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アーリャと浴衣と夏祭り-2-

 ——一週間後。

 日本出身の魔王が響かせるお囃子の音。

 神社の石畳の左右に作られたたくさんの屋台。

 浴衣姿で歩く大勢の魔王たち。

 嘆願書で上がってきた“日本風のお祭りがしたい”という願いが今、まさに結実していた。

 階段を上って鳥居にたどり着くと、見ているだけで楽しくなってくる光景と香りが、俺を待っていた。

 ノイ御手製の狛犬が迎える中、俺はノイとグレッグ、エスター、フランツを引き連れて神社に到着した。

 「わぁ」

 思わず歓声を上げる。

 堂々とした深くさえ漂わせた神社の前で、みんなが笑顔を見せている。

 「ほぉーう。こりゃなかなか」

 「いい感じなのぜ」

 建築に携わった二人が感慨深げに辺りを見回してる。

 「これが日本のお祭りってやつか。ごちゃっとしてて、なんか俺の国の市場みてぇだな」

 「でも雰囲気が全然違うのぜグレッグ。海外出身の俺達の心にも、なんかこう響く物を感じるのぜ」

 「ああ、だな」

 甚平姿の二人が感想を述べる。

 「カーニバルとも違うが、この、なんつーか楽しさはまた風情ってものがあるな」

 「すごいです……」

 「でしょでしょ?これが日本のお祭り、だよ!」

 めずらしくゴスロリ服じゃなくて浴衣を来たノイが得意げに胸をはる。

 銀髪を軽く結い、黒地に赤と白を流した浴衣は、ノイに良く似合ってる。

 俺?

