二十一話
「一週間も連絡なしにどこほっつき歩いてたの!?」
「だから言ってんだろ? 探し物をしてたんだ」
「一週間も!? 何をっ!」
「自分を、さ」
「ダサい台詞で誤魔化さないでっ!」
「だが、探しものっつうのは案外近くにあるもんなんだな。今になって気付かされたぜ」
「はあっ?」
「結局さ、見付からなかったんだよ、一週間旅に出たところで、自分だけの本当に大切なものは。だがどうだ、いざ帰ってみると、さんざん探しても見付けられなかった“それ”が簡単に見出せてしまったんだ。……そう、兄妹という名の至高の宝物を」
「ウザ!! そのキメ顔がとてつもなくウザいっ!」
「美唯……お前は、さしずめ俺の青い鳥だな」
「だからダサい台詞で誤魔化さないでっ」
「ダサい? ダサいだって? ふっ、そうなのかも知れないな、俺はお前の前だと、自分を魅力的に見せようと必死になって、つい気取ったことを言ってしまう。それだけ、俺を盲目にしてしまうほど、お前が魅力的なのさ」
「兄貴……」
「美唯……」
「ひきに――――、」
「ごめんなさい」
さすがに“ひき肉”にはされたくなかったので、とりあえず土下座を敢行する。
「何で謝るの、まだ最後まで言い切ってないよ?」
「今、絶対に“ひき肉にするよ”とか言いかけただろ。こええって」
「違うよ、“ひき逃げ”するよって言おうとしたんだよ」
「ひき逃げ!?」
「うん。挽き肉にして逃げるの」
「結局挽き肉じゃねえか!」
車で轢く方の“ひき逃げ”じゃねえのかよ。一瞬騙されただろ。
「じゃなくって!」
ベットに備え付けられたテーブルをバンッと叩き、我が愛しの妹、美唯は怒鳴り散らす。相変わらず元気だなー、こいつは。
「何度も言うけど連絡も寄越さないで一週間どこに行ってたの!? またこの前みたいに危ないことに巻き込まれたんじゃないでしょうね!?」
「あー、っと、安心しろって、ちょっと貧血で死にかけただけだから」
「死にかけた!?」
「しまった。違うんだ、ちょっと身体を切り裂いたぐらいで……。まあほら、今はピンピンしてるし、別にいんじゃね?」
「いくない! 死にかけたって何っ?」
打って変わって、目の端に雫を溜めながら諭すように言ってくる。
「ねえ、本当は兄貴、また妙なことに首突っこんでるんでしょ? 正直に言ってよ、お願いだから、私一週間ずっと心配してたんだよ……」
「だから心配いらねえって、大げさだな美唯は。ちょっと行地とその辺の山に遊びに行ってただけなんだ、本当だぜ? あの野郎がさ、“こっちから美味しい果実の匂いがするウホ、ウホホ”とかなんとか野生本能をこじらせてだな。仕方なく後を追ってったら帰り道が分かんなくなっちまったんだ。プチ遭難だよ、プチ遭難。むしろ一週間で帰ってこれたのがラッキーだぜ」
超絶デタラメである。なんだよ野生本能こじらせたって、意味わかんねえ。行地は原始人か。俺が言ったんだけどな。
だが、そのハラハラドキドキ即興遭難物語りを無視し、瞳をうるうるさせながら、
「う、うぅ、本当に、心配したのにっ、……帰って来なかったらどうしようって、ふ、ぇ、っまた、……またあの時みたいに、ぅ、い、いなくなっちゃうんじゃないかって……心配してたのにっ、……兄貴はいつもそうやって、ふざけてさ、……う、ひぅ……」
しまいに美唯の頬をぼろぼろと涙が伝う。
うああああああ、しまったああああああ!
「ごめんなさい。すみませんでした。俺が悪かったです」
再び土下座を繰り出す。それもただの土下座ではない、頭を床にゴンゴン叩き付けながらの、リストラ寸前のサラリーマンでも躊躇うウルトラ土下座だ。
「うぅ、ひっ……うっさいっ……ぅ、もういいよっ、兄貴なんてさっさとどこぞのショッカーにでも改造されてバッタやカマリキとでも仲良くしてればいいんだっ! もう帰ってこなくていいよっ、出てけろくでなしっ、デリカシーの意味も分からない甲斐性どん底幼稚園児っ、人の気持ちも知らないでっ、この無愛想目付き最悪不良気取りのプー太郎っ、どシスコンっ、のたれ死ねエイゴエリアンっ!」
――――エイゴリアンって何だ? いやそれは置いといて。
「悪かった、悪かったって、そんなに泣くなよ、な? 大丈夫だ、俺はちゃんとここに居るだろ? 居なくなったりなんかしねえって、絶対だ」
「うぅ……今までだって何回も聞いたもんそれ……結局どこに行ってたのかは教えてくれないしさ……」
「だから、それはその、な? お前にだって秘密の一つや二つあるだろ? 俺にだってあるさ」
「……」
もの凄い目付きで睨まれてしまった。それからプイっとそっぽを向いてしまう。
これは弱った。しばらく何を言っても機嫌を直してくれそうに無いぞ。こうなった美唯は本当に強情だからなあ、三日は口も聞いてくれない、どころか弁当にケチャップで“死ね”とか書いたりするんだよなあ。あれはヘコむ。
だからと言って本当のことを言うのもどうかと思うし。超能力者に襲われて死の淵を彷徨い、謎の組織に治療してもらって帰ってきた、なんて言ったらそれはそれで問題だよな。“念糸”でぐるぐる巻きにされて“もう校舎には近付かせない”とか言い出しかねない。……いや、冗談とかじゃなくて本当にやられたことがあるんだよ、昔。
それに、いたずらに余計な心配をかけたくないというのもある。本当のことを言わないのは、確かに酷かも知れないが、だからといって安易に打ち明かすのも気が引ける。
どうしたものか……あ、そうだ。
こんな時のための秘密兵器があるだろう、俺。すっかり忘れてたぜ。
「なあ美唯、機嫌直せって。ほら」
言って、俺は帰りに買ってきたハーゲンダッツアイスをビニル袋から取り出し、ベットに取り付けられた食事代の上に置く。
そう!
