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アーリャとお城とハンティング-1-

 ノイと釣りに行った日から三日が経ったこの日、俺は久々に早めに起床。

 「……ねむ」

 意外にも、今朝を含めた三日間、ノイは朝に来なかった。

 一応先日言われたことを気にして守っているのかもしれない。

 彼女にどういう心境の変化があった結果なのかはわからないけど、俺にとって、特に今日はありがたかった。

 というのも、今日は実に久しぶりに0ポイントの城に行って統括者としての仕事をする必要があり、そのためにいろいろと準備が必要だから。

 「……おはよう、なのです」

 ぱちんっ。

 誰ともなしに呟いて指を弾き、窓を開けて朝の空気を入れる。

 うーん、さわやか。

 「……ぅあふ」

 深呼吸していたらあくびが出た。

 「~っ!」

 大きく体を伸ばして力を行き渡らせ、ベッドから降りてシャワールームへ。

 もはやお決まりとなった朝シャワーを堪能し、濡れた髪とシッポを乾かし、バスタオル一枚で部屋に戻ると――。

 「アーリャ、おはよう!」

 「……」

 ノイが、いた。

 椅子に腰かけ、鼻息荒く、両手を『カムカム!』状態で。

 「今日も爽やかな朝だね!さあさあ、着替えを手伝うよ。今日はお城で公務だもんね!いやー、久々にアーリャの正装が見られるとかと思うと居てもたってもいられなくて!……しかしやっぱお風呂上りのアーリャはイロイロ色っぽくてわたしもうワタシ慢できな」

 ぱちん。


 キュゴッっ!!


 「……見なかったことにしよう」

 そうだ、きっと見間違え、聞き間違えだ。

 風で揺れるカーテンの影が黒いゴス服に見えただけだし、外から聞こえる魔王たちのキャッキャウフフ的な声が我が友人の声に聞こえただけだ。

 うん、きっとそうだ。

 ぱたぱたと尻尾を振り、ついでに頭も振って、気持ちを切り替える。

 バスタオルをはらりと落し、あらかじめ出しておいた下着を身に着け――あぁ、もちろん外から見えないように攪乱系魔法が発動中――、まずは簡単に私服を着用。

 黒いニーソックス、ひらりとした膝上丈のチェック柄スカート、夏らしく半そでの真っ白なノースリーブ。

 首元からイルカをかたどったネックレスを下げ、一応のおしゃれをしておく。

 どこか、いわゆるギャルゲーに出てきそうな恰好だけど、なかなかにかわいらしくて気に入ってる。

 魔王になるとみんな、どこか日本人離れ……というより二・五次元な顔になるので、こういうコスプレみたいな服が似合うようになる。

 実にありがたい!

 

 で、需要があるからこういう服の一揃いを打っている店が島にいくつかあって、どれも結構繁盛してる。

 各種制服タイプまで取り揃えているから恐れ入るね。

 まあ、かくいう俺もそのあたりの服を何着かお世話になっているんだけど。

 ん、なんで正装しないのかって?

 答えは簡単、これからご飯だから。

 まさか式典用の服でパンかじるわけにはいかないからね。

 公務用の正装を収納空間から出し、風に通すべくハンガーにかけて部屋の衣文掛けにつるしたところで――。

 「…………ぷっはぁ!」

 唐突に部屋に現れる、黒いゴス服。

 ちっ、見間違えじゃなかったのか。

  「……おかえり」

 「あ、あいかわらずダイナミックな挨拶だねアーリャは……」

 げほごほとすすを吐き出しながら、ノイがしょぼくれて俺を見る。

 そんな目で見るなし。

 「でも、毎回友人を爆破するのはどうかと思うの、わたし」

 「毎回ノックもなしに転移してくる友人は爆破することにしてる」

 大体そうなることを見越していつも、お前さんは防御系魔法を常時発動させてるんじゃないのかね?

 わかっててやってるでしょうが。

 「せっかく服直したのに、また破けたらどうしてくれるんよー!」

 「服が破けたら買えばいいじゃない」

 「これはワンオフ!売ってないの!」

 ぎゃーす!

 甲高い声で叫ぶノイにずずいと詰め寄る。

 「ノイ」

 「だから夕べも十一時までかかって直し……なんでしょうアーリャさん」

 殺気を感じたか、ゴス幼女が姿勢を正した。

 いや、正させた。俺が。

 「……私は、言ったはず。転移で来るときは事前に教えるか、七時以降に来るように、と」

 「う、うん」

 なお、今は六時。

 俺がちょっと早起きしたけど、基本三日前と同じ。

 「私はノイに要請し、ノイは承諾した。これは一種の契約にあたる。契約とは一方に権利を付与し他方に義務を生じさせる行為。この場合前者が私で、後者がノイ」

 「うん。あの、アーリャさん?無表情だけど目だけが怖いよ?」

 眼力こめてるもん。

 ぎろーり。

 「もう一度確認。私はノイに要請し、ノイは承諾した。つまり契約は成立。これを反故にした時、通常、義務を有する方はなんらかの罰を受ける。この場合は……」

 「……分かった。分かったから。ごめんなさい、いやほんと。ただ久々にアーリャの正装が見られるからわくわくしてたの」

 「……」

 そんな濡れたネコみたいな目されたらなぁ、これ以上詰め寄れないじゃないか。

 その辺、俺も結構甘い。

 とはいえ前々から言っていることだし、前々から同じことをやらかす度に、俺はノイに罰を与えてきた。

 ということで今回も久々にしてもらうとしよう。

 前回は大目に見たけど今日は見逃さんぜ。

 「ノイ」

 「はい」

 「罰。今日から一週間ご飯奢ること」

 「……また?」

 「何か」

 「いえなんでもないです。奢らせていただきます、アーリャさん」

 「結構」

 今月のおこづかいがー!

 とノイの心の叫び……というか絶叫が聞こえるが、いや、自業自得でしょうに。

 それにここの宿の食事代は近隣で最も安い。豪華でもないが質素でもない、とてもバランスのとれた食事であるが故に。

 もちろん高級志向の魔王はそういう宿……というかホテルのスゥイートあたりに泊まるし、わざわざ安宿の雰囲気を楽しみたい魔王はそーゆー所に行く。

 俺?俺はごく平均的な宿、つまりここで結構。

 この宿好きだし。

 

 ん、ホテルなんてあるのかって?

 そりゃあるさ。

 もちろん経営者も魔王だけど。

 街の景観に配慮して外見は木製の小さな建造物でも、一歩中に入ると、例のセカイ構築系魔法が応用されためちゃくちゃゴージャスなエントランスが広がってる。

 統括者になった時、ご褒美がてら一度泊まった事があるけど、すんごい落ち着かなかった。

 いや、そもそもフロントで『ゴールドレイド』見られたのが間違いだったんだ。

 慌てて出てきた支配人(これも魔王だけど)に案内されたのが、今いる宿のワンフロア分くらいの部屋が五つ連なった、超高級スゥイートルームだもん。

 シンプルな白地だけど実はすごくこった装飾の彫られた壁や天井。

 ふかふかの絨毯。

 精緻な彫刻を刻まれた、バカでかいテーブルや椅子。

 その上に乗せられた銀の燭台とお皿、果物。

 ベッドルームにはトリプルサイズの天蓋付ベッド、化粧台。

 バスルームは大理石製で黄金製の羊の顔がお湯を吐いていた。

 照明はもちろん全部屋シャンデリア。

 城にある|俺≪統括者≫の部屋より煌びやかってどういうこと?

 ルームサーヴィス頼んだら五人くらいでカート押してきた。なんなんだよもう。

 感想?

 ……なんていうか、もうね。

 絵にかいたような金持ち用ルーム。

 とても良い部屋でしたとかなんとか適当な感想言って、一晩で退散した。

 一緒に泊まったノイは名残惜しそうだったけど。

 っていうかゴス服のノイの方が、お嬢様ぽく部屋にマッチしてた。

 なんか悔しい。

 「……っと。そんなことよりご飯」

 そうだ。

 今はゴージャスなルームサーヴィスよりオーナーの手作りごはん。

 早く食べないと城に行ってからの時間がなくなっちゃう。

 「ノイ、一緒に来る?」

 「あ、うん……。行きます……」

 ふわふわした返事が返ってきた。

 ……そういえば今月、いろんなアニメのブルーレイやらプラモデルやらフィギュアやらの発売日、重なってたな。

 そのお金のやりくりでもしてたんだろーか。

 うぅむ。

 なんかかわいそうになってきた。

 俺も欲しいもの買えないと寂しいし。

 特にそういったモノたちは、一度買えなかったら再版されるのが何時か分からないことが多い。

 え、ネット通販しろって?

 いくら密林でも魔王がわんさといる離れ小島に段ボール届けてはくれないでしょ。

 「……ノイ」

 「んー……?」

 階段をキシキシ降りつつ俺はしばし考え――。

 「奢るの、今日だけでいい」

 譲歩することにした。

 一週間ご飯奢りの刑は、あくまでノイに『やったらダメなこと』を教えるために設定した罰であって、別にそう怒っているわけじゃないし。

 ……たぶん。

 「……まじ?」

 「まじ」

 うるるっ。

 途端にノイが大きな瞳を潤ませた。

 「あ、ありがとうアーリャ!うぅん、アーリャ様ぁ~!今月ちょっと苦しくて!いやほんと助かりまずぅ~!」

 「……」

 わかったから抱き付くなちゅーに。

 TS前を知っている俺としてはやはりヤツの姿かたちが思い出され……ぎゃああああっ!

 「……(ブルブル)」

 シッポに走る怖気をなんとか堪え、俺はノイの頭をぽんぽんと撫でてやる。

 「いろいろ欲しいもの、集中してるの知ってるから。でも、軽くするのは今回だけ」

 「はぁい”~!」

 ……やれやれ。やっぱ俺、ノイに甘いなぁ。

 

 

 「……何かあったの?」

 シッポにノイを引っ付けたまま食堂に降りた俺を見た、オーナーの第一声だ。

 「いつも以上に、ノイちゃんがアーリャに引っ付いてない?」

 「……」

 肯定。

 シッポが動かしづらい。

 「っていうかノイちゃん。そもそもあなた、ここ通ったっけ?」

 夜は酒場にもなるこの宿の構造上、玄関を開けるとすぐ食堂となる。

 そして食堂と厨房はカウンターをはさんで隣接していて、つまり来店した客はオーナーからすぐ見えることになっている。

 けど――。

 「わたし、見おぼえない気がするんだけど」

 「……うっ」

 「さてはまた転移でアーリャのところに行ったわね?」

 「……うううっ!」

 オーナーからも無言の圧力。

 ごごごごご……ッ!

 おぉ怖い。

 「この前、ダメって言ったわよね?」

 「……はい」

 あーあ。

 ノイがどんどん小さくなってく。

 俺の陰に隠れちゃったよ。

 友人よ、お前さん元年齢何歳だね一体。

 幼女になりきっているにしてもなんていうか……なりきりすぎだろう。

 「……オーナー、その辺で。例の罰設定したし、今日公務だから、先にご飯食べたい」

 「あ、あら、そうなの?まあ……アーリャがそういうなら見逃すけど」

 「ん」

 「じゃあ座って待っていて。今用意するわね。……残念。せっかく開発したばかりの重攻撃魔法試そうと思ったのに」

 「ひぅっ!?」

 「……笑顔作ったままそういうこと言わないでオーナー」

 結構怖いから。

 ノイがもっと怯えちゃった。

 なお、重攻撃魔法っていうのは大陸一つ吹っ飛ばすくらいの大規模破壊魔法の事を指す。

 このオーナー、魔法開発を趣味でやってるから、いろいろと新作が出来た時はテストに付き合わされるんだ。

 ちなみに失敗の確率が九割。

 カタカタ震えるノイに甘いコーヒーを与えて落ち着かせ、待つこと数分。

 「おまたせ~」

 オーナーが運んできたパンとスープ、焼いた肉や温野菜などの器が並べられ、三人で朝食となった。

 ……そう、めずらしくオーナーもテーブルについての食事。

 いつも自室で取っているらしいんだけどね。

 どうしたんだろ。

 「ノイちゃんへのお説教はあとにするとして……、アーリャ、公務なんですって?」

 そっちの話か。

 「ん」

 温めた羊のミルクを飲んで、頷く。

 「ここ最近は争いごともないし、疑問質問も来ないし……なにかあったの?」

 「新規居住希望者がいた」

 「新規……あら、久しぶりに仲間が増えるのね?……って、いた(・・)?」

 「ん、いた」

 なぜ過去形?という顔をされる。

 そこで俺はパンをかじりながら、先日のグレッグとのやり取りと、エスターこと、エストル=ラックマンについてを話して聞かせた。

 「……まーたグレッグは……。わたしが統括者だった頃からそういうことを新人に吹きこんでたのよ?」

 やっぱり。

 「毎回毎回、怯える新参者君たちを宥めるのも大変だったんだから……」

 「お察しする」

 俺もそうだし。

 「おまけに二カ月も前に拾った子の申請を忘れてたなんて。その子が体調不良だったことを差し引いても、報告くらいはあってしかるべきでしょうに……」

 でもアーリャ、と、オーナーが軽く俺を睨む。

 「どうして夕べ言ってくれなかったの?グレッグとおさかな捌いてた時にお小言言ってやれたのに」

 「う、ごめん」

 「彼をあまり甘やかしちゃ駄目よ?一度びしりと言ってやらないと!」

 「びしりって言うか……ずばんとやったよね、アーリャ」

 温野菜を飲み込んだノイが口をはさみ、オーナーが首をかしげる。

 「ずばん?」

 「その話をしたグレッグをね、月面旅行寸前まで吹っ飛ばしたのアーリャは」

 「……あら、まあ」

 微妙に引かれた気がするが、気にせずスープを口に運ぶ。

 ……香辛料が効いてておいしい。

 具の肉にも野菜にも下味がついていて、良い出汁がでてる。

 言わずもがな、全部オーナーの牧場やら畑やらで採れたものばかり。

 ……ん、このパンもおいしい。

 外側はカリっと、中はふかふかだし、それでタマゴサンドにしてあるのもいい。

 もぐもぐ。

 「アーリャも女の子なんだから、その辺考えないとダメよ?」

 「……善処する」

 グレッグと同じこと言われたから同じ答えを返しておく。

 けど、うーん、めんどい。

 俺は魔王だ、やりたいようにやるぜ!

 ……とは怖いから言わないでおいたほうがいいか。

 「んもう……まあいいわ。で――――その新しい子、えーと……?」

 もぐもぐ、ごっくん。

 「……エスター」

 「そう、そのエスター君。どんな子なの?」

 今度は外見と、聞いた限りの生い立ちを話して聞かせた。

 病弱でずっと病院にいて云々ってやつね。

 「まあ、まあまあ……!ずいぶんと苦労してきた子なのね……」

 ほろりとこぼれた涙をぬぐい、オーナー、今度は一転して気合を入れた。

 「アーリャ!」

 「な、なに?」

 「決めたわ。儀式が終わったらその子、ここに連れてらっしゃい」

 「い、いいけど……」

 思わず俺がたじたじするほどの気迫。

 

 なにかおかしなスイッチ入っちゃったんだろうか。

 

 

 食事が終わり、俺とノイは一度、俺の部屋まで戻る。

 風通ししておいた俺の正装を回収するためだ。

 「アーリャ、着替えは向こう?」

 「ん」

 ここで着替えて行ってもいいけど、その場合道中とても目立つからなぁ。

 ん?転移すればって?

