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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
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二十三話

「出てけっ!!」

 私は自分の十指から伸ばした“念糸”により、兄貴を部屋から追い出す。

 最後に、すまなさそうな顔でこちらを見返していたけれど、構うことなく扉を思い切り閉める。

 バンッ、と。

 あの空気読め()が入って来れないように、扉の鍵も閉めてやる。ちなみに“空気読め男”は私が心の中で密かに呼んでいる兄貴のあだ名だ。“空気読めよ”というニュアンスを込めての“空気読め男”である。

 本当に、ほんっとに兄貴は空気が読めないんだから!

 たまにアレが自分の血縁だということに、真面目に嫌気が差すことがある。とにかくもう、言動が信じられないぐらい自分勝手というか、自己中というか、一人よがりというか、相手の気持ちを考えるのが下手というか、ようは有り得ないぐらいの馬鹿というか……。

 そう、あれだ、不細工なんだ。

 何がって、心配を掛けた相手に対する対応が、限りなく不細工。不器用な優しさというより、あれは“不細工な優しさ”だね、うん、兄貴にぴったりだと思うよ。

 しかも、その“不細工な優しさ”という腹の立つことこの上ない言動や行動は、自己満足(エゴ)や偽善からではなく、本気で“相手の立場で試行錯誤し、相手のことだけを最優先した末”の結果なのだから尚更たちが悪い。救いようがないと言ってもいいね。兄貴気付いてないんだもん、相手のこと“だけ”を優先した結果での行動というのが、どれだけ相手を怒らせるものなのか。自身が範疇に入っていない優しさなんて、自己満足や偽善なんかより殊更酷い。

 不器用にもほどがある。そのくせ芯だけは絶対に見失わないんだ。見失わない、というより“揺らがない”だけどね、兄貴の場合。一途っていうの? 芯が揺らがな過ぎて優柔が利かなくなってるんだ。駄目駄目だね、どこまでも。

 だから、


 ――――だから私は兄貴のことが好きなんだ。


 もはや愛してると言ってもいいね。私、異無 美唯は、兄、異無 良人のことが大好きです。

 この際だからはっきり言おう。私は極度のブラコンだ。とんでもないブラザーコンプレックスである。

 ああ、勘違いされたくないから補足するけど、“兄妹愛”やら“家族愛”やらそういった綺麗な類のものではなく、どろっどろの性愛的な愛だから。

 ぶっちゃけ夜中なんかは、いいからとっとと襲えばいいのにとムラムラしっぱなしである。

 この前だって無知で純粋な子供の振りをして、同じスプーンでアイスを食べさせ間接キスを目論もうとしたぐらいだもん。残念ながらそれは失敗に終わったけれど。常日頃から誘惑しているのに、そこはさすが一途な兄貴、なかなか揺らいでくれない。せっかく私がいつも頑張って雰囲気を作っても、あの空気読め男は全く察してくれない。

 実のところ、兄貴が私に対して兄妹という間柄以上の想いを持っていることぐらい知っている。私も“ど”が付くほどのブラコンだけれど、兄貴も兄貴で尋常じゃないぐらいのシスコンなのだ、そんなことも分からないぐらい無知な子供じゃないし、純粋でもない。昔から、兄貴は物凄い鈍感だったけど、それに対して私は逆に敏感だったんだ、表情を見れば相手がどういう気持ちなのかぐらいは大体分かる。

 まあ、兄貴をあれだけのシスコンに覚醒させたのは、私の日々の積み重ねによるものなんだけどね!

 色々手を回して誘導するのに苦労した。超特殊調合した媚薬効果のある“念末”を、毎晩兄貴に飲ませるのには苦労した。あの空気読め男は、空気読め男のくせに危機察知能力とかそっち方面の感覚だけは無駄に鋭敏だからね、何度肝を冷やしたことか。

 ふ、ふふふ、その甲斐あって、今や兄貴は私に対して悶々せずにはいられないほどの好感を持っているはず。異無兄妹が異無夫妻になるまであと何日もつかな?

