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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
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二十四話

「き、ひひ、くヒヒヒャヒャひゃひゃ、最高に最低だぜェ」

 暗闇の中。

 広い敷地内に、狂人の笑い声がこだまする。

 だが、誰一人狂人の存在に気付くものはいない。

 一時的にだが、ここは一般人には認知出来ない土地になっているのだ。“存在しない空白”として人々の目には映っている、いや、映っていない。

「……すぅ……すぅ」

 壁に背を預け、静かに寝息を立てている少女の顔を、狂人は覗き込む。

「しっかし本当にそっくりだなァ、あの時の女と」

 狂人は思い出す、一週間前、六番訓練場内にて“確実に”殺した女のことを。ただの余興のために、“確実に”葬り去った女の顔を。

「偶然にしては出来すぎじゃねェかァ?」

 あの時は、その場に居たからという理由だけで名前も知らずに女を殺したが、これは後で調べてみなければならない。死んだやつのことなど調べても面白くもなんともないが、“知ること”がこの神屠学園で生きていくための術なのだ、何か引っ掛かることがあればとりあえずは探っておいた方がいい。

 異無 良人のことは事前に、入念に調べてある。当たり前だ、今夜のメインディッシュなのだから、下調べをしてこそ料理の味は深みを増すのだ。が、実のところ、あまり詳細は分からなかった。あまり分からなかった、けれど、それでも面白い情報は得られたのだが。

 狂人は頭の中で反芻する、この一週間で調べた異無 良人に関するプロフィールを。


 異無 良人(ことなし りょうと)

 年齢、十六。

 家族構成、妹が一人、両親不在。

 第五十学区高等部劣級十五組在籍。

 筆記成績、中の下。能力成績、無。能力測定、学区内最下位。ランクE。

 固有能力無し。

 経歴。幼少時に学園孤児(スクールチルドレン)として学園の庇護下で育てられる。現在は学園の庇護下から離れ、妹と共同で学園内の民家に在住。生活費と学費は遠い親戚から援助してもらっている。

 備考。特異体質で、体内に内気が流れていない。


 体内に内気が流れていないとはどういうことだろうか?

 そんな人間が、そんな生物が、……いや、そんな“もの”が存在するのか?

 それに、“固有能力無し”とはどういうことだろうか。触れたもの全てを消滅させる、あの黒く変色した血液は何だったのか? あれは確実に超能力を凌ぐイカレタ能力だった。それがランクE? 学区内最下位?

 更に、この異無 良人とやらは学園孤児(スクールチルドレン)なのらしい。

 身寄りのない子供や、両親に売られた子供が学園の庇護下によって育成される、それが学園孤児スクールチルドレンの制度だ。そんなものは名ばかりで、都合の良い実験材料(モルモット)や特殊な体質を持った実験材料(モルモット)を公に集めるための制度なのだが。庇護という名の支配だ。

 通常、学園孤児(スクールチルドレン)が学園の庇護から離れるなんてことは有り得ない。だが今はどこぞの一軒屋で妹と仲良くやっているとのこと。

 なぜ?

 こんな絶好の研究対象を、なぜ学園は野放しにしている?