 残念、お城は転移で行けないのです。

 セキュリティ上の問題で。

 ほいほい誰でも中に転移出来たらまずいでしょ。

 正装――アンダーウェアと丈の長いローブだ――を回収して収納空間に戻し、『ゴールドレイド』と魔導書を持っているのを再確認。

 「……よし、おっけー」

 「じゃ行こう!」

 「……ん」

 ついてくるのか、ノイ。

 別に来ても何もないぞ?お茶くらいは出るだろうけど。

 

 手を振ってくるオーナーに礼を返して宿を出ると、俺達は左に向かって歩き出す。

 そっちが島の中心方向であり、城はそこに建っている。

 ここからでも物見の塔が見えるんだ。

 「そういえば、アーリャがお城に行くのはいつ以来だっけ?」

 てくてくと歩きながらノイに聞かれ、俺は記憶を掘り返してみる。確か――。

 「……『魔王による固有セカイ創造と、その乱造による現実セカイへの影響を調査する委員会』の定期報告以来だから……二カ月と二週間と二日」

 「意外と最近だね」

 「数字で出すと、そう」

 感覚的にはもっと経っている気がするけど。

 統括者ってのは現在、基本雑用係になっているけど、今言ったような難しい議題についてを議論する場に議長として行くこともある。

 『魔王による固有セカイ創造と、その乱造による現実セカイへの影響を調査する委員会』の他にもいくつかの調査委員会があるけど、全部立候補制。

 推薦はなし。

 ……ああ、言ってなかったか。

 この島においては、全ての魔王は何らかの職ないし委員会に所属する事が義務づけられている。

 委員会は全部で三つ、職業は個人がやってみたいことの数だけある。

 基本的にみんな、いわゆる自営業を選ぶけど、中には委員会に所属してみたいという魔王もいる。

 仕事というよりは、うーん、ネトゲでいうチームとかギルドってものに近い感覚だからかな。

 委員会ごとに旗と専用の城が用意され、場合によっては個別のセカイを作ることも許可されている。

 実際、委員会って言う名称より、ギルドって呼び方の方が、島では一般的だ。

 

 各委員会を大まかに分けると、商業系、戦闘・戦術系、研究開発系という感じになり、この三つの中にさらに部門が分かれている。

 商業系は、商業・農業、畜産飼育・流通など。

 戦闘・戦術系には好戦的な連中が集まって日々戦闘訓練や戦術研究、武装開発に励んでいる。

 研究開発系では魔法や、魔王の使う武装の研究と開発をベースに、それらがセカイに与える影響を研究している。

 若干戦闘系とかぶるけど、戦術や武装はそっちで研究しているから、基本的には別の組織だ。

 話に上がった『魔王による固有セカイ創造と、その乱造による現実セカイへの影響を調査する委員会』はこの研究開発系の一部門で、割とマイナーな所。

 結構真面目な活動しているんだけどね、地味って言うかなんて言うか……人気が無い。

 部屋に入ったことあるけど、うん、雰囲気が暗かった。

 データ紙の束と書籍のタワーが乱立する部屋の中で延々机に向かっているだけだし。

 例の『ヘイロウ』粒子の研究をしているのもこの研究系の一つで、最も古くから存在している委員会だ。

 ちなみに統括者になる前の俺は戦闘・戦術系。

 いろいろと仕入れた二次元的な知識を実践できるようになったおかげで、空戦なら負けない自信がある。

 いずれ披露しようかな。

 こちんっ。

 ノイが足元の石を蹴っ飛ばし、それは茂みの中にガサガサと転がっていく。

 「各委員会は定期的に報告を上げるけど、基本的に『上げるだけ』だもんね。会議まで行くことはそうそうないし」

 「ん」

 店先の掃除をしていた防具屋の魔王に手を振り返しつつ、角を曲がって歩を進める。

 「会議なんてしなくても、大体のことは自己完結できるって言うのが大きいからねぇ、私達魔王は。今すぐにでも一人で生きていけるっていう安心感みたいのがあるのは大きいよ、やっぱり。だから群れる事への必死さがないって言うか。アーリャもそう思うでしょ?」

 「そうだね」

 そう、必死にならなくていいんだ。

 島にいる魔王たちは俺も含めて好きで集っているだけであって、ぶっちゃけた話、集うのが嫌いな奴は自分のセカイを作って引きこもっていてもいい。

 ……同じ境遇で同じ力を持っていて同じような趣味の連中が集まってきている島なので、そういう魔王の話はあまり聞かないけど。

 「本質的に誰かに頼る必要がないと、おおらかになるものなんだよ」

 「魔王になって初めて分かったことだね」

 「ん」

 

 ――『本質的に誰かに頼る必要がないと、おおらかになる』

 

 俺が言ったこの言葉。

 俺達魔王がバラバラに暮らさず、一定の秩序を持って集まっている最大の理由がそこだと思う。

 誰かに頼る必要がない、その必要性を感じないということは、策謀をめぐらせ他人を蹴落として何かを手にいれようとしたりすることがなくなるってことだったんだ。

 自分でもかなり意外な話だけど。

 どんなに一匹狼を気取っていても、現代社会において人は誰かに頼って生きていかなくちゃならない。

 それはなんといっても食事や服に代表される。

 お米一つにしても、種もみから苗を作り、植え育て、収穫し、精米して初めて食すことが出来る。

 コンビニに行けば必ずお米ってあるけど、そういう過程、いわゆる第一次産業があればこそ店に並ぶ。

 服にしてもそうだ。

 素材がどうやって作られるのか。

 化学繊維や絹などの自然繊維があって、それを仕立てる人がいるからこそ、あれだけ大量の服飾品がいろんなお店に下げられるんだ。

 つまり、人間は今、必ず他人の世話にならなくては生きていけないと言っても過言じゃない。

 けど、俺達魔王は違う。

 普段は人間と同じように、誰かが作った服を着て、誰かが作ったご飯を食べ、誰かが作った宿に泊まっているけど、誰もが第一次産業から己の身一つでできる。種もみを作り出し、育て、収穫し、精米し、食べられる状態に持って行けるんだ。

 オーナーのパンがいい例だね。あの人は全て、一人でやっているから。

 宝物がほしいなと思ったら、作ればいい。

 金も宝石も、俺たちは作り出せるから。

 そういう、資源が豊富なセカイを自分で用意できるんだ、俺達は。

 故に、誰かに頼る必要がない。

 『できるけどやらない』っていうのと、『どうがんばっても絶対にできない』っていうのとでは、心にかかる重さが違うんだ。

 

 「それに……みんなアニメとかラノベでいろいろ知ってるもんね。自分の利益だけを優先し追い求めるものがどうなるのか、とか、秩序を破壊しようとしたやつがどうなるのか、とか」

 頭の後ろで腕を組み、ノイは空を見上げる。

 「ん、そうだね」

 自分勝手に生きているやつが最後にどうなるか、気に入らない奴を消し去っていった先に何があるのか。

 どれもいい終わり方(ハッピーエンド)ではないだろう。

 俺達魔王はそういうこと知っているからこそ、我を通しすぎないよう無意識に気を付けているんだと思う。

 我が強い奴もあまりいないしね。

 あとはまあ……

 「気に入らない奴やことがあっても、魔王同士の事ならスルースキルが発動するし」

 「だね」

 残念ながら魔王同士でも気に入らない奴はでてきてしまう。

 そりゃそうだ、意思を持ってる存在が複数集まれば、そこに考えの違いは生まれるんだから。

 ただ人間と違って魔王同士は接触状態で考えていることを伝え合えるから、言葉のあやで~みたいなことは少ない。

 変にこじれた時に調停するのも統括者の仕事ではあるんだけど。

 魔王という存在が出来たての頃は結構、この手の仕事が多かったらしい。

 今でこそみんな、いろいろ馴染んでいるけどね。

 それでも、どーしてもウマの合わない奴は、スルー。

 日本で言われていた、いわゆる『悟り世代』特有のスキルが発動する。

 すなわち、最低限の付き合いはするけど、互いにほとんど踏み込まない、的な感じ。

 ネット掲示板でいう『荒らしはスルー』みたいなものかな。

 人間相手だと大抵、理論も理屈も通じない、というか影でコソコソし始めるのがうっとおしすぎて発動しづらいけど。

 

 「……さて、着いたよノイ」

 「おっと」

 そんな話をしているうちに、俺達は街から外れ、橋を渡り、巨大な城の城門へたどり着いていた。

 

 そびえているのは石造りの重厚な城だ。

 荒々しい崖――円状の堀で囲まれた大地の上に、巨大な城が建てられている。

 俺達のいるところが城の正面にあたり、ここからは三つの塔が見て取れる。

 真上から見ると、中心に一際大きく高い塔があり、四方に物見を兼ねた低めの塔が配置されている。

 全ての塔の先端にはその年の統括者を象徴する図案が描かれた旗――今年度はオオカミの頭部だ――がひらめいており、正面の壁面には巨大なタペストリー。

 描かれているのは公募で決まった、魔王を示す絵だ。

 ――そう、ここが0ポイント。三つの島に集う魔王たちすべてを統括する場所で、今期その役を担う魔王アーリヤヴナ=ケモノミミスキーという少女が本来、座しているべき場所だ。

 本来はね、俺、ここで寝泊まりするべきなんだけど、どうにも空気が合わなくて出てきちゃった。

 なんでかって?

 んー……、そうだな、城にいると暇な上、お姫様とか王子様扱いになるから。

 大量の魔力駆動式自立型メイドドールに四六時中世話を焼かれるし、さっきの話通り、今は統括者って特にすることもないからぼーっとしているだけの毎日。

 お菓子食べながらゲームしてアニメや映画見て散歩して。

 最初のひと月で飽きちゃったよ。

 ん、孤島なのにゲームだのなんだのできるのかって?

 うん、できる。

 城の地下で水力発電が動いているし、電気は地下電線を通って、希望者の家にのみ届いている。

 ソフトやDVDは、たまに人間社会に紛れ込んで買ってくればいいし、ネットゲームは自ら運営してる魔王がいるから、頼めば回線用意してくれる。

 ……え、人間社会のネトゲやりたい時?

 ……うーん、一応やり方はある。

 一番簡単なのはネットカフェに入り浸ること。

 っていうか向こうで暮らしている魔王もいる。

 ネトゲしたさに。あとは人間社会の中にアパート用意してパソコンを置き、転移魔法の応用で回線の接続を島に流しているヤツもいる。

 各種料金はクレム、つまり金を換金することで支払っているらしい。

 俺の用意する金は質がいいからね。

 人間社会でも相当な高値で売れるんだよ。

 ……ごめん。前言は撤回。

 こいつらぜんっぜん、一人で生きてない。

 急にサービス終了したら発狂しそうだ。

 

 城壁の前で、門番代わりの石像――いわゆるガーゴイルに『ゴールドレイド』を見せると、こくりと頷いて門を開けてくれた。

 俺以外の魔王が通るときはあらかじめ、俺に連絡を入れて通行証をもらうことになる。

 城に部屋を持っている魔王は初めからそれを持っているからいいけどね。

 「いつもながらこの石橋は慣れないよ……」

 「……そう?」

 「だって高いし。それに風が……わひゃ!」

 びゅー!

 城と街との間には深く幅の広い掘りが横たわっていてそこに石橋がかかっているわけだけど、こういう地形は風の通り道になる。

 ゲートポートへ行く道もそうだけど、つまりノイみたいな格好は本当に風にさらわれやすい。

 まだ俺のシッポの方がましだ。

 「ひぇぇぇ!」

 「……やれやれ」

 ため息をついて、ノイの小さな手を取る。

 「あ……ありがと」

 「ん」

 ごうごうと唸る強風からノイを庇いつつ石橋を渡りきった俺達はの前に、再び門が現れる。

 こっちにもガーゴイルがいるけど、最初の門の石像が人型だったのに対し、こちらのは四本足の鳥、グリフォンだ。

 「……いい子」

 なでなで。

 ぎろりと睨んでくるから手を伸ばし、鋭いくちばしや頭を撫でてやる。

 『ぐるる……』

 気持ちよさそうに鳴いて、グリフォンは足を折って座り込んだ。

 「わたし、それ苦手ぇ……」

 躊躇なく手を出す俺を信じられないように見ながら、ノイは俺の陰に隠れてる。

 「かわいいのに」

 なでなで。

 『ぐるぐる』

 なでなで。

 『ぐるぐる』

 なで――。

 「……いいからもう行こうよアーリャぁ」

 「はいはい」

 ごめんねグリフォン。また今度遊ぼう。

 『ぐーるる……』

 名残惜しそうな泣き声を後に歩を進め、上を見ようとすれば首がいたくなる程に高い城門に近づく。

 「ん……」

 掌を当てて魔力を流すと、巨大な扉に魔方陣が浮かび、セキュリティが解除される。

 重たげに軋みながら観音開きの木製の扉が開いてゆく。

 七~八メートルもある大きな門が開ききると、途端に強風が城の中になだれ込んでいく。

 ビュウビュウと風が吹き込むが、石壁に沿って点々と点いている松明の火は揺らぎもしない。この火は魔力で灯っているからね。

 にしても、服や髪が煽られる煽られる。

 『おかえりなさいませ、統括者様、お嬢様』

 「……ただいま」

 出たな。

 二メートル間隔の松明と松明の間にずらーりと立っているのが、さっき言った魔力駆動式自立型メイドドールたち。

 フリフリヒラヒラで、胸元の開いたエプロンドレスを身に着けたメイドドールが軽く三十体以上。

 まるでメイド喫茶だ。

 メイド喫茶好きの初代魔王統括者が、『魔王の城だというのに使用人の一人もいなくては格好がつかん』とか何とか言って、ドール好きの相方を巻き込んで作ったのが、この等身大ドールたちだ。

 総数?

 数えたことないけど、多分三百体はいる。

 魔力で動くという性質上外には出られないから、みんなこの城の中にいるけど。

 

 ……あぁ、言ってなかったか。

 この城の地下には魔力を貯蔵する性質をもつ玄武岩でできた巨大なストーンヘンジがあって、一年に一回、全ての魔王が自分の魔力をちょっとずつ注ぎ込みにくる。

 それが、有名な魔女の祭りの名を取って“ヴァルプルギス”と言われているお祭りだ。

 三つの島から集った魔王たちが一週間、この島でどんちゃん騒ぎをする。

 祭りの間、彼らは城にいる統括者に挨拶に来るわけだけど、その時に注がれた魔力が一年間、全ての魔王の島の位相をずらし過ごしやすい環境に整える。

 ……ふむ、このお祭りについてもまた今度、ちゃんと自伝に書かないとね。

 ちなみに自伝で『魔力とはイメージだ』と説明したけど、このお祭りみたいに『魔力を注ぐ』というのはつまり、全員が同じイメージを指定された物体に対して念じ続ける、ということ。

 “ヴァルプルギス”の時に玄武岩(ストーンヘンジ)に対して送り込まれるのは、球体のイメージだ。

 玄武岩に対して球体をイメージしつつ付けることで、魔力は『ヘイロウ』を通し純粋な力として、岩の中に蓄積されていく。

 そして一定濃度超えると実体化を始め、最終的にはイメージどおりの球体が、ストーンヘンジの中央に現れるというわけだ。

 ……で、城の中の松明やメイドドールは、この実体化するほどに高密度・高純度の魔力を使って『ヘイロウ』粒子をエネルギーに変換し、稼働してる。

 

 『お帰りをお待ちしておりました、マスター・アーリヤヴナ』

 そのメイドドールを束ねる、いわゆるメイド長的な立場という設定を持つ一体が、俺達の前に進み出て優雅な礼をとる。

 エプロンドレスをちょいとつまみ、右足を引いた、美しい礼だ。

 「ん。ただいま」

 『ノインゼル様もおかわりなく』

 「うん。元気だよ。ありがとねー」

 人間のように滑らかな発音で、メイド長ドールが俺達を歓迎してくれる。

 彼女は今ノイを名前で呼び、俺の事をマスターと呼んだけど、これは一年限定で統括者のみがそう呼ばれる。

 職を辞した後は他の魔王と同じく敬称付に戻るんだ。

 『本日の公務については、滞りなくお支度をしてございます。お部屋の準備も出来ておりますのでどうぞこちらへ』

 「ん。ありがと」

 一昨日、シャワーを浴びる前に彼女に今日公務で登城することを伝えておいたのだ。

 メイド長ドールの案内で、俺達は約ふた月ぶりに城の中を歩いてゆく。

 四方は石壁だが、床には赤いじゅうたんが敷かれ、壁には松明が明々と灯っている。

 天井にも一定間隔でシャンデリアが下がり、矢張り魔力で灯る蝋燭がいくつも光を投げている。

 『……にしてもマスター・アーリヤヴナ。こうしてお目にかかるのがひどく久しぶりな気がしますが?』

 所作や発音だけでなく、会話も人間と変わらない。

 微妙に電子音声みたいなノイズが混じるけど。

 ……そういえばソフトウェアってどうなってるのかな。

 ハードウェアについては聞いたことあるけど、中身がどうなってるのかは聞いたことない。

 今度制作した魔王に聞いてみようかな。

 「……そう?」

 『はい。私の記録が正しければふた月と二週間と二日と、おおよそ二十時間が経過しています』

 ……計ったように『2』ばっかりだな。意図したわけじゃないんだけど。

 『公務ほったらかしでいったい何をされていたのです?』

 「主に書き物と釣り」

 そこはかとない非難の響きはスルーする。

 ほったらかしじゃないやい。仕事無いんだもん。

 『……そういえば夕べの食事はマスターが釣ってきたサカナでした。捌くところを拝見していましたが、みなさん見事なお手前でした。通常の料理ならともかく、ああいった技術が必要な調理法は、私どもではできないことです』