 俺ももちろん浴衣姿。

 俺のは白地に水色と緑で水と柳があしらわれてる。

 髪はメイド長ドールが結ってくれた。

 足元は涼しげに下駄。

 歩くたびにカランコロンと音がしていい気分。

 「ところでアーリャさん。質問があるんですけど」

 「何、エスター」

 「ボクの格好についてです」

 振り返ってエスターの姿を頭から足の先までチェックするけど、はて。特におかしいところはないな。

 「何か問題が?」

 「大ありです!」

 真っ赤になったエスターが両手をぎゅっと握って抗議してきた。

 「なんでボク、()()()()()()姿()なんですか!?」

 「なんで、って」

 ノイ達と顔を見合わせる。

 「似合うからに決まってんじゃん」

 「うむ」

 「なのぜ」

 何言ってんだこいつ、的な感じでみんな頷く。

 「ボクは今は男の子なんですって−!髪留めまでされて、完全にこれ女の子の恰好じゃないですか−!」

 「いいじゃん。かわいいし」

 「うん」

 「あまりうれしくないですー!」

 えー。

 浴衣着せられて付け髪と髪留めまでつけられたエスターは、外見上ほとんど女の子と化してる。

 ぶっちゃけ言われないと男の子だって気づかないかも。

 「お前に男の()属性があったとはナァ」

 グレッグがしみじみ呟いた。

 「俺達もそっちがよかったのぜ」

 フランツがちょっと寂しそうに筋肉を見た。

 「人間だった頃の面影なんて髪の毛ぐらいしかなくなっちまったのぜ。……俺もそういう格好してみようかなのぜ」

 「頼むからやめろ、バカ」

 「冗談なのぜ」

 うん。冗談にしておいてくれ。

 フランツが女装したらどっかのレスリングマスターみたいになりそうだし。

 身長二メートル以上のムキムキマッチョな女子なんて見たくないぞ。

 「せめて髪だけでも元に戻させて下さい—!」

 「却下だ」

 「そんなぁー!」

 「……ともかく、行こう」

 まだあれこれ抗議してくるエスターをスルーして屋台を指さす。

 「おー!」

 「と言っても俺達は何をしたらいいのかさっぱりだからな。お前らについてくぜ」

 「おーけーおーけー!それじゃアーリャ。まずはやっぱりお参りからだよね!」

 ということで、俺達は一路本殿へ向かう。

 お参りをする拝殿の奥には、春日造の質素でありつつ厳かな建物。

 本殿に鎮座しているのは神様……ではなく、俺が提供した例の紅玉。

 意思を通じあわせることができたから、ここにいてってお願いしといた。

 今後もここに置いとこうかな。

 拝殿の周りでは参拝に詳しい魔王が海外出身者にやり方を教えてる。

 俺達はカルラに習ってたから特に苦労なくお参りを済ませた。

 「で、次はどこだ?」

 「そうだね……あれ行こう!」

 ちっこい指でノイが指さしたのはお面屋さん。

 いったいどこから仕入れてきたのか、大量のお面が売られている屋台があった。

 「いいね」

 俺達はそこでそれぞれお面を買う。

 俺は狐、ノイは狸。エスターはなぜかドラ○もん。グレッグとフランツはひょっとことおかめなんて渋いものを買った。

 アニメのキャラもあったけど、流石に今はこういうお面の方がいいな。

 さて、他にはどんなお店があるかな。

 えーっと……。

 リンゴ飴、綿あめ、かき氷。

 焼きそば、焼き鳥、フランクフルト。

 射的、形ぬき、ヨーヨー釣り。

 お、金魚すくいもあるじゃない。

 有名どころ、っていうかこれこそお祭りだよね!的なお店は網羅してるみたいだな。

 「全部行く!」

 「はいはい」

 ノイを先頭に、俺達はリンゴ飴を買って食べながら腕に綿あめの袋をぶら下げる。

 グレッグは焼きそばが気に入ったらしくて四パックも買い込んだ。

 フランツは焼き鳥のタレ味と塩味を買い込む。

 エスターはリンゴ飴にご執心。

 お。射的の景品、すごいなぁ。

 コスプレ衣装だのプラモデルだのはまだいいけど、なんで魔導石とか宝石とかあるんだ?どっかの魔王がどっかの世界で取って来たんだろうか。

 あ、ゴールドレイドの模造品まである。

 「どれ狙う、アーリャ」

 「そうねぇ」

 景品の前に置かれた紙を撃って倒れればゲット、っていうオーソドックスなものだ。だけどそれだけに難しそう。

 「とりあえずやってみよう」

 屋台に近寄ると、ねじり鉢巻きの魔王が景気のいい呼び込みをやってた。

 「おお!挑戦するかい、統括者!」

 「アーリャでいいって」

 「はっはっは!これが銃だ」

 「ん」

 屋台の魔王にクレムを支払い、銃を受け取る。

 うわ、無駄にいい銃だこれ。

 エアガンだけど、東○マ○イ製の本格派。

 一発ごとに弾を込め直すボルトアクションタイプを忠実に再現したやつ。しかも木製ストックだ。

 ズシリと腕に来る重さが心地いいね。

 「……」

 ってあれ?

 カウンター前に立って分かったけど、紙との距離、おかしくね?

 「距離欺瞞の魔法」

 「おうよ!全員魔王だからな。普通に撃たせたら景品みんな持ってかれっちまう!だから距離誤魔化してその銃で届くぎりぎりにしてあるぜ!」

 さすが魔王。

 こんなところで魔法使ってくるか。

「ちなみに挑戦者の魔法使用は禁止だぞ!」

 「へい」

 ライフルをしっかり保持し、ストックを肩へ。

 サイトを除いて照準を付け……息を止める。

 かちっ。

 引き金は軽く。

 意外にいい音で発射されたBB弾は見事、魔導石の前にある紙に命中し、倒した。

 「ふ」

 「さっすがアーリャ!」

 「っかー!まじかよ!今日初めてのあたりだぜ!」

 「……そうなんだ」

 みんな下手過ぎじゃね?

 この距離なら魔法なんて使わなくたって当てられるぞ。魔王なら。

 「ほらよ、景品だ」

 店主に魔導石をもらう。

 紫色のアメジストに似た石だ。魔力を大量に蓄積する性質があると見たね。こりゃいいものだ。

 ゴールドレイドの改造に使おうかしら。それとも自分用の攻撃デバイスに組み込もうかしら。

 妄想が捗る!

