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アーリャとマグロとダイオウイカ

 「釣りに行こう!」

 「……」

 翌日。

 朝六時に、海鳥の鳴き声と共に俺の寝室に転移してきた友人ことゴス幼女は、俺をゆすり起こすと開口一番そんなことを言った。

 とりあえず――。

 ぱちん。

 

 キュゴッ!!!

 

 「おやすみ……」

 ゴス幼女を三重の異空間(メビウスの輪)に放り込んで布団をかぶり直す。

 んぁー……んぁー……。

 気の抜けた海鳥の鳴き声をBGMに、夢の世界へ旅立ち……。

 「あ、相変わらず容赦がないねアーリャは……」

 ぜーぜー。

 再び聞こえた幼女の声で現実に引っ張り戻される。

 時計を見ると時計の針が一回りしていた。

 ちっ、一時間で戻って来たか。魔王になりたての頃は三日かかっていたというのに。

 さらにできるようになったな。

 「いくらなんでもメビウス三重はひどいよアーリャぁ……。無限空間を定義するための有限物体を見つけられなかったら詰むよ?まじで……」

 「……あのさ」

 「な、何?」

 身構える幼女。

 「一応この部屋、転移妨害かけてるんだけど」

 「例外通行のキー、くれたじゃない」

 「……」

 あー、忘れてた。そういえば渡したことあったな。

 でもあれは確か……。

 「期間限定だったはずだけど」

 「解除した!」

 ドヤ顔された。

 それは解除じゃなくて改造だあほぅ。

 「……」

 ぎろり。

 「ほ、ほらほら!そんな怖い顔しないでさ。友達だし、ね?ね?」

 「親しき仲にも礼儀あり」

 「うっ……」

 冷や汗とともに凍りつく幼女。

 外を見るともう日は登り、通りには魔王たちがちらほら歩いているのが見える。

 「はぁ……」

 仕方ない、起きよう。

 ベッドから起こしていた半身を大きく伸ばし、人差し指をちょいと振る。

 ぱたん。

 窓が開き、朝の空気が流れ込む。亜熱帯の島とはいえこの時間はまだ空気も澄んでいる。爽やかな空気を全身に行き渡らせるべく、深呼吸。

 すー……はー……。

 いい気持ち。

 「よっ」

 ベッドから降り、スリッパを履くとバスルームに向かう。

 ベッドから降りる動作と歩く動作で、豊かな胸の膨らみがたゆんと揺れる。

 「……何?」

 途中、ゴス幼女がじっとこっちを見ているので聞いてみる。

 「え、いや……。今更だけどアーリャ、スタイルいいよねぇと思って」

 「……」

 というよりお主がぺったんこなだけだろう。

 この体、並みの女の子より発育がいいのは確かだけど。

 「自分の外見は気に入っているけど。今思うとさ、そういうバインバインでもよかったかなぁって」

 「幻術とかで誤魔化せば?」

 「めんどい」

 「……あ、そぅ」

 言うと思った。

 ぽりぽり。

 ぼさぼさの寝癖頭をかきながら、俺はバスルームへの歩みを再開する。

 木製のドアを開け、ネグリジェを脱いでカゴに放り込み、シャワールームの前に立って……。

 「……いつまで見ている」

 「え、気付いてた?」

 「……」

 気づかないとでも思ったか。

 ゴス幼女本体は室内にいるものの、俺に向けて透視型の魔力を感じるってことは、ヤツはドアも壁もすり抜けて俺の裸体を凝視しているのだ。

 「また放り込むよ」

 「も、もう結構っす」

 魔力が無くなる。

 「よろしい。……飲み物でも、飲んで待ってて。すぐ終わらせるから」

 「ありがと」

 「ん」

 なんだかんだとヤツとは友人。

 そうそう異空間に放り込むような真似はしたくないし、されたくもないだろう。

 あれでも引き際は心得ているんだ。……たぶんだけど。

 きゅっ。

 蛇口をひねり、お湯を出す。

 サァァァァァァァ……。

 温かなお湯が寝起きの体に降り注ぎ、睡魔を洗い流していく。

 「ん……」

 気持ちいい。朝シャワーって魔王になるまでしたことなかったけど、その心地よさからすっかり毎朝の習慣と化している。

 いや、これはいいものだ。

 眠気は冷めるし体も適度に温まるし、ついでに寝癖も直しやすい。

 ゆったりとした時間がないとしづらいのが欠点だけど。

 こんこん。

 バスルームの扉が小さくノックされる。

 「ねえアーリャ?」

 「……なに?」

 見てる……わけじゃないな。

 「昨日言っていた自伝、サイドテーブルの上にあるんだけど……。少しだけ、見てもいいかな」

 「あー……」

 そういえば書いたまま出しっぱなしだった。途中だけど、まあいいか。

 「うん、いいよ。途中だけど」

 「ありがとぅー」

 ……とぅー?

 気配が遠ざかる。

 「……相変わらず、語尾が変」

 早朝から人を叩き起こしたり裸を透視したりする割には、変なところで律儀なんだよなぁ。

 わしゃわしゃ。

 汗はかいてないはずだけど、一応石鹸で体を洗い、シャンプーを泡立てて金色の髪とシッポを洗ってゆく。

 魔王とはいえ女の子の体。人間だった頃より、つまり男だった頃より丁寧かつそっとタオルを当てる。

 「……よし」

 石鹸を洗い流し、最後にもう一度頭からお湯をかぶって朝シャワー終了。

 バスルームを出ると、軽く体を拭き、俺は右手の親指と人差し指で小さな魔方陣を空中に描きだす。

 ぽむっ。

 小さな火の玉が現れてまだ湿気っぽい体を乾かしていく。

 あぁ、熱くはない。人間だったとしても、直接触れても温かい程度。

 外見は火の玉でも、これは湿気を飛ばす魔法だから。

 ドライヤーより効率的なんだ。

 ものの一分ほどで体と長い髪、獣耳やシッポが本来のもふもふに戻る。

 「服、どうしようかな」

 昨日と同じサマードレスでもいいけど……。

 「ねえ」

 「んー?上がったの、アーリャ」

 「釣りに行くって言った?」

 「ん?あー、まあアーリャがよければ」

 ……その気遣いを最初にしろというのだ、友人よ。

 「いいよ。特にすることもないし。大物釣ってお刺身でも作ってもらおう」

 「おkおk」

 ということになったので、ヒラヒラの服という訳にもいくまい。

 右目の中に収納空間を呼び出し、服装ソートで検索。

 アウトドア系の服装一覧をスクロールし、釣りに適していそうなものを選び出す。

 ああ、言ってなかったか。

 魔王の能力の一つ収納空間は、俺たちが自分で作った小規模なセカイの一つ。

 そこへのアクセス方法は魔王によって違うけど、俺は右目の中にその空間内部を映し出す感じでアクセスする。

 水の幕を通した向こう側にある感じ、に見えるんだよ。

 収納空間は魔王によって、あるいは仕事によって規模も様々。

 クローゼットクラスから惑星クラスまで。

 俺のは大体……一般的な一軒家二つ分。結構大きいかね。

 物ごとに分けて収納されており、それぞれに検索タグをつけてある。

 必要に応じてそれを呼び出し、セカイから引っ張り出す事が出来る。

 「これと……これかな。一応それっぽい?」

 下着を付けながら呟き、チェックマークを付けた服を、収納空間への干渉キーを付加した手で引っ張り出す。

 傍目には何もない空間から服が掴みだされたように見えるだろうね。

 ……どうでもいいけどまた下着、特に上がちょっときつくなった気がする。

 魔王でも体は育つらいしけど、ふぅん。まだ育ってるんだ?

 「……ぬへへ」

 「アーリャ、変な声が漏れてるよ」

 「む」

 冷静なツッコみを受けて顔を引き締め、身支度を整える。

 黒の長袖Tシャツをかぶり、その上に赤いパーカーを羽織る。

 下はベージュの長ズボン。

 部屋の出口にはくるぶしまで来る、丈が長くゴツめのブーツも出現させておく。

 長い金髪はポニーテールに。

 指ぬきグローブをはめ、準備良し。

 赤の上着に金髪が映える。

 なかなかいいコーディネートと自負してみた。

 「おまたせ」

 「おぉ、アーリャがアウトドアだ」

 「アウトドアでしょ?」

 釣りと言っても、この島の上で釣るわけじゃない。

 俺達は、空に浮かべた船から、釣り糸を垂らすつもりなんだ。

 つまり水から離れて釣るんだけど、であっても海の上では何が起こるか分からない。

 急に嵐になったり、風で船が転覆したり、水をかぶったり。

 魔王の力があればほとんどの事は自力で解決できるけど、ほら、これも雰囲気というやつ。

 ……なんだけど。

 「ねえ」

 「ん?何」

 「その恰好のままで行くの?」

 「うん」

 「釣りなのに?」

 「釣りでも、だよ?」

 ゴス幼女、着替えるそぶりも見せず、ゴスロリ服のまま。

 釣竿は握っているけど、それが恐ろしくアンバランス。

 「海の上だよ?」

 「大丈夫でしょ。魔王だし」

 えっへん。

 ない胸をはられた。

 「……あ、そう」

 本人が大丈夫というからには、まあいいんだろう。

 その通り、魔王だし。

 「ささ、朝ご飯食べに行こうアーリャ。腹が減っては戦は出来ぬ、だよ」

 「はいはい」

 テーブルの上の魔導書を空を飛ばして手元に引き寄せ、小脇に抱える。

 書いてあるのは自伝だけじゃないからね、広げたままおいて置きっ放しにするわけにはいかないの。

 

 俺が世話になっているこの宿の一階部分は、レストラン兼、酒場。味がよく量も多いと評判なのだ。

 ゴス幼女と連れだって部屋を出て、階下へ向かう階段へ……って、おっと、忘れずに鍵を。

 かち、かちん。

 いろいろと妨害系の魔法と物理的な施錠を行い、鍵を収納空間へしまう。

 手すりを掴んで階段を下りると、手入れはされていても年季の入った木製の階段は、わずかなきしみ音を立てる。

 「おはよう、オーナー」

 「あら、おはようアーリャ。今日は早いのね」

 妙齢の女性が、俺のあいさつに応えてくれる。

 彼女がこの宿のオーナー兼、酒場のママ。

 欧州出身者だけど、めずらしくモンスターな外見ではなく、ほぼ普通の女性だ。

 というのは、微妙に獣人さんぽくて鼻の下が割れている。

 いわゆる『ω』のようになっているのだ。

 耳はエルフ族っぽい後ろ斜めに長い形で、毛で覆われている。

 あぁ、それと、魔王で女性というからには、元はもちろん男。

 ただ人間だった頃から飲食店関係の店を持っていたというので、接客のあれこれはばっちりだね。

 「これに起こされた」

 「これ言うなー」

 がうがう。

 親指で指されたゴス幼女が両手を振り上げる。

 「転移規制は?」

 「していたけど、期間限定の例外通行キーを改造された」

 「あらあら……」

 困ったような顔をして見せるオーナー。

 「だめよ、人のプライバシーを侵略するようなことしちゃ」

 「う、ごめんなさい」

 しゅん。

 素直に謝るゴス幼女。

 過去にいろいろあったせいで、彼女はこのオーナーに頭が上がらない。

 「アーリャにもちゃんと謝るのよ。……で、アーリャ。この子が釣竿を持っているってことは」

 「うん。今日は釣りに行くことになった」

 ひらりんとその場で回転。

 アウトドアファッションをアピールする。

 「わかったわ。じゃあ朝食は少し多めに用意しましょう。お弁当はいる?」

 「お願い、オーナー」

 「はいはい。ちょっと待っててね。……あぁ、コーヒーはセルフサービス。よければどうぞ」

 「ん、分かってる。ありがと」

 俺は落ち込み気味のゴス幼女を連れ、開いている席に向かう。

 食堂とはいえ、まだこの時間は宿泊客にしか場を開放していない。

 かなりの数を収容できるフロアは閑散としていた。

 「ここにしよう」

 「うん」

 ゴス幼女を座らせ、俺は壁際のテーブルへ。

 どっかの魔王……ではなく、オーナー自らが構築した世界で摘んできたコーヒー豆を使用した、素晴らしく香りのよいコーヒーをカップに注ぐ。

 もちろん二つ。

 片方にはミルクもつけ、席に戻る。

 「はい、コーヒー」

 「ありがと、アーリャ」

 すっ……。

 カップを口元に運び、しばし香りを堪能。

 うーん、いい香り……。

 口に含むと、苦みとわずかな酸味、挽かれた豆の香ばしさが一体となって俺を楽しませてくれる。

 あぁ、朝の一杯のコーヒー、サイコー。

 「あの、アーリャ」

 「ん、何?」

 ゴス幼女が申し訳なさそうな顔で俺を見ている。

 「その、今朝はごめんね。キーを改造してまで押しかけちゃって」

 「あぁ……。いいよ、別に」

 「……怒ってない?」

 「うん、怒ってない。でも、もう一度言うけど――これからは七時以降に来るか、事前に教えてほしい」

 「う、うん。ほんと、ごめん」

 ゴス幼女が小動物のように縮こまる。

 なんかかわいい。

 「ふふ」

 なでなで。

 言っておくけど、決して人間だった頃の俺達を思い出してはいけない。

 二十代も半ばを過ぎた男が、同年代の男の頭を撫でている構図になる。

 恐ろしい!

 「ところで、あの、アーリャ」

 「ん?」

 「自伝、読ませてもらったんだけどさ」

 「あぁ、うん。どう?」

 「いいと思う。魔王とは何か、って印象もあるけど、間違ってないし。ただね」

 「うん?」

 なにやらゴス幼女が言いよどむ。

 「その、私の名前が一回も出てないんだけど……」

 「え」

 テーブルの上の魔導書を開き、自伝の部分をめくる。ざーっと流し読みをしてみると――。

 「……ほんとだ」

 「ね?」

 というより、友人の話題がほとんど出ていない。

 まあ、アーリヤヴナ=ケモノミミスキーの自伝なのだから、友人の話題が少ないのは致し方ないとして。

 「できればどこかにいれてほしーなー、と」

 「そ、そうだね。ちゃんと入れておく」

 「お願いね」

 それと――。

 ゴス幼女がミルクコーヒー(砂糖入り)を飲み、口を開く。

 「アーリャ、昨日から私の名前、読んでくれてないよ、気付いてた?」

 「え、あれ?そうだっけ?」

 「そうだよ。もしかして昨日のレストランの事、まだ怒ってるのかと思ってたけど違うっぽい?」

 「うん、あれも気にしてないから」

 「アーリャって口数少ないから分かりにくいんだよねぇ」

 「ごめん」

 しかし言われてみればそうだった。

 昨日から友人とかゴス幼女とかでしか、彼女を表していない。

 すまん、友よ。

 「……あらあら、アーリャも何かしちゃってたのかしら?」

 「オーナー」

 両手に、料理を乗せた盆を持ち、背後にも同様の盆を浮遊させて従えた宿のオーナーが現れた。

 「なんでもない」

 「そう?仲良くしなきゃダメよ?同じ魔王なんだから」

 「ん」

 「へーい」

 王が二人って言うのも、よく考えるとものすごい違和感ある、っていうか絶対おかしいんだけどね。

 ま、実際は世界中に二千人もいるんだけど。

 「結構!さ、朝ご飯よ。おまたせ」

 「おぉ!オーナーのご飯!私大好きぃー!」

 ゴス幼女が喜び勇んで、膝にナプキンを敷く。

 「今朝はラフドの農場から小麦粉を収穫できたから、久しぶりに生パンよ」

 「「おぉー」」

 異口同音に感激。

 この宿の朝食はパンが基本。

 これもオーナーが自ら育てた小麦粉で作られたものだ。

 小麦を育てる農場をオーナーは五つ持っており、その日の気分で収穫する農場を変える。

 今日収穫されたラフドの農場の物は、挽くととても細かくなるのが特徴。

 これをパンにするとすごくもっちりとしたものになるので、例えばフランスパンのように固く焼かず、表面に焼き色を少しつけただけの白パンのような感じで出てくる。

 皆はラフドの生パンと呼ぶが、これが結構レア。

 というのもこの農場は五つの中で最も小さく、最も手間暇かけて育てられているから。

 オーナーもめったに収穫に行かない。

 基本的には他の四つの農場から収穫した小麦粉が使われる。

 「ありがとう、オーナー」

 「どういたしまして。その代り立派なおさかな釣ってきてね、二人とも」

 「了解」

 返事もそこそこにラフドのパンを手に取る。

 おいしそうー……!