 「えー、そうなの?意外~」

 と、ノイがメイド長ドールの手を取る。

 「関節にしても、自由度は人間と同じだし。細かい作業は出来そうな気がするけどなぁ」

 うちのドールより数段出来がいいよ、とノイ。

 メイド長ドールは、自分の手にまとわりつくノイをうっとおしがったりせず、彼女の小さな手をきゅっと握る。

 ……魔王とメイドって言うよりメイドとその見習いって感じだね、こりゃ。

 身長差がすごいのと、物腰がドールの方が大人びてるんだもんなぁ。

 『ハードウェア的にはノインゼル様の仰る通り可能でしょう。

 ですが、私たちのソフトウェアはまだ、そう言った作業が出来る段階ではなさそうです。

 ……特に昨夜の様子を見ていた限りでは』

 「ふぅん。じゃ今度、グレッグあたりに話して練習してみたら?」

 メイド長ドールが考えるそぶりを見せた。

 ソフトが追い付いてないという割には、こういう細かい仕草は人間そっくり。

 『……一考に値します。今度グレッグ様にお話を通して、大型のサカナの捌き方をご教授頂けないかお聞きしてみます』

 「それがいいよ。……さ、ついた」

 俺もメイド長ドールの意見を肯定してやり、足を止めた。

 いくつもの階段と廊下を通ってきた俺の間には、豪華に彫刻の入った黒檀のドア。

 黒光りする表面を、金の縁取りが彩っている。

 ドアにかかるネームプレートには、『アーリヤヴナ=ケモノミミスキー』の飾り文字がローマ字で、矢張り金色に浮き彫りされている。

 ――ここが、この城における俺の部屋。

 正確には統括者の部屋だ。

 『こ、これは失礼を、マスター。話に夢中で気付きませんでした』

 「ふふ」

 いささか慌てたメイド長ドールがドアを開け、俺達を中へ誘う。

 「ほんと、人間みたい」

 『マスターはとてもいいお方ですが、私どもをヒトとして見ていただいているようなので、私どももついつい、自分が人間であるかのように振る舞ってしまいます』

 お恥ずかしい限りです、と、深々と頭を下げられる。

 「気にしなくていいよ。私はそういうの、好きだし」

 「わたしもー」

 『恐縮です、お二方。――ところで久方ぶりのお部屋はいかがですか?いつ帰ってこられてもいいように、手入れは欠かしませんでしたが』

 「ん……」

 ぐるりと部屋を見回す。……うん、綺麗。

 

 どの部屋もそうだけど、『魔王の城』なんて御大層な名を冠しているのに、この城の中はとても明るい。

 松明や蝋燭による照明だけでなく、窓を多く設置し、外の光を取り入れているからだ。

 もちろん風も通り抜けていくので空気も軽やか。

 三百体ものメイドドールが常日頃掃除や手入れをしているおかげでクモの巣どころか塵ひとつない、清潔な空間。この統括者用の部屋は特にそう。

 部屋は三つの空間からなり、各部屋はそれぞれ執務室、応接室、プライベートルームとなっている。

 どの部屋も床は石ではなく、全て木張り。

 年季の入った、深いこげ茶色の床はワックスが塗られて輝き、外見に反して軋みひとつ立てない。

 壁は石作りだけど、吊り下げ形のポッドに観葉植物が植えられ、またあちこちにタペストリーが下げられている。

 

 城の廊下から入ってすぐのこの部屋が執務室であり、正面には大きな窓が設置され、青く輝く空と大海を望める。

 右手側にマホガニー製のデスクセット、左手側に同様の応接セットが置かれている。

 通常の来客であればこのセットを使うけど、例えば他二つの島のリーダーや人間側の代表と会うときなどは、左側の応接室を使う。

 俺が統括者になってからはほとんど使ってないけど。

 

 ……って、あぁ、言ってなかったか。

 俺は確かに全ての魔王の統括者だけど、当然一人しかいない。

 でも魔王の島は三つあるわけだから、俺が居を構えるこの島以外の場所にも島ごとのリーダーっていうのが必要になる。

 それは俺――というか統括者が選び出す。

 彼らは統括者が住む島以外の島に常駐し、日々雑事をこなしている。

 統括者と似たようなものだけど、権限はほとんどない。

 あくまでリーダーであって、トップではないんだ。

 

 ラノベなんかだとそういう存在達が結託し、あるいは民を扇動して反乱を起こすなんて展開がよくある。

 確かに、このシステムを採用している以上その危険性は常に付きまとう。

 統括者に不満を抱く魔王がいないわけじゃないし、人間滅ぼすべしっていう過激な魔王がいないとも限らないからね。

 だけど不思議と、そういう話は聞かない。

 今のところは、っていう注釈がつくけど。

 たぶんほとんどの魔王が、『人間なんて別に、どーでもいいいよ』と思っているせいかな。

 俺もそうだけど。あとはまあ、今の生活が満ち足りているから、あえて騒乱を求めたりしないってのもあるかな。

 言ったよね、『なんでもできる』って。

 つまり自分の世界で戦争ごっこだってできるってことさ。

 良し悪しは置いていて。

 

 『……マスター?何かご不満な点がございましたか……?』

 ……っと、話がずれた。

 いささか黙っていた俺に、部屋に対して不満があると思ったのか、メイド長ドールが恐る恐る顔を寄せてきた。

 『至らぬ点があればなんなりと仰って下さい。統括者様ごとにお好みが違うのは承知しておりますので、仰っていて頂ければそのように致します』

 「あ、ごめん。だいじょぶ、とても綺麗」

 久しぶりに帰ってきたので見とれてただけだというと、メイド長ドールは安心したように息をついた。

 『そうでしたか。安心しました』

 「アーリャ、こういうときはまず感想やお礼を言ってあげないとダメだよ?ドールとはいえ、彼女たちはすでに一つの個として存在してる。作られたものだとしても感情があるんだから」

 「む……ごめん」

 珍しく真面目な顔のノイに説教されてしまった。

 不覚。

 「……今何か失礼なこと考えたでしょ」

 ぎく。

 「そんなこと、ない」

 「目が泳いでる」

 「気のせい」

 ジト目を向けられたので、急いで部屋を横断し、まずはプライベートルームへ向かうことにした。

 「あ、逃げた」

 『くすくす……』

 メイド長ドールは上品に笑い、お茶をお持ちしますと言って部屋を出て行った。

 「着替えるの?」

 「ん。ちょっと待ってて」

 「あい」

 

 ノイにソファに座っているよう言い残し、俺は右手側にあるプライベートルームに続くドアを開ける。

 このドアもやはり木製で、手入れのされた木のいい香りを放っている。

 蝶番もきちんと油がさしてあり、スムーズに動いて戸が開いた。

 プライベートルームはその名の通り、統括者が休むための空間だが、日々の生活もできるよう作られている。

 ダブルサイズのベッドやシャワールーム、食事をとる為のテーブルやクローゼットなどが用意されている。

 天井から床まで届く大きな窓は開け放たれ、心地いい風がカーテンを揺らしていた。

 「……なつのにおい」

 耳を澄ませば風に乗って、打ち寄せる波の音が聞こえてくる。

 それにこれは……海鳥の声だ。

 ウミネコかな、ニャーニャーいってるし。

 宿の部屋は好きだけど、この部屋も実は嫌いじゃない。

 どっちかと言えば好きな部類に入る。

 お姫様扱いでなければ、ここに住んでも良かったんだけどねぇ……。

 木張りの床をとことこ歩き、壁に備えられたクローゼットの戸を開ける。

 中は空っぽではなく、公用の服やドレス、タキシードなどが何着か下がっている。

 仕切りで分かたれた隣には浴衣やネグリジェ、短パンにジャージと、部屋着たち。

 「……」

 それらには目もくれず、俺は自分の収納空間から自分用の正装を取り出してハンガーにかけ、着ている服を脱いでゆく。

 下着姿になり、姿見にちらりと視線を向ける。

 ……じつにセクシー。

 華奢だけど折れそうな儚さはなく、引き締まった体。

 白い下着に包まれた胸のふくらみは、すでに見慣れたとはいえやはり目が行ってしまうのは仕方ない。

 きゅっとしまった腰からお尻にかけてのラインは適度な丸みを帯びて太もも、ふくらはぎへと続いてゆく。

 ふ、と半身なってみれば、お尻のちょっと上から生えだしたシッポがぱたぱた振られている。

 ……ふむ、どうやら今日も調子がよさそう。体調悪いとだらーってなるからね。

 オーナーじゃないけど、このシッポ、感情や体調を持ち主以上に表してくれるんだ。

 「もふもふ」

 見たままの感想をシッポに贈り、

 「……ノイ。あっち向いてなさい」

 「ぎっくぅ」

 扉の向こうから向けられる透視魔力の発信源に声を掛ける。

 「なぜいつも私の着替えを覗くのかね、キミは」

 「そこにアーリャの裸があるからだよ」

 「……」

 まったく悪びれてないな、こいつ。

 メイド長ドールに、ノイのお茶には毒を盛ってやってくれと頼みそうなる心をなんとか抑え、ふとそこでいたずら心がわいた。

 「……ふむ」

 空中に魔方陣を描きだし、術式を起動。ん、これはね……。

 「っ!?!?ぎゃぁあぁ!?」

 途端に隣から、幼女の叫び声が響いた。

 「な、なんてもの見せるのアーリャ!?」

 「くっくっく」

 発動させたのは幻術魔法。

 自分の体の上に『ヘイロウ』粒子で描いたAR――拡張現実のような映像だ――を映し出す魔法だ。

 そして俺が投影したのは、偽ハ○ク。

 幻術魔法は術者の動作や仕草をもトレースするから、つまりこの場合……。

 「グレッグが……グレッグが半裸でセクシーポーズとってるぅぅっ!?!?」

 「ぷ、くくく……!」

 あぁ、楽しい。

 笑いが堪えられん。

 目がー!精神がー!いーやー!夢に出るー!

 ノイは完全に錯乱状態になってる。

 むはは、思い知ったか。

 透視魔法が即座に消えたのを確認し、俺は幻術魔法を解除して正装に手を伸ばした。

 

 ――魔王の正装。それは大多数の人が思い浮かべるだろう格好だ。

 すなわち、

 全身をすっぽり覆う漆黒のローブと巨大な杖。

 フードの奥からは赤い瞳が禍々しい光を放ち、見ているだけで正気を失うほどのおぞましさを振りまく。

 纏うオーラは触れるだけで世界の理を侵食し、この世ならざる者どもを使役する。

 ローブを脱ぎ捨てれば異形の角や翼があり、その体は筋骨隆々――。

 と、こんなものだろうか。

 まあ、正解。

 ありきたりであるが故に分かりやすく恐ろしげな魔王の外見に、俺はこれからなってゆく。

 筋骨隆々ではないし角もないけどね。

 獣耳と牙と尻尾ならあるぞ。

 もふもふだけど。

 ……翼?ふふ、それは内緒。

 下着の上から、まずは漆黒の上着を羽織る。

 ノースリーブに近い上着は中心を縦に金糸と白糸で刺繍が入れられていて、胸元には真紅のルビーが台座にはめ込まれた状態で縫いとめられている。

 膝上丈のスカートは縦に折り目の入った、学生服のスカートに近いデザイン。色はもちろん漆黒で、縁にはやはり金糸の刺繍。

 ベルトも黒で、バックルは金。

 金属部分には英語で次のような言葉が四行に渡り、浮き彫りにされている。

 

 

 『混沌たる人の世より出でしもの。人を滅し魔を統べ王をかしずかせるもの』

 『そは道を奪い、道を作り、道を示すもの。鮮烈にして激烈なり。苛烈にして熾烈なり』

 『そは絶対なる力と権を持ち、この世全てを手に収め、この世全てを握るもの。流麗にして壮麗なり。絶麗にして豊麗なり』

 『膝を折り頭を垂れ平服せよ。我こそは、全ての魔の長たるが故に』

 

 

 厨二感たっぷりなこの言葉。

 実はこれが、『ヘイロウ』を動かす呪文のひとつで、祭事や儀式の際に統括者が述べる|挨拶≪テンプレート≫のようなものでもある。

 呪文を使うのは統括者が各種儀式魔法を発動させる時と、もうひとつ。

 このキーワードを唱えることで統括者のもつ金色の魔法具『ゴールドレイド』は『ヘイロウ』と反応を起こし、登録された魔装へと変化する。

 つまり、いわば戦いの合図となる呪文なのだ。

 ……今はまずないけどね、戦い。

 ちなみに、現統括者以外の魔王が魔力を込めてこの呪文を唱えても別段何も起こらない。

 あくまで現・統括者用として作られた呪文(=わかりやすく言うならプログラム)だから。

 発動させるための前提条件をクリアしてないと、呪文は使えないからね。

 元統括者も『ゴールドレイド』を持っているけど、それを作動させるときは呪文の一部が違うものになる。

 まあこれについてはまた今度。

 ……って、そうか、言ってなかった。

 

 『ゴールドレイド』は前にも言った通り統括者が持つ魔法具で、魔法補助などもできるデバイスだけど、同時に統括者専用の魔力駆動式兵装の待機形態でもある。

 俺の『ゴールドレイド』の場合、待機形態がこの時計型で、呪文を唱えることで剣と銃の二形態を持つ特殊な兵装へと変化する。

 で、件の呪文は、『ヘイロウ』粒子を固体化するほどに高密度化、固着化させ、決められた形に作り出す一種の形状記憶魔法の発動用キーワードでもある。

 けど……この辺についても説明をし出すと長くなるから、日を改めて詳しく自伝に書くとしよう。

 

 ま、要するに――この呪文は『ゴールドレイド』を起動せずに唱えれば魔法の発動キーになるし、起動して唱えれば戦いの合図になるってわけ。

 今日の儀式ではその最後に、魔方陣を前に唱えることになる。

 もちろん戦いの合図じゃない。

 挨拶バージョンのほうだ。

 正確には名前の登録用魔方陣の起動キーになってる。

 

