表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

アーリャと猫とロボットと-1-

 「……うーん」

 ある日の午後。

 俺はいつもの宿の自室で、揺り椅子に腰かけて唸っていた。

 「うぅ~ん……」

 「ダメ……でしょうか……」

 目の前。所在なさげに立ち尽くす一人の少女――というか、魔王。

 彼女こそ、俺が今頭を悩ませているこの書類を持ってきた張本人。

 「何とかしてあげたいけど……難しいなあ……」

 「そ、そこをなんとか……」

 「うむぅ……」

 目の前の魔王が、胸の前で手を握り、うるうるとした目で俺を見てくる。

 「子供たちを喜ばせるために、どーしても、やりたいんですぅ……」

 「子供たち、ねぇ……」

 改めて俺は、彼女が持ってきた書類――統括者への嘆願書だ――に目を落とす。

 そこには丸文字でこう書かれている。

 

 『極限定特区における魔王との文化交流について』

 

 一枚めくると、目的や細かな内容、予算その他もろもろがきちんとまとめられて書いてある。

 そこに不備は一切ない。

 書き手の性格を表すかのように、そして読み手が内容を理解しやすいように配慮された文章だ。

 だから、俺が困っているのはその文章に対してじゃない。内容だ。

 「極限定特区って、どういうところか知ってるよね……?」

 「もちろんです!」

 勢い込んでうなずく魔王。

 「――――極限定特区。正式には『人型災厄存在との限定的交流事業用特別危険指定区域』。簡単に言えば魔王とのふれあい広場です!」

 「うん。とっても簡単な言い回しね」

 まぁ、間違ってはいないけど。

 “極限定特区”っていうのは、『人型災厄存在』、つまり魔王と、極めて限定的ながら同じ空間にいられるという場所のことだ。

 場所は日本。

 なんで日本かっていうと、魔王という存在に、無駄に理解がある人々――ヲタクと言われる人々が多いから。

 なんで理解があるかといえば、そもそも俺たち魔王が、そういうヲタクな存在をベースとしているからで――つまり趣味が合うから。

 「そしてそこでは、『魔王って言われてるけど、そこまで危なくないんだよー!』ということをアピールするために、日々いろんなイベントを行っています!」

 「うん、そうだね」

 世界中の軍隊を相手取って遊び半分で壊滅状態に追い込んだ存在が『危なくないんだよー☆』と言えるかといえば、我ながら全くそんなことはないと思う。

 けど、俺たちの言い分としては『やめろっつーのにそっちが無駄にケンカ売ってきたから買ったまでだ』っていうのがある。

 ほっといてくれればなんもしないよ、って言いたい。

 

 けどまぁ……現実は想像の通り。

 人間との戦争後、魔王ってのはどうしようもなく危険な存在で、近づくなんて大馬鹿のやることだ。触らぬ神に祟りなしだと、今や世界中が認識してる。

 たまーに人間社会に買い物にでも行って、魔王とバレればそくパニックが起きて、完全武装の特殊部隊だの軍隊だのがわらわら寄ってくる。

 うっとおしいからそんなもんいちいち相手にしないけど。

 そんな風潮が世界中に蔓延する中で、俺たちみたいな存在をアイドルか何かと勘違いしてるような連中が集う場所――日本は秋葉原にあるひとつの喫茶店が、『魔王を招待していろいろ聞いちゃおう☆』的なイベントを一度だけ、アングラに行ったことがあった。

 結果は、大盛況。

 俺たちだって別に、誰彼構わず魔法でぶっ飛ばすような歩く爆弾じゃない。

 普通に接してくれれば普通に接し返す。

 コスプレ好きの魔王や、役になりきるのが好きな魔王が招待に応えて登場し、『ヘイロウ』を使って飛んだり魔法を使ったりしたらこれが大ウケ。

 テンション上がった連中がどんちゃん騒ぎして、その意味で警察が介入してくる騒ぎになったほどだ。

 事を知った日本政府は即刻魔王の国外退去要請を統括者――つまり俺に送ってきた。

 まあそれはいい。

 恐れられている以上もっともな措置だ。

 おまけに日本は世界中から、『魔王なんぞを自国領土に入れているとは何事か』と非難轟々だったらしいし。

 「付け加えるなら……この“特区”はあなた様――――アーリヤヴナ様がお作りになった場所です!」

 「……そうだね」

 そう、“極限定特区”は俺こと、アーリヤヴナ=ケモノミミスキーが作った――というか、認めさせた場所だ。

 思えばこれが、俺の最初に仕事だったなぁ……。

 うん?なんでそんなもの作ったかって?

 ……むむぅ、これは少し説明が必要か。

 

 魔王がこっそり出入りしていたことで世界中から非難を浴びた日本だったけど、魔王という特別な存在――アニメや漫画、ゲームの中でしかお目にかかれない“魔法”を使う“超絶美少女”や“獣人さん”、“ヒーロー”や“化け物”を一度生で見たヲタクの皆さんは、もう一度身近に触れ合いたいという欲望を抑えきれなかった。

 簡単に言えば、また招待された。

 こっそりと。

 何度も。

 そのたびにバレて国外退去要請を俺に出し、世界中から非難に(さら)され続けた時の日本首相が俺と会談。

 何とかしてくれと泣きついてきたことがあった。

 で、俺はしばらく考え、案を出した。それが、

 

 『魔王になりうる存在は世界中にいるが、とりわけ世界中にそういう文化を発信しており、かつその最も先を行く貴国の限定地域には潜在的に魔王になりうる存在が多いと考えられる。したがって、我々が貴国に常駐してそういった存在を見つけ出し、あるいは事前に保護することで、貴国、さらには世界中の安定に貢献する』

 

 というもの。

 日本側の思惑と、ある意味では俺たちの同類ともいえるヲタクの皆さん、そんな彼らと交流したいと考える魔王たちの間をとった形だ。

 我ながら力押しすぎると思ったけど、魔王の力を知っている各国はなんと俺の提案をまじめに検討。

 ひと月の間議論し、“極限定特区”として魔王の定住を認める場所の創設を認めるに至る。

 むろん条件はあった。

 

 ――場所は日本の中に作ること。広さは最大三km四方とする。

 ――特区に入れる魔王は1人。ただし統括者のみ別とする。

 ――国連をはじめ、各国から要請があった場合、魔王の即時退去を行うこと。また各国大使の無制限入区を認めること。

 

 ようするに、世界中が超絶的な面倒ごとを日本に押し付け、しかも自分たちの出入りも自由にしろ、と言ってきたわけだ。

 俺たちにとっては別にどうでもいいことだけど、何かしらことが起こった場合、責任はすべて日本政府がとることになったわけで。

 日本政府にとってはメリットなんてほとんどなく、厄介ごとが増えただけ。

 ……と思いきや。

 特区が開設されてしばらく経った頃だ。

 連日のデモをはじめ、火山のごとく噴出する問題の数々――主に国民からのだけど――に政府のお偉方が頭を抱えていたところ、とある経済学者が意外な結果を世間に公表する。

 

 『“極限定特区”における経済効果が、事前想定を二百%以上超えている』

 

 どういうことかというと、“特区”に行くための移動、途中の宿泊をはじめ、“特区”内にできたいろんな店の売り上げ。

 これらが生み出すお金が、“特区”付近の住民が居なくなったことによる減少効果を補って余りあるという実態が明らかになった。

 もともと夏コミや冬コミ――聖地巡礼とまで言われたイベントは日本中のみならず世界中から人が集まるイベントに発展してたからね。

 それと同じ感覚で世界中から、まるで二次元の世界から出てきたかのような存在である魔王に一目会いたいと、人々が集まった結果だ。

 それに、“特区”に来る人はみんなどういうわけかお金持ってる。

 十万や二十万、あっという間にぶっ飛んでいく世界だ。

 そりゃ消費も捗ろうというもの。

 さらに時間が経つと、俺たちがおとなしくしていていたこともあって恐る恐るでも戻ってくる人たちが増えた。

 これによって“特区”周辺の人口は次第に回復。

 それでも変わらずデモだのシュプレヒコールだのやってる団体はいたけど、逆に戻ってきた住民やお客さんからうるさいと言われ訴訟まで起こされる始末。

 住民や通りすがりの人間に無理やり自分たち(反対派)の望む言葉を言わせ、いかに魔王が危険で野蛮で人でなしかについて叫び――でも自分たちデモのために集まった連中はゴミを投げ捨て迷惑駐車を連発し、口汚い言葉や過激で間違いだらけの文章で看板を作り、挙句に住民に突撃取材なんてものを敢行しまくってたからねぇ。

 うん、これも俺が大嫌いな人間の行動の一つだ。

 これは平和のためだーとか魔王は危険だ――とか何とか叫びながら、自分たちが争いを引き起こしている上に治安を悪くしている原因になってるというアホみたいな構図。

 何が平和だよバカか。

 報道機関はと言えば、事態を自分たちに都合のいいように改変し、真実は決して伝えない。

 報道しない自由万歳だ。

 やれやれだよ、まったく。

 でもまぁ、なまじ俺たち魔王が知らんぷりを決め込み規則通りに行動していたことで、アホ団体の矛盾はいやおうなしに際立っていく。

 で、俺たちより先に住民――というかネットの使い方を心得ている現地のヲタクの皆さんがブチ切れ、報道されない実態を世界に発信。

 世界中から注目されている場所という事実を軽視してた――というより、みんな俺たちの味方だ!と何の根拠もなく思い込んでいたこの団体をはじめとする集団は世界中から行動の矛盾を指摘され、日本政府は外国人や視察に来る要人の安全確保の名目でアホな団体をすべて排除。

 以降“特区”周囲での過剰なデモなどを規制した。

 かくして“特区”は安全地帯となり――今では一般人の観光まで受け入れている――というわけだ。

 “特区”では常駐している魔王による魔法を使った体験型のショーが行われ、今じゃお土産も売り出すわ宿泊施設も作るわ、ヘタなテーマパークより面白いと人気が出た。

 

 「……そして!要望書に書いてある通り、来月には初めて!幼稚園児たちが来ることになっているのです!これはもう全力でお迎えするしかないでしょう!」

 俺の前で熱弁をふるう少女魔王。

 「幼稚園児、ねぇ……」

 そう、そうなのだ。

 現在人気絶頂の“特区”に来月初めて、高校生以下の一般団体が来ることになっている。

 『魔王とは人殺しで危険な存在』という世間の認識を塗り替える一大イベントであり、世界中から注目されている。

 

 “限定特区”にいる魔王、つまり俺の前で熱く語っているこの少女の認知度は、実はそこらのアイドル以上。

 “特区”内のすべてのプロデュースを引き受けまわしている責任者兼、“特区”における魔王代表者でもあるし、舞台に立つキャストでもある。

 魔王の癖に――つまりこんな世の中嫌だー!と言ってるのが大多数の中ではとても異質なことだけど気さくな性格の彼女は、ヲタクの皆さんのみならず一般人たちの間でも人気が高く、“特区”内で売っている自分で作った自分の(・・・)グッズやフィギュア、キャラソン、ゲーム(十八禁含む)なんかは連日品薄状態だそーだ。

 自分がメインヒロインの十八禁ゲーム作るとかどうなんよ?と思うけど本人が楽しそうだからいいか……。

 彼女を任命したのは俺で、そーゆー方向に適任だろうと思ってたけど、よもやここまでとはねぇ。

 っと、話がずれた。

 そんなわけで一般人の人気を着々と増やしてきた彼女の功績なのか、世間の認識が変わってきたせいなのか――まさかの『幼稚園児たちが“特区を”訪問する』なんてことが実現してしまった。

 別に俺たちから言い出したわけじゃないよ。

 幼稚園側から言ってきたことだからね。

 ……話聞いた時はさすがの俺も口をあんぐり開けたっけ。

 絶対あり得ないと思ってたからねそんな事。

 ただ、あれもこれも、俺的にはどうでもいい。

 遠い地で魔王と人間がよろしくやってます、ってだけでいいんだ。

 俺の実生活に影響ないし。

 問題は……ふたつ。

 「そこでショーをやるのはいいんだけど。なんで私も出ないとだめなの?」

 「ぬわぁ~に(なーに)をおっしゃいます!この歴史的イベントに魔王統括者であるアーリャ様がでないでどーしますかああっ!!」

 「落ち着け」

 テンション上がりすぎじゃ。

 「おまけに何で、そのショーがロボット物で、しかもガチでロボットつくらにゃーならんの」

 「子供はみんなかっこいいロボットが好きなんです!」

 と前置きがあったあと、怒涛の如く言葉が襲い掛かってきた。

 「いいですかそもそもですね……二足歩行とは……すべてはアニメから……その実現のために……今の技術者たちはそれに憧れ……」

 「……」

 「その実現までの道のりは遠く……しかし近年ついに……」

 「……」

 どうもおかしなスイッチを入れちゃったみたいだ。

 スーパーロボットについて語りだすと止まらないこの少女の性格を忘れていた。

 言うまでもないけど、今女の子ってことは元男の子。

 無論、スパロボ好きの。

 口を挟むのをあきらめてテーブルからポットをとりアイスティーを入れ、窓の外を見ながらのんびりとそれを飲んでいる間も、早口言葉みたいな彼の――じゃない、彼女の主張は続く。

 「故に!子供たちに夢を与えるには!巨大ロボットが必要不可欠!なのです!」

 あ、終わったみたい。

 汗を流しぜーぜーと息を吐く少女にアイスティーを注ぎ、渡す。

 「ほい」

 「すみません!ありがとうございます!」

 ごっごっごっ……!

 一気飲みしちゃった。やるな。

 「っぷはぁあ~っ!」

 「落ち着いた?」

 「なんとか」

 一個だけ入れておいた氷をガリゴリかみ砕きながら、少女が額の汗をぬぐう。

 「要約すると、せっかく子供たちが来てくれるから、派手な催し物をしたくて、でもそれは今までにないものにしたいと」

 「そうです!」

 勢いよくうなずく少女。

 「で、幼稚園くらいの子供はライダーやロボット好きだから、ならより派手な方であるロボット物にしたいと」

 「そうです!!」

 「で、このひと月で味方と敵のロボット作って、異世界作って子供たちやら保護者やら招待して、リアルなロボット戦のある完全懲悪ものをやりたいと」

 「……!……!」

 「で、そのストーリーのどこかで私に出てほしい、と」

 「デース!」

 ……どこの戦艦だお前は。

 ティーカップ持ったままその語尾を口走るなし。

 ただでさえそれっぽい恰好(・・・・・・・)してんだから。

 「……」

 揺り椅子に戻り、考える。

 ――まあ、正直面白い試みだと思う。

 せっかく初の試みで子供たちが来てくれるんだし、それならいつものショーとは違うことをやりたいってのもわかる。

 人間なら無理なことでも、俺たちには魔法があるからどんなことでもできる。

 ただなぁ……。

 巨大ロボ作るとなるとさすがにめんどくさくないかね。

 形はなんとでもなるし、組み立てもおんなじ。

 問題は動かすためのプログラム。

 こればっかりはいくら魔王でも……というか魔法で何でもできる魔王だからこそ研究対象外。

 スーパーハカーみたいなヤツとかプログラム組める魔王もいるにはいるだろーけど……。

 うーむむ。

 「なんとか、お願いします!アーリャ様ぁ!」

 ずずいっ!

 「うお」

 「なんとか!」

 「落ち着けぃ」

 思いっきり詰め寄られた。

 女の子のくせに、なんだこの暑苦しさは。

 「……はぁ」

 しばしそのうるうるした目を見つめてから、俺はため息をついた。

 「わかった。わかったよ。なんとかしてみるよ。……許可します」

 「いよっしゃあああっっ!」

 大きな声で喝さいを叫び、ガッツポーズした。

 俺が言えた義理じゃないけど、女の子らしくないなぁ……。

 「ただし、人間たちに不必要な危険が及ばないよう、きちんと配慮するように!」

 「はいっ。心得ております!」

 「それと、ロボの設計図やストーリーも、ちゃんと提出してね」

 「あ、えーと、それなんですが……」

 「うん?」

 「実はロボットの制作を二つの班に分けたいんです。敵役と味方役で」

 「なんでまた」

 「同じ人がデザインしちゃうと、機体の意匠が似ちゃうんです。プロならそんなことないですけど、なにぶん私、そっちは素人ですから……」

 「なるほどね」

 そういうデザイン系なら得意な魔王知ってるし、全くの別人にお願いするのも面白そうだ。

 「敵役は、私に温めていたデザインがあるのでそれを使います。なので味方役のロボットを……」

 「ふむ……」

 誰にしてもらおうかな……。

 と考えていたら。

 ばぁんっ!

 「?」

 勢いよく部屋の戸が開いた。

 「話は聞かせてもらった!人類は……じゃない、その話、私が乗った!」

 「……」

 おかしなノリで入ってきたのは、惑うことなき我が友人。

 「ノイ。いつからいたの」

 「最初から」

 ぱちん!

 きゅごっ!