 とてつもなく、きな臭い。


「……つうか能力成績“無”とかあるんだなァ」

 半壊した壁に寄っかかりながら、適当なことを嘯く狂人。

 夜空を見上げ、月を拝もうとするが、今日は曇っているためよく見えない。

 先ほどの狂笑とは一転、つまらなそうな顔で欠伸をする。

 それから五分ほど経つ。まだ誰も来ない。

 十分が経過する。誰も来ない。

 二十分が過ぎる。変化無し。

 三十分後。素直に場所教えておけばよかったと後悔し始める。

「暇だぜェ」

 チラと横で気持ち良さそうに眠りこけている小娘に目をやる。

「……」

 やることが無い。

「オイ、起きろ小虫」

 ガンッ。

「――――うにゃっ!?」

 顔面を結構な勢いで蹴られ、一発で目を覚ます異無 良人の妹。

「い、いったぁ、」

 涙目で鼻っ柱を押さえている。

 が、軽く辺りを見回し、狂人の姿と自分が縄で縛られていることを確認し、すぐに今がどういう状況なのかを把握する。

「あ、あんたが私を攫った犯人だね! 今に兄貴があんたをぶち殺しに来るよ!! 後悔してももう遅いんだきゃにゃうんっ!?」

 ガン、と。

 立ち上がった狂人に、顔面を踏まれる。

「ぼくァ、暇だ。何か面白いこと言え、小虫」

 ぐりぐりぐりぐりぐりぐり、

「はみゃにゃにゅがぬやぎゃぬっ!!?」

「アァ? 聞こえねェよボケ」


「うっがあああああああああああああああっ!!」


 がぶり。

 狂人の足に噛み付き、ギリギリと思い切り噛み締める。

「――――ッッつう!!? て、てめェっ!」

 足を振り、美唯の噛み付き攻撃から逃れる狂人。

「立場分かってンのか子虫ィ!? かっ消すぞォ!!」

「うるさいっ! あんたが立場わかってんの!? あんたみたいな顔色の悪いモヤシの一本や二本、兄貴が来たら速効でぎったんぎったんなんだよっ!?」

「ぎったんぎったんとか使うやつぼくァ初めて見たぜェ……」

「黙れモヤシっ! 野菜が喋るなモヤシっ! キモい顔色した色白モヤシ! 略してキモヤシ! 虫に食べられて死ねばいいんだキモヤシ!!」

「って、てて、てめェっ、ヤッちまうぞォ!?」

「ヤる? 女の子の私よりなまっちょろい身体付きのキモヤシが私をヤる? ハッ! あんたみたいなキモヤシのアレなんてどうせへにゃへにゃでほっそいモヤシみたいなのでしょ? そんなナニで私を? 片腹痛いね! 冗談はモヤシだけにしな!」

「てめェは言ってはならなイことを言ったァ」


◆◇◆◇


 モヤシ男に蹴り起こされてから十分後。

「ごめんなさい。もうしません。許してください」

 私は、誘拐犯でありながらいじめっ子でもあるモヤシ男に、頭を踏みつけられ惨めに謝罪していた。うう、女の子の頭を平気で踏み潰すなんて、どれだけ心がひん曲がったモヤシなのだろうか。あれから私は何度も何度も暴言を吐いたのだけれど、このモヤシ野郎はその度に頭をぐりぐりと踏んでくるから仕方なくこちらが折れてあげた。痛覚的にも心情的にも絵面的にも最悪。

「子虫ィ、お前の立場を言ってみろォ?」

 相変わらずその足は私を踏んだまま、モヤシが額に血管を浮かせながら聞いてくる。

「あなた様に誘拐された上にいじめられた哀れな小虫です。分を弁えず見当違いな暴言を吐いたこと、本当に申し訳ないと思っております」

 命令されるがままに今の立場を述べる。不本意だけれど、本当に不本意だけれど、心にも無い謝罪を無心で言う。

「わかりゃイんだ、わかりゃァ」

 ……あれ? 案外物分かりがいいなモヤシ。なんか凄い悪人面してるから、謝罪しても絶対に許してくれない、どころか喜んで拷問してくるようなやつだと思ってたのに。目の色は真紅だし、髪の毛の色は乳白色だし、なぜか制服の色は真っ赤だし。

 案外話せる人?