秘密兵器とは何を隠そう、ずばりアイスだ!
ふふふ、これさえあればヒステリー状態の美唯の一匹や二匹、イチコロだぜ。
「お前の好きなハーゲンダッツだぞー? イチゴ味だぞー? 美味いぞー?」
ブチッ。
あ、あれ?
何か切れてはいけないものが切れてしまったような音が……、
「うっがあああああああああああああああっ!!」
途端、美唯が勢いよく上体を起こし、
「またそれ!? 私が怒るといつも兄貴はアイス買ってくるけど、何? 毎回それで私の機嫌が直るとでも思ってんの!? なめてるでしょ! 私をペットか何かと勘違いしてんじゃないの!? 一人で食ってろ馬鹿野郎っ!!」
うわ、やべえ、妹様が御乱心だ。どうやら最後の琴線に触れてしまったらしい。これ以上ないぐらいにブチギレてしまった。
だが、その手にはしっかりとハーゲンダッツを確保し、
「出てけっ!!」
部屋を追い出されてしまう。
あいつの能力『念末念糸』は本当に強力だ。五指から伸ばした“念糸”で、ほとんど何でも出来てしまう。兄を“念糸”で絡め、強引に部屋から掃き捨てることだってお茶の子さいさいである。弁当だって作れてしまうのだから驚きだ。とある事件の後遺症で下半身は動かないが、それでも日常生活を難なく送るぐらいのことは出来るのだ、あいつは。一週間家を放置していたにも関わらず、美唯が問題なく生活出来ていたのもあの異能力のおかげである。念糸を駆使し、自由自在に家の中を動き回れるのだから。まだ精神的に外に出ることは出来ないけれど。
さて、美唯のことだが、あれだけ怒らせてしまったらもうどうしようもない。こちらからのアクションは全て、あいつの激情を焚きつけてしまう薪にしかならないだろう。なら放っておくしかあるまい、触らぬ妹に祟りなしだ。
「……」
美唯には悪いことをしちまったな。本当に。そりゃあ、一週間も家を放置して心配するなって方が無理か。……そうだな、ほとぼりが冷めたら、後でちゃんと説明してやらないと。今日までのことを。
あれから――――行地が、『烏合の衆』に勧誘された時のことだ。今が二十一時だから、大体二時間前の出来事である。
行地は、結局神々の手を取ることなく、ただ一言、
「考えさせてほしい」
とだけ言った。
考える時間をくれ、と。
あのお人良しのことだ、俺と美唯を保護下に入れてやるという言葉に釣られたのだろう。あんなことがあった後だ、次俺の身に何があるか分かったもんじゃないからな。いらんお世話だっつうのに。
神々は“心が決まったら、学校がある日、彦星君に話し掛けてくれたまえ、入るか入らないか。幸い今日は土曜日だし、考える時間はたっぷりあるからね”と言っていた。そう、今日は土曜日なのだ。あのキチガイ超能力者の襲撃があった日、あれが土曜日だったから、つまり一週間丸々俺と行地は『烏合の衆』の拠点で寝ていたことになる。俺はあの客室のソファなんかで一週間も寝かされていたのだ、治療もあそこでやったという話しだし、ぞんざい過ぎるだろう、俺の扱い。
ふん。
『烏合の衆』、か。混沌に満ちた歪な世界を正しい姿に導く、ねえ。
うさんくせえ。
ちなみにあの拠点だが、確かにここ第五十学区の森林公園内にあったはあったのだが、その場所というのがかなり特異な位置だった。なんと森林公園内の池の底に存在していたのだ。これには度肝を抜いた、一般人には見付からないはずである。俺達が“玄関の前で倒れていた”というのは、池の底に設けられた拠点の出入り口のところ、つまり空気で包まれた特殊な空間内だったらしい。だからあの拠点から池の外に出たい時は、身体中に念粒子を纏わせ水を弾きながら出なければならない。まあ、俺は念粒子を練れないから神々が作り出した念粒子を身体に纏い外に出たのだが。
で、忘れてはならないのが奈々乃の行方である。
あの拠点内には居なかった、奈々乃。閃光によって掻き消された、奈々乃。
神々は結局、奈々乃のことは教えてはくれなかった。あの場で行地が仲間に加わらなかったからだ。だからといって、行地に入団しろなんて言わないが。むしろ保留になっただけでもホッとしている。
奈々乃。
あいつは、俺の目の前で閃光野郎に掻き消された。
おそらく、……助かってはいないのだろう。
分かっている。そんなことは、分かっている。
だが、それでも、俺はあいつがまだ、どこかで無事にやっているんじゃないのかと、そう思うんだ。
「そうだな」
とりあえず、あいつの家を訪ねてみるか。
十中八九意味が無いということは分かっているが、とりあえず、だ。
他に何か出来ることなんて思いつかないし、それよりも何よりも、じっとしていられない。行くだけ行ってみよう、実はちゃっかりあの場を生きて切り抜け、無事帰宅していましたなんて展開がなくもないかも知れない。
家の玄関の扉を開け外に出る。
行き先は奈々乃家だ。
――――この時、もっと注意していれば、あんなことにはならなかったのかも知れない。
――――ちゃんと俺が美唯のことを見ていればよかったんだ。
◆◇◆◇
もう、ノンストップで書き上げてしまおうと思います。