 問答無用のフェイズ・トランスプロージョン。

 「けふっ……。うん、いつものアーリャだ」

 すすけたノイが現れる。

 「盗み聞き、よくない」

 「ごめん。まじめな話だったみたいだしすぐ帰ろうと思ったんだけどね……。ロボと聞いちゃ私、黙っていられなくて」

 「……はぁ……」

 そういえばノイもロボとかに目がなくて、おまけにそーゆーのデザインでき(描け)るヤツだった。

 「アーリャは知ってるよね?私のスケッチブック」

 「うん……」

 ってゆーか、一応これ統括者としてのお仕事で、まだほかの魔王に聞かれたくない内容。

 宿でそんな話したのは俺の失態だけど、でもちゃんと妨害系の魔法入れてたんだけどなぁ。

 これは俺のミスなのか、ノイの魔法解除の手腕を褒めるべきなのか、それとも宿のプライバシー配慮についてオーナーと話すべきなのか。

 頭を抱える俺をよそに、少女がノイに歩み寄る。

 「ノインゼルさん、ですね。お噂は何度か聞いたことがあります。二次創作やオリジナルイラストで、この島の中で右に出る者はいないと」

 「いやぁ、そこまですごくもないけどね」

 私くらいのはめずらしくもなんともないよ。

 謙遜でも遠慮でもなく、真顔でそういってのけるノイ。

 謙虚なその態度は評価できるね、うん。

 「は、はぁ。ところで、何かアイデアをお持ちなのですか?」

 「うん!あるよー。見てみる?」

 「ぜひ!」

 てこてこと室内に入ってきたノイが、自分の収納空間からスケッチブックを取り出し、少女に差し出す。

 「難しいですよ?女の子も来るのであまりかっこよすぎるのはNGなんですよ。適度なかわいらしさとかっこよさが、今回必要で……」

 「だいじょぶだいじょぶ」

 ぱらりとページをめくった少女が、

 「こ……これは……!」

 絶句してまじまじとスケッチブックを凝視。……まさかノイ、あれ(・・)見せてるのかな……。

 俺も何度か見たことある、ノイのスケッチブック。

 そこには、彼女が人間だったころから書き溜めてきたいろんなジャンルのネタが書かれている。

 イラストから設定から二次小説のネタまで。

 「ドレスキン先生は偉大だよねぇ」

 「異論はない」

 ドレスキンっていうのが、ノイの愛用するスケッチブック……というかノート全般を作っている会社だ。

 ドレスのマークが会社の証。華やかなドレスのように、あなたの世界を彩ります!って意味らしい。

 ちなみに俺も愛用してた。今では魔導書になっちゃったけど。

 「……で、どう?」

 ふんすっ!ふんすっ!

 鼻息荒くスケッチブックに顔を埋める少女が、いきなりばっ(・・)!!と顔をあげ、

 「……(ぐっ)」

 無言でサムズアップ。

 「採用です」

 「よしきた」

 がしっと握手する二人の魔王。

 「それではこれでお願いします。若干修正していただきたいところもありますので、後日改めて会っていただけますか」

 「喜んで」

 「では予定を……」

 「ほいきた」

 「……」

 なんか、勝手に二人で盛り上がってるんですけど。

 ここ俺の部屋で、俺統括者でなんだけどなー……。

 ひとり蚊帳の外にされた俺は所在なさげに尻尾を振り振り、窓の外を眺めることにした。

 

 

 「決まったよアーリャ」

 「ん?」

 鳥が飛んでるなー、とか考えながらぼーっとしてたら、背後からノイに声かけられた。

 「簡単に修正点もらったから、これベースにして書き出すの」

 と、俺にスケッチブックを見せてくる。

 ……あぁ、やっぱりそのイラストだったか。

 「いいんじゃない?私もそのロボット好きだし」

 「そう?よかった」

 ノイによれば、彼女の描いたイラストをベースに修正を加え、一週間後にもう一度さっきの少女と会って是非を問い、決定稿になれば即制作にはいるらしい。

 「久々に私の工房動かすんだぁ~!今からワクワクするよー!」

 全身をくねらせ、わくわく感を表現するゴス幼女。

 「思考戦車作って以来だっけ?」

 「違うの!あれは一応メイドさん!……今はお城の門番だけど」

 「それ私の知ってるメイドさんじゃない」

 「ぶぅー!」

 いやまぁ、戦うメイドさんもいるにはいるけど。

 「……」

 「あのねアーリャ。別に悪徳の街で特殊部隊相手に切ったはったするような、そんなことしないからね?うちの子は……」

 「あ、そう」

 なんでわかったんだろ。

 ぱたぱた。

 「それじゃ私は戻るよ。作り始めるときにはアーリャも呼ぶからね。好きでしょ、アーリャもああいうの」

 「ん」

 スケッチブックを大事そうに抱えなおしたノイが、うきうきと部屋を出て行く。

 楽しそうだなぁ。

 「では私もこれで」

 手元のメモに何やら書きこんでいた少女も一段落したらしく、(いとま)を告げてきた。

 「アーリャさん、ありがとうございました!」

 「ん。資料、よろしくね」

 「了解であります!」

 びしっ。

 なぜに敬礼。

 「それでは!」

 「あ、うん……」

 スキップしながら帰ってった。

 「……」

 なんかどっと疲れた。

 時計を見るとちょうどお昼時。

 「ご飯、食べよう……」

 階下からオーナーが作る料理のいい香りが漂い始め、俺は尻尾を振りながら部屋をでようとして――。

 「あ」

 大事なこと、忘れてた。

 「名前、なんだっけ……」

 あの少女の名前を聞くのを、俺は全力で忘れていた――。

 

 

 そのころ。

 宿の屋根の上で日向ぼっこをしていた二人の小さな魔王がいた。

 (聞いた?)

 (うん、聞いたよ)

 (楽しそうな事、話してたね)

 (面白そうなこと、話してたね)

 (ああいうお話ってイレギュラーがつきものだよね?)

 (こういうお話って、トラブルがつきものだよね?)

 (僕たちで盛り上げてあげようか)

 (私たちで驚かせてあげようか)

 (それじゃあ早速作ろうか)

 (それじゃあこっそり作ろうか)

 (君と僕の……)

 (私と君の……)

 ((強くてこわぁ~い、ロボットを!!))

 

 

 一週間後、例の少女からGOサインが出たプラス、なにやら相談があるというので、俺はお昼ご飯を食べたあと、お城の中にあるノイの部屋の扉の前に立っていた。

 ここから俺はノイの作った世界に――って、あぁ、言ってなかったか。

 俺たち魔王がそれぞれ自分の世界を持っていて、自分のお城も持ってるのもいる、って話は前にしたと思う。

 俺――アーリヤヴナの作った世界には拠点となる建造物がなく、ゲートである魔法陣を描いた場所(ポイント)だけ。

 つまりこっちの世界からはゲートを開きさえすればどこからでもあの世界に行くことができる。

 けど、ノイやほかの魔王みたいに『お城』という建造物がある場合、大抵はそこに転送用のゲート(魔法陣)を置くわけだけど、向こうが建物ならこっち側も建物の中に置いた方が感覚的に都合がいい。

 というより、いちいち魔法陣作るのめんどくさいから、それを刻み込んだ常設型として、ドアがある。

 それに、『空き地からゲート開いてお城の部屋にこんにちは』、より、『ドアを開けたらそこが彼女の部屋でした』ってほうが、訪問って感じがするでしょ。

 だから、自分のお城を持ってる魔王はみんな、この0ポイントのお城の中に、自分のお城に通じるゲート=扉を持っているってわけ。

 

 ドアの意匠も魔王によっていろいろあるけど、ノイの部屋のドアは黒壇製でゴシックな感じ。

 薔薇や蔦も這っていて、ちょっとおどろおどろしい感じもある。

 黒いランプが玄関灯のようにぽつりと灯っていて、その下にはノッカー。

 面白いことに取っ手はない。

 向こうから開けてもらうしか、このドアを開ける方法はない独特なドアだ。

 

 コンコン。

 

 ノッカー自体が、転送先のドアからずいぶんと離れた場所にいるノイのもとに訪問者を伝える、一種の魔法具だ。

 俺がノックすると、すぐに返事が返ってくる。

 「はぁい?アーリャかな?」

 「ん。来たよ、ノイ」

 「はいはーい!今開けるね!」

 カチカチカチ、ガチャッ。

 ドアの内部から歯車が回りロックが外れる音がして、漆黒のドアが招き入れるように開きだす。

 蝶番がわずかにきしみ、意匠と相まって不気味さ満点。

 油さしたらって言ったら、不気味じゃないと面白くないじゃんって言われた。

 無理に不気味演出しなくていいのにねぇ。

 ドアが開き切り、俺を迎え入れる。

 反対側が見えないほど長い廊下と、点々とつく照明。

 床も壁も天井も年季の入った木張りで、歩くと少しきしむ。

 無駄に長い廊下かと思いきや、実は十歩も歩くと、目の前にドアが現れる。

 幻術で長さをごまかしているんだね。

 そしてそのドアを開けると……。

 「いらっしゃーい!」

 いきなり俺の目に飛び込んでくる、フリフリヒラヒラ。

 「わ」

 ノイが全力で飛びついてきた。

 「ノインゼル城(・・・・・・)へようこそ!ここで会うのは久しぶりだねぇ!ゆっくりしていってね!」

 ノイのお城は彼女の名前をそのまま冠していて、ノインゼル城と呼ばれてる。

 お城自体はノイの好きなゴシック調の建築で、ドイツのケルン大聖堂をモチーフに彼女が俺と一緒に作り上げた。

 「お邪魔するね」

 この場所は、ノイのお城の最上階。彼女の居住スペースで、差し渡し百メートルはあるとてつもなく開放的な空間。

 お城自体は元になったケルン大聖堂とあまり変わらない大きさだけど、てっぺんの空間は魔王の力で広さをごまかされているから、こんなに広いわけだね。

 「今日もアーリャは綺麗だねぇ!」

 「そう?」

 今日の俺はノイの工房とやらに行くことを想定して、汚れてもいい格好なんだけど。

 Tシャツの上にベストを羽織り、下は短いデニム生地の短パン。ニーソックスにブーツ。長い髪はツインテールにしてきた。

 「うん、似合ってるよ!特にそのニーソックスと太ももの……むちむちさが……ハァハァ」

 「っ」

 思わず内またになりそうになるのをかろうじてこらえた。

 「……」

 無言で指を掲げ――

 「ところで何か飲む?」

 ――たところで、ノイが即座に俺から離れた。

 ……まあいい。

 「……うん、いただこうかな」

 「ほいきた」

 ぱちん。

 冷や汗をぬぐいながらノイが俺のまねをして指をはじくと、がちょがちょと音を立てて何かやってきた。

 『ゴヨウデショウカ、のいサマ』

 「うん、飲み物持ってきてくれる?そうね……サイダー系を。あといつものお菓子の類をお願い」

 『カシコマリマシタ』

 がちょんがちょん。

 うん?見たことないタイプだ。

 「あれって新作思考戦車?」

 「だからメイドさんだってば!うちの!……そういう見た目なのは否定できないけど」

 「ですよねー」

 どう見てもアレなんだもんなぁ。

 かわいいからいいけど。

 「前のは?」

 「現役だよ。言ったでしょ、お城の門番やってるって」

 『――わざわざあの子を呼ぶ当たり、ノイ様もお人が悪いですよ』

 「ん?」

 『アーリャ様に突っ込まれるのを分かって、やってらっしゃいますね?』

 大広間への入り口とは別に用意された、使用人用らしい通路から誰か近づいてくる。

 眺めていると、石造りのアーチをくぐってノイをそのまま大きくしたような、ゴスロリ服の美人が現れた。

 ポニーテールにまとめられた銀髪は光の加減で不思議な色に光り、碧眼で、すらっとした体を床まである長いエプロンドレスに包んでいる。

 胸元は上半分が大きく開いていて、豊かな膨らみがこんにちは。

 ホワイトプリムつけてるし、改造されている(フレンチメイドだ)けど一応メイド服だから、ノイの使用人だと思うけど……。

 「君は……」

 はて。

 前に来た時にはいなかったな、この人。

 「どなた?」

 「ああ、彼女はね……」

 『初めまして、アーリヤヴナ様。私はノインゼル様付きのメイドで、アウロラと申します。以後お見知りおきを』

 自己紹介しながら綺麗な礼をとって見せる。

 『念のため申し上げておきますと、私もドールでございます。作られてからまだ二か月ほどですが』

 「……すごい」

 素直に感心。

 ノイが『モノづくり』得意なのは知っているし、前から人型メイドドールに挑戦していたのも知っていたけど、ここまで精巧なものを作っていたなんて……。

 「でしょ!私の自信作だよ!」

 なにがすごいって、と前置きすると、ノイはアウロラがいかにすごいドールかを教えてくれた。

 いわく、

 「0ポイントのお城のドール達は用途によって若干仕様が異なるけど、アウロラはいわゆる万能型。料理洗濯掃除の家事から、いろんな実験のお手伝い、それに戦闘まで、同じボディでこなすの」

 「ほぇ~……」

 「それに完全自律型で、動力は内臓のリアクターだけじゃなくて、ごく普通の食事からも補給できる。アーリャの魔法【フェイズ・トランスプロージョン】を参考に、物体のエネルギーを取り出す魔法を魔法陣として組み込んであってね」

 「あの魔法を?すごいねノイ」

 「えっへん!」

 俺が言うのもなんだけど、こう見えてノイって実は本当にすごい魔王なんだ。

 こと魔法の改良やモノづくりにおける発想は、俺より数段優れていると思う。

 【フェイズ・トランスプロージョン】を開発したのは俺だけど、あれ作るのに結構な年月(・・)がかかってる。

 時間の流れが違う魔法開発専用の世界で作ったから、こっちの時間ではそれほどでもないけど。

 その仕組みを理解して改造したノイは、こっちの時間でそれをやってのけたってことだ。

 いやー、大したもんだ。

 ……あ、言ってなかったか。

 自分以外の魔王が開発した魔法は基本的に他人は使っちゃダメ。

 でも開発者から許可がもらえれば、使用や改造が可能になる。

 どこまで許すかは開発者次第だけど。

 「ちなみに夜のお供もできるように作っtあいたっ(・・・・)!!」

 ごんっっ。

 妙なことを口走ったノイがアウロラにげんこつ落とされた。

 うわぁ、痛そう。

 「な、なんてことするのー!」

 『ノイ様。余計なことは言わなくて結構です』

 顔も赤くなってて、もしかして恥じらってる?

 「えー、自慢させてよ」

 『もう一発行きますか』

 ぐっ。

 アウロラがこぶしを握る。

 「わー!ごめん冗談!もう言わない!」

 『私が高性能なのは自慢していただいて結構ですが、これ以上おかしなことを口走ると……』

 「わかった!わかったってば!」

 「……」

 うん、力関係把握。

 「ん、ごほん!そ、それとね、アウロラは若干だけど自分の魔力を持っていて、魔法も使えるんだよ」

 咳払いでごまかしてから、ノイは大げさにアウロラを指す。

 「え、まじ?」

 「まじ!」

 『はい。火をおこしたり風を吹かせたり、複数の物体を同時に動かしたりくらいですが』

 包丁を使いながらお鍋をかき回したりできるんです、とアウロラ。

 「便利そう」

 「家事に使える能力を付与したからね。あとは、特殊能力で【加速】があるね」

 「加速?」

 「うん、戦闘時に使う限定スキルだよ」

 速さは武器になるからね。

 そういうと、ノイはにやり(・・・)と笑った。

 なーんか、よからぬことを考えてるな……?。

 「アウロラ、アーリャに見せてあげなよ。君の速さを」

 『え、あの……。よろしいのですか?』

 「構わないよ。どう、アーリャ。見てみたくない?」

 「興味ある」

 「でしょ!」

 これでも元戦闘系ギルドだからね、俺。そういう話聞くとうずうずする。

 ちょうど飲み物を運んできた例の思考戦車を控えさせ、俺とアウロラは広間の中央に移動した。

 コンコンとつま先を叩きつけてブーツの履き心地を調整。

 自然体で立ち、

 

 「いつでもいいよ。えーっと……」

 『アウロラで結構です、アーリヤヴナ様』

 「じゃ私もアーリャで」

 『承知しました、アーリャ様』

 

 正面、十メートルほど離れたところで、アウロラが構えをとる。

 

 「それではぁ~……」

 

 なぜか審判役になってるノイが手を振り上げ、

 

 「ファイッ!」

 

 手を下ろした瞬間。

 

 トンッ……!

 

 『失礼します』

 「!」

 

 俺の目の前に(・・・・・・)手のひら(・・・・)

 速いっ……!?

 咄嗟にバク転しながら、同時に両足でアウロラの腕を挟み、

 

 「ふっ!」

 『!』

 

 突っ込んできた速度を殺さず後ろにブン投げる。

 アウロラは体をねじって着地。

 着地音は軽く、まるで軽功術でも使ってるみたいだ。

 なびく髪が落ちる前に、再度俺に突っ込んでくる。

 限界まで引き絞られた両腕で繰り出されたパンチをあえて受け止める!

 両手のひらに重い衝撃。同時に俺とアウロラの周囲に衝撃波が生まれた。

 ぶわっと風が巻き起こり、ノイがわたわたよろけているのを視界の隅でとらえる。

 攻撃を受け止められたアウロラはすぐさま腕を引き、

 

 「っ!」

 

 消えた……?いや、違う!

 直観に従い、鍛えた反射神経と魔王の力でもってゼロ動作のバク宙!

 天地逆となった俺の真下を、アウロラの掌底が走り抜けた。

 瞬時に俺の背後に回り込んでいた……!

 文字通り馬の尾のごとく一直線に駆け抜ける銀髪(ポニーテール)と、翼のように広がってなびく金髪(ツインテール)が刹那、交錯する。

 

 「……」

 『……』

 

 互いの目を、極限の集中力の中でとらえる。

 アウロラの目が緑色に光っているのが見えた。

 ふぅん、わずかだけど魔力を使ってる。

 スローモーションになった視界と思考で、最適な攻撃方法を模索。

 ――アウロラの右足が床を踏みしめ制動をかけている。

 

 「……」

 

 空中にはもちろん足場がない。

 俺は足裏に魔力を集中させ、爆発!