 「お前らもやるか?」

 「よしきた」

 「負けてられないのぜ」

 「やるー!」

 グレッグ、フランツ、ノイがそれぞれ銃を受け取り、撃つ。

 が。

 「当たらねぇ!?」

 「え、なんでアーリャは一発だったのぜ!?」

 「当たるよ?」

 もいっちょ。

 かちっ。

 「がっはっは!今度は同じマ○イ製の電動ガンだな!」

 やったぜ。

 「もちろん十八歳以上用だ。人に向けて撃っちゃだめだぞ!」

 「……あ、はい」

 俺達魔王なんだけど。あとこれBB弾で、魔王は実弾当たっても平気なんだけど。まあいいか。

 「くっそ!なんで当たらねぇんだ!?」

 「ぬがー!」

 二人がやけになって打ちまくってるけど、かすりもしてない。

 えー、へたくそー。

 「じゃ、じゃあ僕はあれを!」

 かちかちかち。

 エスターは五回撃って、なんとゴールドレイドの模造品を当てた。

 「やった!」

 俺とおそろいの時計型。もちろん意匠は違うし機能もおもちゃレベルだけど。

 「えへへ。アーリャさんとお揃いです!」

 「ふふ」

 それでもエスターは嬉しそうに景品を抱えた。

 っと。そういえばノイは?

 「……」

 小柄な体躯に似合わないライフルを担いだノイは、周りの喧騒なんて聞こえてないくらいに集中してる。

 バイポッドを展開させて机の上に銃を置き、両手で完全に銃を固定してる。

 すごいな。本職のスナイパーみたい。

 かちっ。

 お、撃った。

 「お、ノイお見事ー!新作衣装当たりだ−!」

 「いやったー!」

 ノイは店主からコスプレ衣装をもらってご満悦。

 「これ取れれば後はいいや!」

 「やるね、ノイ」

 「これでもFPSではスナイパー担当だったからね!」

 ああ、ゲームで慣れてんのか……。さもありなん。

 結局グレッグとフランツは一発も当てられず、参加賞の飴玉もらってげんなりとしてた。

 「あ、アーリャ!楽しんでるー?」

 「ん」

 「日本の祭りもいいもんだな!ありがとよアーリャ!」

 「よかった」

 道行く魔王たちからお礼の言葉をもらいながら、屋台を冷やかす。

 「次はどうする?」

 「そうね……」

 ヨーヨー釣りで水風船をゲット。

 バインバインさせながらチョコバナナを買ってかじる。

 いやー、いかにもお祭り、って感じだあ……。

 ん?あれは……。

 「オーナー?」

 「あ、あら!アーリャじゃない!楽しんでる?」

 「ん」

 なんと宿のオーナーを発見。

 屋台のカウンターでぐるぐる回る、良い色の焼けた肉の塊……シシケバブ焼いてる!?