 バターは塗らず、そのままはむりとかぶりつく。

 もちもちの生地と焼かれた表面の苦みが絶妙にマッチ。

 口の中でとろけるような感触を味わいつつ、ゆっくり咀嚼。

 こくん。

 「どう、アーリャ」

 「すごくおいしい。さすがオーナーの手作りパン」

 自然と顔がほころぶ。

 うれしそうな俺を見て、オーナーの顔も笑顔になった。

 「よかったわ。あとはスープが二種類にハッシュドポテトに新作のシチュー、羊のミルク。オレンジね」

 「もわお、わぉー!」

 「こら、ほおばったまま喋っちゃ駄目よ」

 「もふ」

 ゴス幼女が喜びをあらわにし、直後にたしなめられる。

 「ありがとう、オーナー。いただきます」

 「ふふ。もう食べ始めているけど、はい、どうぞ召し上がれ。たくさん食べて行ってね」

 「まふ」

 頷くと、ゴス幼女と同じような声が漏れる。

 すでに俺はパンをほおばっていたからだ――。

 

 

 「……ふぅ。ごちそう様」

 「ごちそーさまでしたぁ……」

 オーナーの手作りの朝食、シンプルだが手間と愛情を注いで作られた、たっぷりのそれを堪能する事しばし。

 すっかり空になったお皿たちの前で、俺達はふくれたおなかをさすった。

 「おいしかったー!」

 「うん、おいしかった」

 ほっこり。

 顔を見合わせて笑いあう。

 「満足して頂けたかしら?」

 バスケットを手に、オーナーが現れる。

 「ん、とっても」

 ぱたぱた。

 「うんうん、今日もがんばれそうだよ!」

 「それならよかったわ。にしてもアーリャは表情がクールな分、シッポの方が感情豊かね……」

 「そう?」

 ぱたり。

 「ほらね。っと……はいこれ、お弁当。サンドイッチにしておいたから、釣りの合間に召し上がれ」

 「ありがと、オーナー」

 頭を下げながらバスケットを受け取る。

 む、結構おもい。

 これは何が何でも大物釣ってこないといけなくなったなぁ。

 「あ、そうそうアーリャ。あれ、ちゃんと持ってるかしら?」

 椅子の上で身をひねり、俺は腰に下げたもの――大人のこぶし大の大きさの、金色の懐中時計をオーナーに見せる。

 「大丈夫、ちゃんと持ってる」

 「そう、よかった。それはいついかなる時でも持っていないとダメですからね」

 「ん」

 あぁ、言ってなかったか。この時計は、魔王の中でもちょっと特別な存在が持つモノ――というより、持たなくてはいけないもの。

 「そうだよ、統括者。忘れちゃだめだからね」

 「はいはい」

 って、そうだ。それを自伝に書いていなかった。

 「ごめん、これちょっと書き足す」

 「いーよ。ちょっと食べ過ぎたかもだから食休みだね。でも時間はあまりないよ」

 「わかってる」

 「じゃあ私は洗い物。お皿、下げるわね」

 オーナーが食器を盆に載せ、厨房へと引っ込んだ。

 俺は食後のオレンジにかぶりつくゴス幼女を横目に魔導書を開き、スペースのできたテーブルに置く。

 インク壺と羽ペンも忘れずに。

 ……って、今誰か、食べ過ぎちゃったとか言ってなかったっけ?

 

 

 さて、ちょうど話題に上ったので、今日の自伝はここから書こう。

 俺が腰に下げているこの、金色の時計についてだ。

 この時計は、さっき会話の中に上った通り、魔王の中でもちょっと特別な存在が持たなくてはいけない物。

 持てるもの、ではなく、持たなくてはいけない、だ。

 特別な存在とは、『全ての魔王の統括者』。

 読んで字の如く、二千人の魔王の頂点に立つ者の事を指す。

 そして俺こと、アーリヤヴナ=ケモノミミスキーという少女は、今年度の魔王統括者。

 そう、『今年度の』だ。

 しかし俺が全ての魔王の中で最も優れた、あるいは最も大きな力を持つのかというと、ある意味では正しく、ある意味では間違い。

 え、どういうことかって。

 まあ焦らない。

 少しずつ書いていくから。

 

 

 ――――カリカリ。

 羽ペンが魔導書の上を滑り、小さな音をたて続ける。

 俺は時折コーヒーを飲みながら、考えをまとめつつ、それを文字に落すペンを動かすことに集中する。

 

 

 俺達魔王は皆がほぼ同一の力を持っている。

 それはつまり、二千人の魔王の力は全て拮抗しているということ。

 誰かがずば抜けた能力や固有の力を持っている、ということはない。

 今のところ、という注釈はつくけど。

 とはいえ、0ポイントの城と同じく、誰かが皆の意見をまとめたりそれに対する決定権を持たなくては何かと不便な時がある。

 そこで考え出されたのが、一年間限定の統括権と、それを持つに値するものを選び出す戦いの場。

 皆が協力して惑星を一つ作りだし、そこでトーナメント戦という名の疑似戦争を行ってゆく。

 この戦いで最もポイントを多く取得した魔王が最終的な勝者という位置づけだ。

 

 内容は、まずは三つの島それぞれで戦って三人の代表を選びだす。

 代表選手となった三人は一つの惑星をまるまるフィールドとして戦うことになるが、形式はバトルロワイヤルとポイント制が組み合わされている。

 つまり、人間たちの軍に見立てた陸海空、それに宇宙までを網羅する戦力を可能な限り減らしてポイントを稼ぎつつ、魔王同士も互いを攻撃し合って戦うというもの。

 各軍隊は|それぞれ≪・・・・≫百万ほどの数が用意されており、平原、都市部、山中、深海、デブリ帯と非常に多岐にわたるフィールドに存在している。

 実はどれだけの数がいてもほとんどが惑星上にあるので、ぶっちゃけ惑星ごと破壊してしまえばいいんだけど、これはルールで禁止されている。

 

 魔王同士の戦いは最初から同じルールが適用されており、すなわち、それぞれに割り振られた体力値をゼロにすればいいだけだ。

 言葉で言えば簡単だけど、どの魔王の力も拮抗している以上、これはかなり難しい。

 一撃必殺の威力を持つ攻撃を当てても、防御されたり回避されたりカウンターで返されたりと、結構えげつない。

 

 そういった戦いを潜り抜け、最後に残ったものが一年間の統括者となる――というルールだ。

 どっかに地球の統治権を巡って行われる戦いがあったけど、要はそれと同じ要領。

 違うのは決定権を持つのが『国』ではなく、『個人』であること、一度負ければそこで終わってしまうこと、そしてトップと言っても現在の実体はほとんど雑用係であることなんかが挙げられる。

 統括者は様々な会議の議長、人間たちとの調停、上がってくる疑問質問への回答などを、一年間の間続ける。

 

 え、何か恩恵はないのかって?うん、それがこの『懐中時計』。正確には『金色の魔法具』、通称『ゴールドレイド』。

 これは統括者となったものが持つことを許され、持つことを義務付けられる、その名のとおり一種の魔法具。

 魔法発動の補助をはじめ、発動される魔法や魔力キャパシティ、魔力そのものの強化に新魔法理論構築補助と、魔法関連に素晴らしい能力を発揮する。

 あぁ、ちなみに各島へのフリーパスにもなっている。

 これを持っていれば面倒な手続きをせずに各島に入れるってこと。

 『ゴールドレイド』は0ポイントの城の最奥部で作られ、その形は毎年変わる。

 剣や盾の時もあるし、本やペン、花、動物などといったものもあった。

 どれも能力は変わらないが、精緻な意匠と作りこみは最高の芸術品にも引けをとらない。

 あぁ、言ってなかった。この『ゴールドレイド』を作るのも統括者の仕事になる。

 モチーフを決めて設計図を描き、材料を集め、城の最奥部にある泉にそれらを放り込み、魔力を使ってパーツを組み立てること三か月かかって作る。

 これを次の統括者に渡して全ての任期が終了となる、ってわけ。

 

 ちなみに『ゴールドレイド』は任期が終わっても持ち続けることが出来る。

 その時にはフリーパス機能が失われるけど、それ以外は健在。

 なにしろ統括者を務める程の実力者が持つことになる魔法具だ。

 そういう存在が持っていれば、おのずと全ての魔王にとって易となることは多いだろうという理由がある。

 

 故に、『ゴールドレイド』を持てることは非常に名誉であり、持つ者は皆から一目置かれる存在となる。

 その意味で特別な魔王ということにはなる。

 けど、全員の力がほぼ拮抗している以上、戦いは運や知力、戦いそのものへの慣れと言ったことが最終的にはモノを言う。

 実は俺自身はこのトーナメントにあまり興味が無かったのだけど、この時計型魔法具――正確にはそのフタに浮き彫りにされた意匠が気に入り、一肌脱ぐことにした。

 他にも前任者に誘われたって言うのもあるけど。

 この戦いについては長くなるのでまたの機会に書こうかな。

 ともかく俺は勝ち進めた。

 自分でも驚いたけど、相手との相性が良かったことが大きい。

 この辺は運が良かった、というべきだろうね。

 この島の代表選手となり、惑星――あの時は太陽のような恒星だった――場で能力を駆使して戦い、ボロボロになって勝利を収めた。

 かくして統括者となり、時計を手にすることが出来たけど、それからの毎日は雑用っぽいことの連続。

 前に書いたけど、大きな仕事がない。

 会議とか、お祭りとかももうちょっと先の話。

 戦いもほとんどなく、やることと言えば他の魔王のお手伝いが大半。

 まあその過程でいろいろなセカイに行けるから、これが結構楽しいものではあるんだけど。

 

 さて、そんな統括者だけど、何度も書いている通り任期は一年。

 誰かの任期が終わるひと月前と二週間前からエントリーが始まり、きっかりひと月前からトーナメントが開始される。

 あ、言ってなかったか。

 この統括者を決める戦い、別に強制じゃない。

 出ても出なくても、それは個人の自由。

 だから戦いには参加せず、裏方や露店を開くと言った方向で参加するものも多いね。

 魔王二千人と言っても、実際に参加するのは半分以下、かな。

 ちなみに去年は三百人。一番少ない年だった。

 あと、過去に一度でも統括者を務めたものは参加資格がない。

 正確には戦いにエントリーする資格と、あらゆる意味でトーナメントに関わる資格。

 これは各種不正や摂関政治のようなものを防止する為に定められてる。

 いくら個人の自由に生きている魔王たちと言っても、それは無法の自由じゃない。

 正しく己が力を把握しているからこそ、それを必要以上に使うことがないように己や魔王という存在を律する必要があるのは、皆が頷いているところだ。

 あ、ちなみにトーナメントやエントリー以外でなら、例えば屋台を出すとかでの参加は可能だね。

 

 

 「……アーリャ、ねえ、アーリャ?そろそろいかないと魚の回遊ルートがずれちゃうよ」

 「あ、うん。了解」

 いつのまにかオレンジを食べ終わったゴス幼女が、いそいそと釣竿を振りだした。

 あ、おい。俺のオレンジまで食べおったな。

 いいけどさ別に。

 「……よし、終わり。行こう」

 「うん」

 またしても中途半端なところで終わってしまったけど、別に一気に書く必要もないよね。

 時間はいくらでもあるんだし。

 

 魔導書を閉じ、ペンやインク壺と一緒に収納空間へしまい込み、最後のコーヒーをあおってからカップをカウンターへ。

 「じゃあオーナー、行ってきます」

 「はぁい、気を付けるのよ二人とも」

 カーテンの奥からオーナーが顔を出す。

 「釣竿よーし、エサよーし、クーラーボックスよーし、その他道具よーし」

 「|船≪・≫とバスケットはこっちで持つからね」

 「よろしく、アーリャ」

 自分の収納空間から道具一式を出して指さし確認していたゴス幼女が、それらを再びしまい込む。

 「じゃ、行こう」

 「うん。って、アーリャ」

 「ん?」

 「名前。今日も呼んでいないよ」

 「……ごめん。じゃあ改めて。ごほん、行こうか、『ノイ』」

 「えへへ。うん!」

 にへら、と笑うゴス幼女『ノイ』こと、『ノインゼル=キルシュワッサー』と名乗っている友人と並んで、俺達は宿を出る。

 「いってらっしゃーい!」

 玄関先まで出て笑顔で見送ってくれるオーナーの長い髪を留めるのは、金色の羽を模した髪飾り。

 ――彼女こそ前年度の魔王統括者で、半年前俺をトーナメントに誘い、時計型『ゴールドレイド』を作ってくれた前任者なんだ――。

 

 

 ノイと一緒にストリートを南下し、ゲートポートへと向かう。

 ゲートポートって言うのはその言葉通り転移用の魔方陣が描かれた場所のこと。

 位相のずれた現実世界に入る場合に使われるところだ。

 え、なんでこのまま、位相をずらしたセカイで釣りをしないのかって?

 あぁ、言ってなかったか。

 位相をずらしてあるのはこの『島』と周囲一キロのみ。

 それ以外の場所へ行きたいのであれば、このゲートを使って現実世界に戻らくちゃならない。

 そして俺達は海岸で釣りをするのではなく、沖釣りをしに行くのだ。

 この島の周りはサンゴ礁で、食用の魚で、かつあまり大物ってのがいないから。

 ん?そもそも、どうせセカイを作り出せるならいっそ、自分たちの星を作っちゃえば、って?

 ……ふむ。言ったと思うけど、ここは「0」ポイント。

 基本の、現実世界との接点の役割を持つ『島』で、こことは別に、魔王たちはそれぞれ、ちゃんと自分だけのセカイを持ってる。

 で、魔王だけの星そのものを作らない理由は……うん、そういえば考えたことなかったな。

 強いて言うならいくら魔王でも、できるとはいえ惑星一個を作り出すのはちょっとめんどくさくて、さらにそれを維持し続けるのはもっとめんどうだから、かな。

 例の統括者選抜トーナメントの時は、十人くらいの魔王が惑星生成と維持のために交代で魔方陣に魔力を流し続ける。

 俺はやった事がないけどこれが結構疲れるものらしい。

 統括者からボーナスが出るくらいには大変な仕事なんだそーだ。

 だから恒常的に惑星を維持するのは、同じ場所に常に一定の犠牲を必要とするってことで、俺達はそんなの嫌。

 だから魔王だけの『星』はない。


 ……ふむ。これはあとで自伝のどこかに付け加えておこう。

 小さなメモ帳とシャーペンを取り出し、書くべき単語を箇条書きしておく。

 

 「アーリャ?どうかした?」

 うきうきと先を歩くノイが振り返った。

 「あ、また何か書いてる。アーリャは本当に書くのが好きだねぇ」

 「好きというか……うん、まあそうかもね」

 「前は小説書いてなかったっけ?あれどうなったの?」

 「まだ完結してない。三つ同時進行だし」

 「よくやるよ……」

 あれこれ書き溜めておいたのがたくさんあるんだもん。仕方ないじゃん。

 カリカリ。

 「でもほら、ポートが見えてきたから、そろそろ」

 「……ん」

 

 ストリートは若干の下り坂となり、周囲も店ではなく林になってきている。

 吹き上げてくる風も強くなってきた。

 スカートじゃなくてよかったー。

 ノイは必死にゴスロリ服のあちこちを押さえているけど、そもそもが小柄な体躯。

 フラフラ、ヨロヨロと危なっかしい。

 「きょ、今日は風が強いねぇ」

 「……ん。プラス、その布面積だと余計にそうだと思う」

 かくいう俺も、もふもふのシッポが風をはらみ、お尻を持って行かれそうになることがあるんだけど。

 「こ、これは私のアイデンティティなの!いついかなる時でもゴス服は脱がず!そう!これこそが私の戦闘ふkひゃぁぁ!」

 よろけたノイを、あらかじめ、そうなるだろうなぁと予想していた俺が受け止める。

 「重力系魔法でも使えばいいのに。……大丈夫、ノイ」

 「う、うん。ありがと……」

 ちょっと頬を染めて俺の腕の中に納まるノイ。

 百合とか言わないように。……それから重ねて言うけど、人間だった頃の俺達を思い出してはいけない。

 二十代も後半の男が、同年代のムサーとした男を後ろから抱きしめ……ぎゃぁあああっ!!