 アウロラの背後から急襲し、彼女が振り向いた瞬間、俺の右こぶしが空気を割いて突き出される!

 メイド服の袖が跳ね上がり、俺の腕に衝撃が走る。

 ――うまい。反射的にだろうけど、左手で払われた。

 けど外側に向けて払ったのは失敗だね。

 崩された勢いに逆らわず体を回転させ、左の回し蹴り!

 

 『っ!』

 

 アウロラはギリギリでのけぞり俺のブーツを回避。体勢を立て直して右手を振りかぶり、俺に攻撃を――

 

 『!?』

 

 ――しようとした瞬間には、俺の型が決まっている。

 彼女の右手は俺の左手が押し上げ、左手はツインテールにした髪の片房が絡みついて抑え込み、喉元に右ひじが突きつけられていた。

 中国拳法をモデルにした格闘の型だ。

 鈍く光る俺の瞳に、アウロラの恐怖した顔が映り込む。

 口元にわずかに笑みを浮かべ、覗いた犬歯がギラリと光り、アウロラがごくりと喉を鳴らしたそのとき。

 

 「はーい、そこまでー!」

 

 ぺち、と気の抜けたノイの手の音が俺たちの意識を戻した。

 

 「いやー、さすがにアーリャには敵わないか~」

 ぺちぺちと拍手しながら、ノイが寄ってくる。

 「……驚いたよアウロラ。すごい速さだった」

 俺は拘束を解き、アウロラに手を差し出す。

 『きょ、恐縮です、アーリャ様』

 少しテレを見せながら、アウロラが深々と礼をした。

 『一撃も当てられませんでした。さすがはノイ様のご友人、さすがは歴戦の統括者様です』

 「最初の一撃は結構危なかったんだけどね」

 油断してたせいもあるけど、あれほど早いとは思わなかった。

 「だから言ったでしょ、速さは武器だ、って」

 対魔王はともかく、人間相手なら負ける気しないね。

 そう言ってノイは得意気に胸を張った。

 「銃弾――ライフル弾くらいなら十字砲火来ても躱せるし。面制圧攻撃だって魔力シールドあるし。古今東西の戦術書も読ませてるから、そっちのスキルも高いし」

 『いえ、まだまだです』

 「あまり強さを与えると、寝首かかれるよ」

 少しからかうつもりで言ったら、

 『そんなことはいたしません!』

 アウロラが大声を出した。

 『私にとってノイ様は創造主であり、師匠であり、お仕えるするご主人さまであり――僭越ながら大切な友人でもあります。私がノイ様を襲うなどということは間違ってもありえません』

 無表情だけど、強い意志がアウロラの目に宿っている。

 「……そういうことだよアーリャ。彼女は私を攻撃できる。三原則に縛られてないからね。でもやらない。なぜだと思う?」

 「……さぁ」

 「それはね、友情があるからだよ。私は私が作ったドールも、家族として大事にしてるつもり。目線を合わせてね。彼女もそれを分かってくれてる……んだと思ってるよ」

 『言いよどむことはありませんノイ様。仰る通りですから』

 「ふふ、ありがと」

 「なるほどね……」

 俺にはアウロラみたいな存在がいないからわからないけど、どうやらノイと彼女の間にはちゃんとした絆があるみたいだ。

 「ごめんね、アウロラ。失礼なこと言って」

 ぺこり。

 それなら、俺も対等に扱おう。

 そう思って頭を下げた。

 『あ、い、いえ!その……。こちらこそノイ様のご友人に失礼を申し上げました。ご容赦ください』

 「そんなことない。……ノイをよろしくね」

 『かしこまりました。時々窓から放りたくもなりますが、全力でお仕え致します』

 「……」

 はて。

 今さらっと本音が出なかったかな?

 「……ノイ?」

 ほんとに普段、ちゃんと扱ってるのか?という目で友人を睨む。

 「~♪」

 あ、口笛吹いて知らん顔してる。音出てないけど。

 そういえばさっき、アウロラってノイにげんこつ落としてたよね?

 彼女を見ると、すまし顔でこう言った。

 『言っても聞かないときや火急の場合は、致し方ないかと』

 「ひ、ひどいよアウロラ!君の手、痛いんだから!」

 「うん、そのとおりだね」

 俺もよくやるし。

 「アーリャまで!」

 『ご主人様であり友人でもあるノイ様にげんこつ落とさなくてはいけない私の痛みも、分かってください』

 うるるっ。

 「……ノイ?」

 「冗談もうまいでしょアウロラってば!あは、あはははは!!」

 「ごまかした」

 『誤魔化されました』

 「な、なんだよ二人して――!」

 『戦いの後には友情が生まれるものです』

 「そうそう。やるなお前、お前こそ、みたいな」

 夕日や海はないけど。

 「昭和の漫画かー!」

 『アノ、 オチャヲ、ドウゾ……』

 ノイの突っ込みが広間に響きわたる中、後ろの方で忘れられた思考戦車君が、ぼそぼそと呟いていた。

 

 

 アウロラとバトってひと汗かいた俺は、思考戦車メイド君が持ってきてくれたお茶を飲んでお菓子を食べた後、ノイに連れられお城の別館――工房に向けて歩いていた。

 別館へ行くにはこのお城の中央から延びる空中回廊を通って行くんだけど、

 「どう、アーリャ。久々にこの回廊へ来た感想は」

 「んー……」

 実はこの回廊、俺がノイに作ってあげたもの。

 例の、リアルな夢の中に出てきたものをそのまま再現した造りだ。

 「傷みもないし、状態は良好だと思うね」

 「そう?ならよかった」

 「ん」

 お城の本館から別館までは直線距離で二キロほどあるけど、その間には深い森が横たわっている。

 ノイはそこに地下道か、もしくは木を伐り柵を並べて砂利を敷き、簡単な街道を作ろうとしていたんだけど、どうもしっくりこなかったそうだ。

 で、俺が回廊の案を出したら俄然ノってきて、実際に建設したらとても気に入ってくれた。

 「眺めもいいし、この何とも言えない不思議な感じが好きだよねぇ、私」

 「ふふ」

 紫色の丸い本体から四つの足が出ている不思議な物体にちょこんと乗り、ノイは楽しそうに足をパタパタさせている。

 この思考戦車メイド君、名前を“ポチコマ”っていうらしい。

 普段は広いお城の中で移動するときの、ノイの乗り物にされてるとか。

 四つの足の先には収納式のタイヤや特殊吸盤が装備されていて、必要に応じて使い分けられる。

 本体の中にはAIをはじめ、『ヘイロウ』を使った簡易浮遊ユニット、作業アーム、マルチラックが搭載されているそうだ。

 『アーリャ様はこういう建物を、実際に夢でご覧になれるのですか……』

 「ん。そうだよ」

 

 この回廊の高さは二十メートルほどもある。

 背の高い針葉樹を見下ろせるだけの高さがある白い円柱と、同じく白の円柱状の回廊。

 回廊を支える柱の内部には昇降機があり、地上とつながっているものもある。

 回廊自体は上半分が透明で外が見える構造で、足元には赤いじゅうたん。

 緩やかなカーブを描いて、霧にかすむ森の上を本館から別館へと繋がっている。

 空調が効いているので湿気はなく、快適な空気だ。

 

 『実は私、高いところがちょっと苦手なんです……』

 とアウロラ。

 「え、そうなの?」

 『はぁ。動けなくなるほどではありませんが、得意でもないのです。普段お掃除をさせていただいているので、慣れてきてしまいましたが』

 「最初はポチコマがやってたもんねー」

 『ハイ、ソノトオリデス』

 アウロラとは似ても似つかない、いかにもロボットな合成音声でポチコマが答えた。

 『ワタシハ コウショデノ サギョウモ シヤニイレテ カイハツサレテ イマスノデ』

 「うん、そーだねー。特殊吸盤とか超高粘性電磁張力筋とか」

 「なにそれ」

 「どっちもね、もともとヒト型メイドの研究過程で作った人工筋肉の応用だよ。機械式だと柔軟性に欠けて、私の求める万能性が出せなかったからね」

 「ふぅん?」

 「吸盤は筋肉の収縮で内部の空気を抜いて真空状態を作り出し、どんな場所にも吸着する。超高粘性電磁張力筋ってのは、要するにロープなんだけどね。これも人工筋肉を縒り合わせて形成されてる。射出前はとても柔らかくて粘性のあるゴムの原液みたいなものだけど、射出後任意のタイミングで電磁パルスを流すと硬直するの。人間でいえば『力を入れた状態』だね」

 「ほー……」

 得意げにしゃべるノイ。

 外見はただのゴスロリ幼女だけど、こう見えて技術系の力がすごいんだよなぁ……。

 化学なんて俺、さっぱりだ。

 「アウロラにも同じものを使っているけど、ポチコマのはより粘度が高い特別製。壁に引っ付かないといけないからね」

 『簡単に言えば持久力があるということですね。逆に私の人工筋肉は瞬発性を重視しています」

 アウロラが捕捉し、自分の話題で嬉しかったのか、ポチコマはぶんぶんと短いハンドユニットを振り回した。

 「ちょ、こらポチコマ!落ちる~!」

 ついでに本体も揺れて、ずるりと落ちかけたノイはオヤキみたいなボディのてっぺんにあるアンテナにしがみついた。

 『シツレイ シマシタ』

 『ノイ様落としたら今夜のオイルはなしですよ、ポチコマ』

 『ソ、ソレハ コマル!』

 

 わいのわいのいいながら霧に包まれた回廊を抜け、別館につく。

 「こっちは晴れてるんだね」

 「うん。大抵は晴天に設定してるよ、このエリアは」

 回廊の終点に近づくにつれて霧は晴れ、眼下の森は途切れて砂地に変わっていく。

 円柱の行先は建物の屋根に吸い込まれていた。

 ノイのお城の別館はパルテノン神殿がモチーフ。

 三角の大きな屋根を中央が膨らんだ独特の柱が支え、その数は四十本に及ぶ。

 晴天の強い日差しのもと、白い屋根や柱がまぶしく輝いていた。

 「アーリャがここにくるのはいつ以来だっけ?」

 「んー……そうね……」

 記憶を反芻。

 「ここ一年くらいは来てないと思う」

 「そんなになるっけ」

 「ん」

 ノイが初代ポチコマ作ってた時だから、うん、やっぱりそのくらいになるんじゃないかな。

 外見はともかく内装も……変わってないな、きっと。

 絨毯張りだった回廊から室内に入ると、足元は石に変わる。

 かつんこつん、ぎょいんがしゃん。

 靴音とメカの作動音を響かせて廊下を進むと、飴色に光る木製の扉が現れる。

 アウロラが先を歩いて扉を開け、俺たちはその中へと歩を進める。

 部屋の中は狭く、室内に釣り鐘型のあずま屋(・・・・)が設置されていた。

 このあずま屋の内部がエレベータになっていて、この階と一階、地下の研究開発階とを行き来する仕組みだ。

 「そういえばこのあずま屋とエレベータもアーリャの設計だったねー」

 相変わらずポチコマの上に乗っかったまま、ノイが体をそらして背後の俺を見た。

 「ん」

 そ、さっきの回廊と同じく、この室内の構造も俺が夢で見たものを再現したものだ。

 正方形の室内は四方を壁に囲まれ、窓は天井付近にあるだけなので少々暗い。

 釣り鐘型……というよりバードケージにも見えるあずま屋は円形の広場の中央、階段状になった床を二段ほど下がった場所に設置されている。

 このケージを開けるとエレベータになるわけだけど、一般的なものと違い、俺が見たものは床と柱しかない簡易的なエレベータだ。

 そのかわり装飾がとても凝っていて、まずエレベータのドア部分は蛇腹状に開閉する手動タイプ。

 柱には極めて精緻に再現したゴシック彫刻。

 モデルはフランスは、ピサのドゥオーモ内部にある説教壇の柱。

 階層表示は三つしかなく、半月上の青銅版の上を針が移動する。

 まぁ、実際に俺が見たエレベータの内部はこんなに彫刻はなかったんだけどね。

 そこはほら、施工主(ノイ)の要望があったから。

 

 『古風で素敵なエレベータだと思います。私、こういうの好きです』

 「ありがと、アウロラ」

 『ワ、ワタシモ トテモ キニイッテ イマス!』

 「ポチコマもありがとね」

 何から何まで人間そっくりなアウロラはまだしも、ポチコマにもこういう美術ってわかるのかな……。

 見た目のわりに広いエレベーターに全員が乗り込み、がしゃんとドアを閉めると、アウロラが柱に設置されたレバーを一番下まで引き下げた。

 ボタンじゃなく、このレバーがエレベーターを動かすスイッチだ。

 エレベーターの壁がないので外側、つまりこの竪穴の壁が、ぐんぐんと上がっているのがわかる。

 手は出さないようにしないと危ない。

 内側の半月型階層表示の針が、右向きから中央、そして左を指し――。

 

 ちーん♪

 

 かわいらしいベルの音がして、エレベータが地下一階についた。

 再びアウロラが蛇腹ドアを開け、その先にある木製の引き戸も開ける。

 このドアが、古さと新しさの境目。どういうことかというと――。

 ドアを出ると同時にポチコマの脚部先端が、歩行用の丸っこいものからタイヤに変わった。

 継ぎ目のない滑らかな床はチリ一つなく真っ白。

 LEDの天井灯が白く発光する廊下はとても――SFチックだ。

 何の意味があるのか、壁に刻まれた幾何学模様には緑色の光が走り、なぜか無重力に対応したかのような移動用の手すりまで設置されてる。

 天井から下がるのは薄い液晶に表示される行先。

 振り返ると、たった今俺たちが出てきたドアは、こちらから見ると白色のエアロックみたいなドアだ。反対側からは木製だったのにね。

 ――ここから先が、ノイの“工房”なんだろう。

 アウロアやポチコマも、ここで生まれたんだろうな。

 

 ポチコマに乗ったノイが先頭で歩を進める。

 一つのドアの前に立つと、白い壁のようなそれが空気の漏れる音と共に自動で開いた。

 「ここは初めてだよね」

 「ん。来たことない」

 よっ。

 掛け声とともにポチコマから降りたノイが得意気に両手を広げた。

 「ここが、私が誇る“オートマチック・アセンブリ・プラント”。そのコントロールルームだよ!」

 

 ♪テテレテッテテー!

 ぴかーっ!

 

 「……」

 謎の効果音とスポットライト。

 「ポチコマ……何してるの?」

 『ハイ。アラカジメ のいサマに ぷろぐらむサレテ イマシタノデ』

 ノイの背後でポチコマがスピーカーから効果音を流し、アームユニットを限界まで伸ばして先端の強力ライトでノイを照らしている。

 「ぐっじょぶだよポチコマ!」

 『イヤ、ナニ。ワタシニカカレバ コノクライ……』

 ――エッヘン。

 ……得意げになってるし。

 『申し訳ありませんアーリャ様。非常にお見苦しいロボがいたことをお詫びします』

 アウロラが眉を下げ深々とお辞儀した。

 「いや、いいけど……」

 『オミグルシイトハ ナンダ! オミグルシイ トハ!』

 「まーまー!それよりアーリャもこっち来て下見てごらんよ!我ながら壮観だと思うのよ!」

 どれどれ。

 ノイに手招きされたので薄暗い室内を進み、全面ガラス張りになってて眼下が見渡せるところまで行く。

 「おー」

 

 確かに、なかなか壮観だった。

 長さ七十メートル、幅三十メートルに及ぶ地上の建造物の地下を丸々使った広大な空間は白色照明が照らし、天井にはいろんな機材が吊られている。

 キャットウォークが壁の中ほどをぐるりと張り巡らされ、まるで巨大な体育館みたい。

 「床下に収納式の仕切りがあってね、それでこの空間を仕切って、作る物に最適な大きさを用意するの」

 「ほほー」

 「その仕切りの内部にいろんな金属の粒子を充填して形状を作るんだけど、その形状を空間に描き出す3D設計図に『ヘイロウ』を使ってるのが特徴だね」

 「3D設計図って何?」

 「あー、うん。実際見せた方が早いね」

 かちゃかちゃかちゃ。

 コントロールパネルに手を置き、ノイが軽くタイピング。

 「パーテションは五m×五m(1番小さく)。制作物は……そうね、自転車でも作ろうかな」

 リズミカルにブラインドタッチしながらノイが外を指さす。

 「?」

 「見てて」

 「……お」

 言われた通り眼下を眺めていると、床から透明な仕切りが現れて、五メートル四方の囲いを作り出した。

 「もともと大規模な――建造物の材料やメカ、あとは大量生産を目的にした施設だから、一番小さくてもこのくらいの大きさのパーテションになっちゃうんだ」

 と、ノイ。

 「ところでアーリャ、見づらくない?」

 「ん……ちょっと見ずらい」

 コントロールルームが高い位置にあるから、全景は見やすいけど小さい場所はちょっとね。

 「あいあい。ルーム動かすから気を付けて」

 「ほぇ?」

 「ぽちっとな」

 「お”う」

 コントロールルームが揺れ、俺はコンソールに捕まった。

 「この部屋はあらゆる位置からプラントを確認できるように高さや奥行き、左右の振れを調整できるように作ってあるからね!」

 高さ一メートルほどに降りたコントロールルームは、次に前方に向かって伸びていく。

 振り返ると入れ子のように背後の壁が伸びていくのが見えた。

「どーいう構造?」

物理構造と強度が合ってない気がするんだけどこれ。

「電磁張鋼っていう、アウロラの筋肉と同じ概念の金属だよ」

「ほぉ……ん」

よく分からないけど、なんか分かった。

 「よし。これでどう?」

 操作用なのか、ノイはジョイスティックを細かくいじってる。

 「ん。見やすくなった。ありがと」

 「ほいほい。じゃ、見ててね」

 ノイが再びコンソールをかちゃかちゃやりだすと――。

 「お、お、お!」

 透明な立方体の中に、まるでレーザー光のように光の線が現れた。

 線は複雑に絡み合い、曲がり、くっつき、空中に絵を描いていく。

 しばらくして出来上がったのは、光の線で形作られた自転車だ。

 「綺麗」

 「でしょ」

 どことなく、土産物屋で売っている、ガラスの内部をレーザーで傷つけ描いた、クリスタル彫刻みたいだ。

 「この『ヘイロウ』で描いた3D設計図の線は、線に見えるけど実はパイプはパイプの形、ギアはギアの形になってるの。シリコンの型みたいなものだと思ってもらえればいいよ。で、それぞれ異なる物質で――例えばプラスチックと金属みたいな感じで自転車の構成物質は分かれてるから、それぞれの物質の粒子を充填してやると、それぞれの粒子を吸着する性質に調整した『ヘイロウ』の周囲に集まり、固着し、形を作っていくんだよ」

 ……なるほどわからん。

 「『ヘイロウ』の性質ってそんなに細かく変えられるの?」

 がっくぅ!