 ……なわけはないか。それはない。何の脈絡もなしに窓割って不法侵入した挙句、人を掻っ攫うようなやつにまともな会話が通じるはずがない。

 こういう類の輩は、大抵ろくな精神構造をしていないに決まっているのだ。ここは、狂った人外が人の皮を被り日常に紛れる、天下の神屠学園なのだから。

 なので、私はやり過ぎない程度に再度モヤシに反抗的な態度を取る。

「……っち」

「今舌打ちしたかてめェ?」

 単純だ。挑発にすぐ食いつく。入れ食いモヤシだ。

「いえ。ただ、心までモヤシなんだなーと思ったまでです」

「あァ?」

 めちゃくちゃ圧迫的な目で睨まれる。え、すごい怖い。というかまた踏まれるのは嫌だ。

「嘘です。ごめんなさい。もうしません。許してください」

「……」

「だ、だから嘘だってば、そんな怖い目で見ないでよぅ、これ以上女の子をいじめて楽しっ?」

「あァ楽しいなァ、虫を踏むのは」

「小悪党めっ!」

「あァ?」

「嘘です。ごめんなさい。もうしません。許してくだ以下略」

「随分妙なタイミングで以下略したなァ」

「的確な突っ込みをありがとう」

 やっぱ結構話せるやつなのかも知れない。


「……」

「……」


 お互い気まずい沈黙が続く。

 というか私は誘拐されてる身なのに、何で犯人と突っこんだり突っこまれたりしているんだろう。……あ、いや、会話的な意味でだよ。

 やがてモヤシは、退屈そうに軽く欠伸をしてから言う。

「何かおもしれェこと言ってみろ小虫」

「さっきから何なのその無茶振りっ!」

「つまんねェ」

 ゲシッ、

「ひぅ、この人凄い理不尽だよっ」

 再び頭を踏まれてしまう。右頬はモヤシの靴裏に、左頬は地面にぐいぐいと圧迫される。

 うう、物凄い屈辱感。前言撤回、こいつは確実に言葉の通じない極悪非道野郎だ。

 早く助けに来てよ兄貴、可愛い妹の顔がこんな見るに耐えない感じに変形してるのに、何をやってるのあの空気読め男は。今こそ空気を読んで登場する場面だよ。

 私一人じゃ逃げようがない。ここがどこなのかも分からない。何かの建物の跡地みたいだけど。手も何か特殊な布で覆われていて『念末念糸(ダスト・ワイヤー)』が使用出来ない。それに、気絶させられた時に変な薬を嗅がされたせいで、念粒子を練るための集中が出来ないから他の基礎能力も使えない。ただでさえ下半身が不自由なのに、こんな拘束されて異能力も使用できない状態で逃げ出せるはずがない。

 モヤシはしばらく私の頭をぐりぐりと踏みにじってから溜息を付き、

「はあ……もういィ、興醒めしちまった。大人しくその辺で寝てろ小虫。ぼくァ腹が減った」

 言って、飽きたというように私の顔から足をどかすと、ビニル袋から弁当と一膳の箸を取り出すモヤシ。

 もぐもぐもぐもぐもぐ、

 物凄いしかめっ面で、実に不味そうに箸を進めている。

 ……そんなに不味いならいっそ私に食べさせてほしい。

「っんだァ? そンなに見詰めても虫にやる飯はねェぞォ?」

「別に欲しいなんて言ってないもん」

 何を勘違いしたのか、私が見ていたことに対して妙なケチをつけてくる。こんなやつの施しなんか欲しいはずがない。


 ――――ぐうぅ……。


 ……我慢できなかったんだよ。


「アッはァ、身体は正直だな?」

「何そのちょっとエロい言い方」

「他意はねェ」

「今のは別にお腹が鳴ったんじゃないから」

「じゃァなンだよ」

「おなら」

 いや嘘だけど。つい咄嗟に。

「そうかァ、恥の上塗りだなァ……」

「ごめん嘘。普通にお腹なりました。だから鼻つままないでよっ、冗談で言ったんだよっ、恥ずかしいなもうっ!」

 ほんと腹立つなこのモヤシっ。

「あァそうかい。だが飯ァやらねェぜ?」

「けち」

「けちじゃねェよ、お前どうせ死ぬンだからな。ゴミ箱に飯放るほどぼくァ食い物に恨みはねェよ」

 にやにやと気持ち悪い笑みを浮かばせるモヤシ、いや、キモヤシ。

「私が死ぬ? 人質なのに殺すの?」

「うぬぼれんな、お前に人質の価値ァあねェ。あの虫を釣るための釣り餌だ。糸ミミズだ糸ミミズ。むしろ今すぐここで消し去ってやってもいンだぜェ? もう獲物は食いついてっからなァ、お前が死んだところであいつがぼくのところに来ない理由はねェんだ」

「兄貴を呼んで何するつもりっ?」

「殺し合う」

「は、はあ? じゃあ、なおさら私を人質にしない手はないでしょ」

「ちげェよ。ぼくが望んでンのは勝利じゃねェ、殺し合いだ。任務じゃなくプライベートだからなァ、勝ち負けなんざどうだっていィ。だからお前を人質に取ってあの虫をなぶりころしたところで意味はねェ」

「何それ馬鹿みたい……」

「言ってろォ」

 私の言葉を軽く受け流し、相変わらず不味そうな顔で弁当を食べ進める。

 再度訪れる沈黙。ただもそもそとモヤシが弁当を食べる音だけが聞こえてくる。

「……」

「……」


 ぐううぅ。


「……」

「……」

「……。……ふっ」

「鼻で笑ったっ! 今鼻で笑ったでしょっ!?」

「るせェ、黙って寝てろ」

「ううう、あんたなんか兄貴にけちょんけちょんにされればいいんだっ」

「そウかい」

 またモヤシが弁当を食べるだけの時間が訪れる。

 うう、目の前でこれ見よがしに……。

 お腹へったなあ。そういえば、今日はあのハーゲンダッツ以外何も食べていないんだ、インターネットから疾走中の兄貴を探すので夢中だったから。ケロッと帰ってきたから良かったものの。

