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アーリャとお城とハンティング-2-

――コンコン。

 「……」

 ――コンコン、コン。

 「……んゃ?」

 控えめなノックの音で目が覚める。

 「……アーリャ、いる?」

 オーナーだ。なんだろ。

 「ちょっと待って」

 立ち上がり、ドアを開くと、ちょっと困り顔のオーナーが戸口に立っていた。

 「どしたの?」

 「実はね、今夜の――お城での正式な歓迎会なのだけど」

 「ん……」

 オーナー曰く、料理人の端くれとしても前統括者としてもエスターの歓迎会で腕を振るいたいらしい。で

 、今お城で行われているだろう準備に参加したいので、俺の許可をもらいに来たのだそーだ。

 「急な話なんだけど……いいかしら?」

 ちょっと考える。

 メイドドール達はオーナーと面識があるし、料理の腕も知ってる。

 三百人いてもてんてこ舞いだろうから手は欲しいはずだし。

 加えてオーナーが厨房に入ってくれれば料理の手際や数も向上するだろうし、ドール達の経験値にもなる。

 ……ふむ、いいんじゃないかな。

 「やっぱり駄目、かしら……?」

 指を弄りながら聞かれ、俺は首を振った。

 「いや、良いと思う。ぜひお願いします」

 ぺこり。

 「あ、あら、そう?よかったわ!一応お城での作業になるし、統括者の許可は取っておかないと、と思って」

 前統括者だし、みんなからの信頼厚いからいいのに。律儀だなぁ。

 「実はいろいろ作ってみたい料理のレシピがあるから、うれしいわ!ありがとう、アーリャ」

 「むぎゅ」

 思いっきり抱きしめられた。

 体格のせいで俺よりボリューミーな胸に頭が埋まる。

 息が出来ない。

 苦しいってばー!

 「アーリャを抱きしめてあげるのも久々ねぇ。やっぱりかわいいわあなた!」

 「もがむぐ」

 じたばた、じたばた。

 むぎゅうぅ~っ!

 「……ふるふぃ(くるしい)

 「あ、あら!ごめんなさいアーリャ!」

 お人形を愛でるかのような感覚で俺を抱きしめ、頭と獣耳を撫で、酸欠のせいでシッポがくたりとなった辺りでようやく、オーナーは俺を開放した。

 窒息するかと思った……。

 「ぜーぜー」

 「ご、ごめんなさいね。つい!」

 つい、で絞め落そうとしないで。魔王の力でなんだから簡単に意識が落ちる。

 え、魔王が酸欠になるのかって?……知らん。

 「そ、それでアーリャ。実はもう一つお願いが……」

 今度はなんだ。

 「……何?」

 「そんなに身構えないで!悪かったから!……ごほん。実はその、今回作ろうと思っている料理はキグルス龍のお肉を使うの。知っての通りキグルス龍のお肉は、アーリャが作る世界に固有の飛龍のでしょう?だから――」

 なるほど。そういうことか。

 「……ハンティングして来いと」

 「ほんっと、ごめんなさい!お願いしますっ」

 ぱん、と手を合わせられた。

 キグルス龍って言うのは、オーナーの言うとおり俺が作った異世界に固有の生物。

 といっても厳密には俺が作ろうと思って生み出した種ではなく、さっきのお肉の飛龍と同じイレギュラーで創造されてしまった種だ。

 自伝にも書いたけど、異世界創造の際には『ヘイロウ』粒子が現世界を模倣し、それに魔王が手を加えることで作られる。

 けど生物を模倣し生成する過程で何らかのバグみたいなものが発生し、こういうイレギュラー種が誕生してしまう。

 キグルス龍もそんなイレギュラー種のひとつで、全長二十メートル、翼長二十五メートルを超える巨大な生物だ。

 大概役に立たないイレギュラー種の中にあって革から肉、骨、血液に至るまで有効活用できる、レア中のレア種。

 オーナーはそのキグルスの肉をご所望らしい。

 「確かに、キグルスのお肉はおいしい」

 「でしょでしょ?骨の出汁は濃厚だし肉質は柔らかいし、変なクセもないし。きっとエスター君も喜ぶと思うのね」

 「……分かった。一頭分でいい?」

 「十分よ。主にエスター君用に作るけど、彼の体格じゃそんなには食べられないでしょうし。あとは来賓の魔王たちに回すわ」

 「あい」

 ま、どうせこの後、夜まで暇だしね。

 お昼寝しててもいいけど、何か刺激があった方が楽しいってものだ。

 「すぐ準備して、行ってくる」

 「お願いねアーリャ!じゃあ私は早速お城に行かせてもらうわね!戸締りはよろしく!」

 「え、あ、うん……」

 いいのか、戸締りをお客にやらせて。

 そんな宿屋聞いたことないぞ。

 

 嬉々として、そして心なしか顔がつやつやとしたオーナーは階下に駆け下りて行ったかと思うとすぐに戸口から出てきた。

 旅行鞄を両手に下げているけど、あれ多分愛用の調理道具だろうな。

 手際が良すぎるから、きっと俺がオッケー出すことを前提に準備してたんだろうね……。

 「じゃ、よろしくー!」

 オーナーは俺に手を振ると、たかたかと城に駆けて行った。

 「……」

 とりあえずメイド長ドールに連絡入れないと。

 「えーっと……」

 カリカリ。

 オーナーが手伝いに行くという旨の簡単な手紙を書き、転移魔法の応用で城の私書箱に転送しておく。

 ん、これでよし。

 そこでふとベッドを振り返ってみると、相変わらずノイは爆睡してる。

 「……んが」

 「……」

 無駄に幸せそうな顔しおってからに。

 んが、じゃないよ。

 あーあ、布団がめちゃくちゃ。

 「ノイ」

 「……むにゃ」

 「ノイってば」

 ぺちぺち。

 シッポの先で顔を叩いてみるが、

 「むゆ」

 おかしな声を上げて丸くなっちゃった。

 「……」

 キグルス龍って確かにレア種だけど、図体に似合わず動きは速いし、『ヘイロウ』粒子の効果を軽減するといういささかチートくさい能力を持ってしまっている。

 こちらが魔王であっても少し面倒な相手。

 だからノイ(これ)連れて行こうと思ったのに。

 ちぇっ。

 「……そうだ」

 いいこと思いついた。エスターを連れて行くのはどうだろう。

 キグルスは飛龍種だ。

 つまり狩るとなれば空戦になる。

 エスター、空戦を見たいって言ってたし、ちょうどいいんじゃないかな。

 初心者にはきつい相手だけど、まあ俺がいるし。

 うん、そうしよう。

 となればノイはほっといて、エスターを探すべきだ。

 

 ――オーナーの頼みで、エスターと一緒にキグルス龍を狩ってきます。夕方には戻ります。お城でね――

 

 一応、ノイに置手紙。

 服装は……このままでいいや。

 着替えるのもめんどいし、意外とこれ、動きやすいし。

 飛んで動くとパンツ見えそうだけど、まあエスターは元女の子だし。

 狩りに必要なものは収納空間に入っているし、『ゴールドレイド』も持ってる。

 主にノイに対する)用意を軽く整え、部屋を出ようとして、俺はふと思いつく。

 置手紙、書き足しておこう。

 

 ――追伸。私のベッドはちゃんと元通りにしておくこと!――

 

 寝相悪いんだから。まったくもう!

 

 

 エスターはすぐに見つかった。

 裏庭に面したテラスに椅子を出し、ぼーっと空を見上げてる。

 愁いの表情が思いのほか似合っていて――。

 「……むぅ」

 絵になるな。じーっ。

 ……じゃなくて。

 不覚にもちょっと見とれてしまった。

 俺は元・男で向こうは元・女。

 まあ外見上は異性だし、元々も異性だけど、ひょっとして俺は男に見とれていたってことになるのか?

 いやいや、そんなバカな。

 「エスター」

 謎の思考をシッポを振って払いのけ、声を掛ける。

 エスターは肘掛についていた頬杖をやめ、振り返った。

 「あ、アーリャさん。何かご用ですか?」

 「ん。この後時間ある?」

 「え?えぇ、まあ、ありますけど……」

 「実は――」

 かくかくしかじか。

 オーナーの要件を伝え、一緒に行かないかと誘う。

 「空戦に興味あるみたいだったし、よければ一緒にどう?」

 「いいですね。ぜひ行ってみたいです。いろいろ勉強にもなりそうですし」

 「ん。おっけー」

 準備、と言っても、エスターはまだあまり物――狩りの道具や武器、服なんかね――を持ってない。

 だから彼の準備はすぐ終わった。

 主に厨房から、おやつになりそうなものを失敬してきただけ。

 俺の指示だけど。

 いや、だって出かけるなら必要じゃん、おやつ。

 「……いいんですか?勝手に持ってきちゃって」

 パンや果物、お菓子の類を自分の収納空間から出したバッグに詰めつつ、エスターが聞いてくる。

 「ん。だいじょぶ」

 オーナーの懐はそんなに狭くないし。

 いざとなったら俺が追加料金払うし。

 「じゃ、行こう」

 「はい!」

 

 そういえば、異世界に行くのも久しぶりだ。

 エスターを呼び寄せ、俺の隣に並ばせる。

 これから描く魔方陣の中に入っていないと、異世界には行けないからね。

 すでに俺が作りだした異世界は、別の次元に存在している。

 最初にその世界を作ったのは俺だけど、いったん定着した世界は自ら二十四時間風呂みたいに魔力を循環させてる。

 だからその機関を外さない限り消えることはない。

 つまり、新たに世界を作り出すのでなければ、ゲートを作り出すだけでいいんだ。

 とりあえずエスターにはいろいろ教えてあげないと。

 「まず。異世界作るのはどうするか、知ってる?」

 いろいろ教えながらと言った手前、俺は今回教師役もしなくちゃならない。

 「えーっと……。実はあまり知りません。主任が小さなものを作るところを一度見ただけでして」

 「ん」

 それでも一度見てるなら、大まかな流れは知ってるかな。

 「世界を作るときは最初にね、『ヘイロウ』にこの世界の基本情報をトレースさせて、記憶させるの。これは時間がかかるし、今回はもう出来上がっている世界に行くからやらないけど」

 「は、はい」

 言いながら俺は指先に魔力を集め、動かし、魔方陣を描く。

 魔法の源たる『ヘイロウ』粒子が活性化され、空間に光の線と文字が生まれた。

 それはすぐに大きくなり、俺達の足元で展開、さらに大きくなる。

 直系は大体二メートルくらい。

 二重の円は右回り、間に挟まれた文字は左回りでゆっくりと回転している。

 中心には魔王の紋章。

 よくよく見れば、文字が少しずつ変わっているのが分かると思う。

 「今、この魔方陣は私の作った世界に行くためのゲートを、開く準備をしてる」

 「異世界を作るというのは大がかりなものかと思いましたけど、聞くとそうでもないのですね……」

 「大変なのは最初だけ」

 つまり、自分のセカイを作る為の魔方陣を組み、そこにこの世界の情報をインストールする作業だ。

 魔方陣が情報を集めて記憶するのには丸ひと月はかかる。

 そりゃそうだ、世界を構成する膨大な情報を模倣するんだから。

 ま、それは一度やっちゃえば、二度目からはゲートを作ってつなげるだけだから、手間はかからない。

 「わ」

 俺の魔方陣が強く光った。

 ゲートを開く準備が整ったってことだ。

 「……そして、呪文を唱えて、魔方陣を再活性化させる。ゲート開く手順としては、これだけ」

 「呪文、ですか」

 「ん」

 俺は統括者だから、詠唱を必要とする魔法の発動には全て、今日の儀式で使った例の呪文が使える。

 けど、統括者でない一般魔王は自分用の詠唱が必要だ。

 かくいう俺も、統括者になる前は自分用の詠唱を使っていたしね。

 「もしこういう儀式的魔法を使いたいなら、エスターも自分用の詠唱を考えないとね」

 「わ、分かりました。考えておきます……」

 「それがいいよ」

 「何かと必要になるし。まあ、呪文の組み方についてはまた今度ね」

 「お願いします、アーリャさん」

 「ん。じゃ、始めるよ。私の腰に掴まってて。……怖かったら目を閉じててもいいけど、手は離さないようにね」

 「は、はいっ」

 きゅっ。

 エスターが恐る恐る、俺の腰に手をまわす。

 

 ところで、今俺は自分が作った異世界に行こうとゲートを開くところだけど、これは統括者としての仕事ではないし、戦いでもない。

 だから無理に統括者用の呪文を使う必要はない。

 そこで俺は、久しぶりに自分用の呪文を使うことにする。

 ちゃんと覚えているか、確認しとかないとね。

 

 統括者用の呪文は全部で四行八節から成る。

 そのすべてを唱えることで『ヘイロウ』は最大限活性化することになる。

 この四行八節というのが、もっとも効率の良い行数と言われているけど、それは日本語以外の場合。

 俺個人用の呪文もそうだけど、日本語で組む場合は何より韻、つまり音の響きやリズム、言葉の繋がりが重要となる。

 具体的にはどんな感じなのかというと――。

 

 異世界を作る為の主用魔方陣が足元に。

 それを補佐する陣を両手に従え、俺は腕を真横に開く。

 

 す、と小さく息を吸い。

 

 『私を照らせ月明かり。私を包め夜の風 』

 『蒼い光と銀の糸で。時は紡がれ糸と成らん』

 

 魔力を内包しエコーのかかった俺の声が呪文を発すると、足元と両手の魔方陣が発光、あたりは紫色の光に包まれた。

 

 『世界は私に語りかけ。私は世界に手を伸ばす』

 『我らを結ぶは時の糸』

 

 『今こそ集え。我が友よ。そうだ。ここが宴の場』

 

 「わぁ、あ……」

 エスターの、驚きに満ちた声。

 紫色の光はますます強くなり、俺たちを全方位から照らす。

 

 『ランプの明かり。パンとスープ。踊れ踊れ。焚き火を囲み』

 『カッシアの香り。シークの音色。響け響け。孤高の雄叫び』

 

 『我が名アーリヤヴナの名の下に』

 『糸よ縒り合い、大樹と成れ』

 

 ひゅおんっ!