 「……よし」

 そんな呪文を刻んだバックルを締め、全身真っ黒となった俺の色彩の中で、服の金糸と俺の金髪にシッポ、オッドアイが美しいアクセントを生み出す。

 黒地に金色って目立つからね。

 ちなみに、この黒と金の2色が、統括者を表す色の組み合わせ。

 正装だけでなく、この部屋のドアが同じ配色なのは、そのせい。図らずも俺はその配色をほぼ地で行けるんだけど、そのせいで他の魔王より荘厳な雰囲気を醸し出している。

 いくら魔王――厨二のカタマリの存在のような俺でもいささか恥ずかしいことに、この姿を見た魔王からは『黒金(くろがね)の魔神獣』という二つ名を贈られてしまった。

 人前では絶対に名のりたくないね、いやまったく。

 ……あと魔獣なのか神獣なのか、どっちだよと小一時間。

 さて、その漆黒のアンダーの上から、このローブを羽織る。

 やはり漆黒で金糸の刺繍だが、裾がわざとボロボロにしてあるのが特徴だ。

 正装とはいえ、魔王の持つ禍々しさを見ている者に与えるためだ。

 おっと、ブーツも変えなくちゃ。

 今まで履いていたクツを、ひざ下までくるベルトの多いデザインのゴツいブーツに履き替える。

 そして最後に、クローゼットの引き出しを開けると、そこには白い仮面が収められている。

 顔の上半分を隠すデザインの仮面はどことなくオペラに出てくる怪人を彷彿とさせる。

 これは謁見の間に出る直前に付ければいいから、小箱に入れてローブのポケットへしまう。

 ドレッサーの前で軽く化粧も施す。

 頬にパフを当て、少しだけ眉を濃くし、真っ赤な口紅を塗る。

 一通り終わると、ドレッサーの中にはケモ耳を生やした妖艶な美少女が映っていた。

 流し目しながら口元を釣り上げ、唇に舌を這わす。

 うわー、エロイ。

 最後に部屋の隅に立てかけておいた大きな杖――ドラゴンの体をそのまま杖にしたようにくねった形の木彫りのそれを左わきに抱え、

 「……準備完了」

 かちゃりと戸を開けて執務室に戻ると、ノイがくったりとソファに転がっていた。

 あぁ、そういえばデンジャラスなもの見せたんだっけか。

 「……アーリャぁ……」

 いろいろあっただろう抗議やなんやらが全て集約された批難の声が、ノイの小さな口から洩れてきた。

 「……毎度毎度、覗く方が悪い」

 「うぼぇ~……夢に出そう」

 「グレッグに失礼」

 ……彼の半裸セクシーポーズはまあ、正直俺も御免こうむりたいところだけどね。

 『マスター、お着替えは……終わってしまったようですね』

 お手伝いできなくて申し訳ありません、と、お茶を運んできたばかりのメイド長ドールが頭を下げた。

 「いいよ。一人でやるから、って、前に言ったし」

 『それはそうですが……。やはりメイドの立場としては、マスターの着替えをお手伝い差し上げるのも重要な務めと申しますか……』

 前に俺が『自分の事は自分でやる』と言ったので、着替えや入浴など、魔王によってはメイドさんが手伝っていた仕事のいくつかが無くなっている。

 統括者のお世話をするべく作られた存在である彼女らが、困った顔をするのも当然と言えば当然なんだけど。

 俺、お姫様扱いは肌に合わなかったんだ。

 「ごめんね」

 ただ、仕事をしなくていいと言っているも同然なので、一応誤っておく。

 『あ、いえ。マスターのご意志に従うのが私どもの最優先事項ですから。ですが、必要になった時はいつでもお呼びくださいませ、マスター=アーリヤヴナ』

 「ん、ありがと」

 お茶をどうぞと薦められたので、俺は着たばかりのローブを脱いでハンガーにかけ、執務机とセットの椅子に腰かける。

 すぐにメイド長ドールが俺の前にティーカップを置いてくれた。

 『今日はマスターのお好きなカモミールでございます。お菓子は島の菓子職人様より頂いたもの。きっとお気に召して頂けると思います』

 「ん……」

 ソーサーごとカップを取り、椅子を回転させて背後の窓から大海を望みながら一口。

 「あちっ」

 『ふふっ……』

 シッポがぴくっと跳ねたのを見て、メイド長ドールが笑みを漏らした。

 『いかがです?』

 「おいしい。あったまるし、落ち着く」

 知らず知らず、俺の視線はまろやかになっていたんだろう。メイド長ドールはうれしそうにころころと笑った。

 『それはようございました。ささ、お茶菓子の方もどうぞ』

 「ん」

 ソーサーを机に戻し、小皿に盛られたクッキーをかじる。

 ……あ、これ俺が好きなやつだ。

 ってことは一昨日行ったあの店だな。

 こりこりとクッキーをかじり、カモミールティーを味わう。

 陽光ふりそそぐ店先でのティータイムもいいけど、うーむ、お城でのもいいな。

 「……次からはもう少し、ここにも顔出そうかな」

 呟いた独り言はしっかりとメイド長ドールに聞かれていた。

 『はい。ぜひそうして下さいませ、マスター。……ところで』

 「ん?」

 困惑顔で後ろを振り向いたので、彼女の横からそっちを見てみる。

 『その……ノインゼル様は一体どうされたのです?先ほどからソファーに転がったまま動かないのですが』

 あー……。

 『眼からハイライトが消えていますし、なにやらぶつぶつと呟いておられるようですが……』

 「……そのうち復活すると思うからそのままにしておいてあげて。お茶の香りでも嗅いだら元に戻るかもしれないし」

 『は、はぁ。かしこまりました』

 メイド長ドールが戸惑いながらノイの前にも紅茶とクッキーを置く。

 「……」

 その様子を横目に見ながら、俺はまた窓の外に目を向け、カモミールティーを飲んだ。

 

 

 『……マスター=アーリヤヴナ。そろそろお時間でございますよ』

 メイド長ドールの声で、俺は我に返った。時計を見るとティータイムを始めてから20分ほどが経っており、昨日エスターに伝えた謁見の時間まであと10分ほどと迫っている。

 「ん……」

 カップを置いて立ち上がり、ハンガーから取ったローブを羽織り直す。

 再び魔王っぽさが増す、俺。

 『あ、少々お待ちを。口紅を塗りなおしませんと』

 「んむ」

 メイド長ドールが俺が塗ったのと同じ口紅をどこからか取り出し、くいとおれの顔を上向かせる。

 「……」

 塗り終わるのを黙って待つ。

 メイド長ドールの目の奥で、瞳孔に当たるパーツが細かく動いているのが見えた。

 『……はい、終わりました』

 「ども」

 『綺麗ですよ、マスターアーリヤヴナ』

 「ありがと」

 「……じゃあノイ、行ってくる」

 ようやくソファーから起き上がってお茶を飲みはじめたノイに声を掛ける。

 ゴス幼女は軽く手を上げて答えた。

 「あーい。わたしもこれ飲んだら出るよ。中庭にでも出て日向ぼっこしてるから」

 「了解」

 今から行う儀式は正式なもので、関係者以外――つまり俺とエスターと、後見人たるグレッグ他、数名の手伝い以外同席できない。

 手伝いは特に選ばれた魔王が務めるが、残念ながらノイはそうではないのだ。

 というのも、これもまた組織としてのセキュリティの一種で、統括者は友人を手伝いに選べない。

 結託しての反乱や仲間割れによる騒動を防止するためだ。

 だから、城における儀式の手伝いには見も知らぬ他人を起用しなくちゃならない。

 それなのになんでノイが城に来たのかと言えば――たぶん、この後昼食を一緒に食べようと約束しているという、ただそれだけの理由だと思う。

 ちなみにこの執務室にも本来、関係者以外は立ち入り出来ないのだけど、ノイはまあ、こっそりと入っている。

 最初は難色を示していたメイドたちも、俺が別段何も言わないのを見て、なし崩し的に今に至るという訳だ。

 今ではここで一著前にお茶まで飲んでいく始末。

 ……最初にもうちょっと、厳しくすべきだったよなぁ。

 後悔先に立たず。

 『本日儀式に臨まれるお二方も先ほどお着きになったと連絡がありました。謁見の間控室にてお待ちとの事です』

 「そう、分かった」

 どうやらエスターとグレッグも来ているみたい。時間通りだね。

 「行ってきます」

 『行ってらっしゃいませ』

 「いてら~」

 「……」

 軽く手を振る。

 俺の背丈より大きな杖を持ち、折り目正しい礼とまるでネトゲの中のようなノリで見送られながら、執務室を出る。

 右方向に行けばさっき来た廊下。

 左に行けば謁見の間へと続く。

 俺が向かうのはもちろんそっち。

 そしてここから先は共も連れられない、統括者しか通ることを許されない道なのだ。

 石床の上に敷かれた赤い絨毯の上を音も立てずに歩きながら、俺は久々に緊張を覚えていた。

 相手が顔見知り二人で、儀式も簡単なものとはいえ、俺はこれから二千人の魔王を束ねる存在としての姿を見せることになる。

 それにこういう正式な儀は実に久しぶり。

 統括者になってすぐ――つまり半年前には結構あったのだけど、最近はとんとご無沙汰だったし。

 「……どきどきする」

 と呟くが、同時に心地よさも感じている自分がいる。

 身が引き締まり、精神が切り替わってゆく感覚。

 舞台に上がる役者が、出場直前に『自分』から『役』へと変わるように。

 あぁそうだ。

 俺も、そうだ。

 次第に変わっていく心を、意識を感じる。

 

 「……ん」

 長い廊下を五分は歩いただろうか。

 前方に、手伝いを務める魔王が見えた。

 女性だ。

 割と最近魔王になったばかりで、新人といえる少女。

 小柄な体に正装を纏い、俺のものとは異なる仮面をつけ、恭しく頭を垂れて俺を待っている。

 選んだ時に顔を見たけど、日本出身でなかなかの美少女。

 長い黒髪と、とても整った美しい少女だったな。

 「……」

 無言のまま、俺は小さくうなずいて彼女をねぎらう。

 『お待ちでございます』

 誰が、とは言わない。

 彼の背後にそびえる石造りの扉。

 その向こうにいるのは今日、統括者に謁見を願うものだけなのだから。

 矢張り無言でうなずき、ポケットから取り出した小箱を開け、まるで骨のように白い仮面を付ける。

 視界が切り取られ、目の穴から見えるものだけが、俺の全てとなる。

 『箱を、お預かりいたします』

 「頼むわ」

 俺の声が妖艶な響きを持つ。

 ――演じよう。

 仮面を収めていた小箱を魔王に預ける。

 『いってらっしゃいませ、統括者』

 「……」

 頷く。

 ――演じよう。

 すでに俺の精神(こころ)は、『俺』ではない。

 俺は――。

 ――否。

 『ワタシ』は――。

 漏れ出した俺の魔力で周辺の『ヘイロウ』が活性化し、反応したオッドアイがぎらりと光を放ちだす。

 体のラインに沿って紫色の光がぼんやりと現れだした。

 「っ……」

 小箱を持った少女が、俺の放つプレッシャーを感じたか、びくりと体を強張らせた。

 ――否。

 ――我輩こそが――

 ――恐れと畏怖を集め、王を従えるもの。すなわち――

 「……魔王、だ」

 その呟きと共に、『俺』は『ワタシ』へ、そして魔王たる『我輩』へと完全に切り替わる。

 人を滅し、魔を従え、王をかしずかせる存在へと――。

 

 

 『第五代魔王統括者、アーリヤヴナ=ケモノミミスキー様のご入室!一同、こうべを垂れよ!」

 

 重い音を立てて扉が開くと同時に、衛兵の立場を務める魔王から、鋭く大きな声が飛ぶ。

 我輩は扉の線、謁見の間と廊下を隔てるギリギリの位置に立ち、タイミングを計る。

 切り取られた視界の向こうで二つの人影が跪いたのを確認し、まず一歩、ゴトリと歩を進める。

 履いたブーツの思い靴音が、謁見の間に反響した。

 あぁ、ここに立つのは実に久しぶりだ。

 そっと深呼吸して、キンと張った空気を吸い込む。

 いい空気だ。

 実に心地いい。

 『俺』や『私』であれば萎縮してしまうだろう、石壁にひびが入りそうな空気も、『我輩』にとってはそよ風に身を任せているようなものだ。

 ――我輩が今立っているのは謁見の間の床から数段の階段で上がる、高くなった場所。

 いわゆる玉座だ。

 半円状の階段の上には我輩こと、統括者が座る豪奢な座が置かれている。

 座の背後には巨大なタペストリーが下げられている。

 描かれているのは執務室にあったものと同様、我輩達魔王が決めた、我輩達の紋章だ。

 

 我輩は重いブーツの音を立てながらゆっくりと歩を進め、玉座の前に立つ。

 

 「……」

 

 光を放つオッドアイで、仮面の奥から眼下を睥睨する。

 ここから見ると謁見の間は楕円形をしている。

 奥行きがあり、一定間隔で巨大な――天井から床までの窓が設置されている。

 窓と窓の間の壁には衛兵役の魔王が、まるで彫像のように立っている。

 皆、我輩と同じローブ姿だが、金色の縁取りはない。

 これは統括者だけに許された意匠だ。

 代わりに彼らの正装を彩るのは銀色の糸で描かれた、我輩とは異なる意匠。

 そして、どこを見ても謁見希望者用の出入口はない。

 石造りの床に引かれた、金の縁取りの絨毯の先。

 そこに転移用の魔方陣があり、階下の控室から転送で入室する。

 

 「……」

 

 たっぷりと時間をかけて謁見の間に我輩の威圧を行き渡らせ、おもむろに口を開く。

 視線の先には、片膝をついて首を垂れるエスターとグレッグ。

 

 「統括者、アーリヤヴナ=ケモノミミスキーである。我輩に目通りを求めるものよ、面を上げよ」

 

 『我輩』の口から、『私』とは異なる威圧感と自信に溢れた妖艶な声が出る。

 ゆっくりと話すことで、それはより一層、普段とは異なるものとなる。

 まずグレッグが顔を上げ、ついで恐る恐る、エスターが倣う。

 どちらも顔は上げたが、俺と目線は合わせない。

 グレッグは落ち着いたものだが、エスターは緊張からか三日前に見た時よりさらに青ざめ、わずかに震えている。

 ……そういえば年齢は十三歳だったか。

 ふん、ならば仕方あるまいて……。

 

 「名を聞こう」

 

 少しだけ声に柔らかさを持たせ、聞く。

 

 「ま、魔王エストル=ラックマン、です」

 「その後見、魔王グレッグ=グレゴリーにございます」

 「……」

 

 頷く。

 

 「……?」

 

 グレッグの右後ろで片膝つくエスターの困惑が伝わってくる。

 三日前とあまりに違いすぎる我輩の姿と雰囲気に、この人は本当に自分の知っている『アーリャさん』なのだろうかと訝しっているのだ。

 答えは――是であり、否。我輩は、統括者アーリヤヴナなのだから。

 カツッと杖で床を突き、高い音を響かせる。

 ただでさえ張りつめた空気の中にいる相手をさらに委縮させてこちらのペースを作り出す法であり、これも儀式の流れの一つなのだが、そんなことは知らないエスターがびくりと体を跳ねさせた。

 ……ふふ、かわいいものじゃないか。

 そんな感想を内心に浮かばせながら、我輩はそっと玉座に腰掛ける。

 深くは座らない。軽く腰を掛ける程度。

 左手に持っていたドラゴンの杖は右手に持ち替え、垂直に立てたまま。

 

 「用件を聞こう」

 

 我輩の言葉に対してはエスターではなく、彼の後見人を務めるグレッグが答えることになっている。

 

 「魔王グレッグ=グレゴリーが、統括者、アーリヤヴナ=ケモノミミスキー様に嘆願申し上げます。これなるもの、魔王エストル=ラックマンは同胞として、我らが島に居住することを望みとしております」

 

 グレッグの落ち着いた、低い声が謁見の間に響く。

 この間ノイとふざけまくっていた時とはまるで別人だ。

 彼からもまた、魔王としての威圧を感じる。

 ……真面目にしているか黙ってさえいれば、だが。

 

 「統括者におかれましてはなにとぞ、彼を我らが同胞として島におき、我らと共に歩むことをお許しいただきたい」

 「……ふむ」

 

 もちろんこの願いに対する答えはきまっている。が、儀式の都合上我輩は頭を左手で支え、考え込むそぶりを見せる。

 ……エスターめ、もっと青白くなってきている。

 目も泳いでいるし、ふぅむ。早めに進めてやるとするか。

 

 「その方、魔王エストルよ」

 

 いくつか質問をするために、彼に声を掛ける。

 

 「ひゃいっ!」

 

 ……。

 裏返ったな、見事に。

 こやつ、今度は頬を染めている。

 

 「……落ち着くがよい、エストルよ。捕って喰らおうという訳ではないぞ」

 

 儀式の流れにはない、気遣いをかけてしまう。

 ……うーむ、切り替えたはずの精神(こころ)が、いつもの『俺』に戻りそうだな。

 

 「我輩がそなたに問いをかける。そなたはそれに答えればよい。よいか?」

 「は、はい!統括者様」

 「結構。では、問う」

 

 改めて名を聞いたあと、歳、出身地を聞いてゆく。

 実はこの質問こそが、『名を登録する』という儀式そのものだ。

 我輩が聞き、彼が答える。

 彼の答えはそのまま、この場に充満する『ヘイロウ』粒子に変換されて謁見の間の床に描かれた魔方陣へ入力・転送され、地下のストーンヘンジに刻み込まれてゆく。

 このストーンヘンジには全ての魔王、その数二千に及ぶ名が刻み込まれているのだ。

 我輩の質問は続く。

 

 親・親戚・兄弟はいるか。彼らとは良好な関係だったか。

 そして人間をどう思っているか。

 これは重要だ。前にも言ったが、魔王になる者は大きく二つに分かれる。

 厨二病をこじらせすぎたか、人間の社会にとことん嫌気がさしたか。

 嫌気がさした、ということと恨んでいる、ということは同義ではないが、近しい。

 故に、『魔王として強大な力を持ったお前は、人間をどう思っているか』、簡単に言ってしまえば『お前は人間を滅ぼしたいか否か』、あるいは『殺したいと思う人間がいるか否か』という質問をする。

 大概の魔王はこれに、『興味はない』という回答をする。

 人間など、勝手に生き勝手に死ぬがいい、というスタンスなのだ。

 かつて我輩もそうだった。

 だがエスターはこれに否、つまり、人間に恨みはないと答える。

 元々彼は前者、厨二病方向をベースに魔王になっているからだろう。

 ふん、厨二病っていうと表現が悪いが、それはつまり理想の自分、こうありたい自分を突き詰め突き抜けた結果のことだ。

 妄想が具現化した、と言ってもいい。

 これはそういう意味だ。

 

 さらに、これからどうやって暮らしていきたいか、とか、どこで暮らしたいか、といったことも聞く。

 統括者に従えるか、そして将来なってみたいか、などという質問もある。

 これは向上心を問うものであると同時に、反乱の可能性の有無をあらかじめ判断しておく意図もある。

 エスターはこれに、分かりません、と答えた。

 これは我輩にとって少々意外だった。

 

