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アーリャと冒険とファンタジー-2-

 それから――現実世界の時間で二週間、アリアドネの世界の時間でおよそ百年が過ぎた。

 三日に一度程度彼女の世界に赴き、現れる帝国軍を撃退する日々が続く。

 相も変わらずキグルス龍のタマゴは俺のお腹にくっついていて、少しずつ大きくなっていく。

 魔法の行使には影響ないのが幸いと言えば幸いだ。

 帝国軍は回を重ねるごとに人数が増え、装備も変わっていった。

 騎兵を減らし歩兵と魔術師を増やし、前線で戦う強靭な戦士が増えた。

 彼らの中には後に英雄と呼ばれるようになる者もいたが、その名を贈られるにふさわしい一騎当千の奮迅を見せてくれた。

 が、俺はその全てを容赦なく叩き潰し、都合五回にもなった遠征軍は魔王の城に触れもしないうちに敗退を余儀なくされている。

 それでも少しずつ人間たちは城に近づいている。

 直近の戦いとなった五回目は、人間軍二十万、魔族軍九万という大規模な物だった。

 この戦いでは魔族側も多大な損害をだし、城まであと百メートルというところまで攻め込まれた。

 だが同時にこの五回目の戦いは人間たちにとっても総力を結集した戦いであり、負ければ後がない、という位置づけの戦いだった。

 それさえもが魔王である俺によって敗退させられ、人間達の間には絶望が広がっている。

 すでに第一次遠征軍が駐屯したという街は魔族によって占拠され、他にも周辺の村や街は次々に魔族によって奪われた。

 人々はそれを、魔王による報復としてとらえ、日々増え続ける魔族の襲撃におびえて暮らすようになった。

 その空気は帝都にまで蔓延している。

 百年に及ぶ遠征で帝国は疲弊し、兵士の数も減った。

 『あと一回』

 それが、人間側に残された、魔王に挑める回数だった。

 誰も口には出さなかったが、誰もがそのことを分かっていた。

 同時に、それでも勝てないだろうことを。それはすなわち、人間の世界が終わることを意味している。

 故に、誰もが畏れて口にできずにいた。

 戦おうと。

 魔王を倒そうと。

 それを言ってしまえば全てが終わる気がして。

 人々はいつ来るともしれない世界の終りに、怯えを抱きつつ暮らすしかなかった。

 だが、最初の戦いからちょうど百年がたった年。

 俺はアリアドネに呼ばれて彼女の城に赴いた。

 一人で、だ。

 どうもこのところノイは何かで忙しいらしく、度々どこかへ出かけている。

 グレッグやエスター、フランツも姿が見えないことが多い。

 「勇者が現れたわ」

 部屋に入った俺に開口一番、アリアドネはそう言った。

 「ほう?」

 「勇者が、現れたの」

 目を細めた俺に、アリアドネはもう一度同じ言葉を繰り返した。

 「詳細は?」

 「不明よ」

 どうやら光の神の加護が強すぎて、プラネタリアムでもその姿や声を確認する事が出来ないらしい。

 「じゃあどうして勇者だと分かったの?」

 「むしろ、『だからこそ』、よ」

 それほどの加護を持つ者は勇者でしかありえない。逆説的に考え、そういうことだ。

 「いつここまで来ると思う?」

 「分からないわ。すでに人間の世界ではその存在が魔王を倒す勇者じゃないかって噂が広まってるわ。推定でまだ十歳ちょっとだと思うけど、こちらの勢力下の村が二つ、奪還されたわ」

 「ほう……」

 驚いた。

 齢十歳で魔族ひしめく村を奪還して見せた、と。

 なるほど、勇者と呼ぶに値するかもしれない。

 「すでに帝国の王族や軍部が目を付けているわ。じきに王都へ召喚されるでしょう。そこで勇者だと認定されれば、一大反攻作戦が開始されるはずよ」

 「いよいよ、か」

 アリアドネが思い描くストーリーの、クライマックスが迫っているらしい。

 「私もこの存在を重点的に追うわ。あなたも心しておいて頂戴」

 「分かった」

 この日は特にすることもなく、様子見とアニメ視聴とお菓子パーティーで終わった。

 さらに時間は過ぎ、現実世界で五日、アリアドネの世界でふた月後。

 宿で日向ぼっこしていると、ついに帝国軍が結集したとアリアドネから連絡が来た。

 勇者と言われた存在の他、各地域で魔族相手に多大な武勲をたて、英雄と呼ばれた三人もいるという。

 俺は出来るだけ急いでアリアドネの城に向かった。

 到着した俺は挨拶もそこそこにアリアドネから状況を聞かされる。

 「……英雄がいるんだって?」

 「ええ。もっとも最初に現れた時から代替わりしてるけど。ただ今回の英雄は相当に強いわ」

 「ふぅん?」

 「なにしろ彼ら四人を中核に、今回の軍は組まれているくらい。帝国の一般兵力で城までの活路を開き、英雄によって結界を破壊、勇者が魔王を倒すって作戦だそうよ」

 「なるほどね」

 端から向こうの作戦が分かっているというのは相当にチートなんだけど、まあ最終的にこちらが負けなきゃならないからそのくらいはいいでしょ。

 「さらに今回はこの百年で生まれた大賢者と呼ばれる人物が、大規模転移魔法を使ってくる。これによって帝国軍は損耗なくこちらの直近、下にある街辺りまで転移してくるはずよ」

 「この百年で向こうの技術もずいぶん進歩したみたいだね」

 アリアドネがやんわりとほほ笑んだ。

 「百年という時間は人間にとってはとても長いわ。魔王を倒すためだけに牙と爪を研ぎ知識を溜め込むには十分な時間よ」

 「ごもっとも」

 一か月以上に渡る俺の魔王生活も、いよいよ終わりが近づいている。

 最後はいかに派手に終わらせるか、それだけを考えるとしよう。

 「あ、転移が始まるわ」

 帝都中央の広場に集まった甲冑姿の人間達、その数十万。

 第五次魔王討伐戦の半分しかいない数だが、これが今帝国が持てる全ての兵力だ。

 大してこちらの兵力は増え、約十二万。

 第一次魔王討伐戦の時とは逆転した形となる。

 文字通り、総力戦となるだろう。

 王の演説が終わると同時に、遠征軍の中心に光が生まれた。

 アレは高密度の魔力の塊だ。

 だけどとても人間一人の器に納まる量じゃない。

 「……魔鉱石か」

 「そうみたいね」

 ここ数十年で人間の、特に魔術師の間で扱われるようになったものが、魔鉱石だ。

 人間一人という器が持てる魔力には限界がある。だがこの魔鉱石を魔法の媒介として使うと、人間一人分の実に百倍という膨大な魔力を扱うことが出来るようになる。

 用途としては今回のような、大規模な儀式術式の発動。

 ただ、これだけの人員を転移させる魔力だ。恐らく術者は精神が焼き切れて命を落とすだろうし、魔鉱石も砕けてしまうに違いない。

 おまけにこれだけの人員を転移させる術式を発動するとなれば、国中の魔鉱石を集めたに違いない。

 恐らく、最後の一個までをこの転移の為に投入してくるはずだ。

 魔鉱石の産出量は決して多くない。

 つまり、もしかするとこれ以降、シルレフィールから魔鉱石は消え去ることになるわけだ。

 それだけの犠牲を払ってでも、俺を倒しに来るということだ、この人間たちは。

 「……上等」

 ちろり、と唇を舐める。

 精神が昂ぶり、魔力が漏れるのが分かる。

 アリアドネがびくりと身を引いた。

 「ちょ、アーリャ。やる気出し過ぎ」

 「問題ない」

 むしろこれだけのものを見せられて、平静でいる方がどうかしているね。

 ベッドから立ち上がり、この二週間ちょっとでさらに大きくなりもはやローブでも隠し切れないほどの大きさになったタマゴを一撫で。

 「アリアドネ。私はバルコニーへ出る。人間が来たら……」

 「ええ。もうここから先はあなたに任せるわ。でも忘れないで」

 「……」

 「あなたはどうしても、最後には負けなきゃならないのよ」

 「分かっている」

 ああ、分かっているとも。

 だけどそれまでは遊ばせてもらうよ。

 勇者に英雄とやら、どこまで我輩(・・)を楽しませてくれるのやら。

 「くふふっ」

 漏れる俺の笑い声で、アリアドネがぶるると体を震わせた。

 

 

 

 部屋を出た俺はバルコニーへ向かった。

 眼下ではすでに出撃の準備を整えた魔族兵達が、俺の号令を今や遅しと待っている。

 バルコニーにはすでに幾度も戦隊長を務めた歴戦の魔族、デュラハン、サイクロプス、サキュバスがいる。

 加えて上空偵察役のグリフォンも鎮座していた。

 「魔王様、状況はいかがですの?」

 妖艶な声でサキュバスが聞く。

 「人間どもの数はおよそ十万。魔鉱石を使った転移魔法でこちらの直近に来るだろう」

 「なんと!」

 大声を出したのはデュラハンだ。

 「人間どもの進歩恐るべし、ですな。ですが人の身でそのような大規模術式を扱えば、術者の命がありませぬぞ」

 「承知の上だろう」

 重い声でサイクロプスが言う。

 「奴らにとってこれは最後の戦い。知恵も力も使えるものは全て投入してくると見た。我々とて油断すれば命はないと心得るべきだろう」

 「ふぅむ。そうですな」

 「ねぇ魔王様。勇者とやらはどうですの?」

 英雄なんて呼ばれるものもいるとか。

 とサキュバス。

 ちらり、とその豊満な肢体を見る。

 「無論、編成されている。この戦い、中核はそやつらだ。一般兵で活路を開き、英雄が障壁を破壊、勇者が我を倒す、という流れになると見ている」

 「ということは、いかに英雄と勇者を食い止めるかが問題となりましょうな」

 デュラハンが抱えた首の顎を器用に撫でる。

 「サイクロプス殿の言うとおり、我らも戦うことになるやもしれませぬな」

 彼らの言うとおりだ。場合によってはアレも使うことになるかもしれないね。

 「上等よ。勇者だろうが英雄だろうが、吸い尽くしてあげるわ」

 サキュバスが微妙にエロい流し目で唇を舐めて見せた。

 「でも、魔王様?あなたは大丈夫ですの?」

 「何がだ?」

 「そのお腹ですわ。とてもとても強い魔力を持つモノを宿してらっしゃいますけれど。身重の状態で戦いに挑むおつもりですの?」

 「……問題はない」

 魔力の行使に不都合はないし。

 勇者とやらが来たとしても、圧倒できるのは間違いない。むしろどうやってそれっぽくやられるかが難しい。

 それに――何となく予感がするんだ。

 このタマゴ、じきに孵る気がする。

 その時までもうそれほど時間はないって気がする。

 勇者との戦いの最中に生まれでもしなけりゃ、大丈夫だ。

 「……そう、ですか」

 サキュバスは気遣わしげな視線をくれながらも、頷いた。

 同じ女として心配してくれたんだろうかね。

 「すまないな」

 「あ……いいえ、魔王様」

 少し表情を緩めると、サキュバスは嬉しそうに笑った。

 「我々としては王に勇者を近づけることなく、この戦いを終わらせるつもりでおります。どうかご安心めされい」

 サイクロプスが厳つい顔に笑みを見せて胸を張った。

 「期待している」

 「はっ」

 『アーリャ、聞こえるかしら?』

 お、アリアドネからの念話だ。

 『聞こえてる。来るの?』

 この世界で魔族が本格稼働し始めてからのアリアドネは彼らにとって”闇の神”という位置づけで通っていて、俺はその思念を受け取れる、という設定になっている。

 『ええ。推定三分後に転移魔術が発動するわ』

 『分かった』

 俺が通信を終えると、各隊長たちが全員俺を見ていた。

 「いよいよですかな?」

 「ああ。全軍臨戦体制に移行。三分後に人間どもが転移してくる」

 「では、参りましょうか」

 「うむ。王よ、我らが肉も血も魔力も、全てあなたに捧げましょうぞ」

 「行ってまいりますわね、魔王様」

 サイクロプス、デュラハン、サキュバスが地に膝を突き深々と首を垂れる。

 「これが人間と我らの最後の戦いとなろう。存分にその力、振るうがよい」

 三人の肩に手を乗せ、魔力による強化を施す。

 「戦況次第ではあの武器の使用も許可する。使いどころはそれぞれで判断せよ」

 『ありがたき幸せ』

 その身を紫色の燐光で飾った三人が、それぞれの隊へと転移した。

 城壁の上には俺一人だけが残される。

 ここ最近、いつも隣にいたノイは今日も姿を見せていない。

 一体どこへ行ったのやら。

 居ればいるでうっとおしい時もあるけど、いなけりゃいないでなんかさびしい感じがするな。

 我ながら勝手なもんだね。

 『来るわ』

 「む」

 アリアドネから短い通信。

 同時に遥か彼方、かつて人間の街があった辺りの空中に、魔方陣が現れた。

 「来たか」

 どうやら彼奴らの転移は成功したようだ。

 風に乗って数えきれない気配と闘気を感じる。

 人間十万、魔族十二万。双方ともにこれが持てる全ての兵力。

 勝てばどちらかの道が潰え、支配権が移る。

 光と闇の戦い、ここに極まれり。

 「では……始めよう」

 人間側と魔族側、双方から鬨の声が上がった。

 最終決戦の火ぶたが今、切って落とされた。

 

 

 

 最初に人間側と接触したのは、サイクロプス率いる第二戦隊だった。

 指揮官であるサイクロプスの元、大柄な体格を持つオークとオーガ、ゴーレムで構成されている第二戦隊は、純粋な物理攻撃で相手を叩き潰すことを得意としている。

 「全軍、この一戦に期待する!かかれい!!」

 雑多な叫び声が上がり、重量級の魔族たちが、かつて森であった丘を駈け下りる。

 向かう先にいるのは重装騎士達だ。

 騎兵、つまり馬などに騎乗して戦うものは、魔王との戦いにおいてはもはや存在しない。

 人間側が幾度となく魔族と戦い、学び、そぎ落としたのだ。

 代わりに発達したのが、重量級魔族と互角に打ち合うために生まれた、重装騎士というクラス。

 全身を分厚い鎧で覆い防御力を確保。そのままでは動けなくなるほどの重量を、鎧に刻まれた風の精霊の加護によって軽減し、機動性を得ることに成功している。重装騎士は防御力と機動力を高い次元で兼ね備えた、戦力の要なのだ。

 磨き抜かれた鎧と大質量の剣を振りかざし、重装騎士たちはオーガの剣の一撃を真っ向から迎え撃つ。

 やはり風の精霊の印が刻まれた大剣は、質量に反して軽やかに振られる。

 オーガ達は剣ごと体を叩き切られ、のた打ち回る。

 だが彼らとてただやられはしない。

 動物的な勘で大剣の太刀筋を見極め、致命的な一撃(クリティカル・ヒット)を躱す。

 大剣は攻撃力に優れるが、いかに風の精霊の加護を受けているとはいえ振り回された慣性までは制御できない。

 振り抜かれた隙を突き、オーガの放つ剣は雷撃を帯びて重装騎士を切り裂いた。

 彼らの持つ剣は魔剣と呼ばれ、雷、炎、氷、毒を有している。特に雷は金属の鎧に身を固めた相手に対して効果は絶大だ。

 オーガの剣がひとたび振られると、三人ほどの重装騎士が雷に体を焼かれ、絶命する。

 しかしオーガがいくら魔剣を振るおうとも、人間の数は一向に減らない。

 それもそのはずで、帝国軍は全ての兵力をこの中央に集中させているのだ。

 「一点突破を狙うか」

 後方で戦局を見つつ、サイクロプスはそう一人ごちる。

 「であるなら左右からの挟撃も手の一つであるが、皆、状況はどうか?」

 『こちらに敵影はないぞ!』

 『こちらもよ』

 「ふぅむ」

 ふと空を仰ぐと、偵察役のグリフォンが旋回しているのが見えた。

 「空から見て、戦域の様子はどうか?」

 『楔の如く、この第二戦隊の戦域へ軍を動かしている。両翼は動いていないようだ』

 「敵軍の陣形は」

 「両翼は大きく広がり、中央が突出している。魚鱗形と言えようか」

 「なるほど」

 サイクロプスは戦域の様子を脳裏に描く。

 「罠、誘いだな」

 幾多の戦場を駆けた経験からそう判断する。

 恐らくこちらが好機と判断し、両翼を動かして中央を包囲する動きを見せた途端、さらにその外側から回り込むように展開させるだろう。

 そうすれば挟撃したつもりがされていることになってしまう。

 「王よ――」

 『同意見だ』

 念の為魔王に状況報告がてらお伺いを立ててみると、そう返事が来た。

 『現状を維持できるか?』

 「は。今しばらくは可能かと」

 『ではそうしてくれ。必要ならば後方から人員をまわす』

 「御意」

 第二戦隊の損耗はまだわずか。このままの状態であればしばらくは持つはずだ。

 わずかな状況の変化も見逃さぬと、サイクロプスは一つ目を細めた。

 

 

 