 「食べていかない?」

 「いただく」

 「はいはーい!さ、さっき教えた通りに」

 「分かった」

 と、包丁片手に出てきたのは、フィズ。

 Tシャツと短パン、鉢巻姿だ。

 うん、似合ってるね。

 「や、フィズ」

 「こんばんはアーリャ。今切るから」

 「お願い」

 実はこのフィズ、今オーナーの宿で見習いとして働いてる。

 城のメイドにするとかトニーの店で働くとかいろいろ意見はあったんだけど、本人がオーナーの宿を気に入って『ここで働きたい』っていうから、オーナーに渡りを付けたんだ。

 今は店の看板娘的な感じで毎日厨房やホールを行ったり来たりしてる。

 しかしなるほど。今日はこっちなのね。

 「はい、おまたせ」

 「上手だね」

 薄く切られた肉の入った皿を受け取る。

 「肉切るのは得意だから」

 伊達に狩り中心の生活してないってことか。

 全員でシシケバブを食べながらワイワイ話していると、ん、カルラから連絡だ。

 『アーリャさん。そろそろ舞の準備がありますので、舞殿に来てください』

 「わかった。今行く」

 「どしたのアーリャ」

 「そろそろ準備するようだから抜ける」

 「準備?」

 「なんのですか?」

 ノイとエスターがそろって首をかしげた。

「この場所に来ればわかる」

そう言ってイベント地図を指さす。

「ここは……舞の舞台?え、アーリャ、まさか」

「たぶんノイが考えてるとおり」

「はいぃ!?アーリャが、神楽舞!?」

『まじかよ!?』

ノイとグレッグ、フランツが目をかっ開いて驚く。

「えっと……()()()()()?なんですか、それ」

エスターが一人、首を傾げた。

 「神楽舞って言うのはね、神様にささげる踊りの事だよ」

 「神様に!?それにアーリャさんが出るんですか!?」

 「ん」

 「それは楽しみです!」

 エスターの目がキラキラしてる。

「それじゃ、あとで。楽しんでね」

 俺は軽く手を振り、みんなと別れて舞殿へ向かった。

 木の香りも新しい舞殿に入って奥に進むと、大きな和室にカルラがいた。

 簡素な和服姿なのは、この後彼女も着替えるためだろう。

 何しろ二つの役をやるのだから着替えも大変。途中で抜け、俺が一人で舞っている間に着替えて再登場する予定だ。

 部屋の中には木製の等身大人形も数体、立てられている。

 神楽の音楽と舞手を担当させる、魔力駆動型の人形、傀儡だ。

 メイドドールよりずっと簡素で、顔もなくのっぺりとしてる。ま、カツラや服着せたらそれっぽく見えるでしょ。

 「お祭り、どうですか?」

 「みんなすごく楽しんでる」

 「それはよかったです」

 カルラの笑顔を見ながら、射的の戦利品や食品を部屋の隅に置かせてもらう。

 「それじゃ、よろしく」

 「はい。じゃ浴衣を脱いでくださいね」

 帯を取り、浴衣を脱ぐ。

 「流石アーリャさん。綺麗な肌ですね」

 「ども」

 真っ白な肌が照明の光で輝いてる。

 カルラの手伝ってもらいながら、肌着の上から着物、袴を着け、最後に千早を羽織る。

 髪は結ばず背中に流し、帯に扇、神楽鈴を手挟む。

 「あとこれを」

 「ん」

 カルラが差し出した狐の面を受け取る。

 では私も、とカルラも着替えだした。

 流石神社の生まれ。着付けも一人でできるんだ。

 ちなみにカルラの衣装は男物。そういう役だからね。

 面も鈴ももつけない代わりに、カルラは刀を腰の帯に刺した。

 それから傀儡たちを操って着物やカツラを付けさせ、楽器や小道具を持たせた。

 「準備完了ですね。気分はどうですか?」

 「緊張してきた」

 魔王モードになる時とはまた違った緊張感。でもどこか心地いい。

 「舞台に上がれば肝も据わるでしょう。アーリャさんはそういう素質をお持ちですから」

 「ん……」

 「では、参りましょう」

 カルラが先に立ち、舞殿の廊下を舞台に向かって歩く。

 俺達の背後からは、カルラが魔力で動かしている傀儡がカタカタとついてくる。

 廊下には電気が無く、代わりに壁にかけられた燭台で蝋燭が燃えていた。

 「この先が舞台です」

 分厚い幕で区切られた向こうから、歓声と熱気が伝わってくる。

 舞殿の外では神楽舞の時間が迫っていることがアナウンスされているのが聞こえた。

 ちらりと幕の影から外を除くと、おお、すごい人入り。

 「盛況みたい」

 「それはなにより」

 五分ほど、長く感じる時間を過ごす。

 『それではただいまより、神楽舞となります。皆様、ごゆっくりご鑑賞ください』

 アナウンス役のどっかの魔王が、舞の開始を告げた。

 「いよいよですね」

 「ん。よろしく、カルラ」

 「こちらこそ、アーリャさん」

 狐の面を付ける。

 視界が切り取られ、意識が変わっていくのを感じる。

 幕が——すぅっと開いていく。

 カルラに合わせゆっくりとすり足で歩を進め、舞台へ進み出た。

 四隅に篝火の焚かれた舞台はおよそ三メートルの高さ。

 眼下にたくさんの魔王が集っているのが、面の視界からも見えた。

 舞台に正座し、深く一礼。

 「今宵、捧げ奉りますは、狐神楽にございます。皆々様、どうぞ最後までごゆるりとご観覧くださいませ」

 カルラの声が静かに会場へ響く。

 姿勢を戻すと同時に、傀儡による楽が始まる。

 笛、鼓、鈴。

 それだけで荘厳な異世界を、この場に作り上げていく。

 そして、神楽舞が始まった。

 

