アーリャと冒険とファンタジー-1-
四方を森に囲まれた崖の上から、眼下を睥睨する。
木々の間に、明らかに人工の輝きが見え隠れしている。
あれは鎧だ。
動物の皮や金属の楔、金属の板を加工して作った、頑強な鎧。
「五人か」
直線距離で五百メートルは離れている上、彼らは森の中を疾駆しているため、普通は数を当てるどころか姿を視認する事さえできない。
だが俺ならば分厚い木々の向こうにいる人間を見つけ出すことなど造作もない。
そう。
魔王と呼ばれる、この俺の前では。
とある街の酒場で、五人の人間が木のテーブルを囲んでいた。
いや、正確には人間と呼べるものはそのうちの三人。
残り二人は獣人、そしてエルフと呼ばれる種族だ。
五人は古びた地図を前にひそひそと小さな声で話し合っている。
テーブルには酒の入ったジョッキや湯気を上げる料理が並べられているが、あまり手は付けられていない。
「本当にここにお宝が?」
「そういう話よ」
「胡散臭ぇなぁ」
「大体この地図本物なのか?」
二足歩行の獣、といった風体の獣人戦士が、爪で羊皮紙をつまみ上げた。
「ちょっと、あまり目立たせないでよ!誰かに見られたらどうするのよ!」
革鎧を付け双剣を佩いた人間の女が、慌てて羊皮紙をテーブルに下げさせた。
「この地図は本物よ!前に入った洞窟の奥にあった、宝箱の中にあったのよ。さっき説明したでしょう?」
「あーあー。三百年前に栄えた国の、秘密の金庫とやらだろ?で、お宝あったのかよ」
革鎧の女は肩を落とした。
「それは……盗掘者にあらかた持ってかれてて、この地図と小さなルビーやエメラルドくらいしかなかったけど……」
「盗掘者にですら価値が無い物として見られてた、ってことじゃねぇかそれ」
「ところがどっこいよ」
革鎧の女は、弓を肩にかけたエルフを鼻息荒く指示した。
「私の知り合いのこの子によれば、この地図は暗号化された古代ドレマーの宝のありかを書いたものなのよ!」
「……マジなのか?」
胡散臭げな目を向けられたエルフの女は、涼しい顔でうなずいた。
「本当よ。二千年くらい生きてきたけど、何度かドレマ―の遺跡にも潜ったことがあるわ。この地図に書かれた文字は、遺跡で見たものと同じよ」
「解読は」
「然るべき書物があれば一週間くらいでできる」
「ふーむ」
獣人戦士は隣に座った人間の男と顔を見合わせて唸った。
ドレマ―とは神代の時代、この大陸に一大文明を築いていた種族だ。
その技術は古代の物とは思えないほど洗練されていて、洞窟を掘り抜いた施設や大規模な地下都市、蒸気を用いたカラクリなど、多数の超技術を持っていたとされる。
しかし今から千年ほど前、ドレマ―は種族そのものが謎の失踪を遂げ、この大陸から消え失せたと言われている。
「そのドレマ―の宝の地図、ねぇ」
大剣を背中に携えた人間の剣士が顎をさする。
「ね、ね。行ってみる価値、あると思わない?」
革鎧の女が全員をたきつける。
「まぁ……ここんとこギルドに行っても面白い依頼もないしなぁ」
「俺も前回の稼ぎの残りがちと心もとなくなってきてるな」
「私は冒険が出来ればそれでいいわ」
獣人戦士、人間の剣士、エルフの弓師がまんざらでもない声を上げる。
「あなたはどう?ずっと黙ってるけど」
革鎧の女は最後の一人、小柄でフードをかぶった人間を見た。
傍に大きな杖を立てかけている。
魔術師だろう。
フードの人間はかすかに首を傾げた後、
「行くのは構わないけど」
小さな声で言った。
「その辺、魔王の勢力圏」
「魔王?」
「なんだそりゃ」
革鎧の女と獣人戦士が首をかしげた。
「そう言えばあなた達は別の街から来たんだっけ。なら知らなくてもおかしくないわね」
エルフの弓師が葡萄酒を飲んでから口を開く。
「この辺りに伝わる伝承でね。北にある山脈のどこかには魔王がいるって言われてるの。かつて人間界を席巻した魔族の軍勢を山の地下に住まわせ、自分はその頂で魔術の探求に明け暮れているって」
は、と獣人戦士が鼻息を漏らした。
「そんな伝承あちこちにあるぜ。大概ガセだけどな」
フードの人間が不満そうに体を揺らした。
「本当の話」
「でも見た奴とかいないだろ?」
「それは……」
魔術師が口ごもる。
「ま、本当にいるならもっとこの辺には魔族が出現しててもおかしくねぇよ。でも一年通して数えるほどだろ?しかもほとんどが住処を探してるはぐれ魔族だ。魔王なんていねぇよ」
「同感だな」
人間剣士が酒をあおり、同意する。
「この辺りは大陸でも魔族が少ない土地柄だ。瘴気のたまり場や魔性結界の発生もない。魔王の話は伝承と判断するべきだ」
「そうね。私もそう思う。この辺りの森はとても豊か。魔王がいるとは思えない」
エルフの弓師は長い耳を揺らして首肯する。
「つーことでだ。俺は乗るぜ。たまにはこういう冒険も悪くねぇ。うまくすればお宝も手に入るしな」
「俺もだ」
「私も」
次々と賛同の手が上がり、革鎧の女は満足げにうなずいた。
「あなたもいい?心配なのかもしれないけど、魔王なんてただの伝説、おとぎ話よ。このパーティーには魔術師が必要なの。来てくれない?」
魔術師はしばらく考え、
「わかった」
と頷いた。
「決まりね。それじゃみんな、よろしく!」
革鎧の女は地図をくるくると丸めてバッグに収めると、パーティーを組む申請をしに酒場に併設された冒険者ギルドへ歩いて行った。
石造りの壁、絨毯の敷かれた床。
窓らしい窓はなく、天井や壁に下げられた燭台で燃える蝋燭だけが、唯一の光源。
廊下にはうっすらと、霧とも瘴気ともつかないものが漂い、時折不気味な唸り声が響いてくる。
大広間にも人影はなく、窓はすべて分厚いカーテンで覆われ、外の光は全く入ってこない。
三十人も同時に席に付けそうなほど大きなテーブルにはクロスが敷かれ、今にも料理が運ばれてきそうだ。
赤々と燃える暖炉の前には一人用のソファーが置いてあり、小さなテーブルには酒の入ったグラスが乗っている。
だがやはり、ソファーには誰も座っていない。
暖炉の上に掛けられた巨大なシカの首の剥製が、黒曜石のような眼を見開いて、誰もいない広間を睥睨している。
広間を出るとやはり石の階段があり、上がっていけば廊下に面したいくつものドア。
その最奥部。
行き止まりのように現れるドアは、他の物と違い漆黒に輝いている。
黒壇製のドアの両サイドにしつらわれた燭台が明々と火を灯している。
ドアの上に付けられた、肉食動物の頭骨。長くねじくれた角、鋭い牙。深い穴のような眼窩には、今にも光が灯りそうなほど。
悪魔を模したかのような不気味なレリーフであった。
ここが、この城の主の部屋だ。
これほどまでに不気味な城に居を置いているものだ。
少なくとも人間ではあるまい。例え人間だったとしてもまともな精神であることはないだろう。
実際、ドアの向こうからは悲鳴や叫び声にも聞こえる身の毛もよだつような音がこもって響いてくる。
いかにもおどろおどろしいそのドアを開くと、その中では――。
「ぎゃははは!え、そこで必殺技出す!?」
「……」
「いやいやいや、ない。それはない。なんでそこでお前まで歌い出すの!?」
「……」
一人、大はしゃぎでアニメを見ている、黒い薄手のワンピースを着た銀髪の少女と、黙ってその様子を眺めている獣耳とシッポを持った少女。
後者はもちろん俺こと、アーリヤヴナ=ケモノミミスキー。
俺、アニメ見るときこんなにはしゃがないし。
というか部屋暗いせいで眠くなってくるなぁ。
座ってるのもベッドだし。
え、なんでこんなところにいるのかって?