 一方手持無沙汰となっている第一、第三戦隊は、未だ戦闘状態になかった。

 一体どんな魔法なのか、魔王からリアルタイムで送られてくる戦域情報によれば、人間は楔形の陣形をもって一点突破を狙っているらしい。

 こちらからその横腹を責めることも考えたが、デュラハンもサキュバスもその勘に障るものがあったため軍を動かしていない。

 そしてその判断は正しかった。

 「戦隊長!前方に動きがあります。人間の――魔術師の一団のようです」

 「来たわね……」

 第三戦隊長を務めるサキュバスが、じっと閉じていた目を開けた。

 彼女が率いるのは一部ないし全体的に人の姿を持つ魔族。

 すなわち、ハーピー、アラクネ、アルラウネ、ダークエルフと言った種族だ。

 戦力の中核はダークエルフだが、彼らはどちらかと言えば暗殺を得意とする傾向にある。

 直接戦闘には不向きなのだ。

 それを補うべく、彼らは独自に発展させた魔法技術を持つ。

 魔人化と呼ばれるものが、それだ。

 ただ、これは切り札とも言える能力なので、そうそう簡単に使わせるわけにはいかない。

 まずは……。

 「ハーピーは空から、アラクネは地上から行きなさい。アルラウネは罠を仕掛けなさい。ダークエルフ、瘴気の闇にまぎれて接近し、敵の指揮官のみを狙うのよ」

 『御意!』

 サキュバスの指示のもと、空に舞い上がったハーピーは魔術師の放つファイアボールやサンダースピアを躱しながら急降下。

 鋭い爪で魔術師を掴んでは空から放り投げる。

 女性の上半身に鳥の下半身を持つハーピーは、人間側にはない貴重な航空戦力だ。

 元々多くの攻撃手段を持たないハーピーは、一撃離脱が基本だと魔王は言っていた。

 実際やらせてみるとなるほど、その運用法は正しかったと言える。

 爪での攻撃が出来ないまでも、竜巻を操る彼女らは体の周囲に風を纏い、敵陣に突っ込んでは上昇するという方法を取る。

 纏った風は全てを切り裂くカマイタチとなり、鎧を持たない魔術師たちを切り刻んだ。

 しかし魔術師たちも抵抗する。

 身の内に宿した魔力を解放し、土のゴーレムを生み出し風の精霊を制御化に置く。

 ハーピーは翼で風を捉えきれなくなり次々と落下、そこをゴーレムになぐりつけられて潰される。

 空からの攻撃の手が弱まり、魔術師たちは歩を進める。

 が、突如彼らを植物が襲った。

 正確には彼らが持つ蔦や葉が、明確な敵意をもってしなり、舞い、魔術師に襲いかかったのだ。

 体を強打され、帝国魔術師団のローブを着た人間たちが吹き飛ばされる。

 慌てる彼らの体を、葉が鋭い刃のように硬化して切り裂いた。

 植物の魔物、アウラウネの力である。

 花冠から女性の上半身が映えたような魔物だ。

 美しい乙女のような上半身は、道に迷った旅人をたやすくかどわかしてしまう。

 そうして巣に連れて行かれた哀れな者は、樹に変えられ彼女らの養分にされてしまうのだ。

 体列を乱された彼らに、白く粘性の高いの高い糸が飛んでくる。

 アラクネ――女性の上半身にクモの体を持つ魔物――が吐き出した糸だ。

 身動きが取れなくなり、魔術師たちがもがく。

 その脇をダークエルフが漆黒の風となり走りぬける。

 彼らが目指すは指揮官の首。

 指揮系統を乱せば軍は瓦解すると、すでに魔族側も学んでいる。

 故にこちらも一点突破を仕掛けるのだ。

 草むらを、木の上を、身軽に走り抜ける彼らは誰にも見つかることなく陣後方の指揮官を捉え、襲いかかった。

 せめて苦しませずに、という信念のもと、ダークエルフは一撃で相手の急所を突き絶命させていく。

 そして人間側の混乱をしり目に再び瘴気の中に身を隠し、自陣へと戻ってゆく。

 サキュバス率いる軍勢は罠と電撃戦を得意とするのだ。

 相手が精霊を使役する魔術師と言えど、その瞬間的な攻撃に対応するのは困難だ。

 「全軍、今の調子で行くわよ。人間の進路に罠を仕掛け、アウラウネは後退。ダークエルフは挟撃を続けなさい」

 サキュバスは美しい顔に笑みを浮かべ、指揮を続ける。

 「さて、そちらはどうかしら?」

 一人楽をしているだろうデュラハンに念話を送る。

 デュラハンはうきうきと返事を返してくる。

 『こちらは今だ平穏なり!命令とあれば是非もないが、戦場で待つというのは性に合わぬ!』

 「心配しなくてもそのうち戦いになるわよ」

 『すぐにでも所望いたしたいところ……否、否、否!敵襲、敵襲である!第一戦隊、これより人間との戦闘に入りますぞ!!』

 歓喜の声を上げ、デュラハン率いる第一戦隊が戦闘を開始した。

 「サキュバス殿!サイクロプス殿!我輩の戦い、しかと御覧あれ!!」

 『はっはっは!せいぜい武勲を立てて見せるがいいぞ!』

 『暑苦しいおっさんねぇ。でもそういうの、嫌いじゃないわ』

 「友と美女に武運を祈られるとは、何たる光栄!いざ、いざいざいざ!正々堂々と参ろうぞ!」

 彼が率いるのは同じデュラハンの仲間とダンピール――つまり吸血鬼と人間のハーフだ。

 いずれも誇り高く正々堂々とした戦いを望む、魔族にしては珍しい性格を持つ。

 配下のデュラハン達が剣を抜き放ち、斜面を駈け下りる。

 ダンピールも遅れぬとばかりに馬に似た魔獣を駆り、後に続いた。

 対するは帝国軍の槍兵。

 長く鋭い穂先を持つ槍を持ち、急所のみを覆う軽装の鎧を身に着けている。

 槍兵達は向かってくるのがいずれも四足にまたがった魔族であると見るや、瞬時に隊列を変えた。

 密集し、前方に槍を突きだした、伝統戦法たるファランクス。

 「見事!!」

 しかしデュラハン達は速度を落とさない。

 両者の距離はみるみる近づき、デュラハンの胴体を槍が貫く寸前、

 「ハァッ!!」

 彼らが跳躍した。

 高く、高く、槍を振り上げても届かぬほどの高さまで、空に舞った。

 ズシンと地響きを立て、槍兵を踏み潰してそのただ中に着地したデュラハン達は、己の剣を高々と掲げて叫んだ。

 「遠からんものは音に聞け!近くば寄って目にも見よ!!我ら偉大なる魔王の名のもとに集いし者なり!闇の加護と誇りを持ち、今汝らに戦いを挑む!いざ、尋常に、勝負せん!!」

 戦場に響き渡る大音声。

 その堂々たる口上は、人間達に相手が卑劣な魔族であるという事実を忘れさせるほどに強く、鮮烈に突き刺さった。

 自然と人間側の隊列は組み直され、デュラハンとダンピール達を取り囲む。

 普通に考えれば完全なる包囲陣系。

 デュラハン達に勝ち目はない。

 だが――彼らは第一次魔王討伐戦争時からの古強者。

 人間達と睨み合うその姿に怯えなど微塵も存在しなかった。

 堂々と胸を張り、剣を構える。

 「いざ、参る!!」

 「おおおおおおおっ!!」

 両者の咆哮が響き渡り、魔族と人間が激突した。

 

 

 

 その全てを、俺は城壁の上から視ていた。

 皆の戦意は高く、奮闘してくれている。

 数と地の利はこちらにある。

 しばらくは現状を維持し、敵の数を削れるだろう。

 今のところ勇者や英雄と言ったものは姿が見えない。

 最大戦力として温存しているんだろう。

 出てくるのはもう少し先になるだろうか?

 タマゴを撫でながら、風を読む。

 雷撃や炎の魔術による、焦げた臭いが漂ってくる。

 誰かが言っていた。

 この肌触りこそ、戦争だと。

 ――王よ。戦局はこう着状態になりつつあります。いかがされますか――

 空を舞うグリフォンがそう報告してくる。

 一点突破を食止め続ける第二戦隊。

 電撃戦で敵の司令官を無力化し魔術師を足止めする第三戦隊。

 敵陣のど真ん中で獅子奮迅の戦いを見せつける第一戦隊。

 この状態で敵が次に打つ手と言えば……。

 ――っ!王よ、一際強い魔力反応を確認致しました。各戦隊の戦域に一体ずつ!――

 「出してきたか」

 こう着状態となった今だからこそ、それを覆すための駒の投入は想定内だ。

 ――『英雄』が来ます!――

 俺にも感じる。

 強い魔力と生命力の反応だ。

 ――各戦隊、注意しろ。想定より早いが、英雄なる者どもが来る――

 その力どれほどのものか、見せてもらうとしよう。

 

 

 

 英雄が来る。

 その知らせは各戦隊長に瞬時に届けられた。

 「来るか……っ」

 サイクロプスは知らせを受けるや否や、組んでいた腕を解き、戦場を睨んだ。

 直後、戦場の一角で土柱が上がった。

 よく見ると大量の土砂に混じって何体ものオーガ兵が空に飛ばされている。

 オーガの巨体を何体もまとめて吹き飛ばすなど、ゴーレムでもない限りありえない。

 だがこの第二戦隊が戦う戦場において、魔術師は確認されていない。

 つまり、それだけの膂力を持った何者かの仕業だ。

 『戦隊長!妙な、妙な人間が!ああああ!』

 『なんだこの人間は!』

 『囲め!取り囲んで攻撃しろ!!』

 悲鳴のような念話が飛び交う。

 それをかき消すように再び上がる土柱。

 間違いない。

 常人ならざる力を持つ何かが、そこに居る。

 「第二戦隊各員、後退しつつ陣形を組み直せ。敵を一時こちらに引き入れろ」

 他の戦隊に比べ突出する形で楔上の敵陣を押さえていた第二戦隊は後退を開始。

 好機とみて勢いづいた人間達が雄叫びの声も高らかに前進してくる。

 『第二戦隊各員、左右に広がれ。中央を開け連中をおびき寄せろ」

 魔族たちが左右に別れ、中央を手薄にする。

 楔を自ら迎え入れる形となるが、これも作戦だ。

 十分に人間たちをひきつけたことを確認したサイクロプスは、さらに指示を出す。

 「第二戦隊各員、突出した敵軍を叩け。挟撃だ!」

 オオオオオッ!!

 楔の左右に移動した魔族達が、敵軍を中央に押し込んでいく。

 だが敵軍は侵攻の手を緩めない。

 それどころか、先頭集団はさらに速度を上げこちらに突進してくる。

 「ふむ……」

 サイクロプスの一つ目に、先頭集団が捉えられた。

 先陣を切るのは大柄な男。見たところ二十代だろうか。

 白く長い髪の男が、襲いくる魔族達を()()()()()()()()()()()

 「なんと!」

 ありえない光景にサイクロプスが一つ目を見開く。

 「見つけたぞ、親玉ァ!!」

 若い男がサイクロプスに気付いた。

 手甲のはめられた拳を握りしめ、高く跳躍。

 サイクロプスを守る魔族兵達を飛び越え、彼の眼前に着地した。

 「お前が親玉だな!?」

 「……いかにも。魔王様が将の一人、サイクロプスである」

 「シルレフィール帝国より光輝手甲(レイ・ガント)を授かりし英雄、『グラップラー』!世界に仇名す魔王を倒すため、この場、押し通らせてもらう!」

 「貴様を魔王様の下に行かせるわけにはいかぬ。そっ首、ここで叩き落としてやろう」

 サイクロプスは背負った戦斧を抜き、構える。

 「貴様の武器は」

 「この両拳だ!」

 青年――グラップラーが両手にはめた、白銀の小手を掲げて見せる。

 さらにギシリと音を立てて拳を握り、顔の前で構えた。

 サイクロプスは取り巻く部下に手を出すなと合図する。

 「数で押さなくていいのかい?」

 「仮にも英雄と名乗る者相手に、非礼だろう」

 「へっ。気に入ったぜアンタ」

 サイクロプスの一つ目とグラップラーの鋭い視線が絡み合う。

 「行くぜっ!」

 先に仕掛けたのはグラップラーだ。

 俊敏な身のこなしで地を駈け、サイクロプスに肉薄する。

 「オラァッ!」

 手甲が空気を裂き、サイクロプスに打ち込まれる。

 「良し!」

 その速度、込められた力、狙い。

 すべてに賞賛の言葉を送り、サイクロプスは戦斧を持って迎え撃つ。

 分厚い鉄と手甲がぶつかり合い、重い音と衝撃波が吹き荒れる。

 「フンッ!」

 二撃目はサイクロプス。

 常人では扱えぬ重さの戦斧を軽々と振り回し、真っ向から振り降ろす。

 「ぬんっ!」

 グラップラーはそれを、交差した腕で受け止めた。

 「なんと!」

 「へっ!光輝手甲(レイ・ガント)を舐めるなよ!」

 足元の土がえぐれるのも構わず腕力で戦斧を弾き飛ばし、左のアッパーを放つ。

 サイクロプスはそれを戦斧の柄で受け止める。

 「オオオオオッ!!」

 雄叫びを上げ、サイクロプスの猛攻が始まった。

 右から、左から、上から下から。

 自在に空を切り裂く戦斧が、豪風を纏ってグラップラーを襲う。

 英雄と言われ、ここまでに何頭ものオーガを殴り飛ばしてきた彼も、その猛攻の前には防戦一方にならざるを得ない。

 「く、っそがっ!」

 「どうした人間!!英雄の名が泣くぞ!!」

 「るっせぇ!」

 裏拳で戦斧を弾き飛ばし、右の正拳突き。

 魔力を帯びて繰り出される拳を、サイクロプスは左の肘と太ももで挟み込んで止めた。

 「なっ!?」

 「生憎と私の戦闘術は戦斧だけではないのでなっ!」

 体をひねり、右ひざでグラップラーの頭を狙う。

 「魔王様より手ほどきを受けた戦闘術、とくと味わうがいい!」

 膝蹴りをまともに食らったグラップラーが五メートルも吹き飛んだ。

 地面に叩きつけられ、ぼろ布のように跳ね飛ぶ。

 が、すぐに体勢を立て直して着地した。

 「……打突の瞬間に魔力を集めて防御、のみならず反撃したか。流石と言っておこう」

 サイクロプスがちらりと斧を見ると、その刃が大きく欠けていた。

 今だ質量武器としての優位性は損なわれていないが、グラップラー程の英雄を相手にするには、破損した武器ではいささか心もとない。

 「――ありがとよ」

 グラップラーが額から血を流しながら起き上った。

 指で軽く血をぬぐい、グラップラーは不敵に笑んだ。

 「仕切り直しと行くか」

 「よかろう」

 グラップラーが白銀の手甲を軋ませると、サイクロプスは斧を投げ捨て、その両拳に漆黒の炎を生み出した。

 「おい、武器捨てちまっていいのかい?」

 「心配には及ばぬ。元来我が最強たる武器はこの肉体なれば」

 グラップラーは漆黒の炎の中に、硬質の輝きを見て取った。

 「テメェも手甲を使うのか」

 「いかにも」

 サイクロプスは巨体に似合わぬ軽快さで、ステップを踏み始めた。

 奇怪な動きにグラップラーが眉をひそめる。

 「では、行くぞ」

 「けっ。きやがれ!!」

 サイクロプスとグラップラーは三度、荒野で激突した。

 

 

 

 ――英雄が来る。

 知らせを受けたサキュバスの戦場もまた、急速にその姿を変えつつあった。

 サイクロプスとグラップラーが戦い始めたと同時に、彼女のもとへダークエルフが一人、走り込んできた。

 「サキュバス殿。こちらにも英雄が現れました!」

 「どんな子?」

 「は。恐らく槍使い(ランサー)かと」

 「ふぅん……」

 サキュバスは主に相手の精、つまり生命力を吸い取る性質を攻撃手段とする。が、彼女は魔王から独自に手ほどきを受けいくつかの武器の扱いを習得していた。

 そのうちの一つに槍があり、これは彼女が最も得意とする武器でもあった。

 自分と同じ槍使いの英雄。戦うにやぶさかではないが。

 「……あなた達で相手できそう?」

 「魔人化すれば、あるいは。ですが相当の手練れです。すでにアラクネ、アウラウネの罠は突破されています。ハーピーではまるで相手になりません。残りは我らダークエルフの部隊での対処ですが……」

 サキュバスはわずかな時間考え、決断した。

 「ハーピー、アラクネ、アウラウネは現状を維持。連携して通常兵力を足止めしなさい。槍使いの英雄はまずあなた達で相手をしてやって。魔人化も許可するわ」

 「ははっ!」

 そうしてダークエルフは林に消えて行った。

 その先からは剣戟の音が絶え間なく響いてくる。

 加えて魔獣のような、荒々しい叫び声も。

 ダークエルフが魔人化を使っている。

 「止められるかしら」

 無理だ、と頭のどこかが冷徹な判断を下す。

 魔人化は強力だが、攻撃の動作が大振りで、格上相手には隙が大きい。事実槍を繰るものとして、サキュバスは彼らを近づけず一方的に攻撃できる。

 仮にも英雄と呼ばれるものが、その程度の芸当が出来ぬはずもないだろう。

 可能ならば自分が率先して飛び出したいところだが、戦隊長という役を魔王から直々に拝命している以上、勝手に行動もできない。

 「っ!?」

 急に、濃密な敵意が林の奥から膨れ上がった。

 ついでしなやかに伸びた手足を持つ、黒い人影が数体、飛び出してきた。

 魔人化したダークエルフ達だ。

 状況を見るに、ここまで押し返されてきたか。

 「戦隊長を守れ!」

 「ここを死守しろ!」

 体のあちこちから血を流しながらも、ダークエルフ達は果敢に林の奥の何者かに立ち向かう。

 突如、飛来した煌めきが一人のダークエルフの胸に突き立った。

 「ガハッ……!?」

 おびただしい血を吐いて、胸を貫かれたダークエルフが絶命する。

 漆黒に染まった胸に突き立っていたのは、白銀の槍。

 精緻な彫刻が施された槍は、自ら発光するかのように光り輝いていた。

 「……」

 サキュバスはそれを見て顔をしかめる。

 間違いない。

 これは英雄の武器だ。

 並々ならぬ魔力を秘めた、聖なる武器だ。

 サキュバスとダークエルフ達が唖然と見つめる中、白銀の槍がひとりでに骸から抜けて林の奥に飛び去って行く。

 やがて下草を踏んで一人の槍使いが現れた。

 まだ子供のようだった。少女、いや、少年か。

 明らかに大人ではない、小柄な体躯。

 白い髪に赤い瞳。

 一見バンパイアあるいはダンピールに見えるが、決定的に何かが違う。

 闇の力を感じないのだ。

 代わりに溢れんばかりの光の加護を纏っている。

 「……あなたが将ですね?」

 声変わりもしていない、子供特有の幼い声が、威圧感さえ孕んでその小さな口から結ばれた。

 「そうよ」

 サキュバスはあえて豊満な体を見せつけるようにして進み出る。

 「私に何か用かしら、おちびさん?」

 「……ボクはシルレフィール帝国より光輝幻槍(レイ・ランス)を授かりし英雄、『ランサー』。あなたを倒し、結界を破壊し、魔王を倒しに来ました」

 「勇ましいこと」

 軽口をたたくが、この一見子どもにしか見えないランサーからは底知れぬ力を感じた。

 「そこをどいてもらいます」

 「嫌だと言ったら?」

 少年が白銀の槍を構えた。

 「……」

 無言でその眼が細められる。

 「なるほどね」

 サキュバスの右手に闇が集い、形を成す。

 それは少年が持つ白銀の槍に酷似した、しかし全く正反対の色を持つ槍だった。

 「それは!」

 少年が目を見開く。

 「驚いた?」

 「あなたは……ボクの槍を!」

 「コピーした――わけじゃないわよ」

 サキュバスが微笑み、少年が困惑する。

 「あなたが持っているのは光の神の加護を受けた槍。そして私が持っているのは闇の神の加護を受け、魔王様から頂いた槍。でもこの二つの槍は、元々一対の槍だったの。光と闇を司る、神の生み出した神装武器(アストグラム)