 

 

 ——時は江戸。

 はるか昔に生まれた若い雌狐の妖怪は、人間たちに生まれの里を追い出され、いじめられて生きてきたせいで、ずっと人間を嫌いぬいて生きていた。

 毎日のようにいたずらをし、脅かし、人を傷つけ時には殺めた。

 十の力を封じ込めた宝玉を従え、狐はただがむしゃらに人を襲った。

 その名はいつしか、悪い妖怪の代名詞になった。

 

 一方とある人里で暮らす雄狸の妖怪。

 歳を経ており、温和な性格であった。

 村人からも村の守り神をして崇められており、気さくなのでよく男の姿を取り、あるいは狸の原身のままで人里をうろついて交流していた。

 

 ある日、若い狐は人間に追われて狸の里へ逃れてくる。

 傷つきボロボロになった狐を狸は保護し、手厚く看病した。

 狐は気が付き狸には感謝したが、里の人間たちには相変わらずの態度だった。

 人間たちはそんな狐に辟易し何度も狸に文句を言った。

 狸は何度も狐をいさめたが、狐はいつもどこ吹く風。

 だが、不思議なことに、狐がどれだけいたずらをしても、この里の人間たちは狐を棒で叩いたり罠を仕掛けて捕まえ、殴ったり蹴ったりしなかった。

 それが狐には不思議だったが、だからと言って人間への恨みが消えたわけではなかった。

 

 狐のいたずらと狸がそれをいさめる日々が続く。

 そんなある日。

 村を悪意ある妖の大群が襲った。。

 その時、狸は霊力を使って身を挺して村を守ろうとした。

 

 狐は聞いた。

 なぜそんなことをするのかと。

 人間なんてひどいやつばかりだ。

 我々をいじめ虐げ滅ぼすことを至上としている。

 そんな連中を守って何になると。


 狸は答えた。

 私はかつて人に命を救われたと。

 この村の、小さな娘に命を救われたと。

 だから自分は命ある限り、この村に恩を返すと誓ったのだ、と。

 

 狐はやはり意味が分からなかった。

 狸はもはや高齢だった。必死に村を守ったが、ついに霊力が尽きた。

 ボロ布のように跳ね飛ばされてしまう狸と、妖に襲われていく村を見て、なぜか狐の体は動いた。

 狐自身にも理由など分からなかった。

 十の宝玉を顕現させ、牙を剥いて妖の前に立ちふさがった。

 狐は若さだけでは説明できない、とてつもない霊力を発揮し、狸を守り、妖を押し返した。

 

 妖の大群が去ったあと、息を切らせてへたり込む狐の元へ、人間たちが歩み寄ってきた。

 身構える狐の前で、人間たちはひざを折り、頭を下げる。

 困惑する狐に、人間たちは全身で感謝を示した。泣いて感謝を示した。

 狐には人の心が分かる。

 この場のだれ一人嘘をついていなかった。

 皆心の底から、狐に感謝していた。

 戸惑う狐に、瀕死の狸は言う。

 

 人間が皆お前を棒で討つものばかりではない。まず一人からでいい、信じて見よ、と。

 

 狐は答えなかった。

 だが、狐は少しづつ変わっていった。

 いたずらは相変わらずだったが、人を困らせるものではなく楽しませるものへ。傷つけるものではなく助けるものへ。

 ああ、狐は次第に変わっていった。

 

 月日は過ぎ、狸に寿命がやってきた。

 床に伏した狸の周りには人間と、山の妖と、そして狐。

 狸は言った。

 今人の世は人と妖が互いに殺しあっている。だがかつてはそうではなかった。

 皆手を取り合って生きていた。まだその頃に戻ることができる。

 この村はその証、そして狐、お前がその希望なのだ、と。

 

 狐にはよくわからなかった。

 