 「どしたのアーリャ」

 「……なんでもない。なんでもない。気にしないでノイ」

 「うん?」

 危ない危ない。

 精神がゲシュタルト崩壊するところだった。

 「アーリャの胸、あったかい。それにおっきくて柔らかい」

 必死に精神の安定を取り戻そうとしていた矢先、ゴス幼女が恐ろしいことを呟きだす。

 「……」

 「って、あれ、なんで黙るのさ。何か変なこと言った?」

 上目使いで見上げられる。

 中身を知っていなければ以下略。

 でもまあ、ノイにはそういうことしている意識はないんだろうな。

 セリフにしても他意はないんだろう。……たぶん。

 「アーリャ?」

 「なんでもない。さ、行こうノイ」

 「う、うん」

 ノイの手を引き、俺は歩みを再開する。

 あ、こ、これはまたノイが吹き飛ばないようにするためと、転ばないようにするためだ。

 ほら、道幅狭くなってきたし、でこぼこしてきたし!

 決してそれ以外の他意はない。

 あぁ、絶対にない。

 ちょっと保護欲が掻き立てられたって気もするけど、まあそのくらいは認める。

 だって正直なところ、ノイ――ノインゼルの姿はかなり華奢でかわいらしい。

 首元あたりまでの銀髪に大きくてくりっとした瞳。

 ぷくっとした頬に唇、ゴスロリ服に包まれた幼児体型。

 言われなきゃ魔王とは絶対気づかれない。

 元の姿とは何もかもが違いすぎて、正直俺も最初は素晴らしく戸惑った。

 っていうか今でも信じられない。

 これがあの友人だったなど。

 「……アーリャ」

 「な、何?」

 「……知ってる?接触状態だと私、って言うか魔王って、相手の心読めるって」

 ぎっくぅ!?

 しまった。

 知ってるけどすっかり忘れていた上に、精神防壁入れてなかった。

 油断したー!

 「し、知ってる……」

 「結構。で、今なにを考えていたか、言って欲しい?」

 「ご、ごめん!やめて、お願い!」

 「どーしよーかなぁ」

 うごごごごご。

 ノイから暗黒のオーラが立ち上る。

 「ノ、ノイ、ほんとごめん!」

 「……」

 びくびく。

 「……っぷ」

 「へ?」

 「ぷぷ、ぷぁははっ!」

 急にゴス幼女が笑い出した。

 「ひ、久しぶりに大慌てのアーリャ!楽しい~!」

 「く、む、ぬ……」

 「だ、大丈夫大丈夫。怒ってないよ。今のアーリャの顔見たらそんなの吹き飛ぶって」

 このツンデレアーリャめ。

 実におかしそうに、ノイが俺を突っついた。

 

 

 ゲートポート、つまり転移ゲートのある建物は、海辺にそびえ立つ重厚な石造り。

 高さ二十メートルはあるかな。

 ストリート側と建物側の間には川が流れ、上げ橋がかかっている。

 まずないだろうけど、非常時――この場合は人間や他の島の魔王たちによる侵入だ――を想定して建造されているからだ。

 ちなみにこの川、現実世界だと『せせらぐ』という表現がぴったりの小川。

 それをこっちの世界では魔王の力によって数十倍の規模に拡大している。

 俺とノイは木製の上げ橋を渡り、石造りの建物にたどり着く。

 内部は薄暗く、各所に開いたアーチ形の窓から海風が吹き込んでくる。

 オーン、オーンと唸る風の音は、どこか獣じみていた。

 建物に入ってすぐのところにゲートの監視役魔王の詰め所があり、交代で二人が詰めている。

 「どなたですか?」

 ん、誰か出てきた。

 「ゲートポートに何か御用でも……って、その金色の魔法具……もしやうわさに聞く統括者様ですか!?」

 「うん?そうだよ」

 俺が腰に下げた『ゴールドレイド』を見て頓狂な声を出したのも、そういう魔王の一人……かな?

 まだ年若い少年で――うん、欧州出身者だね。

 外見は吸血鬼をイメージしてもらうといい。

 ボサボサっとした白髪頭。小さな角がふたつ、その中からぴょこりと生えてる。

 瞳は赤。

 逆に血の気が少ないので青白く、そして紋様の浮き出た手足。

 黒いマントを金ボタンで肩に留め、樫の木製っぽいステッキを握りしめている。

 ……はて。見覚えがない気がするんだけどな、この子。

 「し、失礼しました!」

 「はっは。そうかしこまるんじゃねぇ。こいつだって半年前までお前と同じ一般|魔王≪ピーポォー≫だ」

 ――それと様付もいらねぇぞ。

 「あ、主任!」

 少年吸血鬼の後ろから出てきたおっさん――緑色の肌で身長二メートル超えだ――が、島の警備主任。

 いつも思うけどハ○クみたい。

 現在男ってことは、これでも元・女性のはず……たぶん。

 全く想像できないけど。

 あと魔王って一般ピーポォーになるのか?ならんだろうな、普通は。

 ……いや、でも二千人もいればなるのかしら。

 「……むう」

 「や、こんにちはグレッグ」

 変なところで考え込んだ俺の代わりに、ノイがしゅたっと片手を上げて挨拶してくれた。

 「おう、今日も無駄にフリフリだなノイ。ここまでぶっ飛ばされてきたか」

 「なわけないでしょ!……飛ばされそうにはなったけど」

 はっはっは!

 ハル○似の警備主任、グレッグが大笑いしてる。

 「だろうな。海辺は風が吹き上げて来るからな。大方アーリャに手でも繋いでもらってきたんだろう」

 「そのとおり」

 と、これは俺。

 「あ、あの、主任。ボク初対面なので、紹介してくれるとうれしいんですけど……」

 巨体の後ろからおずおずと、少年吸血鬼――いや、魔王か――が手を上げる。

 やっぱり、初対面か。

 「そういえば、見たことない顔。新入りさん?」

 ポニーテールを揺らして小首をかしげる。

 「ありゃ、そういえばお前さんもまだ会ってなかったか。…………いや、そうか。そうだよな」

 「ちょっと、一人で納得してないでよ、グレッグ」

 「まあそう焦るなゴス幼女」

 ゴス幼女言うなし!と喚くノイを軽くあしらい、グレッグが少年吸血鬼を俺達の前に引っ張り出す。

 「こいつはエストルってんだ。俺はエスターって呼んでる。魔王としちゃド新人だ。んで、二月前にこの島に来て以来、俺のところで面倒見てるってわけよ」

 ……はて。

 ぱたりとシッポを振る。

 「二月前?私のところには報告、来てない」

 一応新たに魔王になって島に来た者は、統括者にお目通りをして居住を認めてもらうという儀式がある……はずなんだけど。

 俺のところにはそんな話、来ていない。

 あ、それと俺、会話の中で自分を指すときは『俺』じゃなくて『私』。

 一応ほら、女の子だし。

 「あぁ、それなんだがな……」

 グレッグが難しい顔で腕を組む。

 「何かあったの?」

 「うむ……」

 中空を睨み、何か言いづらそうなグレッグ。

 「まずい話?」

 「いや、あれだ。……すっかり忘れていた」

 「……は?」

 ずこー!

 「……おいおっさん!」

 見事にコケたノイが、地表付近から半眼で突っ込む。

 「ぬぁはっはっは!いやすまん、俺もいろいろ忙しくてな。特にこいつは結構ボロボロで流れ着いてたんだ。体調も良くなさそうだったから落ち着くまでは――と思ってたんだがな」

 「……それで報告も忘れてた、と」

 「だっはっは!」

 「だっはっは!じゃなーい!」

 どふんっっ!

 俺の代わりにノイが突っ込みを入れてくれる。

 でもそのおかげで――。

 ゴス幼女とはいえ、魔王が放った正拳の一撃は、グレッグの腹にヒットした瞬間周囲に衝撃波をまき散らした。

 ぶわぁっ!

 「……」

 黙って彼女のスカートを押さえる。

 ばかノイ。

 見えちゃうじゃないか。

 一応ドロワーズって下着なんだぞ。

 心持ち頬を染めた、えーと、エスター君?が俺の前に進み出た。

 「え、エストル=ラックマンです。エスターとお呼びください、統括者様。ご挨拶が遅れましたこと、それとこのような場所でのご挨拶というご無礼、どうかお許しください」

 芝居がかったセリフを吐きながら、右手を胸に片膝をつくエスター少年。

 ほほう、結構美形。色白だけど整った顔立ちしてる。

 薄命の美少年的な。

 ……じゃなくて。

 「言葉がうまいけど、元は何歳?」

 「あ、えーと。じゅ、十三歳でした。性別は女性。……今は違いますが」

 「だろうね」

 魔王というからにはTSしているわけだし。

 しかし、ふうん。

 十三歳か。若い。

 でもなーんでどもってるのかな。

 頬も紅いままだし、視線も定まらずきょときょとしてる。

 緊張……してる?

 よく分からん。

 「グレッグは新人って言ったけど、魔王になったのはいつ?」

 「あ、えー……っと。ふた月ほど前であってます。……たぶんですが」

 「たぶん?はっきりと覚えてないの?」

 「すみません……」

 あ、下向いちゃった。

 「あ、ごめん。あまり気にしないで。ただ十三歳で魔王ってあまり聞かないから」

 大抵は社会のゆがみを知る年齢、つまりは二十歳以上がほとんどなんだからね、魔王になるの。

 「はぁ。実はその……私、人間だった頃かなり病弱でして。幼少時――いえ、ほとんど生まれた時からずっと入院生活だったんです。両親が持ってきてくれた、病室で見ていたニッポンの漫画やアニメだけが生の彩り。体が動かない分、あれこれと頭の中で想像するのが本当に楽しくて。えぇ、本当に楽しかったんです。ですが私に残された時間は少なく、ある日ついに終わりが来ました。夜中、それに気づいた私はこっそり、必死に病院の屋上に上がりました。最後くらい、外の空気を吸いたかったからです。そしていよいよ寿命が尽きかけた時、気付いたら……」

 「魔王になってた、と」

 「はい」

 エスターが少し長めに、人間だった頃の自分語りをしてくれた。

 ……結構ヘヴィーだ。

 ノイや、グレッグまでいたたまれない顔してる。

 俺の顔もまあ、わずかにしかめられていると思う。

 だけど、ふーむ。

 不謹慎だけど俺達的には結構いい展開か。

 よく聞く話――よくある妄想ネタ。

 ……まぁ、魔王ってそういうものだし。

 俺は嫌いじゃない。

 俺はあえて気楽に、そう考えることにした。

 油断すると泣きそう。

 「よく自分が魔王だってわかったね」

 と、ノイ。

 確かに、外界の情報から隔絶されていたら世界中に『魔王』なんて呼ばれる存在がいるなんて知らないはず。

 と思ったら。

 「いえ、魔王という存在は知っていました。院内に学校のようなものがありまして。そこではインターネットも限定的ながら使えましたので情報は得られたんです」

 「あ、なるほど」

 「とはいえまさか、自分がその魔王になるとは思いもしませんでしたが……」

 いい話は全く聞かなかったのでとても戸惑いました、とエスター。

 そうだろうな。

 どっかの軍を消滅させたとか、地形を変えたとか、戦争で人間をフルボッコしたとか。

 その他にも魔王の所業は挙げればきりがないけど、いずれも相当に悪いことだろう。

 脚色すら必要ないほどの、ね。

 あえて弁解するなら、全部人間側からフッかけてきた喧嘩だけど。

 俺たちはそれを買っただけ。

 それも仕方なく、ね。

 「ともかく魔王に転生したことで、なぜか体は丈夫になりましたので、こうして外に出られたわけです」

 「ふん。生物として完全に別物になってるからな、魔王は。病気はしねーし、成長すらコントロールできる。瀕死の奴が魔王になって元気になるなんてものも、さも有りなん、だ」

 「そもそも生物かどうかすら分からないけどね。ま、どうでもいいや」

 「ん」

 無意識にシッポを抱き込んで先端を弄りながら、ノイに同意。もふもふ。

 「アーリャ、またその癖」

 「む」

 「(うずうず)」

 ん?どうしたんだろうエスター。もふりたいのかな?

 だーめ。そう簡単には触らせないよ。

 ちらちらと俺の獣耳やシッポに注がれる視線をスルーし、

 「両親は?」

 と聞く。

 う、と言葉に詰まったエスター。どうした。

 「実はその……私、魔王になってパニックになってしまって。病院を飛び出して以来挨拶に行ってないんです」

 「おうふ」

 「今は落ち着きましたけど、その……様変わりした私を見せたくなくて、ですね……」

 「気持ちは分かる」

 ノイやグレッグの方は知らないが、俺、両親とは別に喧嘩別れとかじゃないからね。エスターと同じような理由で会いづらいんだ。

 「心配しているでしょうね……。やっぱり」

 うるるっ。

 あ、やばい。めっちゃ落ち込んじゃった。っていうか泣いちゃった!

 「……(アーリャ!)」

 「……(この馬鹿!)」

 ノイとグレッグがこっちを睨んでる。

 分かってます!俺が悪かったよ!

 地雷踏んだ感があったので話題変更。

 「ん、ごほん。そ、それじゃ、ここまではどうやって来たの?」

 「……ぐすん」

 「お、おーい?」

 「あ、ずびばぜん(すみません)。こ、この島へは転移を繰り返してきました。が、到着直前で『魔力切れ』というものになってしまいまして。その、いろいろ慣れていませんでしたので」

 「なるなる」

 魔王なり立てさんにはよくある話だ。

 いくら星ひとつ破壊できる力を持っていて、その使い方を本能的に分かっていると言っても、実際に使ってみないと実感として理解できない。

 特に転移系は感覚が重要だから、魔王と言えど多少の訓練が推奨されている。

 けど、魔王なり立てで転移が使えるか。

 なかなかやるな。

 最初のうち、『できそうなこと』ってヤツはもっと簡単な――火を起こすとか空飛ぶとか、そんな感じのものなんだけど。

 それなのに『転移』という事象について『できる』と感じられたのは、潜在的にかなりのイメージ力を持っているってことだね。

 あぁ、このへんはまた今度説明しよう。

 「ふむむ~ぅ」

 「どうだアーリャ。いきなり転移使えるとか、かなりできるやつだと思わんか?」

 無駄にドヤ顔のグレッグ。

 別にあんた(あーた)が偉いわけじゃ無かろうに。

 「……そうだね。潜在能力はかなりのもの」

 「私の最初(はじめて)よりすごい……」

 肉体的な力を除けば、ぽちりと小さな火を灯すことしかできなかったというノイががっくり落ち込んでる。

 ん、俺?俺は空飛んだよ。

 「……あの、その、統括者様?私の居住を許していただけますか?」

 ちょっとビクつきながら、エスターが質問してきた。

 「ん、んー……」

 じーっ。

 彼の頭から足の先までを観察し――。

 ぐっとサムズアップ。

 「ん、許可。ここは魔王の島だから」

 「え、あ。ありがとうございます?」

 あっさり許可されたエスターがきょとんとした。

 「アーリャってば、ぐっ!てしてしてるけど無表情……」

 ノイの呆れ声が聞こえるが、無視。

 「あと“様”はいらないよ」

 「えぇ?ですがそれでは……」

 「だいじょぶ。それどころかみんな名前で呼び捨てだし」

 まじですか!?って顔された。

 そんなにおかしいかな。

 だってあくまで期間限定のトップってだけで、みんなの力はほとんど同じなんだから。

 「ま、まあそれはともかく。あの、統括者さ……いえ、統括者?これから何か試練とかがあると聞いたのですが」

 へ?