 「なっ……」

 思いもかけず己の持つ武器の出自を耳にしたランサーが、目を見開く。

 「そこまでは聞かされてなかったみたいねぇ。……ボウヤ、一つ聞くけど、他の英雄も何かしらの武器をもらっているのかしら?あなたと同じ、白銀の武器を」

 「……その通りです」

 「そ。確信したわ。あなたの槍に限らず、あなた達英雄がもらったのは全て、神が作り出した神装武器(アストグラム)ね」

 「では……まさか」

 ランサーはサキュバスの言葉から、ある可能性に思い至る。

 「勘がいいわね」

 サキュバスは意味深に笑い、漆黒の槍を構えた。

 「そう。我ら将は全員が、この黒い神装武器(アストグラム)を持っているわ。いかにボウヤ達が英雄であろうと、簡単に通れるとは思わない事ね」

 ランサーの顔に焦燥が浮かぶ。

 対してサキュバスはあくまでも余裕を崩さない。

 「あなた、英雄って呼ばれてるそうね。そんな子の精なら、さぞ美味しいんでしょうねぇ」

 「あなたは……!」

 「っ!!」

 唐突に距離を詰め、槍を突きだす。

 少年はとっさにその横腹を叩き、狙いをそらさせた。

 「魔王様の元には行かせないわ、英雄・槍使い(ランサー)。同じ武器を持つこの私が、あなたを止めて……その精、吸い尽くしてア・ゲ・ル」

 引き戻した槍を、サキュバスは神速で突きだした。

 ランサーは身をそらしてそれを躱し、突き返す。

 サキュバスは背中に回した槍でこれを弾き、槍をくるりと反転させて石突きを振り降ろした。

 衝撃で地面が吹き飛び、ランサーは大きく後退を余儀なくされる。

 だがそれを許さぬとばかりにサキュバスは目にもとまらぬ速さで接近。

 突き、薙ぎ、打ち据える。

 ランサーは小柄な体躯を生かして独楽鼠のようにくるくると動き回り、サキュバスの動きに追従して見せた。

 「あっはぁ!すごいわね、あなた!」

 「そちらも。やりますね!」

 互いの顔に笑みが浮かぶ。

 ただ強敵と戦える歓喜が、二人の胸を渦巻いていた。

 

 

 

 同時刻、人間たちの包囲網を瓦解させた荒野の真ん中で、デュラハンと対峙する者があった。

 「よう化け物。ずいぶんと暴れてくれたな」

 「貴公は?」

 「俺ァ、シルレフィール帝国より光輝聖剣(レイ・ソード)を授かりし英雄、『セイバー』。てめぇをブッ倒して魔王を殺すために来た」

 「ずいぶんと粗野であるな。戦場に立つ者としての気品を微塵も感じぬ」

 「んなもん戦場で役に立つかよ」

 デュラハンは小脇に抱えた兜の奥から、セイバーと名乗った男を値踏みする。

 筋骨隆々の大男だ。

 短髪は荒々しく逆立ち、関節を除く最低限の部位に鎧を付け、大振りのバスターソードを無造作に握っている。

 その剣はやはり、白銀。

 刀身から柄まで白一色で、幅広の刀身には精緻な紋様が浮き彫りにされている。

 「……」

 やれやれ、とデュラハンはため息を吐いた。

 「見事な剣であるが、使い手がこれでは武器が泣くな」

 「知るか。俺は魔王をブッ倒せればそれでいいんだよ」

 「ますますもって不遜。――英雄・セイバーとやら。魔王様には近づけさせぬ。ここで我が引導を渡してくれよう」

 「けっ。小難しいこと言って、結局やることァ一つじゃねぇか」

 セイバーがバスターソードを一振り。

 風を纏い、白銀の刀身が美しい軌跡を残す。

 「来いよ化け物。相手になってやるぜ」

 「是非もない」

 セイバーは抜身の剣を持つ、馬の下半身と人間の上半身が合体した魔族を睨む。

 小脇に抱えられた、兜に包まれた頭部。その奥から殺気が漂ってくる。

 「参るッ」

 デュラハンが地を蹴り、駆け出した。

 瞬時にトップスピードに乗り、振りかざした剣の風切り音すら後に引き、セイバーに切りかかる。

 「錆となれいっ!」

 「しゃらくせぇ!」

 白銀と鋼鉄の剣がぶつかり、火花が散る。

 一合切り結んだだけで、デュラハンは己の認識が間違っていたことを悟った。

 この人間は、粗野な言動に反して剣筋が非常に美しかった。

 決して力任せに振っているわけではない。確固たる信念の元、攻めと引きを心得た剣術を持っている。

 「お主、やりおるな」

 「今更気づいたかよ」

 セイバーがにやりと笑い、つられるようにデュラハンも兜の中で笑う。

 「よかろう。我が相手として、貴公を認めよう。尋常に勝負!」

 「上等!!」

 デュラハンが地を駈け、セイバーの周囲を回りながら斬撃を浴びせる。

 その全てをセイバーは弾き、あまつさえ反撃をして見せる。

 幾度となく剣が激突し、激しい剣戟音をまき散らす。

 帝国の一般兵はそのあまりの凄まじさに、呆然と見ている事しかできない。

 火花を散らし、風を切り裂き、白銀の剣と鋼鉄の剣が舞い踊る。

 一体いくつ切り結んだ頃か。

 「せえぃっ!」

 セイバーの下段からの切り上げが、デュラハンを襲う。

 デュラハンはとっさにそれを押さえようとしたが、わずかに手元が狂った。

 「ぬっ」

 「もらったぁ!」

 ガァン、と鈍い音と共に、デュラハンの剣がその手から弾き飛ばされた。

 「……勝負あったな」

 「見事。見事なり!この我輩から剣を奪うことができたのは、魔王様ただ御一人である。貴公には最大級の賛辞を送ろう」

 「化け物からもらってもうれしくねえが、くれるっつんならもらってやるぜ」

 で、まだやるのか、とセイバーが問いかける。

 「丸腰の奴を切るのは気が乗らねぇ。さっさとどきやがれ」

 「はっはっは!ますますもって気に入った。久方ぶりの好敵手に巡り合い、この我輩、感無量である!……しかしどうあってもこの先に行かせることは出来ぬ」

 デュラハンは抱えた己の首を、ゆっくりと持ち上げ、本来の位置に置いた。

 「誇るがいい、セイバーよ。我輩の首を戻したのは、魔王様以外貴公のみだ」

 「テメェ……」

 「加えて、この剣を抜くのも、魔王様以外貴公一人だ」

 デュラハンが右手を天に掲げる。

 周囲の空間から漆黒の粒子がそこに集い始め、やがて一本の剣が現れた。

 刀身も柄も漆黒の、バスターソード。

 それはセイバーが持つ剣と、瓜二つだった。

 「そいつは……!」

 「感じる。感じるぞ。我輩以外にもこの『ワイズ』を抜いたものがいる!」

 「ワイズ、だと?」

 「然り!神が作りたもうた神装武器(アストグラム)、そのひとつ闇装裁剣(ワイズ・ソード)である!」

 闇装裁剣(ワイズ・ソード)を振りかざし、デュラハンは闘気を高めた。

 「神装武器(アストグラム)には光と闇、三対六体が存在する。この闇装裁剣(ワイズ・ソード)はそのうちの一つ。貴公の光輝聖剣(レイ・ソード)のつがいとなるものだ。貴公もその剣が持つ圧倒的な力は身に覚えがあろう?同じ力を、我が闇装裁剣(ワイズ・ソード)も有している。『光輝(レイ)』と『闇装(ワイズ)』、ぶつかればただでは済むまい」

 「……知った事かよ」

 セイバーが白銀の剣を握りしめる。

 「俺の目的はただ一つ。テメェをぶった切って魔王を倒す。それだけだ」

 「無礼を承知で問おう。命が惜しくはないのか」

 セイバーは不敵に笑った。

 「魔王を倒して世界を救えるんなら、この命散ったところで本望だぜ」

 しばしの間、デュラハンは瞠目する。

 やがて彼は、肩を震わせた。

 「――くっ。はァっはっはっは!!実に良い!貴公、真の戦士であるな」

 甲冑の音も高らかに、デュラハンが闇装裁剣(ワイズ・ソード)を両手で構えた。

 「ならば来るがいい!セイバーよ!ここからは我が全霊を持ってお相手しよう!」

 「上等!」

 白銀と漆黒のバスターソードが、光と闇を纏って振り降ろされた。

 

 

 

 「ワイズを抜いたか」

 城壁の上に立つ俺は、意識の端にチリリとした感覚を三つ、感じた。

 英雄と相対した三人の将が、固有兵装『闇装(ワイズ)』を抜いたんだ。

 魔族の将が持つ『闇装(ワイズ)』は、英雄が持つ『光輝(レイ)』と対になるものとして、アリアドネがこの世界に作り出した神装武器(アストグラム)と呼ばれる武器群だ。

 いわゆる伝説の魔剣とか、そんな感じ。

 サイクロプスが持っているのは闇装剛拳(ワイズ・ガント)

 サキュバスが持っているのは闇装突槍(ワイズ・ランス)

 そしてデュラハンが持っているのが、闇装裁剣(ワイズ・ソード)

 これまでの戦いでは封印していたこれらの武器を、戦いが始まる前、彼らに触れた時に封印解除しておいた。

 なんで封印してたのかって?そら強すぎるからだ。対になる『光輝(レイ)』シリーズの武器でないと対抗できないからね。

 この世界で俺TUEEEEプレイしたいわけじゃないから、過剰な戦力は投入しないことにしてた。

 ただ、あっちが『光輝(レイ)』を出して来たのなら、こっちも『闇装(ワイズ)』を使わざるを得ない。

 両者の持つ力は互角。あとは使い手の技量が物を言う。

 「さて、どちらが勝つか……」

 現状、どの戦場でも二つの神装武器(アストグラム)は互角に戦っている。

 ここから先は、わずかなミスが命取りになる攻防となるだろう。

 「ゆっくり見ていたかったがな」

 ゆっくりと空を仰ぐ。

 そこには光の加護を纏って悠然と空に浮く者が一人。

 「そうも言ってられないか」

 フードをかぶった、小柄な人影だ。恐らく子ども。

 だが纏う気配は俺と――同レベル。

 「貴様が、勇者か」

 「そうだよ」

 どこかかわいらしい声が降ってくる。

 「私が勇者」

 「どうやってここまで来た?」

 結界が張ってあるはずなんだけど。

 「ああ、あれ?ちょっと切ったらあっさり破けたよ。もうちょっと手こずると思ったんだけど」

 ちょっと切った、だと?

 そんな感覚はなかった。どんな小さな穴でも、開けば俺は即座に感知できるはずだ。

 それが全くなかった。

 「……」

 俺が黙っていると、勇者がゆっくりと降りてきた。

 革のブーツに包まれた、小さな足が音もなく石を踏みしめる。

 城壁の上で、俺と勇者は相対した。

 「あなたが、魔王だね?」

 「いかにも。我輩が、魔王だ」

 「私が来た目的は分かってるね?」

 「……我輩を倒すのだろう?」

 「分かってるなら話は早いね」

 勇者が長いローブの中に手を突っ込み、何かを取り出した。

 「っ!?」

 取り出されたものを見て、俺は本気で驚いた。

 いや、だってそれ……。

 「キミを倒すよ、魔王。百年前に友人だった者として、冥府魔導に落ちたキミを見るのは実に忍びない。だから私が、キミを倒す」

 「百年前、だと?」

 「そう。私には前世の記憶がある。かつて君と私は友人だったのさ。……覚えてないかい?」

 勇者がゆっくりとフードを取った。

 銀色の髪がふわりと広がる。

 なんで。

 なんでそっちにいる?

 なんで勇者なんかやってる?

 「どういうことだ……」

 「……」

 本気で混乱し、俺は歯を食いしばる。

 勇者が、手に持ったものに魔力を込める。

 ビシュウ、と空気を焼く音と共に、緑色の刃が現れた。

 それでも俺は問いかける。

 勇者の、うつむいていた顔があげられ、閉じられていた目がゆっくりと開かれた。

 見覚えがあるどころじゃない、その顔。

 俺は思わず、魔王らしさをかなぐり捨てて叫んだ。

 「どういうことなの、ノイ(・・)!!」

 マギアセイバーを握り、勇者の装束に身を包んだわが友、ノインゼル=キルシュワッサーが爛々と輝くひとみで俺を見据えた。

 

 

 

 ぞくり、と背筋を奔る怖気に、サイクロプスは思わず城を振り返った。

 今まで感じた事のないほどの、威圧感が城壁の上から放たれている。

 「魔王様……!」

 いかん。

 これはまずい。

 まずすぎる。

 これほどの気配、間違いなく勇者のものだ。

 どういう訳か、今の今まで姿を見せなかった勇者が、魔王と相対している。

 「よそ見してんじゃあねぇ!!」

 「ぬぅっ!?」

 眼前に迫る白銀の拳。

 とっさに闇装剛拳(ワイズ・ガント)を交差して防御した。

 「オオオラアアアッ!!」

 轟音と共に、サイクロプスの巨体が大きく弾き飛ばされる。

 戦場はいつの間にか城の直近に移動していた。

 適宜指示は出していたが、これ程の相手と戦闘しながら大群の指揮を執るのは、さしものサイクロプスと言えど容易ではない。

 「あらぁ?あなた達……」

 聞きなれた、それでいて焦燥の混じった声が左から聞こえた。

 「サキュバス……!」

 右手に漆黒の槍――闇装突槍(ワイズ・ランス)を握ったサキュバスが、肩で息をしていた。

 その薄布のような装束が所々敗れ、白く美しい肌から血を流している。

 「お主、まさかここまで押し込まれたか」

 「そっちも?お互いずいぶんと苦戦してるわね」

 「いやはや、全くである」

 右側から楽しそうな声が返ってきた。

 見ればデュラハンが、鎧を傷だらけにして立っていた。

 彼の実態は頭部しかなく、他はがらんどうの鎧だ。故にいくら貫かれようと切り裂かれようと、外見を損なった以上のダメージではない。

 だが肝心の頭部にさえ、いくつもの擦過痕や鎧の欠けが見て取れた。

 「我輩、部下に有象無象の相手を負かせてこの者を打ち取る気でいたのだが……。これでは全く示しがつかんではないか!」

 「その割には楽しそうね、あなた」

 「まぁ、これ程の強敵、百年、いや千年に一度の相手やもしれぬでな。存分に力を振るえるのは非常に心躍るものであるのだが……。少々楽しみすぎたようだ」

 最後の言葉だけは、極めて真面目な声色だった。

 当然だ。

 三将と言われ、数多の戦場で勝利を収めてきたサイクロプス、サキュバス、デュラハンが虎の子の闇装(ワイズ)を使っているにもかかわらず、城の直近まで押し戻されてしまったのだ。

 帝国軍は勢いづいているが、魔族軍にとっては憂慮すべき事態だった。

 「さて、どうする?」

 あくまでも気楽な調子で、サイクロプスが問うた。

 「このまま果てるまで戦うか、潔く負けを認めるか」

 「愚問ね」

 「愚問である」

 圧倒的に形勢は不利だが、まだ魔王様がいる。

 魔王様が勇者を倒し戦線に復帰できれば、この程度の局面はたやすく引っくり返せよう。

 「となると……ここで我らが根を上げるわけにはいかぬな」

 「なんだ。まだやんのかい?」

 グラップラーが拳を掲げる。

 白銀の装甲には多くの傷や損壊があった。

 グラップラー本人も全身に打撲や青あざを作っている。

 だが彼の闘志はまだ折れていないようだった。

 「城下まで攻め込まれた時点でお前ら詰んでると思うが」

 「そうでもないわ。最強戦力たる魔王様がまだ、いらっしゃるしね」

 「ですが、その魔王は今……」

 「ああ。うちのおちびとやりあってるだろうぜ」

 バスターソードを肩に担いだセイバーがにやりと笑う。

 「……貴公らは我ら三将への当て馬であると同時に時間稼ぎであったわけか」

 デュラハンが鼻を鳴らす。

 当初彼らは魔王も含め、一般兵による攻撃で戦線をこじ開けて英雄を送り込み、結界を破壊後勇者と共に進撃するものと読んでいた。

 しかし、英雄達は将の元へ現れて戦いを挑み、魔王の元には勇者がたった一人で向かった。

 これは誤算であった。

 たとえ勇者と言えど人間の身。

 どこかでその能力に限界を付けていたのだが、どうやらかの者は『勇者』の名にふさわしい人間離れした能力を持っていたらしい。

 魔王からの念話がぷっつりと切れたことからも、その身に何かが起きたのは確実だ。

 そしてそんなことが出来るのは勇者を置いて他ならない、というわけだ。

 「だが、だとしても我々は自らの使命を果たすのみだ。貴様らを通すわけにはいかん」

 「魔王様の手間を増やすわけにはいかないのよねぇ」

 「然り!故に我らはこう言うのだ。『ここを通りたくば、我らを倒して見せよ』と!!」

 「ハッ!」

 セイバーが笑い、足元の土を踏み固めた。

 「じゃあせいぜいあがいて見せろよ、化け物」

 「言われるまでもなく!」

 ランサーが悲しそうな顔でサキュバスを見つめる。

 「……残念です。あなたほどの使い手を、倒さねばならないとは」

 「光栄ね。でもボウヤ、私は敵で、魔族よ。自分の使命を全うして見せなさい。……ま、黙ってやられるつもりないけど」

 グラップラーが頬をかいた。

 「アンタもやるのか、一つ目」

 「無論。それが我らが役目なれば」

 サイクロプスは一つ深呼吸し、カッ!!とその眼を見開いた。

 「各々、聞けぃ!今こそ、魔王様より賜りし闇の力、使う時ぞ!」

 「承知!」

 「仕方ないわね」

 「人間達よ!しかと見よ!これが、我らが王のお力である!!」

 サイクロプスが叫ぶと同時、全員が闇装(ワイズ)を空へ突き上げる。

 英雄たちが警戒して身構える中、三人の魔族の体を紫色の燐光が覆った。

 「アレは……」

 「野郎、魔力そのものでブースト掛けやがったな」

 「こりゃこっちもタダじゃすまねぇな。だが……」

 英雄たちは顔を見合わせる。

 『我らは勝つ!!』

 白銀の武器が光を放ち、漆黒の武装が闇を吹きだす。

 規格外の力同士の戦いが、最終局面を迎えようとしていた。

 

 

 

 「どういうことなの、ノイ!!」

 俺の問いをきいてしかし、ノイはぴくりとも表情を変えなかった。

 「私は勇者。シルレフィール帝国より光の聖剣(マギア・セイバー)を授かった、勇者だ!」

 「ノイ……」

 他人の空似かと思ったけど、あの外見、あの魔力。全てが、俺が慣れ親しんだ友人の物だ。

 なぜ、どうして。

 そればかりが脳裏に浮かぶ。

 だけどノイは、鋭い目で俺を睨んだまま、叫んだ。

 「魔王よ、我が剣の元に、滅せよ!!」

 「っ!」

 マギアセイバーを構え、瞬時に距離を詰められる。

 「くっ」

 俺もまた自分のマギアセイバーを抜き放ち、防御。そのまま鍔ぜり合う。

 「魔王……!キミも完成させていたんだね、その剣!」

 「説明して、ノイ!」

 「くどい!私は勇者!魔道に落ちた友に引導を渡すためにきた、勇者だ!」

 「ちっ……」

 赤と緑の刀身がバチバチと電撃を散らしながら互いを排除しようとぶつかる。

 「……っ」

 ノイを押し返すようにして力を籠め、俺は大きく飛び退った。

 ノイは――追撃してこない。

 「……よかろう」

 今この時をもって、俺はノイを友のカテゴリから外す。

 今この時をもって、ノイは勇者であり――魔王である俺の、敵だ。

 「ならば勇者よ。我輩はお前を倒して世界を手中に収めて見せよう」

 「魔王……っ!」

 ギラリ、と俺の目が光を帯びる。

 風切り音と共に、マギアセイバーを振る。

 ブゥン、と唸る作動音。

 そのまま柄を握った右手をゆるゆると上げ、後ろに引き、左手は人差し指と中指を立てて刀身に沿わせる。

 勇者はマギアセイバーを正眼に構えた。

 緊迫した空気が俺達の間を流れていく。

 はるか下からは、剣戟の音と怒号が絶え間なく響いてくる。

 サイクロプス達三人の将が戦っている。

 俺と共に。

 俺を信じて。

 俺のために。

 ならば俺は、

 「負けるわけにはいかない」

 呟いて、軸足に魔力を込めて爆発的に開放。

 勇者が反応するより早く、その懐に潜り込み一閃!