 「……ほう。分からぬ、とな?」

 「は、はい。その、もちろん統括者様には従います。ですが万一の――とても重大な事態が起こった際、私は私の眼で見て、耳で聞いて、事の真実を見極めたいと考えています。その時、統括者様の位置に背いてしまうことが、その……あってもです」

 「……ほう」

 

 彼の言う万一の事、とは、つまり人間との戦争や、魔王の反乱という、我輩達にとって極めて大変な事態の事さすのだろう。

 さすがは厨二病方向から来た魔王。

 状況の想定といい、それに対する答え・考えといい、よく聞く設定だ。

 だがどうやら、こいつはそれをただ口に上らせただけではないな。

 確たる意思を持って、その言葉を述べている。

 しかし……なるほどなるほど。

 そう来たか。面白い。

 オッドアイが細まり、我輩の放つプレッシャーが濃度を増す。

 謁見の間に広がる緊張が一気に増大した。

 魔王どころか時間までもが歩みを止めたかのような静けさ。

 今の我輩にはこの場にいるすべてのものの心音さえ聞き取れる。

 そして皆が身動きすらできずに、俺の言葉を待つ。

 

 「……エストルよ。つまりそれは、統括者たる我輩の意思を無視し、独断で行動する事さえいとわない、ということか?」

 「っ……それが、正しいと信ずるに足る道ならば」

 

 今度は逆にエスターの背が伸び、グレッグがハラハラしている。

 表情にわずかな焦りを浮かべ、エスターと我輩を交互に見ているのが分かる。

 

 「……ふ、む」

 

 我輩はしばらく黙りこむ。

 演技ではない。

 真面目に考えているのだ。

 エスターの言葉はともすれば、最高指導者に『あなたには従わない』と言っているに等しい。

 場合によっては反旗を翻す、ということ。

 それは決して許されることではないからだ。

 居並ぶ魔王たちの緊張が限界まで高まっているのを感じる。

 我輩は、我輩が統括者となった後のことしか知らないが、かつて、ここまであからさまに自分の意思を語ったものはいなかったに違いない。

 

 「……」

 「(ごくり)」

 

 エスターの喉が動く。

 我輩は彼の目をじっと見つめ、その奥に潜む覚悟を、意思を、見極めようとする。

 現在の状況に似たものを言うならば……そうだな、企業面接があげられそうか。

 その場では必ず『御社はすばらしい』『御社に貢献したい』『御社に従う』と、どの会社に行っても言う。

 企業にとっては従順で飼いやすい存在なのだろうが、個性がない。

 もし我輩が面接官なら、むしろ『御社のこれこれこういうところが気に入らない。故に私がこうしたい』と言ってくる人材の方が好ましい。

 面接とは綺麗事を並べる場ではなく、自分をへりくだらせる場でもなく、企業に対し『自分はこういう人間で、こういうことは好きで気に入らなくて、そしてこの会社に対してはこう思う』ということを、正直に述べる場のはずだ。

 そこに会社に対する批判があってもかまわないはずなのだ。

 

 だが現実は違う。

 面接の場では、例え深く考えた結果だとしても会社を批判することは許されない。

 してもいいのだろうが、少なくとも学校で教わらないし、『社会の通例』としてあり得ないとされる。

 いかに自分をアピールし、会社を持ち上げ、自分がいかに会社にとって有効かを述べるだけの場と化している。

 そんなものは、単なる茶番だ。

 『正直者が損をする』――それは我輩が――俺が人間だった頃感じていた歪みの一つだ。

 エスターは魔王になった者の中では若年の部類に入るうえ、その境遇故に社会の歪みや汚れを、まだ知らない。

 それだけではなく、元からはっきりとものをいえる性格なのだろう。

 だからこそ、こういう場ではっきりと自分の意思を語れたのだと見る。

 それは俺に――我輩にとって非常に、好ましい。

 

 「……くくっ」

 「あ、あの、統括者様……?」

 

 今更ながら、自分が言った二つの言葉の重大さを自覚したのか。

 エスターは我輩の漏らした笑い声でまた、震え上がった。

 謁見の間にヒビが入りそうなほど張りつめた空気の中での笑いだ。それも当然だろう。

 

 「……あ、アーリャ、さん?」

 「おいバカ、こらっ」

 

 ……意外と大物か、こやつ。

 この状況で『アーリャさん(普段の呼び方)』が出るとはな。

 面白いが、それは止めよ。

 今の我輩はフレンドリーな存在ではない。

 グレッグが小声で注意し、エスターが飛び上がる。

 

 「あ、す、すみません!わ、私はその……」

 「よい。しかし……くははっ!……そなたの考え、とても良いぞ、エストルとやら。我輩はそういう考え方、嫌いではない」

 

 我輩は肘掛についていた頬杖をやめ、身を起こした。

 カツンッ!

 杖を突き、鳴らす。

 

 「よかろう。エストル=ラックマン。そなたの、島への居住を認めよう」

 「あ……え?」

 

 エスターの顔が呆ける。

 こら、まだ儀式は終わってないぞ。

 

 「エストルよ。そなたがそう望むのであれば、そなたはそなたの信ずる道を行くがよい。そなたが正しいと信ずる道を行くがよい。例え我が意思に逆らうことになろうとも」

 「へ……」

 「聞け。よいか、これはこの先に現れる全ての統括者に対しても同じこと。この先どんな統括者が現れても、そなたは己の信念に従って生きよ。それをここで誓えるか?」

 「は、はい!誓います!」

 

 エスターが深々と首を垂れる。

 カツンッ!

 杖が鳴る。

 エスターはもう、その音に怯えていない。

 ……なるほど。

 やはり若いながら一本芯を持っているようだな。

 

 

 「よろしい。エストル、我輩もそなたを信じよう。そなたのその、曇りなき眼。真実を見極めんとする眼を信じよう。その目と心をもって、我ら魔王を正しく見つめ続けよ。それが、そなたがこの島で生きるための課題である」

 「はいっ!」

 「結構!」

 

 高らかに声を上げ、場を盛り上げる。

 そして我輩は立ち上がり、儀式を締めくくり、エスターを正式に同胞とする為に必要な最後の魔方陣を起動する。

 カンッ!カンッ!

 二度、杖を突くと、床を覆い尽くす魔方陣が浮かび上がり、光が走る。

 そして、我輩の呪文詠唱が、始まる。

 

 

 |Record is born my Chaos. Bread is Earth,|Blood is Hades.』

 (混沌たる人の世より出でしもの。 人を滅し魔を統べ王をかしずかせるもの)

 

 『I have indicat eternal way.Create,Conduct,and Ravage.』

 (そは道を奪い、道を作り、道を示すもの。 鮮烈にして激烈なり。苛烈にして熾烈なり)

 

 

 エスターが、グレッグが、魔王たちが、こうべを垂れ、響き渡る我輩の声に耳を傾ける。

 興奮をはらむ静寂の中で朗々と、我輩は呪文を唱えてゆく。

 無論、最初にこの呪文を作った魔王の母国語、つまり英語で、だ。

 詠唱は文字で書けばこのように――本来の四行詩の内容ではなく意訳されたものとなる。

 

 

 『I will Order.The origin elements.always with us.Then I force to force hidden earth.』

 (そは絶対なる力と権を持ち、この世全てを手に収め、この世全てを握るもの。 流麗にして壮麗なり。絶麗にして豊麗なり)

 

 

 『So As I hold "HERO"』

 (膝を折り頭を垂れ平服せよ)

 

 

 『World Alteration!!』

 (我こそは、全ての魔の長たるが故に)

 

 四行詩全ての詠唱が終わると同時に魔法陣が発動。

 陣を描く線が、跪くエスターの真下に届く。

 同時に彼の体がうっすら光を帯びだした。

 充満している『ヘイロウ』粒子が、特殊な音の響きを持った呪文に反応しているのだ。

 

 そして締めくくりの詠唱。

 ここは統括者の母国語で詠唱され、この場合は日本語だ。

 

 『我は第五代統括者、アーリヤヴナ=ケモノミミスキー。我が名において、この者、エストル=ラックマンを同胞として認め、島への居住を認めるものなり!ここに、承認する!』

 

 「わ、あっ……!?」

 

 魔方陣がひときわ強く輝き、エスターの体も光る。

 光は窓という窓から溢れ、一時空を染め上げた。

 魔方陣はしばらく輝き、そして唐突に光を消した。

 後に残ったのは感動を露わにするエスターと、ほっとした顔のグレッグ。

 

 「これにて儀式は終了である。魔王エストルよ、そなたを同胞として歓迎しよう」

 「あ、ありがとうございます」

 「そして魔王グレッグ」

 「んぁ?」

 

 バカもの。貴様も素に戻るでないわ。

 まだ終わってないのだぞ。

 ギロッ。

 

 「……ごほん、失敬。なんでしょう、統括者」

 

 我輩だけでなく周りの魔王からも無言の圧力を浴びて、グレッグが急いで言い直した。

 

 「エストルを頼むぞ。いろいろと教えてやるといい」

 「御意!」

 

 芝居気たっぷりに、グレッグが一礼。

 それを確認し、我輩は玉座の後ろに控える魔王に視線を送る。

 彼は即座に意図を察した。

 

 「統括者、アーリヤヴナ=ケモノミミスキー様、御退出!一同、こうべを垂れよ!」

 

 ザッ!

 壁際の魔王たちが姿勢を正し、エスターとグレッグが片膝をついたまま深々と礼をする。

 カツッ!

 杖を一突きして立ち上がり、我輩は謁見の間を後にした。

 これにて『我輩』の公務は終了し、エスターは正式に、『俺』達の仲間になったのだ。

 

 

 「……ぷはー……」

 執務室に戻ってくると同時に、俺は全身を脱力させた。

 やっぱり久々に魔王モードになると疲れるわ――……。

 役になりきっている時は楽しいし、精神も緊張しているから全然感じないんだけどねぇ。

 いったん離れるともうこれだ。

 「……疲れた」

 『お疲れ様です、マスター』

 飲み物を用意して待っていたメイド長ドールが、甲斐甲斐しく椅子をすすめてくれる。

 「……ども」

 ローブを脱いで彼女に渡し、俺は椅子に座り込んだ。

 ……もふ、むぎゅうっ。

 『あらあら。マスター、大事なシッポの毛並みが痛みますよ』

 「……んや?」

 そういえばシッポが痛い。

 振り返ってみると、溶けたアイスクリームみたいになっている俺と背もたれの間で、挟まれたシッポが苦しげにしていた。

 「っとと」

 ちょっとだけ姿勢を戻して大事なシッポを開放し、背もたれのすきまから出して――またでろーん。

 『あらあら……。そんなにお疲れなのですか?』

 メイド長ドールはお茶を淹れながら聞いてくる。

 「ん……。久々だったから」

 出されたお茶をこくりと飲む。

 おや、良い香り。

 後味もすっきり。

 これは……ジャスミン?

 『矢張り定期的に登城して公務をされては?』

 「……お仕事、無いんだってば」

 『あっ……』

 そういえばそうでした、みたいな声出された。

 まあ、それはそれで島がうまく回っているってことで、いいことなんだけどね。

 『で、ですがほら、雰囲気を感じるだけでも違うものですよ?』

 「……一理ある」

 ふた月も離れていると、城の雰囲気そのものも忘れちゃうからなぁ。

 「次はもう少し間隔を置かずに来るから」

 『はい。そうして下さいな』

 ジャスミン茶を飲み干し、俺は立ち上がる。

 「着替えるね」

 『お手伝いをしましょうか?』

 「うんにゃ、自分で……」

 ――うるうる。

 ……なんか手を握って上目づかいで、目を潤ませて見られてるんですが。

 「あー……ごほん。じゃ手伝ってもらおうかな」

 『はいっ!』

 はぁぁ……。

 久々にもらえた仕事に、メイド長ドールが花が咲くような笑みをこぼす。

 『では早速、お着替えを!さぁさ、こちらへどうぞマスター!新しいお洋服もたくさん取り揃えておいたんですよ!』

 「あー、うん……」

 ――確かに、ちょくちょく来た方がよさそうだ。彼女の仕事の為にも――。

 

 

 そしてかれこれ二十分。

 プライベートルームに引っ張り込まれた俺は、メイド長ドールの着せ替え人形になっていた。

 ……あのさ、普通逆じゃない?これ。

 着せ替えはドールにするものであって、ドールにされるものじゃないと思うんだけど。

 「……むぅ」

 無表情のなかに一抹の疑問符を浮かべっぱなしの俺には構わず、メイド長ドールは嬉々として俺に服を見せる。

 『これなどいかがです?イタリアは最先端のファッションモードです!』

 「……ド派手」

 『こちらは?フランスはパリで流行中の服でございます!」

 「……ヒラヒラ過ぎ」

 それじゃノインゼル・リアル体型だよ。

 っていうか誰だこんなモノ流行らせてるの。

 「ではこちらはいかがです?」

 「それは水着」

 服としての機能をビックバン級に放棄した布きれを全力で押し返す。

 海辺でもないのに誰が着るかー!

 っていうかそれ、水着にしても布が少なすぎるぞ。

 限界に挑戦しました系のじゃないか。

 俺が着たらパツパツでいろいろヤバそう。

 ……これはボケか?ボケなのか?

 それともソフトウェアに問題(バグ)でもあるんじゃないのか?

 おいメイド長ドール。

 『それでは……あぁ!これなどいかがでしょう!魔王らしくていいと思いますが』

 「んむ?」

 ジト目の俺に差し出されたのは黒のブラウス……かな?

 魔王らしいかどうかは置いといて、デザインは悪くない。

 肩出しタイプで胸元も大きめに開いていてセクシー。

 襟元にある金糸の縁と相まって、今まで着ていた正装を彷彿とさせる。

 ただ正装と違って裾にレースのヒラヒラがついている。

 これがカジュアル感を出していていいんだけど。

 「デザインは好きけど……なんが薄い」

 これじゃ色によっては下着が見えちゃう。

 『あら?えぇと……。あぁ、これは特注のサマーカーディガンで、ベースはシースルーブラウスというものですね。アンダーも含めてお洒落に着飾れる服です』

 「ほう……」

 俺が興味を持ったのが分かったのか、メイド長ドールがいろいろ教えてくれる。

 なんでも本来、というか一般的には白色でが多く、全体も透過しているようなものらしい。

 うっすら透けるアンダーのシャツも含めて一つのファッションアイテムなんだそーだ。

 「でも黒いと、アンダーの選択幅があまりないと思う……」

 魔王っぽさを出すために黒の特注を作ってもらったらしいけど。

 『ご心配なく。アンダーも用意してございますよ、マスター。こちらです!』

 ひらっ。

 ……ひら?

 「……これ、なに」

 『アンダーシャツです!』

 「……」

 彼女が自信たっぷりに広げたそれは、どう見ても……下着。

 肩ひもで吊って、胸元からおへその上あたりまでを覆っているから、ぎりぎりシャツと……というかワンピース、なんだろうか。

 色は赤。

 黒と赤の対比は素晴らしいし、俺の髪色やシッポの色にも合ってる。

 合ってるけど……。

 「風が吹いたら捲られそうなんですが」

 『そのための、ブラウスのボタンです!』

 「おなかが冷えそうなんですが」

 『魔王様なら大丈夫です!』

 「……」

 確かにそうだけど、冷えは女の大敵じゃなかったっけ?

 それ(・・)を受け取り、広げてマジマジと眺める。

 ベースにした、というだけあり、このシースルーブラウスは本来の形から若干外れていて、むしろ透けたカーディガンという方があっている。

 普通に羽織って着るけど、肩から上腕までは露出していて、腕の内側を通って繋がる布で二の腕を隠している。

 胸元は、ちょうど膨らみの下あたりに金ボタンが縦に三つ。

 これで留めればなるほど、風が吹いてきても大丈夫ってことか。

 赤いアンダーシャツも、裾はヒラっとしているけど背中側にアジャスターがあって、これで調整が出来るようになっている。

 対になっているスカートは、露出多めのトップスと違い、ひざ上丈だけど割とおとなしめのデザイン。

 オシャレとカジュアルさを両立させた、いいチョイスであることは間違いない……んだけど。

 「……」

 ヒラヒラを前に悩む俺。

 だってどことなくノイみたいな格好なんだもんなぁ。

 あと俺、できれば普段着は白系がいいんだ。

 『……お気に召しませんか?では、残るはこちらになりますけど?』

 一応フリフリ衣装を体に当てて姿見で眺め(む、結構似合ってる?)、ため息をついていた俺は背後を振り返り――絶句した。

 「……」

 にこにこのメイド長ドールが手に下げたハンガーにかかっている衣装。

 襦袢、白衣、緋袴。

 端的に言ってそれは、巫女服と言われるもの。

 『巫女装束』ではなく、サブカルチャー、つまりコスプレ用の『巫女服』だ。

 襦袢と白衣はいいとして、問題は緋袴。

 コスプレ用だから丈が短い。膝上だ。

 緋色の脚絆に草鞋まで置いてあるし。

 ご丁寧に採り物の剣まで用意されている。

 なんですかこの巫女さんセット。

 一体どこで買ってきた?