 「ないよ、そんなの」

 「え?あれ?でも主任が」

 あぁ、そういうことか。

 「グレッグ。まーた新人にあることないこと吹き込んだね?」

 「さぁて、なんの話かな?」

 あからさまにわざとらしくそっぽを向き、口笛を吹いて見せる偽○ルク。

 やれやれ、このおっさんは……。

 新人と見るや、島や魔王についてあることないこと、あれやこれや吹き込むんだから。

 反応見て楽しんでるんだろうけど、修正する方の身にもなってよ。

 「ちなみにエスター君。おっさんにはどんな試練があるって言われたの?」

 ノイがため息交じりに聞く。

 すると美少年魔王はただでさえ白い顔をもっと青ざめさせ、次のように答えた。

 「まずは最底辺の訓練兵扱いで訓練部隊に入隊。そこでは鬼軍曹と呼ばれる魔王に海兵隊式の訓練を三か月やらされて殺りくマシーンに仕立て上げられた後、先に入隊していた皆さんとチームに分かれ、魔法と武器を使った血で血を洗うバトルロワイアル」

 「「……」」

 「開始後二十分で最強の名を欲しいままにする魔王統括者が戦線に乱入して凄惨かつ一方的な戦いを仕掛け、五分持てばよし。それは全ての新規居住希望者を絶望のどん底に叩き落とす試練だ、と」

 「……」

 「……」

 「だぁっはっはっはぅわぉうッ!!?」

 無言で、メガトン級のエネルギーを内包した俺の右拳が、グレッグの巨体を吹っ飛ばした。

 

 

 「……と、まあ、冗談はさておいて」

 「どの辺!?どの辺が冗談!?ちょ、ちょっとアーリャ、おっさんどこまで吹っ飛ばしたの!?」

 ゲートポートに開いたバカでかい穴――縁が煙を上げている――を呆然と見ながら、ノイが俺に詰め寄ってきた。

 どこまでって言われても、ねぇ。

 ぱたりとシッポを一振り。

 「さあ。大気圏外まで行ったんじゃない?」

 「あ、う」

 ゴス幼女が口をパクパクさせた。

 「や、やはり統括者クラスともなると、凄まじいのですね……」

 これは勝てません、絶対に!

 エスター君は、俺に恐れをなしたか、そんなことをつぶやきながら隅っこで小さくなっている。

 戦わないってば。

 「魔王はみんなこのくらいできるよ。使い方知ってればね」

 ちょいちょいとその場所(・・・・)を指しながら言ってやる。

 「い、いや、ボクは」

 その場所って言うのは、飴細工の如く溶けた石壁。

 その向こうにはどこまでも澄んだ青空と海が広がっている。

 うん、今日もいい天気。

 「……この子には無理だと思うよ、アーリャ」

 「そう?」

 魔王ならできるってば。

 「あと確か、この場所は魔法の発動が阻害されていたはずでは」

 「気合でなんとかした」

 正確には、空間情報構造体として設置されている魔法発動無効化術式の一部をより高密度の情報構造体で引っ掻いてエラーを起こさせ、術式全体を極短時間ダウンさせたんだけど。

 一ナノ秒くらいのその間に、俺の攻撃魔法の術式をねじ込んだだけ。

 簡単簡単。

 これも魔方陣の知識と相応の魔力量と、優秀な魔法補助デバイスがあれば可能なのだ。

 はっはっは。

 「あと厳密には魔法っていうほど立派なものじゃない。肉体制御系だから」

 魔法術式をダウンさせた隙に、俺の全身を流れる魔力を連続圧縮して拳に集中させ、爆発的に開放しただけだからね。衝撃波みたいなものさ。

 魔法補助機能の作動による発光が収まりつつある、俺の『ゴールドレイド』。それを見つめながら、

 「……!……!」

 やはり、絶対、とてもボクには無理ですよ!?と言わんばかりに、エスターがぶんぶんと首を振った。

 うーん、新人魔王の前でちょっとやりすぎたかな。

 ごめん、エスター。

 「ごほん。ともかく、グレッグが言ったような試練はないよ、大丈夫。本来は城で私、つまり統括者に会って名前を登録して、いろいろな注意事項を聞かされて終わり。君の場合はいろいろ端折っちゃったけど。でも一度城まで来てくれるといいかな。正式な名前の登録はあそこでないとできないから」

 日取りは追って連絡するよ、と言っておく。

 「は、はい。分かりました」

 むぅ、まだ小さく震えてる。

 ほんとにやりすぎちゃったかしらん?。

 魔王同士だとこの程度(・・・・)のド突きあいは割と当たり前だからなぁ。

 「アーリャって時々容赦ないからね。あのね、大丈夫だよエスター。アーリャ、本当はすごく優しいから」

 「は、はあ」

 「って、そういえばアーリャ。さっき様付いらないとか言いながら、ちゃんと名乗ってないよね?」

 「お”うっ」

 しまった。ノイの言うとおり。

 「そうだった、ごめん」

 「駆逐艦みたいな声出してからに」

 なんのこっちゃ。

 「じゃ、略式だけど改めて。この魔王の島の、今年度統括者、アーリヤヴナ=ケモノミミスキー。アーリャでいいよ。よろしくね、エスター」

 「私はそのお供にして友人、ノインゼル=キルシュワッサー。ノイでいいよ」

 お供って何?

 狩りの時についてくるネコ的なやつだろーか。

 にゃーん。

 「よ、よろしくお願いします、お二方」

 俺達が差し出した手をエスターが握る。

 うん、もう怯えてなさそう。

 よかった。

 「アーリャもかわいいんだかららさぁ、もうちょっと笑顔見せてあげればいいのに」

 「これ、素」

 「いや、うん。ま、いいや」

 「よーし、話は終わったな、お前ら」

 へ?

 「おっさん!?」

 「主任!?」

 野太い声に振り向くと、そこには何事もなかったかのようにグレッグが腕組みして立っていた。

 「なんだ、もう戻ってきたの?」

 「うむ」

 のすのす歩み寄ってきた緑色の巨人が、何かを差し出した。

 「土産だエスター」

 「……なんです、この金属片」

 「アポロ宇宙船の一部だな」

 「「……」」

 大気圏外で切り離したユニットの一部らしい。どこで拾ってきたそんなモン。

 「久々に地球を俯瞰できたぜ。いい眺めだった。が、まあなんだ。そのまま危うく月面旅行するところだったな」

 「ぷ」

 思わず吹き出す

 「なあアーリャよ。お前今は女の子なんだからもうちょっと手加減しようぜ」

 えー、めんどい。

 「善処はする」

 「月面旅行って……」

 「(ガクガクブルブル)」

 ノイが肩を落とし、エスターがまたしても身震いした。

 

 

 「さて、お前ら。長くなっちまったが、ここに来たってことはどこか行こうとしていたんだろう?」

 おっと、忘れてた。

 つーか誰のせいだと。

 「あー!そうだ!釣り、釣りだよ!折角調べてきた魚の回遊ルートが、もう全然違っちゃってる……」

 ノイが慌てだした。

 「おっさんのせいだよ!」

 別にそれだけでもない気がするけど、まあいいや。

 それより……うーむ、どうしよう。

 「はっは、すまん。何を狙っているんだ?ちったぁ助言できるかもしれん」

 「特にこれと言って。ただ大物がいいかも」

 「ふ、む。この時期なら……」

 グレッグが壁に貼られた世界地図を見ながらしばらく唸り、やがてある一点を指さした。

 「ふむ。ここにしろ。マグロの回遊ルートがあるはずだ」

 マグロ!俺の大好物だ。

 「……まじ?」

 ノイが疑いの目を向けてる。

 一方のグレッグは分厚い胸板をはって見せた。

 「マジだ。これでも俺は漁師の仕事もしてたからな。海の事なら任せとけ」

 そういえばグレッグが人間だった頃の話、あまり聞いたことない。

 貴重な情報かも。

 でも今はマグロだ。

 「わかった。信じて行ってみる。ポート開くの、お願いねグレッグ」

 「おうよ」

 俺とノイは円柱状の建物の中央部、床に描かれた魔方陣へと進む。

 マグロの回遊ルートに行くための転移魔方陣――ではなく、その転移魔方陣へ行くための、魔方陣だ。

 この島から出て世界各地へ行ける魔方陣はこの建物の最上部にある。

 そこまでは約二十メートルの高さがあって、建物内は各種魔法、攻撃はもとより浮遊・転移系と言ったものも発動が阻害される。

 故に転移場に行くための専用魔方陣が必要となる。

 めんどうだけど、これもセキュリティの一種。

 

 「アーリャ、さっき攻撃魔法使ったよね?」

 「……違う、気合」

 あの説明めんどいからこれでいいや。

 「いいの?それで……」

 「気にしない」

 「お前らー。魔力を流すぞ、準備いいか」

 「あ、うん」

 

 グレッグが魔方陣の外側で膝をつき、両手を床につける。

 これもセキュリティの一種で、二つの魔方陣には別々の魔力を流す必要がある。

 この場の魔方陣にはグレッグの、最上部の転移用魔方陣には転移者、この場合は俺かノイの魔力をだ。

 「じゃ行くぞ。気を付けてな。……エスター。お前は下がっとれ」

 「はい、主任」

 エスターが壁際まで後退した。それを確認したグレッグが、

 「……ふっ!」

 ヴン!

 流された魔力で魔方陣が発光、俺達は体が浮き上がる感覚と共に視界が暗転し、次の瞬間にはもう、最上部にいた。

 周囲三百六十度が吹き抜けで、屋根はギリシア彫刻のような意匠の柱で支えられている。

 分かりやすくファンタジー。

 床には転移用魔方陣が描かれてる。

 「成功だね。じゃ行こう」

 「任せた、アーリャ」

 「ん」

 床に手をつき、目を閉じる。

 「……転移用魔方陣起動、術式展開。空間情報構造体構築開始、終了まで二、一、ゼロ。術式固定」

 魔方陣が起動し、床面に光る紋様が浮かぶ。

 「使用者設定、アーリヤヴナ=ケモノミミスキー及びノインゼル=キルシュワッサー。時空連続体通路確保、転移先座標入力、X・Y・Z。……完了。転移先情報取得、異常なし。……飛ぶよ、ノイ」

 「ほいきた」

 シュンッ!

 俺の魔力が流され、魔方陣が発光。

 俺と、俺に掴まったノイはそろって、グレッグが示したマグロの回遊ルートへと転移した。

 

 

 ――――アーリャとノイが釣りに出かけてしばらくたった頃。

 「……いけねぇ。あいつらに、飛ばない方がいい場所言い忘れたぜ……」

 グレッグが、アーリャにぶっ飛ばされ自ら開けた壁の大穴を補修をしながら呟いた。

 「クロマグロが取れる海域の近く、たまにアイツ(・・・)が上がってくるんじゃなかったっけか」

 人間たちにはほとんど知られていないが、とある深海生物のうち、割と年の若い個体がマグロを捕食するために海面近くまで上がってくるのを目撃したことがある。

 一年のうちで一週間ほどの短い期間だが。

 そいつは極まれに別の海域で網にかかることもあるから、今年もあながちないとは言えない。

 一瞬自分も転移して注意を促すかとも思う。

 が、やはり思いとどまった。

 彼女らも、あんな見た目だが魔王。

 人間どもとは比べられない力を持っているのだ。

 まして片方は今年度の統括者。

 仮に怪物(・・)が出てきても特に問題は起こるまい。

 それにあいつらに教えたのはメバチマグロが取れる海域だ。

 クロマグロが取れる海域とは距離がある。

 そっちに行かない限り、大丈夫だろう。

 ……行かないよな?

 教えてねーし、その前に多分知らねーだろうし。

 「……ふむ」

 グレッグは頭を振って、石を運んできた新参魔王を振り返る。

 「おいエスター。お前はなにをぼーっとしてやがる」

 「……」

 吸血鬼みたいな恰好の少年は先ほどポニーテールの少女に握られた手をじっと見つめていた。

 「……まさかお前、アーリャに惚れたのか?」

 「え!?い、いや、違いますよ!」

 「頬染めて何言ってやがる」

 「ち、ちがっ……!これはそういうんじゃありません!」

 おうおう、分かりやすく慌てやがって。

 「ただその……やはり日本出身者の方はかわいらしいなと……。って、耳とか尻尾とかの話ですからね!?」

 やっぱ惚れてんじゃねぇのか、こいつ。

 「へー、ほー、ふーん」

 ニヤニヤ笑いながら、

 「ノイに殺されるなよ」

 小さくつぶやき、石を積み直す作業を再開した。

 

 

 グレッグに教えられた海域に転移してから三十分。

 俺とノイはのんびりと、木造船の上で寝転がって当たりを待っていた。

 船の上は日光がきついのでパラソルを広げてある。

 その下であくびしながらのーんびり。

 いいよなぁ、こういうの。

 獣耳には風と波の音が心地よく詠いかける。

 尻尾を抱え込むと、あぁ、お日様の匂いがする。

 実にまったり。

 ……でも――――。

 「……当たり、来ないねぇ」

 「うん、来ないねぇ」

 ゲートポートからこの海域上空に転移。

 そのあと収納空間から()に船をだし、釣り針を垂れる事二時間ほどが経っている。

 何度かマグロらしき光を海中に見たが、一向に餌に食いついてくれない。

 「っていうかさ」

 「うん?どしたのアーリャ」

 「今更だけどマグロって一本釣りできたっけ?」

 「できたはずだよ。えーと……」

 釣りに関するあれこれを書いた本を収納空間から取り出したノイが、ページをパラパラとめくる。

 「マグロの一本釣り。通称沖のバクチ。大物が釣れれば一回で百万円を稼ぐこともできる、人生の一発逆転も夢じゃない」

 「……」

 いや、そーいう情報じゃなくて。

 「すごいよアーリャ。二百キロくらいの大物なら一千万円くらいにもなるって」

 ……ほう。

 「ノイ、ちょっとその本貸してくれる?」

 「ほい」

 どさっ。

 結構重い本が手渡される。

 タイトルは『THE☆漁!一攫千金と大物を狙いたい君はまずこれを読め!』か。

 ふーん、どれどれ……。

 ――マグロは太平洋のずっと南で生まれ、北上してくると言われる。

 日本には黒潮に乗ってやってきて、東北北部あたりでエサを探し、そこが一大漁場になる――

 ふうん。

 「エサはトビウオなどが有名。これを仕掛け付の船で引き、トビウオが泳いでいるように見せ、食いついたところを一本釣り、ね」

 どうやら動いていない餌を垂らしていても、あまり意味はないらしい。

 「ノイ」

 「ん?」

 「ここ、これ見て。船を動かして、エサの魚を動かすといいみたい」

 「どれどれ……。ほうほう、なるほどね。やってみる?」

 「うん」

 ということで、俺達はいったん仕掛けを上げてエサの魚を付け直す。

 船を海面に近づけ、

 「魚群を探すね」

 「任せた」

 ちゃぷん。

 ノイが海に手を突っ込み、目を閉じる。

 彼女の小さな手からは今、一定の大きさ以上かつ、設定した速さ付近で泳ぐ『魚』という物体を探知する探索系魔法が放たれている。

 ソナーみたいなものだね。

 条件付けが細かくできるから、その意味で魚群探知機よりは優秀なはず。

 ん?そもそもなんで、海に船を浮かべてないのかって?

 答えは簡単、ノイが船酔いしやすいから。

 そのくせ釣りは好きという、めんどくさい性格をしているんだ、彼女は。

 「……いた。もう結構ずれている。アーリャ、北西に一キロ。南に向かって魚群が動いてる」

 さすが魔王。もう見つけたみたい。

 「了解。動くね」

 ノイの感覚をセンサーに、俺は船に掛けた手に魔力を込める。

 船の一部に魔力光が灯る。

 本来、到底沖釣りになど使えない木造の小舟は滑らかに、海面から二十センチほど浮いて滑り出した。

 「いいよ、その調子」

 「ん。仕掛けを用意する」

 例の本を参考に仕掛けを調整する。

 抵抗がほとんどない為、船の速度は速い。

 仕掛けを調整していると、あっという間に魚群に追いついてゆく。

 「そろそろ入れちゃおう」

 「あいさ」

 船の後部から投げ入れる。ぽちゃん。

 「魚群まであと五百」

 「ラージャ」

 浮いているので波しぶきはほとんど立てず、曳航線もでない。

 もちろん揺れもない。

 強めの風のみが、前に進んでいることを教えてくれる。

 「そーいえば、アーリャ。釣竿大丈夫かな?」

 「どゆこと?」

 首をかしげる。

 「いや、強度がさ。マグロに耐えられるのかなって」

 あ、そーゆーこと。ブラッククロームに輝く合金製釣竿を見てちょっとだけ考える。

 「……大丈夫だと思う。一応この世界の物質では不可能な強度持ってるらしいし。合成するときにも強度としなやかさを両立させた、って、売ってた魔王が言ってたし」

 「信じようか」

 「ん」

 なんて話をしながらさらに船を進める。

 「アーリャ、今ほぼ直上」

 「……お」

 下を見てみると、うん、確かに、遥か下に黒い背中が見え隠れ。

 魔王の視力と解析力ならこのくらいは見えるのだ。

 「いるいる。ノイの仕掛けも降ろすよ」

 「よろしくー」

 魚群探知機と化したノイの代わりに、彼女の釣竿も船の縁から投げ入れる。

 二本の釣り糸とエサが海面を割る軌跡だけが、俺達の後に続いた。

 「しばらくこの上を走ろう」

 「そうしよう」

 

 ……。

 来るかな……。

 どきどきしながら五分ほど走る。

 

 ――ぴくん。

 「……お?」

 釣り糸が今、跳ねた?

