十一話
「ところで良人、サークルはどうするの? いい加減、決めないと」
奈々乃の奢りでラーメン屋に行くことが決まった日の放課後。学生鞄を持ちながら、ふと聞いてくる行地。
サークル。
それは生徒三人以上で組む徒党のことである。高等部になったため、サークルを組めるようになったのだ。
これを結成すれば、軍部から一般市民まで、様々な人種や団体から発布される依頼を請け負うことが出来るようになる。依頼の種別は『捜索』、『代役』、『警備』、『動労』、『奉仕』など多岐に分かれている。依頼をこなせば報奨金が与えられ、しかも単位を貰えることもあり、サークルを組む生徒は後を絶たない。
ゲームっぽくて面白そうだよね、とは行地の談。それはその通りで、生徒のやる気を煽るため、このような形式にしているのだという。小遣い稼ぎと単位取得を同時に行え、能力の訓練にもなる。実践の経験も積める。学園側からしても、依頼主から前金を貰え、生徒の自主訓練にもなる。依頼者は便利で安い小間使いを短期で雇える。誰にとっても良いこと尽くしのシステムだ。
中でも特に危険が伴う『軍事』や『討伐』には、生死を保障されないものまで含まれている。全て自己責任だ。が、まあ、それらは数自体が極めて少なく、それにいくら生死が保障されないと言っても、本当に死傷者が出るようなものは滅多にない。あらかじめ保護者の許可を得る必要もあり、更には能力レベルが特定の請負可能レベルに達していないといけないため、『軍事』、『討伐』の依頼を請け負う者はかなり稀である。なのでサークル活動で死亡することは、ほぼ皆無と言っていいだろう。実際、そういう話は未だ聞いたことがない。
「えー」
「何さ、えーって」
「別に俺、そんなん興味無いし」
面倒くさそうだもの。手続きとか。メンバーが勝手に請け負った依頼に同伴させられるのも嫌だし。別にメンバー全員が同伴する義務はないが、そこはそれ、円満な人間関係を築くためにはあまり無下に何度も断ったり出来ないからな。いや、今更そんなことで行地との仲が悪化することはないだろうが、サークルは三人以上で組まなければならないのだ。
「なんだい、すっかり事なかれ主義だね。昔はあんなにやんちゃだったのに」
「昔の自分と今の自分は別の人間だろ。中等部の俺は死んだ」
「過去を捨てた男的な?」
「ふ、惚れるなよ」
「げぇ、気持ちわるっ」
「俺も言ってて吐き気がした」
「嘘だよ、惚れたよ」
「げぇ、気持ちわるっ」
「僕も言ってて吐き気がした」
お互い、不毛かつ気色悪い会話をしていると、そういえば視界の隅に挙動不審な生徒が映っていることに気付く。
右前方の席に座る奈々乃だ。鞄を椅子の背もたれに置くように持ち、半分だけ隠れた顔でジーッとこちらを見つめている。
「……っ」
俺と目が合ってしまい、サッと鞄の後ろに隠れる。いや全然意味ねえよ。
しばらくしてまた顔を出すが、また目が合い素早く隠れてしまう。
……。
少しして、また顔を出す。
「……っ」
隠れる。
……。
顔を出す。
「……っ」
隠れる。
……これは。
「超うぜえ!」
何なんだあいつっ! めちゃくちゃ腹立つ! これだからアホの子はっ。
俺は耐えかね、ズンズン勢いよく奈々乃の席に向かう。
「何、どしたの?」
背中越しの行地の声を無視し奈々乃の手を取る。
「こ、異無さん? はわっ」
そのまま引っ張り起こし無理矢理行地の元まで連れて来る。
「おー、良人大胆だねえ」
アホ抜かす行地は無視。手を離し、奈々乃に言ってやる。
「お前な、言いたいことあるならはっきり言いやがれ!」
「す、すみません」
「帰りラーメン屋行くんだろ? 昼した約束。大丈夫だ、忘れてねえよ」
「は、はいっ。ありがとう御座います」
焦りながらも、嬉しそうに言う奈々乃。世話の焼ける。なぜとっとと話の輪に混じろうとしないんだ、イライラするやつだな。
「それと、ですね……。別の件なんですけれど、えっと……」
今度は何か言い難そうにしている。普段俯きがちな顔を更に俯けている。
「またお前はじれったいやつだなあ。面倒くさいやつは好きくない」
その言葉に小さくなる奈々乃。
「まあまあ、落ち着いて喋っていいよ奈々乃さん。まったく忍耐力がないねえ、良人は。そんなイラついてばっかだとまた不良人って呼ばれるよ?」