 

 俺が呪文を唱え終えた瞬間、視界は暗転。

 ぐっと上に引っ張られる感覚。

 「ひゃあぁ……っ」

 エスターの悲鳴が聞こえ、腰に回された手の力が強くなる。

 だいじょぶだよ、そんなに必死に掴まらなくても。

 感覚は体感で十数えるくらい続き、唐突に消えた。

 

 ぎゅーぃ……ぎゅーぃ……!

 

 不意に聞こえる動物の声に目を開けばそこはもう、俺が作り出し、独立存在として在る異世界だ。

 「転移成功っと」

 「わ、わ……」

 俺が作り出したセカイは、元の世界で言えば中世代に近い。

 背の高い木々が生い茂り、足元にはシダ植物が繁茂してる。

 遠くには巨大な山。気温や湿度は高め。

 空には爬虫類と鳥類を足して二で割ったような動物が飛び、暗い森の中には何か巨大な影が蠢いている。

 「す、すごい……!本当に、別世界です……!」

 俺の腰から手を離し、エスターがあたりを見回す。

 ここは一段と高い岩間の上。

 正面はジャンプ台の如く切り立った崖でかなり遠くまでを見渡すことができ、後には森が迫ってる。

 「広い……」

振り向くと、アメジストの玉と、それがぴったりはまる台座を持った杖が突き立っている。

 これが、この世界を維持するための半永久魔力機関だ。

 内部にはこの空間内にも充満している『ヘイロウ』粒子を取り込み、変質させ、世界の維持に回すための魔方陣が刻み込まれている。

 んー、玉のイメージとしては、お土産物屋さんで売ってる、レーザーでガラス箱の内部に傷をつけて絵を描いたもの、かな。

 青紫のつるりとした球体の中で、刻み込まれた魔方陣が脈打つように光を放ってる。

 杖も含めていかにも魔王の持ち物っぽいけど、ちょっと不気味。

 「実はそう広くはないよ。この魔法球を基準に、半径三百キロ。それが、この世界の全て」

 「いやいやいや、十分広いですって!」

 直径六百キロのそのなかに、地球の縮図が詰まってるという訳だ。この世界の果てまで行くと、そこは真反対側の縁になる。円環、つまりここはどこまで行っても同じ世界の中だ。

 「さ、エスター、こっち」

 「あ、はい……」

 ぼんやりとした顔のエスターの手を引き、崖の淵からスロープ状に削った道を降りていく。

 ここ、以前にキグルス龍を狩ったときに使ったベースキャンプの上部分なんだ。

 「ふえぇぇぇ……」

 エスター、気の抜けた声を漏らしながらあたりを見回してる。

 手を握られていることもわかってるかどうか。

 あとでパニクるんだろうなぁ。

 「よ、っと」

 「わっ」

 スロープを降り切った俺たちの目の間に、洞窟が口を開けている。

 そ、ここがベースキャンプ。

 え、なんでそんなものいるのかって?

 ふふ、それはあとで。

 「お、驚きの連続ですぅ……」

 洞窟を見回し、ぽかーんを続けるエスター。

 そんな彼を横目に、俺は狩りの準備を始める。

 収納空間にアクセスし、必要なものを取り出して平たい石のテーブルの上に並べていく。

 カチ、カチ、カチャン……。

 「?」

 岩場に響くガラスの音に、エスターが振り向いた。

 「アーリャさん、なんですかそれ」

 指さしているのは、ガラスの小瓶に入った色鮮やかな液体の数々。

 「これはね、いわゆる魔法薬、だよ」

 「魔法薬、ですか……?ポーションとかいう?」

 「そう、それ」

 どっかの魔王がどっかの異世界で採ってきた植物や虫、宝石の類を調合して水を加え煮たりなんだりしてできたもの。

 それが魔法薬(ポーション)だ。効果は新陳代謝を劇的に向上させて傷を治すとか、魔力のオーバードライブ――つまり魔法を使うために必要な体内のヘイロウ粒子を爆発的に増やしたい時とかに飲んで粒子を補給するとか、そういうもの。

 「言ってみれば、ここにあるのは傷薬とファイト一発飲料」

 「は、はぁ……」

 よくわからん俺の説明を、よくわからん顔でエスターが受け止めた。

 「ですが、いったい何を狩るんですか?私ならともかく統括者であるアーリャさんほどの人が、傷薬を用意するほどの相手、なのですか?」

 あーそうか。そういえばキグルス龍の話、まだしてなかったか。

 「これは私用じゃなくてエスター用。キグルスって結構手ごわいから」

 「ぼ、ボクですか?魔王なのにそんなに手ごわいんですか、そのキグルス龍」

 「まあね」

 不安そうに体を抱くエスター。

 「ぼ、ボクがきたのはまずかったんじゃ……」

 「そんなことない。エスターは私が守る。絶対に」

 みんなに紹介もしてない新人魔王に大けがさせるわけにはいかないからね。

 気合を入れてエスターを見つめる。

 「う、あぅ……!」

 一方のエスターは真っ赤になってわたわたした。

 「~~~!!~~!」

 「……どしたの」

 「あ、アーリャさんが真顔でそんなこと言うからです!」

 「ふぇ?」

 訳が分からず首を傾げる。

 変なこと言ったっけ?

 「な、なんでもないです!それより準備ですよね!?」

 「あ、うん……」

 頬が赤いままのエスターが、自分のナップザックをあけて中身を並べ出した。

 カップやポット、食品の類だけど。

 よくわからんが、まあいいや。

 「キグルス龍は朝方と夕方に動く。だからそれまではここで待機ね」

 「わかりました」

 ポケットから時計を一つ取り出して現在時間を確認。

 この世界の標準時間で……うん、かなり余裕がある。

 「ですがアーリャさん?」

 「ん?」

 「お城でのその……ボクの歓迎会というのは何時からなのですか?」

 「向こうの標準時間で十九時くらいからかな」

 「え、ではキグルス龍が活動を始めるのは?」

 「こっちの時間で十六時過ぎ。十七時近いこともある」

 あぁ、何が言いたいのか分かった。

 「そ、それじゃ間に合わないじゃないですか!活動がその時間てことは、今は寝てるか巣にいるのでしょう?今のうちに狩ってしまったほうが……」

 「大丈夫、間に合う」

 「ど、どういうことです?」

 ふふ、と笑って俺は時計をもう一つポケットからだし、二つ(・・)見せた。

 「私、言ったよね。『こっちの』時間に『向こうの』標準時間、って」

 「え、えぇ」

 「簡単に言うとね、私が作ったこの世界の中で流れている時間の速さと、私たちが来た0ポイントの世界の時間の速さは、違うんだよ」

 「は?」

 「そう……この世界での一日は、向こうの一時間に相当する。つまり、こっちで二日やそこら過ごしても、あっちに帰れば二時間しかたってない計算」

 エスターが俺の持つ二つの時計の間で視線をさまよわせる。右手にあるのが0ポイントの時間。左手にあるのはここの時間。前者は十三分。後者が十四。秒を表す表示は、後者が圧倒的に早く、前者はまるで止まっているかのよう。

 「ね」

 「な、なるほど……」

 「作った時にこういう設定にしたんだよ」

 「そ、そんなことまでできるんですか?」

 「魔王だからねー」

 シャッ、と時計を収納空間に送り、空になった両手を振る。

 「この世界は全てを私が作ったもの。草も気も岩も、空気も水も、ありとあらゆる有機物・無機物も。誕生した時からこの風景だったんだよ」

 「そんな概念が、確か現実世界にもありましたね」

 「『世界五分前説』。哲学の思考実験だね」

 提唱者は『バートランド・ラッセル』。

 細かい内容は省くけど、つまり『世界が五分前にそっくりそのままの形で、そこに存在するあらゆる存在が過去の記憶や状態を設定された状態で現れた』という理論。

 最終的には『知識とは何だろうか』とい問いにつながっていく命題だね。

 「まさにその通り。この世界は初めて私が作りだした五分前まで存在しなかった世界で、私が作り終えた瞬間にあらゆる情報を持った状態で存在し始めた世界だよ」

 「はあぁ……すごいですね……」

 用意してきた水筒からお茶を注ぎ、エスターに渡す。

 「(こくっ)」

 「いつか自分の世界を作るときのことを考えて、何でも聞いていいよ」

 するとエスター、困った顔で俺を見た。

 「いえ、その……。いろいろあった気がするのですが、何から聞いたらいいのかわからなくて。さしあたってその、キグルス龍というものについて教えていただけませんか」

 「ん」

 そうだね、あれこれ聞いてもパンクしちゃう。

 「キグルス龍は、私がこの世界を作った時に生まれた、バグみたいなものだね」

 「バグ、ですか」

 「そう。基本的に作った世界に存在させたいものは、あらかじめ魔法陣に情報構造体として組み込んでおくの。創造時に魔法陣――というより魔法陣が活性化させた『ヘイロウ』が、それらを形作ることで、あらゆる存在が出現する」

 「ふむふむ……」

 立ち上がり、俺は洞窟の淵ぎりぎりに立って遥か地平線に目を向ける。

 「……でも、その形作る過程で、予想外に余ったり形状が安定しなかった『ヘイロウ』が、何かしらのイレギュラー、つまりバグを生み出してしまうことがある。これは作ろうと思って作ったものじゃないから、イレギュラー種はその存在がかなり面倒なものであることが多いの」

 例えばバカでかい、うるさい、臭い、数が多い、って具合だね。

 「だから自分の世界にバグが見つかった場合、多くの魔王はそれを消去するんだけど、まれに、有効活用ができるものも生まれる」

 「それが……」

 「そ、私の世界でいう、キグルス龍」

 エスターも立ち上がり、俺の隣に来た。

 やっぱり背、低いなぁ。俺の胸くらいの高さだ。

 と、急に甲高い鳥類の雄たけびが響いた。

 「わ」

 「ふふ」

 驚いたエスターが一歩下がった。

 「私が作りたかったのはこういう、ドラゴンやいろんな生き物が徘徊している、自然豊かでファンタジーな世界。ここには街も村もお城もないけど、いずれはそういうのも作っていくつもり」

 ――これはまだ、ベースの状態だからね――

 そういって俺が洞窟の奥に引っ込みお菓子食べてる間も、エスターはあちこちを触ってみたりじっと見つめてみたりと、動き回ってた。

 

 

 そのまま幾分緊張した空気をはらむ二時間が経過し、この世界ではそろそろ夕方。

 今は夏らしく日が沈むのが遅いけど、オレンジ色の光は一日が終わることを俺たちに教えてくれている。

 巨大な飛龍キグルスは夜行性だ。

 夕方と朝方に行動し、空を飛んでエサを探す。

 ん、なんで昼間探さなかったのかって?それはね……。

 「アーリャさん、そろそろ時間ですか?」

 「ん」

 エスターに声をかけられ、俺は閉じていた目を開いた。オッドアイに移るエスターの顔。

 仕方ない、これは後でにしよう。

 広げていたお菓子だの飲み物をナップザックにしまい、備え付けておいた簡易戸棚に放り込む。

 エスターに、持っていかないのですか、と聞かれたので、取りに来る者はいないよと答える。

 一応この場所、外から『ヘイロウ』で偽装してあるしね。

 ただの岩壁に見えるんだ。

 「それに激しい空戦では基本、ああいう荷物は邪魔になる」

 「な、なるほど」

 それじゃ、と俺は洞窟の淵にいるエスターに歩み寄った。

 「まずは私たちが飛ぶところから。準備は、いい?」

 「は、は、はいっ」

 あーあ、カチコチだ。

 「落ち着いて。私がいるから、だいじょぶだよ」

 エスターの手を握り、そっと体を抱いてやる。

 「ぼ、ボク初めてなんですけど……」

 「知ってる。だからちゃんと、教えてあげる。……だいじょぶ、痛くしないから」

 さわさわとエスターの背中をなでる。

 「いえ、そうではなくて。あとくすぐったいですアーリャさん」

 くふふ、このわざとらしい流れ、楽しい。

 もうちょっといじろう。

 「あとその……そんなに抱き寄せられると……あたって……」

 うむ。

 俺の豊かな胸が、エスターとの間で柔らかくつぶれてる。

 「当ててる」

 むにゅうっ。

 「いやいやいやいや」

 くぃ、と人差し指で赤くなったエスターの顎をあげ、目線を合わせる。

 「んふ」

 ここで流し目~。

 「……ああああの、アーリャさん?ととと飛び方を……」

 戸惑い、わたわたするエスター。かわいい。

 たっぷりと無駄に意味深な時間をかけてから、

 「ほい、目を閉じて、深呼吸」

 「へ?」

 おもむろに表情を引き締める。

 「深呼吸」

 「あ、は、はい!~~~……はぁ~……。~~~……はぁ~……」

 素直に、真剣に深呼吸してる。

 なんかかわいい。

 「そのまま、魔法を使うときみたいにイメージしてみて。空に浮かんだ自分。上には夕焼け色の空。水平線は丸く、足元には木々の先端。地面は見えるか見えないか、そんな高さ」

 できるだけリアルに、高さをイメージさせる語句を伝える。

 「周りには何もなくて、体の周りを風が吹いていく。掴まるものも、支えるものもない。足は、ぶらぶらしてるだけ。おなかや股間がスーッとするような感覚があるね?」

 「う、うー……」

 唸るエスター。

 「でもね、落ちるかも、と思っても大丈夫。落ちそう、と思っても大丈夫。今は私が支えている。怖がらずに、下もイメージして」

 統括者になる前、戦闘・戦術系ギルドで空戦教官やってた頃を思い出すなぁ。

 こうやって新人魔王に飛び方教えたっけ。

 一度も空を飛んだことない新人魔王に飛び方を教えるとき、なによりも大事なのは高さに対する恐怖をはっきりと自覚させること。

 恐怖があいまいなままだと、何が怖いのかが分からない。

 それはつまり、どうやって恐怖を取り除けばいいのか、その方法が分からないってことだからだ。

 まずは何が怖いのかを自覚させる。

 そのうえで、『自分は落ちない』という自信を持たせること。

 これが大切。

 「……むぅぅぅぅぅ……っ」

 「眉間にシワよってる。かわいい顔台無し」

 「っアーリャさん!」

 「ふふ」

 あとは適度に緊張をほぐしてやることね。

 ちなみに最初のおふざけも、これの一環。

 断じて面白がってたわけじゃない。断じて。

 大事なことなので二階言っとくからね。

 ……さて、こうしてエスターに目を閉じさせてイメージをさせながら、俺はこっそり自分で飛行魔法を発動している。

 すでに俺たちの体は洞窟の外、空中にある。

 真剣になって目を閉じて、イメージを続けているエスターは気づいてないけど、もう地面は彼の足の下数百メートル。

 そろそろ気づかせるかな?

