「はたくっつったろ?」

「未来形でもあったんだ……」

 不満そうに俺を睨む行地。

 そりゃ、んな失礼なこと言われたら怒るわ。


「おい、どクズコンビ」

 

 ヌッと、渋面の担任教師火雷が教室から出てくるなり俺達を睨む。

 おっかねえ。視線だけで虫とか殺せそうだ。

 あの目は絶対に何人か殺っている目だな。うん、絶対そうだ。阿修羅も引く阿修羅顔だ。

「……今、俺の顔見て何を思った? どクズ」

「天使のような優しさと包容力に満ち溢れた、いや、もはや女神的に素晴らしく神々しい阿修羅顔だと思ったまでであります、教官」

 ガンッ。

「ギャッ」

「肝心なところで正直なやつだなテメエは!」

 いってえ、殴られた。

 能力は使用していないが、それでもこの筋肉馬鹿、これで手加減しているらしいのだから、一体どんな腕力してやがる。

「まあいい、次は能力測定の授業だ、服を着替えろ。言っておくが遅刻したら……分かってるだろうな? サボるなんてもっての他だ!」

 ニゴオォ、満面に笑む火雷。ある意味怒った顔より何倍も怖い。

 俺と行地は、互いに目を見合わせ、


「「サー、イエッサーであります! 教官殿!!」」

「良い返事だ! 褒美に後で拳を一つくれてやる!!」


 ……どうしろと?


◆◇◆◇

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