 『私としましては、こちらもぜひ着ていただきたいんですが……』

 「……質問」

 頭痛をこらえ、聞く。

 『はい、なんでしょうマスター』

 「なぜ、そんなものがそこにあるの」

 『マスターの故郷ニッポンの聖地より、取り寄せました。こんなこともあろうかと』

 「いつ、どこで着るものか、知ってるの」

 『本来はニッポンで神事を行うときですよね?ですが魔王になる素質をお持ちの皆さんは公の場でも着用し、写真を撮ってもらうとか。そうそう、妖術や剣技などを用いて戦う術も知っているそうですね。そういう方々は普段着にしている場合もあるそうで」

 「……」

 曲解しすぎだ。

 そんな奴はそういない。

 っていうか二次元にしかいない!

 「……巫女服の存在を、誰に聞いたの」

 『この島にいる方ならだれでもご存知であると思いますよ!……私はノインゼル様からお聞きして、用意致しましたが』

 あいつか。

 よし、爆破しよう。

 『それで……着ていただけます?』

 「却下」

 まだ透けブラウスの方がいい。

 えー、とかそんなー、とか言って縋り寄ってくるメイド長ドールを完璧に無視し、俺はスカートをはき、紅いアンダーシャツを着て、特注のシースルーブラウスを羽織る。

 もう一度姿見で見てみると、あらら、意外と似合ってる。

 いいかもこれ。

 ひらりん。

 『ぐす、ぐすん……』

 なぜ泣く。そんなに着せたかったのか、巫女服。

 嫌いじゃないけどTPOはわきまえたい。

 っていうか魔王なのになんで巫女服着にゃあならんのか?

 最後に、朝もつけていたイルカのネックレスを掛けて、着替え終了。

 「……ふむ」

 姿見の前でくるくると回って、全身を確かめる。

 確かに俺の普段のイメージは白なんだけど、うーん、黒もあってるなぁ。

 ノイとかぶるからあまり着ないんだけど、これなら普段から着ていてもいいかも。

 「ねぇ」

 『はい……』

 いい加減元気出してよ。なんで|俺≪ご主人様≫が|この子≪メイド≫を慰めにゃならんの。

 「どう?」

 『……あ、えぇと。……あら、あらあら。よくお似合いですわマスター!』

 鼻をすすってから顔を上げたメイド長ドールはすぐに表情が一変、手放しで俺を褒めだした。

 『丈もぴったりですし、配色も!やはり私の目に狂いはありませんでした!』

 「……」

 巫女服出した時点で何か狂ってると思うけど、まあいい。

 『キツいところはありませんか、マスター』

 俺の、もふもふのシッポにブラシを入れながら、メイド長ドールが聞く。

 「特に……あ」

 いや。あー。

 「ちょっと、あの、えーと」

 『?』

 ……やっぱ言いづらい。自分の体なのに。

 『どうかされましたか?』

 「胸……」

 『胸?』

 「……が、ちょっときつい」

 すいとメイド長ドールの視線が下がって、俺の胸元を見る。

 ふくらみの下で、ボタンで留められた生地が引きつれてるってことは、矢張りサイズが小さいんじゃないかな。

 その性で裾も微妙に上がり気味。

 言われなきゃ分からないと思うけど……。

 「……」

 なんとなく頬が赤くなっていくのが分かる。

 『あ、あぁ。なるほど。これは大変失礼を。私めの情報が少々古かったようです。何しろ半年前の情報ですので……』

 正装を作る為、統括者となった魔王の身体情報は全てメイドたちに知らされる。

 彼女たちはその数値を元に服をそろえ部屋のレイアウトを考えるんだ。

 で、俺ももちろん情報を渡してあったんだけど、どうやら半年たって体が成長したらしい。

 この間下着がきつく感じられたけど、うーむ。魔王になっても体って成長するんだ、やっぱり。

 『恥ずかしがることはありません、マスター。特に成長しなくていいと意識しない限り、魔王になっても肉体的な成長は続くと聞いています。そのことを失念していた私の失態です。お許しを』

 「あ、いや、うん……」

 だが決してからかうことはないメイド長ドールに、深々と頭を下げられた。

 いや、別に怒ってないよ。大丈夫。

 『すぐに別の服を……』

 「……これでいい。言われなきゃわからないし。色も形も好きだし」

 『ですが……』

 「だから今度までに、サイズ合わせたのをお願い」

 『――はい。承知しました、マスター』

 ではサイズを測らせて下さい、とお願いされたので、俺は一度服を脱いでサイズを測ってもらい、改めて身支度を整える。

 『やはり、成長されていますね。今測らせていただいて正解でした』

 「ん」

 身長をはじめとする俺の情報を書きだした紙を睨み、メイド長ドールはすまなそうな顔をする。

 『すぐ仕立て直したものをご用意させます。この他にデザインのご希望はございますか、マスター』

 「……うーん、特にない」

 結構気に入ったよ、この服。

 『かしこまりました。……それで、この後は……』

 「エスターを連れていったん宿に戻るよ」

 今朝オーナーに『儀式のあとエスターを連れて来なさい』って言われたけど、あれ多分、彼の境遇を聞いて手料理を振る舞いたいからだろう。

 『今夜は|城≪ここ≫で、エストル様の歓迎晩餐会もするのですよね?』

 「ん。それまでには帰ってくるから、用意しておいて」

 『かしこまりました、マスター』

 そ。今夜はエスターが仲間になった記念の晩餐会が開かれる。

 場所はもちろんここ。久方ぶりに仲間を迎える晩餐会だ。

 主役の彼を迎えて、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎになるはず。

 みんな、お祭り騒ぎ好きだしね。

 あぁ、先日マグロ料理のディナーが開かれたけど、それとはまた別。

 「じゃ、私は戻るね」

 『はい。また夜に』

 「ん」

 メイド長ドールがペコリと頭を下げ、俺はそれに手を振って執務室を出た。

 

 

 「んん?アーリャ、その服ちょっと小さくない?」

 「……」

 いきなりバレた。

 誰にかって?もちろんノイだ。

 執務室を出て長い廊下を歩き、またいくつもの階段を今度は下って城に中庭にたどり着き、ノイと合流した次の瞬間、彼女は一目で俺の服のサイズがわずかに合っていないことを見抜いたんだ。

 「アーリャのスリーサイズは把握してるけど、それに照らし合わせるとひとまわり小さいと思うの、わたし。特に胸周り。半年前より1.5センチは大きくなってるはずだよ」

 「……」

 そんなに育ってたのか。

 じゃなくて。

 これはどこからツッコんだらいいのかな?

 ……えーと、とりあえず。

 「……ノイ」

 「ん?」

 「なんで私のスリーサイズ知ってるの」

 ゴス幼女はエッヘンと胸をはった。

 「アーリャの事なら何でも知ってるよ?」

 いかん、頭が頭痛になってきた。

 「……なぜ、数字まで分かるの」

 「わたしの眼力なめたら駄目だよ。スリーサイズくらい見ればわかるんだから。特にアーリャのはいつも見てるしね!」

 えっへん!

 「……」

 優秀なハードウェアデバイスを持つドールのメイド長でさえ、一見で分からなかった俺の微妙な成長を、こいつは見ただけで分かるという。

 えぇい、俺の友人は化け物か!

 ……いや、化け物か。

 無駄に得意げなノイをとりあえず爆破しておこうとして――急に虚しくなっちゃった。

 獣耳はぺたんと伏せ、シッポはでろーんと垂れさがる。

 脱力(はぁ)……。

 なんかもう、どーでもいいや……。

 ため息を吐きつつ、ぐるりと中庭を見回す。

 三方を高い石壁に覆われた中庭は、そこだけがぽっかりと陽だまりになっている。

 芝生が敷かれ、壁際には花壇。俺が今出てきた背後の渡り廊下が、建物と建物をつないでいる。

 ちょうど風の抜け道にもなっているここは、常に海風が通り抜けるので夏でも涼しい。

 「……エスターは?まだ来てない?」

 するとノイは小っちゃい指で少し離れたところを指さす。

 「うんにゃ、あっち。ほら、来てるよ」

 「ん……」

 彼女が指さす方、海を臨める石造りのテラスへ続く、アーチ形の門の下にエスターが立っていた。

 こちらに背を向け、吹き上げて来る海風に白いぼさぼさ髪をなびかせている。

 その横にグレッグが座り、二人で何やら話しているみたい。

 手入れの行き届いた芝生をさくさく踏み、二人に近づく。

 「ん?よぉアーリャ。やっと来たな」

 グレッグが気付き、振り返った。

 「待ちくたびれたぜ、まったく」

 「ごめん」

 久々の魔王モードで疲れたから、一服してたんだよ。

 ところで――。

 「……なんでエスターは、直立不動なのかな?」

 「い、いえ!あの、先ほどはとんだ失礼を!」

 「失礼?」

 はて。なんかあったかな。

 ぱたぱた。

 シッポを振りながら首をかしげる。

 「あれか、儀式の最中に『アーリャさん』て言っちまったことか?」

 「は、はい……」

 ……そのことか。

 グレッグがカチンコチンのエスターを面白そうに眺めてる。

 うむ、見事なキヲツケの姿勢だな。

 「だいじょぶ。気にしてないよ?」

 「ですが……」

 まだ儀式中の俺を思い出しているのかな。

 もういいんだよ、そんなにかしこまらなくて。

 「魔王モードの時のアーリャは迫力が違うからねぇ。まるで別人だもの」

 背後からノイが近づいてくる。

 「普段とは全くイメージが違ったでしょ」

 「あ、はい……。仰る通りです」

 「俺でさえ腹に力入れてないと、雰囲気に飲まれそうになることがあるからな」

 初めてこいつの魔王モード見てあれだけ言えりゃあ上出来だ、とグレッグ。

 なんだいみんなして。俺そんなに怖くないもん。

 ……たぶん。

 「ご自身を指す言葉も『私』ではなく『我輩』になってましたし……。本当に別人かと思いました……」

 「それであってるよエスター。魔王モードの時のアーリャはほぼ別人。わたしだってうっかりしたら何されるか分からないもん」

 「二重人格みたいなもんだぜ」

 ……ひどい言われようだ。

 今は通常モードだけど、二人とも爆破してやろうかな、まったく。

 「むすっ」

 知らず知らず口がへの字になる。

 「……あのねアーリャ。むすってしても、今はいいけどね。魔王モードの時は本当に迫力が違うんだよ?」

 幾度か俺の魔王モードを見たことのあるノイが、呆れ声を出した。

 「……むぅ」

 そうなのかなぁ。

 客観的に見たことないから何とも言えんけど。

 「ねえ、エスター?」

 「え、えぇノイさん……。その、ちょっと怖かったです」

 「は、やっぱな。……一度録画して、見せてやった方がいいなこりゃ」

 「賛成だよグレッグ。アーリャは一度、切り替わった後の自分を見たほうがいいと思う」

 うるへー。

 ぷいっとそっぽを向く。

 「……魔王が怖くなかったら意味ない」

 「む」

 「ぬ」

 「ろ、論破されましたね」

 あはは、と苦笑いのエスター。

 「負けたよ。降参、アーリャ」

 ノイが両手を上げた。よく分からんが、勝ったらしい。

 「……それより、ほら、行こう。オーナーが待ってる」

 中庭が待ち合わせ場所であることはすでにエスターもグレッグも知っているし、先に来ていたノイが、二人にこの後の予定を話しておく手筈になっていた。

 「はい」

 「おうよ」

 グレッグが腰を上げ、ノイが歩き出す。

 「……」

 二人について行こうとしたエスターが、ふと振り返った。

 その先には素晴らしいパノラマの、海。

 どこまでも広がる蒼い海面が陽光を弾き、もくもくの入道雲が空を席巻する。

 さぁっと吹き上げる夏の風に髪を揺らし、エスターが心地よさ気に目を細める。

 「ふふ……」

 風に流される長い金髪を押さえつつ、俺は隣に立った。

 「いい場所でしょ」

 「……はい」

 人間だった頃のエスターには、病室の窓から見える切り取られた風景だけが、外の世界の全てだったんだろう。

 ベッドに横たわり、日々弱っていく体を憂いながら外の世界に憧れていたんだろう。

 出たくても出られない。

 感じたくても感じられない。

 長年そういう境遇にあったエスターはこの風景を、自分の足で自然の中に立つことを何よりも望んでいたんだろう。

 自分の体で体験し、チャレンジする。

 魔王という異質な存在になったとしても、彼が望むのはきっと、そういう小さな幸せ。

 強大すぎる力を得ても、望むのはきっと、それだけ。

 『自分の目で見て、確かめたい』

 儀式の時に彼が言った言葉には、そういう意味もあったんじゃないかな。

 だからこそ、そんな彼を仲間にしてあげられてよかったと思う。

 「……とても、良い場所です」

 その言葉には、万感の思いが感じられた。

 「ん」

 「……アーリャぁ!なにやっての、置いてくよー!」

 「エスター、お前もだ!いちゃついてないでさっさと来い!とりあえず主役はお前だろうが」

 「い、いちゃついてなどいません!いい加減なこと言わないでください、主任!」

 中庭の出口から、ノイたちが呼ぶ。

 叫び返すエスターに、俺はそっと手を差し出した。

 「ほら、行こうエスター」

 「あ……」

 ちょっと驚いたように、白髪の魔王は俺と手を交互に見て。

 「はいっ!」

 太陽みたいな笑顔で、俺の手を取った。

 

 

 エスターにグレッグ、ノイを連れて城を出た俺達は、一路オーナーの待つ宿へと向かう。

 その道すがら俺は、エスターに今日これからの予定を教えていた。

 「……ということで、この後私が世話になってる宿でおひるごはん。夜は城で歓迎会があるからね」

 「そ、そこまでしていただかなくても……」

 「だめ。正式に私達の仲間になったんだから、みんなに挨拶しないと」

 「うぅ……」

 人前に出るの苦手なんですよ、と言うエスターの背中を、グレッグがばんとぶっ叩いた。

 「あいたっ」

 「なーにをガキみたいなこと言っとるかお前は。魔王ともあろうものが、自分の住む世界を睥睨できなくてどうする」

 「いや、ボクは十三歳で、間違いなくガキの部類ですからね?それに世界を睥睨なんてする気はないですし、大体ボク、多分一番新参なのに皆さんを睥睨なんてしたら失礼じゃないですか!」