やかましいわ。
ちっ、まあ行地の言うことも否定出来ない。これでもあの頃に比べれば何十倍もマシになったんだけどな。
「……で? どうした? 待っててやるから言ってみろ」
「は、はい、すみません」
いちいち謝罪ばかりすんな、と言いたいところだが、それを言ったら延々と謝って怒っての繰り返しになりそうなのでグッと堪える。まったく、腰が低いのは構わないが度胸と決断力まで低いのはどうかと思う。優柔不断はよろしくない。
心の準備が出来たのか、垂れ目で迫力の無い両目に僅かな意思が込められる。
「こ、これっ」
ピッと何やら色々記載された紙を俺の机の上に置く。
「これは紙ですっ」
他に何があるんだよ。
「しかも結成届けですっ」
だから何だよ。
「よりにもよってサークルのですっ」
よりにもよってるのか。
「そして私はとっても募集中なのですっ!」
何をだ。
ドドン、と、何がしたいのか強い口調で言い切る奈々乃。真面目に挙動不審である。
「行地、翻訳」
「“サークル組みませんか?”」
相変わらず高性能だな、行地翻訳機。実に素早くコンパクトにまとめてくれる。
「もっと分かりやすく言え」
「そんな滅相もないっ」
何がだよ。分かり難い方が礼儀正しいとでも思ってんのか。本当に何でだよ。
「それで、サークルは……」
「いや、俺はちょっと--」
断ろうとした時だった。
次の瞬間、信じられないことが起きる。
予想外というか、唐突というか、心の準備も何も出来ているはずもなく、それはいきなり起こった。
完璧に油断していた。完全に隙を突かれた。
そいつは何の気配も音もなく近付くと、
ダアンッッ!!
と、
机の上に置かれたサークルの結成届けに、何かが叩き付けられた。
目にも留まらぬ速度。机を割らんとするような勢い。一切の躊躇も一片の手加減もせずに。それは叩き付けられた。
心臓が飛び跳ねるかと思った。
だってそれは、見るだけで切れてしまいそうな、鋭利で鋭い、銀色に輝くナイフだったから。
一枚の紙を貫き、木製の机に深々と刺さっている。一体どれだけの技能があれば、あれだけの速さで正確無比に紙の中心を貫き、これだけ深く刺し込むことが出来るのか。その暗殺者もびっくりの腕前に畏怖を禁じえない。
あー、これはあいつだ。この唐突さはあいつだな。
早口だが決して聞き漏らさない、小さくもよく聞こえる、透き通り淀みの無い、冷たく重く、問答無用で有無を言わせない暴力的な声で。そいつは言う。
「私を入れろ。でないと八つ裂きにする」
案の定。それは白ずくめの少女、十五組特待生、時旅 葉の言葉だった。
沈黙が訪れる。
行地は目を見開いたまま硬直している。それもその筈、行地はだらしの無い体勢で机に頬杖を付いていたのだ。肘のすぐ隣に、サークル結成届けの用紙が置かれている。つまり目の前に凄まじい勢いでナイフが叩き付けられたのだから、きっと走馬灯でも見えたかも知れない。
五秒ほど経ち、
「っていうか、ぎゃああああああああああっ!!?」
飛び退いた。それはもう、素晴らしいバックステップで。
「あぶあぶあぶあぶあぶあぶあぶあぶなっ! ええ!? あっぶな!! 今死に掛けたよっ、死に掛けた僕! ええええ、っていうかえええええええ! 何なの一体、意味分かんない意味分かんないっ。走馬灯見えたよ、お祖父ちゃん見えたよ、ちょっとずれてたら死んでたよ頭グサッて死んでたよ机に刺し止められてたよ虫の標本みたく死んでたよぎゃああああああああああああああ」
慄きまくっている。ちょっとうるさい。大人しく刺されればよかったのに。
奈々乃は奈々乃で、口をパクパクと金魚みたいにわなないている。おそらくこいつのゆったりもったりのったりした脳では理解がなかなか追いつかないのだろう。目がぐるぐる回っているのは、回転が追いつかない思考をなんとか加速させようとした結果なのかも知れない。いや違うだろうけども。
……。なんだか面白いので、たまたまポケットに入っていた消しゴムを、繰り返し閉開する口に放り込む。顔が赤くなる。お、詰まったかな。
「で、いきなり随分な挨拶だな。ええと、、時旅」
始めてその名前を呼ぶ。なぜか何の抵抗も無い、自然な響きに自分で驚く。
「無駄口はいい。率直に聞く。今、あなた達三人でサークルを組むと言ったの?」