 ……いや、まだ早いか。

 「どうエスター。足元へのイメージは」

 「……想像するだけで怖いです。けど……」

 「けど?」

 「できそう、な気がします。……なんとなくですけど」

 ほう、驚いた。

 恐怖で動けなくなるのもいたのに。

 「いいね、その感じ。とても、いいよ。できそうって思えるのが大切」

 コツは、と続ける。

 「落ちたくない、じゃなくて、あそこまでいきたい、と思うこと」

 「落ちたくない、じゃなくて、行きたい、ですか」

 目を閉じたまま、エスターが俺のほうを向く。

 「そ。まずは上のほうへ。……目は閉じたままでやってみて」

 「ん……」

 エスターがかすかな吐息を漏らすと同時に、彼の足元で淡い青色の粒子が散るのが見えた。

 魔王にしか見えず干渉もできない、『ヘイロウ』粒子。

 これがエスターの魔力で活性化した時の色か……。

 彼の体から浮遊魔法の発動を感じ取ったので、抱きしめていた体をそっと離す。

 「あ、アーリャさん?」

 「だいじょぶ。落ち着いて。……それじゃ、目を開いて」

 「う、あ……?あ、わ、わ、わ!!」

 「ほーら、落ち着く。落ちないから」

 出てきた洞窟の入り口はすでに指の先くらいの大きさ。

 高さも、最も高い針葉樹の二倍ほど。

 夕暮れのオレンジ色の光の中、俺とエスターは穏やかに空に浮かんでいる。

 俺とエスターをつなぐものは、お互いの手だけ。

 エスターは今、彼自身の浮遊魔法で空に浮いている。

 「い、いつの間にこんなところへ!?……ってそれよりボク、飛んでます!?で、できてます!?」

 「ん。できてる。上出来」

 そっと手を放す。

 「ふわぁぁあ……」

 自分の体を見下ろしてため息ついてる。

 やっぱり、エスターはかなり優秀な初心者さんだ。

 パニックもほとんど起こさず、浮遊を自覚した後も魔法を維持できてる。

 「今はどうイメージしてる?」

 「あの……そうですね……。『ここにいたい』と」

 「ぐっど。正解だよ」

 それが、浮遊を維持するもっとも簡単なイメージだからね。

 「そして足場のない空中で移動するには、さっきもいったように『あそこに行きたい』と思うこと。慣れてくれば無意識にできるからね」

 「は、はいっ!」

 

 ……実は、俺がさっきまでの二時間でエスターに浮遊魔法を教えなかったのにはわけがある。

 エスターは前に、魔王になったばかりで転移魔法を使ったといっていた。

 それはつまり、潜在的に相当なイメージ力を持っているということ。

 道を示してやれば簡単に踏み込んでこれるだろうことを意味している。

 ただ、それを本人が自覚してないみたいだったので、狩りの時間が迫っているという心理的圧迫を与え、そのイメージ力を引き出してみる作戦だったんだけど、ふむ。成功のようだね。

 

 そして、キグルス龍を昼間、活動していないときに狩ろうとしなかったのは、

 「キグルス龍が飛べばすぐわかる。逆に飛ばないと岩と一体化してて狩れない。昼間はね、体力温存のために表面はおろか体内まで岩のような無機物にしちゃうから、仮にその状態で狩ってもただの石をゲットすることになる」

 だから血の通った生体に戻る活動時間に狩らないといけないのだ。

 生体状態なら肉質はもちろん皮・血・骨とすべて有機的。

 普通の(・・・)ドラゴンだ。

 まったく面倒な種だよ。

 いや俺が作ったわけじゃないけど。

 「……ずいぶんおかしな生態の生き物ですね」

 「私がそう作ったわけじゃないけど、そうだね」

 おまけに『ヘイロウ』による攻撃魔法なんかも軽減する能力がある、と言ったらエスターの頬が引きつった。

 「あの、ボクがいたら本当に、足手まといでは?」

 「だいじょぶ。私ならソロでもいけるし。遠くから見てていいよ」

 「は、はぁ……」

 なんにしてもまずはキグルス龍を探さないと。

 「じゃ行こう。エスター、ついてきて。でも無理はしないでね」

 魔力切れで落下なんてことが万一にでもあったら大変。

 「あ、はい。飛んでいても思ったより体が楽なので、問題ないです」

 「ん」

 ということで、俺たちはゆっくり空を移動し、キグルス龍を探し始めた。

 

 けど……。

 

 「いませんね」

 「いないね」

 全長二十mもの巨大な生物がいれば、いくらあたりが暗くなってきてといってもすぐわかる。

 おまけにその体の周囲だけ『ヘイロウ』濃度が下がるから、

 それを探して見つけることもできるんだけど……。

 「もう一時間ほどになりますよ」

 「ん。エスター、魔力や体は大丈夫?」

 「えーと、すこし疲れました……」

 「ん。じゃ少し休憩しよう」

 「すみません」

 ということで、手近な岩山の上に着陸。

 「ほうっ……」

 「ふぅ」

 途端にエスターが大きく息をついた。

 「だいじょぶ?」

 いきなり無理させすぎたかしら。

 「あ、大丈夫です。その、緊張で体が硬くなってまして。……~っ!」

 大きく体を伸ばし、ストレッチしてる。

 「最初はそんなものだよ。……でもエスターは筋がいいから、すぐ慣れる」

 「そうでしょうか」

 「ん」

 実際この一時間彼の様子をずっと見てたけど、最初こそ無駄な力が入っていたけど次第にそれが抜け、自然体になっていくのが魔力の放出加減で分かった。

 高さにも怖がらず、あたりを見回す余裕もあったし。

 「アーリャさんの飛び方も見ながらでしたけど」

 「ふふ」

 そう褒めたら照れくさそうに頬を掻いてる。

 かわいい。

 「ですが、肝心のキグルス龍がいませんね……」

 「出てこない日もあるからね……。生息数がどのくらいかわからないけど、遭遇する確率はあまり高くないの」

 「そうなのですか?」

 「ん。まぁ今日見つからなくても明日の朝も探せばいいよ」

 0ポイントの世界と時間の流れが違うから、そのくらいの余裕はあるし――。

 

 

 手に持った時計がカチリと小さな音を立てる。

 ――この世界の時間で、午後七時になった。

 あれからしばらく休憩して探索を再開したものの、結局この日はキグルス龍を見つけることができず、俺とエスターはベースキャンプの洞窟で野宿することにした。

 0ポイントの世界に戻ってまた来るのもめんどうだからね。

 収納空間からテントとマット、寝袋を出し、手早く組み立てる。

 何度もやってるから手慣れたもの。

 「ボク、キャンプなんて初めてです!」

 はしゃぐエスターがいそいそとテントに潜り込み、渡された自分の寝袋を敷いた。

 「さ、さっそく……」

 と、潜り込もうとするので、

 「待ったエスター。晩御飯とお風呂、まだでしょ」

 「へ?あるんですか、ご飯とお風呂」

 「そりゃもちろん」

 俺を誰だと思ってる。

 「こっち」

 テントから這い出してきたエスターを連れて洞窟の外へ。

 せっかくだから星空の下でご飯にしよう。

 とことこついてきたエスターの前で木切れを集めて組み、Y字型のポールを地面にさして鍋をかけ、魔法で水を作り出して満たす。

 最後にやっぱり魔法で火をつける。

 これでお湯を沸かして……。

 「レトルトだけど、カレーにしよう」

 「お、おー!」

 キャンプの定番カレーライス。

 収納空間からレトルトカレーのパックと、温めるだけのご飯のパック、それにインスタント味噌汁を引っ張り出す。

 食器類と、小さな椅子も忘れずに。

 人間社会で作られた食品やいろんなものも、俺の収納空間には常備されてる。

 便利は便利だからねー。

 パチパチと木がはじける中、お湯はすぐに沸いた。

 魔法で起こした火は温度高いからね。

 「もうちょっと待っててね」

 カレーのパックをお湯に沈める。

 「あ、あの!ボクにもなにかやらせてください、アーリャさん!」

 いかにもわくわくしていますという感じのエスター。

 かわいい。

 「ん、じゃあ……」

 カレーと一緒にご飯もあっためちゃおうと思ったけど。

 「そこにもう一組、同じように木を組んで。……そう、こっちを参考に」

 「こ、こうですか?」

 「もうちょっと間隔開けて。そう、そんな感じ。間にこの木の皮を入れて」

 「これは……何の意味があるんです?」

 「油分が多い木の皮はね、着火剤の代わりになるの」

 「な、なるほど」

 余っていた木切れを渡して簡単なたき火のタネを作らせる。

 お鍋も渡して、

 「水は作れる?」

 「い、いえ。できないです」

 「ん」

 ちょいと指を振って魔法を発動。

 空気中の酸素と水素から水を作り出す。

 「ぉ、おー……!」

 鍋の中になみなみと張られた水を見て驚くエスター。

 「魔王ならこういうこともできるんだよ。……で、魔法で火をつける。これはできる?」

 「あ、はい!それなら主任のところで何度か」

 エスターが自分の杖を収納空間から引っ張り出し、組まれた木をコンと叩くと、

 ぽっ!

 火が付いた。

 「ボク、この杖がないとうまく魔法が発動できなくて。なんというか……拠り所な感じで」

 「そういう魔王もいるね。おかしなことじゃないよ」

 杖だけじゃなく、指輪、箒、宝石類と、自分の体以外で魔法の発動を制御する魔王も多い。

 寝るときにぬいぐるみがあると落ち着く、と同じような感覚で、これがあると魔法を扱いやすい、って感じかな。

 ……ん、俺?俺はなくても大丈夫。

 指輪あたりはまぁ、あるとかっこいいなぁと思うけど。

 今はゴールドレイドもあるしね。

 しいて言うなら指ぱっちんで魔法発動させると気持ちいい。

 ふむ、しかしいいこと聞いたな。これ採用しよう。

 ……え、なんのことかって?ふふ、内緒。

 

 エスターに沸かしてももらったお湯でご飯のパックを温め、ついでにみそ汁も作り、食器に盛る。

 「カレーライス、ですか……。本物を見たのは初めてです……」

 くんくんと香りをかぐ。

 「辛そうです」

 「カレーは辛いものからね。でもだいじょぶ。これ甘口だから」

 「は、はぁ。ありがとうございます」

 たぶんそう言うだろうなと思って、エスターの分は甘口にしといた。

 ちなみに俺のは普通に辛口。

 「じゃ、いただきまーす」

 「い、いただきます!」

 ぱくっ!