 小柄なその体を袈裟切りに――できなかった。勇者もまた素晴らしい反応速度で一歩下がり、左に反身をひねって俺の斬撃を躱している。

 お返しとばかりに神速の振り降ろしが俺を襲う。

 右に躱そうとして――俺は無理やり背中側を相手に見せるように体制を変えた。

 大きくなったお腹のタマゴのせいだ。

 ――重いっ……!――

 一瞬の攻防戦の中で、五十キロ以上の重しを付けて戦うのはとてつもないハンデだ。

 しかも相手はノイ。今は勇者になってるけど、中身は同じ魔王だ。

 つまり俺との力量差は互角。

 いや、重しや動きの制約がない分、ノイの方が剣速が早く迷いがない。

 一瞬の間に十回を切り結び、俺達は一度離れた。

 「……」

 「……」

 互いの間に言葉はない。

 俺もノイも、相手を倒すつもりで戦ってるからだ。

 無用なやり取りなど、不要。

 再び踏み込んだ俺は、左手に魔力刃を生み出し、二刀流での戦いに移行。

 間断なくたたきつけられる斬撃を、流石にさばききれなくなったノイの服にダメージが入り出す。

 しかし、流石はノイ。

 紙一重で避けているから、本体は無傷だ。

 「……驚いたよ、魔王」

 俺から距離を取った勇者が驚嘆のまなざしをくれる。

 「なにがだ?」

 「ずっと気になってたんだけど……。その恰好、キミもしかしてお腹に子供でもいる?」

 「……だとしたらなんだ?」

 正確には違うけど。訂正する必要はないな。

 「やっぱりか……。魔王(キミ)が身重ってのにまず驚いたけど、その状態で私を圧倒するなんて。流石だね」

 「……」

 『流石だね』か。

 それは一体、誰に向けた言葉やら。

 「貴様もな」

 俺はことさら不愛想な口調で言い放つ。

 「我が二刀の攻撃、こうも見切られるとは思わなんだ」

 「褒めてくれてるのかな?」

 「さて、な」

 ――身体強化フィジカル・アクセラレーション四十倍速カウント・フォーティ――

 無言で身体強化術式を起動。

 瞬間移動と言える速度で勇者の背後を取る。

 「!?」

 突然の行動に勇者は反応できていなかった。

 マギアセイバーがまともにヒットするが、光の神の加護があるらしく、ダメージは入らなかった。

 「ちっ」

 振り返った勇者がマギアセイバーを一閃。

 左の魔力刃でそれを切り払う。

 「いつの、間に……っ!」

 勇者の目に驚きと焦りが浮かんでいる。

 「どうした。この程度で何を驚く」

 さらに瞬間移動。死角となる正面に移動し、マギアセイバーを振り降ろす。

 今度は殺気でも読んだか、勇者がのけぞって躱す。

 銀色の髪が数本、マギアセイバーに切られて空に舞った。

 「このっ!」

 勇者の突きを立てたマギアセイバーで逸らし、左手の魔力刃の術式を変更。

 腕を突き出し、ぱちん、と指を弾く。

 きゅご、と異世界への強制転移が行われるが、その後には何事もなかったかのように勇者が立っていた。

 「ほう。強制転移を防ぐか」

 「……光の神の加護が、その程度で敗れると思わないことだね!」

 「ならば」

 飛行魔法と転移魔法を同時起動。

 空にあがり、俺の姿を見失っている勇者目がけて、

 

 「【ストライク・エクスプロージョン】」

 

 バババン、と連続した爆発が勇者を覆う。

 

 「【タイタン・スレイヤー】」

 

 長さ十メートルもある、三つ又の槍を生成し、投擲。

 雷撃そのものを槍上にした攻撃魔法がさく裂し、スパークが巻き起こり城壁が崩れる。

 あー、アリアドネのお城壊しちゃってるけど、ま、いいか。

 あいつも魔王だからどーにでもなるだろうし。

 粉塵で見えない眼下に向け、追撃を掛ける。

 

 「【ファイアー・デストラクション】」

 

 こぶし大の炎が次々と粉塵の中に飛び込み、辺り一面を燃え上がらせる。

 「さて……」

 この程度じゃやられないだろうけど、ちょっと様子見るか。

 わずかに意識を城壁の外に向けてみる。

 サイクロプス達はまだ健在、だけどかなり魔力と体力を消耗してるな。

 でもそれは英雄たちも同じっぽい。

 ともに死力を尽くしての戦いだ。

 これは……どちらが勝ってもおかしくないな。

 「っ」

 殺気!

 眼下に漂う粉塵を突き破り、勇者が俺に突進してきた。

 「魔王ッ!」

 「ちぃっ」

 スイッチを切っていたマギアセイバーを瞬時にアクティブ。

 間一髪、間に合った赤刃が勇者のマギアセイバーと鍔ぜり合う。

 勇者め。

 光の神の加護を受けた防具、そのブーツが小さな羽を生やし、勇者に空を飛ぶ力を与えている。

 これで城壁を飛び越えてきたわけか……っ。

 「やあああっ!!」

 「人間、ごときがっ!」

 バチチ、と電撃を撒き散らす光の刀身。

 勇者が俺を押しきろうと力を込めてくる。

 でも俺だって、まだ引くわけにはいかないんだ。

 「人間ごときが空を舞うなど、不遜!!」

 「知った事じゃないよ!そっちこそ神のおわす空に上がるなんて、不敬じゃないか!」

 「それこそ知った事ではないな!」

 フリーの左手からゼロ距離の【ファイアー・デストラクション】。

 勇者は人間離れした反応速度でそれを躱したけど、服の裾を燃やされた。

 白い肌が所々露わになる。

 

 「追撃する!【ストライク・エクスプロージョン】!」

 

 勇者の周囲の空間が爆ぜ、小柄な体躯が吹き飛ばされて空を滑っていく。

 「好機!」

 これで終わりにしてやろう、勇者よ。

 最終的に俺が負けるだとか、そんなことはどうでもいい。

 ただ俺は、我輩は、勇者を倒す。それだけだ。

 「はあぁぁぁぁッ!」

 「っアーリャ……!」

 一瞬、ノイが俺の名を呼んだ気がした。

 だが俺はもう止まらない。

 マギアセイバーに一層魔力を込めると、全長五メートル、幅一メートルほどにまで刀身が拡張した。

 本来は俺が作り出した魔力刃で使う戦技だから出力が弱いけど、マギアセイバーでも代用は出来る。

 

 「落ちろ、勇者!!【デッドエンド・セイバー】!!」

 

 「ひぅっ」

 スローモーションになる世界の中、勇者の口から悲鳴が上がる。

 下から視線を感じる。

 サイクロプスが。

 デュラハンが。

 サキュバスが。

 俺を見上げているのが分かる。

 「あぁぁぁっ――ッぐ!!?」

 だが、勇者に俺の刃が届きそうになるその一瞬、俺の体を衝撃が貫いた。

 「が、ハッ!」

 なん、だ。

 なんだ、これ。

 呼吸が、魔力が、乱れる。

 体も、硬直して……!

 「っ……!はッ……!」

 俺のマギアセイバーから刃が消えた。

 勇者が挙動のおかしくなった俺を避け、俺は突撃の勢いそのままに城壁に向かって落下していく。

 「あ、あれ?魔王?」

 勇者がきょとんとしている。

 「ぐ、ぅ!」

 かろうじて体勢を立て直し着地したものの膝が折れ、四つん這いになってしまう。

 「これ、は」

 この感覚は。

 右手で口を押え、左手でお腹の膨らみを押さえる。

 ずぐん、ずぐんと脈打つような感覚があった。

 これは、もしかして。

 「タマゴが、孵る……?」

 口に出して理解した。

 これは、陣痛だ。

 別に痛いわけじゃないけど、人間で言う陣痛が、俺を襲っているのか。

 痛みの代わりに全身の魔力経路と集中が乱されて魔法が使えない。

 まずい。

 今のタイミングでこれはまずい。

 「魔王、覚悟!!」

 振り返ると、勇者が一転勝利を確信したように突っ込んでくる。

 震える手でマギアセイバーをまさぐるが、スイッチを押しても魔力刃は粒子になって霧散した。

 駄目だ。回避しようにも、まともに動けない。

 「ちっぃ……」

 かろうじてかき集めた集中力で転移魔法を発動。

 俺は転移で、その場から逃れた。

 

 

 

 城壁の下では、サイクロプス達が異変に気づいていた。

 「なんだ、今の気配は……」

 「分からぬ。が……」

 「ええ。凄まじい力の波動を感じたわ」

 とてつもない魔力の胎動を、彼らは感じ取っていた。

 「まさか……」

 サキュバスがランサーの攻撃を受け止めながら、唇を噛んだ。

 「何か心当たりでも?」

 サイクロプスが拳を振って波動を飛ばし、グラップラーに距離を取らせる。

 「……ええ。恐らく、魔王様の子供が生まれるわ」

 「なんと。このタイミングで、であるか!」

 デュラハンが驚く。

 「さっきの感覚はおそらく、その前兆よ。ご本人でない私達があそこまで意識を乱されるくらいだから、魔王様はその比じゃないはずだわ」

 「いかんな」

 サイクロプスが一つ目をすぼめる。

 「産気づかれたとなれば、王はしばらく動けない。我々だけで三人の英雄と勇者の相手はいささか荷が重い」

 「だがやるしかないのである!ここで将たる我らが引くことは許されぬ!」

 「同感。魔力のブーストも時間切れが間近だし、さっさとこいつら、やっちゃいましょう」

 サキュバスがランサーを押し返した。

 「くっ」

 ランサーの少年が歯を食いしばって飛び退る。

 その眼前に、サキュバスは一瞬で移動した。

 魔王によるブーストで身体能力を著しく向上させているが、それもあと少ししか持たない。

 サキュバスの美しい顔に汗が浮かんでいる。

 それは焦燥だ。

 彼女にとって魔王は、アーリヤヴナという少女は特別な存在なのだ。

 ただ王だからというだけではない。

 男の精を吸うという種族特性のせいで同じ魔族からも蔑みの目で見られてきたサキュバスにとって、アーリヤヴナは初めて自分をまともな魔族として扱ってくれた存在なのだ。

 同じ女性であるが故に、唾棄されても仕方のないはずなのに、彼女は自分を汚らわしい存在ではなく一個の個性として見てくれた。

 友達のように、温かく接してくれた。

 師匠のように、厳しく槍の手ほどきをしてくれた。

 戦友のように、共に食卓を囲んだ。

 女として、その高潔な生き方に憧れた。

 故に。

 「魔王様を、アーリヤヴナ様をやらせるわけにはいかないのよ!」

 サキュバスの瞳が爛々と輝く。

 振り回す槍は魔力の輝きを帯び、一撃一撃が即死級の威力となってランサーを襲う。

 「譲れない思いはこちらにもあります!」

 しかしランサーもまた白銀の槍に魔力を込め、漆黒の槍と打ち合う。

 衝撃波が枝をちぎり木々を折る。

 白と漆黒の雷撃が踊り狂う。

 「はあぁぁぁぁっ!」

 「てやあぁぁぁぁっ!」

 神装武器(アストグラム)同士の無数の打ち合いが世界を震わせる。

 追いついてきた帝国兵達は呆然とその戦いを眺める。

 いや、彼らだけではない。

 今や魔族たちまでもが、彼らの将の戦いの行方を見守っている。

 戦場は今、奇妙な静けさに包まれていた。

 だが、永劫に続くかと思われた打ち合いは唐突に終わった。

 終始ランサー(英雄)を圧倒していたサキュバスの動きが、急にがくりと鈍った。

 ――ブーストが、切れた……!――

 体が一瞬重くなり、サキュバスは思わずたたらを踏む。

 「しまっ……」

 「終わりです!」

 その隙を、ランサーは見逃さなかった。

 

 「光を纏え、光輝幻槍(レイ・ランス)!【雷纏一天スパイラル・サンダーボルト】!!」

 

 呪文に反応した光輝幻槍(レイ・ランス)が光り輝き、螺旋状の雷を纏わせる。それは雷そのものと化してランサーの手から放たれた。

 「くぅっ!」

 サキュバスは動体視力と反射神経だけを頼りに、その軌跡を見切った。

 雷光がサキュバスの顔の真横を擦過し、流れた美しい髪に穴が穿たれる。

 だが――躱した。

 今ランサーの手に武器はない。

 投擲された光輝幻槍(レイ・ランス)は自動的に主の手に戻るが、そこには若干のタイムラグがある。

 (もらったわ……ッ!)

 勝ちを確信し、サキュバスが言霊を紡ぐ。

 

 「闇を纏え、闇装突槍(ワイズ・ランス)!【鋼真一突(ピアシング・トラスト)】!!」

 

 漆黒の波動がランサー目がけて放たれた。

 ――トン、と軽い衝撃がサキュバスの豊満な胸を揺らした。

 見下ろすと、胸の谷間の中央、心の臓がある位置を、光輝幻槍(レイ・ランス)が突いていた。

 かふ、とサキュバスの口から鮮血が溢れる。

 その眼が驚愕に見開かれる。

 「バカ、な」

 光輝幻槍(レイ・ランス)は確かに投擲されたはず。

 なのになぜ。

 なぜ今、ランサーはそれを握っている?

 なぜ【鋼真一突(ピアシング・トラスト)】が破られた?

 「……先の攻撃は光輝幻槍(レイ・ランス)が纏った波動を飛ばしたものです。本体はずっと、ボクの手元にあったんですよ」

 そして彼は、再度その槍に【雷纏一天スパイラル・サンダーボルト】を纏わせ、一点に集中させた攻撃で【鋼真一突(ピアシング・トラスト)】を破ったのだ。

 悲しそうな声でランサーが手の内を明かした。

 そういうことか、とサキュバスは理解した。

 どうやらまんまと誘い込まれたようだった。

 千載一遇のチャンスだと思ったそれは、こちらに最大術式を使わせる誘いだったのだ。

 だが不思議と苛立ちはなかった。

 死力を尽くしての戦いの末。どちらが勝ってもおかしくない戦いの末の敗北だ。

 悔いはなく、故にサキュバスが口にしたのは、称賛だった。

 「見事、よ」

 光輝幻槍(レイ・ランス)が引き抜かれ、ランサーが背を向けた。

 サキュバスは微笑み、ふわりとあおむけに倒れた。

 草がそっと、その体を受けとめる。

 溢れた鮮血が下草を染めてゆく。

 サキュバスの意識がかすみ始めた。

 「申し訳、ありません。魔王、さま」

 朦朧となる意識の中でつぶやく。

 ランサーは、何も言わない。

 戦士として、ただ静かにサキュバスの事を見送ろうとしているのか。

 それがありがたくも、少し寂しかった。

 あれほど熱くなれたのはいつ以来だったろうか。

 すべてを出し切った素晴らしい戦いだった。

 それについての悔いはない。

 だが――もう自分はあの人を守れない。

 今この瞬間、おそらくは女としての苦しみを味わっているだろうあの人に、何もしてあげられない。

 それだけが心残りだった。

 だが同時に確信していた。

 あの人なら、大丈夫だ。

 強く、優しく、勇ましいあの人なら。

 私が憧れたあの人なら。

 きっと魔族をよい方向へ導いて下さる。

 願わくば、その道のどこかでまた出会えることを。

 「さよ、う、なら。アーリャ、さま……」

 ついぞ呼べなかった、友だけに許されたその呼び方を最後に口に上らせる。

 今際の際だ。そのくらいは許してもらえるだろう。

 口の端に笑みが浮かぶ。

 ――悪くない、生だったわね――

 その思考を最後に、サキュバスの意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 「サキュバス殿!!」

 その生が失われた事を知り、デュラハンは叫んだ。

 最初は軽蔑していた。

 男をたぶらかし、いかがわしい行為を繰り返し、最後は精を絞りつくして殺す。

 そんな下種な存在が同じ魔族だとは、断じて認めたくなかった。

 魔王の命令で同じ将に任ぜられたと知った時は卒倒するかと思ったくらいだ。

 事実、あの女は常に堕落の象徴だった。

 服装然り、言動然り。

 騎士として高潔さを心がけるデュラハンにとっては、水と油のような存在だった。

 だが日を重ねるうち、その卓越した立案力を知ることになる。

 同様に魔王によって手ほどきを受け、日に日に上達してく槍の冴えも見てきた。

 彼女の言動は確かに堕落しているが、その精神は向上心に満ちており、また常に先を見据えていた。

 男をかどわかすその唇から出た慧眼な言葉にはっとさせられたことも一度や二度ではない。

 なにより、彼女は魔王を敬愛していた。

 魔王の為に己を犠牲にすることさえいとわない覚悟を持っていた。

 気づけば彼は認識を改め、サキュバスを将の一人として、魔族の一人として見るようになっていた。

 「おのれ……」

 人間との戦いが始まってからは、彼女の立案した作戦で多くの戦場で勝利を収めた。

 ともに勝利の美酒を酌み交わし、いつしか戦友とみるようになった。

 「おのれ……!」

 かつて疎んだその容姿を美しいと思うようになり、彼女から称賛されることを光栄と感じるまでになっていた。

 そのサキュバスが。

 死んだ。

 「おのれ人間ども!!」

 激高したデュラハンの全身から魔力が吹き荒れる。

 「我が同族を、我が戦友(とも)を!よくも、よくもよくもよくも!」

 その気迫は相対するセイバーをして、脂汗を流させるほど。

 「許さん、許さんぞ!」

 紫色に光り輝く闇装裁剣(ワイズ・ソード)を振りかぶる。

 ――このまま塵ひとつ残さず消滅させてくれる!