 え、なぜそこで崩れ落ちるの、ノイ。

 「アーリャ……。魔王がそれ聞く?」

 ジト目で見られた。

 「え、え?」

 「『ヘイロウ』使って発動させる私たちの魔法ってのはそもそも、『ヘイロウ』を望んだように変質させて起こしてるもんでしょうが!」

 「……あぁ、そっか」

 そういえば、そうか。

 「異世界作るのもそーでしょ!?」

 「普段感覚でやってるから……」

 てへぺろっ。

 ――ぱくぱく。

 ノイが言葉をなくし、はぁ~っとため息をついた。

 「やれやれ……。しっかりしてよ、統括者!」

 「ふぇい」

 ごほん!

 咳払いをひとつして、気を取り直したらしいノイが説明を続ける。

 「――で、プラスチック粒子ならプラスチック粒子、金属粒子なら金属粒子を吸い寄せて固着させるように変質させた『ヘイロウ』で設計図を描いて、それぞれの粒子を充填、形状を作っていく。ここまで、いい?」

 「はーいせんせぇ」

 「すごい棒読み……。まぁいいか……」

 ノイがコンソールのボタンを押すと、しゅーっと音がして透明なパーテションの向こうが靄かかった風になっていく。

 「アルミニウム鋼充填、百%。固着化四十七%。続いてステンレス充填。……鉄、充填」

 金属粒子が次々充填されているみたいで、パーテションの向こうは完全に白く濁り見えなくなっちゃった。

 「全金属固着化成功。続いてプラスチック粒子充填、固着化開始っと」

 十分もかからずに外枠が形になったらしく、ノイはまた違うボタンを押した。

 プラスチックは黄色にしたみたいだね。パーテションの向こうは黄色になった。

 「あとは粒子が完全固着するまでそっとしとくのよ」

 「ふむふむ」

 二十分くらいはかかるそうなので、ノイはコンソール前の椅子に座りなおした。

 「その間に、アーリャにこれ見ておいてほしいの」

 「ん?」

 ノイが備え付けのキャビネットからファイルを取り出した。

 「例のロボの設計図、だよ」

 「どれどれ……」

 分厚い紙の束を受け取り、ぺらぺらとめくる。

 どうやら前半がロボットの設定、後半が設計図みたい。

 ……これすごいな。CADで描いたみたいに精密なカラー設計図だ。

 完成後のイメージ図に始まり、三機それぞれ(・・・・・・)の詳細な設計図が次々と俺の目に飛び込んでくる。

 「合体変形させるんだね」

 「そりゃもちろん。|こういう≪……・≫ロボならやっぱ合体してなんぼでしょ」

 「異論はない」

 なるほど、基本はノイが描いた|あのロボット≪…………≫だけど、細かく形状の修正や設定が加えられたりしてる。

 この赤文字がきっと、あの少女魔王が書いたものだろーね。

 曲線の指定や直線、直角部の長さや角度。スラスターやセンサー類の形状。ガンプラの設計指示書みたいだ。

 五ページ、十ページと進めていくけど……。

 「ねぇノイ」

 「ん?」

 「この形状、出せるの?」

 三機のメカが合体するとあって、ロボの構造はかなり複雑。

 ジョイントの種類も多彩だし、関節も特殊な形状。

 合体する前と後で収納されるパーツもあるし、その隙間も必要だ。

 「確かに詳細な設計図だけど、立体に起こすといろいろウソがばれそう」

 二次元的なものの。

 「それなんだけど・・実はアーリャにお願いがあって」

 「?」

 「アーリャって、たぶん私よりこういう構造を考えるのって得意でしょ?設計図とかじゃなく、頭の中で考えるの」

 「うんまぁ」

 家の構造とか、脳内で描いたものをそのまま現実に出力させるからね、俺のやり方は。脳内CADとでもいうべきか。

 何それ、とバカにするなかれ。

 この方法で作り上げた建造物や魔法具やらはみんなに人気なんだから。

 人間だったころから俺、そういうイメージ力はあった方だと自負してるし、魔王になってからはその力がさらに強くなった気がする。

 魔法ってほら、イメージ力大事だから。

 「だからアーリャのイメージ力も借りて構造を検討したいの。私も簡単なモデル――十分の一くらいの可動モデル作ってみるけど」

 「そういうことなら、了解」

 期限は、と聞くと、

 「大体一週間」

 とのことだった。俺なら余裕だね。

 「それから一応、このロボは今回のイベント後もいろいろなところで出したいから、プロジェクトは極秘。万一にも設計図を他人に見られたくないから、このプラント――というか私のお城の中でやってほしいんだけど……いい?」

 「それは合わせる」

 「助かるよ」

 今日は別段用事もないし、このままノイのお城でやらせてもらうとしようかな。

 ファイルを借りてスチール机の上に置く。

 改めて部屋の中を見渡すと。

 「ファイル、いっぱいあるねぇ……」

 キャビネットは高さ二メートル、幅五メートルほどもあるけど、その全部が今俺が借りたようなファイルで埋まってる。

 「私が今まで作ったものや案として温めているもの全部、ここに収めてあるからねー」

 ぽてん、と小さな椅子に腰を落とし、ノイが足をぶらぶらさせる。

 ……この椅子ずいぶん小さいけど、それでも足つかないのか……。

 「アウロラやポチコマの設計図もここにあるよ」

 見る?

 「み……いや、また今度にしとく」

 ポチコマはともかく、アウロラの設計図って、察するにほとんどヌード画集じゃないだろか。

 まずい。

 それはさすがに、いろいろまずい。

 内部フレームとか気になるけど、これだってアウロラからすれば自分の中身を全部さらけ出すに等しいわけで。

 『イヤン、ハズカシイ デェス』

 「……」

 「……」

 『……』

 なよっとした合成音声の発信源を、それ以外の全員が見た。

 ぎょいんぎょいん。

 サーボ音を響かせながら、無駄に科を作った動きをしてみせる四本足の|おやき≪……≫。

 『デモ ミナサンガミタイトイウナラ ワタシ……』

 『ノイ様』

 「なに、アウロラ」

 『この歩く|おやき≪……≫をこんがり焼きたいのですが』

 ぼっ。

 アウロラの右手の平に小さな炎が生まれる。

 おー、炎も作れるんだ。やるねー。

 『コ、コラ!あうろら、ココハ カキゲンキン ダ!』

 途端に、悪乗りしていたポチコマが慌てだした。

 『魔王様が二人いらっしゃるので、私程度が作った炎などでこの場が崩壊することなどないでしょう。言い残すことはありますかポチコマ』

 『カマエルナ!ワルカッタ!ワルカッタカラ!』

 『結構。聞き届けました。さようならポチコマ』

 『ギニャー!』

 ……アウロラも本当に炎を投げる気はないらしいけど、本気にしたポチコマが部屋中を走り回り、アウロラがそれを追いかける。

 「ねぇ、ノイ」

 「なに、アーリャ」

 「あの二人、いつもこうなの?」

 「……うん、稀によくある……」

 仲よさそうで何より、なのかなぁ。

 がたんばたん!

 「アウロラもポチコマもそこまで!コントロールルームで騒がないの!」

 『の、のいサマァ……!』

 『ですが……』

 「バラすよ」

 『ハイ』

 「はい」

 瞬時に目つきが鋭くなって黒いオーラをまとったノイが凄むと、二人が一瞬で停止した。

 「ノイが久々に魔王っぽい」

 「忘れてた?私も魔王なんだよ」

 ひとしきり邪悪な笑みを浮かべると、ノイは椅子から降りてプラントへ出られるドアへ歩み寄る。

 「そろそろ自転車の構造が安定する頃だよ。行ってみよ、アーリャ」

 「ん」

 「アウロラもポチコマもおいで。もう怒ってないから」

 『ハ、ハイ』

 『すみませんでした、ノイ様……』

 しゅん、と肩を落とした二人が、俺の後から続き、みんなでプラント内に出る。

 

 プラント内はやっぱり広く、風の音なのか、オーンオーンと音が響いている。

 そこに俺たちの足音やメカの作動音、話し声も加わった。

 コントロールルームは自転車を収めたパーテションのすぐ近くまで来ていたので、俺たちの目の前にはすぐ、五メートル四方の透明な壁が立ちふさがった。

 「ぽちっとな」

 ノイがリモコンを操作すると、まだ白く濁っていた立方体の内部が晴れていく。

 「まずは残留している粒子を吸い出さないとね」

 「ふむふむ」

 よく見ると、プラント内の床には一定間隔でスリットがある。きっとこれが換気口とか粒子の排出口だろう。

 ものの三十秒ほどで内部はすっかりクリアになった。

 「お、おー!」

 自転車がある。

 ちゃんと形になってる!

 「パーテション下げるから気を付けてね」

 「ん!」

 ぱたぱた。

 興奮してきた。

 尻尾もパタパタ振られて、俺の心情を表してくれる。

 ノイのリモコン操作でパーテションが下がり、

 「いいよアーリャ。近くで見て、触って」

 「じゃさっそく……」

 近くで見ると、うーむ、立派なマウンテンバイクだ。

 ごついタイヤ、頑強なフレーム、張りのある丈夫そうなチェーン。フレーム色は黄色。

 「これ、動く?」

 「そりゃ動くよ。本物だもの」

 乗ってごらん、というので、俺は久々に自転車にまたがった。

 「油はさしてないからあまり回りがよくないと思うけど」

 「だいじょぶ」

 尻尾を巻き込まれないよう注意しながらペダルをこぐ。

 かちゃ……きーぃ……かちゃ……きーぃ。

 うん、ちょっとチェーンのかみ合わせが硬いけど、間違いなく本物の自転車だ。

 とても粒子レベルから作られたとは思えない。

 「たのしい」

 「でしょー!」

 「せっかくだからこの中一回りしてきていい?」

 「うん、いいよー。ここで待ってるから」

 「ども」

 力強くペダルを踏み、加速!

 おほー、気持ちいい。

 うぃーん……。

 後ろからモーター音が近づいてくる。

 「ん?」

 『ゴイッショサセテ クダサイ、あーりゃ サマ』

 おや、ポチコマがついてきた。

 「いいよ、一緒に走ろう」

 『オー!』

 ノリ、いいなぁ。

 かわいいじゃんポチコマ。

 短い腕を振り振り俺の自転車と並走するポチコマは、フレキシブルに動く脚部ユニットを駆使し、走行しながら回転や蛇行してて楽しそう。

 一方俺は試運転なので無理をせず、ギアも細かく入れ替えて慣らしていく。

 プラントの端っこまで行ってUターンし、ノイの元に戻ると、両手を振り回しながら迎えてくれた。

 「どうだった?」

 「楽しかった!」

 ぱたぱた。

 「そりゃよかった」

 「すごいプラントだね。さすがノイ。見直した」

 「えっへんー!」

 フリルまみれの平らな胸を張るゴス幼女。

 「その自転車はアーリャにあげるよ。今回のこと手伝ってくれるお礼にね」

 「わ、ありがとー」

 黄色いフレーム、気に入ってたんだ。

 あとでいろいろくっつけて改造しようっと。

 

 ノイがくれた自転車を収納空間にしまい、俺たちはノイのお城に戻ってきた。

 ノイの世界は0ポイントの世界とあまり時間差をつけていない。……ので、外はもう夕焼けになっていた。

 ポケットから時計を取り出して0ポイントの時間を確認すると、ふむ……もうすぐ晩御飯な時間。

 出てきた時間が昼過ぎだったからなー。

 「アーリャ、この後は?」

 「ん、いったん戻るよ」

 「晩御飯食べていけばいいのに」

 「オーナーに言ってなかったから……」

 「あう、残念」

 「また明日来るよ」

 「おっけ。……良ければ泊まっていかない?明日」

 「んー……うん。ノイがいいなら」

 「私はいつでも大丈夫!」

 「りょーかい」

 ちなみにノイは普段から、夜はこの自分のお城で過ごしてる。たまーに俺がいる宿に泊まりに来ることもあるけど、大抵は夜になると帰っていくね。自分の家みたいなものだし。

 「じゃ、また明日」

 「まったねー!」

 わざわざお城の出入り口まで見送りに来てくれた三人……いや、二人と一台?いや一人と二台か?

 まぁいいや、とにかく三人に手を振り、俺は一度、自分の宿に引き上げた。

 

 

 「……そう、じゃ明日はノイちゃんのお城に泊まるのね?」

 「ん、そーです」

 もぐもぐ。

 夜、俺はレストランと化した宿の一階で、夕食をとりながらオーナーと話していた。

 つい今しがたまでエスターとグレッグもいたけど、間違ってお酒を飲んでしまったエスターがひっくり返っちゃったからグレッグが担いで帰った。

 「エスター、だいじょぶかな」

 「単に酔っ払っただけだから大丈夫よ。……にしてもグレッグときたら!葡萄酒とぶどうジュース取り替えるなんて!」

 「あはは……」

 フロアにはまだたくさんの魔王がテーブルについていて、食事をとったり酒を飲んだり、楽しそうに騒いでいる。

 オーナーはその中をくるくる回って注文を取り料理を提供し――そして今は一段落したみたいで、俺のもとにやってきたというわけ。

 巨大な丸太をそのまま輪切りにしたように豪快な、でも表面はちゃんと均してニスを塗ってあるテーブルの上には、俺が注文した料理がホカホカと湯気を上げている。

 分厚いステーキにシチュー、山盛りのサラダ、籠に入った焼きたてのパンにバター。木製のジョッキになみなみ注がれたビール。

 ちなみにこのステーキ肉は、例の、オーナーが用意した飛龍の肉。

 また取ってきたみたいだね。

 『ほかの魔王にも好評なの!よかったわ~!』

 とはオーナーの弁。

 ナイフとフォークで、まだジュージュー言ってる肉を切り分け、ほおばる。

 う~ん、おいしい!

 「お酢をかけると固くなるのが分かったから、霧吹きで少しかけてみたの。どう?」

 「うん、柔らかさが減って、すごく肉っぽい」

 「でしょ!」

 普段無表情な俺でも、こういうおいしいもの食べると口元がほころぶ。

 もぐもぐ、むふー。

 「おいしい?」

 「とっても」

 オーナーもニコニコ顔だ。

 熱々のシチューも、少し焦げたような味がしてなかなか……。

 む、ブロッコリーみっけ。

 時折ビールを飲んでのど越しを楽しむ。

 このシュワシュワがたまらない。

 フロアを見回せば、全部で十五ほどのテーブルがすべて埋まり、みんな笑顔でお酒や料理を楽しんでる。

 天井から吊られた燭台に、『火』ではなく『光』の魔法が灯り、少し暗めの光を投げかけている。

 このオレンジ色っぽい照明っていうのが、料理が一番おいしく見える灯りらしい。オーナーに言わせると、ね。

 うん、わかる気がする。

 木製の器もテーブルも椅子も、壁に至るまで、暖かな光に照らされている。

 ワイワイと騒ぐ声も相まって、いかにもファンタジー世界の酒場、って感じ。

 「おーう!そこにいるのは統括者様じゃあないのぜー!」

 むん?

 「一人寂しく飲んでねーでよー!こっちくるのぜー」

 なんか妙なしゃべり方のやつがいるな……。誰だお前。

 「来ないのぜ?ならこっちから行くのぜ~!」

 のっすのっす。

 「うわぁ」

 頬張ってたシチューを飲み込み損ね、目を白黒させる俺。

 ……あぁ、思い出した。

 「げふっ……。なんか用?フランツ」

 「覚えててくれたのぜ~!ありがてーありがてー」

 「……」

 一応統括者だし、こいつとは同じギルドだからね……。

 「で、なに?」

 「そーんなしけた面して一人で飯食ってるからよぉ~、俺様が来てやったんだぜー!」

 「そんな面してないし一人でもない」

 「あーん?」

 フランツ、という名の魔王に背を向ける形で座っていたオーナーがゆっくーりと振り向いた。

 ……怖い。

 「わ、た、し、がいるのよフランツ。飲みすぎじゃないのあなた」

 「げぇ、オーナァ!?なんであんたが!」

 「げぇ、とは何よ失礼ね。ここ私の酒場よ?あなたに給仕したのも私。フランツ、あなたやっぱり酔ってるわね」

 「そ、そんなこと、ねーぜよ!?」

 「酔ってる」

 「酔ってるわね」

 「うるへぇ~!」

 木製ジョッキがどん、とテーブルに置かれる。

 「俺はこいつに……アーリャ()に話があってだなぁ……」

 呂律回ってないし。

 はぁ……。

 「聞くから、座ってフランツ。あと大声出さない」

 広げていた皿を少し片付け、彼が座れる場所を作る。

 「おぉ、ありがとなのぜー!」

 笑顔のまま、今にもフランツに水をぶっかけそうなオーナーを制し、座らせる。

 「オーナー、彼に水を」

 「ぶっかける?」

 やっぱり企んでたー!