 スプーンでカレーをすくい、口へ。

 うん、おいしい。なんともいえないこの合成したような味。癖になるね。

 「どう、エスター」

 「ふ、不思議な味です」

 でも、とカレーを見つめ、

 「おいしいです」

 とにっこり笑った。

 「ふふ、よかった」

 

 いかにもキャンプという食事を堪能し、食器を片付けた後はお風呂へ。

 といっても立派なものじゃなく、たき火の上にドラム缶。

 いわゆる五右衛門風呂。

 「こ、これに入るんですか?!」

 初めて五右衛門風呂を見たエスターが目を白黒させている。

 「そだよ」

 俺、この世界でキャンプするときはいつもこれなんだ。

 大抵一人だし、楽だし。

 「ほとんどさっきのお鍋みたなものじゃないですか!?それに、あの、カーテンとかは……」

 「ない」

 ちなみに場所は洞窟の上。

 ほぼ吹きさらしで眺め良好。

 ……誰が見てるもんでもないし。

 「今は二人です!」

 そう言ったら真っ赤になったエスターに突っ込まれた。

 別に気にしないけどなあ……。

 「むぅ」

 「考え込まないで作ってください、カーテン!」

 「ふぇい」

 なぜかエスターに詰め寄られたので、収納空間からタープを引っ張り出し、ドラム缶を覆うように設置。

 「これでいい?」

 「ま、まぁこれならなんとか……」

 「じゃ、先入る?」

 「いえ、あの、アーリャさんがどうぞ……」

 「気にしなくていいよ?」

 統括者だから目上とかなんとか、そういうの気にしてるのかな。

 「いえ、そうではなくて……。は、入り方が、ですね……」

 「……あぁ」

 ただでさえシャワーとかがメインの国出身だからお風呂につかるなんて知らないだろうし、ましてや五右衛門風呂みたいなワイルドなお風呂は戸惑うか。

 「じゃ一緒に入ろう」

 「は、はいぃ!?!?」

 はいぃ……はいぃ……はいぃ……。

 「おー、見事なやまびこ」

 でも、背後の森で驚いた鳥がバタバタ飛んでったね。

 「ななな、何を言ってるんですかアーリャさん!|私≪・≫は今は男で、アーリャさんは女性じゃないですか!?一緒に入るなんてできませんよ!?」

 「でも入り方知らないでしょ?」

 小首をかしげる。

 「ドラム缶、おおきいからだいじょぶ」

 ぐっ。

 「口で!教えて!ください!」

 「……ふぇい」

 ちぇ、ちょっとやってみたかったんだけどなー、一緒に五右衛門風呂。

 ……あ、断っとくけど、俺別にショタコンじゃないからね。

 タープの裏に回り、ドラム缶に張られたお湯に手を突っ込む。

 うん、いい湯加減。

 服を脱いでカゴに放り込み、髪をまとめ、軽く体を洗ってから、円筒に体を沈める。

 「うふ~ぃ……」

 気持ちいい。お湯加減もちょうどいい。

 足元にはすのこが置いてあって、直接底に足がつかないようになってる。やけど防止だね。

 側面も、実はそこまで熱くない。

 下のほうはそれなりに熱いからあまり触らないほうがいいけど、上のほうなら背中をつけても大丈夫。

 「……きれいな星空……」

 上を向くと、地球ではありえない巨大な青い月があり、無数の星が煌めいている。

 この世界で宇宙まで行ったことないから、そこがどうなってるかは知らないけどね。

 そのうち行ってみようかな。

 「ねー、エスター?」

 タープの外で所在なさげにしてるだろう少年魔王に声をかける。

 「な、なんですかアーリャさん」

 「ほんとに、一緒に入らないの?」

 「入りません!」

 即答された。

 「気持ちいいよ?」

 「アーリャさんの後ではいります!」

 「ちぇっ」

 ぱしゃぱしゃ顔を洗い何とはなしに下を見ると、俺の豊かな胸のふくらみがお湯に浮いて上半分が外に出ていた。

 ……むふふ、いい眺め。

 露出した肩にお湯をかけ、腕をみる。

 ふくらみも腕もほんのり桜いろに染まり、月の光をキラキラはじいてる。

 はたから見るとすんごい色っぽい光景だろうなー。

 「ふぃー……」

 思わず漏れる暖色の吐息。

 あったまるー……。

 ……でもあまり長湯すると火照って寝れなくなる。

 エスターも待ってるしそろそろ上がろう。

 ざばっと音を立ててドラム缶から体を出し、髪もほどき体を拭こうとして。

 「あ」

 「どうしました、アーリャさん?」

 「タオル忘れた」

 「え……。あ、ここにありますよ」

 しまった、タープ張ってたから持ってくるの忘れた。

 「ごめん、ちょっと取って、エスター」

 「あ、はい」

 ざくざくと土を踏む音が近づき、

 「はい、どうぞ……ってぇッ!?!?!?」

 「んむ?」

 ……あれだけ俺と一緒に入るのを拒んでいたエスターが、たぶん本当に何も気にせず、タープの隙間から現れた。

 俺、もちろん裸。

 月明りで輝く、起伏に富んだ裸体を惜しげもなく晒してた。

 たゆんぷるんもふっ。

 幸い胸の先端はご都合主義的に髪で隠れてたし、下半身は咄嗟に尻尾を巻きつけて隠したけど。

 エスターの視線が俺の胸元あたりで止まった気がした次の瞬間、タオルが投げつけられた。

 「べふ」

 視界の隅でエスターが逃げていくのが見えた。

 「な、なんて格好してるんですかー!!」

 「お風呂なんだから、裸」

 「湯船から出る前だと思ったのに――!」

 「ごめん」

 「は、早く何か着てください!」

 「ふぇい」

 エスターが投げつけてきた、もとい、持ってきてくれたタオルで体を拭き、乾燥用の魔法で軽く全身と尻尾を乾かし、身支度を整える。

 「もういいよ」

 「ぜー……!ぜー……!」

 タープの外に出ると、真っ赤な顔で頭を抱えたエスターがいた。

 「あ、アーリャさんはもうちょっと慎みを持ってください……」

 「ふぇい」

 これがグレッグあたりだと覗かれた瞬間全力でぶっ飛ばしてたんだろーけどなぁ。

 エスターだとどうも性の違いが気にならないというか……。

 「えーと。お風呂、どうぞ、エスター」

 「は、はいぃ……」

 フラフラとタープの向こうに消えたエスターだけど、急に顔だけを隙間から出した。

 「?」

 「覗かないでくださいね!」

 「そんな趣味ない」

 「絶対ですよ!」

 「ふぇい」

 ――だから男の娘を覗く趣味なぞないというに。

 ……え、字が違う?気のせいダヨ。

 

 タープの外からあれこれと入り方を教え、なんとか入浴を終えたエスターとテントに引っ込むと、時間はもう九時近かった。

 「朝が早いから、寝よう」

 「はい、アーリャさん」

 それぞれ自分の寝袋に潜り込む。

 「お休み、エスター」

 「おやすみなさい、アーリャさん」

 隣の寝袋からごそごそ音が聞こえ、やがて静かになる。

 どうしたの、眠れないの。

 えぇ、ちょっと。

 じゃあもう少しお話ししよう。

 ……なんて展開があるかと思ったけど、結構疲れていたらしいエスターの寝袋からは、すぐに寝息が聞こえてきた。

 ちょっと振り回しすぎたかな。

 普段この世界に来るときは一人だし、たまにノイがくっついてくるぐらい。

 だから俺も内心楽しくてはしゃいでしまったかもしれない。

 ……反省。

 「おやすみエスター。今日は、ありがとね」

 小声でつぶやき、俺も目を閉じた。

 明日は、キグルス龍見つかるといいな……。

 

 

 翌日。

 日の出の少し前に起床した俺たちはパンとスープ、干し肉の簡単な朝食をとってから、すぐにキグルス龍の捜索に着手。

 捜索範囲を広げて飛んでいると、

 「いた」

 探索魔法に反応。

 見つけた。進行方向右側、二時の方向。距離は約三キロ。

 「え、え!どこですか!?」

 俺の後ろを飛ぶエスターが並んでくる。

 昨日の今日だけど、飛ぶことにかなり慣れてきてる。

 ブレも少なく、速度も一定。

 やるじゃん。

 「あれ。あそこ、見えるかな」

 「えーと……あ、いました、見えました!」

 指をさして教えてあげたら、すぐに見つけたみたい。

 「じゃ行こう。打ち合わせ通りに」

 「はい!」

 いくら飛行魔法に慣れてきたといっても、エスターは初心者。

 いきなりボスクラスのモンスターと戦わせるわけにはいかない。

 だから俺が戦闘を受け持ち、エスターは安全な距離で見ているように、と伝えてある。

 ちなみにエスターは、昨日は私の真横を飛んでいたから気づかなかったみたいだけど、今日は後ろを飛ぶことになって俺がスカートだってことを知ったら、

 『下着が見えちゃいますからどうにかしてください!』

 と真っ赤な顔で抗議してきた。

 なので本日は、昨日のサマーカーディガンにスカートプラス、スパッツを着用。

 ……食い込むー。

 

 

 「先行する。エスターは無理せずにね」

 「はい、アーリャさん!」

 

 きゅ、と目を細め、飛行魔法を強化。

 速度は瞬時に音速を超え、俺の周りから音が消える。

 二千メートルと少しの距離を即座に駆け抜け、

 

 「減速」

 

 キグルス龍との距離が一キロを切ると同時に急減速。獣耳に音が戻る。

 

 「ターゲットインサイト」

 

 オッドアイに捉えたキグルス龍は、目測で全長十八メートル、翼長三十メートル。

 サイズから察するにまだ若い個体。

 青銀色の鱗が鈍い光を放っている。

 体の周囲にキラキラ光る粉のようなものが見えるけど、それがヤツの特性で分解消滅していく『ヘイロウ』粒子のなれの果てだ。

 キグルス龍がこちらに気づき、大口を上げた。

 

 『オオオオオオオオオオンッッ!!』

 

 空気がびりびり震え、それだけで突風が起こるほどの雄たけびが俺を襲う。

 

 「……ふ」

 

 そんなもので俺は動じない。

 むしろ久しぶりの狩りの感覚に血が沸き立ち、知らず知らず笑みが浮かぶ。

 久しく忘れていた、獰猛な高鳴り。

 

 「くふっ」

 

 犬歯をむき出し、笑みを濃くする。

 はたから見るとすんごい怖い、ってノイが評したこともある笑みだ。

 

 「勝負(コンバット・オープン)

 

 両手に光の玉を生み出し、

 

 「ふっ!」

 

 投擲!

 

 自身に向かって放たれた二つのそれを、キグルス龍はぎりぎりで回避した。やるね。

 

 目標を外した光球ははるか遠くの山に命中。

 その中腹を消し飛ばした。

 ……わーお、大規模自然破壊。しーらないっと。

 キグルス龍の咢が開かれ、何かが収束していくような音を俺の獣耳が捉える。

 

 「……こい」

 

 俺がつぶやくと同時に、キグルス龍の口から極高温の火線が放たれる!

 

 まっすぐに俺を狙った火線を、体を回転させて軸をずらしてやり過ごす。

 

 ちょうどこちらへ向かってくる形だったキグルス龍の懐に飛び込み、右こぶしで思い切りぶん殴る。

 

 『ゴハアァァッ!!』

 

 腹部にヒット!

 

 衝撃波が空を震撼させ、粘ついた唾液をまき散らしながらキグルス龍が真反対へぶっ飛んでいく。

 

 「ふぅうっ」

 

 左こぶしを腰に、右こぶしを突き出した姿勢で残心。息をつく。

 最終的に全身を再利用するために、可能な限り物理ダメージは抑えて弱らせ、一撃で急所を突いて仕留めないといけない。

 それはつまり、魔力ダメージー簡単に言えば精神的に疲れさせる、だ――を与えて消耗させるってことだ。

 ……魔力(ヘイロウ)をかく乱するやつ相手に。

 ちとめんどうだけど俺ならできる。

 

 視線の先では、ぶっ飛んでいったキグルス龍が体勢を立て直している。

 ちっ……浅かったか。

 今の一撃は『ヘイロウ』を攻撃に転用したわけじゃなく、純粋に俺の力だけで殴っている。

 あの間合いでは粒子が散らされちゃうからね。

 

 「んむ……」

 

 体勢を立て直し終わり、こちらを睨むキグルス龍の周囲に無数の光。

 オッドアイを細め観察。

 あれは……。

 

 「【|翼散弾(フラップカッター)】」

 

 俺命名の攻撃方法だ。

 ヤツの全身を覆う硬質の鱗は、その最も外側のものが剥離し飛ばせるようになっている。

 鱗は鋭いカッターのようになっていて、厚さ五メートルの鋼鉄をあっさり真っ二つにできる。

 触れれば人間なら瞬時になます(・・・)だ。

 が、俺ならば。

 

 「力比べね。面白い」

 

 両手を魔法発動の規則性にのっとって動かすと、その軌跡をなぞるように長さ二十センチほどの光の矢が生み出されていく。

 

 「【スプレッドランス】。シフト・ファランクス」

 

 登録した攻撃魔法のコマンドを口にする。

 俺の周囲に展開された矢は、最終的に総数一万二千(・・・・)に及んだ。

 さぁ、やろう。

 

 「……」

 『グゥゥ……』

 

 互いに無数の光を従えてにらみ合い、

 

 「ファイア」

 『シャアァッ!!』

 

 キグルス龍の【鋼翼散弾(フラップカッター)】と俺の【スプレッドランス】が両者の中央で激突。

 無数の爆発が起こる。

 連鎖する爆発は待機を震わせ衝撃波をまき散らし、俺の髪が激しく煽られる。

 

 「ふ」

 

 俺自身はといえば、薄い笑みを浮かべたまま微動だにしない。

 そりゃそうだ。

 この程度じゃ魔王は揺らがないもの。

 激突と爆発が続く中、次第に【スプレッドランス】がキグルス龍本体に命中していく。

 数も精度も俺のほうが上だったってことだ。

 一万二千発の光の矢も、みるみる減っていく。

 秒間どのくらい射出してるかなんて俺でもわからん。

 ただ『撃ちまくれ』と念じてるだけだし。

 最もヤツの――キグルス龍の【鋼翼散弾(フラップカッター)】も相当な弾量を持っている。

 一枚の大きな鱗が四枚に分かれ、そこからさらに小型の鱗が四枚。

 それが全身千枚以上。

 力は拮抗しているとは言ったけど、並の魔王なら裁くのは至難の業だろうね。

 人間?勝てると思う方がどーかしてる。

 

 「……粘るなぁ」

 

 ――力比べ開始から一分三十秒が経って、そろそろ飽きてきた。

 

 『オォォォォンッッ!!』

 

 む、ヤツが動き出した。

 一撃一撃のダメージは低いとはいえ、次々ブチ当たる【スプレッドランス】に怒っているみたいだ。

 おーおー、ずいぶん派手に羽ばたいて……ここまで音が聞こえてくるよ。

 動けば当たらないとでも思っているだろうか。

 ふん、無駄な事。

 

 「……」

 

 がっちりと照準した俺の狙いからは逃げられない。

 キグルス龍が上下左右と結構な速さで飛び回るけど、【スプレッドランス】は容赦なくヒットしていく。

 

 『グオォオオオンッッ!!』

 

 苛立ったキグルス龍が『ヘイロウ』粒子の分解能力を発動させた。

 命中直前の【スプレッドランス】が分解され、キラキラとした粒子にされてしまう。

 俺の、狙い通り。

 時を同じくして俺の背後に用意していた【スプレッドランス】の残弾がきれる。

 

 『……』

 

 キグルス龍から、勝利を確信したような感情が伝わってきた。

 回避運動をやめて転身し、俺に突っ込んで来ようとしている。

 

 「ざんねん」

 

 ヤツの動きが一瞬遅くなるその瞬間、

 ぱちんっ!