 だが――剣鬼に落ちようとした彼を、柔らかい香りが包み込んだ。

 「っ!?」

 ――駄目よ――

 甘く、優しく、耳にするだけで安心するような声が脳裏に響く。

 これは……!

 ――あなたの剣は気高く凛々しくあらねばならないのでしょう?最後の最後まで――

 「お主、なのか」

 かすかに笑んだような気配を残し、温かさが霧散した。

 デュラハンの顔から狂相が消えた。

 吹き荒れていた魔力がやみ、彼は剣を力なく降ろした。

 「……そうであったな」

 デュラハンは小さく呟く。

 「忘れるところであった。例えこの身が魔と朽ちようとも、魂は気高くあらねばならん。我輩は、そう誓ったのだ」

 デュラハンは空を仰ぐ。

 黒煙たなびく空は、戦いの色に染め上げられていた。

 彼はその向こうに、青く抜けるような色を幻視する。

 「そうであったな、我が盟友よ」

 デュラハンの体を再び燐光が包んだ。

 「っ!?」

 セイバーが警戒する中、燐光に包まれたデュラハンの体は、四本足の異形の姿から、二本足で立つ人と同じ姿へと変わった。

 「てめぇ……」

 「――見苦しいところを見せた」

 静かな声でデュラハンは言った。

 「我が剣は常に気高く、騎士であらねばならぬ。それを忘れてしまうところであった」

 「その姿は」

 ふ、と微かに笑う気配。

 デュラハンは穏やかに、セイバーに語りかける。

 「この姿は、我輩の在りし日の姿を模したもの。同時に我輩の真の姿でもある」

 「ようやくの本気(マジ)モードってことか?」

 「否。先ほどまでも我輩は全力であった。だがこの姿になったことで、全力の値がさらに上乗せされると思いたまえ」

 デュラハンが闇装裁剣(ワイズ・ソード)をゆるゆると持ち上げ、正統なる騎士の構えを取った。

 「さあ、来るがいい、セイバー。お主と我輩の間の決着は、一瞬でつく」

 「……だろうな」

 セイバーが半身をひねり、光輝聖剣(レイ・ソード)を後溜めに構える。

 光輝聖剣(レイ・ソード)の刃が黄金に輝いた。

 剣が持つ力を全て引き出したのだ。

 対するデュラハンが握る闇装裁剣(ワイズ・ソード)もまた、刃を輝かせる。

 その色は、白。

 清浄なる色でありながら、それは何物にも染まっていない『無』だ。

 真なる虚無が、闇装裁剣(ワイズ・ソード)を彩っている。

 「……」

 「……」

 共に無言で、相手の呼吸を測る。

 今デュラハンが言った通り、この勝負は一瞬でつく。

 故に、デュラハンもセイバーも相手の先を取ろうと、思考のうちで激戦を繰り広げる。

 すでに幾度となく彼らの間では刃が打ち合わされている。

 微動だにしない二人は今、全身全霊を掛けて戦っていた。

 ピィー、と突如戦場に甲高い鳥の声が響いた。

 「!」

 「!」

 それを合図にしたかのように、二人は同時に動いた。

 

 「光輝聖剣(レイ・ソード)、【創世白光ゼロ・ジェネレーション】」

 

 「闇装裁剣(ワイズ・ソード)、【虚無昇華サブリミネイト・アニヒレイション】」

 

 神速で振るわれた漆黒の剣と、雷速で振るわれた白銀の剣が、刹那交錯する。

 一瞬の攻防ののち、二人は背を向けあって立っていた。

 「……セイバーよ」

 やがて、静かにデュラハンが言葉を紡いだ。

 「なんだ」

 「貴公に、守るべきものはあるか」

 「……ある」

 「我輩にもある。いや、有ったというべきか」

 「……」

 セイバーは黙ってデュラハンの言葉を聞いていた。

 「我輩は魔族だ。魔族であり、騎士だ。騎士は常に、守るべき民を、誇りを、主を背に負って戦う。我輩にとってそれは、魔族の民であり、その為に剣を振るえることへの誇りであり、敬愛する魔王様がいればこそ戦えた」

 「そうか」

 無愛想な中にわずかな憐れみを込めて、セイバーは短く返す。

 「そして騎士は、戦場を巡る中でよき相手と巡り合い、戦い、死する事さえもその誇りだ。セイバーよ。貴公との戦いは、我輩にとってこの先忘れ得ぬものであった」

 ずる、とデュラハンの鎧がズレる。

 がらんどうの胴体は突こうが斬ろうがダメージにはならない。

 だが唯一例外がある。

 それはデュラハン自身の魂が切られたと感じた時、それは明確にダメージとなって彼に襲いかかる。

 「貴公の太刀筋は、実に見事であった」

 攻防の一瞬、白光を引いて滑る剣を美しいと感じたその一瞬、デュラハンは己の魂に剣が触れるのを感じた。感じてしまった。

 ごぼりと兜の奥から鮮血が溢れる。

 「セイバーよ。我輩を打ち取りしその剣で、見事この世を導いて見せよ」

 「言われるまでもねぇ」

 「ふっ」

 デュラハンはドウと地面に倒れ伏した。

 肉体を持たないデュラハンは、命が消えると存在も消える。

 鎧のうちから光となって失せていく己を感じながら、デュラハンは満足そうに眼を閉じた。

 ――遅かったわね――

 ――ふん!貴様が早すぎなのである!――

 からかうような声にいつも通りの調子で応えながら、デュラハンは満ち足りた感覚を味わっていた。

 彼の意識が消えた時、その場にはがらんどうの鎧だけが残されていた。

 

 

 

 その様子を見て、サイクロプスは大きなため息を吐いた。

 「……三将と呼ばれた我らが、ついに私を残すのみとなったか」

 サキュバスもデュラハンも決して油断をしていたわけではない。相手を見下していたわけでもない。

 己の持つすべてを出し切り、戦い、そして負けた。

 その最後の思念に、悔恨はほとんど感じられなかった。

 彼らは心から満ち足りて逝ったのだろう。

 「……」

 グラップラーは何も言わない。

 彼はただ黙って拳を掲げた。

 その手にあるのは、ひび割れ欠けた光輝手甲(レイ・ガント)

 対するサイクロプスの闇装剛拳(ワイズ・ガント)もまた、満身創痍であった。

 「流石にこの状態で英雄三人を相手に勝つことが出来るとは私も思わん。だが――」

 ギリとサイクロプスは拳を握り込む。

 「私がここで引くわけにはいかんのでな」

 「けっ。とっととケツ捲ればお互い楽のによ。面倒な性格してんな、アンタ」

 「熟知している」

 この先に待ち受けるどの未来を見ても、ここでサイクロプスが撤退する選択肢は得策だ。

 体勢を立て直し、魔王と合流し、再度ブーストをかけてもらい英雄と相対する。

 城の中に戻れば闇の力も潤沢にあり、それを加えれば今まで以上に戦うことも可能だ。

 だが、サイクロプスはそれを良しとしなかった。

 共に戦場を駆けた仲間が正々堂々と戦いこの地で果てたというのに、自分だけが戦場に背を向けるわけにはいかないではないか。

 故に彼は、愚策と知りつつ、満身創痍の体を叱咤する。

 「さあ英雄グラップラーよ。最後の戦いだ。存分に奮闘して見せよ」

 「言われるまでもねぇ!」

 オラアァァァッ!!

 雄叫びを上げ、白く長い髪をなびかせ、グラップラーが殴り掛かってくる。

 サイクロプスは傷だらけの闇装剛拳(ワイズ・ガント)で迎え撃った。

 鋼鉄のぶつかり合う音が、遠巻きに見る兵士たちの胸を震わせる。

 原始的な暴力の形が、人間魔族を問わずその魂に響く。

 拳だけではなく、掴み、蹴り、手の平で弾く。

 サイクロプスの攻撃はその一撃が全て相手の急所に叩きこまれ、その手に掴まれれば骨を折られ肉を裂かれる。

 それはかつて、パンクラチオンと呼ばれた格闘技術。

 相手がギブアップ(死ぬまで)するまで攻撃は続くのだ。

 となれば、体格と体力で勝るサイクロプスが有利なのは道理だった。

 しかも今のサイクロプスは魔力によるブーストの恩恵を受けている。

 英雄グラップラーと言えど、防戦一方だ。

 「ぐっ!」

 手首をひねられ、グラップラーが呻く。

 その隙に膝に打撃が叩き込まれ、よろめいたところにひじ打ちが飛んでくる。

 巨体に似合わぬ、流れるように洗練された動きであった。

 「だが……俺にも意地ってモンがあんだよなぁッ!!」

 カッ!と目を見開いたグラップラーの体が白銀の輝きに包まれる。

 その動きは次第に早くなり、やがてサイクロプスの動きを捉えるようになっていく。

 「私についてくるか……!」

 「でりゃあああっ!」

 バシバシと肉を打つ重い音が響く。

 グラップラーの蹴りが、ついにサイクロプスを捉え吹き飛ばした。

 「ぐ、むっ!」

 「おあああああっ!!」

 地を踏み砕く膂力で吹き飛ぶサイクロプスに追いつき、グラップラーが右のアッパーでサイクロプスの顎を撃ち抜く。

 一瞬、サイクロプスの意識が飛ぶ。

 が、歯を食いしばって意識を引き戻し、大地を深くえぐりながら着地。

 眼前にはグラップラーが拳を突きだしている。

 とっさに膝を追って拳をやり過ごし、右拳で反撃。

 ガードした左腕を砕かれつつ、今度はグラップラーが真反対に吹き飛んだ。

 ――好機!!――

 サイクロプスは最後の力を振り絞って跳躍、頭上からグラップラーを急襲する。

 グラップラーは満身創痍。

 上から降ってくるサイクロプスの重さと、それを乗せて加速した拳は受けきれない。

 誰もがそう考えている。

 英雄が、負ける。

 だがグラップラーの眼はまだ勝負を捨てていなかった。

 「今こそ輝け、光輝手甲ォ(レイ・ガント)!!」

 魂の叫びに呼応し、光輝手甲(レイ・ガント)に白銀の光が収束する。

 「闇装剛拳(ワイズ・ガント)よ!」

 サイクロプスが吠えた。

 「私の、勝ちだ!!!」

 「テメェの、負けだァッ!!!」

 互いに全力の拳を突きだす。

 

 「闇を纏え、闇装剛拳(ワイズ・ガント)【螺旋爆砕(ヘリカル・バスター)】!!」

 

 「光を纏え、光輝手甲(レイ・ガント)【直行優先ワンウェイ・ストライカー】!!」

 

 渦を巻くサイクロプスの拳と、光を延ばすグラップラーの拳が、ぶつかり合った。

 直後、直下型地震のごとき地響きと土柱があがった。

 帝国兵と魔族兵が、それぞれに顔を庇う。

 バタバタと巻き上がった土が落ちてくる。

 視界は悪く、その向こうを見ることは出来ない。

 やがて――次第に土煙が収まりだし、かすかに一つの影が現れる。

 密着した魔族と英雄。

 勝者はどちらか。

 「私の、負けだ……」

 「みてぇだな」

 グラリ、とサイクロプスの体が揺れる。

 その胴体には、深々と光輝手甲(レイ・ガント)が埋まっていた。

 グラップラーは最後の最後で、サイクロプスの攻撃を見切りギリギリで避けていた。

 「みご、と」

 ドウと重い音を立て、サイクロプスの体が地面に倒れた。

 「ぐ、あ」

 グラップラーは大きく息を突き、崩れ落ちるように片膝をついた。

 「お、おい。大丈夫か」

 セイバーが駆け寄り、肩を貸す。

 「しっかりして下さい」

 ランサーが反対側から、グラップラーを支えた。

 「すまねぇ」

 「いいってことよ。……いい戦いだったぜ」

 「ええ。英雄の名に恥じない、立派な戦いでした」

 「……そうか」

 グラップラーは言葉少なく返し、大地に仰臥する巨体を見やった。

 「……いい勝負だったぜ、化け物」

 もはや物言わぬ骸となったサイクロプスの顔には、どこか満足そうな笑みが浮かんでいた。

 「お疲れ様」

 魔族の将を倒した英雄を称える大歓声の中、小柄な影が上空からそっと降りてきた。

 「おちび」

 セイバーが声を掛ける。

 「無事だったか。魔王はどうした?」

 勇者は口をとがらせた。

 「逃げられちゃったよ。なんか急に体調崩したみたいだった」

 「なんだそりゃ」

 「さぁ?でもなんか身重だったみたいだし、もしかしたら子供でも生まれそうになったのかな」

 「魔王が、身重ですって?」

 ランサーが信じられないという風に頭を振った。

 「……で?これからどうする」

 「無論、後を追うよ。魔王は倒さなきゃならない、敵だ」

 勇者の顔には確固たる意志が張り付いていた。

 

 

 

 転移魔法で勇者から逃れた俺は、ふらつく体を引きずってとにかくアリアドネの部屋まで戻った。

 戦いをプラネタリアムで見ていたアリアドネは、すぐに別室とベッドを用意してくれて、俺は今そこに横たわっている。

 「ぐ、う」

 「ちょっと、大丈夫?」

 「問題、ない」

 「とてもそうは見えないわよ……?」

 アリアドネが心配そうにのぞきこむ。

 痛いとかはないんだけど、力を吸われるような感覚のせいで動くことも難しい。それ以外は大丈夫なんだけど……。

 俺はとりあえず魔王のローブを脱いで服もめくり、タマゴを露出させている。

 タマゴはその表面の紋様を明滅させていて、やけどしそうなほどの熱を発している。

 しかもその熱はだんだんと強くなっているっぽい。

 魔王だからやけどはしないけど、このまま熱が上がり続けたらどうなるか。

 「く、はぅ」

 それが分かった俺は、無理やり体を起こしてベッドから降りる。

 「ちょ、ちょっとアーリャ!寝てなさいよ!」

 「だ、め」

 どこか、何もないところにいかないと。

 でないと――。

 そうだ、玉座の間。あそこなら広いし何もない。

 「あり、あどね。玉座の間、かして」

 「へ?え?い、いいけど……」

 「あり、がと」

 赤熱し始めたタマゴを抱え、俺はよろよろと玉座の間へ向かう。

 途中の石壁に手をつくと、沈み込むような感触がした。

 あまりの熱で石が変形してる。

 アリアドネも心配なのか、俺の後ろからおろおろしながらついてきた。

 玉座の間へは歩いて二分もかからないけど、俺は五分以上もかけてようやく到着した。

 「ありあ、どね。離れてて」

 「へ?」

 「いい、から」

 「わ、分かったわよ」

 よし、俺の周囲には何もない。天井も高いし、ここは石造りだから大丈夫だろう。

 「っぐ!!」

 来た。

 そう思った瞬間、

 「あ、アーリャ!?」

 アリアドネが悲鳴を上げた。

 それもそのはずで、俺の体が業火に包まれたのだ。

 正確にはタマゴの熱量が限界を突破して、服が燃え上がったのだ。

 もちろん俺自身は魔王だから体に火がついたぐらいじゃなんともない。ちょっと熱いよ、と思う程度。

 けど服はそうもいかなくて、あっという間に燃え上って俺は全裸になってしまった。

 幸い炎が全身に回ってるから何も見えないけど。

 「アーリャ!!」

 「だい、じょうぶ」

 手足を見ると、タマゴに描かれていたような紋様が這っていて、紫色に光っている。

 同調が極限にまで高まっているのか。

 炎は俺の背丈を越え、天井近くまで達した。

 思った通りだ。

 あのままアリアドネの部屋にいたら大惨事になってたな。

 「あっつ……!」

 ゴウゴウと渦を巻く炎から、アリアドネが後ずさって距離を取る。

 「む」

 燃え盛る業火の中で、ぴきり、とタマゴにヒビが入る感覚がした。

 ぴき、びき、ばき。

 ヒビはだんだん大きくなる。

 いよいよか。

 ばきっ!