……なんでだろう。
統括者としての用事であることは間違いないんだけどね。
……いや、言ってて自信無くなってきたな。
統括者としての用事っていうか、ただ友達のお願いを聞いただけ、って言った方が正しいかも。
「きゅうにーうたーうーよーってか!?あっはっは!」
「……」
相変わらずアニメに突っ込みいれて馬鹿笑いしてるこいつは、俺のギルドにおける友人。
戦闘・戦術系ギルドにいる、って前に言ったことあったよね。
で、コイツに頼まれて俺、ここにいるわけなんだけど……。
「あー楽しかった!いやー、美少女×熱血でなんで歌合戦になるんだろ。ね、アーリャ」
「あー、うん」
む、アニメ終ったか。
最近流行の歌いながら戦闘する系のアニメ。
俺も結構好きだし、こいつもああ言ってるけど結構はまってるクチなんだよなぁ。
「『照明点灯』」
ぱっ。
部屋の明かりが音声入力によって自動で付き、俺は目を眇めた。
「ねえ」
「なに?」
俺は前々から思っていた疑問を口に出す。
「普通こういうお城の中で、しかもこういう部屋なら、LEDじゃなくて蝋燭じゃない?明かりって」
大前提として、ここは石造りの重厚なお城。
空は赤黒くドラゴンが舞っていそうで、地上には異形の魔者たちが群れている。
つまりわかりやすく『ファンタジー世界の中にある魔王の城』。
そんなお城の一室なのにLED電球。壁には薄型テレビ。どちらも音声入力機能を持つ最新型。
おかしい。
絶対何かがおかしい。
「何言ってるのよアーリャ。蝋燭じゃ暗いし暑いし危ないでしょ。ここ宝物でいっぱいなんだから」
「……うんまぁ、そうだけど」
明らかにこの部屋だけ時代が違う。というより世界が違う。
この部屋はそのお城の最上階にある、玉座の間の裏に隠された小部屋。
設定では宝物が置いてあるってことになってるんだけどな。
あるのはアニメのDVDとフィギュアと特設シアター。
無駄にお金かかった、全方位から音が聞こえる特注のサウンド環境に4Kテレビ。
宝物っちゃ宝物だけど……。
この世界の人たちには意味わからんものじゃなかろうか。
ああ、それで思い出した。
「もうひとつ」
「なに?」
「いつまでこうしてダベってればいいの?」
黒いワンピースの少女は、んー、と唇に指を当てて考えてから、
「勇者が来るまで」
と言った。
「ほんとに来るの?っていうかいるの、勇者」
「そういう風に作ったはずよ」
「……」
「あ、何その疑いのまなざし。いやん心地いいいもっと冷たい目で見てぇ!」
ぱちん。
びきっ。
黒ワンピースが一瞬で凍りついた。
ん?ああこれ?もちろん俺がやった。
前に大王イカ――じゃない、クトゥルーを凍らせた魔法だね。
使わなかった熱量が、ぼふん、と俺の背中から溢れる。
「っぶは!」
あ、自力で解凍した。
「た、確かに冷たい目でとは言ったけど、物理的に凍らせてとは言ってないわよ!」
「見解の相違」
ん、そういえばまだこの黒ワンピースの名前言ってなかったか。
こいつの名前はアリアドネ。アリアドネ=ミノス。
ノイみたいなフリフリヒラヒラの服を好むけど、もうちょっと大人っぽいワンピースタイプをよく着てるね。
銀髪のセミロングで額から剣先みたいな角が生えてる。
胸?そんなに大きくないけど、たぶん美乳。一緒にお風呂入った時ちらっと見えた。あ、どうでもいいですかそうですか。
空戦の腕は結構いいね。いくつかある戦技研究部隊の隊長やるくらいには。
で、なんで俺とアリアドネがここにいるのかっていうと。
「ねぇアリアドネ。もう一度確認するけど」
「ん?何よ」
「私たちがここにいるのは、魔王として勇者と戦うため、だよね?」
「そうよ。今も言ったじゃない」
「じゃあいつになったら勇者来るの?」
「それは……世界次第よ☆」
「……」
まあ、そうなのだ。
事の発端は先月のお祭りのあと、カルラやノイと神社でお茶を飲んでいる時。
しばらく会ってなかったアリアドネがひょっこりと現れて、頼みがあると言ってきた。
聞いてみると、自分が作ったセカイで魔王っぽいことをやって欲しい、というもの。
詳しく聞いてみると、ファンタジー溢れる世界を作ったはいいけど、スリルがない、とその世界の住人たちが話しているのを、彼らに混じって世界を旅していたアリアドネが耳にしたという。
で、最初は平和なファンタジー世界として進めていくはずだった構築計画を変更し、ちょっとだけ冒険要素を足したらしい。
それが、『魔王の存在』だ。
『魔王』がいるからには『魔物』が出現する。
これを世界中にばらまいて戦いを作り、結果として世界にはいくつもの職業やそれをまとめるギルドなんかが出来た。
例えば戦士、魔法使いなどだ。
で、彼らの最終目標は世界を混沌に沈めようとしている魔王の討伐、ということになったわけだけど、その悪逆非道な魔王として、アリアドネはなぜか俺を選んだ。
なんでだよ自分でやればいいじゃないかと言う俺に対して、
『私はあくまでもプロデュース役なの』
などと言って自分ではやろうとしない。
まあ俺も暇してたからちょうどいいかなと思って頷いたのが失敗だった。
「でももうここに来て五百年になるよ?」
そうなのだ。
俺とアリアドネがこの世界に来てすでに五百年という時間が経っている。
その間いろいろ魔王っぽいこと、例えば魔物の軍勢で大陸を奪うとかして伝説を作ったり、それ以降散発的に魔物に人間を襲わせて下地造りしたりしてた。
すでに俺の存在はこの世界で伝承や伝説として詠われるようになっているし、ごくまれに魔王討伐を掲げた戦士が来たりするようになった。
まぁ弱いから戦いにもならないんだけど。
あぁ、もちろん現実世界で五百年過ぎたわけじゃない。この世界の時間で、だ。
ゼロポイントの時間なら一か月ってところかな。
ちなみにずーっといるってわけでもないよ。
ゼロポイントの時間見て、夜になれば帰って宿でご飯食べて寝てる。
毎日来てるわけでもないし。
動きがあればアリアドネから連絡有るからね。その都度こっちに来てる感じ。
でも――都合一か月ここでダベっているのに、一向に『魔王を倒す使命を受けた勇者』が現れない。
ぶっちゃけ超ヒマ。
ずぞぞ、とカルピス飲んでると、アリアドネがぽんと手を叩いた。
「あ、でもね。最近ちょっとそれに繋がりそうな動きが出てきてるわ」
「ほう?」
アリアドネはこの部屋の隣に世界を監視するプラネタリアムという部屋を作っていて、たまにそこに行く。
プラネタリウム、じゃないのは、あくまでそれに似たシステムで惑星上を監視するシステムの名前だからだ。
似て非なるもの、なんだね。
「南の方の街で冒険者がパーティー組んで宝探しに挑むらしいんだけど。それがこの城の近くなのよ」
「ふーん……」
一応この辺りには魔王の城がある、って伝承を流してあるんだけどな。知らないのか、知っていても眉唾物と思っているか。あるいはそんなもの気にしないほど強いのか。
「旅の支度や移動時間を考えて、二週間くらいで来ると思うんだけどね」
「その中に勇者候補でもいるの?」
と聞くと、アリアドネは首を横に振った。
「ううん。いないわ。でも彼らに“魔王は実在する”って事実を示したらどうなると思う?」
「なるほど、そういうこと」
間違いなく討伐隊か何か、軍事行動が起こされる。
さらにそこでも人間を蹴散らしてみせれば、俺達の恐ろしさ、危険さは人間界で語り草になるだろう。
そうすればそれほど期をおかずに勇者的な存在が現れるに違いない。
……確証はないけど。
「わかった。じゃあそのパーティーが来たら教えて」
「ん、どっか行くの?」
「外」
女二人とはいえ五時間もこもってたから空気悪いんだよここ。言わせんな。
「分かったわ。念話の回線空けといてね」
「ふぇい」
俺は軽く手を振って小部屋を出た。
その先は玉座の間。
五十メートルは向こうにある入口まで、赤い絨毯が一本引かれている。
天井を支える柱には燭台と蝋燭。一定間隔で垂れ幕が下がっている。
設定上、この城は元々大陸を統べていた偉大なる王の城だったけど、王が闇落ちして魔王となった、ってことになってる。
つまり偉大なる王だった頃に使っていた設備や装飾がそのまま残っているんだね。……設定上。
足が埋まりそうなほどふわふわの絨毯を踏みしめて玉座の間を突っ切り、重厚な木製の扉――高さ十メートルはあるね――から外へ。正面と左に廊下が伸び、右側は一定間隔で窓がある。
窓の外にはベランダみたいなスペースが設けられていて、俺はそこに向かった。
この城がある場所は標高が高く、地上にはうっすらとだけど雪が積もっている。
吹き抜ける風も冷たく、ぼんやりしていた意識が一気に覚醒した。
「ふぅ」
眼下を見ろすと、魔族の皆さんがうろうろしている。
オークやゴブリン、オーガ、サイクロプスなどなど。
中空を飛んでいるのは羽を持つ魔物。
ハーピーやガーゴイル、グリフォンにサキュバス。
人間型で知能のある皆さんは俺の姿を見ると深々とお辞儀したり手を振ったりしてくる。
一応『王』だからね、俺。
全部でどのくらいいるんだろ。数えるのもめんどいな。
ちなみに全部アリアドネが作り出した魔物だ。
一応アリアドネと俺、両方に従うようにされてる。
今はおとなしくお城の周りをうろついてるけど、いざ戦闘になったら怖いんだよなぁ。ぶっちゃけ俺がこいつら倒したくなる。
「ぶるる」
冷たい風が吹き付けてきて、俺は思わず身震いした。
そろそろ戻ろうかな。
サキュバスの薄布に包まれただけの豊満な肉体を眺め、外気にさらされまくって寒くないのかすこし心配してから、俺は踵を返した。
そのまま食堂に直行し、アリアドネのメイドさんに軽食を作ってもらうことにした。
しばらく待って出てきたのは、ダリオールって言われるアーモンドクリームを詰めたパイ生地を焼いたお菓子。
うむ、甘くておいしい。
これを作ってくれたメイドさん、実は人間でも魔族でも人形でもない。いわゆる精霊だ。
家事全般をやってくれる精霊。いわゆる『ブラウニー』ってやつ。
このお城には十人くらい住んでいて、全員がそれぞれ違う仕事を担ってる。
掃除、洗濯、料理、庭の手入れエトセトラ。
どれも一級品の仕事ぶりだったね。
ああ、でも彼女たちはみんな好きで仕事してるわけだから、こっちから過剰に接することは止めたほうがいいね。
いつぞやアリアドネがブラウニーの一人の機嫌損ねてお城から追い出されたりもしてた。
「ごちそうさま」
「……」
こくり、と頷き食器を下げるブラウニー。
過剰に接するのは避けるべきだけど、やってもらったらお礼くらいは言わないとね。
そういう時にちょこっと見せる笑顔がとてもかわいい。
「ふむ」
小腹も満たせたけど、することないな。
……あ、そうだ。せっかく魔力が浸透している世界にいるんだ。ちょっとアレの様子、見に行こう。
「アリアドネ」
「ん?なーに?」
まだ例の宝の部屋にいるだろうアリアドネに連絡を付ける。
「地下の石室行ってくる」
「んー。いいわよー」
ブラウニーにばいばいと手を振って、食堂から出た俺は城の中央にある吹き抜けの円柱へ身を躍らせた。
高さ二百メートルはあるこの円柱、周りに螺旋階段が設置されてはいるけど、実は誰も使ってない。
俺もアリアドネもブラウニーでさえも、宙を飛んで移動しているからだ。
使う時があるとすれば……それこそ勇者さんご一行が来た時じゃないかね。
で、その円柱を最下層まで降りて行った先にある小部屋を借りて、俺はちょっとした実験をしている。
何かって?