 じー。

 見つめていると、

 ぴくん、ぴく、ビンッ!

 「きた、きた!」

 ノイが顔を輝かせた。

 「落ち着いてノイ。まだ、まだ……」

 ここで引き揚げちゃだめだ。

 きっとまだ、マグロは食いついていない。

 突っついているだけだと思う。

 むぅぅっ……。

 

 ビクンッ!

 

 ついに釣り糸が大きく跳ねる。

 「きた!引くよ、ノイ」

 「よしきた!」

 さっそく釣竿を手に取り引っ張ると、お、重い……っ!

 予想以上に重い。

 魔王の力でもないと、こんな体躯じゃ絶対に引けない引きが来る。

 「くぬぬっ!」

 歯を食いしばってぐいぐいとリズミカルに、しかしときどきは引きを緩めながらマグロとの駆け引きを続行。

 どの魚でもそうだけど、こういう時は一気に引いちゃだめだ。

 引いて緩めてを交互に繰り返し、魚が疲れるを待つ。

 

 引いてー。

 緩めてー。

 引いてー。

 また緩めてー。

 

 体感的には十分もそれをしたと思う。

 なんとなく、マグロの引きが弱くなってきた気が……する。

 チャンスかも。

 「ノイ、勝負かける」

 「おっし!やっちゃえ、アーリャ!」

 ぐぅいっ!

 体重をかけて船に引きずる。

 海面下から、すごいスピードで上がってくる黒い影。

 時々銀色に光る。

 水面に背びれが……!

 「「出た!」」

 巨大な水しぶきが上がる。

 その中に黒光りする巨体が見えた。

 間違いない、マグロだ!

 「おー!えす!おー!えす!」

 ノイが掛け声をかけてくれる。

 ばさばさと音がする……って、は?

 どこから取り出したのか、ゴス幼女が両手に何かを握って振り回していた。

 横目で見ると視界に入る、『勝利の鍵』の文字。

 応援はうれしいけどその扇子はなんなのさ。

 勇気で何とかしろってことか?

 むしろ笑って力抜けるからやめてくれ、頼む。

 「せーのっ!」

 危うく脱力しそうになりながらも、最後の一引き!

 「やっ!」

 魔王の力も使って――主に筋力だ――水面から引きずり出された巨体が、空を飛んだ!

 キラキラと光る水しぶきと、大きな魚体。

 「ノイ!」

 「ほい、さっ!」

 とてもではないが、このサイズはノイの体では捕まえきれない。

 そこで彼女は対象を捕縛するタイプの魔法を使って、マグロを空中で捕えた。

 「やっ……た!やったよ、アーリャ!捕まえた!」

 「ぐっじょぶ」

 ぐっっとサムズアップ。

 じたばた、じたばた!

 捕縛魔法にとらわれたマグロが、とんでもない理不尽を見た顔をして、空中に浮いていた。

 

 

 その後――勘を掴んだ俺とノイは、次々とマグロを釣り上げていく。

 「よっ!ほっ!」

 捕縛魔方陣が展開され、中型のマグロ――ノイの本によればメバチマグロという種類だ――をその中に捕える。

 よし、成功。

 「これで何匹目?」

 「五匹だね」

 ノイの声がうきうきと弾んでいる。

 これほどたくさんの大物を釣ったのは彼女の全ての生の中で初らしい。

 そりゃうれしいだろうな。

 うん、俺も結構楽しい。むふふ。

 「まだ釣る?」

 「うーん……」

 今のところ内訳は、中型三匹、小型一匹、大型一匹。

 中型と言っても一メートルは優に超えているし、大型に至っては二メートル近い。

 全部捌いてもらったら結構な量のお刺身がつくれるはず。

 島には五百人からの魔王がいるけど、食べたい人はちゃんとみんな戴けると思う。

 いや、島には……人数もそうだけど、食べたいって人も実際そんなにいないか。

 いいとこ半分以下ってとこだろうな。

 あ、ちなみにその他の、名も知らぬおさかなたちも釣れたけど、これらはみんなキャッチ・アンド・リリース。

 で――俺としてはもう充分だろうと思ってたけど、どうもノイはまだモチベーションがあるみたい。

 「……ねえアーリャ。どうせならこっちを一頭、狙ってみない?」

 と、例の本を見せてきた。

 「……クロマグロ」

 「うん」

 大物になると三メートル近い巨体を誇るクロマグロ。

 主に地中海の方で獲れるとある。

 転移魔方陣を再展開すれば飛べるけど、さて、どうしよう。

 「これのお刺身、とってもおいしいじゃない?欧州出身の魔王たちにも、本物を食べてもらおうよ」

 「……ふむ。いいかも」

 聞けば彼らの言う“サシミ”は新鮮なものではないという。

 そらそうだ。

 元が海辺でない国がほとんどだし、生で食す食べ方は、世界各国を見てもあまりない。

 ニューヨーク出身の魔王に知り合いがいるけど、サシミって聞いたら嫌な顔してた。

 彼の記憶では、匂いも味も最悪だったらしい。

 でもきっと、それは超絶新鮮なものを見たことがないからだと思う。

 厳選したしょうゆに少量のわさびを溶き、端っこにそれを付けて食べるマグロ!

 なんて幸せ。

 これを体験させてあげたい。

 っていうか俺がしたい。

 まず俺が食べたい、久々に。

 じゅるり。

 「アーリャ、よだれ」

 「おっと」

 「……決定、でいいみたいだね」

 「うん、決定。行こう、ノイ」

 「よっしゃ!」

 

 収納空間から世界地図を引っ張り出し、緯度と経度を確認。

 もう一度転移魔方陣を組むための情報を取得していく。

 ……ん、言ってなかったか。

 いくら魔王で、瞬時に世界中に飛べる魔方陣と言えど、転移先の大まかな情報くらいはないと魔方陣が不完全になって転移できない。

 情報っていうのは、緯度・経度・地名もしくは住所などだね。

 あるいは固有名称を持つ建造物、例えば『日本・京都・清水寺』みたいな感じでもいい。

 ぶっちゃけてしまえば、『月面』でもいい。

 ついでに言えば、一度言った場所で、そこにマーカーを設定しておけば事前情報なしに転移することもできる。

 それはともかく、今回みたいに海の上だとか山の中みたいに、地名も住所もない場所が転移先の場合は緯度と経度が必要。

 この数字を魔方陣に組み込んで起動させ、あとはつながった先の情報を時空連続体から直接取得して自動入力することで、陣が完成するってわけ。

 ということで――。

 「緯度・経度の入力完了。ノイ、準備はいい?」

 「はいはーい。いつでも」

 「……なに、やってんの」

 ノイが収納空間から引っ張り出したクーラーボックスのふたを開け、そこをマグロを生きたまま運ぶために彼女が作った空間につなげて手を突っ込み、遊んでいる。

 ん、分かりにくい?

 つまりクーラーボックスのフタの向こうが、また収納用空間になっているってこと。

 十メートル四方くらい、かな、この感じだと。

 「いやぁ、生きがいいねぇ」

 「手、食べられるよ」

 トビウオで釣れるってことは肉食なんだし。

 「わひゃ!」

 言ってる傍から、ノイのちっちゃい手を餌と思い込んだマグロが水面に顔を出した。

 ゴス幼女が慌てて手をひっこめる。

 「びっくりした」

 「ほらね」

 まあ、魔王だから食べられてもすぐ再生できるだろーけど。見た目が悪いからやめてくれ。

 「飛ぶよ」

 「あ、うん。お願い」

 

 船の周りに魔方陣が浮かび、発光。

 俺とノイを乗せた木造船は、クロマグロが狙えるという海域に向けて、転移した。

 

 

 「ここ、だね」

 「うん」

 魔王の島があるのが南太平洋。グレッグに教えられてさっきまでいたのが、そこからほど近いマーケサス水域と呼ばれる漁場の端っこ。

 で、今俺達がいるのが地中海。北緯三十五度、東経十八度。

 うん、間違いない。

 無事に地中海に転移した俺達は再び釣竿を引っ張り出し、魚群探知機のノイの言葉通りに船を進める。

 「人間に見つかると嫌だから、迷彩かけとく」

 「あ、そっちも私がやるよアーリャ」

 「ん、そう?じゃお願い」

 「あいさ」

 ノイが重力魔法を駆使し、船の周囲の光を歪ませて疑似的な光学迷彩を作り出す。

 これで俺達の姿は外部から認識できない。

 ここはあちらこちらに人間の眼があるからね。注意しないと。

 「転移した時に見つからなくてよかったよ」

 「一応注意していたからね」

 「さすがアーリャ」

 そりゃそーだ。

 いきなり女の子が乗った――しかも片方はゴス服幼女だ――木造小舟が現れたらみんなびっくりするに決まってる。

 ヘタしたら即、魔王とばれて戦闘だ。

 戦力な不安は全くないけど、だからと言ってむやみに人間を刺激するのは得策じゃない。

 まして俺は魔王の統括者。

 実体はどうあれ今は一番偉い人と同義の立場。

 そんな立場の人間、じゃない、魔王がいきなり戦いに巻き込まれるのは絶対に避けなきゃならない。

 ということで細心の注意を払い、

 「始めよう、アーリャ」

 「ん」

 ♪まぐろまぐろまぐろー!まぐろーをーたべーるとー。

 ノイの、謎の歌と共にクロマグロ釣りが開始され――。

 

 

 ――二時間が過ぎた――のだが。

 「……」

 「……」

 来ない。一向に当たりが来ない。

 魚群探知機(ノイ)はこの辺にいるっぽい、といっているんだけど……。

 「……アーリャぁ……」

 「なに?」

 「おなかすいた」

 「……」

 そうか。

 もしかしてそれで、センサーの感度が鈍っている?

 って、あぁ、言ってなかったか。

 俺と同じでノイも空腹を感じる魔王の一人。

 おなかがすくといろいろ能力が低下するらしい。

 「そうだね。うん、このままご飯にしよう」

 「そうしよう、そうしよう」

 時刻もちょうど昼過ぎだし。

 オーナーが作ってくれた、色とりどりのサンドイッチが収められたバスケットを出してお昼ご飯タイム。

 ぱかっとふたを取ると、おー……。みっちりとパンが詰まっている。

 どれから食べよう……の前に。

 「ノイ、手、拭いて」

 「え、あ、うん」

 早速サンドイッチを手に取ろうとしていたゴス幼女に、手拭を渡す。

 海水に手突っ込んだんだからちゃんと拭かないとダメだよまったく。

 いやまあ、魔王だからおなか痛くしたりはしないだろうけどさ。

 二人で手を拭き、今度こそ。

 「いただきまーす」

 「いっただっきまーっす!」

 もぐもぐ、はむはむ。

 「おいふい」

 「ん」

 おいしい。

 さすがオーナー手作りのサンドイッチ。

 ラフドの生パン程じゃないけど、手間暇かけて育てられた小麦から作られるパン。

 ハムもお肉も、レタスもタマゴも、みんなオーナーの畑や養鶏場で生まれたもの。

 農薬なんか使わない、百パーセント有機栽培。

 どっかの魔王がどっかの世界で獲って来た肉や野菜で作られる料理――その中にはもちろんサンドイッチもある――もおいしいけど、俺個人としてはオーナーの作るご飯が一番おいしいと思うね、うん。

 「もふ」

 「まふ」

 俺四つ目、ノイ六つ目。

 って、はや!

 小さい口を高速で動かしてパンを咀嚼してる。

 リスかお前は。

 まあそれはともかく――オーナーのサンドイッチは量とか具だけでなくパンの種類も豊富。

 食パンのようなものからコッペパンのような細長い物、フランスパンのように片目のパンに切れ込みを入れたもの。

 丸パンみたいのまである。

 自覚すると俺も結構おなかがすいていたみたいで、二人とも無言で、次々とサンドイッチに手が伸びる。

 止められない止まらない。

 「はい、ノイ。お茶」

 「あふぃわとー(ありがとー)」

 時折紅茶を飲みつつ、

 「当たり、来ないねぇ」

 「うん……」

 釣竿を見つつ。

 

 食事は一時間もしないうちに終わったけど、その間もやはり、当たりはこなかった。

 むぅ、残念。

 「ノイ、もう一度探査魔法やってみて」

 「りょーかい」

 おなか一杯になった俺達は再度、クロマグロにチャレンジすることに。

 ノイが海に手を突っ込んで目を閉じている間、俺は仕掛けを作り直しておいた。

 糸を引き上げ、エサを付け直し、ノイを待つ。

 ややしばらくしてノイが目を開ける。

 「……ダメ、群れがいないみたい」

 あらら……。

 「時期はあってるはずだけどねぇ……」

 「本にはそう書いてあったね」

 ただまあ、本が全てという訳でもないし、その時期に必ずそこに居るという訳でもない。

 あちらだって生き物なんだしね。

 「どうする、アーリャ」

 「ふむ」

 ここまで粘ってクロマグロなし、ってのもなんか悔しい……よなぁ。

 ノイに本を借り、他にもクロマグロが獲れる海域が無いかを探す。

 パラパラとページをめくって地図をなぞると――どうやら日本近海にも漁場があることが分かった。

 ……これだ。

 顔を上げてノイを見る。

 あ、一人指相撲してら。

 ……暇そうだな、おい。

 「……もう一ヶ所だけ行ってみよう。そこがダメなら今日は諦めるってことでどう、ノイ」

 ゴス幼女が考えるそぶりを見せ――。

 「ん。それで行こう」

 と、いうことになった。

 

 俺は再び緯度、経度を魔方陣に入力して陣を構築、展開する。

 「飛ぶね」

 「あいあい」

 光に包まれ、俺とノイは日本近海の漁場へと転移した。

 

 

 三度目の転移で俺達が来たのは俺達の故郷ニッポンは太平洋側にある漁場、『日本近海水域』というところ。

 ここもクロマグロが獲れるらしい。

 一応ノイの探査魔法で群れらしき影を感知できたので、そっちへ船を滑らせ、直上付近から仕掛けを投入。

 「付近に船影なし。グッドタイミングだね、アーリャ」

 「ん」

 つまりいるのは俺とノイ、そしてマグロだけ。

 タイマンじゃー!

 ……違うか。

 仕掛けを引くこと十分。

 昼食をはさんですっかり英気が回復したノイの探査は精度が上がり、群れを正確に追えている。

 幾度か当たりらしき反応が釣竿にあったけど、本格的なものではなかった。

 「……次こそ来るかな」

 「来てもらわないと」

 どきどき、わくわく。

 「……でもなーんか、妙に大きな影が見える気がするんだよねぇ……」

 途中、目を閉じた魚群探知機(ノイ)がそんなことを呟く。

 「影?」

 「うん……。こう、時々しゅっと早く動くけど、基本的には浮いているような……」

 「ふぅん……?」

 なんだろう。

 「あ、消えた」

 「消えたの?」

 「うん。潜っていったみたいだね」

 「……深海生物だったのかな」

 「さあねぇ。それよりマグロ!」

 「うん」

 もはや二人して意地になっている気もするなぁ。

 ポニーテールとシッポと、フリフリ衣装を風になびかせながら船を操り、さらに十分。

 ぴくりと竿の先端が揺れた。

 「「お?」」

 ブラッククロームの竿がついに、しっかりとした反応を見せる。

 そしてすぐさま、折れるんじゃないかってほどに大きくしなった。

 そのしなり具合たるや、午前中までの反応をは比べ物にならない。

 「「きた!」」

 ついに来たのだ、クロマグロ!