 指をはじく。

 途端に、空中に太陽が出現した。

 いや、そう錯覚するほどの光球が現れた。

 

 『!!』

 

 キグルス龍の巨体が光に飲み込まれる。

 「まぶしい……」

 のんきに呟いてみる。

 

 キグルス龍を飲み込んだ光球の表面に、さらに光が生まれる。

 キラキラと全体が輝き、光球が中心に向かって一気に収束。

 そして、大爆発!

 激震する大気がその衝撃を物語る。

 防御障壁を展開した俺のそばを、熱風が吹き抜けていく。

 あちち。

 

 「……」

 

 白く濁った光景が収まると、そのあとには爆発と衝撃で完全に意識を刈り取られたキグルス龍が落ちていくのが見えた。

 捕獲魔法を発動してキグルス龍を捕まえる。

 

 「【ボルテックス・アンカー】」

 

 先端に反しのついた雷の槍を作り出し、投擲。

 槍は狙いたがわずキグルス龍の心臓を貫き、雷撃で破壊した。

 

 巨体は一瞬びくりと震え、それでおしまい。

 

 「……」

 

 目を閉じて、奪った命に対し、黙とう。

 

 ――お前の命は、すべて有効に使わせてもらうよ。無駄にはしないからね――。

 

 凄まじい攻撃で意識を失わせてから仕留めたわけだけど、キグルス龍はこのくらいやらないと殺せない。

 実際、外見上大きな外傷はないし。

 とはいえ若い個体だったから攻撃手段も単調だった。

 もうちょっと苦戦すると思ってたからラッキー。

 クエストクリアー。♪テテレテー!

 仕留めたキグルス龍を専用の収納空間へ転送し――これで目的は達したわけだけど。

 「……そういえばエスターは……」

 戦いに夢中ですっかり忘れていた。

 「エスター、どこー?」

 呼びかけると、

 「お、終わったんです……か?」

 なぜだか目を回しながら、エスターが上空から降りてきた。

 「なぜに目がぐるぐる?」

 「最後の、爆発で、吹き飛ばされまして――」

 「……あぁ」

 「それなりに離れているつもりだったんですけど、予想以上でしたー……」

 「ごめん」

 最後に俺が食らわせた攻撃、あれが【相転移(フェイズ)爆破(トランスプロージョン)】。

 【スプレッドランス】をわざと分解させてキグルス龍周囲の粒子濃度を上げさせたのも、作戦。

 そのあとヘイロウ粒子の一粒をそのままエネルギーに変換、粒子の持っていた膨大なエネルギーを開放させた。

 事前にエスターには、あれで仕留めると伝えてあったけど、ここまでとは思わなかったんだろうな。

 「でもよく落ちなかったね」

 えらいえらい、と頭をなでる。

 「ど、どうもー……」

 「なでなで」

 「も、もう大丈夫(らいじょうぶ)でしゅよ、アーニャ(・・・・)さん」

 「呂律まわってない」

 アーニャさんて誰だ。

 「うー……」

 

 

 ――そんなやりとりをしていたせいで、気づくのが遅れた。

 ひりつくような、殺気!

 「っ!エスター、離れて!」

 「ふぇ?」

 どんっ!と彼を突き飛ばす。

 「げふっ」

 本気の俺に突き飛ばされ、少年魔王がせき込んでるけど、構っている余裕がない。

 「っ!!」

 眼下から、今倒した個体より巨大なキグルス龍が、大口を開けてこちらに迫ってくる!

 二頭目!?今まで何してたんだこいつ!

 「ちっ」

 「アーリャさん!?」

 身構えたけど、違う、狙いは俺じゃない!

 「エスター、逃げて!コイツの狙いは、キミだ!」

 おそらく今の戦いを見ていて、戦闘に参加していない、見るからにここ()に不慣れな方を狙っている。

 「え、え!?」

 自分に迫る巨大な怪物。パニくったエスターはおろおろと空中をさまよっているだけだ。

 まずい……っ!

 その脇スレスレを、

 

 『シャギャアアアアッッ!!!』

 

 上昇してきた新手のキグルス龍が掠める。

 ……大きい。

 全長は三十メートルを優に超えている。

 

 「わ、あっ!!」

 「エスター!」

 

 パッと飛び散る赤い液体。

 エスターの腕が、ヤツの翼端で切られたのが見えた。

 

 「痛っ……!」

 

 ド新人のエスターでは、咄嗟の防御も反撃も無理か……っ!

 

 陽光に鱗をぎらつかせながら、新手のキグルス龍が反転。

 縦長の瞳孔が俺たちを捕らえ、きゅっと収縮したのが分かった。

 

 「ひぅっ……!」

 「させないッ!」

 

 エスターは、俺が守ると約束した。

 新人魔王だからってだけじゃない。

 人間だったころの長く苦しい生活から解放されてようやく自由に生きられるようになった彼を、ここで墜とさせてなるものか!

 後ろ手にゴールドレイドを握り、魔力を流して起動。

 同時に彼の正面に対し転移魔法を発動、出現した瞬間に詠唱開始。

 

 『Record is born of my chaos.』

 『Bread is earth,Blood is Hades.』

 

 さっきまでの半分遊びみたいなものじゃなく、本気になった俺の瞳は爛々と輝き、全身から陽炎のごとく魔力が立ち上る。

 

 「あ、アーリャさ……!?」

 「エスター、そこ動かないで」

 

 詠唱二行分の魔力キャパシティを設定して戦闘モードを立ち上げ、魔力を充填。

 

 『【World-Alteration】!!』

 『-Get Set.Mode Buster-』

 

 まるでどこぞの魔法少女モノに出てきそうな合成音声とともに、|統括者専用デバイス(ゴールドレイド)が戦闘モード・銃形態(バスター)で起動する。

 

 『グアァァ……ッ!』

 

 キグルス龍が咢を開いた。

 撃ってくる!

 

 「スパイラルフィールド!」

 『-Roger.Spiral Field-』

 

 術式を命じると同時に、掲げた左手から魔力がほとばしる。

 起動したのは攻防一体型の防御術式だ。

 正面から叩きつけられる超高温火線を、らせん状に展開させた防御フィールドで受け流す。

 

 「っ」

 「わあぁぁっ!」


 背後からエスターの悲鳴。


 「動かないで。私の後ろにいれば大丈夫」

 「で、でもアーリャさんが!」

 「問題ない」

 

 体が大きいだけあって、さっき倒したキグルス龍より威力が大きい。一瞬押し負けそうになった。

 ――とはいえ。

 ……魔王()をなめるな。

 この程度の攻撃でどうにかなるほど、俺は弱くない。

 

 『-Field Exproshion-』

 

 ゴールレイドの自律思考型AIが、状況に応じた判断をとった。

 二重になっているらせん状フィールドのうち、外側のものを皮をめくるように後ろから前に向かって反転、高威力のカウンター攻撃に変化させている。

 

 『-Burst-』

 

 めくれた一枚目が先端で圧縮され、広域爆裂魔法として放出された。

 それはキグルス龍の熱線(ブレス)を弾き飛ばし、衝撃をヤツの顔面にたたきつける。

 

 『グオオォォォォォンッ……!』

 

 まともに衝撃を食らったキグルス龍が怒り、咆える。

 

 「【スプレッドランス】。装填、バーストバレット」

 『-【Spread Lance】with Burst Bulet.Get Set-』

 

 ゴールドレイドの魔法補助も使って追い打ちをかける。

 こいつは一頭目より大型。

 より高威力の攻撃じゃないと倒しきれない。

 俺単独で生み出すよりも遥かに早く、【スプレッドランス】が生成される。

 その数、五千。

 

 「ファイア」

 『-Fire-』

 

 周囲に浮かんだ【スプレッドランス】を一斉に射出。

 光の矢が三十メートルの巨体へ襲い掛かる。

 対するキグルス龍は表面の鱗を剥離させ、自身の周囲に浮かべた。

 ……バリア代わりか。

 一頭目にしろこいつにしろ、キグルス龍というやつは、この世界で自分が圧倒的な戦闘能力と体格を持っていることを知っている。

 つまりこの世界の王なんだ。

 だから基本的に退くという選択肢をとらず、敵――つまり俺だ――と対峙した時は真っ向から戦おうとする。

 それが命取りになるとも知らずに……っ!

 【スプレッドランス】が浮かんだ鱗に接触した。

 突き破ろうとするけど、ヤツの鱗は砕けない。

 表面を削るだけだ。

 

 『グルル……ッ』

 

 キグルス龍が咢から炎を漏らし、爬虫類っぽい瞳を細める。

 

 「……なにを、余裕こいてる?」

 

 これがただの【スプレッドランス】じゃないことを教えてやる。

 

 『-Burst-』

 『!』

 

 ゴールドレイドの無機質な音声と同時に、鱗で止められていた【スプレッドランス】が大爆発を起こした。

 ヤツは、なまじ回避しないで受け止めていた分、より近い位置で衝撃を受けることになる。

 たまらず悲鳴のような叫びをあげるキグルス龍。

 

 ――俺がよく使う攻撃魔法【スプレッドランス】は、その弾頭部分にいろんな副次効果を持つ弾核を搭載できる。

 一頭目に使ったのはごく普通の弾核。

 そして今こいつに使ったのは、より高威力の爆発を起こす、『バーストバレット』。

 この、爆発で体勢を崩すやり方は、対飛龍戦で最も有効な戦術だ。

 けどまだ、ヤツの動きは速い。もう少し弱らせるか……。

 

 「【スプレッドランス】。装填、サンダーバレット」

 『-【Spread Lance】with Thunder Bulet.Get Set-』

 

 「ファイア」

 『-Fire-』

 

 次に撃ったのは強力な電撃を与える弾核。

 しびれさせてやる。

 十万ボルトどころじゃすまないぞ!

 キグルス龍は、今度は警戒して受け止めず回避行動を取っている。

 けどね……!

 

 【スプレッドランス】が自爆(・・)すると同時に、キグルス龍の周囲で稲妻が荒れ狂う。

 

 『ギシャアアァァアアッッ!!』

 

 空気をつんざく雄たけび。

 ヤツの全身から、スパークがほとばしる!

 なまじ金属に似た頑強な鱗を持っているせいで雷撃には弱いんだ、キグルス龍は。

 それに、『サンダーバレット』は範囲攻撃。

 回避するなら一個のランスにつき十メートルは距離取らないと。

 

 「最後に……」

 

 銃形態のゴールドレイドを正面に掲げ、魔法を発動。

 

 「【スクエア・スマッシャー】」

 『-【Square Smasher】-』

 

 俺を中心として上下左右の四隅に、高圧縮された魔力の塊が出現。

 それぞれ周囲の空間から『ヘイロウ』を集め、収束させ、ふくらんでいく。

 これは、いわゆる収束砲。

 発射まで時間はかかるけど、威力は折り紙付きだ。

 その全てが臨界に達した瞬間。

 

 「ファイア」

 『-Fire-』

 

 同時に放たれた光の奔流がキグルス龍を襲う。

 四本の光が回避行動もむなしく巨体を飲み込み、空の彼方へと伸びていく。

 

 「ちょ、あの、ちょっとアーリャさん?やりすぎでは……?」

 

 背後からエスターの、少し怯えたような声。

 

 「問題ない。というかこの程度じゃあいつは墜ちないと思う」

 「え……?」

 

 俺の言葉を裏付けるように、爆炎が晴れた後の空にはヤツが飛んでいた。

 あちこち鱗が吹き飛び血を流し、翼にも穴が開いてボロボロ。

 だけど、まだ飛んでいる。

 

 「そ、そんな……」

 「これが、キグルス龍だよ」

 

 さて、どうするか……。

 

 キグルス龍の弱点は心臓・頭部のほか、角。

 頭部にならぶ六本もの角は、キグルス龍の能力をつかさどる重要な器官。

 これを失うとキグルス龍は戦意を大きく失うんだ。

 頭部には中枢神経があってそれももちろん弱点だけど、胴体中央にも第二の脳があるから、本気で仕留めるならそちらも破壊しないとならない。

 ……よし。やっぱり角から攻めるとしよう。

 

 「エスターは地上に降りていて」

 「え……」

 「コイツの狙いは私に移った。私を倒さないとエスターを襲えないと分かったから。だからもう離れても大丈夫」

 「は、はい……。あの、お気をつけて、アーリャさん!」

 「ん」

 

 エスターが素直に降下していく。

 キグルス龍はちらりとエスターを見たが、すぐに視線を俺に戻した。

 やっぱりね。

 少年の姿が木々の中に消えた。

 よし、これで俺は自由に動ける。

 

 「モードチェンジ」

 『-Mode Change.Sword-』

 

 ゴールドレイドが変形し、魔力を高密度に圧縮したブレードを展開させる。

 

 「……」

 

 行くぞっ!