あー、いつぞや俺が飛龍のタマゴを手に入れたことは覚えてるだろーか。
エスターとキグルス龍を狩りに行った時のことだけど。
その飛龍のタマゴを孵しているんだ。
木製ドアを開けて中に入ると、中は円形の部屋になっていて、東西南北の位置に宝石が置いてある。
宝石は台座に置かれ、下には美しいエメラルド色の水がなみなみと張っている。
水は床の刻み目を通して流れ、部屋の中央に安置されたタマゴが半分ほど浸ってる。
この宝石はオーガアイズって呼ばれる、直径三十センチほどの真球。
この世界でだけ見つかる宝石で、人間達も一つだけ所持している。どっかの王国の国宝になってたかな。
でも彼らはその本当の使い方を分かってない。
オーガアイズはある術式をかいた魔方陣の中に置くと、泉のように緑色の液体を湧き立たせる性質がある。
水は高純度で良質な魔力が物質化したものだ。
キグルス龍のタマゴは本来、親の体液――主に唾液や涙に含まれる魔力を一定期間与え、その上で温めると孵る。
それをこのオーガアイズの水で代用してるという訳。
まぁ部屋もオーガアイズも魔方陣も、アリアドネに借りてる状態なんだけどね。
彼女としてもこの水の使い道をいろいろと実験するという名目で多少なりとも益があるから、俺に協力してくれたわけだけど。
……さて、タマゴの状態は、と。
「ふむん」
上から覗き込むと、タマゴの三分の二がほのかに光ってる。
時々ぴくんとタマゴ全体が震えるのも分かった。
この光が全体に及ぶと、あとは温めるだけ、という状態……のはず。
キグルス龍の生態は、俺もまじめに研究したわけじゃないからなぁ。手探り感があるのは否めない。
でも無事にタマゴが孵ったら、俺のペットにできるはず。
ドラゴンがペットなんて素敵じゃないか。
魔王っぽいし。
そっとタマゴを撫でると、甘えるようにぷるぷる震えた。この状態でも親って分かるんだろうか。
タマゴからふわりと霧みたいな魔力が立ち上り、俺を包む。
少しだけ俺も魔力を放出すると、二つの魔力が混ざり合ってタマゴに吸い込まれた。
多分親の魔力――この場合は匂いっていったほうがいいのかな――を覚えようとしているんだと思う。
この現象は俺が来るたびに起きているしね。
さて、状態も分かったし、そろそろ戻ろうかね。
ゼロポイントの時計を見ると、そろそろ晩ごはんの時間だ。
時々はこの城に泊まっていくけど、今日のところは帰るとしよう。
勇者も来ないし。
「……それじゃ、また来るね」
霧が収まったところで、俺はタマゴに声を掛けた。
最後に一撫でし、つるつるした感触の残った手を握りながら、俺は小部屋を出た。
夜。
アリアドネにいとまを告げて島の宿に帰ってきた俺は、ノイと一緒に食卓を囲んでいた。
めずらしくノインゼル城じゃなくてオーナーの宿で俺と一緒に夕食を取ることにしたらしい。
オーナーと一緒に働いているフィズに料理を注文したら、もう堂に入った返事だった。
オーナーの教育がいいのか、本人の素質なのか。
「で――」
鶏肉とレタスのサラダを飲み込んでから、ノイが口を開いた。
「勇者来たの?」
「きてない」
やっぱり、って顔された。
「何年たったんだっけ、アリアドネの世界で」
「五百年」
「でも来ないの?」
「来ない」
今度はため息つかれた。
「本当に来るの、それ」
「アリアドネは来るって言ってるけど……」
一応今その前段階みたいな動きがある、って言ったら、ノイは胡散臭そうな眼をした。
「なーんか今一信用できないなぁ」
「それは私も同感」
今となってはなんというか、例のタマゴの実験場としてあの世界に言ってる側面の方が強いや。
「飛龍のタマゴの方はどうなったのさ」
なんて考えてると、ノイのほうからその話題が出た。
「もうそろそろ魔力の充填は終わりそう。次はあっためる番だね」
「策はあるの?」
「布団に包んで魔法で温度維持させる」
「ま、それが一番かな」
木製ジョッキからチューハイを飲み、ノイが「けふっ」と小さく息を漏らした。
「ようアーリャ」
「グレッグ」
ソーセージかじってたら偽○ルクことグレッグが現れた。
「こんばんは、アーリャさん」
その後ろからエスターもひょっこりと顔を出す。
「お前らも今飯か」
「ん」
「良かったら座る?」
そう言ってノイが場所を開けた。
「おう、ありがとよ」
椅子を軋ませ、グレッグが座った。
すぐにオーナーがやってくる。
「あらグレッグ。いらっしゃい。いつものでいい?」
「おう。頼むぜ」
「エスター君はオレンジジュースね。少しお酒も入れる?」
「あ、お願いします」
「はい、ちょっと待っててね」
飲み物の注文を取ると、オーナーがキッチンへ消える。
最近のエスターは、ジュースに焼酎やウォッカなんかを入れた薄いカクテルをよく飲むようになった。
ジュース八割お酒二割くらいだけどね。
「ゲートポートの管理はどう、グレッグ」
ちょうどいい。統括者として、出入口の監視状況は把握しとかにゃ。
「問題ねぇ。外出る奴なんざ、週に一人か二人だ。気楽なもんさ」
それもそうか。別段外に用事ないしなぁ。
「秘密基地は?」
「っぐ」
グレッグが目を白黒させた。
うはは、面白い顔。
「なんで知ってる!?」
「前にエスターから聞いた」
神社建立の時に。
「エスター、テメェ!」
グレッグがエスターを睨んで凄味を利かすけど、当のエスターはにへらと笑った。
「いいじゃないですか。秘密基地。ボクも好きですよ、そういうの」
「そういう問題じゃねえ。ばれたら秘密じゃなくなるだろうが!」
俺も小さいころ秘密基地作ってたけど、大概大人にはバレてたもんだけどなぁ。
最も基地なんてのは名前だけで、木と木の間のくぼみだとか、斜面の一番下の目の届かなそうなところとか、そんなものだったけど。
「大丈夫ですよ主任。どんな基地かは言ってませんから」
「いや、だからな」
道も何を言っても無駄だと判断したグレッグはちょうど運ばれてきたバーボンをあおってため息を吐いた。
「誰にも知られてなかったからこそわくわく感とか背徳感とか、そういうのを楽しめたんだがなぁ」
「秘密はいつかばれるものよ、グレッグ」
「お前が昔ヘマして異世界丸ごとひとつ消滅させたこととかおぅわ!」
「あ~ら。何の事かしら」
オーナーの手元が煌めき、グレッグがのけぞる。
ノイとエスターはきょとんとしてたけど、俺には見えた。
物質の分解と再構築。
かなり高度な魔法だ。
オーナーは今、グラスの氷を使ってナイフを構築し、グレッグの眉間を狙ったんだ。
殺る気まんまんじゃないですかやだー。
「あぶねぇだろうが!」
「当たらなければどうということはないわよ」
しれっと言ってのけたオーナーは注文を取り、またキッチンへ戻って行った。
「……あのオーナー、面白い人よね」
入れ替わりにフィズがカートを押してやってくる。俺達みたいに物体を浮かせて運ぶとかできないからね。
「おまたせしました。ビーフシチューとクロワッサン、鳥の香草焼にハーブのサラダ。ビールはピッチャーで。それとアサリのパスタとスープ、白ワインです」
グレッグとエスターが頼んだ料理が、ほかほかと湯気を上げていた。
「ありがとうございます」
「ありがとよ。もうすっかり慣れたみてぇだな、お嬢ちゃん」
「ええ。毎日楽しい」
「そいつはなによりだ」
言葉もだいぶこなれてきた――ってわけじゃなく、魔王側はみんな意識のトレースで言いたいことを翻訳して話してるから、フィズはずっと母国語で話してる。
「アーリャ、何かおかわりする?」
「じゃグレッグのと同じ、鳥の香草焼を」
「はーい。ちょっと待っててね」
ノイからも注文を取り、フィズが去っていく。
「……で、グレッグ。秘密基地って、そこでなにやってんのさ」
「お、興味あるかノイ。でも駄目だ。教えてやらねぇぞ。男のロマンがあるんだからな」
「最新の3Dゲーム筐体を自作してCPU対戦してますね。あと映画に出てきた武器の自作とか」
「エェェスタアアァァァ……」
うわ。
地獄の底から響いてくるような声出しやがった。
目元の影と口から洩れる蒸気っぽい物のせいで結構怖いぞ。
「あ、すみません。まぁいいじゃないですか主任」
まあ、気持ちは分からんでもない。ロマンだとか言っといてやってるのゲームだったらなあ。
あんな声出したくもなるか。
「3Dゲームの筐体?自作したの、グレッグ」
ただまぁ、ゲームの話となると俄然目を輝かせたのがノイ。
グレッグがぶすっとした顔でうなずいた。
「まぁな。まだ完成には遠いが、通常の2Dゲームを3D化して投影させることには成功してる」
「すごいじゃない!今度見せてよ」
「お前ならまぁ、いいか」
「武器っていうのは?」
と、俺。
「遠い昔、遥か彼方の銀河系で使われてたような感じの、剣だ」
「あぁ……」
そりゃ面白そうだな。
「こっちは割と簡単にできたし量産も可能だから、今度お前にも一本やるよ」
「ありがと」
ここでフィズが料理を運んできたので、秘密基地の話はお開きになった。
次に話題に上がったのは、今現在俺がやってる依頼の話。
「かくかくしかじかで――」
「ほーん。勇者ねぇ」
スパイスの効いた薄切り肉をつまみながら、グレッグがぼんやりと宙を見た。
「来るのか?」
ノイと同じことを聞く。
「アリアドネはそう言ってる」
「信用ならねえなぁ」
俺の皿はもう全部空になっちゃったので、オーナーに頼んでお酒を持ってきてもらう。
「でもちょっといいなぁ、ファンタジー世界での冒険って」
ノイがうっとりとした。
「結構夢なんだよ、私。剣と魔法の世界で冒険者みたいなことやるの」
「魔王ならだれでも夢見そうだな」