何と答えたものか。こんな危なっかしいやつに、まともに口を利いていいものかどうか。若干逡巡すると、
「答えなさい。十、九、八、」
奈々乃の額にナイフの切っ先が突きつけられる。どこから取り出したのか、いつ突きつけたのか見えなかった。
「おい待て分かった落ち着けっ! そうだそう言った!」
実際には、奈々乃にサークルを組もうと言われ、それを断ろうとしていた場面だったのだが。咄嗟に、そう答えてしまう。昨日、彦星の首が掻っ切られそうになったこともあり、これをやられたら考える間もなく行動に移ってしまう。あらかじめ、“本当にやる。しかもすぐに刺してもおかしくない”という事実が記憶に焼きついている。焦りもするさ、だってこの女、いつ秒読みを跳ばすか分からないのだ。
「いいわ。分かった」
だがナイフを下ろすことはなく。
「あなた達のサークルに私も入れなさい。いい? いいわよね? 駄目なんて言わせない。答えて早く。三、二、」
「入れる! 入れるってんだ分かったなら早くその物騒なものを仕舞えっ!」
ほら跳んだ、やっぱり跳びやがった、八からいきなり三になりやがった。自分でも信じられないほどの早口が出ちまっただろ。完全に時旅の手の平の上だ。勝てる気がしない、というか逆らえる気がしない。何をやらかすか分かったもんじゃない。
「そ。ありがと。よろしく」
完結に答えると、奈々乃に突き付けていたナイフを袖の中に仕舞う。
すると自席に戻り、学生鞄を手に取ると、そのままあっさりと教室から出て行ってしまう。本当に何の前ぶれもなく現れ、用が済むとさっさと去って行ってしまった。最後に俺達四人の名前が記入されたサークル結成届けを持っていたから、職員室に寄るつもりだろう。いつ名前を記入したのか、なんて今更言うほどのことでもない。あいつは気が付いた時には事を終え、既に次の行動に移っている化け物だ。
何と言っても、行動に迷いが無さ過ぎる。淡々と、事務的に、機械的に、やることを、やるべきことを、やらなければならないことを、任務を、義務を、責務を、全うする。あれはそういった手際だ。朝に見せた人間らしさは、ただの少女らしさは、儚げな脆さは、寝ぼけた眼は、フラフラとした足取りはどこへ行ったのか、まるで別人である。全くの別人。昔の自分と今の自分は別の人間、である。
彼女はこの後どこへ向かうのだろうか? どこへ向かったのだろうか? 帰ったのだろうか?
違う。
帰っていない。
どうやっているのか。何をしたのか、時旅は今、俺のことを見ている。自意識過剰などではないと確信を持って言える。
チリチリと、焼け付くような。太陽光を収縮した虫眼鏡を当てられているような。首筋に強い視線を感じる。振り向いても誰も居ないが、だが視線はなお感じる。首筋に、だ。“どこを向いても、首筋に、”だ。
まあ、もう慣れてしまったからさして驚くようなことではないが。
だって彼女はずっと見ていたのだ。確か四時間目の始め辺りからだったように思う、時旅の席から視線を感じ始めたのは。それまでずっと、一度も顔を起こすことなく机に突っ伏していたが、おそらく必要最低限の睡眠を取っていたのだろう。疲労しきった自分を殺し、決められた行動を実行するマシンに生まれ変わるために。スイッチの切り替えなんてものではない。
とにかく全く意味が分からないが、意味が分からないままに、俺、行地、奈々乃、時旅のサークルが結成してしまった。いや本当に意味が分からない。こんなことをして時旅に得があるのか? まあ、それを言ったら、彼女の行動は一貫して何が目的なのか不明なのだが。
「……えっと、サークル名どうしよっか?」
腰を抜かしたままの行地が場違いな台詞を吐く。
「そうだな。どうしようかサークル名。時旅にも聞いた方がいいのかな」
俺も便乗する。何を言っていいか分からないため、いた仕方ない。とりあえずの行動。
「おい、奈々乃は何がいい? サークル名」
一応の言いだしっぺに意見を求める。
そこには昏倒した女生徒が一人居た。ぐてー、っと机に全身をあずけて、
「んむーっ…………うむむむーっ……」
あ、やべ。
喉に消しゴム詰まったままだった。
この後、死の淵を彷徨い還って来た奈々乃にマジ泣きされてしまい、本気の土下座を見せる俺であった。
口をパクパクしてる人の口内に、決して物を入れてはいけない。