 「かけないかけない」

 「ちっ……。おっと失礼、分かったわ」

 「……」

 今舌打ち……いや、気にしないでおこう。

 オーナーが席を立ち、厨房へ戻っていく。

 「――で、話って?」

 一応聞くそぶりは見せるけど、どーせ大した話じゃないんだろうなぁ……。

 「おう、実はなぁ!」

 と、フランツが俺の方へ身を乗り出した。

 酒臭い息がかかり、思わず顔をしかめてしまう。

 「アーリャ、お前さん今なにかデカいこと企んでないのぜ?」

 「……は?」

 「だからよ。その(おっぱい)以外でデカいこと、企んでるだろ」

 じっ……!

 フランツの視線が俺の胸元に注がれる。元女のくせに、人の胸がそんなに珍しいか。

 今の俺は割とラフな格好してる(だぶだぶTシャツだ)から、谷間とか思いっきり見えてる状態。

 むむー、なるほど、これはなかなか恥ずかしい……。

 隠すか、それともフォークをフランツにブッ刺すか迷うところだ。

 って、あぁ、言ってなかった。

 俺の胸をガン見してくるこいつは、フランツ=ビッグフット。自称雪山の貴公子。

 身長三メートル近い巨体と超筋肉の持ち主で、外見通りパワー系の魔王。魔法もフィジカル、つまり自分の肉体を強化するタイプを好んで使う、ガチの格闘系だ。

 北欧圏の出身で、ふくらはぎあたりまでくる長~い銀髪が特徴。

 さっきも言った通り、俺と同じ戦闘系ギルドの所属だ。

 彼の話の内容がおかしいのは……酔ってるせいにしとこう。

 「しかし何度見てもいいおっぱいだぜ……。なぁアーリャ」

 「――なに」

 「揉ませろ」

 「断る」

 むろん即答。

 何を言い出すかコイツは。

 ん、なんでノイみたいに攻撃しないのかって?だってフランツってば、この島の魔王の中で唯一攻撃魔法を筋肉で弾き飛ばす(・・・・・・・・)ようなヤツだから、ここでやったら皆さんに迷惑かかるんだもん。

 やるなら閉鎖空間内でのフェイズ・トランスプロージョンだ。

 指を掲げたらすっごい慌てだしたので一時停止。

 代わりにすんごい冷たい視線を突き刺しておく。

 「私の胸の話をしに来たわけ?」

 「い、いや、そうじゃねぇ。うん、そうじゃねぇのぜ」

 物理的な圧力さえ持つ俺の視線は軽く魔王モードだ。

 このテーブル周囲だけ気温が本当に下がり、やばい気配を感じ取ったっぽいフランツが慌てて話をそらした。

 「実は今日な、ちと用があってこの宿の前を通ったんだけどよ」

 「で?」

 「氷点下の視線が心地いいぜくそ。ドM属性が発現しそう……わかったすまん忘れてくれなのぜ!……で、そん時にお前の部屋が盗聴防止とか防御系の魔法で覆われてたからよ、まぁ大事な話してるんだろうな、と想像ついたわけなのぜ。別にそれはいいのぜ。お前、統括者だからな」

 ぐい、とジョッキをあおり、中の酒を飲み干すフランツ。

 彼が飲んでいるのはヤギの乳を発酵させた酒。甘みがあっておいしいんだ。

 「で、そのまま通り過ぎて振り返ったらよ、その魔法に穴が開いてるじゃあねーか。雰囲気でたぶんノインゼルのやつだとは思うけっどよ」

 「まぁ、そのとおり」

 「だろーな。んでよ、問題はここからなのぜ」

 またフランツが身を乗り出す。

 「その直後、宿の屋根の上にあいつらの姿が見えたのぜ」

 「あいつら?」

 「『トリック・オア・トリート』なのぜ」

 「……げ」

 トリック・オア・トリート。『お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ』と意訳される、ハロウィンの時に使う有名な文言だ。

 この島でもハロウィンはあるけど、フランツが話しているのも俺が考えたのも、そうじゃない。

 ここでいう『トリック・オア・トリート』っていうのは、双子の魔王の通り名だ。総勢二千を超える魔王の中でも珍しい存在、双子の魔王。

 兄弟で一緒に魔王になってしまった稀有な存在で、今は姉妹。

 姉が『トリート』、妹が『トリック』だ。

 なにより困ったことなのはこの二人、大のいたずら好きなんだ。

 人間だった頃と違ってただのいたずらじゃない。

 魔法を使ったいたずらだから余計にたちが悪い。

 触手だらけの異世界まで行く落とし穴とか踏んだら大気圏外まで飛ばされるバネとか。ほかにも結構エグいのがいっぱい。

 触手地獄から新人魔王――女の子だ――を助けた時は大変だったね……。深くは語らないけど。

 「あの二人が、この宿の屋根に?」

 「いたんだぜ。巨大パックンチョみたいな服はどうやっても見間違えないのぜ」

 「……うへぇ」

 思わず頭を抱える。

 まさか、あの少女魔王との打ち合わせ、聞かれたのかなぁ……。

 いや、聞かれたものとして考えた方がいいか……。

 「まぁお前のことだから、『トリック・オア・(バカ二人)トリート』のいたずらなんぞ大したことないと思うけどよ。一応言っておこうと思ったのぜ」

 「そう、ありがとフランツ」

 「なに、例はそのおっぱいひと揉みでいいのぜ」

 まだいうかコイツは。

 今度こそ爆破――。

 「アーリャのおっぱいがどーぅしたの、フラァンツゥ?」

 「ひぃえっ!?」

 さっきの俺以上に冷めていて、それでいてまったりとした声が、巨体の後ろから聞こえた。

 「元女性なんだから、セクハラが罪っていうのは知ってるわよねぇ~?」

 ポリバケツ一杯(・・・・・・・)の水を、魔法で浮かせて持ってきたオーナーが、幽鬼のように立っていた。

 だから怖いってば。

 「い、いや!あの!これは!」

 がたんっ!

 勢いよく立ち上がり、天井に頭をぶつけんばかりに背筋を伸ばすフランツ。

 「言い訳は聞かないわ!あなた酔いすぎよフランツ!これ飲んで酔いがさめるまで外にいなさい!」

 「ちょ、いくらなんでもこの量は無理なのぜ……」

 「私の重攻撃魔法で物理的に(・・・・)冷やされるのとどっちがいいかしら?」

 「いやーおいしそうな水なのぜ!!」

 ポリバケツをかっさらうと、フランツはふらつく足取りで裏庭へ歩いて行った。

 「まったく!アーリャ、あなたも統括者なんだからもうちょっと皆にこう……恐怖というか畏怖というか、そういうのを与えないと!」

 なぜか怒られたんですけどー。

 「魔王モードならできるけど」

 「あなたのアレはなんというか……本当に|殺≪ヤ≫られそうで怖いというか……。ちょっとアーリャここでそれはやめてお願いだから」

 ぎらん……ニヤーリ。

 ちょっとだけ意識を魔王モードにして、目を光らせ凶悪な笑みを浮かべ、牙をチラ見せ。

 漏れ出した魔力でうっすらと体を覆う。

 ピンと張り詰めた気配を感じ、周囲の魔王たちがぎょっとしてる。

 あからさまに椅子を引いた奴もいるな。

 『なんだ……やめていいのか……?やれといったのはあなただろう?』

 「声まで変えなくていいから!」

 「……ふぇい」

 目と口元と魔力を元に戻し、無表情になる俺。

 同時に、一瞬静かになっていた酒場に、元の喧騒が戻った。

 「それの百分の一でいいから、普段からやってほしいわ……」

 「疲れるからヤダ」

 まったくもう……。

 とオーナーがため息を吐くけど、彼女が統括者だったときもこんな感じだったと思うなー。

 普段は気さくだけどモード切り替わると怖くなるっていう。

 というかオーナーのほが怖かった気がするんだよなぁ。

 まぁ俺は普段気さくじゃなくて無表情だし、ぽつりぽつりとしか話さない感じだけど。

 でもなぜかみんなに慕われてる。

 ありがたいね、うん。

 いや、そんなことより問題は『トリック・オア・トリート』の二人だ。

 一応ノイにも話しておかないとだなぁ。

 開発やなにやらは彼女のお城でやるから漏えいの心配はないと思うけど。

 「ごちそうさま、オーナー。今日はこれで上がるね」

 「はいはい。お粗末様でした」

 「何か手伝うこと、ある?」

 客とはいえ、俺はかなりの長期滞在。

 ほぼ住み込みみたいなものなので結構宿の手伝いをしたりする。

 「そうね……。じゃ少しだけ、給仕をてつだってくれる?さっきまた団体が来たの。めずらしく今日は大繁盛してるわ」

 「ふぇーい」

 「手伝ってくれた分はいつも通り、後で払うわね。このテーブルは私がやってくから、あなたは着替えてきてちょうだい」

 「ん」

 俺は厨房に併設された着替え用のロッカールームに入り、ウェイトレス姿になる。

 胸元が広く空き、スカートも短め。

 どちらかかというとメイド喫茶にいそうな格好だ。

 ちなみにこの服用意したのは俺でもオーナーでもなく、服飾店やってるどっかの魔王。

 普通のウェイトレス姿の俺を見ていきなりダメ出しして、この服持ってきやがった。

 何考えてるんだ全く。

 困ったことにオーナーがこの姿の俺を気に入っちゃって、フロアで手伝うときはこの格好をするように命じた。

 これ、オーナーが統括者だったころのお話し。つまり俺に拒否権なし。

 で、なぜかそれがいまだに続いてる。

 まぁ俺も割と気に入ってるからいいけどね。

 スカートの背中側、広くあいた腰部分から尻尾を出し、髪をポニーテールにまとめて大きなリボンで縛る。

 頭にカチューシャを乗せ、裾やフリルを調整。

 胸元の布やニーソックスが下がってないか確認して、準備完了。

 こつん。

 フロアに一歩踏み出した途端。

 「おいあれ!あれはまさか……!」

 「統括者のアーリヤヴナ様だぜ!」

 「なっ……なんという美少女!」

 「かっ……かわいい……!あーん、あたし虜になっちゃいそう~!」

 「ケモ耳……尻尾……オッドアイに……巨乳メイド服……だとッッ!?」

 「レアだ……超レアだぜこれはよ……ッ!」

 「写真……写真撮る魔法!誰か持ってねーかおい!」

 「カメラ使えよ!ほらこれ!」

 「ひゅーひゅー!!!」

 「……(うむぅ)」

 ただでさえ、日本出身者の俺は海外勢から愛でられやすい顔立ちや属性なうえ、|ケモ耳尻尾≪装備≫付きだ。

 酒場中から、統括者(ケモミミ美少女)のレアな恰好に喜んだ魔王たちの黄色い歓声が上がり、フラッシュが焚かれる。

 もう慣れたとはいえやっぱり恥ずかしいのには変わりない。

 尻尾をパタパタ振る俺の頬はたぶん、すごく赤くなっていたと思う――

 

 

 それからしばらく、俺は宿とノイのお城を行ったり来たりする日々になった。

 朝起きて、統括者としての仕事がないのを確認し、朝ご飯を食べてから0ポイントのお城に行き、そこからノイのお城へ。

 期限は一か月だから、結構忙しい。

 脳内CADをフル回転させてロボの構造を叩きこみ、それを3Dでイメージし、動かす。

 ノイの設計図から二次元()のウソ――つまり3次元(物質世界)ではどうやっても無理な構造を見つけ出し、修正する。

 俺は手でうまく描けないから、スケッチブックを前に例の、イメージをそのまま『ヘイロウ』に伝えて出力する、というプリンターみたいなことをやって描き出す。

 それを見たノイが何度もモデルを作り、発案者の少女に見てもらって修正を重ね――という作業の連続だ。

 魔王はなんでもできるとはいえ、さすがにこういう現実にない物体を作り出すってのは結構めんどい。

 それでも人間が作るよりはるかに効率がいいと思うけどね。余計なしがらみもないし。

 『これ作って』

 『はいできた』

 とか、

 『ここをこういう風に直して』

 『はいできた』

 ってな感じで、伝えたいことがそのまま、すぐに形になって現れる。

 タイムラグがないってのはいいもんだね。

 物質構造だってそうだ。

 人間の研究なら限界だった強度も、『ヘイロウ(世界の根源)』を自在に操れる俺たちならどんどん上げていける。

 それによって可能になったパーツの小型軽量化は、本来大規模になるはずの構造を極限まで絞り込む。

 それは機体全体の強度アップ、軽量化を促し、同時にペイロードにも余裕を持たせることで複雑な変形や大量の武器、エネルギーを内包できる構造を作り出す。

 俺が計画に参加してから半月後には、すでに機体のフレームがほぼ完成していた。

 あとは装甲を作って取り付け、エネルギーを注入し、作動テストってとこだね。

 あぁ、ちなみに例の少女もここ数日、毎日のようにノイのお城にきては雑務を片付けてる。

 彼女には今回のイベントの仕事プラス、通常の特区運営業務もあるからね。

 なかなかに忙しそうだけど、睡眠は時間の流れを遅くした自分の世界で取ってるらしく、別段疲れは見せてない。さすが魔王。

 

 

 「ただいまー」

 「たっだいまぁ~」

 誰もいない大広間に俺たちの声が響いた。

 建造も一段落した今日、俺はもはや日課になった、『ノイのお城でお泊り会』を敢行することになってる。

 時間は午後七時。本日の作業を終え、別館から戻ってきたところ。

 「……ふぃー……!」

 「あー、肩凝った!うぎぃ~……」

 ノイがゴス服の腕をぐりぐり回し、肩をもむ。

 「でも何とか形になってきたね、アーリャ」

 「ん。作業ペースは結構早い」

 実際に組み立てたりパーツを作り出したりするのはノイの誇る(オートマチック)(アセンブリ)(プラント)だ。

 大まかなフレームはあのパーテションの中で形になるけど、複雑な構造や変形部分、回路などはやっぱり手作業でないとできない。

 「ノイのタマコマ軍団の力も大きい」

 「でしょー」

 “タマコマ”。

 ポチコマの妹分(・・)的な存在で、ポチコマとほぼ同様の機能を持たせているもののより大量生産に適した構造を取り入れた、今回の計画の中でも重要な役割を持つロボット軍団だ。

 おやきみたいなボディの形状は変わらないけど、大きさはポチコマの半分くらい。

 頭頂部に全天周型カメラボール・アイを備え、ボディの中には全方位に様々な機材が搭載されている。

 実質的に前後左右が存在しない形状だ。

 AIの性格設定はちょっと幼めの女の子。

 無邪気、って感じだね。

 ちなみに名前は俺がつけた。由来は、カメラボール・アイの左右に配置された、唯一前後を感じさせるネコミミ型通信アンテナと、『猫の手も借りたいから作った』って言ってたノイのセリフ。