「そうですねぇ。ボクもやってみたいです」
「アーリャ、アリアドネに頼んでみてくれない?私たちもそれ参加したいって」
「……いいけど、何の役する気?」
「そりゃもちろん……」
と俺以外の全員が顔を見合わせた。
『冒険者!』
「あ、そう……」
まぁ気持ちは分かる。正直俺もやってみたい。
ダンジョンに潜ってお宝発掘したりモンスターと戦ったり。
魔法の勉強のために専門の学校へ行ったり、刀剣の扱い方を教えてもらったり。
夜は酒場で仲間たちと酒を飲み、冒険の話で盛り上がる。
うむ、楽しそう。
まぁ――いかんせん俺は魔王だから魔法は何でも使えるだろうし剣を使った戦い方も尋常じゃないものになるけど。
でも学校かぁ。
実力隠して学校に行くなんてラノベの典型的展開じゃないか。それ故に面白そうではあるな。
「私もそっちがよかったなぁ」
ってぼやいたら、
「いや、アーリャは魔王一択だろ」
ってみんなから真顔で突っ込まれた。
ひどい。
「ぐすん」
いじけて一人酒を飲む。
「だっはっは!まぁそう気にするな!本当に勇者が来たらせいぜい遊んでやれよ」
「そのつもり」
「おーなー!もういっぱい~!」
「はいはい」
ん?ノイも結構な勢いで飲んでるなぁ。
こんなんで帰れるのかしら。
「ノイ」
「ん~?」
あーあ。すっかり酔ってる。
真っ赤で気の抜けた顔してら。
「今日はお城に戻らないの?」
「うん。今日はこっちに泊まる~」
ああ、だから遠慮なく飲んでたのか……って、なんかや~な予感。
「アーリャの部屋に泊めてね!」
「……」
だと思った。
オーナーを見ると、今日満室なの、と手を合わせられた。
はぁ……。
しゃーない。
しばらくして料理も酒も空になり、グレッグたちが帰って行った。
「ノイ。ほら、部屋行くよ」
「あーい」
ちょっとばかり足元の危ないノイを連れ、自室へ引き上げる。
窓を開けて休みつつ、ノイと他愛ない話をしていると酔いも抜けてきた。
「シャワー浴びちゃおうか」
「うん、そうしよう」
代わりばんこにシャワーを浴びる。
身支度を整え、ベッドサイドのランプに息を吹きかけて消してベッドにもぐりこむと、ノイが囁いてきた。
「ねえ、アーリャ」
「ん?」
「明日もアリアドネのとこ行くの?」
「行くよ?」
「私も行っていい?」
酒場での会話が思い浮かぶ。
……なにか悪巧みしてないといいけど。
まぁアリアドネのことだ。来ること自体に駄目とは言わんだろうて。
「いいんじゃないかな」
「ありがと。ふふっ」
「?」
「ううん。タマゴ、早く孵るといいね」
「明日明後日には温めに入れると思う」
予備の布団やかご、用意しておかないとだなぁ。
「おやすみ、ノイ」
「おやすみ、アーリャ」
そうして俺は目を閉じたのだけど……。
まさか次の日、あんなことになっていようとは夢にも思わなかった。
「……ん」
どうにも体が重い感覚で目が覚めた。
薄目を開けると、おそらくまだ早朝。
日が昇り始めたころって時間だろう。
身を起こし、下を見て絶句。
「……」
隣を見るとノイがすぅすぅと寝息を立ててる。
ふむ。
ということはこれはノイじゃないな。
何かの間違いじゃないかと思ってもう一度下を見る。
……うん。間違いでも夢でもない。
目をこすってみるけど、変わらない。
俺の視線の先で、俺の寝巻――その下腹部が、大きく膨らんでいた。
「アーリャに子供が出来たってマジかぐへぇっ!」
「声が大きい」
朝。
俺の姿を見て泡を食ったノイから連絡を受けたオーナー、フィズ、グレッグ、エスター、フランツ、それにカルラが、宿の食堂に勢ぞろいした。
とりあえず朝っぱらから大声を上げたグレッグに裏拳をかましておく。
しかしそのことを誰も気にしないほど、状況は異常だった。
復活してきたグレッグを含め、全員の視線が向かう先は、俺の下腹部。
今日の俺は寝起きってこともあって長い髪を下ろしたまま、とりあえず丈が長めのワンピースを着てきた。
だってそれしか着れないから。
ゆったりとしたワンピースを大きく押し上げる俺の下腹部は、見まごうことなく子供を、その――宿しているように見える。
とりあえず当事者である俺はその訳を知っているので、みんなの反応を楽しみつつそっと膨らみを撫でている。
時々掌に感じる胎動が心地いい。
「アーリャ……あなたいつの間に……」
くらり、と額に手を当てたオーナーが椅子に崩れ落ちる。
なんかものすごいショック受けてるな。
「作るなら作るで、せめて私には相談が欲しかったわ……」
「っていうか、魔王も子供作れるのね」
フィズがととと、と寄ってきて膨らみをつついた。
「あ、固い」
「ん」
「撫でていい?」
「いいよ」
フィズが掌でそっと膨らみを撫でさする。
ぴくり、と膨らみが反応する感覚。
「あ、動いた。なんか可愛いわね」
ふーむ。
なんかこう、こう言うのを見てると母性本能的なものが爆誕しそう。
「だ、誰だ!誰なのぜ、俺達のアーリャに手を出したやつは!!」
衝撃から復活したフランツが叫ぶ。
いや、別に俺、お前たちのじゃないんだけど。
「よりにもよって統括者孕ませるとかいい度胸なのぜー!!」
「えぇと……アーリャさん、おめでとうございます?」
頬どころか顔中を染め、目がぐるぐるしているエスターが頓珍漢なお祝いをくれた。
「ども?」
答える俺も疑問形。
「いや、そうか!ノイ、お前の仕業なのぜ!?」
フランツの矛先がノイに向かった。
「夕べお前、アーリャと同じ部屋で寝たよな!?しかもあの部屋ベッド一つだから当然同じベッドで!!犯人はお前しかいないのぜー!!」
「なわけないでしょ!?私だって今は女の子だよ!?どうやって私がアーリャを、アーリャを……」
言葉の先を照れて言えず、ノイの言葉が先細る。
うむ。
まぁどっちかが男ならいざ知らず、今のノイと俺の間で子供を作ることは魔王でも不可能だろうな。
いや、魔王に不可能はないのか?
はて。
「アーリャ、を……うわーん!!」
うわ、いきなり泣き出した。
「アーリャの初めてがー!!」
「……」
いや、誰にもやってないぞ。
俺の体は綺麗なままだ。
そこは断言しておくからね。
「私が欲しかったのにー!!」
「……」
……爆破していいかな?
「と、ノイさんはほっといて。アーリャさん、まさか本当にお子さんが出来たのですか?」
カルラも頬が真っ赤だ。こういうの免疫ないのかしら。
しかし、うーん。お子さん、か。
「間違いでは……ないのかな?」
「な、なんということでしょう……」
なんかリフォーム終わった後のナレーションみたいな声色で驚かれた。
染まってた頬はそのままに、顔がキラキラ輝いててこう、祝福の化身みたいな感じになってる。
「安産のご祈祷と絵馬、産着その他もろもろは私に任せてくださいね」
「……いや、うーん」
反応に困るな。
「アーリャよ。事情、教えてくれるよな」
とりあえず冷静に戻ったっぽいグレッグが、至極真面目な顔で聞いてきた。
「昨日までそんなそぶり、なかっただろ」
「ん」
「万が一のことがあったって、いくらなんでも一晩で臨月並みに育てるのは、母体がもっても赤ん坊が無理だろ。ってかそもそもお前相手いないだろう」
「……言い方が引っかかるけど、肯定」
まぁそろそろネタばらしするか。
ノイの泣き声がうっとおしいし。
「……」
お腹のあたりが膨らんでるから苦労して身をかがめ――オーナーが「圧迫しちゃ駄目よ!!」って叫んだ――、ワンピースの裾をつまんでするすると持ちあげていく。
グレッグやフランツ、エスターと言った現男性陣が目のやり場に困るのも意に介さず、俺はワンピースを胸の下まで持ち上げる。ちゃんとスパッツ履いてるから大丈夫なのであーる。
ワンピースの下に着ていたTシャツも当然、大きく膨らんでいるけど――それをまくった瞬間、みんなの口があんぐりと開いた。
「これが、正体」
「……」
食堂に降りる、謎の沈黙。
そして誰が口を開いた。
「た」
「ま」
「ご」
「?」
「そう」
銀色にも見える白っぽい殻、青く光る紋様。
どこからどう見てもそれは――タマゴだ。
もっと言うなら、昨日までアリアドネの城の地下室で魔力の水に浸っていたはずの、キグルス龍のタマゴ。
それがなぜか、俺のお腹にくっついているわけで。
昨日見た時より一回り大きくなってるみたいで、結構重い。二十キロ近くあるんじゃなかろうか。
光は放ってないけど、鈍く照明を反射してる。
「それ……キグルス龍のタマゴ、よね?」
オーナーが首を傾げた。
「ん。いつぞや巣で見つけたものを孵そうと思って育ててたの」
「あ、もしかしてボクと一緒に見つけた、あのタマゴですか!?」
「そ」
エスターが近づいてきて、まじまじとタマゴを見つめる。
「でもなんでそれがアーリャさんのお腹に?」
「分からない」
朝起きて、パジャマをめくった俺はこのタマゴがお腹に引っ付いていることに気づき、剥がそうとしたけどなぜかどうやっても剥がれず――仕方なくそのまま着替えたんだ。
俺が立ち上がってもシャワーを浴びても剥がれることなくお腹に引っ付いたままのタマゴは、時々ぴくんと動く。
じんわりと表面があったかいから、多分俺の熱を吸収してる。
あと、少しだけ俺の魔力が流れ込んでる感じがするね。
「つまり――」
フィズが考えながら口を開いた。
「アーリャは今、お腹でタマゴ温めてる、ってこと?」
「そういうことになる。……たぶん」
だはぁ、とフランツが椅子にへたり込んだ。
「そういうことかよ……。びっくりしたのぜ……」
「答えを知っちまえば納得だが、俺も流石にビビったぜ」
「ボ、ボクもです」
男性陣がほっと胸をなでおろす。……え?なんでだ?