 「っかー!なっさけねぇ!」

 俺の時は歓迎会の時に統括者と酒飲んでケンカしたぞ、とグレッグ。

 「はぁっ!?」

 目を丸くするエスター。

 あ、その話しちゃうんだグレッグ。

 「それから一週間、先に魔王になった奴らとバトりまくって、ついた二つ名がヴォルケーノ・ザ・タイタンだからな」

 かっこいいだろう!と高笑いする偽○ルク。

 「確かに字面は……ってそうじゃくて!いったい何がどうしてそんな名前になったんですか?何か噴火させたんですか主任!」

 エスターはもうすっかりグレッグのツッコミ役になってるな。

 いつも俺かノイだから、楽でいいや。

 「そんな主任と一緒にしないでくださいね!?ボク……っていうか普通、そんなことしませんからね!?」

 「……アーリャ、あれ、まじ?」

 俺と並んで歩いていたノイに、くいくいと袖を引っ張られた。

 「確かにグレッグならやりかねないけど。いくらなんでも初日に統括者とケンカって……」

 「んや、まじ」

 「……ありえないよね……って、え、まじ?」

 「まじ」

 うわぁ、とノイが空を仰いだ。

 「なんでそんなことに……」

 あぁそうか。

 ノイがこの島に来たのはその後の事だから微妙に時期がずれてるのか。

 知らないのも無理はない。

 俺はその時すでにこの島にいて、しかもその場にいたから知ってるけど。

 あれはそう……四年前。

 「二人ともお酒入るまでは意気投合しててよかったんだけどね。バーボンの樽二つ開けたあたりでおかしくなった」

 些細な、そう、確か統括者の髪型がおかしいとか何とか。

 俺もそう思ったけど触れないでおいてから覚えてる。

 だってあの人、見事なリーゼントなんだもん。

 あぁ、ちなみにその人、今は空戦技における俺の弟子。

 最近会ってないけど。

 「樽……?二つ……?」

 ノイ、唖然としたまま固まってる。

 まあそうなるだろーな。

 俺もお酒飲むけど、さすがにそこまでは無理。

 グレッグもあの時の統括者(リーゼント)もウワバミだよ。

 「……じゃあさアーリャ。ヴォルケーノの由来は?」

 「ん?」

 「タイタンはまあ、分かるよ。巨人とかって意味でしょ?じゃヴォルケーノは?」

 「あー……」

 確かに字面はかっこいいけど、別にグレッグが火山を噴火させたとか掌から謎ビーム出したとか、そういうんじゃない。

 現実はもっと……そう、ダサい。つまり――。

 「酔って暴れたグレッグが手当たり次第に物をブン投げたから」

 「……は?」

 「だから、手当たり次第に、物をブン投げたの。噴火した火山が軽石だの溶岩だのをまき散らすみたいに」

 「それだけ?」

 「それだけ」

 すごかったよ。椅子やテーブルはもちろん、百キロはある水の樽だとかその辺に生えてる樹を引っこ抜いてだとか、挙句に、

 「家も投げた」

 「……アーリャ、今なんて言った?」

 「家を投げたの」

 当時建設途中だったこの場所には、資材置き場としてあちこちに物置があった。

 その、五メートル四方くらいの物置を土台から引っこ抜いて、時の統括者(リーゼント)とブン投げ合ったんだ、グレッグは。

 「全部で二十個くらいの物置が空飛んだの。……後片付けが面倒だったなぁ」

 「……」

 ノイは言葉もない。

 よく分かるよ。

 まったく、ツッコミすら無駄な次元だからね。

 実際俺も淡々と話す事しかできない。

 そ、これは考えちゃ駄目な話。

 ちょっと先を、エスターをド突きながら歩く緑色の巨人を眺め、ノイが盛大なため息を吐いた。

 「……なんか、いろんな意味ですんごい魔王と付き合ってるんだね、わたし達」

 「ん。そだよ」

 「アーリャも大概だけどね」

 「……」

 なぜ俺が出てくる。

 確かにそんなグレッグを大気圏外まで吹っ飛ばしたりしたけどさ。

 人間との戦いがあったころは一人で某国の大艦隊を消滅させたりもしたし、トーナメント戦の時は三百人の魔王を蹴散らし血の海に沈め、ちぎっては投げちぎっては投げしてトップに立ったけど。

 別に誰でもできるんだよ?

 それこそノイだって。

 あと俺、俺別に家投げたりはしないもん。

 「うぅん、むしろいざとなったら、アーリャの方が容赦ないと思うのね、わたし」

 「むぅ」

 「自覚ないのが一番怖いんだよねぇ」

 「……うむぅ」

 ぱたぱたと、無意識にシッポを振る。

 結局俺は目的地である宿が見えてくるまで、俺とグレッグのどちらが容赦ないのかについて頭をひねり、シッポを振っていた。

 

 

 宿に着いた俺達は、首を長くして待っていたオーナーに庭に行くよう言われる。

 腰くらいまでの高さの木戸をあけ、ぞろぞろと宿の裏手へ。

 夏の空気に乗って炭火の匂いがする。

 おほー、これは期待……!

 「なんだか不思議な匂いがしますね……」

 俺の後ろを歩くエスターが鼻をクンクン言わせてる。

 「何かが燃えている?でもちょっと違うような……」

 ……あぁそうか。エスター、炭火知らないのかな、ひょっとして。

 「炭火だよ」

 「炭火、ですか?」

 「ん」

 やっぱり。小首を傾げられた。

 「百聞は一見にしかずだな」

 庭への狭い通路に、苦労して巨体を通すグレッグ。

 「おい、ノイよ。早く進んでくれ。何してるんだお前」

 ちょっと振り返ってみるとゴス幼女が柵に引っかかったフリフリを外しているところだった。

 「ごめんごめん。フリルが引っかかっちゃって」

 「たまにはヒラヒラ以外の服着たらよ?」

 「やだ」

 即答。

 まあそうだろうな。

 こないだその服がアイデンティティーとか言ってたし。

 「っと……よし。また破くわけにはいかないからね」

 「分かったから早く行ってくれ。この体勢結構きついんだ」

 完全に横向きでカニ歩きしてるグレッグ。

 うん、確かに大変そうだな。

 小柄な体なのになぜかグレッグと同じくらい苦労して――主に布面積の性だ――通路を通り抜けたノイが、一足先に庭に出ていた俺達と合流する。

 「やれやれ……」

 「こっちのセリフだぜ……」

 この二人は無理に側面通らないで、宿を抜けてきた方が楽だったんじゃなかろーか。

 建物の中からもこの庭に抜けられるし、もちろんそっちの方が扉も広い。

 でも、言わない方がいいだろうな。

 早く言えって怒られるし。

 

 庭には大きな木のテーブルが置かれ、傍にはレンガ造りのコンロがふたつ。

 その中では炭火がいい具合に起こっている。

 炎は上げず、ちりちりとした静かな、でも強い熱が伝わってくる。

 テーブルの上にはこれまた大きなお盆が置かれ、ざく切りの野菜がこんもりと盛られている。

 ……ふむ。こりゃバーベキューだな。

 じゅるっ。

 久々の魔王モードのせいでおなかがすいていた俺は、それを見ただけで生唾が出てくる。

 口元を拭き拭き、コンロのひとつを覗き込んでいるエスターの傍に近寄った。

 「これが炭火、ですか。見た目よりずいぶんと強い熱を感じますね……」

 「ん。……あまり近づくと危ないよ」

 「え……?」

 と言った傍から、ぱちっと炭が弾ける。

 火の粉が舞い、

 「わぅっ!」

 びっくりしたエスターがバランスを崩した。

 「ひゃっ!?」

 とさっ。

 「ん……」

 ちょうど俺の方に倒れ掛かってきたので、小柄な体を抱くようにして支える。

 見た目通り軽いなぁ。

 「だいじょぶ?」

 「え、あ、はい……」

 何が起こってるかよく分かってないって感じのエスターの頭は、俺の胸の谷間に埋まってる。

 むにゅん。

 「……って、ひあぁぁ!?すみませんアーリャさん!」

 なぜだか真っ赤になったエスターが慌てて俺から身を引く。

 「し、失礼しましたぁっ!」

 「そんなに慌てて離れなくてもいいのに」

 まだ怖がられてるんだろーか。

 何か殺気を感じるけど、俺じゃないからねこれ……。

 「~……」

 ……うん、やっぱりノイだ。

 「アーリャの胸の中は私だけの場所なのに~!」

 違う。

 いつからそうなった。

 「アーリャ!わたしも抱っこ!」

 げ、両手を上げて迫ってきた。

 反射的に指を掲げて弾きそうになり――エスターが見ている事を思いだして、やめた。

 「……てい」

 エスターよりさらに小柄な体の突進を、頭を押さえて止める。

 「やめぃ」

 「むがー!」

 ノイは両手を振り回してるけど、これも俺には届かない。

 「賑やかね……って、何やってるのあなた達」

 「オーナー」

 宿の裏口から、両手にお盆を持ち、背後にも二つ同じものを従えたオーナーが現れた。

 「危ないから火の傍で遊んじゃダメよ」

 「……んむ」

 どっちかというとノイに言ってやってくれ。

 俺は止めてただけだ。

 「いろいろ手を掛けた食事にしようと思ったのだけど、さすがに時間が足りなくて。大勢でのご飯だからバーベキューにしちゃったわ」

 豪華なお食事は夜に待ってるし、とオーナー。

 「ん。いいと思う」

 わいわいできるこの方が、歓迎会っぽい。

 「あ、お手伝いします!」

 俺の後ろからエスターが進み出る。

 「あらいいのよ。あなたはお客さんなんだから。むしろ……グレッグ!あなたが手伝いなさい!」

 「俺かよ」

 テーブルに並んだお酒の瓶を物色していたグレッグが不満そうに唸った。

 ってお酒まで用意してあるのか。

 いかん、ヴォルケーノの再来は断固阻止せねば……!

 「当然でしょう!あなたお客さんを働かせるつもり?」

 「俺も客だ」

 「いーえ、あなたはタダ飯でしょう!それはお客とは言わないの。だからせめて私の手伝いくらいして頂戴!」

 「へーいへい。分かったよ」

 ……まあ確かにエスターは来賓、というか主賓で、俺は宿の客。

 ノイは……ノイもタダ飯だけど何となく危なっかしくて任せられないし。

 となるとやっぱりグレッグしかいないだろう。

 「オーナー、私も手伝うから」

 「あ、あら。ありがとうアーリャ」

 とはいえ、俺も見ているだけという訳にはいかん。

 ノイから手を離し、オーナーの背後に浮かぶ、大量のお肉が乗ったお盆を取ってテーブルへ。

 さすがにふざけるのをやめたノイは、お盆を置くスペースを確保しておいてくれた。

 「ほいアーリャ。ここ」

 「ん」

 どん、と置かれたお盆には、綺麗に盛られたたくさんの肉。

 「なあおい、これ何の肉だ?」

 立派な霜降りまであるぞ、とグレッグが覗き込んだ。

 「ふつうのお肉よ。大半は。牛、豚、羊、鳥。イノシシやシカも用意してみたわ」

 もちろん、全部オーナーの牧場で獲れたものだ。

 四足の肉はより取り見取り。

 鳥は……六羽くらい絞めてくれたに違いない。

 「普通じゃねぇのもあるのか?」

 「こっちは、ちょっとね」

 と、オーナーの右手に持ったお盆が置かれる。

 乗っているのは赤身の強い肉。

 ちょっとでろんとしている。

 見たことないな、これ。

 「なんだこりゃ」

 「実は新しい牧場を作ってね。私が作ったセカイで生息していた食用飛龍を、試験的に飼育しているの。その飛龍の肉よ」

 「はぁ……ん」

 俺達魔王が作り出したセカイにはごく稀に、俺達が作っていないはずの動物や植物が生まれることがある。

 創造時のイレギュラーみたいなものだ。

 大抵暮らしの役には立たないけど、さらに稀に食用や素材として有用なものがいる。

 オーナーが飼育しているという飛龍はそういう、極めてレアな存在だろう。

 そんなの飼っているなんて俺も初めて聞いたし。

 「食えるのか?」

 「大丈夫よ。私も食べてみたから。少しとろみがあるから好き嫌いはあるだろうけど、栄養は豊富だし美容にも良いし」

 ふうん。後で試してみよう。

 「人数はそれほどでもないけど、一度に焼ける量と食べる量を考えて、コンロは二つにしておいたわ。好きな方でどうぞ」

 「はーい」

 「俺はこっちにするか」

 お酒のボトルが近いほうを取ったな、グレッグ。

 「エスターはこっちおいで。一緒にやろ?」

 「あ、はい、アーリャさん」

 「アーリャの傍、今回は譲るよ。わたしはこっちね」

 今回も何も、俺の傍は誰のものでもないぞ、ノイよ。

 そのノイは全員にコップを配り、山ブドウのジュースを注いで回る。

 ブドウはこの島に自生していたものを栽培したもので、少しだけ発酵させてあるからワインみたいな味がする。

 島では一般的な飲み物だ。

 「おっけー。全員に行き渡ったよ」

 「うん、ありがとう。さぁ、これで準備は完了。はじめましょ!」

 オーナーの一声で、皆の視線がエスターに集まる。

 手伝うこともなく所在なさ気にしていた少年がひるんだ。

 「さぁさ、アーリャの後ろで小さくなってないで。こっちにおいでなさいな」

 「は、はい」

 おどおどと、エスターが進み出る。

 「それじゃ、自己紹介してもらえるかしら?」

 にっこりとほほ笑むオーナーのに促され、エスターはさらに一歩進みでる。

 「エストル=ラックマンです。あの、よ、よろしくお願いします!」

 ぺこり、と頭を下げる。

 「うんうん。よくできました。島のみんなとは夜に顔合わせするから、今は内々で。……大体の話はアーリャから聞いたわ。ようこそ、魔王の島へ!歓迎するわ、新しい魔王さん」

 「あ、ありがとうございます!」

 「んじゃ、乾杯といこうぜ」

 「アーリャ、お願い」

 「ん」

 コップを掲げ、

 「乾杯!」

 乾杯!!

 全員が唱和し、コップを突き合わせる。

 青皿の下に澄んだ音が響き、第一次・エスター歓迎の昼食会が始まった。

 

 

 「あ、アーリャ。食べる前に、あなたもこれを着なさいな」

 「ん?」

 コンロに乗せられ、油をひかれた鉄板に早速野菜を放り込もうとしていた俺は、オーナーに肩を叩かれた。

 「エプロン。綺麗な服が油で汚れちゃうでしょう?」

 「……ありがと」

 そうだ。このシースルー・サマーカーディガン(俺命名)、結構気に入ってるんだ。跳ねた油で汚したくはないな。

 言われるままにエプロンを受け取り、袖を通す。

 「そういえばその服見たことないわね。どうしたの?」

 「城のメイド長ドールが用意してくれた」

 「そうなの!いいわね、よく似合ってるわ!」

 「ん。ありがと」

 まんざらでもない気持ち。

 「ちょっとサイズが合ってない気もするけど……そういうものなの?」

 あやー、オーナーにもバレたか。

 「……一回り小さい。でもすぐ、合わせたの用意してくれるって」

 「そう、よかったわね。夏だし、おへそがちら見してるのもセクシーでいいけど」

 「まあね」

 エプロンの紐を結び、長い髪を軽くまとめてから、改めて俺は鉄板に野菜を放り込む。

 まずは芯の固いキャベツや玉ねぎ、にんじんからだ。

 水分を含んだ野菜を載せると、十分に熱された鉄板からは瞬く間に煙が上がる。

 「エスターもやってみる?」

 「ぼ、ボクもですか?」

 「ん」

 初めてバーべキューを見る彼には、結構な迫力に見えたに違いない。野菜の入った皿を片手に躊躇していたエスターを、俺は鉄板の傍に招きよせた。

 「油が跳ねるから、袖は降ろして。……そう。で、まずはこういう固い野菜から入れるの」

 「な、なるほど」

 箸の上の方を持ってそろそろと野菜を落っことす。

 「わっ!」

 「ふふ」

 エスターの放り込んだ野菜も煙と音を上げた。

 「火加減は大丈夫かしら。ちょっと強い?」

 「問題ねぇだろう。水分が出りゃ少しおさまる」

 「それもそうね」

 こちらはもう、お酒の入ったグラス片手におにぎりをパクつくグレッグだ。

 「このライスボール――オニギリってやつはいい発明だよな。片手でも食えるし」

 「アーリャの故郷ニッポンでは定番の食べ方よ。ピクニックにももってこいなの」

 そういえば二人とも海外出身者だった。おにぎりってものにあまり馴染みがないのか。

 「エストル君もどうぞ」

 「エスターで結構です、オーナーさん。いただきます」

 お皿におにぎりを取ってもらい、ふとエスターは困った顔で俺を見た。

 「あの、アーリャさん?」

 「ん?」

 「これは……どうやって食べるのが正解なんですか?主任は手で掴んで食べていましたが……。食べ物を直接掴んで、というのは何か違う気がして。かといってナイフやフォークという訳でもなさそうですし」

 「うんにゃ、グレッグの食べ方であってる」

 「え、そうなのですか?」

 二つ目のおにぎりにかぶりつくグレッグと俺と交互に見る。

 「サンドイッチと同じ感覚だと思えばいい」

 「な、なるほど。ボク、サンドイッチは基本的にナイフとフォークで切り分けて食べてましたが、確かに手でもつまみます。分かりました」

 綺麗な三角形に握られたおにぎりを掴み、もぐっと一口。

 「もぐもぐ……。中に何か入ってまふね」

 「あぁ、それは昆布の佃煮よ」

 オーナーがお盆のおにぎりを指さし、

 「こっちからツナ、おかか、昆布の佃煮、ネギ塩肉、ソーセージ、マグロ、梅干し、鮭、ゴーヤ」

 「おぉー」

 さすが、基本に忠実。

 実はゴーヤも結構いけるんだよねぇ。

 「それと当たりが一つ」

 ……はい?