 ひときわ大きな音と共に、タマゴの殻が真っ二つに割れた。

 ずるり、と何か重たいものが滑り落ちていく。

 俺は無意識にしゃがみ込み、中身と床との距離をできるだけ少なくする。

 びた、と粘ついたものが石の上に落ちた。

 それと同時に俺の体からタマゴの殻が剥がれた。

 からからとプラスチックみたいな音を立てて、割れた殻が石の床に転がる。

 時を同じくして俺を包んでいた業火も消えた。

 しゅうう、と湯気を上げる体を見回し、異常がないかを確認。

 うん。特になんともないな。

 火が消えたと同時に全身を苛んでいた倦怠感も消えて、体が嘘みたく軽くなっている。

 ひと月以上タマゴがくっついていたお腹が少し赤くなっている程度だ。

 「アーリャ!ちょっと、アーリャ!?大丈夫!?」

 「だいじょぶ」

 しゃがんだまま()()、と大きく息をつく。

 ちぃー、と鳴き声がした。

 おっと、忘れてた。

 俺の足元にはあちこちにタマゴの殻をくっつけた、トカゲみたいな生き物がまとわりついている。

 キグルス龍の赤ちゃんに間違いない。

 そっと抱き上げると、キグルス龍はちぃちぃ鳴きながら俺にしがみついた。

 「おめでと、アーリャ」

 「ありがと、アリアドネ」

 命の誕生の瞬間に立ち会ったアリアドネが、なぜか少し涙ぐんで俺を祝福してくれた。

 「その子がキグルス龍の赤ちゃん?」

 「そう。実は私も見るの初めて」

 体長六十センチほど。銀灰色で、瞳は蒼。

 小さいながらもすでにドラゴンとしての形をしている。

 それに――野生のキグルス龍からは感じなかった、魔力を感じる。

 恐らく、この子は魔力の――ヘイロウの分解能力は持ってない。

 その代わり自前の魔力を持っている。つまり魔法が使えるということだ。その意味で間違いなく希少種だね。

 「よろしく、ね」

 俺にしがみつく子龍を見ていると、とても優しい気持ちになってくる。

 この子を守り、抱きしめてやりたいという欲求が止められない。

 これが母性って奴なのかな。

 けど、お前を可愛がってやる前に、俺にはやらなくちゃいけないことがある。

 階下から玉座の間に続く階段から、複数の息遣いが聞こえてきた。

 誰なのかと問うまでもない。

 「魔王ーッ!!」

 真っ先に玉座の間に入った小柄な影が、俺を見つけて叫んだ。

 「……来たか、勇者」

 銀色のくせっ毛を揺らし、勇者が現れた。

 しかも一人じゃない。

 「やっと見つけたぜ」

 「あいつが魔王か」

 「あれが、世界の敵……」

 勇者の後ろから現れた、三人の人影。

 英雄たちだ。

 「貴様らがここにいるということは……我が将は負けたか」

 「ああ!俺達がきっちり倒してやったぜ」

 「後はてめえだけだ」

 「覚悟して下さい!」

 英雄たちが白銀の武器を構える。

 「後ろのヤツは誰だ?」

 グラップラーがアリアドネを見て首をかしげた。

 「わからない。けどここにいる以上敵だよ」

 勇者(ノイ)が容赦なく言い放つ。

 「ならブッ倒すだけだな」

 セイバーが目を細めた。

 「アリアドネ」

 「何?」

 「この子をお願い」

 わ、わ、と慌てるアリアドネにそっと子龍を渡し、その頭を一撫で。

 「すぐ終わらせるから、待っててね」

 「くきゅう」

 子龍は目を細めて鳴いた。

 「私は引くわね」

 「逃がしませんよ!」

 進み出ようとするランサーを俺の行動が制止し、そのすきにアリアドネが転移で場を離れた。

 俺は収納空間から予備の魔王装束を取り出し、一瞬で身にまとう。

 それからゆっくりと振り向いた。

 先ほどまでとはケタ違いの気迫を放つ。

 勇者をはじめ、人間たちが思わず後ずさるほど、それは強烈だった。

 「では、再戦と行こうか」

 「じょうと……ぐぁっ!?」

 ノーモーションの転移魔法でグラップラーの眼前に現れた俺は、右拳を彼の腹部にめり込ませる。

 魔力も込めていない、ただの正拳突き。

 それだけでグラップラーは石壁に叩きつけられ、ガクリとうなだれた。

 「てめっ……がふっ!」

 続いてセイバー。

 掌底で一撃をくれてやり、グラップラーの隣に吹き飛ばす。

 「このっ!」

 ランサーは最後だから身構える時間はあった。

 けどそれだけだ。

 小柄な体は単純は蹴り一発で出口まですっ飛んで行った。

 思いっきり嘲笑してやろうっと。

 「雑魚共め」

 「ま、魔王……っ!」

 勇者が歯噛みしている。

 「お前、さっきまでと力が……」

 「ああ。少しわけありでな。腹の子に力を与えていたせいで全力を出せなかった。せっかくお前が全力で戦っていたのにな」

 俺はことさら上から目線で言い放つ。

 「謝罪しよう、勇者」

 「くっ」

 勇者は一瞬歯噛みしてから、不敵に笑った。

 「謝ってもらって悪いけど、私も全力ってわけじゃなかったんだよね」

 「ほう?」

 「お前の配下はもう散り散り。将も倒されたし、あとはお前だけだよ。降伏するなら命は助けるけど?」

 「バカを言え。我輩がいれば貴様ごときひねりつぶすのは造作もないわ」

 「そ」

 ビシュン、と勇者がマギアセイバーを起動。俺もまたマギアセイバーを起動させ、構える。

 「……」

 「……」

 互いに呼吸を読む。

 「ふっ」

 「っ!」

 動いたのは二人同時だった。

 刃を合わせ、互いに必殺の一撃を打ち込みつつ躱す。

 その速度はさっきのおよそ百倍。

 よくついてくるもんだ。

 一刀百刃。

 言葉通り、俺達は今はた目には一度振っただけの斬撃の中で、百回に及ぶ攻防を繰り広げている。

 「ふっ」

 一歩、前に出るついでに足払いを掛ける。

 勇者はわずかに飛び上がって躱した。

 マギアセイバーを左手に持ち替えると同時に右手で魔法を起動。

 

 「【ストライク・エクスプロージョン】」

 

 威力はさっき使ったのとは大違い。

 もうタマゴを気にする必要もなくなったからね。

 勇者の周囲の空間が爆ぜ、極炎がいくつも生まれて空間を満たす。

 「あっ」

 勇者はとっさに距離を取っていた。

 けど、爆風で小さなその手からマギアセイバーがもぎ取られた。

 「むっ」

 しかし同時に勇者が飛ばしていた魔弾で、俺の手からもマギアセイバーが失われる。

 「やるではないか」

 「そりゃどうも!」

 互いに無手の状態となってしまった。

 だがやめる気はない。

 

 「身体強化フィジカル・アクセラレーション五十倍速カウント・フィフティ


 呟き、身体強化がかかると同時に飛び出す。

 俺が使う格闘技はいくつかバリエーションがあるけど、今回は最も攻撃的なもの、パンクラチオンを使う。

 サイクロプスに伝授した、全てが必殺の一撃となる体術。

 掴み、蹴り、突きだせば、相手の体を必ず破壊する。

 対して勇者が使ってくるのはバリ=トゥード。目突き以外なんでもありの、これまた超攻撃的な戦闘術。

 五十倍速で繰り広げられる殺人体術は、互いにヒット直前に技をキャンセルするせいではたまにはただ手や足をひょいひょい出しているだけに見えるだろう。

 実際は少しでも相手に触れようものならすぐさま肉体を破壊されるから、触れたくても触れられないんだけど。

 しかしノイがここまで戦えるとは思わなかったな。

 普段あんな調子なのに。

 ――アーリャ。ちょっとアーリャ。分かってるわよね?――

 あまりにも現実離れした戦いを、プラネタリアムで見ていたアリアドネが念話をよこした。

 ――何?忙しいんだけど――

 ――あなた最終的に負けなきゃならないのよ?思いっきり圧倒してるけど――

 ――分かってる――

 って言ってもな。

 これは世界の命運を決める勇者と魔王の最終決戦だぞ。

 簡単に負けたらつまらないし俺が嫌だ。

 「ぐっ!」

 なんて考えていたら、勇者の蹴りがさく裂した。

 俺は腕をクロスさせて防ぐが、床を大きく滑って距離を取ってしまう。

 両腕がわずかな間ジンジン痛んだけど、それはすぐに消えた。

 勇者は掲げた足をゆっくり降ろす。

 余裕でも見せてるつもりか。

 「こんなもん?」

 「……調子に乗るなよ、小娘。――む」

 仁王立ちする勇者の横に、並ぶ者がいた。

 「悪いがな、魔王。俺達の事を忘れてもらっちゃ、困るぜ」

 「あぁ。テメェの相手はおちび一人じゃねーぜ」

 「……グラップラーにセイバーか。死にぞこないがよくも吠える」

 「いいえ。ボクもいます!」

 ランサーが頭から血を流しながらも、果敢に槍を構えて見せた。

 相手は出来るけどめんどうだな。

 ――使い時か。

 脳内で魔術回路のスイッチを弾き、城の地下深くに隠匿されたあるものを起動させる。

 じきにここへ来るだろう。

 それまでは遊んでやるとするか。

 「――いいだろう。全員でかかってくるがいい。格の違いを見せてやろうではないか」

 左手にゴールドレイドを取り、詠唱。

 

 『Record is born my Chaos. Bread is Earth/|Blood is Hades.』

 

 『I have indicat eternal way.Create,Conduct,and Ravage.』

 

 魔力を孕み流れる詠唱を聞き、勇者と英雄が青ざめる。

 「おちび!!」

 「あれをやらせるな!!」

 「分かってる!」

 勇者が見覚えのない光球を作り出した。

 なんだあれ。本当に見たことない。

 「キミだけが魔道の探求をしていたわけじゃない!人間だって、進歩するんだ!」

 「…なんだと?」

 「これは、光輝宝殊(レイ・オムニス)!人の作り出した、究極の魔法武装だ!」

 「光輝(レイ)だと…!まさかな…!」

 アリアドネしか作り出せなかった神装武器(アストグラム)を、人間が作り出しただと!?

 「…ありえん!」

 「勘違いしていないかい?神装武器(アストグラム)は神が作り給うた武器だよ魔王!光の神は、私たちに加護と、君を倒すための知識を授けてくださったんだ!」

 「知識…だと!」

 「そうさ!」

 いくら知識があったところで、技術力も魔法も魔力も未熟な人間が、これを作ったというのか。

 「人間を、ナメるな!」

  勇者が光輝宝殊(レイ・オムニス)を持ち、その光る珠に手を触れ引っ張る。

 すると珠からするすると光る剣が現れた。

 なるほど、あの武装は使用者の必要とするものへ形を変えるのか。

 勇者が持つにふさわしいな。

 だが。

 「…だが!」

 ソードモードのゴールドレイドは、マギアセイバーとは比較にならない攻撃力を有する。

 ランサーが光輝幻槍(レイ・ランス)を投擲し、その後ろからグラップラーが駆ける。

 右からはセイバーが光輝聖剣(レイ・ソード)を持って走り、中央からは勇者。

 逃げ道は、ない。

 左右はふさがれ上に逃げても勇者が追ってくるだろう。

 背後の部屋には我が子ともいえる子龍とアリアドネ。

 「ま、」

 と小さく呟く。

 「逃げる気もないけどね」

 顔を上げた俺の口元で犬歯がギラリと光る。

 「うわ」

 誰かの悲鳴が聞こえた。

 

 「身体強化フィジカル・アクセラレーション百倍速カウント・ハンドレッド

 

 一瞬だった。

 ソードモードのゴールドレイドがあたり一面を薙ぎ払い、衝撃波で砕かれた石の床や壁が粉塵を巻き上げる。

 『ちょ、こらアーリャ!お城壊すなー!』

 アリアドネの抗議が聞こえてきた。

 知ーらないっと。

 「ふん……」

 ゴールドレイドをもう一振り。風を起こして粉塵を払う。

 英雄たちは白銀の武装を砕かれて残らず地に伏していた。

 かろうじて無事だったのは、勇者ただ一人。

 そう、かろうじて、だ。

 勇者の服はボロボロで、あちこちから血を流している。

 瞬時の判断で防御に魔力をまわしたのはさすがだけど、そのせいで肩で息をしている。

 こつ、と一歩歩を進める。

 「興ざめだ」

 「くっ……」

 「この程度で勇者などと、片腹痛い。英雄共々、我輩が切って捨ててくれよう」

 俺の力は圧倒的だった。

 英雄はもちろん、勇者ですら届かないほどに。

 そう。

 今の勇者では俺に届かないのだ。

 「さらばだ」

 俺はゴールドレイドを振り上げた。

 

 

 