「アーリャァ……。先に教えてよ……」
ノイに恨みがましい目を向けられた。
「だってノイ、人の話聞ける状態じゃなかったでしょ」
「う」
俺にゆすられて起こされ、寝ぼけ眼で俺のお腹を見たノイは、瞬間的に目を覚ましてテンパったからな。
で、その状態のノイに事情を説明する暇もなく、念話をぶっ飛ばしたノイにたたき起こされ、誤解したまま全員が集まっちゃったのが、この状況ってわけ。
「事情は分かったがよ。どうすんだそれ」
グレッグがタマゴを指さす。
「何とかして取らねぇと、あらゆる場所で誤解受けるぞ」
「そうなんだけど、取れない」
引っ張ってもジャンプしても取れないし、かといって魔法は使いたくない。
大事に孵そうとしてきたタマゴだし、あまり無茶なことしたくないんだよなぁ。
「……仕方ないわね」
「オーナーがため息を吐いた。
「アーリャはしばらく肉体労働禁止。空戦はもちろん空を飛ぶのも禁止。宿でおとなしくしてなさい」
「えー」
「えー、じゃないでしょ。その体で何をする気なのあなたは」
そりゃそうだけどさ。
「まして本当にお腹の中に赤ちゃんがいるならまだしも、タマゴが体の外側にくっついてるんだから、ちょっとした衝撃でも割れたりヒビ入ったりするかもしれないでしょう?」
普通の妊婦さんより気を使わなくちゃ駄目よ、とオーナー。
それは――確かにそうかも。少なくとも衝撃は与えない方がいいのは確かだ。
母親の体に守られているわけじゃなく、このタマゴの中身は殻に覆われているだけだし。
「……分かった。おとなしくしてる」
しぶしぶながら頷く。
「キグルス龍のタマゴがどれくらいで孵るかはわかるんですか、アーリャさん」
カルラがそっとタマゴに触れながら聞いてくる。
「分からない。けど今このタマゴは私と魔力を通して繋がっているから、孵る時は感覚で分かると思う」
「それまではおとなしくしてろってことだな」
俺が頷くと、俄然ノイが鼻息を荒くし始めた。
「じゃ、じゃあアーリャのお世話は私がするね!大丈夫、生まれる時もちゃんと見てて上げるから!」
「いらん」
「だーめ。私も今回ばかりはノイちゃんの味方よ。タマゴが孵るまでは誰かと一緒に行動なさい。一人の体じゃないんだから」
「……ふぇい」
駄目だ。オーナーには逆らえん。
「それじゃ、私は朝食の支度をしてくるわね。アーリャには一杯食べて栄養付けてもらわないと!」
「いや、別に栄養は取られてないと思う……」
「さあ、張り切るわよ!フィズ!あなたも手伝って!」
「はい、オーナー」
駄目だ、聞いちゃいない。
「あー、俺達はポートに戻るか。アーリャ、何か困ったことがあったら何でも言えよ」
「そうです!すぐ駆けつけますからね!」
「俺もなのぜ」
なぜだろう。妙に男性陣が優しい。なんか気味悪いな。
「私も神社に戻ります。とりあえず安産のご祈祷を――」
だから俺が産むわけじゃないっつーに。
妙に張り切ったオーナーの用意した、ボリュームのある朝食をなんとか平らげ、俺はとにかく部屋に戻った。
無論、俺の世話をすると宣言したノイもついてくる。
「さて、今日はどうするアーリャ――って、そうか。おとなしくしてないといけないんだっけ?」
「といっても少しは動かないと」
俺本体は全くの健康体なんだし。むしろ多少動かないとなまっちゃうよ。
「さしあたってアリアドネのお城に行って、タマゴが置いてあった場所を確認してくる」
「分かった。ついてくよ」
「ん」
ということで、俺はあいかわらずの妊婦さんスタイルのまま、ゼロポイントの城までえっちらおっちら歩き出す。
途中、道行く魔王がみんなして目を丸くしてるけど、全部無視。
いちいち説明してられないよ。
「アーリャお前、子供出来たのか!?」
「違う」
「じゃその腹なんだよ!?」
「タマゴ」
「はぁ!?」
なんてやり取りを二十回は繰り返して、いい加減辟易してきたころにようやくお城についた。
崖からお城に伸びる回廊を渡るといつものように風が吹き付けて来るけど、タマゴの分重くなった俺の体はずっしりと地面を踏みしめる。
「アーリャ、体は大丈夫?」
ノイが心配そうに聞いてくる。
「問題ない」
別に妊娠してるわけじゃないんだってば。
どっちかっていうとノイの方が心配だよ。相変わらずゴス服が風にさらわれてふらふらしてるんだから。
心なしかびっくりしたような感じのするガーゴイルたちの間を抜け、お城の門を開ける。
『おかえりなさいませ、統括者様……?』
すごいな。
一糸乱れぬ口調で、居並ぶメイドさんたちが語尾上げたぞ。
みんな俺の姿を見てどう反応していいか分からない様子。
でもとりあえず連絡が行ったらしいメイド長ドールが泡を食って飛んできた。
『と、統括者様!?そ、そのお姿は……』
「とりあえず道々説明するから」
問答無用で歩き出した俺の後を、メイド長ドールがあわあわ言いながらついてくる。
「そんなに慌てなくてもいいのに。ねぇ、アーリャ」
「ノイが言わない」
一番慌てたのあーたでしょうに。
『そ、そんなお体で登城なさらずとも……!』
俺の体を支えようとしてくるメイド長ドールを払いのけながら、説明すること五分。
統括者用の部屋に着いた。
「てわけで、この正体はキグルス龍のタマゴ」
『な、なるほど……』
再びワンピースをめくり、俺のお腹にくっついたタマゴを見て、メイド長ドールはようやく胸をなでおろした。
『それにしても驚きました。私はてっきりアーリャ様がご懐妊なされたと……』
「まぁ、そう思うのも無理ないよねー」
ノイがあははと笑う。
「膨らみ方が自然すぎて見ないと分からないレベルだもんねー」
『ですが統括者様。そのようなお体で一体何を?』
「アリアドネの所、行かなきゃ。このタマゴがあった場所も確認しないとならない」
『ですが……』
そこで、大丈夫!とノイがぺったんこの胸を張った。
「私がアーリャのお世話をすることになったから。このお城の外では私がついているから、心配ないよ!」
『そ、そうなのですか?』
むしろその方が心配、って気もするけど。
実際メイド長ドールもそう思ったようで、ちらりと俺を見てくる。
ま、ここは友人の顔を立てておくか。
「そういうこと。ノイが傍についててくれるから大丈夫だよ」
「アーリャ……!」
俺が信頼してると思ったらしいノイがうるうるした目でこっち見てきた。
……いや、信頼してるよ。気恥ずかしいから言いたくないけど。
「ということで、お茶飲んだら行ってくるよ」
『わ、分かりました。すぐにお茶をご用意しますのでお待ちください』
メイド長ドールが退出する。
ふう。
とりあえず座ろう。
部屋の窓際にあるデスクチェアに腰掛ける。
重さが増してるわけだけど、椅子は軋みも立てず俺を受け止めた。
「アーリャ」
「ん?」
なんかノイがもじもじしてる。
「どしたの」
「その、あのね。……ちょっと撫でてもいい?」
「……ああ。うん、いいよ」
とことことやってきたノイが、ワンピースの膨らみにそっと触れる。
「固いんだね」
「タマゴだし」
「でもあったかい」
「私の体温を共有してるっぽい」
さらさらとノイが撫でると、タマゴがかすかに動く。
「あ、動いた」
「ん」
ふふ、と笑いあう。
「名前、考えてるの?」
「あー」
そういえば考えてなかった。
「カッコイイの付けてあげなよ。ドラゴンなんでしょ」
「そうする」
ノイがタマゴを撫でるのをほっといて、外の景色をぼんやりと眺める。
にしても結構重いな。
やっぱりこのタマゴ、二十キロはあるぞ。
魔王として肉体も人体とは別物だから、多分人間として妊娠するより重さは感じてないんだろうし普通に動けるけど。経験ないから分からないや。
(ねぇ、なんで私にくっついてるの?)