 一本釣りは、慣れない者にはとても難しいとあるけど、今日培ったメバチたちとの戦いでの教訓、そして魔王の力があれば勝機は見える!

 ……我ながら、伝説クラスの大剣でお肉捌いてた魔王と力の使いどころが大して違わないな。

 まあ、それでいいの。

 魔王の力で一本釣りなんてことしたって。

 「アーリャ、引いてるって!なにどーでもいいこと考えてるの!」

 「はっ」

 いつの間にかぼーっとしていた俺の代わりに、ノイが竿を引いている。ついでに触れていた俺の手から思考を呼んだらしく、ツッコミを入れられた。

 「引くのはアーリャのほうがうまいんだから、手伝ってー!」

 「ごめんごめん」

 いくら魔王の力があるとはいえ、ノイの体躯でこの引きと重さに耐えるのは大変なんだ。

 服もヒラヒラのゴス服だし。

 ノイから竿を取り、

 「ふぅっ!」

 おなかに力を入れてクロマグロとの戦いを開始!

 メバチの時より重いが大丈夫、行ける。リズミカルに力を入れ、抜く。

 

 引いて。

 緩めて。

 また引いて。

 また緩めて。

 

 もうすっかり慣れたかな。

 「いいよアーリャ。いい感じ。だんだん上がってきた!」

 「よ、し!」

 やっぱり『勝利の鍵』扇子を振りながら、ノイが応援。

 もう笑わないけど、その扇子どこで売ってたんだろう。

 むしろそっちが気になる。

 

 引く。

 緩める。

 引く。

 緩める――。

 

 おおよそ二十分の戦闘ののち、

 いた。いたぞ。

 もう見慣れてきた黒い巨体。

 黒光りする背、反対に銀に輝くおなか。力強い尾びれ!

 でも今までのよりはるかに大きい。

 これは大物の予感……!

 「引き上げる。ノイ、準備!」

 「よしきた!」

 捕縛魔方陣を手に、ノイが構えたのを確認し――。

 「せーのっ!」

 「っ!」

 マグロが上に推力を持ったのを感じた俺はその力をも利用し、やさしく、だが一気に引き上げる!

 空を飛ぶマグロ。

 「ノイ、クロマグロは皮ふが弱い。そっと捕まえて!」

 「らじゃ!」

 高速で遠距離を泳ぐことに特化したマグロは、皮ふが弱いらしい。

 例えば水族館で飼育されている個体は、水槽にぶつかっただけで怪我をしてしまうほどだそうだ。

 だから、俺は捕縛にも気を付けるよう、ノイに注意を促す。

 ノイは真剣な目でマグロをロックし、

 「ほ……いっ!」

 いきなり空中に固定しないよう、ふわりと留まるようなイメージで捕まえることに成功。

 「「やった!」」

 竿を置き、思わずノイを抱きしめる。

 丸一日かかって、ようやく捕えた獲物だ。

 大きさは大体三メートルと二十センチ。

 素晴らしい巨体だった。っていうか予想以上にでかい。

 正直びびった。

 だって三メートルもある生き物、普段そうそう見ないでしょ?

 動物園とか行くならまだしも。

 おまけにコイツは、俺とノイの二人で釣ったものだ。

 喜びはひとしお。

 「これ目当てに釣りに来る人の気持ちが分かったよ……」

 「私も……」

 感慨深く、空中のマグロを見つめる。

 むぅ、やっぱりこのマグロも、とんでもない理不尽を見た顔で俺達を睨んでいる。

 しーらないっと。

 ……って、そうだ。

 「ノイ、弱っちゃう前にボックスに入れておこう」

 「おっと、そうだねアーリャ」

 他のマグロと一緒に入れてケンカされても困るので、()専用のクーラーボックス――これも水槽だ――を作り出し、巨体をそっとおろす。

 ちなみに今回持ってきた、というか作った水槽はどちらも円柱状で、ぐるぐると水を回している。

 水流を再現し、マグロたちが壁にぶつからないようにする為だ。

 流れるプールを思ってもらえればいいかな。

 

 「……さてノイ。これで目的は達したわけだけども」

 「うん……。いやぁ、私感動したよー……」

 大物を釣り上げ、ご満悦のノイ。

 「ん、私も。貴重な体験だった」

 朝六時に起こされた時はちょっと殺意がわいたけど、うん、来てよかった。

 「ありがと、ノイ」

 だから素直にお礼を言っておく。

 無愛想だ、とかクールだとか、口数少ない、とか言われる俺だって、ちゃんと言うことは言うんだよ?

 「いえいえ。起こした時は殺られるかと思ったけど。来てよかったでしょ」

 「……ん」

 それは自業自得だー、とか思ったけど、まあいいや。

 「……さて、じゃあそろそろ帰ろうか。日も傾きそうだし」

 「そうだね」

 そう言ってノイが、もう一度海に手を突っ込む。

 「……にしても、アーリャが素直にお礼を言うなんて……こりゃ何かあるねぇ」

 「ノイ、微妙に失礼」

 このタイミングでそんなフラグっぽいことを言わないでほしい。

 と、そう思った矢先。

 「……ん?」

 ノイが不審げな声を上げる。

 「どうしたの?」

 「いや、なにか下から、おっきなモノが上がってくる気が……」

 「……え」

 そういえば、獣耳に感じる風が……止んでいる?

 あたりを見回した次の瞬間。

 「わ!」

 「ひぇっ!」

 眼の前に滝が現れた。

 いや違う。

 水しぶきを上げて、海面から何かが突き出したんだ。

 先端に向けて細く、円形の物体をいくつももった、白っぽいそれは……。

 「「し、触手ぅ!?!?」」

 うん、惑うことなき、触手と言われる物体だった。

 「……本物、初めて見た」

 半透明でぬらっとしてて、うねうね。粘液っぽい光沢をもつ丸いアレは……吸盤か。

 結構でかいんだなー。

 それが全部で三本。

 うにゃうにゃと船のまわりで動き回り、獲物を探しているようにも見える。

 「……興味深い」

 「ってアーリャ!まじまじと観察してる場合じゃないって!に、逃げて!早くぅ!!」

 む、ついつい見入ってしまった。

 テンパってるノイは自分で船に魔力を流すことも忘れたのか、小船の縁をバンバン叩き、両手を振り回して俺に詰め寄り――。

 「あ」

 「ひゃえ?」

 そのゴス服に包まれた体を、触手の一本に巻き取られた。

 「え……」

 「っひ……」

 引きつった声を最後に、俺の視界からノイがかき消えた。

 「あれ、ノイ?」

 きょろきょろ見回したけど、いない。

 はて。

 「たぁーすぅーけぇーてぇーぇぇ!!」

 頭上から降ってきた声の方を向いてみると、ゴス幼女が空中をぶんぶん振り回されていた。

 さながら逆・空中メリーゴーランド。

 「ありゃま……」

 「めーがーまーわーるー!」

 そういえばノイ、空中は苦手だったな……。

 っていうか弾き飛ばそうよ、そのくらい。魔王なんだから。

 とりあえず触手を消し飛ばそうと指を掲げたその時、

 また俺の視界からノイが消えた。

 ついでに三本の触手も全部姿を消している。

 まるで白昼夢。

 ノイを巻き取ったまま、触手は海中へ巻き戻っちゃった。

 「……」

 あちゃー。

 これはあれか、『やめて、私に変なことする気でしょう!?』というやつか。

 ゴスロリ服と触手。

 ヤバいにおいがプンプンだねぇ。

 「……って、そんなこと言ってる場合じゃない」

 助けないと。

 ノイも魔王であるからして、この程度の怪物は脅威ではないはずだけど、彼女は突然の出来事に弱い面がある。

 友人としても統括者としても、助けに行かないと、だ。

 赤いパーカーを脱ぎ棄てて身軽な格好になり、

 「よっ」

 空気の玉を纏って海に飛び込み、さらにそれを操って深く潜っていく。

 別に息を止めての活動くらい平然とこなせるけど、服濡れるのが嫌なのだ。

 獣耳に感じるノイの気配は――かなり深い。

 七十メートル近くある。

 けどどういう訳か、今いる深さからは潜らず、これは……暴れている?

 だんだん周囲が暗くなってきたので、あらかじめセットしておいた暗視系魔法が|自動起動≪オートブート≫。

 俺のオッドアイがかすかな光を放ちだす。

 ノイまで、残り十メートルと迫ったところでようやく、謎の怪物の全体像が分かった。

 これは、

 「……ダイオウイカ」

 全長は約八メートル。

 最大の軟体動物とも言われる、ダイオウイカだ。

 これが触手の正体で、ノイをさらった張本人……じゃない、張本イカだ。

 恐らくはマグロの群れを追っていたんだろうけど、その中でいつまでたっても動かない固体、つまり俺達の船の影を、格好のエサだと思い込み、かつその場所で派手に動いていたノイがターゲットになってしまった、ってところか。

 「……災難」

 で、問題のノイはと言えば。

 「くぬやろ!くぬやろっ!!」

 俺と同じ空気の玉を纏って水中を高速移動しつつ、時折その小さな拳でイカをぶん殴っている。

 巻き付いていた触手は弾き飛ばしたらしく、よく見るとイカの足のいくつかが不自然に短い。

 体液っぽいものも漏れている。

 「このノインゼル様を食べようなんて百年早いわっ!軟体動物の分際で!!」

 ……百年たったらいいのか、食べて。

 意外と短いな。

 「これでもか!えい!これでもかー!」

 ゴス服が破れ、おなかのあたりが見えているノイのパンチが、水中の圧力を物ともせずにイカをぶっ飛ばす。

 体を傷つけられたイカの方は逃げるかと思いきや、より燃え上がってノイとバトってる。

 唸る鉄拳に水を切る触手。なんだこりゃ。

 「うーん……」

 助けに来たものの、俺、加勢しなくて大丈夫そうだなぁ。

 「おりゃっ!てやっ!」

 パンチ、キック。

 一見ごく普通の攻撃で、大したことない威力に見えるけど、あれでも魔王の放つ攻撃。

 ヒットのたびにイカは体をくの字にしてる。

 それと、忘れちゃいけないのは、ここは海面下七十メートル。

 水圧だってかなりのもの。

 俺もノイもまったく、屁とも感じないけど。

 一方のイカは高速で水中を泳ぎまわりつつ、時々ミサイルみたいに飛んできて、いや泳いできて、触手を繰り出してる。

 ……負けず嫌いかしらん?

 「アーリャ、見てないでこいつ、やっちゃって!」

 「ん……」

 「服直すの、大変なんだぞー!」

 どうも一張羅のゴス服を破られてお冠らしい。

 っていうかなぜ服が破れてる?

 閉鎖空間で爆破しても平気だったのに。

 「よりによって防御魔法使ってない時にこの私に触りおってからにぃーっ!」

 ……そういうことか。

 普段、というか俺に会うときは爆破される可能性があるから防御魔法使って全身を守っているんだろうけど、さすがに釣りの最中はないと踏んでそれを解除していたみたい。

 その隙を狙われたと。

 油断も隙もあったもんじゃないなー。

 あと毎回ノイが爆破されるのは、彼女の自業自得。

 俺の名誉のために自己弁護しておく。

 「アーリャってばぁー!」

 っとと。

 「……へーい」

 どうせならこのイカもとっ捕まえてサシミにしてやる。

 ……でもダイオウイカっておいしいんだっけ?ま、いいか。

 「……」

 動き回るイカに狙いを定め、

 指ぱっちん。

 水中だろうと関係なく発動した爆破魔法が、イカの顔面で炸裂。

 威力は落としてあるけどね。

 くらりときたところを、

 「ノイ、空に吹っ飛ばして」

 「むん!」

 ノイがどこぞのクモ男よろしく、手のひらから糸状の捕縛魔法を飛ばしてダイオウイカを縛りつけ、

 「てぇぇぇぇぇ、いっ!」

 水中でジャイアントスイング。

 「私のアーリャはぁぁぁッ!宇宙一ィーッ!スゥイーングゥッ!!!」

 巨大な質量が縦に振り回され、縦型ドラム洗濯機の中みたいな渦を生み出した。

 ひぇぇ、こりゃたまらん。

 本気で怒ってるな、ノイ。

 ……いや待て。あやつ今、妙な事を口走ってなかったかね。

 「……まあいいや」

 「ッとんでっけぇぇ!」

 ノイが捕縛魔法から手を放すと、イカは潜ってきた時とは反対に上の方へ、凄まじい速度でぶっ飛んでいく。

 ちゃんと三角形が上だから水の抵抗も少ないんだな。

 「ふっ」

 それを追って俺も海面へ。

 途中、スーパーキャビテーションを生み出すダイオウイカを追い越し、空中へ躍り出る。

 そして後を追ってきた、いや、飛んできたイカが弾道ミサイルよろしく飛び出した瞬間、

 ぱちん!

 もう一度指を弾く。

 イカの表面に真っ白い氷の花が咲き、八メートルの全身を覆い尽くす。

 ダイオウイカは空中で瞬時に凍りついた。

 俺が放ったのは瞬間冷凍系の魔法。

 対象周辺の空間から熱を奪い、一瞬で凍りつかせるものだ。

 奪った熱は通常、さらに攻撃魔法として使うけど、今は必要ない。

 熱を空間に放出。

 俺の周囲に使われなかった熱風が吹き荒れ、ポニーテールがさわさわと踊る。

 「……やれやれ」

 同時起動しておいた捕縛魔法で、冷凍ダイオウイカを捕まえ、俺はため息を吐いた。

 「ひ、ひどい目にあったよ……」

 意気消沈のノイが、ぶくぶくと泡を吐きながら、海面に浮かんでいた。

 

 

 そんなすったもんだの挙句――。

 魔王の島が見えたころには、もうほとんど日が落ちていた。

 出る時と同じようにセキュリティの関係上、転移魔法で俺達が戻ったのは例のゲートポート。

 南の島の美しい夕暮れを見る間もなく、俺達は円形のポートに降り立つとすぐ船を収納空間にしまい、俺が魔力を流して地上階へ降り立つ。

 なんでかって?