 度重なる高威力砲撃で消耗しているキグルス龍に瞬時に接敵。

 ゴールレイドを振り上げる!

 

 『-Alart-』

 

 全方位からヤツの【鋼翼散弾(フラップカッター)】が襲い掛かり、ゴールドレイドが警告を発する。

 一頭目より早く、体が大きい分数も多い。

 これはさすがの俺も一時後退を余儀なくされる。

 ――けど。

 

 「ふん」

 

 曲芸飛行のごとく体をねじり加速と減速を繰り返し、俺はその全てを回避する。

 あまいね。

 対魔王なら軽くこの千倍の攻撃が、それも追尾型の砲撃が飛んでくるから。

 

 「ふっ!」

 

 ゴールドレイドを振るい、直撃コースにある【鋼翼散弾(フラップカッター)】を切り落とす!

 鱗が有していたエネルギーが暴走し、爆発!

 背後で爆炎が上がり、俺の姿を照らし出す。

 俺は爆発の衝撃を推進力に変え、一瞬で頭部に近づく。

 すれ違いざまに――

 

 ヒュンッ……。

 

 風切り音すらほとんどなく振るわれた刃は、ダイヤモンドの十倍以上は固いキグルス龍の角を、真っ二つに切り飛ばす。

 

 「まず一本」

 

 角も使えるから、ゲットしとこう。

 捕獲魔法で切り飛ばした角を捕らえ、専用の収納空間へ。

 

 『ガオォォォンッッ!!』

 

 怒り狂うキグルス龍。

 むぅ、まだ元気だコイツ。

 

 「【ボルテックスバインド】!」

 『Roger.Vortex-Bind』

 

 雷をそのままヒモにしたような捕縛魔法が、キグルス龍をからめとる。

 その翼、足、首を縛られ、ヤツの動きが止まる。

 

 『グォオッ……』

 

 外そうともがいてるけど、ふん、いくらお前でもそう易々と外せる代物じゃないよそれは。

 スパークが弾け、キグルス龍が悲鳴を上げ暴れまわる。

 

 むぅ、これじゃ狙いが定まらないな……。

 仕方ない、ちょっと仕込みを。

 

 「んむ……?」


 そうこうしている間に、ヘイロウ粒子を分解する力を持った巨体がめちゃくちゃに暴れまわってバインドが引きちぎられた。

 えぇい、化け物め!

 

 『オオオォォォンッ!』

 

 拘束から逃れたキグルス龍が俺を睨みつけ、特大の火線をブッ放してきた。

 おーおー、すごい殺気。

 慌てずに回避し、虚空を蹴りつけるイメージで接敵!

 

 「ふっ!」

 

 刃を煌めかすゴールドレイドで二本目の角を切り飛ばし、ゲット。

 

 「っと!」

 

 真横からヤツのしっぽが重い音を立てて飛んできた。

 先端には毒を持つ棘が乱立しているから、十分距離を置いて回避行動をとる。

 服破かれたらヤだもんね。

 角二本を失ってもヤツの戦意はまだ衰えない。

 

 「っ」

 

 ふと、キグルス龍が下を向き、火炎を放とうとする。

 だめだ、その先にはエスターが隠れているはず……!

 

 「お前……っ!」

 

 急いでヤツの口の前に移動して、シールドを展開する。

 火線が放たれ、やむを得ず俺はその場に釘づけにされる。

 

 『Alart』

 

 「む?」

 

 ゴールドレイドが警告を発したのであたりを確認すると、釘付けになった俺の両サイドから特大の【鋼翼散弾(フラップカッター)】が迫ってくる!

 俺を動けなくしておいて確実に仕留めるつもりか。

 

 「ふぅん、やるね」

 

 けど俺の仕込みも終わっている。

 

 【フラップカッター】が命中する直前、

 

 『-Shoot-』

 

 直情から降り注いだ光の柱がそいつを飲み込み、消し飛ばした。

 光柱はそのまま向きを変え、火線を吐き出し続けるキグルス龍の頭部を直撃。

 ド派手に爆発を起こす。

 

 「【アラストル・ブレイカー】……」

 

 威力は絞っているけど、実はこれ、俺が持つ砲撃魔法の中でもかなり上位に入る破壊力を有する。

 指定座標にセットした時限式の砲撃魔法で、チャージも早いから結構使い勝手がいいんだ。

 そして、自分の攻撃と俺の砲撃の爆発でクラクラきているキグルス龍の頭部に、回転する光刃が迫る!

 

 「……からの、【ロール・セイバー】」

 

 光刃が三本目の角を切り飛ばした!

 やりぃー、これもゲット。

 

 『グォオォォ……』

 

 三本の角を失ったキグルス龍が目に見えてたじろいだ。

 これでコイツの戦意はかなり落とせたはずだけど……。

 ……ってよくみたらこのキグルス龍の鱗、蒼というより銀色だ。

 俺も見たことない。

 ということは……、

 

 「お前、もしかして希少種か」

 

 『グルルッッ!!』

 

 がばっと口を開けて、頭の付近を飛ぶ俺をかみ砕かんとする、希少種。

 

 「……」

 

 それを当たり前のように回避しながら、俺はしばし考える。

 何度も言っている通り、キグルス龍は全身が有効活用できる極めてレアな種。

 その中でもこいつは、鱗の色が違う希少種だ。

 おそらく今を逃すと、次にいつ会えるかわからない。

 肉体も、通常種より遥かに高いレベルで活用できるに違いない。

 ただ、それ故に今ここで殺してしまうのは惜しい。

 もっと数を増やしてもらったほうが、後々おいしい思いができる。

 逃がすか、狩るか。

 一瞬攻撃の手が止まった瞬間、

 

 『オォォォオオオンッ……』

 

 「む」

 

 ヤツが、身をひるがえした。

 どうやら逃げようとしているらしい。

 角を切り飛ばしたことでやっぱり、戦意を失ったみたいだ。

 こちらを振り返り警戒しながら、ヤツが――この世界における空の王者が、退いていく。

 

 「……まあいい」

 

 俺は後を追わず、見逃すことにした。

 やはり希少種は簡単に殺すべきじゃない。

 今回はヤツの角も手に入っているし、戦果は十分。

 

 「……ふう」

 

 息をつき、今度は油断なく周囲を探る。

 二度目はごめんだからね。

 ……うん、大丈夫そう。

 ゴールドレイドの戦闘モードを解除し、時計型に戻す。

 「エスター、もうだいじょぶ。上がっておいで」

 魔力を通して呼びかけると、すぐに白髪の少年魔王が飛んできた。

 「ごめんねエスター。大丈夫?」

 「ボ、ボクなら全然平気です!それよりアーリャさんは……」

 「それこそ平気。この程度の戦いなら朝飯前」

 「そ、それならいいですけど……。って、そうだ!あいつは、あいつはどうしたんです?倒したんですか?!」

 「逃がした。あれ、希少種だったから」

 「希少種?」

 「私でも見たことない、珍しい種。ここで殺すのはもったいない」

 「それを逃がしたって……。じゃまたこの世界で会うかもしれないじゃないですか!」

 「それを待ってる」

 できれば繁殖して数が増えてほしいね。

 資源活用的な意味で。

 そう漏らすと、エスターが何かに気づいたような顔をした。

 「あの、アーリャさん」

 「ん?」

 「キグルス龍って、タマゴ産みます?」

 「飛龍だから産むけど、なんで?」

 「こ、こちらに!」

 ひゅん!

 エスターの腕の傷を治そうと魔法薬(ポーション)を取り出した俺を置いて、少年が急降下してく。

 ……はて、なんだろ。

 彼を追って降下したのは、暗い森の中。

 ちょうどあの希少種が飛び立ったあたりだ。

 この辺で隠れてたんです、とエスター。

 「ここ、ここ見てください、アーリャさん」

 「んん?」

 木の枝やなにやらで作られた、飛龍の巣と思わしき場所。

 エスターが指さすそこを見てみると、

 「……タマゴ」

 鈍く鋼色に光る、巨大な球体が一個、鎮座していた。

 「です!もしかしてさっきの希少種さんのタマゴでは!?」

 「うーん……」

 だとするとここはあいつの巣ということになるけど、それならここから逃げていった理由がわからない。

 希少種特有の色を持つ鱗も落ちてないし、その可能性は低いと思うけど……。

 「そ、そうですか……」

 とは言ったものの、一個だけあるあのタマゴ、色が今まで見てきたキグルス龍のものと違う気がする。

 まさか……ね。

 「持って帰ろう」

 「え?」

 「万が一ということもあるし、ちょっとやりたいこともあるし」

 「あ、は、はい!」

 一抱えもあるタマゴを抱き上げ、収納空間へ。

 ん、これどうするのかって?

 ノイじゃないけど、もし飛龍だったらペットにしたくてねー。

 

 ……さて、と。

 「今度こそ帰ろう、エスター」

 「あ、はい。そう……ですね」

 「……どーかした?」

 なんかもじもじしてる。

 「いえ、あの……終わってしまうとあっという間な気がして。最後はちょっと怖かったですけど、でも他は楽しくて……」

 「……ふふ、それはよかった」

 怖がらせてしまったかもって内心ヒヤヒヤしたけど、どうやら杞憂みたい。

 「私も楽しかったよエスター。ありがとう」

 「はい!ありがとうございました、アーリャさん!」

 にこっ。

 笑顔のエスターを見てたら、自然と俺の顔もほころんでた。

 「あ……」

 「うん?どしたの?」

 「いえ、アーリャさんがはっきり笑ったところ、初めて見た気が……」

 「そう?」

 「はい!でもアーリャさん、笑顔似合うし美人なんですから、普段からもっと笑ってみてください」

 「……」

 ……どうして海外出身者というのはこう、当たり前のように人の容姿や顔を褒められるんだろう。

 「アーリャさん?」

 「なんでも、ない」

 不覚にも頬が熱くなった……!

 えぇい、なんだこりゃ!

 「……」

 無言でエスターの腕を引っ張り、実は大して必要ない傷用魔法薬(ポーション)を乱暴に塗りたくる。

 「いた!痛いですアーリャさん!」

 「我慢」

 「ひえぇぇ!」

 「男の子でしょ」

 「いえ、ちが……くはなくてそうですけど!」

 ガーゼを貼り付け、最後にぺち、と一発叩いて終了!

 

 狩りは終わり、俺とエスターは異世界をあとにした――。

 

 

 木造宿屋の裏手に突如魔法陣が出現し、その中から少女と少年が現れる。

 言うまでもなく、俺とエスターだ。

 俺の作った異世界で一日と少しを過ごし、0ポイントの世界に戻ってくると、そちらでは一時間もたっていない。

 向こうでは早朝なのに、こっちはもうじき夕方、な時間。

 「時差ボケにならないようにね」

 「このくらいなら大丈夫そうです」

 「ん」

 宿の庭に戻ってきた俺たちは、ひとまず宿の二階へ。

 「……相変わらず、ノイは……」

 「じゅ、熟睡してますね……」

 「……むきゅぅ~」

 人のベッドでこうも眠りこけおって。

 なんかイラッとするけどいいや、ほっとこう。

 「それじゃエスター、お城まで行こう。オーナーにキグルス龍届けないとだし」

 「あ、はい。でもノイさんは……」

 「ほっとく」

 「……そうですね」

 ふふ、エスターもノイの扱い、わかってきたかな?

 街道をてくてく歩き、エスターにとっては二度目の、魔王の城訪問。

 『おかえりなさいませ統括者様、旦那様』

 「ただいま」

 「ボク、どうにもこれ、慣れませんよぉ……」

 歓迎会の準備で数が少ないものの、やっぱりずらっと並んだメイドドールさん達が、俺とエスターを出迎える。

 「旦那様なんて呼ばれるとこう、むずむずしますよぅアーリャさん……」

 うるる。

 「泣きそうな顔でこっち見てもねぇ」

 でもかわいい。

 「オーナーは来てる?」

 『はい、前統括者様ですね。すでに厨房のほうにお見えになっております』

 『ご案内します、統括者様』

 「おねがい」

 ぺこり、とお辞儀してメイドドール達が歩き始める。

 

 厨房は城の地下にあるけど、かなり広い空間だ。

 このお城には三百人からのメイドドールがいるけど、それプラス厨房専門のメイドドールも存在する。

 その数約五十人。

 彼女たちが自由に動け、かつ大量の食材を保管し、調理し、保存しておくスペースが必要だからね。

 とても裏方の場所(バックヤード)に行くとは思えないほど広く段差も低い階段を下り、両開きの木のドアを開けると……。

 目に飛び込んでくる、大量のメイド服。

 整然と並んだ縦長の料理台の間を、忙しそうに動き回っている。

 調理器具の音や、騒音にしか聞こえない話し声が獣耳に襲い掛かってきた。

 「わっ……」

 「ふふ」

 『エスター様は初めてご覧になりますか?』

 メイドドール達とのすったもんだの末、呼び方を”エスター”に変えさせた少年魔王が、俺の隣で目を丸くしてる。

 「あ、はい。そうです……」

 『ここがこの城の厨房。皆様のお食事の支度を一手に任されている場所でございます』

 「ふわぁあああ」

 白系ではあるけどやわらかい照明が点々とつく、高い天井。

 一体いくつあるのか、数えるのもめんどうなほどの大きな調理台。

 動線を確保しつつ中身を取り出しやすい場所に配置された保管庫。

 「みんな忙しそうだから、端を歩こうね」

 「あ、はい!」

 『ではどうぞこちらへ。前統括者様のところまでご案内します』

 「よろしくー」

 厨房の隅を抜け、オーナーのところへ。

 ……あ、いたいた。

 一段高いところであれこれ指示飛ばしながら自分も料理してる。

 すごいなぁ……。

 「オーナー!」

 少し大きな声を出さないと聞こえない。

 「あら、アーリャ!いらっしゃい!」

 「キグルス龍、狩ってきた!」

 「まあまあ!ありがとう!こっちに出してちょうだいな!」

 そういって、自分の後ろ、本来は大鍋がずらりと並ぶ場所がぽっかりと空き、血抜き用の溝が彫られた丸い鉄枠が置いてある。

 「……っほいっ!……と」

 仕留めたキグルス龍を収めた収納空間の出口を下向きに出現させ、中身をずり下ろす。

 ドサァッ!!

