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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
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九話

 現状を一言で説明してみよう。

 感情を一言で解説してみよう。

 今朝を一言で表現してみよう。


 ぶったまげた。


 おったまげでも可。


 どったまげでも有。

 

 さて、いやはや、うん、ううむ、これは、一体、なんというか、なんつうか、どうしたものか。

 そうだな。

 まずはことの始まりからおさらいしてみようか。

 とある日、とある町の、とあるところで、とある人間の子が生まれました。

 とある両親は、とある時思いついた、とある名前をその子に名付けました。

 その名前は、良人というそうです。異無 良人というそうです。


 いや、落ち着け俺。戻りすぎた。今のなし。そもそも出世時の記憶なんかねえよ。

 ちょっと気を落ち着けよう。

 あれだ、羊を数えよう、羊。

 シープがワン。シープがツー。シープがスリー。シープがたくさん。シープがたくさん。シープがたくさん。シープがわらわら。シープがうじゃうじゃ。ジープが無量大数。

 ……よし、落ち着いた。大分落ち着いた。

 いや、つっこまないでくれ。落ち着ければなんでもよかったんだ。

 とにかく、どうして目の前のこれはこうなっているのか、今度こそおさらいだ。

 まず始めに、俺は朝、普通に起きました。

 登校しました。

 教室入りました。

 席に着こうとしました。

 俺の席に誰か座っていました。


 白い少女でした。

 

「……」

「……」


 とても白い少女でした。

 白い制服、白い髪の毛、白い肌、白い腕時計。

 昨日、奈々乃を襲っていた、あいつ。昨日、彦星を襲った、こいつ。

 シンプルに思う。


 なんで居んの? なんでよりにもよって俺の席?


 仏頂面の少女は、鬱陶しそうに俺を見て、黙り、黙り、押し黙り、そして気まずそうに目を逸らす。

「……なんか用?」

 なんか用も何も、それはこちらが言いたい。

「いやそこ俺の席なんだが」

 簡潔にそう述べる。色々言ってやりたいことがあるが、聞きたいことがあるが、とりあえずはまずそれ。

 どんな返事が来るのかと、気構える。そりゃそうだ。こいつは平気な顔して人の首に刃物を突き付けるようなやつなのだ。しかも、こいつは何の前触れも無く、まるで瞬間移動のように、いや空間移動のように、場所を移動する。

 奈々乃を襲った時も、彦星にナイフを突きつけた時も、パッと、まさしくパッと移動しやがったのである。おそらく超能力者かそこいらの化け物なのだろう。

 だから、あまりにも普通な、普通な少女のように、ぽけっと呆けたのが意外だった。

 一瞬、どこか虚空を見つめ、白い少女は、

「席」

「せ、せき? せきとやらがなんだって?」

「間違えた」

「……」

 どう反応すりゃいいんだよ。

「ごめん」

 謝っちゃったよ。

「今どく」

 それはどうも。

 白い少女は席を引き、立ち上がると、意外にも、覚束ない足取りでどく。どうしたんだこいつ。やけにフラフラしているが。寝不足なのだろうか、目にはひどいクマがある。目も虚ろで、反目だ。今にも寝てしまってもおかしくない。

