序章
それは異常な光景。
有り得ない状況。
対峙するは、絶対の超能力者と一人の無能力者。
ただ対峙しているだけなら問題は無い。
この光景の異質さは、その戦況にある。
圧倒しているのだ。
無能力者が、超能力者を。
一本の棒切れを持った無能力者が、悪魔の光鎧を纏う超能力者を。
無能力者は既に瀕死の重傷。超能力者は全くの無傷。
にも関わらず。怪我などものともせず。
超能力者は、無能の雑魚一匹に追い詰められていた。
「ふざけるな……。ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな虫があぁあああ!!」
超能力者は叫び、右半身に全念力を注ぎ込む。
瞬間、右の義手が、右の義足が、右の義眼が、右半身が、けたたましい轟音と共に吹き飛び、代わりに大質量の光の噴射が右半身を形作る。
「冗談じゃねえ、いよいよ化け物だ。『右軽光』とはよく言ったもんだな」
出血過多とダメージで、今意識があること自体が奇跡の無能力者は、本当に冗談でも見るかのように苦笑いで嘯く。
『右軽光』。学園最狂の強化能力と謳われた異能力。
読んで字の如く、右半身を代償に光の鎧を纏うことの出来る、常軌を逸した異能力。いや、その速さとパワーは正に“超”能力と呼ぶに相応しい。
「潰れろ虫いぃいい!!」
異形の超能力者の姿が消える。
瞬きする間もなく、無能力者の顔面へ閃光の右拳が突き出される。
文字通りの光速移動。超能力者の通った跡は、幅何メートルにも亘って抉られている。
およそ人間の反射神経では死んだと気付くことすら許されない速さ。光の速さで迫り来る物体を避けることは、まず不可能。
不可能のはずだ。
だがそもそも、無能力者は人間ではない。
「……っっ!」
ゴッ、と後方の地面が吹き飛ぶ。無能力者は爆風で更に傷を増やすが直撃ではない。
何が起きたのか、超能力者の理解が追いつかない。
いや、起きたことは分かる。斬られたのだ。光の噴射により狂化された右腕を。そして切断された右腕は、勢いそのままに無能力者の後方の地面に激突したのだ。
そんなことは分かっている。
なぜ何の力も通っていない棒切れで、右腕を斬られたのかが分からないのだ。
「まただ。また、斬りやがった……」
爆風で倒れ伏す瀕死の無能力者に恐怖の目を向ける。
早く次の行動に移らなければならないが、能力の反動で動けない。
その間に、やはりソイツは立ち上がる。
絶対の超能力者を前に、やはり無能力者は立ち上がる。
「何だ……」
ポツリ、と。気付いたら呟いていた。
言わずにはいられなかった。
聞かずにはいられなかった。
単純にして、明快な一つの疑問。
「一体、何なんだお前は!?」
ソイツは何でもないかのように返答する。
「無能力者だ」