 狸は言った。

 狐よ、お前はお前の心の従って生きろ、と。

 かつて人を憎んでいたお前にならこんなことは言わなかった。

 だが今のお前になら自信をもって言い残せる。

 己が心のままに生きよ、と。

 

 狐は無意識に『師匠』とよんだ

 生き方を変えてくれた彼を、師匠と呼んだ。

 憎しみの中で生きていた狐を日なたへ連れ出してくれた、彼を彼女は師匠と呼んだ。

 

 

 狸は死んだ。

 狐は泣いた。

 

 

 三日三晩鳴き通し、そして狐の周りに村人が集まった。

 村人は言った。

 あなたをこの村の新たな守り神にしたいと。

 狐は耳を疑った。

 自分はこの村に、村人に、ひどいことをしてきた悪い妖怪だ。

 そんな自分が守り神などなれるはずがない、と。

 

 村人は笑った。

 あの狸の弟子で、その下で、すべてを見て感じてきたあなたなら、我らの守り神にふさわしいと。

 狐は迷った。

 迷って迷って、そして狸の言葉を思い出した。

 

 『私はかつて、この村に救われた』

 『だからこれは私の、村への恩返し』

 『狐よ、お前は己が心に従って生きよ』

 

 狐は、守り神になることを受け入れた。

 人は狐に名を送った。

 十の燃える宝玉を従えし狐。

 人の暮らしを支える、稲穂を守る美しい狐。

 

 『御十焔珠穂守之毘売みとえんじゅほかみのひめ

 それが狐の名となった。

 

 その日から狐のいたずらはなくなった。

 狐は必死に村を守る。

 狸のように人の姿を取り、村中を歩いた

 美しい娘の姿を取り、村中の人間と話した。

 どこに何があるのか、誰が住んでいるのか。

 危ないところはどこか、安全なところはどこか。

 すべて頭に叩きこんだ。

 結界をはり、村に入る良くないものから里を守った。

 

 百年がたち、二百年がたった。

 いつしか狐は、立派な守り神として村人に崇められるようになっていた。

 

 そして、赤子の頃から知っている、とある少年が青年になったころ。

 狐は青年から求婚された。

 村中が反対し、なんと恐れ多いと青年を戒めた。

 だが青年はあきらめなかった。

 あなたと結ばれたいと狐に言った。

 狐は迷って迷って、そして己が心に従った。

 

 人と妖が結ばれる。

 その噂は村々を駆け巡った。

 見物人が来た。一世一代の出来事を見ようと。

 山伏が来た。人を誑かす不埒な妖を叩き切ってやろうと。

 

 狐はめかしこんで台に上がった。

 青年は狩人の恰好で台に上がった。

 

 二人は神楽の舞を舞った。

 

 美しい狐の娘に、人間の男が恋をする物語。

 ふわりわふりと空を舞い、手の間をすり抜ける狐の娘を、人の男は懸命に捕まえようとした。

 やがて男の手は、狐の手を捕らえる。

 狐は男の胸の中に抱かれ、愛を誓う。

 唇が触れ合い、二人は愛を確かめる。

 

 村人たちは喝采した。

 見学に来たものも喝采した。

 山伏は毒気を抜かれて去っていった。

 

 かつて人を憎み嫌っていた狐は、人の男子(おのこ)に娶られ、夫婦になった。

 どこかで狸の笑い声が聞こえていた——。

 

 

 

 ——狸の役から人間の男の役へ。

 狩人の衣装を来たカルラの胸の中へ、俺はしなだれかかった。

 舞台の中央で、俺達は抱き合って動きを止める。

 傀儡による楽が——終わった。

 舞台が静けさに包まれる。

 一拍置き、夜空を震わす拍手が上がった。

 (大変素晴らしかったです、アーリャさん)

 (ありがとう)

 カルラの囁きに、囁きで返す。

 抱擁を解き、舞台中央で深々と首を垂れる。

 一層激しい拍手が鳴り響いた。

 

 