 だってノイが、ねぇ。

 結構落ち込んじゃってるんだもの。

 道すがら慰めてはきたんだけど。

 地上階はもう暗くなっていて、壁に沿って蝋燭が灯っていた。

 ぼんやりとした光が石壁を照らし出している。

 あ、グレッグが開けた穴、直ってるな。

 ちゃんと直したのか。えらい。

 ……え?ぶっ飛ばしたの俺だって?気にしない、気にしない。

 「おう、帰って来たな……ってノイ、お前さんどうした、その恰好」

 「……」

 おなか丸出しだとノイがかわいそうなので俺のパーカーを貸してあげていたが、出てきたグレッグが不思議そうな顔で聞いてきた。

 「寒そうだったから貸してあげたの。あまりツッコまないであげて、グレッグ」

 「お、おう……。分かった」

 ……で――。

 俺の背後に浮かんだモノに気付き、グレッグ、今度は額に汗を一筋浮かべて俺を見た。

 「なあ、アーリャよ」

 「なに?」

 「これ、どうした」

 これっていうのはもちろん、八メートルの冷凍ダイオウイカ。

 冷凍していてもほのかに漂ってくるアンモニア臭が嫌で、収納空間に入れてないのだ。

 「捕獲した」

 「いや、まあそう見えるけど……よ。あちこちにぶん殴ったような跡があるのはなんでだ」

 「……正当防衛」

 ほとんど一方的にノイがぶん殴ってただけだけど、最初に手……じゃない、触手出したの向こうだし。

 間違ってはいないと思う。

 「もしかして……行っちまったのか、クロマグロの海域」

 「……行った。獲れた。襲われた」

 「カエサルかお前は」

 などと突っ込みを入れつつ、グレッグが冷凍ダイオウイカの周りをぐるぐる回ってヤツを眺める。

 ちなみに全身カッチコチだけど死んではいない、まだ。

 瞬間冷凍したから、組織が破壊されてないんだ。

 元からかなり強靭な生命力みたいだし。

 「……生命力を感じるぜ。まだ生きてるな」

 「うん」

 グレッグが気付いたみたいだ。一応、魔王だしね。

 緑色の巨人は短髪をがしがし掻き、盛大にため息を吐いた後で、

 「獲れた、って言ってたな。クロマグロ釣れたのか?」

 と聞いた。

 「肯定。三メートル二十の大物」

 「まじか!そいつぁすごい。俺の記録を抜いたな」

 三メートル十五だったんだ、とグレッグ。

 「で、そいつを釣った後こいつに襲われたってところか。……ケガはねぇか?」

 「ん」

 一応心配してくれてるんだろうか。

 魔王とはいえ女の子だし。

 「そうか。ならいい。こいつに一度捕まったらお前らの小舟どころか、普通の漁船だってバラバラにされちまう。人間なんてひとたまりもねぇ」

 「私は大丈夫。ノイが捕まっちゃったけど、ご覧のとおり、無事」

 「無事じゃないよぉ……」

 と、ノイがパーカーのチャックをおろして見せた。

 普段はフリフリゴス服で隠れている、真っ白なおなかが露わになる。

 普段日にあたってないからほんとに白いな。

 黒いゴス服との対比がすごいや。

 「見てよこれ。アイツの吸盤で破かれたんだよ。お気に入りの服だったのにー!」

 地団太を踏むゴス幼女。

 「あやつめ……このノイ様を怒らせてただ済むと思わないことよ……。かくなる上は輪切りにして食ってやる。頭のてっぺんから足の先まで!」

 冷凍ダイオウイカを睨みつけて真っ黒いオーラを立ち上らせている。

 ……文字が見えそう。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 「あー、ノイよ。災難だったのはご愁傷様だがな。そいつ、食えんぞ」

 恐る恐る、グレッグが言った。

 「なんで!」

 「あのな、冷凍していても臭いは分かるだろう?アンモニア臭だ。ダイオウイカってのはそれが強烈でな。身まで染みてるから、とても食えたもんじゃねぇんだよ」

 「……どうにかならないのグレッグ」

 「さすがの俺でも無理……いや、やってできなくはねぇだろう、魔王ならな。匂い飛ばすとかなんとか、そういう魔法組んで実行すればな。でもよ、おまえさんそこまでしてこいつ、食いたいのか?」

 「う、むむむ……」

 ノイが眉間にしわを寄せて、イカを睨む。

 おのれ孔明!って呟いてるけど、軍師は関係ないと思うぞ。罠でもないし。

 「何事ですか……って、統括者。おかえりなさい」

 騒ぎを聞きつけて、詰所からエスターが出てきた。眠そう……ではなく、むしろ昼間より元気そう。外見通り吸血鬼っぽいサイクルなんだろーか。

 「名前でいいって。……ただいま、エスター」

 「は、はぁ。ではその、アーリャ様?」

 ぞわ、と尻尾の毛が逆立った。

 様付なんてされたらむずがゆくなっちゃうよ。

 いや、一応正式な会合とかでは敬称つけられるし、そういう時ならなんとも思わないけどさ。

 「様はいらないってば」

 「う、すみません。で、では……えー、アーリャさん、で?」

 「ん」

 うん。普段はやっぱ、その方がしっくりくる。

 「それで、アーリャさん?これはいったい……?」

 冷凍された巨大軟体動物をみて、エスターが後ずさってる。

 あー、元女の子だったら気持ち悪いか……。

 「ん?ダイオウイカ」

 「いえ、そういうことではなく……」

 「今日の獲物のひとつ。最大級。八メートル」

 えっへん。

 「いえ、胸をはられても。というか、見ためより大きいんですね」

 「……胸が?」

 「違います!」

 違うのか。

 結構大きいほうだと思ってたんだけど。

 「がっくりしないでください!大丈夫、アーリャさんのむ、胸は大きいですから。元・女性が言うんだから間違いないです……ってそういう話じゃなくて!」

 イカ!イカの話です!

 うん、知ってる。

 わざとやってた。

 頬を染めてわたわたするエスターに、シッポを振り振り事の次第を話して聞かせる。

 「……あの、逃がしてやるのはだめなのですか?」

 「だめ!私が許さん」

 とノイが言う。

 「こやつをただで海に帰すのは、あー……。全人類にとってよろしくないよ!」

 「私は人類がどうなろうと構わないけど」

 「俺もだ」

 「えぇと……私はそれほど割り切ってないのですが……。ノイさんはどうなのです?」

 ゴス幼女はみんなに目を向けられてわたわたする。

 「わ、私だってどうでもいいよ人間なんて!……でも、でもさー!」

 「要するにお前の腹の虫が収まらねーっつーことか」

 するとエスターがこんな提案をしてきた。

 「……ではこの島で飼うのはどうです?飼えるかどうかは分かりませんが」

 「ふむ」

 考え込む俺。

 うーん、その発想はなかった。

 「……グレッグ。これ、飼える?」

 偽ハ○クもまた考え込んだ。

 「ダイオウイカ飼うなんて聞いたこともねぇ。そもそも生態すら不透明な生物だぞ?何食って生きてるのかだって、最近ようやく糸口がつかめたようなやつだ。それを飼うなんて無茶だと思うがねぇ」

 デスヨネー。

 「……いや、それだ。それだよ。やってみよう」

 けどノイが意欲を見せた。

 意外だな、こういう面倒そうなことに賛成するなんて。

 「なんとしてでもしばらく飼って調教して、私が偉大だってことを骨の髄まで教え込んでやる。行く行くは下ボクにしてやる!」

 ぐっと拳を握ってイカを睨みつける。

 まあ、魔王のアレコレな力があれば、人間ならできないこともできるのかもしれないけど……。

 イカが下僕でいいのか、ノイよ。

 俺は嫌だぞ。

 「あれ、いいのかアーリャ」

 意気込むノイを横目にグレッグがそっと聞いてきた。

 「たぶんいろいろ苦労するぞ?」

 だろうなぁ。

 「ノイが何とかすると思う。っていうかしてほしい」

 「飼ってもいいけど世話はアンタよ、ってやつか」

 「ん」

 「やれやれ……。まあ俺も手伝えるところは手伝うか。興味がないわけでもねーしな」

 「ごめん。お願い」

 ということで。

 魔王の島に唐突に、新たな仲間が加わったのだった。

 

 

 そして夜半――。

 城で催された盛大な夕食会(ディナー)も終わり、俺は宿の自室に戻ってベッドに腰掛け、長い髪を梳いている。

 一日中ポニーテールにしていた上に海風やら海水やらに触れたから特に念入りに洗っておいた。

 もちろん獣耳やシッポも同様に洗い、ミント系の香水をちょっとだけ振って乾かす。

 もふもふを損なう訳にはいかない。ここ、重要!

 あぁそうそう。

 エスターに手紙も出しておいた。

 内容は『三日後、キミを正式に魔王の城へ居住させるための儀式を行うから、城まで来るように』、ってね。

 便箋に、羽ペンと黒インクを使って書き、ロウで封をする、古風で正式で優雅な手紙だ。

 人間だった頃みたいになんでも電子データでのやり取りって味気ないからね。

 ……にしても。

 「マグロ、おいしかったな……」

 すぅすぅとブラシを通しながら、俺は今日の夕食を思い返す。

 

 メインはもちろん、俺とノイが獲って来たマグロだ。

 宿のオーナーをはじめ、グレッグを筆頭に魚を捌ける魔王が集まって、食事の前にはマグロの解体ショーを見せてくれた。

 生で見たのは初めてだったけど、いやはやすごい迫力だった。

 魚体の大きさもさることながら、それを物ともせずに捌いていく様は思わず息を詰めて見ていたものだ。

 ……どいつもこいつも伝説の宝剣だのナイフだのを使ってたのはやっぱりどうかと思うけどね。

 世が世ならというか、ファンタジーな世界ならあれ全部、勇者だの魔王だのが世界を救ったり壊したりすることが出来る代物だよ。

 

 そんな超絶的に御大層な刃物で捌かれたマグロは、サシミ・寿司・丼・揚げ物など、様々に調理されてふるまわれた。

 この辺もオーナーとグレッグが大活躍。

 どこからか調達してきた法被を着た彼の大きな手が、貫だの軍艦巻きだのを握っているのは不思議な感覚だった。

 どう見ても寿司握れるような大きさじゃないのになぁ。

 そもそもお寿司握れるってこのに驚いたけど。

 あれこれ注文したら、威勢のいい掛け声とともに完璧に握られたお寿司が並べられた。

 しょうゆにちょこっとわさびを溶いて付け、一口でほおばる。

 新鮮なマグロの食感とピリッとしたわさび、しょうゆが絶妙のマッチを見せ、思わず頬が緩んだ。

 本場の寿司を経験した事のない海外勢は敬遠してたけど、俺やノイがあまりにもおいしそうに食べるものだから、そうっとかじっていた。

 でもすぐに、おいしさに目を見開き、次々手を伸ばしていた。

 例の、ニューヨーク出身の魔王もとても驚き、これはなんていう食べ物だと聞いてきた。

 サシミだと答えたら、じゃあ俺が故郷で食ったのは石油に付けた合成ゴムだった!とオーバーリアクション。

 どうだい、これが本物さマイク!

 エスターも初めての日本食に目を白黒させながらも、割と器用にハシを操っていた。

 いろいろと気にいってもらえて良かった。

 なにしろ人間だった頃はほとんどが、味気ない病院食だったって言うからね。

 その他、マグロをメインとする食事なので、ほとんどが和食よりの料理となった。

 って、あぁ、言ってなかったか。

 たまにこういうお祭りみたいなディナーが催されることがあるんだけど、その場合ローテーションでお国ごとの食事が提供される。

 前回は……スイスだったかな?

 物珍しい料理が並ぶ中で民族音楽が奏でられ、これも楽しかった。

 で、今回は日本てわけ。

 

 ノイとは食事が終わった後別れた。

 今は自分の()に戻って、例のダイオウイカとナニかしてるんじゃないかな。

 冷凍したまま渡しておいたよ、イカ。

 ん、あぁ、ノイは自分の城とセカイを持っているから、生活はそこでしてる。

 どっかで調達してきた人間大のドールを何体か持っていて、メイド代わりに使ってる。

 なんでもベースはその筋では有名な会社のダッ○ワ○フがベースらしい。

 ノイは女の子だからそういう(・・・・)目的で買ったのではなく、純粋に人間に近い形状の等身大ドールが欲しかったらしい。

 自分でメイドロボを作ったら思考戦車みたいになったとか言ってたけど、一体どうしてそうなったのやら。

 

 髪を梳き終わった俺は、さて、もう寝ようかと考え――。

 「……自伝、書くか」

 またいくつか書いておきたいことができてたのを思い出す。

 ベッドサイドの時計を見ると、時間は大体午後9時半てところ。

 もうちょっと夜更かししても大丈夫だろう。

 明日、ノイが早朝戦を仕掛けてこなければ。

 

 魔導書と筆記用具を引っ張り出し、ランプの絞りを開いて明かりを少し、強くする。

 インクと羽ペンによる筆記は好きだけど、ボールペンなどと違って浸したインクが垂れる可能性があり、ベッドに寝転がって書けないのが難点だ。

 汚したらオーナーに怒られるからね。

 

 

 カリ、カリカリ……。

 群青のインクを付けた羽ペンが紙の上を滑りだす――。

 

 

 ――今日、今からはそうだな、俺達の使う魔法というものについて少し書いておこうと思う。

 『魔法』。

 ありきたりな呼び方ではあるけど、俺達魔王が使う力は総称してそう呼び、呼ばれる。

 人間たちは最初手品だのインチキトリックだの超能力だの好き勝手に呼んでいたけど、いつの頃からか『魔法』という言葉で括られた。

 そして俺達もそれでいいと思ってる。

 安直?いやいや、そんなことはないさ。

 魔王なんだから魔法くらい使えないと格好がつかないだろうし、あまり凝った呼び方にするのもめんどうだ。

 この力は俺はもちろん友人のノイだって、この宿のオーナーだって使える。

 魔王なら、誰でもだ。

 そして魔法というからには、これを使うためには『魔力』というものが必要であることも分かってもらえると思う。

 俺たちの概念では魔力とは二種類あるとされる。

 一つ目は、後述するある粒子のことを指している。

 この粒子は俺たちの体内にも充満しており、俺たちはそれを体外の粒子に対する干渉起爆剤として使う。

 二つ目は、端的に言えば『意思の力』。

 こうしたい、こういうことを起こしたい。

 そういうイメージを魔力と呼ぶ。

 だから魔法を使うときは、『これこれこういうことをしたい』とか『こういう現象を起こしたい』と念じ、ぐっと頭に力を込める感じでを使う。

 念じ方が弱かったりあいまいだったりすると、魔法は正しく発動しなかったり現象が弱くなってしまう。

 この辺が、精神力の問題と言われる所以かな。

 この二つが合わさって、『魔法』は発動する。

 字で書くと面倒に感じるけど、実際は無意識にやってることだからそんなことは全然ない。

 

 ん、良くある話だって?

 そらそうだろう。

 だってそういうお話を詰め込んできて出来上がったのが魔王だもの。

 魔王に転生した直後、なんとなく『あ、俺こういうことできるな』っていう感覚がして、実際に使ってみたら出来ちゃった、という流れ。

 

 さてさて、では俺達の魔法にどういうものがあるのかというと……ふむ、今日俺が使ったいくつかの魔法がある。

 それらを例に挙げるとしよう。

 すなわち、転移、物体の移動、爆破、冷凍、浮遊と飛行などだ。

 まずは転移からだけど――これについて記述する前にいささか、俺達の使う魔法が一体どういう原理で発動するのか、僅かなりとも説明せねばなるまいか。

 

 そもそも俺達の使う魔法は、魔力を込めて空間に描いた魔方陣――望む現象を引き起こすための図形――から発動される。

 魔方陣とは……そう、分かりやすく言えば一種のプログラム言語によって書かれたアプリケーションと思ってもらえればいいかな。

 そしてここからが重要。

 『暗黒物質』――ダークマターというものを、みんなは知っているだろうか。

 西暦二千年代初頭に発見された、宇宙の根幹をなすといわれる物質のことだ。

 細かい話は省くけど、これは主に宇宙空間に充満している素粒子。

 質量に関係すると言われ、大きな意味では宇宙創成にも関わるとさえ言われるほどの物質だ。

 

 魔王になり、魔法を使えるようになると、その中から『このチカラはどこから来るのだろうか』ということを研究する連中が出てきた。

 しばらくすると彼らは、魔王達が魔法を発動する際、キラキラと光る粒子を認識しているということを突き止め、そこから研究の道筋が立った。

 やがて『ダークマター』の存在を聞きつけた魔王が『これと似たものが地球上――正確にはあらゆる惑星上に充満しているのではないか』という仮定のもとに研究を始め、それが進んでゆく。

 結論を言うとこの理論は正しく、この地球上にはダークマターに似た素粒子が満ち満ちていることを、研究班の魔王達は突き止めた。

 そう。

 魔王になって初めて分かったことだけど、実はこの、世界にとって重要な粒子は地球上にもあったんだ。

 大気中はもとより水中にだってだ。この素粒子はありとあらゆるところに充満していた。

 通常は目に見えないし、人間には認識すらできない。

 存在すら気づけていない。

 驚くべきことに地球上のあらゆる生物の体内に――つまりヒトの体内にもだ――すらあるというのに。

 俺達魔王はこの粒子に働きかけることが出来る。

 意思を込め、規則性もなく浮遊しているだけの粒子に法則を与えて並べ替え、支配する事が出来る。

 それが、俺達の使う魔法の正体ということになっている。

 ということになっている、というのは、俺たちにもそれが正しいと言いきれないから。

 とりあえずこれが最も、それらしい説明であるというところ。

 曖昧さは俺たちにとって害ではなく好ましいものなんだな、これが。

 

 さて、この粒子はいわば『白』。まっさらな状態だ。

 だから俺達魔王が支配する事で、如何様にも性質を変化させることが出来る。

 これからいくつかの魔法について説明するけど、それらを可能にしているのがこの粒子であり、俺達は『HERO』――――ヘイロウと呼んでいる。

 『Hidden Earth of Revolution Original Particle』という意味であり、日本語に訳せば『地球上に隠された、革命的な原初粒子』となる。

 略して『ヘイロウ』だ。

 あくまで仮説だ、という前提はつくけど、全ての魔法はこの『ヘイロウ』によって生み出される。

 『ヘイロウ』で魔方陣を描き、文字を書き、両者を合わせることで粒子が活性化する。

 これがつまり、『魔法が発動した』という状態というわけだ。

 ちなみにこの『ヘイロウ』、音でも活性化する。

 ある特定の音の羅列や言語、抑揚のついた文章。

 ありていに言えば歌だ。

 つまり、空間上に『ヘイロウ』で描いた魔方陣は、歌で発動させることもできる。

 

 さらに、俺たちが作り上げた言葉が持つ抑揚は空間上の『ヘイロウ』を動かし並べ替え、何らかの意味を持った配列へと再配置させる効果を持つ。

 もっと言うなら、それこそが『呪文』だ。

 あぁ、まさに厨二の境地!