 兄と妹の間柄なんて知ったこっちゃない。むしろ兄と妹だからこそ燃える! 兄なんて燃え要素でしかない。禁断の果実は禁断だから価値があるんだよ。それに、ハードルがどれだけ高くても、そんなもの下を潜ればいいんだ。

 妹なんか可愛くないとか、兄なんか気持ち悪いとか、そんな兄妹が世界には大勢いるらしいけど、そんな常識は私達には通用しない。だって私と兄貴は、兄と妹である以前に男と女なんだから! お互い、十年以上も一緒に暮らして来て、そりゃ倦怠期になったこともあるけど、今じゃそれを乗り越えて、いや、乗り壊して、泥愛期(でいあいき)に入ったよ。もはやどろっどろだよ。昼ドラだよ。

 でも、それは兄貴がいけないんだ。それもこれも、全部兄貴が悪い、兄貴に責任がある、責任を取る必要がある。

 兄貴が私を惚れさせたからいけないんだ。

 私が学園の人体実験に加担させられていた頃。

 忘れられない、トラウマ。

 忘れられない、想い出。

 あの時、ぼろ雑巾みたいになってまで、兄貴は私を救ってくれた。真っ暗闇の泥沼の底から救い上げてくれた。私の無言の叫びに気付き、そして応えてくれた。だから今の私がある。今、私は兄貴と幸せに暮らすことが出来ている。

 兄貴は、こんなになるまで助けられなくてごめんって謝るけど。後遺症で私の下半身が動かなくなるまで、気付いてやることが出来なくてごめんって、謝るけど。

 少なくとも、私はあの時、兄貴に救われた。

 少なくとも、私はあの時、兄貴を好きになった。

 だから――――、

 もう、どこにも行かないでほしい。

 もう、ここに居てくれるだけでいい。

 もう、……終わったんだから。


 ……。


 ちょっと、怒りすぎたかな。

 兄貴だって悪気があって隠し事しているわけじゃないんだし。それに、もっとちゃんと話し合えば教えてくれるかも知れない。ただ、まだ整理が付いていないだけで、後でちゃんと説明してくれるかも知れない。何も追い出す必要は……。

 ……いや。

 いや、いや、いやいやいや。

 駄目だ、あの空気読め男は簡単に許しちゃ。ちっとも懲りないんだから。

 大体、一週間も連絡無しに家を空けておいて、何あの適当な誤魔化し方、信じらんないよ。兄貴のクラスの担任教師から“お宅のどカスが無断欠席してやがんだが”と電話があった日は気が気じゃなかった。外に出れないから、ネットやらで色々兄貴の行方について捜索したけど、全然手掛かりは掴めないし、警察に連絡してもなぜか取り合ってくれないし、学園に連絡取るのは論外だし、行地さんに連絡してもなぜか繋がらないし、不安で不安で私はここ一週間ろくに寝れもしなかったのに、何あの態度。空気読めなさ過ぎて残念というか、無念というか、いや、もはや諦念だよ。私の睡眠不足で荒んだ心が、こんなカップアイス如きで癒せるわけがないじゃん。ああ、腹立つっ!