 いやだって、猫と言えば『タマ』でしょ、昔から。なんでかは知らんけど。

 「ポチコマが喜んでるよ。妹ができた、って」

 「だねぇ」

 後ろを振り返ると、件のポチコマが一体だけついてきているタマコマに、あれこれと指導を施している最中だった。

 『ト、イウワケデ コノ バショデハ ホコウモードAデハナク Bヲツカウヨウニ』

 『ハーイ、ニイサマ!』

 きゅんきゅんな萌えボイスで答えるタマコマ。

 ……かわいい。

 ちなみにタマコマがこの玉座の間に来るのは初めてだね。

 「情報の共有と並列化ができるから、タマコマは一体だけこっちくればいいんだっけ?」

 「そ。結果的には全員ついてきているのと同じことだからね」

 ぽすん、とノイがビロードの玉座に座る。

 相変わらずゴスロリ服のままだ。

 作業に邪魔じゃないのかって聞いたら、特に問題ない、って言われた。

 いろいろパーツに引っかかってた気がするし、そのたびにアウロラやポチコマに助けられてた気がするけど。

 「アーリャは?疲れてない?」

 「ん……。ちょっと疲れた」

 主に頭を使ってたから体はそうでもないけど……。ちょっと頭が重いかな。

 『お疲れさまですノイ様、アーリャ様。冷たいお飲み物をお持ちしました』

 「アウロラ」

 玉座の間に来る途中で別れたアウロラが、カートに冷たい飲み物を乗せて現れた。

 『じきに夕食ですので簡単なものですが、お菓子もご用意しました』

 「わふーい!アウロラぐっじょぶ!」

 ガラスのピッチャーからグラスに注がれたのは、

 『どうぞ。レモネードです』

 「いいねー!」

 「ありがと」

 ごくん。

 「けふ」

 「こふ」

 ノイと二人、息を漏らして笑いあう。

 少し炭酸も入っててシュワシュワするんだ、これ。

 「おいしい」

 「さっぱりするー……」

 ストローで甘み強めのレモネードを吸い、お菓子に手を伸ばす。

 パンの耳で作ったラスクだ。

 かりぽりとかじる。

 『ノイ様、晩御飯もあるのであまり食べすぎないでくださいね』

 「はーい」

 『あと三十分もしたらご飯ですからね』

 「分かってるってばぁー」

 ……うーむ、どっちがご主人様やら。

 「そういえばアウロラ?」

 『はい、なんでしょうアーリャ様』

 「ノイのところって前からこんなに晩御飯遅かったっけ?」

 カリカリとラスクをかじるのに一生懸命なノイじゃなく、アウロラに尋ねる。

 今十九時で、夕食は十九時半の予定。

 「確か前に来たときはもっと早かった気がするんだけど……」

 『あぁ、いえ。実はですね』

 「違うよアーリャ。むしろ早いくらいだよ?」

 ラスクをかじるのをやめたノイが俺を見る。

 「普段の夕食は二十時くらいだもの」

 「あれ?そうだっけ?」

 「そうだよ。……ちょうどネトゲのイベントが一段落するくらいの時間に設定してるもの」

 「……あ、さいですか」

 基本ノイの生活リズムはネトゲやアニメの放送時間に連動してるからなぁ……。すっかり忘れてた。

 『本日も含めここ半月程は作業もあり、アーリャ様がおいででしたので……。少し早めの時間とさせていただきました』

 遅い方がよかったですか、と聞かれたので、首を横に振る。

 俺いつも十八時半くらいだし、晩御飯。

 俺にとってはこれでも遅いくらいだ。

 『そうですか。それならよかったです。そろそろお支度ができますので、お呼びしましたら食堂へどうぞ』

 「ん。わかった」

 『それは私はこれで。……ノイ様!もうその辺にしておいてください!』

 「あーん!私のお菓子……」

 ノイの手からラスクのお皿を取り上げ、アウロラは一礼するとカートを押して下がっていった。

 「ちぇー。でもおいしかったな、アレ」

 「食べたことない?」

 ノイの口元についた砂糖やパンのカスを拭いてあげながら聞いて―後悔した。

 ノイが一瞬動きを止めちゃった。

 「……ないよ。ウチ朝は自前だったもの」

 「……そか」

 この島で人間だったころの話は、基本ご法度。

 俺とノイ――人間だったころからの付き合いだから普通に話すけど、でもあまりつつかれたくない話でもある。

 特にノイの実家はいろいろと訳アリの家庭だったそうだし。

 「ごめん」

 「そんな顔しなくていいよ。昔の話だから」

 そういって笑った後、ノイは椅子から降りてバルコニーに歩いて行った。

 うーん……、ちょっとノイの笑みがぎこちなかった。

 まずったかな……。

 「アーリャもこっちおいでよ」

 「ん」

 手招きされ、俺もその後を追う。

 「ほら、どう?」

 「……おー」

 背の高いお城の、ほぼてっぺんからの光景だ。

 うむ、絶景!

 

 サアァァァ……。

 

 湖に面したバルコニーを、程よく冷たい風が渡っていく。

 「ん……」

 ここしばらく忙しかったから、こういう落ち着いた時間は久しぶりな気がする。

 なびく髪を抑え、ノイの横に立って景色を眺める。

 「いい景色でしょ」

 「ん。すごく、いい」

 日はほぼ沈みかけ、広い湖面にゆらゆらと光の帯ができている。

 上を見上げれば暗くなり始めた空に浮かんだ雲が薄いオレンジ色を残し、ぽつぽつと星の輝き。

 このバルコニーの下は断崖絶壁で、はるか下の方では岩にぶち当たった波がしぶきをあげる。

 「すー……はー……」

 この夜に向かうときの風って、俺すごく好きなんだ。

 時に落ち着く感じを、時に何か起こりそうな心の高ぶりを与えてくれるから。

 藍色になっていく空、夜風でざわめき始める木々。

 昼間の喧騒を忘れ静かになっていく世界。

 この瞬間は俺が最も好きな時間で、俺が元々使っていた呪文にも文言として組み込んでいるほどだ。

 「……」

 「……」

 ノイと俺は無言で、でも決して嫌ではない沈黙の時を過ごす。

 横目に見るノイの顔には普段からは想像できない憂いの表情が浮かんでいて、すごく大人びて見えた。

 手すりに両手を頭を乗せてボーっとしているノイの、肩あたりまで伸ばされてウェーブのかかった銀髪が風でふわふわ揺れている。

 幼さの中にどこか達観した雰囲気のある視線がどこへともなく注がれていた。

 「すー……はー……」

 顔色を伺うのやめてノイから目を離し、二度目の深呼吸。

 「すー…………」

 さらにもう一度深呼吸しようとして。

 「……?」

 思わず息を止めてしまった。

 穏やかに揺らめいていた湖面をいきなり突き破って、どっかで見た白いぬらぬら(・・・・)が現れている。

 「ぶっは!」

 思わず吹き出してしまう。だってアレ、どう見ても触手(・・)

 「ノ、ノイ?あれって……」

 「んー?あぁ、アレね」

 「ゴス幼女は気だるげに身を起こして小さな指をくわえ、

 

 ぴーっ!

 

 と指笛を鳴らす。

 びく、と突き出た触手が震えて水面に引っ込む。

 と同時に、水面下を何かがこっちへやってくる気配。

 「……」

 いやまぁ、何かはわかってるんだけど……。

 さばりと水を押しのけてバルコニーの下に現れたのは、巨大なイカだ。

 そう、以前俺たちが釣りに行ったときに捉えた、あのダイオウイカ。

 「……でっか」

 いったい何を食べていたのか、八メートルくらいだったダイオウイカは十メートルを優に超えるほどに成長していた。

 「クトゥルー、お手」

 『きゅー』

 いったいどこから声を出しているのか、無駄にかわいらしい鳴き声を出したイカは、触手の一本を持ち上げてノイのちっこい手に触れた。

 「……」

 くとぅ……?それが名前か?

 「よくできました。いい子いい子」

 なでなで。

 ノイが触手の先端をなでると、

 『きゅるっくー』

 イカは嬉しそうに体を震わせてる。

 「かわいいでしょ。すっかり懐いたの」

 「お、おう……」

 巨大イカに懐かれてもあまりうれしくないけど……。

 しかしまさかほんとに懐くとは。一体どんな魔法を使った?

 「最初は大変だったよ。バトること百回を経てようやく私の方が強いと分かったみたいでね」

 「ひゃ……」

 百、だと?あれから百回もバトったというのか?

 どっちもよーやるわ……。

 「あとはあれだね。おとなしくしてるといいエサがもらえるって分かったせいもあるのかな」

 この湖はコイツのために作って、巨大人口魚もいれたし。

 そういってノイが指を振ると、目の前に半透明のウインドウが開く。そこにはこの湖の()()()が描いてあった。

 「面積は四十平方キロメートル、最大水深五百メートル。淡水」

 「綺麗な真水にするとさ、泥の中に住んでいたコイとかも臭みが取れるって言うでしょ?だからここは淡水の湖にしたの」

 「アンモニア臭対策?」

 「そそ」

 ノイの説明によると、いきなり環境を変えるのはよくないと考え、いくつもの水槽を用意して少しずつ塩分を減らしていき、イカを適応させていったんだそうだ。

 「本来海水中で生活しているイカの体が、完全に真水に慣れたところでこの湖に放したの」

 「ほほー……」

 「どう?匂いがほとんどしないでしょ?」

 言われてみれば確かに。

 以前は完全冷凍していてもほのかにアンモニア臭が漂ってきてて、それが嫌で収納空間に入れなかったほどだけど、今は全くと言っていいほど匂いがない。

 魔王の嗅覚でほとんど感じないということは、人間なら全くの無臭だろうね。

 あぁ、もちろん水生生物っぽい生臭さはあるけど。

 『きゅくー?』

 ぎょろ、とイカの目が俺を見た。

 三角形のヒレが()()()()うごめき、触手が何本か持ち上がる。

 ぎゅぐぐぐぐぐぐ……。

 触手が動くと、筋肉が軋んでいるみたいな音が聞こえた。

 「ひぇ」

 「だいじょぶだよアーリャ。もうあんなことしないから」

 そうは言うけど、全長十メートルのイカだのそこから延びてくる触手だのは、間近で見ると結構怖いものが……。

 『きゅ……?』

 「お」

 俺が固まっていると、イカのほうから恐る恐るといった感じで触手を差し出してきた。

 透明で中身が見えそうなほど透き通った触手が、俺の目の前一メートルほどのところでぷるぷる震えてる。

 「だいじょぶだから、撫でてみて?」

 「ん……」

 そっと手を伸ばすと、イカのほうも触手を伸ばしてきた。

 ぷにっ。

 中空で、俺の手をとイカの触手が触れ合う。

 ちょっとぬめっているけど、思ったほど気持ち悪くない。

 いや、むしろこの冷たさは気持ちいいかも。

 俺の強張りは取れたけど、イカの方はと言えば。

 「怯えてる」

 「そりゃ私たち魔王だもん。強いもん」

 

 ――俺たち魔王は、接触状態だと相手の心が読める。

 今こいつはこう考えているな、っていうのが、わかるんだ。

 人間の手を握ったときは大抵、恐怖、猜疑心あたりが俺たちに向けられる。

 怖いの半分、うさん臭さ半分て感じかな。

 そんな能力は、どうやらイカにも通用するらしい。

 『……』

 このイカ君、どうやら俺にぶっ飛ばされたのを覚えているらしくて、それで怯えていたみたいだ。

 それをノイに伝えると、

 「私は百回戦ってようやく上下関係教えたのに、なんでアーリャはたった一回でそれができてるのさー!」

 って憤慨された。

 知らんわ。

 「……あの時はごめんね。もうしないから」

 そっと触手をとって、先端を撫でてあげる。ヒヤッとしてぬめぬめした感触が新鮮。

 すべすべで癖になりそう。

 『きゅー』

 小さく鳴いたイカ、もといクトゥルーからも怯えが消えていき、器用に触手の先端を巻き込み、俺の手を握った。

 「……かわいい」

 さっきまでただデカいなぁとしか感じなかった瞳も、よく見るとつぶらでキラキラしてる。吸い込まれそうなほど深い黒曜石色の目だ。

 しゅぼっ。

 ふと眼下で、水面下に隠れた触手の一本が高速で動いた。

 「?」

 「どしたの、クトゥルー?」

 『きゅ』

 俺たちが不思議そうな顔をしていると、眼前にその触手が現れた。

 巻き込まれたその先端に掴まれていたのは、

 「魚だ」

 「魚だね」

 一メートルほどもある大きな魚がぴちぴちと尾びれを振っていた。

 どうもこれを捕まえていたらしい。

 ずずい、とその魚が俺に差し出される。

 「……もしかしてくれるの?」

 『きゅっきゅ~』

 そうだ、と言わんばかりに三角形の頭部が動いた。

 「ありがと」

 捕縛魔法を発動させて魚を受け取ると、触手を撫でながら目を見下ろし、笑みを見せてあげる。

 『!』

 ぼん!とクトゥルーが赤くなった。元々体の色を変えられるから、全身が赤……というかピンク色。

 まさか照れてるのかな?

 かわいい。

 「なーんでアーリャにはプレゼントがあって私にはないのさ、クトゥルー?」

 むっすー、と不機嫌を隠そうともしないノイ(ご主人様)に慌てたか、クトゥルーの触手がわたわたうごめいた。

 体の色もピンクから白とまだらに変わっていく。

 あぁ、今度は心読まなくてもわかる。焦ってるな……。

 『ノイ様、アーリャ様。ここにおいででしたか』

 「ん?」

 クトゥルー君のピンチを救ったのは、アウロラの声だった。

 背後にポチコマとタマコマを従え、バルコニーの入り口に立っている。

 『夕食のお支度が出来ましたのでお呼びにまいりました。……お取込み中でしたか?』

 「うんにゃ、だいじょぶ。……ほら、ノイ」

 ぐぬぬ、と唸り声が聞こえた。

 「うー。クトゥルーめ、覚えておれぃ」

 『きゅきゅっ!』

 ぴこん、とノイが触手にでこぴんをかまし、イカがかわいらしい悲鳴をあげた。

 あれならほとんど痛みなんてないだろーけど。

 『ではこちらへ。食堂へご案内いたします』

 「おねがい。……またね、クトゥルー」

 『きゅ』

 ぶんぶん。

 俺が手を振るとクトゥルーも触手を振り返す。

 「おなかすいたよアウロラ~」

 『そうおっしゃると思ってたくさんご用意いたしましたよ』

 「やたー!」

 アウロラに手を引かれたノイがはしゃいでいる。

 その顔にはさっきまでの憂いなんて欠片もない。

 どっちが本当の彼女の顔かわからないけど――でもどっちもノイだ。

 今の俺にとっても大切な友人。

 それでいいさ。

 『ニイサマ ニイサマ!』

 『ナンダ たまこま』

 『ワタシタチノ ゴハンハ ナインデショーカ!』

 『あなた達にはあとでちゃんとプレミアムオイルをあげますよ』

 『ワーイ!あうろら、ダイスキ!』

 『ふふ』

 ぶんぶんと体を回転させて喜ぶタマコマを見て、アウロラにも笑みが浮かんでる。

 『あうろら、ダイス』

 『鳥肌が立つのでその先を言わないでくださいポチコマ』

 『ヒ、 ヒドイ!』

 「あっはっはっは!」

 「……」

 ポチコマの扱い……。

 でも、なんかいいなぁ、ああいう雰囲気。

 なんだかんだとみんな一つの家族みたいだ。

 ……あの飛龍のタマゴ、孵そうかなぁ……。

 ワイワイとにぎやかなノイ達に続いてバルコニーを出て大広間を横切り、ドアの手前で振り返る。

 ぶんぶん。

 窓の外では、巨大イカがまだ触手を振っていた。

 

 

 クトゥルーの住処である湖には大小さまざまな魚が住んでるそうで、今日はその湖で捕れた魚の料理がメインの、素晴らしく豪華な食事をいただいた。

 ここ最近肉が多かったからたまにはいいなって言ったら、

 『――お肉ばかりだと太りますよ!――』

 って、アウロラに怒られた。

 ちゃんとカロリー消費してるし、魔王だから体系だっていじれるもーん!

 「じゃ、行ってくる」

 「いってらっしゃい」

 食休みの後、俺は先にお風呂に入ることにした。

 ノイが女子会みたいなノリで『パジャマパーティーをやるんだ!』と妙に盛り上がっていたなぁ。

 「さて、と」

 ラフな格好に着替え、俺はノイの私室を出る。

 ノイのお城には無駄に広い大浴場が備えられていて、泊まりに来たときは俺もよく入りにいく。

 高い天井から下げられたシャンデリアが、長い廊下を明るく照らしている。

 左側には装飾の入った白い壁、右側に窓。

 窓の向こうには深い藍色の夜闇が広がってる。

 広い階段をてこてこと、二つばかり階層を上がる。

 このお城には全部で五百四の部屋があって、その全てに浴室がある。

 けど、俺が行くのは大浴場で、それはお城の最上階にある玉座の間の、さらに上。

 つまり厳密には玉座の間は最上階じゃない。けど、普段生活する空間、という意味ではまぎれもなく最上階だ。ややこしいね。

 階段を上がり切って温泉の間につくと、その先の空間は壁で仕切られてる。

 右が男湯で左が女湯の入り口だ。

 実は最終的に二つは一緒になって――つまり混浴なんだけど、さすがに脱衣スペースは別になっている。

 あまり人が来ることはないけど、ちゃんと分けて作ったんだね。

 俺はもちろん女湯の方へ進み、暖簾(のれん)をくぐって中へ。

 飴色に輝く木の床を歩き、大浴場へ近い棚を適当に選ぶ。

 残念ながらここから外は見えないけど、一歩大浴場に入れば大きな窓もあるし、露天風呂は屋根と柱しかないとても開放的な空間になってる。

 ぽいぽいと服を脱いでカゴに放り込み、髪をまとめてからバスタオルを巻きつけ、引き戸を開く。

 「……わおー」

 いつ来てもいい眺めだ。

 戸を開けるとまず眼前に広がるパノラマ。

 大浴場というだけあってここはとても広く、四十×三十メートルの空間に、最小五メートル四方、最大で二十五メートルほどの浴槽がいくつか並んでいる。

 すでに日は落ち切ったので外は全くの闇夜……かと思いきや、巨大な(ブルームーン)がしんと静まり返った世界を照らしていた。

 山も森も湖も、青い光にその姿を浮き上がらせている。

 「素敵」

 尻尾がぱたぱた振られてる。

 うむ、上機嫌。

 しばし景色に見入った後、まずは体を洗うべくシャワーの前へ。

 蛇口をひねって暖かなお湯を出し、体を流したあと石鹸を泡立てる。

 「背中洗うよアーリャ」

 「ありがと……?」

 ――え?

 「ふんふーん」

 背後でわしゃわしゃとタオルを泡立てる音が聞こえ、

 「ひゃ」

 背中に押し当てられる。

 「アーリャ、尻尾ぴーんてしてたら背中洗えないよ。力抜いて」

 ぎぎぎ。

 音がしそうな感じで振り向くと、

 「……」

 全裸のノイがアシャンプーハットをかぶり、当たり前のように座っていた。

 「なんでノイがいるの」

 「なんで、ってここ私のお城だし」

 「いやそうじゃなくて」

 「私もお風呂入りたかったし」

 「いや、だから……」

 「それにせっかくアーリャが入ってるなら一緒に入りたいし」

 「……」

 おかしい。

 さっき俺が脱衣所にいた時は誰もいなかった。それは間違いない。

 廊下を歩いているときも背後には誰もいなかった。

 そしてノイは、俺が部屋を出た時にはまだ、室内にいた。

 つまりノイが俺を追い越すには転移魔法使うか、秘密の通路か何かを通らないと……。

 でも魔法の発動は感じなかった。

 「ねえノイ」

 「なーに?」

 「このお城って秘密の通路あるの?」

 俺が設計に携わっていた段階ではそんなものなかったはずだけど。

 「あるよ?」

 「……」

 あっさりと認めやがった!