「……おい? 大丈夫かお前。顔色悪いぞ」

「そうね。味噌汁は赤味噌に限るわ」

 寝ぼけてらっしゃる。確実に寝ぼけてらっしゃる。目の焦点が合っていない。食卓に焦点を忘れてきている。

 なんだか拍子抜けもいいところだ。昨日、あれだけの異彩を放っていた人間が、なんだこれ。なんだろうこの様は。これではまるで、ただの寝ぼけ小娘である。

「今……私、変なこと言わなかった?」

 赤味噌がお好きだそうで。なんて言ったら何をされるか分からない。証拠隠滅で貴様の赤ミソを破壊してやるぜうけけけなんて言いだすかも知れない。……それは嫌だなあ。

「何も聞いてないです」

 というわけで、そう答える。なぜか敬語になってしまったが、きっと、本能がこの女のご機嫌を損ねてはいけないと判断したのだ。

「そう」

 白い少女は、それだけ答え、その場で立ち尽くす。ボーっと立ち尽くす。

「何やってんだ?」

「そうね。赤味噌は邪道だわ」

 前言撤回しやがった。もう、本当、そんなに眠いならさっさと帰って寝ろよ。というか、それ以前に、本当に何でこんな所に居るのだろうか。

「私、やっぱり変なこと言ったでしょ?」

「何も聞いてないです」

「そう」

 また同じ問答をし、白い少女は、やはり突っ立ったまま。何を思ったのだろうか、不機嫌そうな目で、こちらを見詰める。見詰める。見る。視線。もはや睨んでいる。こええ。

「どした? 俺の顔に何か付いてるか?」

 答えない。ただ見詰める。ひたすら見詰める。その瞳に何を思うのか。俺の顔をジロジロと遠慮も無く見詰め続ける。気まずい。これは気まずい。視線の重圧に負けて、言葉が出ない。だけど、だけれど、なんというか、

 綺麗な瞳だ。

 そんなことを思う。

 そう思った直後、


「良人」


 白い少女が、俺の名を呼ぶ。そして続ける。


「良人。私は、私は----」


 その後に何が続いたのだろうか。どう続けるつもりだったのだろうか。

「----何でも、ない」

 それだけ言い、ふいっと背を向けてしまう。何事もなかったかのように、歩き出す。ふらふらと、ふらふらと、そのふらふらの背中に、小さな背中に、何を背負うのか。何を背負っているのか。

 俺は、なんだか励ましてやりたい衝動に駆られる。なぜかは分からない。なぜだろうか。とても懐かしい感じだ。面識もないのに。

 その背中を止めなければ、声を掛けてやらなければ、彼女は壊れてしまう気がして、だから声を掛ける。


 大丈夫だ、心配すんな、と、笑顔で。


「お前は一体、何なんだ?」

 だが、出てきたのはそんな無骨な疑問だった。表情は笑顔ではなく、ただの無表情だった。


「時旅。時旅(ときたび) (よう)。クラスメイトの名前も忘れたの?」

 

 透き通る、凛とした声音でそう言い残し、一番後ろの席へと歩いていく白い少女----いや、時旅、とやら。当然のように、席に着いた。

 そうだ。

 どっかで見たことあると思ったら、そうかそうか、そうだ、あいつだ。

 時旅 葉だ。入学式初日に、一回だけ顔を見たことがある。あの時は普通の制服着てたから、思い出せなかった。

 十五組には、入学式からずっと空いていた席があったのだ。一番後ろ端の席だ。毎朝、担任の火雷が出席確認する度に言っていた。『時旅のやつは、また欠席か』と。確か、“十五組の見えない生徒、時旅さん”なんて誰かがふざけて怪談みたいなことを言っていた。

 あいつがそうだったのか。

 いつも空いているはずの席が埋まり、クラスメイトの視線が時旅に集中する。当たり前だ。十五組の見えない生徒であるはずの時旅が、こうやって見えてしまっているのだから。

 しかも、時旅は、十五組の特待生だったりする。

 特待生。

 学園でも特に能力値の高い生徒が選抜され、各クラスに割り当てられ、そのクラスの代表として、生徒の見本として、管理者として、権力者として、存在意義を成す。言わば委員長の大げさバージョンだ。

 十五組の生徒は入学してから三週間ずっと、存在しない特待生として、時旅という名の生徒を認知していた。誰も、顔も素性も知らない特待生。おそらく、担任の火雷ですら声も顔もほとんど記憶に無いのではなかろうか。

 特待生には、学園内での、様々な特権が許されている。それはもう様々多種多様で、例えば、テストの点数さえ良ければ出席を免除される、とか。特待生というのは、そんな存在なのである。一般生徒とは一線を画す、ましてやこんなクラスのミソカス能力者達とは住む世界の違う生物。負け組みと蔑まれる十五組の特待生と言えど、特待生は特待生だ。