 魔王と勇者が最上階で激戦を繰り広げている頃、城の地下にこっそりと潜入する三人の人影があった。

 「ね、ねぇ。本当にこの道であってるの?」

 眼鏡をかけたおさげの、十代半ばほどの少女が心細げに前を走る少女を呼んだ。

 呼ばれた少女は自信満々にうなずいた。

 「この城の見取り図は確かよ。大金払って調べてもらったんだもの」

 この城は今でこそ魔王の城などと呼ばれているが、かつては一城主の城で正真正銘人間の城だった。

 そこで今回潜入するにあたり、当時の建設資料を取り寄せて内部の見取り図を作成したもらったのだ。

 「でも、でもなんかここ……怖いです」

 「魔王の城なんだから当たり前でしょ」

 おさげの少女は、自分の手を引いて走る赤毛の少女の手をぎゅっと握りしめる。

 「大丈夫よ」

 そんな二人に背後から声がかかった。

 「私がいれば敵の接近はすぐ察知できるわ。あなた達は安心して目的地へ向かいなさい」

 「は、はい。でも」

 「ん?」

 「どうして私達に協力してくれるんですか?」

 問われた者――エルフの女だ――は、優しく微笑んだ。

 「言ったはずよ。私はただ、約束を果たすために来たんだって」

 「やくそく?」

 「いずれわかるわ。それよりそこ右!」

 「はい!」

 赤毛の少女が薄暗い通路を曲がる。

 周囲には蝋燭が等間隔でおかれ、火の番をするものいないのに灯り続けている。

 恐らくこれも魔王の力なのだろう。

 「ほら、がんばって走って!」

 「う、うん!」

 少女たちは息を切らせて、それでも立ち止まることなく走り続ける。

 勇者が魔王の城に赴くと聞き軍が編成された時、赤毛の少女は友人のおさげの少女を誘い、自分たちもそれに志願しようと言った。

 なぜなら――彼女達には使命があったからだ。

 少女たちそれぞれの一族に代々伝えられた、使命が。

 「あたしたちだって、約束があるんだから!」

 赤毛の少女が叫ぶ。

 「おばあちゃんとの、約束が!」

 赤毛の少女の脳裏に、祖母との会話が思い出される。

 思えば事あるごとに、祖母は少女に言っていた。

 若いころ、まだ冒険者をしていたころに身に着けていたという革鎧を寂しげに見つめながら。

 『どうか、あの人を助けてやっておくれ』

 そう、何度も頼まれた。

 母の代ではそれは叶えられなかった。

 だけど今。

 自分が生きるこの時代なら。

 魔王と勇者が戦うことになった、この時なら。

 果たせるかもしれない。

 「ううん」

 赤毛の少女は首を振った。

 「果たすのよ!おばあちゃんとの、約束を!」

 手を繋いだ先から、おさげの少女の鼓動が伝わってくる。

 言葉にしなくても、自分も同じ思いだと言っているかのように。

 赤毛の少女は開いた右手で、服の上からぎゅっと薄い胸元を握った。

 その下には祖母から託された、大切なものが入っている。

 ――絶対やってみせるから!――

 赤毛の少女は強く、強く自分に言い聞かせる。

 「そこ、左!」

 「はい!」

 エルフから指示が飛び、少女は再度道を曲がる。

 「止まって!!」

 途端にエルフから停止を命じられ、少女二人は急停止した。

 「二人とも私の後ろに!」

 疑問を投げる暇もなく後ろに追いやられる。

 エルフが背負った弓を手に持ち、矢をつがえた。

 「誰!?」

 鋭い誰何の声。

 しかし答えるものはなく、代わりにうめき声のようなものが通路の奥から響いてきた。

 まるで亡者が彷徨っているかのごとき不気味な声。

 アンデッドか、とエルフは思った。

 背後にかばった少女二人の足が震えだす。

 冒険者となるには若すぎる年だ。無理もない。

 アンデッドを見て正気でいられるほど、経験も積んでいない。

 だが暗がりの中から現れたものを見て、エルフの弓師(・・・・・・)は己の考えが間違っていたことを悟った。

 「あなた達は……!!」

 操り人形の如く体を揺らしふらふらと現れたのは、大剣を携えた人間の剣士と、しなやかな体を持つ獣人の戦士だった。

 とっさの判断で、エルフの弓師は少女二人を抱え上げ、二人に背を向けその場から逃走を図った。

 彼女は弓師だ。援護が主となる武器で、最前線で戦う男二人を相手に戦うのは不可能だった。

 「予定が狂ったわね……」

 エルフの弓師は歯噛みする。

 事前の作戦では、あの二人はどこか地下牢にでも幽閉されているはずだったのだ。

 あるいは何らかの魔術実験の材料にされ目も当てられない状態になっているか。

 いずれにしても武装して現れるのは想定していなかった。

 かつて彼らとともに冒険をしてから、百年が過ぎている(・・・・・・・・)。生きている保証はなかった。

 それでも、死んだ旧友の残した指輪が二人の生存を示し続けたからこそ、こうして救出に赴いたのだ。

 走りながら、エルフの弓師はちょうどいい壁のくぼみを見つけ、そこに少女二人を押し込んだ。

 「お姉さん!」

 「ここにいなさい。合図するまで出てきちゃだめよ」

 「でも!」

 「死にたくないなら、言うことを聞きなさい。大丈夫よ。素の状態ならともかく、操り人形に負けるほど、私は弱くないわ」

 「……はい。お気を付けて」

 おさげの少女が心配そうに瞳を潤ませる。

 その頭を一撫でしてから、エルフの弓師は元来た方へ踵を返した。

 やはり、追ってきている。

 その顔は狂相に満ち、目は紅く光りよだれをまき散らし、身震いするほどの闇の力を纏わせている。

 傀儡になり果てたかつての戦友が、うめき声を上げながら、エルフの弓師へ襲い掛かった。

 だがそれより早く、彼女の弓から放たれた矢が、獣人戦士の足に突き刺さった。間髪を入れず、人間剣士の鎧の隙間にも矢が刺さる。

 「グオォっ……!」

 「ガァッ!」

 おおよそ知性ある物とは思えない悲鳴が上がる。

 「後で謝るから、許してね!」

 エルフの弓師は素晴らしい速度で矢をつがえては打つ。

 鎧をまとった人間剣士も頭は生身をさらしているし、獣人戦士に至っては鎧など最小限でしかない。

 当ててしまっては最悪の事態を招きかねないので、単に命中させればいいという訳にはいかなかった。

 神業的な射撃で射線を通し、矢じりをかすらせるだけにとどめる。

 「早く、早く!」

 次々と放たれる矢を、大剣で頭部を防御した人間剣士が強引に無視して歩き出す。獣人戦士はその背後に身をひそめた。

 「ちっ!」

 思わず舌打ちが漏れる。

 こうなっては矢は役に立たない。

 人間剣士が射撃の切れ間を狙い、大剣を振り上げた。

 「まずっ!」

 慌ててエルフの弓師が飛び退くと、一瞬前まで彼女が立っていた床を砕き大剣が振り降ろされた。

 「ああもう!バカ力……!」

 悪態をつきながらさらに飛び退り、二射。

 顔面を狙った矢を、人間剣士は大剣で防ぐ。

 動きの止まったその背後から、獣人戦士が躍り出る。

 操られているせいで動きはぎこちないが、それでも驚異的なスピードだ。

 弓では間に合わないと判断し、後ろ腰に装備していた双剣を引き抜く。

 「雷よ!」

 言霊を紡ぐと、双剣の表面に紫電が纏わりついた。

 友人から譲り受けた雷撃の力を持つ双剣を振るい、獣人戦士をけん制。

 瞬発力ならばエルフも負けてはいないのだ。

 相手が本気ならばいざ知らず、この状態なら本職でないエルフの弓師の攻撃でも、当てられる。

 「ええぃ!」

 「グガァッ!!」

 雷撃が獣毛を焼き、獣人戦士が悲鳴を上げてさっと身を引く。

 その背後では人間剣士が斬撃のモーションに入っていた。

 「んもう!無駄にコンビネーションがいいんだから!」

 横薙ぎに振るわれる大剣をバックステップとバク転で躱す。

 地に足がつく前に弓に持ち替え、矢を射かける。

 不安定な姿勢から放たれた矢はしかし、狙いたがわず獣人戦士の体を掠る。

 ――早く。早く効いて(・・・)!――

 艶やかな唇を噛む。

 歴戦の前衛冒険者相手に、弓を主とする自分では早くも限界が近い。

 「けど!」

 彼女は悠久の時を生きるエルフだ。

 この百年、ただボウっとして過ごしていたわけではない。

 小柄な旧友から魔法の手ほどきを受けてあったのだ。

 「水は大地に、火は天に。光は巡りて海原となる――」

 エルフの口から呪文が流れる。

 「――地に眠りし同胞よ、大いなる母よ。その手を我に貸したまえ。土よ、礫となりて敵を打て!!」

 魔法の言葉が紡がれると同時に、周囲の石壁から散弾の如く礫が発射された。

 礫と言っても子供の拳ほどもある。

 さすがに衝撃を受けきれず、人間剣士が倒れた。

 その背後の獣人戦士はぎりぎりで礫を見切ろうとするも、数が多すぎた。

 手足に礫が当たり、人間剣士の脇に倒れ伏す。

 その腕はあらぬ方向へ曲がっていた。

 ――ごめんなさい。後で治すから!――

 心の中で謝罪する。

 人間剣士と獣人戦士がもがき、起き上がろうとする。

 しかし、突然力が抜けたように膝をついた。

 「よし!」

 エルフの弓師が汗だくの顔をに笑みを浮かべる。

 その訳は単純。

 エルフの弓師が掠らせていた矢じりには、動物を眠らせる秘薬を塗ってあったのだ。ありていに言えば麻酔薬である。

 それが傷を通して人間剣士と獣人戦士を侵し、動きを鈍らせたのだ。

 エルフの弓師はその隙を逃さず、次なる魔術の準備にかかった。

 いくつかの植物の枝と葉、花びら、種を二人の周りに撒く。

 そして千年前の雪解け水を汲んだ瓶から、透き通った液体をぶちまけた。

 人間剣士と獣人戦士がもがき、起き上がろうとする。

 エルフの弓師はさらに呪文を重ねた。

 「蔦よ、からめ捕れ。鳥が逃げてしまわぬよう!」

 途端に種から蔦が伸び、二人の体を押さえつけた。

 怪力自慢の二人がいくら暴れようとも、柔軟な蔦は外れない。

 「今のうちに……」

 エルフの弓師は短剣を三本取出し、床に置く。

 「ジル・エピドア(奔れ)!」

 エルフ語で小さく命ずると、探検は刃先を下にして起き、床と壁を滑り出した。

 その刃が滑った後には切込みが入り、それはまるで魔方陣のように見えた。

 仕上げは二人の少女たちが持つ、魔法の力を持つ石が必要だ。

 「二人とも、今よ!!」

 『っ!』

 少女たちを呼ぶ。

 赤毛の少女とおさげの少女が小走りにやってきて、懐から赤と青の宝石を取り出した。

 「あの魔方陣の中に投げて!」

 「えいっ!」

 「やっ!」

 投げ込まれた宝石は、魔方陣に接するや否や、赤と青の炎を上げた。

 それは混ざり合い、互いに絡みながら魔方陣を円形に覆った。

 「ここからは私の番ね」

 エルフの弓師は弓を床に置くと両手を差し出した。

 「アル・クフル・オウグ・ヴィ・ウリファ・ト・エル・ウリファ」

 エルフ語での呪文。

 呼応するように魔方陣が発光し、人間剣士と獣人戦士が苦しげに体をそらせた。

 「ガアアアアアアアア!」

 「グアアアアアアアア!」

 恐ろしい悲鳴が上がる。

 「フル・アー・トルフ・ゲル・シミター」

 いまや二人の男はめちゃくちゃに暴れまわり、蔦を引きちぎろうともがいている。

 それでも蔦はしっかと男たちを縛ったまま、ほどけない。

 通路に満たされる恐ろしい悲鳴を物ともせず、ただ静かにエルフの呪文が流れていく。

 「アル・アル・フレアナ・リ・イユ・ハ・イラークテ!我が友よ。今こそ、約束を果たすわ!!」

 エルフの弓師が力を込めて呪文を唱え終った瞬間、魔方陣がまばゆく光り、少女たちは思わず目を閉じた。

 

 

 

 「さらばだ」

 ゴールドレイドを振り上げた俺の前で、ボロボロになった勇者が突如光に包まれた。

 同時に感じる、威圧感(プレッシャー)

 「な、にっ!?」

 慌てて距離を取る。

 神々しいまでの、光の顕現。

 これは……。

 「貴様、光の神か」

 『その通りです』

 悲しみに満ちた声が答える。

 傷つき今にも倒れそうな勇者を、背後から美しい女性が抱きしめ、支えていた。

 薄布に包まれた豊満な体は素肌を多く覗かせている。

 清楚さと淫靡さを併せ持ち、しかしその神々しさが下卑た思考を許さない。

 光の神は悲しそうな顔のまま、静かに俺に問いかける。

 『魔王アーリヤヴナ。あなたはなぜ、魔族に人間を襲わせるのですか?なぜあなたは、人間を滅ぼそうとするのですか?』

 なぜ?なぜと聞くか、貴様が。

 「……逆に問いたいな。なぜ人間は我ら魔族を見るだけで殺す?」

 『それはあなた方が大地を穢してしまうからです。温もりを散らし優しさを憎しみに変え人々を苦しませる。それ故、あなた方は倒されねばならないのです』

 ふん、と鼻を鳴らす。

 こいつの言いざまはまるで俺達の世界の偽善者そっくりだ。

 「傲慢極まれり、だな。物の見方がまるで偏っている。聞くが、ではなぜ我らが生まれた?」

 『それは……』

 光の神が口ごもる。

 「答えられぬか?なら代わりに言ってやろうか?世界とは光と闇が作り出す。光有れば闇もまたある。世界の真理として、どちらかだけでは存在できない。我々もまた世界の一部だ。だというになぜ貴様らは我らを滅そうとする」

 『あなた方の力強大すぎるのです。このままでは世界が闇に沈む。故に、世界に安寧をもたらすものとして、バランスを保たねばなりません』

 はぁ?

 「ぷ、あっはっはっはっはっは!!!」

 悪いけど本気で笑っちゃったよ。何言ってんだこいつ。

 「あ、あまり笑わせてくれるな、光の神よ。光の神あれば闇の神もまた存在する。つまり二つの勢力は対等だ。にもかかわらず、バランスをとるだと?」

 ドウン、と重々しい発砲音が響く。

 『あっ……!」

 光の神が悲鳴を上げた。

 高圧縮された魔力弾を受け、その姿がわずかに揺らぐ。

 俺は魔力の残滓を散らすゴールドレイドの銃口を向けたまま、憎しみを込めて光の神を睨んだ。

 「()()()()()()()()()()()が、世界の調律者を自称するとは片腹痛い。貴様に我々を滅する資格も権利もありはしないぞ、光の神。思い上がるな」

 『魔王……』

 光の神が悲しそうに目を伏せた。

 「貴様がその思い上がりで勇者と英雄を作り出したのならば、我輩はそのこと如くを滅ぼそう。人と魔族は世界の表裏。一方的に滅される定めなど断じて、断じて認めん」

 サキュバスも、デュラハンも、サイクロプスも。

 百年に渡る戦いで散って行った多くの魔族兵達も。

 「死んでいい魔族など一人もいなかった」

 そうだ。誰も彼も、俺の領地では笑って生きていた。

 人と同じように明日を望み生きていた。

 ゴブリンからドラゴンまで。

 魔族だからというだけの理不尽な理由で殺されていい奴など、いなかった。

 『しかし魔族は人間を殺します。面白半分に追い回し凌辱し死者さえもアンデッドとして冒涜する。それは絶対に許されることではありません!』

 「くだらん。人間は魔族を殺さぬのか?血の半分が魔族というだけでどれだけの物が迫害された?死霊術師(ネクロマンサー)はどんな魔法を使う?」

 結局のところ――こいつは、光の神は魔族だからというだけで俺達を滅ぼそうとしているだけだ。

 理由なんてどれも簡単に論破できるうすっぺらい後付でしかない。

 『……あなたとは、分かり合えないのですね』

 案の定、光の神は議論を放棄した。俺が――魔王が悪いというニュアンスを込めて。

 「当り前だ。貴様、己と己の種族を滅ぼすと一方的に告げてくる輩と手を取り合えるのか?――仮にだ。光の神。お前たちの勢力が強くなったとして、闇の神が『光の勢力が強くなったから少し数を減らせ』といったらどうする」

 『当然、認められません。世界は光で満ちているべきなのですから』

 「そこに貴様の矛盾がある。貴様の理屈なら世界に闇が満ちていても良いではないか?」

 「闇は世界を停滞させ、不和を呼び(あやかし)を跋扈させる。それは、世界への悪影響が」

 「バカめ。それは人間側からのみの視点だ。バランスを口にする神がなぜ世界の半分の意見を全体の真理のように語る。もう半分(魔族)にとっては光の方が毒であり温かさも優しさも堕落の象徴だぞ」

 「それはあなた方が光を理解できない悲しい存在だからです」

 ズガン、と再びゴールドレイドが火を噴く。

 「我らを見下すな。不愉快だ」

 光の神が黙る。

 は!

 ちょっと矛盾を突いてやるだけでこのザマだ。

 「世界の半分は我々だ。それが理解できない限り、我輩と貴様が分かり合うことなど、永遠にない」

 光の神がため息を吐いた。

 『では仕方ありません。私は勇者に、あなたを滅ぼすよう力を与えます。あなたは我が聖なる光の前に、滅するのです』

 「やってみるがいい、偽善者」

 光の神の顔が初めて不快気に歪んだ。

 『さあ勇者よ。立ち上がるのです。あなたに我が加護を与えましょう。魔王を倒し、世に平穏を取り戻すのです』

 「う……」

 ボロボロの勇者がうっすらと目を開ける。

 「おちび!」

 「しっかりしろ!」

 「勇者、立ち上がってください!」

 英雄どもが口々に勇者をたきつける。

 『これはあなたでしか、あなたにしか成しえない事。立ち上がり、行くのです。この世界に生きる人々のために!』

 あーあー。

 聞いてて反吐が出るよほんとに。

 なーにが世に平穏だ、人々のためだ。

 一方的に世界の理を壊そうとしておいて、どの口が言う。

 バランスを取るというなら、俺が特区作ったみたいに人と魔族のすみわけや交流を考えるべきだったんだ、お前は。

 だというのにそんなことを考えず、一方的に滅ぼすことを是とする。

 冗談じゃない。

 そんなもの、断じて認められるものか。

 勇者が自分の足で立った。

 「そうだ。私は、世に平和を取り戻すんだ。そのために、魔王を、倒す!!」

 「……十歳、だったか」

 ふと、事前に聞いた勇者の年齢が思い出される。

 神と呼ぶのもためらわれるこの偽善者は、俺を倒すためにわずか十歳の子供を勇者に仕立て上げた。

 この子供が持つ未来も何もかもを犠牲に、俺を倒すためだけの剣とした。

 皆のため、世界のためなどというお題目を与え、可能性を摘み取った。

 なんたる傲慢。なんたる偽善。

 「憐れなものだ」

 俺は初めて、勇者に同情した。

 勇者の目が開かれる。

 俺の思いをよそに、そこにはかつてないほどの覚悟が宿っていた。

 「応えて、光輝宝殊(レイ・オムニス)!」

 勇者が光輝宝殊(レイ・オムニス)を掲げる。

 まばゆい光が宝玉から迸り、勇者の体を覆った。

 「くっ」

 まぶしさに目を細める。

 膨大な力が、光輝宝殊(レイ・オムニス)から勇者へと流れ込んでいるのが分かった。

 光が収まった時、そこには――天使がいた。

 ボロボロだった服は光で編んだように純白の薄布へと変わり、背中には一対の輝く翼があった。

 「これが、光輝宝殊(レイ・オムニス)の力、か」

 「……」

 魔力をオーラのように立ち上らせる勇者が、す、と俺に掌を向けた。

 む、まずい。

 勇者の掌に魔力が集中し、放出された。

 「くっ!」

 障壁で弾いたものの、すごい威力だ。

 俺は数メートルも後退させられる。

 なんて力だ……。

 注意の大半を勇者に向けつつも、意識の端で先ほど起動したあるもの――捉えた人間剣士と獣人戦士の様子をうかがう。

 返ってきた結果は少々想定外だった。

 (侵入者と交戦中、だと?)

 まさか城へ侵入者があったとは。油断が過ぎたか?

 数は少ないようだが、手こずっている感じが伝わってくる。ここに来ることは難しそうだ。

 やむを得ない。

 俺だけで相手をしてやるしかないな。

 「この力があれば、魔王だって!」

 「……調子に乗るな、小娘!!」

 ついに俺も本気になった。

 

 『|I will Order.The origin elements always with us』

 

 『Then I force to force hidden earth』

 

 さらに二行、詠唱を重ね、魔力を高める。

 紫色の魔力を纏い、犬歯とオッドアイを光らせ、俺は勇者の前に立つ。

 同じように掌を向け、魔力を放つ。

 高密度の魔力はしかし、勇者の眼前で弾かれた。

 「ちっ」

 向こうも障壁を張っている。しかも俺の物より強度が高い。

 「覚悟してもらうよ、魔王!」

 「笑止!!」

 俺と勇者は玉座の間でぶつかり合った。

 共に光と闇の加護を最大限に引き出した状態での近接格闘。

 振るう拳が、足が、全てを破壊して崩壊させていく。

 「お、おちび!」

 「ここにいたら巻き込まれる!俺達は下がるぞ!」

 「は、はい!」

 英雄どもが玉座の間から撤退していく。

 『わ、私もちょっとおトイレに……』

 離れたところにいるはずのアリアドネまで逃げた。

 が、ちょうどいい。

 これでここには俺と勇者の二人きりだ。

 「ゴミがなくなってすっきりしたな」

 「ゴミなんかじゃない!私の大切な、仲間だ!」

 勇者の拳がねじ込まれ、俺はその手首を掴んで捻り上げる。

 無論、折る気でだ。

 めき、と嫌な感触とともに勇者の手首がブランと下がった。

 「うあッ!!」

 「痛いか?だがこんなものでは済まさんぞ!」

 蹴りで足を砕き拳で内蔵を損傷させる暴力を勇者に叩きこむ。

 パンクラチオンは当たれば必ず相手を壊す。

 それはたとえ相手が魔王であっても変わらない。

 ノイ。

 お前があくまで勇者として俺を倒そうとするなら、俺もまた魔王としてお前を殺す。

 「こ、の!」

 光の神の加護か、はたまた魔王としての力か、勇者の怪我は負ったそばから直っていく。

 「はあぁっ!」

 ドス、と俺の肩に勇者の抜き手が埋まる。

 ゴギンと嫌な音が体の中から聞こえた。

 「ぐ、あっ!」

 肩の関節を持って行かれたか。

 とっさに痛覚を遮断。自己再生を開始させる。

 一瞬の隙をついて繰り出された正拳が心臓にヒット。

 「ごふっ」

 心臓が破壊され、再生までのナノ秒間、意識が飛ぶ。

 ……ち、めんどうだな。

 反撃した俺の掌底を勇者が避け、代わりに玉座の間の天井が吹き飛んだ。

 もはやこの場所は壁も天井もほとんどなく、いつ全体が崩壊してもおかしくないほど。

 ぽかりとあいた穴から、勇者が飛び出した。

 それを追って俺も空に舞い上がる。

 「光輝宝殊(レイ・オムニス)!」

 「ゴールドレイド、ソードモード」

 光輝宝殊(レイ・オムニス)とゴールドレイドが共に十メートルはある刀身を生成してぶつかり合った。

 風圧だけで城が崩れ、豪風が巻き起こりる。

 闇の力が青い色を駆逐し、天候が急変し辺りは暗くなり、空には真っ黒な雲が現れだした。

 やがて真紅の稲妻が俺達の周囲に降り注ぎ始めた。

 まさしく地獄。

 稲妻が地に落ちると、そこは瞬時に融解して灼熱のマグマとなる。

 「逃げろオオオオオ!」

 「走れ、走れェェェェ!!」

 帝国の兵たちが一目散に城の周囲から逃げてゆく。

 俺と勇者は荒れ狂う稲妻の中、幾度となく剣を叩きつけ合った。

 「はあああああ!」

 「オオオオオッ!」

 しかし、俺にとって予想外なことに、次第に勇者の力が俺を上回り始めた。

 「くっ!」

 刀身の速度が上がり、俺のローブにダメージが刻まれる。

 勇者の手から放たれる魔弾が、俺をかすめる。

 「たああああっ!!」

 勇者の一撃がゴールドレイドを弾いた。

 「な、にっ!?」

 がら空きになった俺の胴体に、光輝宝殊(レイ・オムニス)の輝きを宿した勇者の左手が迫る。

 「光輝宝殊(レイ・オムニス)!ライト・バァァァストッ!!」

 「がふっ!?」

 まずっ!直撃……!