 浴衣姿に戻って合流した俺を、ノイ達の惜しみない拍手が迎えてくれた。

 「すごかったよ、アーリャ!」

 「俺、俺感動したのぜー!」

 「ああ。いい舞だった」

 「えぐっ。ぐすっ。き、狐さん、ハッピーエンドでよかったですよー」

 あらら。エスターが半泣きになってるよ。

 「ありがと、みんな」

 「ふふ、よかったですね。アーリャさん」

 巫女装束姿のカルラが微笑む。

 「特にあの狐の声!すごかったよねぇ」

 「どうやって出したんですか、あの声」

 ああ、狐が狸の死を偲ぶ場面の声か。

 喉の奥から音を出すんだけど、俺の喉は人間のと少し違う構造みたいで、獣みたいな鳴き声も出せる。

 鈴の音と同時に共鳴させることで、『くぁーん』って感じの音になるんだ。

 「ほー……。そんなことができんのか」

 「すごく物悲しくて……ボク本当に泣いちゃいましたよ」

 「見ている人をそこまで引き込めるのは、本当にすごいことなんですよ」

 といっても後半俺に踊っているっている感覚はほとんどなかった。

 一種のトランス状態みたいな感じで、意識はぼうっとしてて、体が勝手に動いているような感じだった。

 「ふーむむ。アーリャさんには神がかりの才能も有りそうですね」

 「ふうん?」

 ん、背後から足音が近づいてくる。

 とっとっと、と走ってきたのは、フィズだ。

 「あ、フィズ」

 「アーリャ!さっきのあれ!なにあれすごい!あなたってシャーマンか何か!?」

 「いや違うけど」

 なんかすごく興奮してるな。

 「あなた達がいた舞台を中心に精霊が集まってく感じがしたわ!どうやったらあんなことできるの!?」

 は、はい?精霊?

 幽霊じゃないよね?それ。

 「なに驚いてるのよ。精霊はこの世のあらゆるところにいるんだから、別に珍しくもないでしょ?」

 ……さすが野生に近い生活してただけあるな。当たり前のように精霊を語るか。

 「つまり、アーリャとカルラの神楽舞は本当に神様に届いたってことだね」

 「そう、なのかな」

 「フィズさんが言うのだから、そうなんでしょう。彼女は魔王になってから魔法を扱うようになった私たちよりもずっと前から、そう言った超常の存在と共に生きてきた。故に、精霊や神と私たちが呼ぶ存在に対し、敏感なんでしょうね」

 ヘイロウ(魔法)も人間からしてみれば十分超常の存在だろうけどね。

 「あ、アーリャ。そろそろ時間だよ」

 「ん」

 え、なんのかって?

 「場所取りしないといい場所、取られちゃう」

 「ん。行こう」

 「あ、私オーナーから許可もらってるから。一緒に行っていい?」

 「もちろん」

 かき氷や焼き鳥を適当に買い直し、俺達は神社から海の方へ降りる階段を下りていく。

 森が切れて開けた砂浜には、沢山の魔王が集合していた。

 沖の方に目を凝らせば、幾艙もの小舟が浮いてる。

 「あ、あがった!」

 一艘の小舟から光の玉が打ち合がり、

 おなかに響く大音声と共に、夜空に大輪の華を咲かせた。

 そ、打ち上げ花火だ。

 「たーまやー!」

 「かーぎやー!」

 どういう訳か花火職人の資格もってる魔王がいて、彼らが花火玉作って打ち上げてるんだ。

 あ、またあがった。

 次々と上がる花火が、浜辺を色鮮やかに染めあげる。

 「わぁ〜……。これが日本の花火ですか……」

 エスターがキラキラした目で夜空を見上げてる。

 「屋台、神楽舞、花火。これが日本のお祭りなんですね、アーリャさん」

 「ん。そうだよ」

 「貴重な体験が出来ました……」

 「私も楽しかった。やっぱりここに残ってよかったわ。ありがと、アーリャ」

 「ん」

 フィズも初めての経験にご満悦のよう。

 人間たちの漂流船が座礁して、あることないこと言われてあわや戦争か、なんてことにもなったけど。

 結局は何とか全部丸く収めることが出来て、今日のお祭りが出来て、本当に良かったよ。

 どどーん!

 「たーまやー!!」

 俺の声が、上がった花火に負けじと夜空に響いた。


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