 「それ使ってここに来たの?」

 「そだよ?」

 わっしゃわっしゃ。

 俺の背中でタオルを上下させながら、ノイは悪びれることなく言ってのけた。

 「だって普通に追いかけたら追いつかないし、バレるじゃん?」

 「普通に一緒に入ろうって言えばいいんじゃ……?」

 「入ってくれる?」

 「……」

 それは悩むところだ。

 ノイは自分の体形を気に入っているけど、俺の体形も同じように気に入っているらしい。隙あらばシャワータイムを覗こうとするのがいい証拠。

 一緒にお風呂なんか入った日にはナニされるかわからん。

 今までも何度隠し撮りされたりスキンシップと称してすり寄ってきたことか。

 「でしょ?だからこっそりと来て大胆に乱入したの」

 「……」

 くたぁ。

 「うん、尻尾の力抜いててくれると洗いやすいから、そうしてて」

 「……ふぇい」

 尻尾というか、全身の力が抜けた。

 いっても無駄だろーし、ここまで来て追い出すのもアレだし、あーあ。

 今回もノイの押しに負けたか……。

 「アーリャの背中はすべすべでいいねぇ」

 「……そりゃどーも」

 背中から腰、肩や腕とタオルを滑らせ、ノイは俺の体を泡まみれにしていく。

 「尻尾も洗っていい?」

 「どぞ……」

 ケモナーでもないくせになぜか尻尾の洗い方を心得ているノイは、タオルじゃなくちっちゃい手に泡を乗っけると、素手で俺の尻尾を洗い始める。

 「ん……」

 意外に気持ちいい。

 もふもふの尻尾はもみ洗いが基本なんだけど、力加減とか洗う方向とか、すごく上手だ。

 もぎゅ……もぎゅ……。

 うぅ、腰がむずむずする。

 なんだろう、妙に手つきが妖しい気がするんだけど……。

 こっそり振り返って見てみるけど、ノイの顔はいたってまじめだった。

 ……顔は。

 こっそり心を覗くと――

 (アーリャの尻尾……もふもふ……ふわふわ……これ抱っこして寝たいなぁ……)

 「……」

 (ベッドで尻尾抱っこしたらさ……アーリャが振り向いてさ……『尻尾じゃなくて私が抱っこしてあげる』とか言ってさ……『今夜は寝かさないよ』って!きゃあきゃあ!)

 「………………」

 ノイの顔はやっぱりまじめだ。口元が引きつってもいないし、目が三日月形になってもいない。

 だっていうのに、裏でこんなこと考えてるのか。

 見事に表情筋と思考回路を切り離してる。

 どうしてくれようこの幼女。

 逆に俺の心を読まれないよう精神防壁を張って、あれこれとスプラッターなことを考える。

 「むうぅ……」

 と。

 むにゅ。

 「にゅ?」

 こ、この感覚は。

 下を見下ろすと、いつの間にか尻尾を洗い終えたノイが、今度は背後から俺の体の前を洗おうと手を伸ばしていた。

 体格差があるので後ろから抱きつくような格好になっていて、タオルを握ったちっちゃい手が俺の胸のふくらみに当たってて。

 ごしごし。

 「ん、あ……」

 むにゅむにゅ。

 タオルがおなかからだんだん上に上がってきて、ふくらみへ。

 むにっ。

 「ぅん……」

 もにっ。

 「んぁ……」

 むにゅにゅ。

 「ふあっ……」

 胸元を揉まれるように洗われて、俺の口から意図せず暖色の息が――。

 じゃなくて!!

 待て待て待て!

 「ストップノイ。それ以上はダメ」

 「え、なんで?」

 「このお話し十八禁じゃないから」

 「は?なんの話?」

 いかん、メタった。

 「なんでもない。とにかくダメ!」

 「お話しっていうなら、お風呂回でちょっとくらい百合ったお色気シーンがないとテコ入れにならないよ?」

 「お風呂回じゃないし、百合ったお色気シーンはいらないし、テコ入れでもなーい!」

 ノイまでメタ発言するなし!

 むにむに。

 「はあぅっ……って、いつまでやっとるか」

 ごんっ!

 「あいたっ!」

 裏拳でげんこつをかます。

 いつもみたいに爆破してやる――

 「ごめんごめん。悪かったよ」

 ――と思ったけど、こうすぐに謝られると調子狂うな。

 ちっ、覚えておれ。

 「……それじゃここまで!ノイ、ありがと!」

 ぐい。

 あー、とかうー、とか唸るノイからタオルを取り上げ、手早く体を洗い終える。

 危ない危ない。

 危うく『見せられないよ!』になるところだった。

 獣の(肉食)少女とつるぺた幼女。いろいろとやばい展開になっちゃう。

 大体お話というなら今回はロボのお話のはずだ。

 咆えるエンジン唸る鉄拳がメインなんだ。

 お色気シーンが絡む要素なんてないはず。

 ……じゃなくて。

 「ん、ごほん!ノイは体洗わないの?」

 「あー、はい。洗うよ、洗います……」

 俺の隣に座ってわしわしとまな板みたいな体を洗い、ざばーっとお湯をかぶる。

 尻尾や耳がないし、体も小さい。

 ノイはあっという間に体を洗い終えた。

 「アーリャ、頼んでいい?」

 「はいはい」

 まったく、人間だったころは自分でやってたんだろうに。

 「ほら、ここ座る」

 「うにゅ」

 しょぼくれたノイを椅子に座らせ、ノイの頭にお湯をぶっかける。

 「ぶふぇっ」

 普段はアウロラが洗っているらしいけど、今夜は来ないのかな。

 シャンプーを泡立て、銀髪を洗う。

 アウロラが普段きちんと手入れしてるからかな、前に頭洗ってあげた時より髪が柔らかい。

 「かゆいところは」

 「ないです」

 「結構」

 「へぶっ」

 もっかいお湯をぶっかけて、終わり!

 「それじゃ入ろう」

 「おー!」

 シャンプーハットを外したノイが俺の後についてくる。

 まずは室内のお風呂からだ。

 ちゃぽん。

 「あつっ」

 なみなみと張られたお湯に足を突っ込み、濡れた尻尾がぶわりとふくらむ。

 だんだんと体を沈めていき、

 「うふ~ぃ」

 肩まで浸かる。

 ノイは同じように体を沈めた後、平泳ぎを始めた。

 「……」

 透明なお湯の向こうにノイの裸体や危ないところが見えそうになり、俺は急いで目をそらす。

 「ノイ、お行儀悪いよ」

 「いいじゃん。私のお城のお風呂だし、誰もいないし」

 すいーっ、と二十五メートルのお風呂を泳ぎだす。

 「やれやれ」

 頭を巡らすと、大きな窓の向こうに数十メートルの高さから空が見渡せた。

 しんと静まり返り、湯船からお湯が流れ落ちる音と時折ノイが立てるちゃぽんという音だけが聞こえてくる。

 「はー……」

 気持ちいい。

 魔王になってから筋肉痛や肩こりってのとはとんと(・・・)縁がないけど、やっぱり一日の終わりにお湯につかると疲れが抜けていく気がする。

 肩やふくらはぎをそっと揉みながら景色を堪能する。

 湯気でかすむ窓の向こうに大きな月が見えた。

 「ノイ」

 「ん~?」

 しばらくマッサージしたあと、十メートルくらいのところまで泳いだノイに声をかける。

 「私露天風呂行ってくる」

 「ほーい。どぞー」

 ざばりと湯船を出て、露天風呂へ。

 外へ一歩踏み出すと、冷たい夜風が吹き付けてきた。

 火照った体に気持ちいい。

 それこそ――ノイ以外誰も見ていないから、生まれたままの姿で夜空に向かって両手を広げる。

 巨大な(ブルームーン)が俺を見下ろしていた。

 明るすぎて星々が見えないほどの月光。

 俺は目を閉じて、注がれる蒼い光を全身で受け止めた。

 

 

 私は、ゆっくりと湯船の淵に泳ぎ着き、大きな窓の外見る。

 そこでは私の親友が、裸のまま両手を広げて蒼い光をいっぱい浴びていた。

 縛られた金色の髪が光を弾き、獣耳が気持ちよさそうにぴこぴこ動いている。

 まだ濡れたままの尻尾はだらんとしてるけど、乾けば素晴らしくもふもふになるのを知っていた。

 「アーリヤヴナ……」

 略称ではなく、登録されている正式な名を、桜色の唇に上らせる。

 ……どうも今夜の私は変だ。

 昼間一時とはいえ、昔の――人間だったころの話が出たせいだろうか。

 妙に物悲しく、背中がスース――するような感じがぬぐえない。

 こんな夜は前みたいに、アーリャに抱きしめてほしかった。

 別に変な意味じゃない。ただぎゅっと抱きしめて、大丈夫だと言ってほしい。

 それだけだ。

 「はぁ……」

 思えば、魔王になりたての頃もこんな気持ちだった。

 少し――記憶の引き出しを開け、過去のことを思い出す。

 

 私はアーリャと同じく人間社会にとことん嫌気がさしていて、それから逃げるように――いや、まさに逃げるために二次元に入り浸ったクチだ。

 両親とも二次元には異常なまでの嫌悪感を持つ人間で、アニメはおろか漫画さえ許されなかった。

 学校のチラシに書いてあるイラストに文句をつけ、新聞に漫画を載せるなんてどういうことだとケチをつける人間など、うちの両親くらいのものではなかろうか。

 惑うことなきモンスターペアレントで――ろくでなしだったのだ。

 物理的にグッズを買い集めると烈火のごとく怒られるので、流行りのアニメや漫画のグッズなど、持っていないのはクラスでも私だけだった。

 仕方なく学校で読ませてもらったり、書店で立ち読みを続け、こんなに自由な世界があるのかとあこがれる毎日だった。

 ろくに仕事もしていないのに朝遅くまで寝ていた母親のために朝食を用意し、自分は投げ渡されるお金でパンを買った。

 昼は何とか弁当を用意したが、夜は食べられないことが多かった。

 父は帰りが遅かったし、母は理由もなく留守にしていることが多かった。

 だというのに私には朝と昼の食事を作る権利しか与えられなかったからだ。

 母が居れば食事はあるが、理不尽な――父親が会社で怒られただの、母親が町内でその大声を注意されただの――理由で怒られる。

 唯一の救いは学校の友人――人間だったころのアーリャだ――との会話だった。

 うろ覚えの私の知識を笑うことなく、自分の持っていた漫画やラノベを貸してくれた当時のアーリャには、いくら感謝してもしきれない。

 無表情であまりしゃべらないけど、とても優しい少年だった。

 ほかのクラスメイトが私の容姿(遺伝のせいか、当時かなり太っていた)を笑いものにしていたけど、アーリャだけは笑わなかった。

 気にするな、と言ってくれた。

 『彼』――あえて彼と呼ぼう――のおかげで、私はあのクラスメイトや両親のもとで生きてこられたのだとさえ思う。

 やっと自由になったのは大学生になってからだった。

 『彼』が他県の大学を受けると聞いた私は一も二もなくついていくことを決め、親元を飛び出して受験し、合格。この時が人生で一番勉強した時だった。

 大学生活は楽しかった。

 今までできなかったアルバイトでお金を貯め、少ない中からねん出したお小遣いでいろんなグッズを買い集めた。

 二次元の知識は格段に増えた。

 同人活動にも手を出し、サークルにも入った。

 『彼』とは今まで以上に付き合うようになり、周囲にはホモ逹とまで言われたけど、私たちは一向に気にしなかった。

 そういうバカみたいな、程度の低い間柄なんかじゃなかったのだ。

 

 私はざぶんとお湯に潜り、ぎゅうと目を閉じる。

 思い出したくもない(引き出しを閉じたい)のに、人間だったころの記憶は勝手に再生される。

 いい加減、本当に忘れたいのに。

 二分、三分と経つけど、記憶の垂れ流しは止まらなかった。

 

 けど――その楽しい生活も長く続かなかった。

 『彼』とも別れてしまった。

 就職だ。

 普通に就職活動をして普通の会社にはいった私だったけど、そこはいわゆるブラック企業だった。

 事前によく調べたつもりだったが、巧妙に隠された本質に気づけなかったのだ。

 会社とマンションを往復する生活の中で、次第に病んでいく心を自覚していた。

 あの会社には新人を育てようという気はなく、やるか、潰されるかの二択だった。

 時を同じくして世の中にはびこる人間社会の闇を知り、どうしようもないのに抱え込んでしまってさらに心の病は悪化した。

 『彼』も心配して何度も電話やメールをくれて、私のマンションにまで来てくれたけど、私はその全てを無視してしまった。誰ともしゃべりたくなかったのだ。

 あれほど信頼していた『彼』には本当にひどいことをしてしまったと今でも思う。

 極めつけは――またしても両親だった。

 どうやってか、知らせていなかったはずの私のマンションを突き止め、押しかけてきた。

 当時の私の部屋には大学生活で買いそろえた二次元グッズが山をなしていて、それを見た両親は当然――大爆発した。

 その時とそのあとのことは、あまり覚えていない。

 確か警察が介入する大騒ぎになったはずだけど、記憶はかすみがかったようになっている。

 きっと思い出したくもないってことなんだろうし、頼まれたって思い出したくない。

 

 「ぷはっ」

 十分もお湯に潜っていた私はいい加減暑くなって顔を出した。

 魔王は水中でずっと息をしなくても苦しくないけど、四十度くらいのお湯にずっと潜っていれば多少暑くもなる。

 「……」

 外を見ると、アーリャの姿は見えない。きっと露天風呂に浸かったんだろう。

 

 あの両親との大激突後、フラフラと夜の街をさまよっていた私は、ふと体の感覚が変わっていることに気が付いた。

 視点が下がっていて視界には道行く人の足しか見えず、服はだぶだぶに。

 体重は百キロを超えていたはずなのに、体がかつてないほど軽くなっている。

 短くしていたはずの髪が肩まで来ていて、それは銀色に輝いていた。

 ぼーっとしたまま車道に出てしまい――鋭いクラクションとヘッドライトではっと顔を上げると、猛スピードで迫る鉄の塊が目の前に来ていて。

 無意識に手をあげた瞬間、十トントラックが()()()()()

 トラックは私を飛び越え背後でクラッシュ。

 爆発して、髪をなぶる熱風を受けながら、私は感じ(さとっ)た。理解(さとっ)した。

 『もう自分は人間じゃなくなっている』と。

 『この小さくなった体には、人間とは次元の違うレベルの力がある』と。

 この無数に見える、キラキラした光の粒。

 世界に満ちるこれがチカラだ、と。

 『あは、あはは……!』

 驚いて集まってきた人間たちなど歯牙にもかけず、私は大声で笑った。

 『あっはははははははははははははは!!!!』

 とてもとても久しぶりに、心の底から笑った。

 人間たちの私を見る目なんか、全く気にならなかった。

 彼ら彼女らが遠巻きに見つめる中、私は全力で空に飛びあがった。

 交差点の中心に蜘蛛の巣みたいなひび割れができて地面が陥没するほどの膂力を発揮した私の体は、あっさりと雲の上まで到達。

 遮る物のない雲の上で月の光を浴び、大声で叫びながら――それはまさに私が生まれ変わった瞬間だった。

 それからは自由に暮らした。

 マンションには二度と帰らず、貯金を切り崩してネットカフェに入り浸った。

 外見が幼女だったので何度か警察に通報がいったけど、一度も捕まることなんてなかった。

 服もそろえた。

 アクセサリーも合わせて買った。

 おなかがほとんど減らなくなったので無理にお金を稼ぐ必要が――仕事をする必要がなくなったのは大きかった。

 代わりに欲しいものを買いあさって貯金はすぐなくなったけど、年齢をごまかして少しアングラなレストランでホールスタッフをやって、適当に稼いだ。

 体目当てのヤツもいたけど、凄んで見せたらみんなまとめて気絶した。

 無理やり押さえつけようとしたのもいたけど、私の力は片手でビルを殴ったら崩壊させられるレベル。

 当然大人の五~六人で止められるわけもなく、力を抜いたでこぴん一発で頭蓋骨を陥没させ、十メートル以上吹き飛んだ。

 そんなことを繰り返していたらいつの間にかそういうヤツらはいなくなって、私は裏の世界で恐れられるようになった。

 ある日、長らく見てすらいなかった携帯に五百件以上のメールと三百件以上の着信が来ていたのに気づいて会社に行き、唖然とする社長の前に辞表を叩きつけてやった。

 からかっていると思って罵声を浴びせ、外に出た私に掴みかかってくる連中を掌底の風圧だけで()()()()()ほど吹き飛ばしてやったときは胸がすく思いだった。

 危険な存在として私を捕らえようとする世界各国の軍隊を壊滅させたときは、全能感に浸っていた。

 『もう私を止められるものなんていない。私は自由に生きる』

 そう思った。

 適当に稼いで思いっきり遊ぶ。

 そんな毎日が楽しくて仕方なかった。

 他にも私を同じ存在がいることはなんとなく分かっていた。ニュースでもやっていたし、気配があったからだ。

 あったことはないけど、みな自由に暮らしているのは、拾った新聞や街頭テレビで見て知った。

 『彼』と再会したのは、それからひと月後だった。

 気ままに大海の上空に浮いていたときに、これまでになく強い力の発動を感じて、そっちに飛んで行ったのだ。

 眼下に破壊されつくした軍艦が無数に浮かび、死んだ魚のように浮いている。

 かつて航空機だったものの残骸が海面に突き刺さっているのが見えた。

 いくつもの爆発が起き、いくつもの黒煙が昇り揺蕩(たゆた)う空の上で、私たちは再開した。

 姿はお互い変わっていたけど、不思議とすぐに、目の前にいるのが誰なのかが分かった。

 嬉しいことに、『彼』のほうもそうだった。

 獣耳と尻尾をはやした少女が振り向き、長い金髪の下で光るオッドアイが私を一瞥する。

 『あれ、もしかして……――?』

 私の名前が呼ばれた。

 声色は女の子――『彼』のお気に入りだった声優さんのそれに似ていた――だったけど、口調は変わっていなかった。

 私は涙が出そうだった。

 『……そうだよ。キミも、ひょっとして――かい?』

 『ん』

 昔から口数は少なかったけど、やっぱりそれも変わっていなかった。

 間違いなく、その少女は『彼』だった。

 『()()()()、だね。()()()