 内臓がやられたか、意図せず俺は口から血を吐き出した。

 凄まじい威力の一撃で俺は真下に吹き飛ばされ、どうにか玉座の間に着地する。

 「勇者ァ……!!」

 口元の血をぬぐいながら頭上を見上げると、天使のような翼を広げた勇者が悠然と俺を見下ろしていた。

 「このままでは……」

 駄目だ。光の神の加護が強すぎる。

 さっきとは立場が逆転したな。

 今の俺ではアレに勝てない。

 どうする。

 これ以上やれば、本当に勇者を――ノイを殺しかねない。

 恐らくはロールプレイしてるだけのノイをこれ以上痛めつけることは出来ないけど、かと言ってこのままじゃ俺が負ける。

 まだ、まだだ。

 魔族の為にも、まだ俺が負けるわけにはいかない。

 そう思った時だ。

 「きゅー!!」

 「……え?」

 背後から何かが飛んでくる。

 「あ、こら!」

 それからアリアドネの声も。

 「ひゃうっ!?」

 ぴた、と背中に何かが張り付いた。

 「な、何?」

 「アーリャ!さっきのキグルス龍の子供が……!」

 え、じゃこれ、さっきの子龍!?

 「こら、離れて!今危ないから!アリアドネのところに戻って!」

 「きゅぅ!きゅくぅー!」

 嫌だ、と言わんばかりに俺にしがみつく子龍。

 「光輝宝殊(レイ・オムニス)、最大出力!」

 「っ!」

 勇者が魔法を、発動した!

 「離れて、こら!」

 体をゆすっても子龍は俺から離れない。

 

 「魔王!これが私の全力全開だよ!光を放て、光輝宝殊(レイ・オムニス)!【神罰代行アストラルコード・レイズ】!!」

 

 「っ!!」

 光が、俺を飲み込んだ。

 

 

 

 「【神罰代行アストラルコード・レイズ】!!」

 

 私の放った聖なる浄化の光が、魔王を飲み込んだ。

 何かもがいていたような不可解な挙動をしていたけど、あれは絶好のチャンスだった。

 どういう訳か私から意識を外したあの一瞬に、最大魔法を発動できた。

 これならいくら魔王と言えど、無事では済まない。

 あとはとどめを刺せば終わりだ。

 そう思って、私はゆっくりともはや原形をとどめない玉座の間に降り立った。

 立ち込める粉塵で魔王の姿は見えない。

 だけどもう勝負はついている。

 【神罰代行アストラルコード・レイズ】は全ての魔を浄化する。

 私の、勝ちだ。

 これでようやく終わる。

 魔王と勇者の戦いは、勇者の勝利で終わり(勇者)(ノイ)に戻れる。

 そう思っていた。

 そう、思っていたのに。

 「なんで……」

 呟きが唇からこぼれる。

 「なんでまだ、立っているの」

 粉塵が、吹き払われた。

 そして私の目に映ったのは。

 「なんで!まだ、立ってるの!!」

 頭からドラゴンの角を、腰から鎧状の鱗に覆われたシッポを生やし、背中にドラゴンの翼を背負った魔王が、そこに居た。

 「なぜ?簡単なことだよ、勇者」

 ゆっくりと、魔王の瞳が開かれる。

 そこにあったのは、見知ったオッドアイじゃなかった。

 「我輩が魔王だから、だ」

 火眼金睛。

 白目が金色となり、瞳を赤く染めた、正真正銘の魔性の証。

 メキキと不気味な音を立てて禍々しい手が開かれる。

 一回り大きくなった牙を見せつけ嗤う、魔の王が、そこにいた。

 

 

 

 驚いた。

 いやはや全く驚いた。

 まさかキグルス龍が俺と同化するとは!

 俺と寝食を共にして、ずっと魔力を分け与えて。

 文字通り一心同体だったこの子龍だからこそできる芸当だろうけど。

 今の俺は龍の力を身に宿している。

 肉体の変化がその証だ。

 龍の角が生え、シッポはもふもふを覆うように鎧状の鱗が伸び、背中には翼。牙も大きくなっているし両手も一回り巨大化して先端が鋭い爪になっている。

 装束だった服はすべて龍の鱗に変化し、胸元や下腹など要所を隠すのみ。

 割れたガラスでちらりと見えた顔は、凶悪の一言。

 オッドアイの色も変わって、確か……火眼金睛だったか。

 我ながらすんごい魔王みたいな外見だな。

 しかも魔力のブーストがかつてないほど高まっている。

 勇者の最大の一撃を防ぐほどだ。

 「素晴らしい。実に素晴らしい!」

 俺は高らかに笑った。

 「我が子ながらこれほどのキャパシティを持っているとは!いい意味で想定外だ!」

 「魔王……っ」

 「なんだ。よもやあの程度で我輩が負けるとでも思っていたか?だとしたら少々侮りすぎだぞ、我輩を」

 「お前は、自分の子供を!!」

 「んん?勘違いしているようだが、これは我が子自ら望んだことだ。母である我輩と同化し、互いに力を補い合う。麗しき親子の愛ではないか?」

 「そんな……そんなものは愛じゃない!」

 勇者が再度、光の翼を広げる。

 「そんなもの愛と呼ぶお前に、この世界は渡さない!」

 「ではどうする!」

 転移魔法で距離を詰め、同時に右手の魔刃で一閃。

 強固な光の加護で守られているはずの勇者の頭飾りが砕けた。

 「すでに貴様の体も限界であろう!人の身で超常の存在を憑依させ続ければ、当然であろうな!」

 さらに一撃。

 勇者の肩口のボタンが千切れ飛び、その下の皮ふが裂けて血が噴き出す。

 「くぁっ!」

 「しかし我輩は絶好調だ。見せてやろう。今の我輩の力を」

 勇者の首を掴むと、壁が崩れぽっかりと外を望める玉座の間の端へ引きずっていく。

 ぽい、と放り投げると、勇者ががれきの中に転がり落ちた。

 

 『So As I hold "HERO"』

 

 全力で魔法を使うための、最後の行を詠唱し、

 

 『World Alteration!!』

 

 キーとなる呪文を唱える。

 

 あふれ出る力に流れを与え、圧縮し、指先に集める。

 五百円玉ほどの大きさの光の玉が、人差し指の前に作られた。

 「な、何をする気……?」

 「見ていればわかる」

 ついと指を空に走らせ、魔方陣を描きだす。詠唱すら必要ない。

 光の玉をそれに触れさせると、魔方陣に吸収されるようにして消えた。

 直後、遥か遠く似合った山が、消し飛んだ(・・・・・)

 地鳴りが響き、ここまで揺れが伝わってくる。

 崩れは城がさらに崩れるほどに強烈な揺れが襲う。

 「さらに、だ」

 禍々しく変身した両手を天に伸ばす。

 ゴロゴロと雷鳴が鳴り響き、稲妻が落ち、

 

 「【メテオ・クライシス】」

 

 直径五メートルほどの火の玉が落ちてくる。

 すごいや。

 これがドラゴンの力か。これほどの大規模魔術なのに詠唱も魔方陣もいらないし魔力消費もごくわずか。

 破壊そのものが地に降り注ぎ、丘が燃えマグマと化し、帝国兵達が絶叫と共に飲み込まれる。

 魔族達が慌てて城の中へ退避していた。

 「ん、なっ……」

 顕現した地獄を見て、勇者が言葉をなくす。

 「くくく……。あっはっはっは!」

 ひとしきり笑ってから勇者を見下ろすと、呆然と消えた山を見ていた。

 「さて、今の我輩と、戦いを続けるかね?」

 「……」

 勇者は答えない。

 ま、さもありなん。

 まともな思考なら今の俺とは戦わないだろう。

 勇者が歯を食いしばる。

 「例え……」

 「ん?」

 「例えお前がどれほど強大でも」

 勇者がゆっくりと立ち上がった。

 「私は負けない!負けるわけには、いかない!」

 おやおや。

 「ふん」

 俺は鼻で笑った。

 「悲壮な顔をしているぞ、勇者。たった一人で我輩に立ち向かうか。愚かな」

 「一人じゃない!」

 「……何?」

 「お前には分からないよ魔王。私はずっと、みんなと一緒に戦っている。英雄たちも帝国の兵達も、この大地に生きる全ての物も」

 なんだ。

 勇者の体から力が溢れている。

 神々しさだけではない。

 春の日差しの温かさを持った、命の息吹を感じさせるような力が。

 「貴様……」

 思わず一歩下がってしまう。

 なんだ、このプレッシャーは……。

 まるで勇者が数百、数千といるような感覚にとらわれる。

 「だから」

 勇者の姿が、消えた!?

 「私は負けない」

 その声は俺のすぐ隣から聞こえてきた。

 「何っ!?」

 とん、と軽くつかれた胸に、一拍おいて強烈な衝撃が加わる。

 「ご、ふっ!」

 空に吹き飛ばされる。

 待て、なんだこの力は。

 上空ではすでに勇者がいて――って、え?

 転移した!?

 そんな気配は感じなかった。

 「きさ……がっ」

 回し蹴りで今度は真横に飛ばされる。

 俺が、この俺が?

 かつてないほどに魔王として高みにいるこの俺が!

 「貴様ごときに!」

 両手に生み出した特大の炎を、遠慮なくブッ放す。

 しかし、勇者は右手に握った光輝宝殊(レイ・オムニス)で、それを弾いた。

 「ちっ」

 ならこれはどうだ!

 「すぅぅ……!」

 大きく息を吸い、

 

 「【リ・ィズ・フォ・スラーグ】!!」

 

 魔力を込め、頭の中に浮かぶドラゴン語での雄たけびを放つ。

 口の前に現れた魔法陣から、収束炎撃が放たれる。

 あまりにも温度が高いせいで青白い光線にも見える炎が一直線に勇者を襲う。

 勇者はそれを、光輝宝殊(レイ・オムニス)が放出した光の盾で止める。

 

 「【アブソリュート・アイジス】……!」


 「ちぃッ……」

 恐るべきは光輝宝殊(レイ・オムニス)だ。

 こうもこちらの攻撃を相殺するとは。

 「ならば!」

 【メテオ・ストライカー】を召喚。

 無数の炎の玉を勇者に向かって撃ち放つ。

 「これならば受けきれまい!」

 「く、ぅっ!」

 【アブソリュート・アイジス】が度重なる攻撃に耐え切れず砕け散った。

 しかし、勇者はその直前に光輝宝殊(レイ・オムニス)に異なる形を与えていた。

 「はぁぁっ!」

 光輝宝殊(レイ・オムニス)から生み出された剣が、炎の玉を切り裂いていく。

 っていやいや、そんなバカな!

 あれどれだけのエネルギーを内包してると思ってるんだ!?

 「あ、ありえん……!」

 さすがに驚愕を隠しきれない。

 「言ったでしょ、魔王。私は一人で戦ってるんじゃないって。みんなが私に力を貸してくれるんだ!君を倒すための、力を!」

 勇者の背後に無数の影を幻視する。

 それは英雄たちであり、帝国の名もなき兵であり、世の平和を願うどこかの農民だった。

 それらを包み込むように、光の神が両手を延ばしている。

 「きっ……さまっ!」

 貴様が。

 貴様が勇者にこの力を与えているのか。

 どこまで我輩をコケにする、光の神!

 「ならば、背負ったものごと消えるがいい!」

 俺の足元に巨大な魔方陣が出現。

 「っ!魔王、それは……!」

 

 「塵芥となり果てろ、光の神!【フェイズ・トランスプロージョン】!!」

 

 太陽が生まれたと錯覚するほどの熱量と光の暴流。

 城が崩れ丘がえぐられ、さしもの勇者も防御でいっぱい――いや、しきれず、服が千切れ飛んで体に傷が生まれていく。

 「あああああっ!」

 全詠唱状態で放つ【フェイズ・トランスプロージョン】はこの大陸を消し飛ばしかねない威力。しかもただでさえそうなのに、今は龍の力も纏っている。

 世界丸ごと、滅ぼす気で放った魔法はしかし。

 何かに抑えつけられて膨張できずにいた。

 「なっ……」

 光輝宝殊(レイ・オムニス)から伸びた光の束が、【フェイズ・トランスプロージョン】を抑え込んで……いる!?

 ――穢れを浄化する聖なる光。あなたがそれを凌駕することは不可能です――

 「きっ……」

 光の神!

 「貴様の、仕業かァァァァッ!!」

 裂けんばかりに眼を見開き、叫ぶ。

 俺は本気で怒っていた。

 勇者の顔に怯えが浮かぶ。

 毛細血管が切れたのか、左目の視界が紅く染まり、ぬるりとした感触があった。

 「ふぅぅ……」

 これは――ここから先は禁じ手だ。

 統括者を決めるあの戦いの時でしか使った事のない、絶技。

 だがこの自分に酔っているクソッタレな神を消し飛ばすためならば、出し惜しみはなしだ……!

 

 「【フェイズトランスプロージョン・コンバージェンス】!!」

 

 『っ!?』

 「なっ!?」

 光の神と勇者が驚愕する。

 【フェイズ・トランスプロージョン】が持つ爆発的な膨張エネルギーをマイナスに転化、強制収束させブラックホールと化す。

 それが、

 

 「エクセキューション。【ワールド・アナイレイション】」

 

 限界まで縮退されたエネルギーによる、世界崩壊術式。

 あらゆるものが吸い込まれ、砕かれ、無へと帰す。

 それは神だろうと例外ではない。

 『勇、者』

 「光の神……!?」

 『私は、ここまでです……』

 「キミは!」

 超重極に飲み込まれそうになりながら、光の神が微笑む。

 『あの魔法は、神である私しか止められません。私の力が及ぶところまで、あの星を押さえます。その間にあなたは、魔王を倒すのです』

 「~~!」

 勇者は泣いていた。

 顔中を涙に濡らし、泣いていた。

 『私はあなたに、謝らねばなりません』

 「何を!」

 『わずか十歳の貴方の未来を全て奪い、勇者として戦いを強制してしまったことをです。あなたにしかできない事、あなたでなければできない事と言い聞かせ続け、戦いを強要した。本当に、申し訳ありません』

 「そんなこと……!」

 『ですが、言ってしまった以上、私は最後までそう言い続けなければならない。そうでなくてはあなたに申し訳がたたない。……勇者。どうか魔王を倒し、この世界を救ってください』

 勇者はぐいと涙を拭いた。

 「ああ。ああ分かってるよ!私が救うから!私が守るから!だから!」

 光の神が微笑んだ。その身を削られ続けながら、勇者に向かって微笑んだ。

 『あなたは強い子ですね。だからこそ、あなたにすべてを託します。さあ、お行きなさい。涙を拭いて、前を見るのです」

 「っ!」

 勇者の瞳にひときわ強い光が宿る。

 『もはやああなってしまった魔王は、倒せないかもしれない。けれど――あなたなら、できるかもしれない』

 「分かっているよ、光の神。何を言いたいのかはわかってる。私が、やって見せる」

 『……では、あとは任せましたよ』

 「光の神!」

 その言葉を最後に、光の神は【ワールド・アナイレイション】に吸い込まれ消え果てた。

 「くっ」

 俺は一部始終を見て、聞いて、笑った。

 「くっはははははははは!!神は滅びた!今こそ我輩の時代ぞ!万物よひれ伏せ!人よ恐怖しろ!我こそは、魔王なり!!」

 光の神は、世界のバランサーを気取る偽善者は滅んだ。

 ということは奴の加護はどんどん弱まるということだ。

 そして加護を失ったものに、我輩(・・)と戦えるものはいない。

 我輩(・・)の、勝利だ。

 この瞬間――俺はアリアドネとの約束を忘れ、完全に魔王と化していた。

 魔族の為に人間を滅ぼすこともいとわない、魔の王として君臨していた。

 高らかに笑う俺の前で、勇者は微動だにせずいた。

 「させないよ」

 小さな呟きは、しかし妙にはっきりと俺の耳に届いた。

 「ん?」

 「みんなが私に守ってくれと言った。でも私もみんなに守ってもらった。力をもらった。だから!」

 光輝宝殊(レイ・オムニス)が発光し、俺は身構える。

 勇者は光の神とよく似た悲しげな眼差しで俺を見る。

 「何度でも言う!一人で戦っている君に私は倒せない!――Ra……!」

 勇者が歌声に似た音を発すると、辺り一面が神々しい音楽に包まれた。

 「光輝宝殊(レイ・オムニス)最終封印解除(ラストリリース)。【天意翔千・永獄クロノ・メルクリアーリス】」

 勇者の声が、鐘の音のように厳かに響いた。

 すると光の中から輝く鎖が伸びてきて、俺の体に巻きついた。

 「な、にっ!?」

 「神を凌駕する力を有したキミを滅することは、もはや出来ない。けど、こうして封印することは出来る。私と、共に」

 封印、だと!?

 まさか、俺と共に、封じられるつもりだというのか!?

 「貴様、死ぬ気か!!」

 「私の役目は君を倒す事。その為ならこの命、惜しくはないさ」

 「おのれ……おのれ!!こんなことで、我輩は、終らぬ!」

 めちゃくちゃに体を動かし、対抗魔術を発動するも、分解した傍から鎖が伸びてきて。

 やがて俺はがんじがらめにされてしまった。

 「おの、れぇーッ!!」

 意識が……引きずり込まれる……!

 「くっ、せめて……お前だけでも……」

 子龍との同化を強制解除。

 背中からはじき出された子龍を魔力の殻で包み込み、その周囲に転移魔術を発動させる。

 「……!……!」

 殻の中から子龍が叫んでいるが、俺にはもう聞こえない。

 「お前を生めて、よかったよ。元気で、長生きしなさい」

 「……!」

 子龍の眼から涙が落ちる。

 泣いてくれるのか。やさしい子だ。

 「行け!」

 しゅん、と転移魔術が発動し、子龍の姿が消えた。

 これで少なくとも、子供は守れた。

 これ以上の抵抗は……無意味か。

 「ここまで、か」

 俺は体の力を抜き、オッドアイに戻った眼で勇者を見た。

 「いいだろう。貴様の封印、受け入れよう。だが夢忘れるな。我輩と貴様は表裏一体。光あるところに闇はある。貴様たちが闇を覗き込むとき、闇もまた光を覗き込む。そして人の中には闇を求める者もいる。互いに手を伸ばしたその時こそ、我輩は再び復活するだろう」

 「そんなことはさせないよ。私がいる限り、ね」

 そして勇者が、俺を抱きしめた。

 光が強くなる。

 もういいよね、と勇者が呟いた。

 顔を上げた勇者からは険が取れ、見知った俺の友人の顔になっていた。

 「これで終わり。お疲れさま、アーリャ」

 やれやれ、と盛大にため息をつく。

 「ほんと疲れたよ、ノイ」

 「へへへ。ごめん」

 「ん」

 抱き付いてくる柔らかな感触に身を委ねながら、俺はゆっくりと目を閉じた。

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