心の中で呼びかけてみる。
(……)
何か意思のようなものは感じられたけど、無垢すぎてわからない。
ただなんとなく、俺が慕われてる、というか親と認識されてるっぽいことは伝わってきた。
コンコン、という小さなノックの音で我に返る。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「いいよ。入って」
「失礼します」
メイド長ドールがティーポットとクッキーを乗せたカートを押して入ってきた。
熟練の手つきで入れられた紅茶が、俺の前に置かれる。
「ノイ様もどうぞ」
「あ、ありがとう」
ちゃっかりノイもお茶をもらって飲んでいる。
温かいハーブティーを含むと、心が穏やかになっていく。
俺も結構動揺してたのかな。
クッキーをかじり、ハーブティーを飲み、心も体も落ち着いたところで、俺は席を立った。
「そろそろ行ってくる」
『承知しました。どうかお気を付けて』
「ん」
『ノイ様。統括者様をよろしくお願いします』
「ほいほい。任せて」
室内で礼を取るメイド長ドールを残し、俺とノイは廊下を歩きだす。
前にも言ったと思うけど、自分のセカイを持っている魔王は大半がこのお城の中に自分のセカイに通じるドアを持っている。
それはアリアドネだって例外じゃない。
階段を上って下りて、廊下をしばらく歩いて。
たどり着いたドアは綺麗な木製のドア。ごくごく普通のドアに見えるけど、ノインゼル城への入口と同じ、来訪を告げる魔道具が下がっている。
コツコツとノッカーを叩くと、すぐ返事があった。
「はーい。アーリャ?」
「ん。今日も来た。今日はノイもいるんだけど、いい?」
ちなみにノイとアリアドネはちゃんと面識がある。結構気の合う仲間同士、らしい。
「構わないわよ。今開けるから」
ガチャ、と鍵の外れる音。
凝った装飾のノブを回し、一歩を踏み出す。
するともうそこは、アリアドネのお城の一室だ。
ノインゼル城と違って廊下を歩くことなく、目の前にはもう部屋がある。
十メートル四方くらいのそんなに大きくない部屋だけど、手入れの行き届いた壁の絵画やレリーフ、絨毯の敷かれた床、品のいい香水の香りが漂ってくる。
反対側のドアが開き、アリアドネが現れた。
昨日と同じ、黒のワンピース姿。
銀髪には青いリボンが留まってる。
「や、アーリャ。よく来たわ……ね……」
その視線がやっぱり俺のお腹で止まった。
「アーリャ」
「ん?」
「予定日いつ?」
「知らない」
「あ、そう」
くるり、とアリアドネが振り返った。
むぅ?妙に反応が淡泊だな。
と思ったら。
(ケモミミでシッポ付きでオッドアイで巨乳で金髪でしかも腹ボテ!?どれだけ萌え要素詰め込んでるのよこの子は!!)
なんか小声で叫びながらぷるぷるしてる。
声ひそめてるけど全部聞こえてるからね、それ。
「アーリャ!」
「ん?」
あ、こっち向いた。
「今夜は寝かさないわよ(性的な意味で)」
余計な一言を付け加えた途端に、べしゃ!とアリアドネが地面にへばりついた。
「なにしてんの」
「お、も、い」
顔面を絨毯に埋もれさせながら、アリアドネはそれだけを何とか絞り出した。
「……」
横を見て納得。
これ、ノイの重力魔法か。
「アリアドネ。私がいるってこと、忘れてない?アーリャに害なす不埒な輩は、このノインゼル様が排除するよ」
凶悪顔に魔力のオーラを燃えたぎらせ、ノイが一歩前に出た。
頼もしいけど、普段一番不埒なの、お前だからね?
「アーリャは私と寝るんだから。アーリャ、ベッドの中でも守るからね!(性的な意味で)」
ごんっ!
俺の重力魔法がノイを床に叩き落とす。
「何か言った、ノイ」
「な、ん、で、も、な、い、で、す」
「結構」
俺が重力魔法を解除すると、ぜーぜーと息を吐きながらノイとアリアドネが復活した。
てゆーかノイよ。
俺の重力魔法受けながらアリアドネへの魔法解除しないとか、やるな。
「と、ともかく部屋に行きましょ。プラネタリアムで監視中の例のパーティーに動きがあったわ」
「了解」
時折じゅるり、と謎の音を漏らすアリアドネを先頭に、俺達は彼女の部屋に向かうことにした。
泥と土を踏む占める鎧の足元は滑りやすく、一時も注意を外せない。
草は申し訳程度にしかなく、木々は葉を付けているものの奇妙にねじくれている。
人間世界と魔物の世界。
教会によって引かれた、両者を分かつ結界石の外に出た途端、明らかに空気が変わった。
どこか澱んだ匂いのする、外界の空気。
行商人やその護衛の荒くれ者、あるいは冒険者と言った人種ならば嗅ぎなれた臭いだ。
教会で祈りをささげ加護を受け、出立したのが一時間ほど前。
パーティーは魔王の領域と言われる一帯に足を踏み入れつつあった。
「魔物がいねぇな」
身の丈ほどもある大剣を佩いた人間剣士が囁くように言った。
「瘴気の濃さも変わらねぇ。やっぱり魔王がいるってのは嘘くせぇな」
獣人戦士が同意する。
「でも油断はしないでよ?瘴気があるってことは、どこかに魔物がいるはずなんだし」
「そうね」
「……」
革鎧の女、エルフの弓師、小柄な魔術師は男たちの後ろから付いていく。
小柄な魔術師は男たちの会話に不満を持っているのが、表情からありありと伝わってくる。
が、それ以上に彼女の顔を覆っているのは恐怖だった。
そもそも魔術師はひ弱で脆弱な存在だ。
単独で動くことはまずないし、パーティーを組んで冒険に出るものも少ない。
危険な冒険は専門の冒険者に任せ、日々魔術の探求に明け暮れるのが一般的な魔術師の生き方だ。
小柄な魔術師は、“見聞を広めたい”という己の信念に従って冒険にも出かけるが、これほど人里を離れたのは初めてなのだ。
「大丈夫よ」
「?」
おっかなびっくり辺りを見回す小柄な魔術師を、革鎧の女が励ました。
「魔物が出たら私たちが相手をするから。あなたは回復や解毒みたいなサポートをお願いするから」
「……分かった」
「そうだな。前衛は俺達に任せろ」
人間剣士が鎧に包まれた分厚い胸板を叩いて見せた。
「俺もこいつも腕には多少覚えがある。それにこのパーティーは理想的な配分だ」
「ああ。前衛二人、攪乱一人、遠距離一人。それに回復役だ。バランスという面ではコイツの言った通り理想的なパーティーだ。安心しろ」
「べ、別に怖がってなんかない」
小柄な魔術師は頬を染め、小さい声でつぶやいた。
「あーもう!かわいいなぁこの子!」
革鎧の女が小柄な魔術師を抱きしめる。
「ちょ、こら、やめろぉ」
「ねぇあなた、私の妹にならない?」
「ならない!」
エルフの弓師がくすくすと笑いながらそれを眺めている。
前衛の男二人は苦笑いだ。
「む?」
獣人戦士がその耳をピクリと動かし、鼻を鳴らして空気の匂いを嗅いだ。
「どうした?」
「みんな、お喋りはここまでだ。魔物が来るぞ」
途端にパーティーの空気が張り詰めた。
「じゃ、打ち合わせ通り。前は任せたわよ」
「あいよ。お前は背後とお嬢ちゃんのお守りを頼むぜ」
「私は上に行くわね」
そういってエルフの弓師は軽業師の如く樹を駆け上がり、枝の上で弓を構えた。
「来るぞ!」
がさり、と下草を分けて現れたのは、オーク三匹とゴブリン五匹。
「大物はいねぇな」
「今のところはな」
獣人戦士が手甲をはめ直し、人間剣士が大剣を抜く。
オークとゴブリンも人間に気付き、舌なめずりしながら棍棒やら弓矢らを手に取った。
「速攻で片付ける!」
「右、任せるぞ」
獣人戦士と人間剣士が左右に分かれて接近。
開いた隙間を埋めるように矢が飛来し、ゴブリン二匹があっという間に命を絶たれた。
「お見事!」
脳天にぶっ刺さった矢を見て取り、革鎧の女が喝采した。
「ふふ」
エルフの弓師は微笑んで三の矢をつがえる。
「でぇぇりゃ!!」
人間剣士の振り回した大剣が一匹のオークを棍棒ごと真っ二つに掻っ捌く。
濁った血を吹きだしながら、オークは絶命した。
「ひゅう!やるね」
獣人戦士は軽快なステップでオークの棍棒を交わしながら接近。
「うらぁっ!!」
獣人の化け物じみた膂力で振るわれた右ストレートがオークの顔面を捉えた。
バゴ、という嫌な音が響き、脳みそをシェイクされたオークがたたらを踏んで鼻血をまき散らす。
「もいっちょ!」
ついで振るわれた左のアッパーが顎を捉え、オークは真上に吹っ飛んだ。
脛骨を折られて即死だろう。
「ま、ざっとこんなもんだ」
「……腕力だけでオーク殴り殺すとか、お前飛んでもねぇ奴だな……」
「クソ重い鎧着た上に取り回しの悪い大剣振りまわしてオーク真っ二つにするような筋肉バカに言われたくねぇな」
ちなみにオークは平均して体重百五十キロ前後はある。大柄な個体ならば二百キロは下らないだろう。
しかも贅肉ではなく筋肉質なので、うかつに近寄れば素手でミンチにされかねない。
今回は相手が悪かったようだが。
「気を抜かない。まだゴブリンがいるわよ」
「そうでした、っと」
人間剣士が剣を重量のままに落すと、真下で忍び寄っていたゴブリンが真っ二つになった。
「あらよ、っと」
獣人戦士は飛び掛かってきたゴブリンを裏拳で殴り飛ばす。
ゴブリンは遥か向こうまですっ飛んで行った。
「これで全部だな」
「ああ。もう気配はない」
獣人戦士が注意深く辺りを見回し、息をついた。
「よし。進もうぜ」
「はいはーい。さ、行きましょ」
「……うん」
小柄な魔術師は魔物の死体を薄気味悪そうに見てから、足早にそのそばを通り過ぎた。
さらに森を歩き続ける事三十分。