 『っ!!』

 『彼』の言葉には、万感の思いが込められていて、私はもう限界だった。。

 『彼』の胸に飛び込み、最後に会った時にはなかった柔らかな胸のふくらみに顔をうずめ、思い切り泣いてしまった。

 『彼』は驚いたけど、それでもそっと私を抱きしめて頭を撫でてくれた。

 『大丈夫』といってくれた。

 『彼』にまた会えたこと、同じ力を持つ存在になっていて、変わらず対等な関係であったことがうれしくて、私は笑いながら泣いていた。

 『彼』は私を島に連れていき、そこを自分たちと同じ存在が暮らす島だといった。

 私は即座に島で暮らすことを決め、お城ができるまでの期間を『彼』が暮らす宿屋で過ごすことにした。

 数年ぶりに会っても『彼』は優しかった。

 夜、人間だったころの記憶のせいでうなされていると、『彼』は私を無言で抱きしめてくれた。

 男同士だったころの感覚が残っていたから最初はものすごく違和感があったけど――『彼』もそうだった――、だんだんとそれが心地よくなって安心するようになった。

 優しく髪を撫でながら『大丈夫』といってもらえると、本当に大丈夫な気がした。

 私がうなされなくなると自然とそういうこともなくなったけど、時々『彼』の心の温もりが恋しくなってしまう。

 ――今夜みたいに。

 さっきみたいな悪ふざけも、悪いと知りつつやってしまう。

 ――構ってほしくて。

 我ながら本当、子供っぽい。

 実年齢は二十八歳を超えて――つまりアラサーだ!――いるのに、この幼くなった体につられて精神年齢まで低くなってしまったみたいだ。

 

 「はあ……」

 回想から帰ってきてため息を一つ。

 ぺたぺたと、背後から足音が聞こえた。

 「ノイ」

 私の名前が呼ばれる。

 「いい月夜だよ。一緒に見よう?」

 振りかえると、私の目の前に手が差し伸べられていた。

 ずっと前から、私が沈まないように引っ張り上げてくれていた手だ。

 もうあの時みたいにごつごつしてなくて、華奢で細い指。

 「うん」

 その手を、私はとる。

 あの時みたいに。

 性別は変わってもあの時みたいに、無表情な中にどこか優しさをにじませて、『彼』が私を見下ろす。

 「うん、アーリャ」

 ざばり、と私はお湯から出た。

 「あまり長湯するとのぼせるよ」

 「……うん」

 いつもよりずっと口数の少ない私を見て『彼』――いや、アーリャが不思議そうな顔をした。

 「……どしたの?」

 「……なんでもないよ!ほら行こう!」

 仮面のように笑みを浮かべるけど、たぶん無理してるのがバレているだろうな。

 「?」

 アーリャは露天風呂につくまで不思議そうに尻尾を振っていた。

 外の風はひんやりとしていて心地よかった。

 火照った体と頭がすっと冷えていく。

 ちゃぷ……。

 アーリャは先に露天風呂に入ると、

 「おいで」

 と私を手招きした。

 言われるままに隣に半身を沈める。

 そのまま会話もなくぼーっと夜空を眺めていると、

 「……よっ」

 「え、え?」

 不意に体が持ち上げられた。

 「ちょ、ちょっと、アーリャ!?な、何!?」

 脇の下からアーリャの手が差し入れられて、私のおなかあたりを掴んでいる。

 「……」

 無言で抱きかかえられ、アーリャの腕の中に収められてしまった。

 「わ、わ、わ……」

 背中に柔らかな胸やツンと固い感触を感じて、慌てて身を起こそうとするも、ぐいと引っ張られて抵抗むなしく背後から抱きすくめられた。

 お尻の下にむにっとした太ももがあり、背中にはアーリャの大きな胸。

 

 ――ひええぇぇ、当たってる!なんかいろいろ、当たってるってば……!

 

 普段いたずらで触りに行こうとして、即座に爆破されたり無限牢獄に閉じ込められたりしているのに、今に限ってアーリャは自分から私を抱きしめている。

 何が何だかわからない。

 わ、わ、頭撫でられた!

 「だいじょぶ、だいじょぶだよノイ」

 「だから、何が……」

 「ここには私たち魔王しかいない。だから、だいじょぶ」

 「……」

 相変わらず言葉が少ない。けど――。

 『ここにはお前をバカにする奴なんていない。いじめる奴もいない。だから心配なんかいらない。いいか、過去なんて気にするな』

 心を読まなくたって分かる。

 アーリャはそう言ってくれている。

 私の体からこわばりが取れた。

 代わりにこの矮躯を満たすのは、温もり。

 一番つらい時に背中を預けられる、涙が出るほどの安心感が体中に満たされる。

 「……ごめん。ありがとう、アーリャ」

 「ん」

 私の頭を撫でながら、アーリャは小さくうなずいた。

 蒼い光の下でアーリャに抱きしめられながら、私は不意に沸き上がった涙を抑えるように、目を閉じた。

 

 

 「あー、いいお湯だった!」

 「暑い……」

 俺たちがノイの自室に戻ってきたのは、俺がここを出てから二時間以上たってからだった。

 お風呂で、どうもノイの表情がすぐれないのが気になっちゃってしばらく慰めるように抱きしめていたけど、そのせいで俺は少しのぼせ気味。

 俺もノイも真っ赤な顔をしてるけど、うん、表情は随分晴れやかになった気がする。

 昼間俺がおかしなことを言ったせいで昔のことを思い出させてしまったらしく、無理に笑顔を作っているようなノイが気になってたけど――。

 「アウロラ~!ジュースちょうだい!」

 『かしこまりました』

 ……うん、もう大丈夫だ。

 表情の陰りは見えない。

 ごっごっご……と音を立ててオレンジジュースを飲み干し、ノイが振り向く。

 「アーリャも飲む?」

 「ん」

 ノイが注いでくれたオレンジジュースを飲んで一息。

 ふー……。

 『お二人ともこの後はいかがされますか?』

 「ん……」

 アンティーク調の大きな柱時計を見ると、時刻はすでに二十三時に差し掛かろうとしていた。

 明日も作業があるからあまり夜更かしはできない。けど、さすがにお風呂上がりで火照ったまま寝るのはちょっと無理。

 「少し涼んでから、休むよ」

 「私も。アウロラも休んでいいよ」

 『かしこまりました』

 「ポチコマとタマコマにもそう伝えてくれる?」

 『かしこまりました。では本日はこれにて失礼いたします。おやすみなさいませ、ノイ様、アーリャ様』

 「おやすみ~」

 「おやすみ、アウロラ」

 飲み終わったジュースのコップやら何やらを載せたカートを引いてアウロラが下がり、広いノイの部屋は俺たち二人だけになった。

 備え付けのキャビネットから、ノイがワインとウイスキーのボトルを取り出した。

 「飲む?」

 「ありがと」

 グラスは俺が出す。

 「……」

 「……」

 急に静かになった部屋の中で、俺たちが合わせたグラスの音が小さく響いた。

 「お風呂ではごめんねアーリャ」

 ん、どうした急に。

 「ちょっとセンチな気分になっちゃって」

 ワインのグラス片手に、ノイが俺の隣に来る。

 俺はいつも通り、バーボンの入ったロックグラスを揺らしてる。

 「悪ふざけが過ぎちゃったよ」

 「……気にしてないよ、全然」

 悪ふざけって言いながら、お風呂でのノイから悪乗りの気配は全く感じなかった。

 なんていうか、無理してふざけているような、そんな感じさえ受けた。

 むしろ変に過去を連想させた俺のほうが悪かったかな、と思ってたくらい。

 「それならいいんだけど」

 「ん」

 口に含んだ度数の強いバーボンを流し込むと、体の中心がボゥッ、と熱を持つ。

 程よく回る酔いが心地いい。

 「そういえばさ」

 「ん?」

 赤ワインをグラス三分の一程残し、ノイがベッドに座り込んだ。

 キングサイズのベッドはノイには大きすぎて、まるで人形が置いてあるみたいだ。

 「昨日アーリャが帰ったあとにフレイアが来たよ」

 ……フレイア?

 「誰それ」

 どさっ!

 ノイが思いっきりベッドに突っ伏した。

 ワイングラスを浮遊魔法で空中に浮かべて、本人はベッドに顔面ダイブ。

 器用な子ね……。

 「?」

 きょとん。

 「アーリャァァ……。また忘れたの?」

 「はて」

 ぽくぽくぽく……。

 脳内を検索して該当する名前を探し出す。

 「あ」

 ちーん。

 「今回の計画の立案者」

 「ハイ正解。っていうか何で忘れてるかな!」

 「ごめん」

 だって魔王って二千人もいるんだもん。

 話に上がったフレイアこと、ショウ=フレイアミット。

 例の“特区”管理者の魔王で、今回の計画の立案者であるところの、魔王だ。

 ショウというのが彼女が人間だったころの名前からとったものであり、後ろ半分が魔王になってから考えた名前だそーだ。

 本人はフレイアという名前の響きが気に入っていて、そっちで呼ぶよう皆に言って回ってる。

 「で、そのフレイアがどーしたの」

 ジト目を向けてくるノイから視線を外し、バーボンを一口。

 「……ぐ」

 ぐぇ、熱い。量が多すぎた。

 「んーとね。今回のイベント用のストーリーと敵ロボの名前やパイロットが決まったから、知らせに来たんだよ」

 「けふ、ごほん!……ほう」

 ほい、とノイが収納空間から取り出した紙の束を渡してきたので、開いてみる。

 ストーリーは……と。

 「……」

 ふむふむ、なるほど。王道でいいかも。

 子供向けにわかりやすくしながら、スーパーロボットものらしい熱血さも多い。

 ロボのデザインも敵味方共に最終稿で、事前の想定通りの出来栄え。

 つまり、俺たちが作っている味方側のロボはかわいらしさとかっこよさ。

 フレイア側で作っている敵ロボは大きくてごつく、いかにも邪悪の化身て感じ。

 パイロットは……あ、これか。

 「うへ」

 名簿を見てまず最初に、俺の口からはそんな声がもれた。

 「1号機はグレッグ。2号機が……エスター?」

 グレッグはともかく、なんでエスターが悪役側にいるんだろう。

 「あぁ、エスター?グレッグに無理やり引っ張り込まれたんだって」

 最初は売り子の予定だったんだ、とノイがくすくす笑った。

 横に悪役用コスチュームの決定稿もあったので、それを着たエスターを想像してみる。

 「…………」

 どうしてこうなった。

 グレッグは体格がいいし顔も怖いからこの威圧感と怪しさを持つ服を十分に着こなすと思う。

 でもエスターは……なんていうか、似合わん。

 「あの顔でこの服?」

 「そうなるね」

 くすくす。

 ノイはまだ笑ってる。

 「本人は承諾したの?」

 「してないよ。どっちかっていうと、()()()()()

 「あー……」

 グレッグの押しに負けたのか。かわいそーに。

 そんなことを考えながら次のページへ。

 そこには味方用、つまり俺たちが切るコスチュームのデザイン案があった。

 「……」

 見た瞬間言葉を失う俺。

 「――ねぇ、ノイ」

 「うん?」

 「私たちこれ着るの?」

 「そだね」

 「うへぇ…………」

 何かの間違いであると信じて、一度目をそらし、もう一度紙面を見る。

 ……だめだ、変わらない。

 レオタードみたいなスーツを基本にしているから股間部分のV字がすごい。

 SFチックでメカメカしいスカートパーツで足のほとんどが隠れるけど、うーん。

 胸元は上半分肌が露出してるし、背中もがっつり空いてる。

 これ幼稚園児には刺激が強すぎるんじゃ……。

 「って、あー違う違う。アーリャ、それOVA化した時の衣装案。今回はこっち」

 ……OVA?そんなことまで考えてるのか……。

 いやそれより、万が一OVA化したら俺たち、この格好で画面に登場するのか!?

 (嫌すぎる……)

 いろいろ突っ込みたいところはあるけど、まずは今回着る方というデザインを見てみる。

 「……ふむ」

 こっちは割と普通だった。

 全身がグレーの薄い強化被膜スーツで覆われ、肌の露出はない。

 首・胸・手首・股間・ひざ下がアーマーで覆われ、その色は俺が赤、ノイが青、()()()()が黄色。

 あぁ言ってなかったか。

 敵側のロボは二体のメカが変形合体するけど、俺たちのは三体。

 つまりパイロットも三人必要なわけで、それが、俺とノイ。

 最後の一人はなんとあの歩くセクハラ雪男、フランツ=ビッグフットになった。

 俺としてはそれこそエスターあたりが乗ると思ってたんだけど、フレイア曰く『三機目にはデカいパワー系が乗るのがお約束でしょう!?』だそうで。

 異論はない。

 ないけど、なんでよりにもよってフランツなのかってとこには小一時間突っ込み入れたい。

 喫茶店の店先でそんな会話をしているところに、偶然通りがかったフランツがフレイアに見初められたのが原因。

 無理やり引っ張り込まれたフランツは目を白黒させてたけど、話を聞いて俄然ノッてきた。

 そりゃそーだ、『魔王』だもん。

 元から三号機は重装甲重武装で建造が進んでたから、それにフランツが好む格闘パワー系の要素を取り込んで改造するのは簡単だったけど。

 それはさておき、衣装はフランツだけ構造が違う。

 女の子である俺たちと散って、彼は超筋肉の持ち主。

 その筋肉質な体を最大限魅せるように、ベーススーツは半そで短パン型。

 アーマーの位置は俺たちと一緒だけど、より打撃に特化した形状になってる。

 長い髪もひとまとめになっていて、荒々しさとスマートさを絶妙に両立させている。

 肉弾戦もいけそうなパイロットスーツだね。

 フランツは黙ってれば筋肉質なイケメンだからまぁ、ウケは良いだろうか。

 ……黙ってれば、ね。

 「いいと思う。これが決定稿?」

 「うん、そうだね。明日からスーツの製造にも取り掛かるよ」

 「りょーかい」

 それぞれお酒を飲んで一息。

 「そういえばアーリャ」

 「ん?」

 またノイが話しかけてきた。

 「『トリック・オア・トリート』はどう?動き見せてる?」

 あー、その話か。

 「私の世界にはあのドアしか来れなくて、必ず私が名前と人数を確認しないと入れないようにしてるけど。あっちの世界で何か動き見せたなんて話、ない?」

 「ない。不気味なほど沈黙してる」

 ここ最近は本職のいたずらも鳴りを潜め、姿すら見えないから何かを企んでるのは間違いない。

 「ただ、彼女たちの世界も無駄に面倒な多重ロックがかかってて入れなくなってた」

 「うへぇ……」

 ノイがベッドに突っ伏す。

 「まさかイベントに乱入なんてしてこないよねぇ……?」

 「あ、あはは……」

 笑ってごまかしたけど、ノイ、それフラグ。

 「まぁ何が来ても私たちの正義のロボットが何とかするけどね」

 「その意気」

 むん、と鼻息荒くノイがぺったんこの胸を張り、

 「ふ、ふあぁぁぁぁ……」

 大あくびした。

 酔いが回ってきたのかな。すんごい眠そうな顔してる。

 俺もお風呂の火照りはとれて、頭がぽわぽわする。

 そろそろ寝ようかな……。

 柱時計を見たら、時間も結構遅い。

 「ノイ、そろそろ寝よう」

 「んー、そうしよー……」

 パジャマ姿のノイがナイトキャップをかぶり、ベッドにもぐりこんだ。

 俺はワイングラスやウイスキーグラスをひとまとめにしてお盆にのせてからベッドへ。

 ちょっと透けた大人っぽいネグリジェがめくりあがらないように気を付けつつ、ノイの脇に身を横たえる。

 「灯り消すよ」

 「ん」

 ぱちん。

 布団から手だけ出したノイが指を弾くと、シャンデリアに灯っていた『灯り』の魔法が消え、部屋が暗くなる。

 けど完全に真っ暗じゃない。

 天井から床まで届く大きな窓から青白い月あかりが差し込み、部屋の中に蒼い光の道を浮かび上がらせた。

 ――きゅーん……――

 獣耳にかすかにクトゥルーの声が聞こえる。

 「おやすみ、ノイ」

 「おやすみ、アーリャ」

 心地よい酔いとノイの香りに包まれながら、俺は静かに目を閉じた。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