 俺たちの使う『呪文』は英語や母国語がベースだから、作り出すのは別に人間でもできる。

 ただし、それは単なる音の羅列。

 何らかの効果をもたらす『呪文』として使うには、『ヘイロウ』を認識し干渉できるチカラが必要不可欠。

 俺自身もいくつかの呪文を造って持っているけど、これは言葉――つまり音にすることで空間上の『ヘイロウ』に働きかけて変質させることができ、その結果としてなんらかの超常的効果を発現させる。

 

 『魔王』なんてファンタジーな存在を名乗っている割に、この辺である程度科学的に説明を付加できる力だったりするのが面白いと思う。

 ……もっとも、さっきも書いた通りこれが正解なのかは分からないけど。

 もしかしたら全く別の力だっていう可能性もある。

 あるけど、一番しっくりくる説明が、この『ヘイロウ』を使ったものだということだ。

 そして俺達は、この粒子によって描かれる図形――つまり魔方陣を、『空間情報構造体』と呼称している。

 『ヘイロウ』はありとあらゆる空間に充満していて、それはつまり三次元のみならず四次元以降にまで広がってる。

 そんな『ヘイロウ』を使って描かれるのは広大な情報構造体という認識だ。

 ま、普段は手っ取り早く『魔方陣』って呼ぶけどね。

 

 昼間俺はゲートポートのセキュリティに改変を加えて無効化し、その場所では発動できなくしているはずの魔法を発動させ、ある人物をぶっ飛ばしたけど、それもまた、この構造体を弄ったからできたことだ。

 他の魔王からはそうそうできるものでもないって言われたけど、いやいや、魔王ならできるって。

 そもそも魔法というよりは魔力運用による肉体制御系だし。

 と、何度言っても分かってもらえなかった。ちえっ。

 ……ま、それはいいや。

 

 

 さて。じゃあ最初に戻って転移魔法について。

 これは使うときにちょこっと説明したけど、改めて書いておこう。

 

 転移魔法は移動したい先の情報を『ヘイロウ』で描き、やはり『ヘイロウ』で描いた魔方陣に書き込み、活性化させることで発動する。

 『ヘイロウ』は一種の素粒子で、その移動に物理的な距離や物質的な障害物の制約をほぼ受けないという特性がある。

 より詳しく言うと、Aという地点にある粒子とBという地点にある粒子は全く同一のもの。

 概念的な理解を求められるけど、つまりそれは両者が全く同じものであるが故に、移動や入れ替えを行っても時間や距離が関係ない……というか、その概念が発生しないということ。

 なので、Aという地点にいる俺達の情報を『ヘイロウ』粒子化し、Bという地点にある『ヘイロウ』粒子と入れ替えることで、俺達は人間的感覚で言う長距離を、ほぼ0時間で移動する事が出来るという説明が成り立つ……らしい。

 これは研究班が出した理論で、俺は聞いただけ。

 それでも問題ないんだよね、感覚でやってるし。

 

 一度行った事のある場所ならマーカーを付けて、つまりあらかじめその場所に行ける魔方陣を用意しておけるので、改めて情報を取得する必要はない。

 けど、初めて行く場所なら地名や建造物の名称が必要だ。

 プラス、緯度・経度などがあるとさらに良い。

 誤差が少なるからね。

 魔王であれば誰でも、どの魔法でも使えるけど、転移魔法に限らず魔法を使うには慣れが必要だ。

 転移魔法に限って言えばそれは、魔方陣を活性化させる瞬間を見極める必要がある、という点。

 常設型でない転移魔法の魔方陣は、その作成をイメージした瞬間に魔方陣が自動生成される。

 形状は転移先の情報や転移者やその数によってまちまち。

 時間や季節によっても違う。

 さらに『ヘイロウ』は情報を常に更新しているので、絶えず文字の形状や数、大きさが変わっている。

 どのタイミングで発動させても基本的には行きたい場所近くには行けるけど、望んだ場所にどれだけ正確に転移できるかが変わってくる。

 描かれた魔方陣が三角形ならば、文字もまた三角形になった瞬間に発動させなければ、正確な転移は出来ないんだ。

 めんどくさいよねぇ。

 新人魔王が転移で失敗するというのは大体がこれだ。

 魔方陣と文字の形が釣り合ってない、ってこと。

 

 ちなみに今朝方ノイが俺の部屋に転移してきたがけど、これはマーカーによってあらかじめ俺の部屋を設定した転移魔方陣を使ったものだ。

 わざわざ足を使って訪ねてくる必要が無いので楽だから彼女はこれを多用するけど、転移魔法の特性として転移先の状態を無視して転移できてしまうというものがある。

 転移先が嵐だろうが吹雪だろうが海の中やあるいは宇宙だろうが、発動させたら転移できてしまうのだ。

 つまり『危険だから制限します』なんてことがない。

 ただ、転移先が建物外の場合は、情報を取得した時点で天候や温度・湿度、さらには定めた範囲内に生物がいるかどうかまで分かるからあまり問題ない。

 あらかじめ対策が取れるからだ。

 

 しかし転移先が『部屋の中』――この場合はつまり俺が泊まっている宿の部屋の事だが――などに設定されていると、時間も状態も関係なく転移できてしまうので、『これから行っていい?』『うん、いいよ』などというやり取りが出来ないのだ。

 いつぞやノイは、俺が風呂上りでバスタオル一枚の時に現れたこともあった。(もちろん閉鎖空間内でノイを爆破したのは言うまでもない)

 そんなわけで、俺は普段転移で来られるのが嫌なので転移規制、つまり俺の部屋の情報を暗号化させ、他人の転移魔方陣に情報を読まれることを阻害させている。

 ノイは友人だから一時、この規制を例外的に無視できる通行キーを渡していたけど、これは期間限定のものだった。

 そう、『だった』、過去形だ。

 あやつめ、限定された期間という情報を書き換えて常時接続型に改造してしまったらしい。

 人間だった頃スーパーハカーを自称していたのは伊達じゃないってことだろうけど、プライバシーの侵害だよまったく。

 ……え、部屋情報の暗号化って何、って?

 うーん、そうだな。

 例えば「この宿屋の2階の南東側の部屋は、アーリヤヴナの部屋である」という情報があるとしよう。

 これをヘイロウ粒子で描き、魔方陣に書き込み、活性化して発動、転移となる。

 この情報を暗号化すると、俺の部屋を形作る壁や天井・床などが、全て位相をずらされる。

 鏡に映った世界を見るように、『確かにそこにあるのに、ない』。

 この矛盾した状態を、暗号化と呼ぶんだね。

 

 ……ま、転移についてはこんなものか。

 字で書くと結構めんどくさいんだよな、この魔法。

 

 

 次に物体の移動。

 これはわりと簡単だ。

 基本的には、『魔力を流した魔王が考えた通りに動く』という内容を持つ魔方陣をあらかじめ動かしたいものに刻んでおくだけ。

 あぁ、言い忘れていた。

 情報構造体、つまり魔方陣は目に見える形で刻んでおいても起動する。

 別に全部、魔王にしか見えない状態でなくとも構わないってことだ。

 あるいは、動かしたい対象周辺に、『こう動け』というイメージを『ヘイロウ』にのせて送るだけ。

 その性質故に、目の届く範囲でしか作用しないけどね。

 

 

 次、|爆破≪エクスプロージョン≫と|冷凍≪フリージング≫。

 これはある意味同一の魔法であり、つまり熱量操作の魔法だ。

 そしてそれぞれには真逆の付随効果が存在する。

 ここでいう爆破魔法は、正確には『爆発的に熱量を付加する』というもので、冷凍とは『爆発的に熱を奪い去る』ということ。

 付加する熱量はどこから持ってくるのか、あるいは奪うのかというと、両者ともに設定した『空間内』ないし、『対象』から。

 爆破の瞬間にはその対象に、設定した空間から奪った熱を与えてやり、冷凍時には対象あるいはその周辺の空間から熱を奪い去る。

 より正確に言うなら、爆破とは対象周辺の『ヘイロウ』粒子を超高速度で衝突させた結果生まれるものであり、冷凍とは対象周辺の『ヘイロウ』粒子の動きを止めることで生まれる結果。

 空気分子の運動制御と同じことだけど、これをさらに小さな次元で行っていることになる。

 

 そして、『ヘイロウ』の操作によって魔法発動の為に熱量を操作された空間は著しく温度が変化することになるので反動が生じ、爆破直後は逆に辺り一面凍りついたり吹雪になったりするし、冷凍直後は周囲の木々や水分が燃えたり蒸発したりする。

 場合によっては熱量の急激な変化による竜巻が起きたりする。

 昼間、俺は海の上で冷凍魔法を使ったけど、この時は反動で熱風が吹き荒れた。

 海水が蒸発しなかったのは冷凍の威力を著しく制限していたからだったけど、それでも陽炎が出るくらいの熱は放出された。

 ん?なぜそんなことをする羽目になったのかって?

 あー……、そこは自伝には関係ないので割愛しておこう。

 

 爆破も冷凍も、そういった付随する効果は通常そのまま攻撃に転用するけど、実際は使わない時の方が多い。

 いや、言い方が悪いな。

 攻撃として使うことが『今はない』、と言い換えておこう。

 『今』とはもちろん平和なときという意味だ。

 人間たちと戦っていたときは付随効果も攻撃として運用していたからね。

 燃え上がる都市、凍てつく海。

 それらを睥睨する魔王たち。

 まさに地獄絵図だったな。

 いずれにしろ魔王が使う力なので、これ以外の攻撃魔法も、どれも非常に大きな破壊力を持つ。

 必要がないのに使うたび、大地を燃やし海を凍らせるわけにはいかないだろう?

 だからこれらの付随効果を必要としない時は別のセカイを作り、そちらに効果の大半を流して安全に処理することで解決しているというわけだ。

 もっとも戦いの中で使った時も、半分以上の効果は別のセカイに流していた。

 ガチで百パーセントの効果を使ったら地球が滅ぶからね。

 ただ、統括者を決めるトーナメント戦ではもちろん使用出来る。

 っていうかしないと勝てない。

 ちなみに俺がノイに良く使う爆破魔法は『質量をエネルギーに変換する』というものなので別系統。

 俺は相転移爆破――『フェイズ・トランスプロージョン』と呼んでる。

 発動時はまず爆破用の世界を作り、ノイを転移魔法で放り込み、質量をエネルギー変換するという、三重の魔法が行われている。

 結構高度な複合魔法なんだよ、これ。

 一度術式組んじゃえば指ぱっちんでできるけどね。

 

 ん、別のセカイってのはなんなのかって?

 ……そういえば説明していなかったか。

 余談になるけど書いておこうかな。

 えーと、それは制御下においた『ヘイロウ』粒子にこのセカイを構成する構造体を全て模倣させ、それを設定した大きさで再生する事でもう一つのセカイを作り出すという魔法だ。

 両者は限りなく近しいけど別の物であり、混ざり合うことはない。

 再生した瞬間には別のセカイとして存在している。

 うーん、何と言ったらいいものか……。

 パソコンで言えば、Aというアカウントでログインして、Bというアカウントを新たに作るという感じかなぁ。

 両者は同じパソコン上にあるけど、別の物だよね。

 この場合パソコンが全ての大元の世界であり、つまりアカウントAと同義。

 これが人間たちが暮らす世界で、アカウントBが魔王が作り出したセカイということになる。

 アカウントBのセカイを維持するには、作成者の魔王が魔力を供給し続けるか、魔力の循環システムにる永久機関――わかりやすく言うなら二十四時間湯沸かし器みたいなものだ――を作り出して設置する必要がある。

 短時間なら前者でいいけど、結構疲れるので大抵は後者、常設型を世界のどこかに置く。

 宿のオーナーが牧場や農場を持った世界を作り出しているけど、これはもちろん後者のシステムで定着させているものだ。

 ちなみに魔王の島もこれと同じような概念で位相をずらされているし、ほぼ全ての魔王が持っている収納空間も同じものだ。

 こちらはより細かく条件を設定し――つまり水槽や物置などだ――で構築されるけどね。

 トーナメント戦を行う惑星も同じような定義で構築されている。

 規模がケタ違いという点を除けば、だけど。

 

 付け足すなら、これまた俺がノイによく使う『メビウス』の魔法。

 『メビウスの壺』というものは知っていると思う。

 裏表が存在しない、『無限』の概念を表すものとして有名だ。

 これを実際に、空間として再現したものが俺の魔法。

 閉じ込められた者の脱出は極めて困難。

 なにしろ継ぎ目がなく、見た目上外に出たと思ってもそこはまだメビウスの中。

 初見でこれを攻略するのはまず不可能だ。

 ノイは優秀、というより知識があったから推論と行動でなんとかしたけど。

 そこは褒めてやるべきだろうね。

 これまた概念的な話になるけど、『無限』というものを定めるには『有限』が必要だ。

 どちらが欠けても、両者は成り立たない。

 俺が作る『メビウスの壺』は壊れないし果てもない。

 つまりは『無限』の概念なわけだけど、その中には必ず『壊れるもの』=『有限』がある。

 これを見つけて破壊できれば、バランスを崩された『無限』は崩壊し、空間から脱出できるというわけだ。

 最後に浮遊や飛行。

 これは重力制御系の魔法で、X軸やY軸、Z軸への重力加算という概念で行われる。

 浮遊する場合、上昇する時はもちろん上方向への重力加算。

 降下する時は下方向への重力加算。

 前後左右も同様。

 で、飛行する時は全方位への重力を均等にして浮遊しつつ、進みたい方向への重力加算を行うことでそれが可能になる。

 俺にとっては難しくない――というか得意中の得意なんだけど、特に『飛行』は魔王によって得手不得手が出やすい。

 ノイがいい例かな。

 空間把握力――つまり自分が今、どこでどういう姿勢でいるかを把握するのが苦手な魔王っていうのが割と多い。

 もともとが人間で、|陸上≪二次元≫の生活をしていたのだから、急に三次元空間に放り出されたら戸惑うのは仕方ないことかもしれないけど。

 あとはそう、乗り物酔いや3D酔いする人なんかは苦手傾向が多いね。

 魔王なのに三半規管弱いんだろうか。

 

 

 ――カリカリ、カリッ。

 

 「……おっと」

 そこまで書いてふと顔を上げれば、一時間近くが経っている。

 体も冷えてきているし、ランプのオイルも少なくなっている。

 あぁ、言ってないか。このランプ、魔法ではなく物理的な構造で火を灯している。

 魔王の島だからって、なんでも魔法で片付けているわけじゃないんだよ。

 「……よし、今日はここまで」

 ぱたりとお尻のもふもふを一振り。

 枕に頬杖をついて睨んでいたペンから目を離し、俺は体を起こす。

 ベッドと体の間で柔らかくつぶれていた胸の膨らみに血が通う感覚。

 いかんいかん。

 夢と希望が詰まってるんだ、大事にしないと。

 窓が開いたままだったのでベッドを降り、自分の手で閉めに行く。

 「……ぉー、綺麗な星空」

 木枠の窓から身を乗り出せば、満天の星空が俺を見下ろしていた。

 地上に明かりが残ると言っても、それは電灯ではなくランプの小さなもの。

 星明りの方がよほど明るい。

 真夏の夜風が頬を撫で、髪をさらってゆく感触が心地いい。

 感じるにおいは夜の香り。

 ……ぱたん。

 さわさわと歌う木々の葉擦れを獣耳に聞きながら、俺はそっと窓を閉めた。

 ベッドサイドに戻ってペンとインク壺をしまい、魔導書を閉じる。

 ま、ここに置いといてもいいだろう。

 オーナーが干しておいてくれた布団にもぐりこみ、ランプに息を吹きかけて消し――。

 「……あふ」

 あくびを一つして、俺は目を閉じた。

 夜更かししている魔王たちの声が、微かに聞こえる。

 さて、明日はどんな一日になるだろう――。

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