 夕食も、兄貴が帰ってきたら一緒に食べようと思ってたから食べてない。


 ぐううぅ……。


 私の意思に反し、お腹のやつはしつこく飯をくれと訴える。めちゃくちゃはずい。

 しばらく経ち、モヤシはまだ半分も食べていない弁当を置き、割り箸を入れて地面に置く。ていうか食べるの遅。まだそれだけしか減ってなかったんだ。

「もう食べ終わったの? すごい残ってるよ?」

「ぼくァ小食なんだよ。運動がてらその辺散歩してくらァ、十分ばかし。つってもこの敷地内からは出ねェがな」

 立ち上がると、弁当を軽く蹴ってどかし、壁の裏側へと歩いて行く。次第に足音は小さくなっていき、やがて聞こえなくなる。

 ……。

 モヤシが蹴ってどかしたため、調度私の顔の目の前に弁当がある。しかも蓋は閉めていないため、このまま顔を突っ込めば食べれないこともない。ちょっと汚いけど、それでも私の腹はもう限界だった。軽くキョロキョロとモヤシがいないことを確認し、弁当にがっつく。

「っむ、もぐむぐもぐばくばくばくっ」

 お腹を満たす充足感。

「……んまいっ」

 モヤシが帰ってくる前に食べきらなければいけないため、私はあっという間に弁当を平らげる。というかまあ、単純に物凄くお腹減ってただけだけど。


 ふう。


 やっぱり話せるやつだよ、あのモヤシ。

 わざわざ弁当を蹴ったことといい、蓋を閉めなかったことといい、十分も席を外したことといい。

 私は兄貴みたいに、相手のちょっとした気遣いに気付かないほど鈍感じゃないんだ。


◆◇◆◇


「……さすがに腹減るなァ」

 狂人は小さく呟き、夜風に当たる。

 胃から意識を逸らすため、夜空を見上げる。

 が、やはり月はよく見えない。


「へえ、以外ね」


 どこからか聞こえてくる声。


「やあっと出て来やがったかァ。バレバレだったぜェ?」

 狂人は顔に歪んだ笑みを貼り付け、意識を集中する。

「久々にあなたの楽しそうな顔が見れたからね、ちょっとだけ覗かせてもらったの」

 瓦礫の影から、白ずくめの女が姿を現す。

 狂人と同じ、赤い瞳に白い髪。それは、十五組所属の特待生、時旅 葉だった。

「? 見ねェ顔だな。ぼくァ、お前と会ったこたァねェぞ?」

 時旅の顔を見て、いぶかしむ狂人。

 それに反し、時旅はどこか懐かしげな声音で言う。

「そりゃそうよ。私が一方的に知ってるだけだから。……こういうの腐れ縁っていうのかな」

「そォかい。ンで、やんねェのか? やらねェのか? 大方あの虫の連れかなンかだろォ? 特待生とやれる機会なんざめったにねェ、楽しく愉快に殺し合おうぜェ!?」

 キイイイイイイイィン、

 狂人の右半身が光る。

 右半身だけが、光る。

 閃光を纏うことにより、光の移動速度を可能にする最高速の超能力、『右軽光(ライトアップ)』。一週間前は最大の弱点となっていた“能力発動まで”のタイムラグは、ほとんど皆無に等しかった。


 タイムラグが、一切無くなっていた。


 それは、一体どれだけ脅威的で凶悪なアップデートだろうか。約一秒ものタイムラグ、それがあったからこそ一週間前、良人は狂人を退けることが出来たのだ。そのタイムラグないということは、唯一最大の弱点が消えたということは、この狂人の光速移動を止める術が失われたということ。

 こうなってしまっては、絶対に光速移動を止めることは出来ない。

 そして、光速移動から逃れることは、絶対に出来ない。


「アッはァ、やっぱこうでなくっちゃあなァ!? 」


 キィン……、


 音が遅れてやってくる。

 結果が送れてやってくる。


 だが、


「さよなら。深夜(しんや)


「――――あァ?」



 背後を取ったのは、


 時旅だった。


◆◇◆◇



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