 「当たり……ってなに?」

 「それはね――」

 「ぶへーっ!?」

 いきなりテーブルの向こうでノイの悲鳴が上がった。

 「ど、どうしたノイ!」

 「にゃ、にゃにこれ!甘い!|ひゃひゅけへ≪助けて≫グレッグ!」

 「あ、あん!?」

 「あはっ!おめでとう、ノイちゃんが当たりね」

 「……なに、アレ」

 唖然として聞くと、オーナー、むふふんと笑ってこう言った。

 「イチゴチョコムース・オレンジリキュール入り、よ」

 「だっはっはっは!」

 グレッグが大笑い。

 「……」

 甘い、な。うん。

 「大丈夫よ、一個しか作ってないから」

 「……さいですか」

 さすがにジュースで口をすすぐわけにもいかず――口中甘いからだ――、酸っぱい系の炭酸飲料を飲み干したノイはうーっと唸り、恨みがましい目でこっちを見た後鉄板へ向かって行った。

 「……」

 「……」

 お皿を片手に、二人でゴス幼女の背中を見送る。

 「……そ、そろそろ焼けてきたようですね」

 「ん……」

 いや、いい。

 今はノイより肉だ。

 目の前の鉄板に視線を落とすと、放り込んでおいた野菜たちがしんなりしている。

 うん、いい匂い!

 うれしげにぱたぱた振られる俺のシッポ。

 「アーリャさん、楽しそうですね」

 「ん」

 塩と胡椒で下味をつけ、

 「はい、エスター」

 肉を小分けにして入れた皿を出す。

 「食べたい肉を入れてね」

 「は、はい」

 慎重にハシでつまみ、鉄板へ。

 じゅうぅーっ!

 「ひゃっ」

 一際激しい音と煙。

 彼が入れた肉は薄めに切られた豚肉。

 十分に熱された鉄板の上であっという間に火が通り、色が変わる。

 「もういいよエスター。好きな味付けして、食べて」

 「はい。えーっと……」

 「これがただのお塩。こっちの二つが私特製のタレ。これは塩にんにくね」

 テーブルの上に並んだ小瓶を指さしつつ、オーナー自身は塩の瓶を取った。

 器に取った一切れの肉にパラパラと落し、ぱくっ。

 「……と、あんな感じ。ほら、エスターも」

 ぱくっ!

 少年魔王も塩を振って食べた。

 「……!おいしいです!」

 「そう?よかった」

 焼けた肉を何枚か取り、それぞれ違う瓶の中身を広げて付けてる。

 「あぁ、魔王になってよかったです……。幸せ……」

 大げさな、とは思えない。

 彼の過去を教えてもらってるからねぇ。

 「じゃ、私も」

 俺は真ん中で焼いていた分厚い牛肉を取り、オーナー秘伝のタレに付けた。おー、まだじぅじう言ってる……っ!

 「……(ぱくっ)」

 広がる熱さ、溢れる肉汁。

 ンまぁ~い!

 ぱたぱた。

 「(もぐもぐ))」

 外見に合わせて鋭く長めの俺の犬歯は、肉の厚さを物ともせずに噛み千切れる。

 さすが肉食動物の特徴だけあるな。

 分厚い牛肉だってこの通りだ。

 かぶっ!

 「もぐもぐ」

 ノイやグレッグの鉄板にも山盛りの肉や野菜が煙を上げ、次々と二人の腹に納まっている。

 グレッグはともかく、ノイも良く食べるなぁ。

 小さな体のくせに俺よりペースが速い。

 

 肉は各グループごとに分かれて皿に盛られているけど、俺達のテーブル用の肉が三分の一程無くなったころ。

 「ね、アーリャ。そろそろ試してみない?」

 オーナーが例の飛龍の肉を持ってきた。

 「向こうでも焼いてるの。こっちでもどう?」

 「ん。焼く」

 すっかり焼き係が定着したエスターが鉄板の上に場所を作り、空いたスペースに俺が飛龍の肉を置く。

 じゅーっっ!

 「脂分が多い」

 「うん。ジューシーでしょう?でもこの脂、あまり体に残らないの。女の子にはうれしい仕様なのよ」

 「そだねぇ」

 分厚い外見には似合わず、火の通りもいい。

 しばらく見ていると、赤黒かった肉は思ったより簡単に綺麗な焼き色がついた。

 「さ、そろそろいい頃よ。食べてみて。お勧めは塩だけよ」

 「ん」

 「で、ではいただきます」

 むにっ。

 ハシでつまんだ感じ、確かに少し柔らかい。ちゃんと焼いてあるはずだけど……。

 塩に付けて、恐る恐る、ぱくっ。

 「……(もぐもぐ)」

 「……(んぐんぐ)」

 エスターと二人、中空を睨みながら咀嚼。

 歯ごたえはあまりなく、なるほど、とろっとした感じ。

 でも気味悪いって感じはないな。

 うーん、ホルモンのコリっとした感じを減らしたような、とでもいえばいいのかしら。

 ごっくん。

 「どう?」

 「思ったよりおいしい」

 「えぇ。とろみというのも考えていたより強くないですね。柔らか目の肉、という感じでしょうか」

 意外と肉丼にしてもいいかも。

 「そう?よかったわ。レシピについては私、これからも考えていくから、何か思いついたら遠慮なく教えてね」

 「了解」

 「はい!」

 その後もしばらく、俺達は飛龍の肉を楽しんだ。

 

 

 さて、焼いて食べて――が一段落した頃。

 テーブルの上の食材は少なくなり、鉄板の上に乗せられるものも同様。

 俺達のおなかも満足を伝えだしている。

 でも、まだもうちょっと食べれるかなー、という感じなので、時々肉や野菜を焼いてる。

 じゃその合間に何をしているかというと、お互いの情報交換。

 主にエスターがあれこれと自分の事を話し、俺はこうだ私はこうだったと、グレッグやノイ、オーナーが乗っかる。

 「ふぅん。じゃあなたは漫画やアニメ方向から来てるのね」

 「そうですね」

 「もちろん俺達もベースはそっちだが……。俺は人間社会に嫌気が来てたからな。きっかけはそれだろうな」

 「私もだよ。アーリャもそうだっけ」

 「ん」

 「私はどちらかと言えばエスター君側ね。元々趣味で喫茶店みたいなのやってたけど、実はこういうファンタジーな世界でお店を開くのがずーっとずーっと夢だったのよ!もう毎日が楽しくて仕方ないわ!」

 とオーナー。

 「……そういえばエスターよ。お前何か趣味ってあるのか?」

 デカい口に肉を放り込み、お酒を流し込んでから、グレッグが聞いた。

 この匂いは……焼酎?良く飲むなぁ。

 「ボクの、趣味……ですか?うーん……」

 「俺はこう見えて料理とか好きだが」

 「否定しないけど、あなたはどっちかというと食べ物全般よねぇ。食べる方も趣味でしょう?」

 「まあな」

 グレッグの場合、あれも食べたいこれも食べてみたいと突っ走った結果、自分で食材集めて料理することに行きついた、みたいな感じ。

 自分の料理を楽しむ人を見るのが好きなオーナーとはちょっと違うよなあ。

 「私は二次元に入り浸り。アニメからゲームからなんでもござれだよ。一度私のお城に来る?いろいろ取り揃えてあるよ、エスター」

 最近はイカもいるけど、とノイ。

 そういえばあのイカ、どうなったんだろう。

 渡してから一度も見てないな。後で聞いてみようっと。

 「そうですね。ぜひ今度お邪魔させて下さい」

 もうすっかり打ち解けたエスターが柔らかな笑みを見せる。

 「私もそっち方面が趣味と言えば趣味ですから。ノイさんともお話が合いそうです」

 「だよねー!」

 同志よ!みたいな感じで通じ合ってから、エスターが俺を見る。

 「参考までに、アーリャさんのご趣味を聞いてもよろしいですか?」

 「私?」

 「はい。もしよろしければですけど……」

 「ん。いいよ。……といってもあんまりないけどね」

 まずは、と話し始める。

 「私は統括者になる前、――あ、今も一応所属してるけど――戦闘・戦術系のギルドにいたの。中でも空戦が得意だったから、趣味は飛ぶこと、かな」

 「飛ぶこと、ですか?」

 「ん。空はいいよ。広々としてて」

 「なるほど。ですが空戦、ということは戦闘ですよね?一体何と?」

 そりゃもちろん……。

 「かつては人間の軍隊、つまり戦闘機と。今は戦いが無いから魔王同士の模擬戦や、他の魔王が作ったセカイでハンティングみたいなこともやる」

 「その過程でいろんな戦術や部隊運用を研究するんだよね」

 「ん」

 ノイの言うとおり。

 「二次元から仕入れた動きや魔砲少女みたいな魔法なんかも試せる。楽しいよ」

 「確かに面白そうですね」

 エスターが目を輝かせた。

 「(たぶん今の魔砲ってよ、普通のと字が違うよな?)」

 「(だね)」

 ノイとグレッグが小声でなんかしゃべってる。

 ふっ飛ばしちゃうぞー。

 「今度エスターもやってみよう?」

 と誘うと、あらら?急に困った顔をした。

 はて?

 「どしたの?」

 「いえ、あのー……。ところで魔王って飛べるんですか?」

 ずこー。

 思わず膝から力が抜けそうになった。

 「……」

 「そこからかいっ!」

 無表情のままコケかけた俺の代わりに、ノイからツッコミが飛んだ。

 「……魔王はなんでもできるわよエスター君。その気になれば」

 「はあ……」

 オーナーも苦笑してる。

 一方、考えたこともなかったと言わんばかりのエスター君。

 やれやれ。

 「……アーリャ、いろいろ教えてあげなよ」

 「……そーする。で、話を戻して私の趣味。次に書き物。自伝書いてるの」

 「あぁ、いいですね。ボクも日記は付けていますが」

 「あと小説も書いてるよねアーリャ。でもでも、私だって二次小説書いてるよ」

 と、ノイ。

 「二次小説……?」

 「つまり公式に出ている小説じゃなくて、ある作品を個人的に解釈して、自分なりに書き出したもの」

 「有名なところだと魔法少女系はよくあるね。あとロボ物とか。日常系も捨てがたいけど私的にはミステリ――系も好みだし。あと忘れちゃいけないのが薄い本でむぐ」

 「はいストップ。ノイちゃん、この話になると止まらないんだから」

 饒舌に喋り出したノイは、オーナーに止められてしまった。

 確かに、ノイが二次小説について語りだすと半日はつぶれるからね。

 それとエスター君に薄い本の話しないほうがいい。

 アレはまだ早いと思う。

 っていうか外見的にはノイもアウトだからね?

 「……と、こんな所」

 「あら、もうひとつあるでしょう?みんなの役にも立ってる、ア、レ、が」

 「う」

 えー、それも言うの?なんだか恥ずかしい。

 「よ、よければ聞かせてください、アーリャさん。あ、でも無理にとは……」

 「建物の設計」

 「……?」

 「だから、建物の設計も、好きなの」

 ぽかんとされた。

 ほら、やっぱり。

 俺のこの趣味聞くと大概の奴はこういう反応するんだよなぁ。

 「い、意外ですね。空戦、書き物ときて、建物の設計ですか」

 「ん……」

 「恥ずかしがることはないわよ。アーリャが作る建物、評判良いんだから」

 「ここにいる面子で設計してもらったやつはいねぇが、確かにコイツに家作ってもらったって魔王は多いな」

 「そうなのですか」

 「ん、実は」

 そもそもなんで『建物の設計』なんてのをやりだしたのかって言うと。

 魔王になる前、つまり人間だった頃から、俺には『かなりリアルな夢を見る』という経験が多々あった。

 これは夢だと分かるものじゃなくて、細部まで内容を覚えている、という意味でだ。

 それはどこかの場所だったり、シチュエーションだったり、建物の中だったりする。

 で、覚えていた建物は結構面白い構造のものが多く、俺はそれを紙に書き出していたわけ。

 「それを実際に作ってみてるんだよね、アーリャは」

 「魔王になると材料も自前で調達できるし、『ヘイロウ』を使えば一人で組み立てもできるから」

 「うーん、ボクはそういう夢は見たことないですね……」

 「楽しいものだよ」

 実は魔王になってからも時々見るんだけど。ただひとつ、条件らしいものがあって、

 「刺激が少ないとあまり見れないけど」

 「というと?」

 「引きこもってないで、いろんな風景を見たりしないとダメなの」

 そういう経験から脳が合成してるのかもしれないね。

 「なるほど……」

 「だからエスターもここでいろんなところに行っていれば、いつか見られるかも」

 「努力してみます」

 「ん」

 あ、この肉焼けたな。ひょい、ぱくっ。

 「もぐもぐ」

 「そういえばアーリャは、今はわたしの宿に泊まっているけど、確か自分のセカイに自宅は持ってたわよね?」

 「ん。一応」

 城まで作るのはめんどくさいけど、オーナーの言うとおり、確かに俺は、見た夢の中から気に入った家を作り出して持っている。

 魔王になってから視た家だから、記憶の中では割と新しい。

 だから細部まできっちり再現してある。

 「今度エスター君に見せてあげたら?」

 「ん。構わない」

 「あ、ありがとうございます」

 「……そうだ!」

 ぺちん、とノイが手を叩いた。なんだろ?

 「エスター、確か住む場所は決まってないし、もちろん家もだよね?アーリャが作ってあげたら?」

 「え?」

 エスターが驚く。

 「や、ですがそれは……」

 「いいよ。私で良ければ。作ってみたい家はまだあるし」

 もぐもぐ……ごくん。

 タマネギを飲み込んでから頷く。

 ふむ、ノイにしちゃいいアイデアだ。

 アレも作りたいしコレも作りたい。

 「そ、そうですか?ではお願いします、アーリャさん」

 「了解」

 ふぅむ。

 これは久々に面白くなりそう。

 「じゃあ家ができるまでは俺んところで預かってやるぜ」

 バーボンの瓶片手に寄ってくるグレッグ。

 あんだけ飲んだのに全くの素面。

 やっぱウワバミじゃー。

 「その間に魔王のアレコレ教えてやるからよ」

 「言っとくけど、余計なことまで吹き込んじゃ駄目よグレッグ。わたしが統括者だった時そのせいでどれほど苦労したか……!」

 「だっはっは!」

 「笑い事じゃないわよ!」

 お察しします、オーナー。

 今は俺がその立場だけど。

 やいのやいのとつつき合う獣人さんと偽○ルクを横目に、俺はもう一片、飛龍の肉を鉄板に放り込んだ。

 ……これ、おいしいや。癖になりそう。

 

 

 昼前に始まったエスターの歓迎会・昼の部は、二時間ほどでお開きになった。

 おなか一杯肉と野菜を堪能した俺達は夜、城で集まることを約束して三々五々解散。

 と言っても、ノイは俺と一緒に宿の、俺の部屋。

 エスターはオーナーの手伝いで後片付してる。

 グレッグだけはゲートポートの仕事があるから例の塔に戻っていった。

 酒瓶何本かくすねてったけどね。

 本人はばれてないつもりだったんだろーけど、オーナーを含め全員にばれてた。

 あとで請求書送りつけてやるわ、とオーナーが呟いてたね。

 きっとフッかけられるぞグレッグ。ご愁傷様。

 「このあとはどーするのアーリャ」

 俺のベッドに転がりながら、ノイがのほほんとした声で聞いてきた。

 脂分や匂いはちゃんと分解してあるけど、おーい。人のベッド占領するなし。

 毛布とか布団とか乱れるでしょうがー。

 ノイを引っぺがそうかとも思ったけど……ま、いいか。

 「晩餐会まで暇だよね?」

 「ん……」

 どうしようかな。

 料理はメイド長ドールをはじめとする城のドールたちに任せてあるし、今日晩餐会があることも島中の魔王に知らせてある。

 他二つの島からリーダーが来ることになっているけど、これも連絡済み。

 パーティーで着るドレスも、俺もノイも準備済みだし。

 強いて言うなら用意しておくものがもう一つあるけど……まだ時間あるしなあ。

 ……うん、することがない。

 「まったりする?」

 「そうしよう」

 窓際に置いた椅子に座り、通りを見ながら食休み。

 あー、よく食べたなぁ。晩ごはん入るかしら。

 「……あふ」

 魔法によって熱帯の日差しはぽかぽかしたものに変わってるから、うーむ、眠くなる。

 シッポを抱くと、お日様の匂い。もふー。

 いつの間にか、ノイはうたたね。あーあ、もう完全に俺のベッド使われてら。

 さわさわと風が吹き込み、髪や獣耳を揺らす。お昼時は過ぎたから、通りから聞こえるのは食器の後片付けの音くらい。

 「……」

 次第に瞼は重くなり、俺もうつらうつらと――。

 

 

 

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