 パカッ、

 ハーゲンダッツの蓋を開け、プラスチックのスプーンをグサッと突き刺す。空気読め男の顔を思い浮かべ、怒りを込めてグリグリグリグリとほじくる。

 ぱく。

「……。……」

 グサッ、

 ぱく。

「……。んまい」

 グサッ、

 ぱく。

「ああもう、美味しいなこれもうっ!」

 ぱくぱくぱくぱく。


 ……うん。

 兄貴とは、後でもう一度ゆっくり話し合おう。



 気付けなかった。

 兄貴からもらったアイスに、夢中で。

 遠くで、妙な光が瞬いたことに。

 キイィン、と。

 微かに、聞こえたことに、気付けなかった。



 瞬間。

 ガシャアアアアアアアアァンッ、

 と、

 窓が割れた、

 音、

 がした時には、


 既にそれは動き終わっていた。

 結果が遅れてやってくる。


「んんんんんんん!? んんんんんんんっっ!!!」


 気が付けば、何者かに背後を取られ口と鼻を塞がれていた。


「アッはァ、リミッター解除は気持ちイイぜェ。一キロ先の獲物もちょちょイのちょイだァ」


「ん、んんんん、んぐんんんっ!」


 苦しい。

 苦しい。

 くる、しい。


「オ前が虫の妹かァ? 確かに瓜二つだなァ、アの時消し炭にしてやった女とォ」


 ……い、しき……が、


「さア、つまんねェ日常回は今日限りで終わりだァ、今からイカれてイカした茶番の始まりだぜェ!?」


 ケタケタ笑う。

 ゲラゲラ哂う。


 裏で蠢く黒い物体が、

 表で蠢く白い世界を、

 食い散らかす。



 ――――たすけて、兄貴。



◆◇◆◇


「……」


 妹の部屋。

 奈々乃の居る女子寮からの帰り道、家の二階の窓が割られていたため、俺は一目散に駆けつけた。

 だがそこにあったのはガラスの破片と、美唯の居ないベットだけだった。

 溶けたアイスが床を汚している。


「……は?」


 なんだこれ。

 なんだよこれは。


 これじゃあまるで、

 美唯が誘拐されたみてえじゃねえか。


「美唯?」


 返事は返って来ない。

 部屋のどこにも居ない。


 おい、


「……ふ、……ふっざけんなっ!」


 くそッ、

 くそくそくそくそっ、ふざけんな、なんで美唯が、なんで、なんで、

 なんで、なんでこうも、いつもいつもっ! いつになったら俺の周りは平和になるんだ!

 せっかく、奈々乃が生きてたのに。これじゃあ台無しだ、バカみたいじゃねえか、さっきまで楽しく笑いあっていたのが。

 また“お前ら”は俺の大切なものを奪うのか?


 終わったんじゃねえのかよ。

 いつになったら、終わるんだよ。

 もう、休ませてくれよ……。

 これ以上、俺の日常を壊さないでくれよ。

 ……頼むから。


 ……。


 窓の外を見る。誘拐犯はここから侵入したのか。別に珍しくもない、ここは天下の神屠学園だ、これぐらいのことは少し異能力が使えれば誰だって可能だ。

 続いて、いつも美唯が寝ているベット。近付き、手で触れる。

 ――――まだ暖かい。

 まだ、誘拐犯は近くにいるかも知れない。

 俺は踵を返し駆け出そう、とするが、ベッドに置かれた一枚の紙切れが目に入る。

 読むと、そこには簡潔にこう書かれていた。


 ――――親愛なる虫ケラへ。ちょっとしたゲームだ。日曜零時に妹を殺す。それまでに見つけ出し、奪い返してみろ。


 頭の血管がブチ切れそうになる。

 バリッと噛み締めた歯が嫌な音を立てる。

 言うに事欠いてゲームだあ?

「ぶち殺す」

 誰が書いたものなのかは一発で分かった。間違いない、あのクソキチガイ野郎だ。リベンジのつもりか何か知らんが見つけ出したら確実にぶち殺す。

 日曜零時ということは、明日中にキチガイ野郎を見付け出し、美唯を奪還しなければならない。

 もう夜遅いが、関係ない、今から探しに行かなければ。

 紙切れの下の方に、まだ小さく何か書いてあった。


 ――――美唯ちゃんは私が助けるから。あなたは何もしなくていい。何も、しないで、お願いだから。


 ……これは、

 時旅?


 根拠は無いが、

 そんな気がした。


◆◇◆◇


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