 二十メートル近い巨体が鉄枠の上に現れる。

 「「「「おー……」」」」

 途端に周囲から聞こえる感嘆の声。

 『こ、これがキグルス龍ですか……』

 『わたくし、初めて見ました……』

 『これを統括者おひとりで仕留められたのですね……』

 『どうしましょう。わたくし、こんなに巨大なもの、さばける自信ありませんわ……』

 わいわい、がやがや。

 手の空いてるメイドドールたちが集まっててんでにしゃべってる。

 ぶんぶん。

 実はちょっと得意気になっている俺のしっぽが、大きく振られる。

 どんなもんだい。

 「アーリャさん、うれしそうですね?」

 「ん」

 エスターにもわかったみたい。

 「はーいはい!あなた達、いつまでも喋ってないで!」

 オーナーがよく通る声でドール達を黙らせる。

 「事前に打ち合わせした通り、解体は私がやります!あなた達は解体した部位を分けて、言われたとおりに調理開始!いいわね!」

 『『『『イェス・マム!』』』』

 息ぴったり。

 とりあえず解体と調理は、俺たちいなくてもいいかな。

 「オーナー!私たち後ろに下がってるから!」

 「あ、はいはいアーリャ!あとはこっちに任せて休んでてちょうだい!ありがとうね!!」

 ぶんぶんと、すでに解体を始めていたオーナーが赤黒い何かを振り回す。

 やめてー!それワタじゃないかー!!

 「う」

 エスターが青白い顔になったので、俺は慌ててその場を退散した。

 

 

 城の統括者用室にエスターと二人戻ってしばらくすると、数人のメイドドールがきて彼を連れて行った。

 なんでも式典用の服をあつらえるんだそうだ。

 エスター、いつものボロボロローブしか持ってないからね。

 そういうのも一着や二着、持ってたほうがよろしい。

 お金はいくらですかって聞かれたから、メイドドールと一緒に噴き出してから、タダだよと教えてあげた。

 主賓の支度を整えるのにお金取るわけないでしょーが。ねえ。

 

 そんなわけで俺は、体感的には久しぶりに、統括者用室の右側、プライベートルームで一息入れている。

 準備が整ったらメイドドールが呼びに来るだろうし。

 「……あふ」

 シャワーを浴びた後椅子に座ってぼーっとしてたらあくびが出た。

 ……少し疲れたかな。

 晩さん会までまだ時間あるし、アレの準備(・・・・・)もできてるし。

 ひと眠りするか……。

 サマーカーディガンやスカート、スパッツをぽいぽい脱ぎ、椅子の背に引っ掛けてベッドへ。

 天蓋付きの大きなベッドはいつ来てもふかふかでいい匂い。

 メイドドール達の手入れが行き届いてる。

 もふー。

 「あふあふ……」

 あくびをもう一つして、俺は、布団に潜り込だ。

 久しぶりの狩り――それもゴールレイドまで使ったので、いささか疲れた。

 目を閉じるや否や、俺はすぐに、眠りの国へ旅立った――。

 

 

 ――夜七時。

 「ではこれより、晩さん会を始める!皆、彼を歓迎し、よく飲みよく食べ、楽しんでほしい!」

 「「「おー!」」」」

 「乾杯っっ!!」

 「「「かんぱーい!」」」

 城の大広間にグラスの音が響く。

 俺のあいさつで、新魔王、エストル=ラックマンの歓迎会が始まった。

 「ど、どきどきしましたぁ~……」

 へなり、と俺の隣でエスターが椅子にへたり込んだ。

 式典用にあつらえた、白に赤い縁取りがなされた服に身を包みいつもの杖を持ったエスター。

 俺のあいさつの前に全員の前で立たされ、自己紹介させられたからね……。

 ごくごくと水を飲むエスターを横目で見る。

 今日の彼はボサボサだった白髪も整えられ、ひと房が青いリボンで結ばれて顔の横に垂らされている。

 「こんなに大勢に注目されるとは思いませんでした……」

 「言ってなかったっけ?」

 「聞いてませんよ!」

 「むぅ」

 一方の俺は魔王モード……じゃなく、普通にイブニングドレスに身を包んでいる。

 若葉色のワンピースタイプで、肩から腕、胸元が広く露出したデザインの、お気に入り。

 首元にはエメラルドがはめ込まれたネックレス。

 長い髪は緩やかにウェーブをかけられて背中と左肩に流し、ケモ耳にはリボン。

 胸元には少しだけ香水も振ってきた。

 尻尾の毛並みもメイドドールさん達が一生懸命ブラシを入れてくれたおかげでとても艶やか。

 足元は高めのヒールだからちょっと歩きにくいけど。

 

 俺たちが座っているのは、大広間を見渡せる二階部分ともいえる場所。

 奥に長い大広間にはテーブルがたくさん並べられ、立食形式のパーティーが催されている。

 三つの島には今日、ここで歓迎会が行われることが伝えられていて、各島から手の空いた魔王や暇な魔王、単に飲み食いしたいだけのやつまで、結構な数が集まってくれた。

 テーブルの上には大皿がいくつも並べられ、豪華な食事が所狭しと置かれている。

 金製のゴブレットと何種類ものお酒やジュース。

 これだけの魔王が集まって飲み食いしても一向に減らないほどの料理と飲み物は、オーナーとメイドドールさん達が全力で腕を振るった結果だ。

 

 

 「やあやあエスター!そしてアーリャ!楽しんでる?」

 「ノイ」

 パーティー用、と本人は言ってるけどぶっちゃけ俺には違いが判らないゴスロリ服が、てこてこ階段を上って現れた。

 「様子見に来たよー」

 「やほー」

 軽く手を振りあう。

 ノイはそのままエスターの前に立ち、ゴス服の裾をつまんでお辞儀をして見せた。

 「改めて。エスター、ようこそ魔王の島へー!」

 「ノイさん、ありがとうございます」

 エスターは律儀に立ち上がって一礼。

 胸に手を当てるその動作も、彼がやるととても似合ってる。

 「おー!おめかしして、いいね。かっこいいよ、惚れちゃいそう」

 「か、からかわないでください!」

 「にゃっはっは!」

 ひとしきり笑ったあと、ノイはポケットから小箱を取り出した。

 「はいこれ、エスターにプレゼントだよ」

 「え?」

 エスターが不思議そうな顔で俺を見た。

 「アーリャさん……?」

 「そういうこともある」

 

 ん、どういうことかって?

 えーと、これはエスターが仲間になった歓迎会。

 だから俺たち先住者から贈り物を渡すんだけど、何百人という魔王たちから一人ひとりもらうのはさすがに大変。

 だから代表で、統括者である俺と、他二つの島の代表たちから送ることになってるんだ。

 来賓として俺たちと同じテーブルについてる彼ら彼女らは、すでにエスターにプレゼントを渡してる。

 あとは俺から、だけだったはずなんだけどね。

 そのことを俺から聞いてたエスターが、予想外の人物からプレゼントを差し出されて戸惑ってるんだ。

 

 「少なからず話もしたし、私、エスターのこと友達だと思ってるから……。受け取ってもらえるかな」

 ノイが照れくさそうに頬をかいた。

 「は、はい!嬉しいです!ありがとうございます、ノイさん!」

 エスターが立ち上がってノイの前に進み、小箱を受け取った。

 「よかった。これからもよろしくねエスター!」

 「はい!」

 

 彼がもらったのは黒壇製で銀の留め金が付いた、綺麗な小箱。

 中身は……なんだろね。

 「開けてみてもいいですか?」

 「うん!ぜひ!」

 ぱこ、とエスターがふたを開ける。

 「……わ、ぁ……!」

 取り出されたのは、キラキラと光を弾く紅いクリスタルでできた……リボン?いや、スカーフかな?

 「すごい!硬質なクリスタルみたいな見た目なのに、布みたいに柔らかい……?」

 「私が作った特別製のスカーフだよ。魔力をためる性質もあるから、いろいろ試してみてね」

 「素敵です!大切にしますね、ノイさん!」

 「う、うん!」

 満面の笑みで握手され、さすがのノイもどもってる。

 エスターは感情をまっすぐぶつけてくるからねぇ。

 さっそく首に巻こうとして、エスターは自分の式典服が首元まであることを思い出したらしい。

 「あ……」

 「あはは、いいよ。今はそのリボンつけてなよ。そっちも似合ってるからさ」

 「す、すみません」

 「いいってば。……じゃね、私は行くよ。楽しんでねエスター」

 「はい!」

 アーリャもね。

 そう言い残して、ノイは俺たちの前から去っていった。

 

 「よかったね、エスター」

 「はい!うれしいです」

 席に戻ったエスターはニコニコ顔で小箱をいじってる。

 「エスターも食べなよ。冷めちゃうよ?」

 「あ、はい。いただきます!」

 式典服を汚しては大変、と、きちんとエプロンをしたエスター。

 俺がとったチーズポテトグラタンを受け取り、頬ばる。

 「ん~!おいしいれふ」

 「こっちのチキンもなかなか……」

 もぐもぐ。

 あ、このサラダおいしい。

 香りのある葉物が使われているけど、ドレッシングとよく合うね。

 添え物のベビーコーンは俺の好物の一つだ。ぽりぽり。

 「(こくん)」

 ワインを一口飲んで口をさっぱりさせる。

 ライスは一度からにしたから、次はパンに手を伸ばす。

 バターロールと……フランスパンがあるな。コーンポタージュももらおっと。

 それと――これも忘れちゃいけない。

 「エスター、キグルス龍のお肉もいかが?」

 目の間に置かれた巨大な肉の塊をナイフで切り分ける。

 シシケバブみたいだ。

 「いただきます。せっかくあんなに苦労して捕まえたんですものね」

 「ん」

 赤くてちょっと絡みの強いタレがたっぷりと掛けられ、まだ端がじぶじぶ(・・・・)音を立てている焼きたてだ。

 「ほい」

 「ありがとうございます、アーリャさん」

 それだけじゃなく、単純な焼肉からサラダに和えたもの、サシミ()、唐揚げにステーキ、赤ワイン煮エトセトラ。

 俺とエスターで狩ってきたキグルス龍のお肉はいろいろな料理に姿を変えて、俺たちの前に並んでいる。

 焼肉と言ってもタレだけで十種類以上、焼き加減もさまざま。

 うひゃー、食べきれるかな……。

 「うわぁ……おいしい……!」

 「でしょ」

 臭みがなく、牛肉みたいに柔らかくて霜降りの肉質はとてもドラゴンとは思えない。

 他の魔王たちにも好評みたいで、眼下のテーブルにあるお皿に盛られるとすぐに空になっていくのがここからでも見える。

 いやー、苦労して狩ったものが人気だと気分がいいね!

 「はい!あの怖そうなドラゴンがこんなにおいしいとは思いませんでした」

 エスター、楽しそうにあれこれと肉をとる。

 「それに炭火、でしたっけ?この焼肉はお昼のあれと同じ匂いもしますね」

 「ん。炭で焼くととてもおいしいからね、お肉は」

 「で、でもこっちのこれは……生ではないですか!?」

 「そういう食べ方もあるんだよ。鮮度と調理環境が清潔でないとできない、結構贅沢な食べ方」

 「ち、挑戦してみます……!」

 この城の厨房、専用の抗菌スペースで作られたササミ肉は綺麗な桃色。

 鶏肉のそれに酷似してるけどやっぱりキグルス龍のお肉だ。

 ……まぁ魔王だから食中毒なんてならないだろうけどね。

 

 食器のカチャカチャいう音とグラスの澄んだ音、そして楽しげにざわつく声が広間中から聞こえてくる。

 みんな楽しんでくれてるみたいだ。

 ん、俺たちはどこで食事をとってるのかって?

 えーと、このパーティーは立食形式で、他の魔王はみんな思い思いに談笑しながら食事をしてるけど、俺は統括者でエスターは主賓。

 残念ながら席を外すことはできない。

 だから俺たちはこの二階に当たる場所で食事をとっていて、目の前には下のテーブルに負けず劣らず、たくさんの料理が置かれている。

 「そうよぉ、エスター君。アーリャの言う通りちゃんと食べておかないと、この後大変よぉ?」

 二つ目の島のリーダーがワイン片手に話しかけてきた。

 俺と同じケモナーさんで、日本出身者。

 現在女性。

 彼女のケモ耳はネコのそれで、尻尾も同様。

 俺みたいにもふもふしてないけど、気まぐれな彼女の性格によく合ってると思う。

 「せっかくこの私がダンス申し込もうと思ってるんだから、ちゃんとお相手してよねぇ」

 「あ、は、はい!……って、え、え?」

 気まぐれプラスすこーし高飛車なところがあるけど、仲間思いのいい人だよ、彼女。

 ちなみに妙にしゃべり方が間延びして色っぽいのが特徴。

 「アーリャぁ、あなたは二番目ねぇ」

 ……はいぃ?