パーティーはあれ以来魔物に会うこともなく、目的の場所へと到着した。
「洞窟があるな」
獣人戦士が行く手を指さした。
「あれがそうか?」
「えーっと……“ダークブレスト洞窟”。間違いないわ、あそこよ」
革鎧の女が地図と地形を見比べながらうなずいた。
「洞窟の中じゃ俺と俺の剣は役に立たない。先に行ってくれるか」
「あいよ。じゃあしんがりは頼むぜ」
「分かった」
獣人戦士が先頭にたち、ついで革鎧の女、小柄な魔術師、エルフの弓師、そして人間剣士という並びを作る。
「じゃ、行くぞ」
獣人戦士は夜目も利く。
後のメンバーは各々松明を付けるが、彼は明かりを持たなかった。
「おたからおたから~」
うきうきで鼻歌交じりの革鎧の女がいそいそとマッピングの準備を整え、
「出発進行ー!」
と腕を振った。
パーティーはぞろぞろと、だが慎重に洞窟へ入っていった。
プラネタリアムからの映像を、俺達はアリアドネの部屋の4Kテレビで見ていた。
少しぼんやりとした映像なのは、距離があるせいだ。
「ここから直線距離で五キロ。“ダークブレスト洞窟”には確かに宝物があるわ」
アリアドネが教えてくれる。
「内部は総延長三キロほど。でも当然入り組んでるしトラップも多い。元々はドレマーの遺跡で、彼らが消えた後はとある宗教団体が総本山として使ってたんだけど、今では衰退してその名残しかなくなった無人の洞窟。あー、でも魔物は住んでるわね」
「よくあるファンタジーの洞窟だね」
といいつつ、ノイは面白そうに映像を見ている。
どういう原理なのか、映像は一行が洞窟に入ってからも途切れることなく画面に映し出されている。
「転移魔法の応用よ。テレビ内のヘイロウ粒子と現場のヘイロウ粒子を転移魔法で結んで入れ替えて再構築する事で、疑似的な異世界をテレビの中に作り出しているの」
つまり現場のあらゆる情報を持ったヘイロウ粒子をテレビ内に転移させ、異世界構築の応用で粒子を再構築、映像として成立させているわけだ。
なかなかに高度な運用だね。
「にしてもこのパーティー、結構旅慣れてる感じだね」
五人の冒険者たちは油断なく意識をとがらせながら、それでいて決して緊張していない。あくまでも自然体だ。
だからこそいきなりの襲撃にも対応できる。
『左、穴からゴブリン三匹。うち弓一体』
「あいよ」
エルフの弓師がその長い耳で捕えた音を伝え、暗視と動体視力に優れる獣人戦士が拳を振るって放たれたゴブリンの矢を叩き落とす。
背後からお返しとばかり魔術の矢が飛んでいき、三匹の魔物は何が起こったかもわからないままに絶命した。
毒の花を迂回し、天井から落ちてくる食虫植物のつるを切り裂き、一行は危なげなく歩を進めていく。
やがて洞窟は明らかに文明の手の入った、石造りの壁へと変わった。
ところどころが崩れ、木の根や植物などが侵食しているが、比較的在りし日の姿をとどめている。
壁にはこの場所に埋葬された者たちだろうか、棺が置かれていて、あるいはミイラ化した遺体が安置されている。
「アリアドネ、もしかしてあれって」
「ええ、動くわよ。ほら」
アリアドネが言った傍から壁のミイラが眼窩に赤い光を宿して動き出す。
棺の箱も内側から開かれ、中から骸骨やミイラが緩慢に起き上った。
『ひぃっ』
小柄な魔術師の悲鳴が聞こえる。
魔導の探求者として人外外道と無縁ではないはずだが、歳若く経験も浅いせいかアンデッド系モンスターには免疫がないらしい。
慣れると結構可愛いんだけどな、とか感じる当たり俺も結構魔王的思考回路になってるなぁ。
『こいつらはそんなに強くねぇ。ただ武器には気を付けろ。毒が塗ってあったりするからな』
冒険者として戦い慣れている獣人戦士が身軽に接近し、拳をねじ込んで骨を砕いていく。
からからに乾いた骸骨たちは何もできずに崩れ落ちていく。
「ま、あの程度のアンデッドじゃ冒険者の足止めなんかできないわよね……」
アリアドネもつまらなそうに画面を見ている。
ふと気づくと、俺の手は無意識にタマゴを撫でていた。
「……」
俺が撫でるとやはり嬉しいのか、タマゴがぴくぴくと胎動する。
かわいいなぁ。
冒険者達はさらに奥へ奥へと進む。
石の壁はいつしか金属製に変わり、壁や天井には得体のしれないパイプが張り巡らされている。
がしゅん、ぷしゅーと今だ稼働している仕掛けが不気味な音を立てている。
『これが……ドレマーの遺跡か』
『話には聞いていたが、こりゃすごいな』
人間剣士と獣人戦士が感嘆する。
『いったいどうすればこんな仕掛けが作れるのか見当もつかない』
『……』
小柄な魔術師が興味深げに辺りを見回し、時折薄汚れたテーブルに近寄っては朽ち果てた本や得体のしれない部品を手に取って調べている。
『この様式からすると……第二期マルファス期当たりの建造かしら。ドレマーの遺跡の中でも後期中盤に位置するわ』
エルフの弓師が彫刻の様式から遺跡の年代を推定する。
木の螺旋階段を上り、パズルの仕掛けをわいわいと話し合いながら解き、連携してアンデッドを倒す。
「こりゃ割とあっさり宝物持って行かれそうね」
「何が置いてあるの?」
とノイ。
「エンチャントされたドレマー製の剣と防具、魔法玉。あと指輪やゴールドかしら。ポーションもいくつか入れてたと思うけど」
「しょぼいね」
ノイが身もふたもなく言い放つ。
アリアドネが苦笑した。
「あのパーティーのレベルだとまだ見つけられない隠し通路もあるわ。その先には伝説クラスの武器や防具もあるわよ」
「あ、そう」
「でも彼らが見つけられるのはエンチャント武器。高度な奴?」
「それほどでもないけど……。あのパーティーなら売るより装備してアップグレードに回した方がいいかも、って感じ」
「なるほどね」
アリアドネの言うとおり、パーティーはそれから十分ほどで最下層に到達し、遺跡の守り人である霊体を倒し、宝箱を開けた。
『お宝ってこれか?』
人間剣士が中を覗き込む。
『遺跡の規模の割に大したものじゃねぇな』
『それほど大きな遺跡でもないし、こんなものよ』
と革鎧の女が肩をすくめた。
『まぁもうちょっとあるとは思ってたけど』
『攻撃速度上昇と雷撃も放てるエンチャント剣、それに魔力値上昇と魔力回復効果のエンチャント防具。どっちもドレマー製ね。こっちは杖用の魔法玉。んでこれが……?』
『見せて』
小柄な魔術師が指輪を手に取った。
『アンデッド探知の魔法具。これがあれば敵の存在やその強さが分かる』
『そらすごいな。じゃお前が使えばいい』
『いいの?』
『後衛のお前が使った方が役立つだろ』
小柄な魔術師は少し迷ってから、礼を言って指輪をはめた。
『ついでにこれも持ってけばいい。俺達じゃ使えないからな』
と獣人戦士が魔法玉を小柄な魔術師に渡した。
『あとはゴールドとポーションだが、どうする?』
『ゴールドはあなた達で分けていいわ。私はこのエンチャント剣もらうから』
『了解だ。このレベルのモンスターがいる洞窟の宝にしちゃ多い方か』
『だな』
といいつつ、ゴールドは三か月は遊んで暮らせる額はある。
冒険者たちがそれぞれ宝箱の中身を取り、帰り支度を始める。
「さて、それじゃこっちも準備しましょ」
「アリアドネ?」
銀髪の少女が立ち上がる。
「この辺で魔王の姿を見せておかないと。できればすこーし脅しもかけておきたいのよ」
「了解」
で、街に帰った冒険者たちから魔王の存在が語られ、人間側に戦いの準備を促すって寸法だ。
「でも誰が行くの?」
「え、そりゃもちろんアーリャでしょ。私はこの世界じゃ裏方、NPCだもの」
「でもアーリャ今……」
ノイが俺のお腹を見る。
あー、まぁそういう体ですけど。
「お腹の大きな魔王って、普通いなくない?」
「服装で誤魔化す」
「りょーかい。あ、私もついていくから」
一人の方がいいと思うけど……まぁいいか。
「じゃ二人で姿を見せてきてくれる?適当に戦闘してくれるとなお良し」
『はーい』
とりあえずお腹の膨らみ隠せるような服着ないと。
「ふむ」
右目の中に呼び出した収納空間の衣服をソートし、考える。
「これでいいかな」
俺は丈の長いマントを羽織ることで体の線を見立たなくさせることにした。威圧感も出るし、いいだろう。
ノイはゴス服のまま、フードを付きのマントを羽織った。
二人とも、いかにも異常の存在という風体になり、にやりと笑いあう。
「じゃ、行こうかノイ」
「うん、アーリャ」
俺とノイは転移魔法を発動し、“ダークブレスト洞窟”へ転移した。
「っあー!やっと出てこられた!」
最下層から地上に伸びる近道を通り、“ダークブレスト”洞窟から抜け出した革鎧の女が大きく体を延ばした。
日の傾き具合からして、半日以上潜っていたことになる。
山間部の日暮れは速いので、じきに暗くなり始めるだろう。
「洞窟の中ってどこも空気がこもってるから、こうして出てこられるとホッとするのよねー」
「分かるわ」
長い耳を動かしながらエルフの弓師が同意する。
「私達は元々木の上で生きる種族。地の底に潜るのはあまり好きではないの。……宝物は魅力的なんだけどね」
「おれもどっちかっつーと開けた場所の方がいいな」
と人間剣士。
体格にも恵まれ、それを生かした豪快な戦い方をする彼は、確かに洞窟の中より平原の方が似合う。
「俺は地の底だって嫌いじゃねぇがな」
獣人戦士がまぶしげに天を仰いでから、傍らを見た。
そこには指輪をかざし、どこか満足げな笑みを浮かべる小柄な魔術師がいる。
「嬢ちゃんはどうだい」