 それが今日、突如として現れたのだ。注目するなという方が無理な話である。

 というか、あの白い制服は特待生用のものだったのか。確か一、二回見かけたことがある。ちなみに、十五組は特別指導クラスだから、他のクラスとは少し離れた位置にある。そのため白い制服を見る機会がほとんどなかったのだ。

 そして、時旅の姿を見て、一際驚愕している生徒が一人。

「……」

 目が点になっている。彦星 香苗だ。

 昨日、自分の首を刈ろうとした謎の生徒が、クラスに普通に登校してきていたのだ。ましてや、クラス代表だったのだ。昨晩自分の家に押しかけた暗殺者が、次の日クラスメイトになっていた、みたいな感覚だろう。

 彦星は、昨日突きつけられたナイフの感覚を思い出したのだろうか、時旅を窺いながら、首に巻かれた包帯を手で触っている。

 時旅と彦星の視線がぶつかる。

 だが、すぐに、こてん、

「……」

 力尽きたように眠ってしまう時旅。相当我慢していたんだろうな。

 拍子抜けしてしまう時旅の様子を見て、だがおかまいなしに、席を立ち、ずんずんと時旅の席へと突き進む彦星。

 そのまま、無言でバンッと机に両手を置く。

 しばらく経ち、緩慢に顔を上げる時旅。相変わらずのしかめっ面だ。

 クラスメイト達が、小声でざわざわ騒いでいる。修羅場だと感じ取ったのか、何人かの生徒は見ていない振りをしている。

 だがクラスの空気など気にも留めないといった風に、空気なんてものは、まさしく空気のように無視し、

「--------」

 何事か呟く時旅。

 言うとすぐに眠りの世界に戻っていってしまう。

「……っ」

 緊張に固まる彦星。

 なぜかこちらを見る。なんだ、今日はよく顔を見詰められる日だ。そんなに俺の顔は変か。

 何か言葉を発しようとしたのか、口をぱくぱくとし、だが何も出てこなかったらしい、諦めたように席に戻る。

 どうやらあれだけのやりとりで、二人の間には、とりあえずの距離が置かれたようだ。

 クラスの空気が柔らかくなり、いつもの談笑が戻っていく。

 まあ、なんだ。

 あの二人には関わらないようにしよう。

 迂闊に触ると命がいくつあっても足りないような気がする。

 俺は何も見なかったことにし、何も知らない振りをし、自習を始める。気晴らしだ。今日は行地もいないから静かだしな。はかどるはかどる。

 ……。

 はかどるはかどる。静かだからな。

 ……。

 はかどるはかどる。静かではあるからな。

 ……。

 はかどるはかど、はかどらねえっ!

「そんなに見詰められると集中出来ないんだが? 用があるなら用があると言え」

 顔を上げ、さっきから目の前で俺を観察し続けるそいつに言ってやる。俺の顔はそんなに珍しいのか。どうして今日はこんなに見詰められるのか。

「い、いえ、あの、すみません」

 謝られても。

「別に怒ってねえよ。そんでご用件は?」

 先程から佇む奈々乃に用件を聞く。

「用、というほどではないのですけど……」

「もったいぶるな」

「す、すみません。……あのー、時旅さん」

「時旅さん?」

「時旅さんには、あんまり、近付かない方が、いいです」

「はあ?」

 言い難そうにぼそぼそと言い、たたたと早足で自分の席に戻っていく。

 相変わらず不思議なやつである。

 いや、といっても時旅には近付かない方がいいというのは俺も賛成だが。

 そういえば、彦星のやつ、今度は奈々乃のことを凝視している。

 奈々乃がいることが、そんなに不思議なのだろうか。もしかしたら、昨日のことに関わることなのかも知れない。またもや席を立ち上がろうとする彦星だが、やっぱり気が変わったのか、上げかけていた腰を落ち着ける。


 ……。


 なんだろう。

 なんかすげえギスギスしてねえ? このクラス。

 居辛い。というか気まずい。後ろの席のあの子とか特に。殺気のようなものを感じるし。


 ああ、はよ戻って来い行地よ。

 俺だけにこんな思いさせんじゃねえ。


◆◇◆◇

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