 「統括者が最初のはずだけど」

 「知らないわよぉ。私、この子気に入っちゃったんだものぉ。譲りなさいよぉ」

 「いや、だから……」

 「あぁ、あの……ちょっと皆さん……。あの……?」

 「お主、あまり無理を言うものではないでござる」

 「む」

 三つ目の島のリーダーが会話に混ざってきた。

 こちらは現在男性でかなり大柄。羽織袴をアレンジしたような恰好をしている。

 飲んでいるのは日本酒だ。

 「統括者殿が困っておるではないか。儀式としての流れがあるのだから、それには従わねば規律が乱れるでござる」

 微妙に時代がかったしゃべり方をするこの魔王は、これでも海外はアメリカ出身で現在男。

 アニメやゲームの中でもサムライが出てくる作品を愛していたそうだから、魔王になったらサムライっぽいしゃべり方をするようになったって言ってたね。

 「あなたもアーリャも頭固すぎよぉ。こういう場くらい臨機応変に行くべきよぉ」

 「こういう場だからこそ規律が必要と存じる。それにお主のは臨機応変ではなく、単なる勝手でござろう」

 「そぉよぉ。私好きなように生きるのがモットーだものぉ」

 「二番目に躍らせてあげるから我慢しなさい」

 と、俺。

 「……そもそも私が二番っていうのが納得いかないのよねぇ……」

 ぶー、とふくれられた。

 「トーナメントの時、あと百ポイント稼げてたらあなたに勝ててたのにぃ……」

 「実力と運も統括者となるべき者の資質にござろう。お主は次のトーナメントで頑張ればよいでござる」

 「はーいはい!……まったく、あなたとの話はいつも無難で面白みがないわぁ」

 「といいつついつも(それがし)に絡んでくるのはお主のほうではござらんか」

 「いつもいつも絡まれるようなこと言ってくるのは、あなたよぉ」

 「知らぬ。大体お主は……」

 やれやれ、始まった。

 この二人顔を合わせるたびにこれだからなぁ。

 気が合うのか合わないのか。

 見てる分には面白いからいいけどね。

 キグルス龍の肉をほおばりながら嘆息する。

 もぐもぐ。

 「あの、あの、お二人とも、ちょっと……」

 事の発端が自分だけに、エスターがわたわたと止めに入った。

 「ほっといていいよエスター。君と最初に踊るのは私。それは変わらないから」

 「いえ、あの……。そうではなくて」

 うぉっ。

 ぎぎぎ、と音がしそうな感じで振り向いたエスターは引きつった笑みを浮かべてた。

 「……どしたの」

 「あの、アーリャさん。ボク、ダンスなんて聞いてないです」

 「……は?」

 「は?ではなくて。聞いてないです。踊るなんて」

 「……おうふ」

 進行表渡しておいたはずなんだけどなぁ……。

 「すみません、急いでいたのできちんと目を通していなくて……」

 「……まぁ、仕方ないか」

 だからと言ってなくなるモンでもないけど。

 「踊ったこと、ない?」

 「ない、です」

 あぁぁ、泣きそうな顔してる。

 「だ、大丈夫。私がリードしてあげるから」

 「なくなる、ってことは……」

 「残念だけど無理」

 「そ、そんなぁ……」

 「エスターは私に合わせてくれればいいから、ね」

 「うぅぅ……」

 ……あー、泣いたデフォルメ顔っぽくなっちゃった……。

 

 「レディース・アンド・ジェントルメン!皆さんお待ちかね、ダンスパーティーの時間です!」

 司会役の女性魔王が声を張り上げた。

 テーブルの上の料理は大半が空っぽになって下げられ、代わりにお酒やジュース、軽食に変わっている。

 「まずはこの方々から始めていただきましょう!統括者、アーリヤヴナ様!」

 「……」

 ス、と立ちあがって一礼。

 割れんばかりの拍手の中、隣に座る少年に手を差し出した。

 「そして本日の主賓!エストル=ラックマン氏!」

 「……さ、行こうエスター」

 「あぅ……は、はい……」

 緊張でがちがちになった手が、俺の差し出した手を掴む。

 階段下でバンドがゆったりとした音楽を奏でる中、俺たちは階段を下っていく。

 エスターの膝が笑っている気がするけど……大丈夫かな。

 ワンフロア下では照明が切り替わり、スポットライトのように俺たちを出迎えた。

 

 ♪~。

 

 ホールの中央に歩み出て、右手でそっとエスターの腰を抱き寄せる。

 「(ぅぅぅ……)」

 「(落ち着いて……エスターなら大丈夫だから)」

 左手を、エスターの右手を重ね合わせ、軽く握る。

 「(そう、そして左手で私の腰を抱いて……そう)」

 「(こここ、こうですか?)」

 「(ん、上手)」

 

 ワンツースリー、ワンツースリー。

 

 小さく囁きながらエスターをリード。

 ……ん?そもそも俺ダンス踊れるのかって?

 もちろん踊れる……って胸を張って言いたいところだけど、最初はもちろん踊れなかった。

 そりゃそうだよ、社交ダンスなんてそこらの日本人が踊れるわけないもん。

 魔王になって、こういう場があることを知ってから、その辺詳しい魔王に教わったのさー。

 

 ♪~♪~

 

 見様見真似で、エスターが俺の動きに合わせて踊る。

 「(ここで私がくるっとターン)」

 「(はいっ)」

 身長差があったけどうまくカバーして、俺がターン。

 

 ~♪……

 

 一曲目が|終わりに近づいて≪クレッシェンド≫いく。

 間を開けないように二曲目が始まり、フロアには俺たち以外の魔王も入ってきた。

 ドレスが舞い、軽やかなステップが音を立て、場は一気に華やかになった。

 

 「ふう」

 「き、緊張しました……」

 「お疲れさま」

 最初に踊った俺たちはいったん下がり、場を他の魔王たちに譲ることになってる。

 メイドドールが持ってきてくれたお酒を飲んで一息入れる。

 エスターはオレンジジュースだ。

 「上手だったよエスター」

 隣を見て、褒めておく。

 「初めてって割には動けてた」

 「見様見真似です。アーリャさんにリードしていただいて……」

 「ふふ」

 フロアを見ればノイも踊ってる。

 同じくらいの身長の魔王がリードし、ノイを軽々と振り回して踊ってる。

 楽しそう。

 あっちではグレッグと……知らない魔王だな。

 どっかの女魔王とステップ踏んでる。

 にしてもグレッグ、燕尾服似合わないなぁ。

 肌の色的に。

 オーナーは、と。

 あ、いたいた。踊らないで給仕やってる。

 スタイルいいんだし、ドレス着て踊ればいいのに。

 まぁ本人が楽しそうだからいいか。

 「あの……」

 「ん?」

 知り合いの顔を探してきょろきょろしていると、誰かに話しかけられた。

 「なーに?」

 「あの、よろしければそちらの彼と踊らせていただけませんか、統括者様」

 外見は美少女の魔王だ。

 日本出身……かな?

 綺麗な桜色の髪と緑の瞳。

 身長は俺ほど高くなく、ヒールを履いても俺より少し小さい。

 髪と同じ色で少し短めのドレスをまとっている。

 「……だって。どう、エスター」

 「い、い、い、いえ!ボク実はあまり踊れなくて……」

 「あ、それなら大丈夫です」

 「ご迷惑を……え?」

 美少女魔王は柔らかく微笑んでこう言った

 「実は私もうまく踊れないので……」

 「え、そうなのですか?」

 こくり。

 「といいますか、ここに集まっている魔王のうち、きちんと踊れる方はそう多くないと思いますよ」

 皆習ったことないですから、見よう見まねです。

 そう言って、彼女はドレスをつまんで礼をした。

 「ということで……、よろしければ(Shall)踊って(We)いただけませんか?(Dance?)

 少しだけ唖然としていたエスターだけど、

 「そういうことでしたら喜んで」

 立ち上がって、男性の礼をとる。

 「すみません、こういうのは男性から誘わなくてはいけないのに……」

 「いいえ、そんなことないですよ。受けていただいて嬉しいです」

 「はい。それじゃ、アーリャさん」

 「ん。楽しんでおいで」

 「行ってきます」


 少女に連れられて、エスターは再びフロアに出ていく。

 さっき一緒に踊ったけど筋は悪くなかったからね。

 なんとなくでも動けるでしょ――。



 晩餐会は俺からエスターへのプレゼント贈呈を最後に午後十時を持って終了し、魔王たちは三々五々引き上げていった。

 ん、エスターに何あげたのかって?

 新しい杖だよ。

 キグルス龍狩りに行ったときに、こっそり樹を選んで、切って、パーティー前に作った。

 魔力親和性の高い樹木をかっこよく削って、ね。

 エスターの魔力に、樹がどこまで適応できるかわからないのがちょっと気になるけど。

 で――今は俺も城の自室に引き上げて部屋着に着替え、晩餐会の余韻を楽しんでるところ。

 手に持ったロックのウィスキーをカロンと鳴らし、窓から吹き込む夜風に当たっているところだ。

 んー、いい気持ち……。

 今夜はここ――お城の統括者用の部屋で寝ようと思い、完全にくつろぎモードだ。

 テーブルの上には燻製のチーズやハム、クラッカーが置かれ、時々俺の手がそれに伸びる。

 スモークのおつまみって大好きなんだ俺。

 あのあと――エスターが少女に連れられて行ったあとだ――、俺もまた何人もの魔王と踊った。

 エスターにはああ言ったものの、実は俺も久しぶりでステップとか結構忘れてたけど、何とかごまかせた……と思う。

 

 ――コンコン――

 

 「ん?」

 控えめなノックの音。

 こんな時間に誰だろう。

 「だれ?」

 「ごめんなさいアーリャ。私」

 オーナだ。

 「今開ける」

 昼間の既視感を覚えながらドアを開けると、なぜか真剣な表情でオーナーが立っている。

 「……何かあった?」

 「あった、というか。見てほしいものがあるの」

 「……」

 無言で中へ招き入れる。

 勝手知ったる自分の部屋、という感じで入ってきたオーナーはテーブルの上に載った晩酌セットを見て一瞬すまなそうな顔をした。

 「ごめんなさいね、くつろいでたのに」

 「いいよ。で、どしたの」

 「これよ」

 手に持った布の中身を、ごろりとテーブルに置いた。

 「これは……」

 一言でいうなら、紅い球、だ。

 ボゥッと妖しい光を帯び、内部に黒い線が細かく入っている。

 「すごい魔力を感じる」

 「えぇ。これはね、さっき解体したキグルス龍の体内から発見したものなの」

 「キグルス龍の中、から……?」

 こんなもの見たことない……。

 「おそらく彼の龍の力の源、いわゆる核ってものだと思うんだけど……」

 「核、ね」

 どくん、どくん……。

 キグルス龍の核は脈打つように光を明滅させている。たぶんまだこれ、生きている。

 「一応あなたに預けておこうと思って持ってきたのだけど」

 「……ふむ」

 何かに使えるとは思うけど……。

 俺が紅玉を手に取ると、紅玉が暖かくなり光も強くなって――。

 「む」

 「あ、アーリャ!?大丈夫!?」

 しゅうぅぅぅぅ…………。

 光と熱が収まる。

 「ちょ、ちょっとアーリャ?」

 「……だいじょぶ。別になんてことない」

 なんだったんだろ、今の……。

 「私の魔力と紅玉の魔力が触れ合ったような感じがした、だけ」

 「うーん……?」

 オーナーが首を傾げた。

 「危険性はないと思うから、私が預かるよ。それでいい?」

 少なくとも魔王にとっての危険性は、だけど。

 「ええ、お願いするわアーリャ」

 どうやら大丈夫そうな俺を見て、オーナーがほっと息をついた。

 張り詰めた空気が和らぐ。

 「それじゃ、私は戻るわね。今日はここに泊まるのねアーリャ」

 「ん」

 ぱたり、と尻尾を一振り。

 「わかったわ。それじゃ、また明日ね」

 「ん。また明日」

 あ。

 「オーナー」

 「ん?」

 自宅でもある宿に戻ろうとドアを開けたオーナーを呼び止める。

 言い忘れたことがあった。

 「今日はありがと。いろいろと」

 ぺこり。

 きちんと腰を追ってお辞儀する。

 「料理もおいしかったし、エスターも喜んでくれたし。他の魔王も楽しそうだった」

 「やーねぇ。こちらこそ、いろいろ便宜を図ってもらって……。ありがとうアーリャ」

 「うん」

 お互いに微笑みあう。

 「それじゃあね」

 「お休み、オーナー」

 「お休みアーリャ。……ところで」

 「むぃ?」

 オーナーが扉の陰から顔半分だけ出した。

 「アーリャ、あなたやっぱり笑うととてもかわいいわ。いつもそうして笑顔でいなさいな、美少女魔王さん」

 「……」

 それじゃあね。

 もう一度そういって、オーナーは姿を消した。

 「……うぅ」

 だからどうして、海外出身者というのは当たり前に人を褒められるのか。

 またしても顔が赤くなってる俺は、ばたばたと尻尾を振りながら立ち尽くす。

 そうして、にぎやかに始まった一日は終わり、夜は更けていった――。

 

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