「私……。私もお日様の下が好き」
「はっはっは!そうか!」
豪快に笑って獣人戦士が小柄な魔術師の肩をたたいた。
「いたい」
小柄な魔術師がむくれる。
「ねえねえ。せっかく宝物も手に入ったんだし、街に戻って一杯やらない?」
「お、いいねぇ。賛成だ」
「乗った!」
革鎧の女の提案に、男二人が舌なめずりする。
「私も賛成。お腹すいたわ」
エルフの弓師が腹を撫でて見せる。
「嬢ちゃんもそれでいいか?」
「……」
「嬢ちゃん?」
小柄な魔術師の返事がないのを不審に思った獣人戦士だったが、次の瞬間全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
「なん、だ!?」
「殺気!?」
「空気が、いいえ、世界が……変わる!?」
エルフの弓師が弓を手に取ったものの、全身を貫く異様な感覚に脂汗を流し出す。
「これ、は」
小柄な魔術師は手に入れたばかりの魔法の指輪――アンデッド、つまり魔物が近くにいると反応する指輪を、呆然と見る。
指輪には無色透明の宝石がはめられていたが、今やその宝石が金色に光り輝いている。
――小柄な魔術師は知っていた。
この世界の魔物は、種族ごとの特性を色で示されることがある。というのも、ある特殊な宝石がその存在を感知すると、種族に応じた色に光るからだ。
例えばもっとも数の多いゴブリンは泥の色、オークは濃い緑色。上位種であるオーガは暗い赤、といった具合だ。
色は魔物が強くなっていくと原色に近づく性質がある。だが通常、こう言った宝石を原色で光らせることが出来るのは、ドラゴンなどの強大な種だけだ。
そして――小柄な魔術師は知っていた。
今この指輪が放っている色、『金色』の意味。
その色で宝石を光らせることが出来るのは、ただ一つの存在のみ。
それがすなわち、
「魔王――魔王が、来る」
「魔王、だと……」
「あ、あれを見て!」
革鎧の女が指さした先。
森の中の街道。
その道の上の空間が、不自然に揺らめいている。
「構えろ!何か来るぞ……!」
人間剣士が冷や汗を見せながら背中の剣を抜いた。
獣人戦士がその横に並び立ち、拳を掲げた。
エルフの弓師が矢をつがえ、革鎧の女が双剣を抜き放つ。
やがて空間の奥から、黒い影が二つ、揺らめきながら姿を見せた。
どちらもそれほど大きくはない。
いや、片方はむしろ小さい。
黒いフードをかぶった、子供くらいの背丈。
もう片方は革鎧の女より若干小さい程度。
揺らぎが消え、二つの影が街道を踏みしめパーティーの前に立ちふさがった。
「何者だ!!」
人間剣士が吠える。
全身に感じる、凄まじいまでの圧力。
二つの影の周囲だけ、空間が歪んで見える。この世のあらゆる理がこの影を避けているかのようだ。
「答えろ!!」
人間剣士の叫びに反応したか、長身の方の影がゆっくりと顔を上げた。
剣を向けられ、弓が放たれる直前でぴたりと狙っていても、俺もノイも何も感じなかった。
この世界のどんな武器でも、俺達に傷を負わせることはもちろん肌に届くことすらあり得ないとわかっているから。
「答えろ!!」
人間剣士が叫ぶ。
意識三分の一魔王モードの俺は、それに応えてゆっくりとうつむかせていた顔を上げた。
フードの影の中で、俺の眼だけが不気味に光って見えるはずだ。
この程度の威圧感でも、人間にしてみれば物理的な圧力さえ感じる事だろう。
「初めまして、だな。人間」
ゆっくりと、魔力を込めて放たれる言葉は、エコーがかかって聞こえる。
「自己紹介は必要かな?」
「あなた、魔王、ね」
小柄な魔術師がガチガチと歯を慣らし、それでも気丈に言葉を紡ぐ。
ふ、と口元を釣り上げる。
「手間が省けたな」
長々とは喋らない。
会話はできるだけ短く、ゆっくりと、だ。
「魔王だと?それが何の用だ」
獣人戦士が目を細める。
その身はばねのように力をため、それでいて自然体。
こちらの一瞬の隙をついて飛び掛かり、一撃を与えるための構えだ。
「何の用、か。それはこちらの言葉だな」
「なに?」
「ここは我が支配下にある土地だ。お前たちが入った洞窟はかつて栄華を誇った者たちの残したものだが、、今や我が所有物だ」
そういう設定なだけなんだけど。
「それを荒らし宝物を略奪した。お前たちこそ我らが領土に何用か。何故あって狼藉を働いた」
「あなたの領土ですって?誰がそう決めたの?」
エルフの弓師が俺に狙いを付けたまま口を開く。
「無論、我だ」
「いいえ。ここは大帝国シルレフィールの帝国領よ」
くつくつと笑う。
「知らぬというのは罪だな。千年の昔から、ここは我と我が配下の闊歩する――貴様らが言うところの魔族の土地だ」
「もっとも――表立って行動し始めたのはここ五百年くらいの事だけど」
ノイも俺に合わせてゆっくりとした口調で話し出す。魔力がこもりエコーのかかった声は幼女ボイスと言えど異常な圧力を内包する。
「貴様が言う帝国とやらは百年ほどの歴史しか持たん。ここでは我々が先住者だ。先住者には敬意を払え」
「魔物ごときに払う敬意はねぇな!!」
獣人戦士が吠える。
ふぅん。
いい気合いじゃないか。
まったく怖くないけど。
「魔王だか何だか知らねぇが、要は魔物じゃねか。覚悟しやがれ!ここでブッ倒してやる!」
「ふん。魔物ごときと我を同列に語るか」
やはり無知とは罪だ、と魔王モードの俺は不愉快そうなため息を吐く。
「こうして相対して尚、こちらの力が分からぬか。なればそのような蒙昧は生かしておく価値もないな」
「オラァッ!!」
獣人戦士が問答無用で殴り掛かってきた。
爛々と光る眼、荒々しく剥かれた牙。
毛皮に覆われてなおわかる筋肉が躍動し、瞬時に距離を詰めた。
彼が拳を振るった瞬間――俺はマントの下で指先だけをついと動かした。
世界の法則に干渉し、物理法則を無視して獣人戦士は後ろ向きに吹っ飛んだ。
そのまま大木にぶち当たってずるずると崩れ落ちる。
「ガハッ!?……ァ」
「な、何をした……!?」
人間剣士が問いかけるも、無視。
「っテメェ!!」
人間剣士が激昂する。
空気を裂き、大剣が横なぎに俺を襲う。
再び指先を動かす。
振るわれた大剣の前三分の一が揺らぎに包まれ、刃先だけが人間剣士の真横に出現。
彼は自分で自分に剣を振るった。
「な、にぃっ……!?」
人間剣士が死なずに済んだのは、刃先がたまたま金属鎧の部分に当たったから。ただそれだけだ。
金属と金属を繋ぐ革や首、足などに当たっていれば即死だっただろう。
金属同士がぶつかる耳障りな音を立て、人間剣士が真横に吹っ飛ぶ。
「ごはっ」
それでも衝撃は彼に血を吐き出させた。
ここまで、俺もノイもほとんど動きを見せていない――というより、俺は指先しか動かしていない。
それだけでこの世界の根源、あらゆる法則に干渉し捻じ曲げる事が出来るのだ。
「こ、のっ!!」
エルフの弓師が矢を放った。
神業のように正確に俺とノイの目を狙った一撃はしかし、俺達のはるか手前で消え失せた。
文字通り、矢が炎を上げ、燃え尽きたのだ。
「なっ!?」
二射、三射と矢が放たれるも末路は変わらず。
つ、とノイが右腕を上げた。
(アーリャ)
念話で俺の名を呼ぶ。
ここは任せてみようか。
ノイは手のひらを上にしてエルフの弓師に向けた。
「何!?」
すると彼女の腰に携えらえた矢筒から残った矢が全て抜け、ノイの周囲に浮かぶ。無論、矢じりが狙うのは三人の女たち。
「ひっ!?」
押し殺した声は誰のものだったか。
ぐ、とノイが手を握った瞬間、全ての矢が放たれた。
「きゃあああああ!?」
森に悲鳴がこだまする。
エルフの弓師、革鎧の女、小柄な魔術師が地面にへたり込んだ。
だが誰も殺しちゃいない。
絶妙な狙いで放たれた矢は、彼女らのむき出しの肌の部分を擦過しただけだ。
だがそれだけでも効果は抜群。
戦意は折れ、抵抗もできずに――。
「みんな、逃げて!」
と思ったら、ほう。
革鎧の女が双剣を手に俺達の前に立った。
「ここは私が食い止めるから!逃げて、早く!」
強がっているが、その足は生まれたての小鹿のように震えている。
「バカ、言え!それは俺達の役目、だ!」
血をぬぐいながら人間剣士が立ち上がった。
「そうだな。そういうのは男の役目、だ……ごふっ」
せき込み腹を押さえながら、獣人戦士がふらふらと近づいてくる。
「お前らこそさっさと逃げろ。そして知らせろ」
「な、何を言って……」
エルフの弓師が顔に恐怖を浮かべる。
「聞け!……ここには魔王がいる。このままじゃ皆が、帝国があぶねぇ」
血のにじむ顔で、人間剣士が笑みを浮かべる。
「お嬢ちゃん、お前が正しかったな。魔王はいた。本当にな。俺達は少し――この場所を見くびっていたようだ」
「っ!」
小柄な魔術師がびくりと体を強張らせる。
「お前らが知らせろ。みんなを救え。……早く、行け!!」
そう叫んで、人間剣士と獣人戦士が俺達に向かって走ってくる。
共に剣と拳に闘気をみなぎらせ、悲壮な覚悟を胸に。
その身から感じるのは刺し違えてでも仲間を逃がすという、決死の思い。
「右!小さい方、任せるぞ!!」
「応!」
「……愚か」
それを――冷めた目と心で見ながら、俺は剣を躱す。
ノイは空に飛びあがって獣人戦士に光の矢を放つ。
獣人剣士はそれを辛うじて躱すが、先ほどまでの素早さはもう失われている。
足を、腕を、脇腹を。
光の矢に貫かれ、それでもノイに食らいつこうとする。
「アーリャ」
「ん」
俺はいわば身重の状態なので、あまり派手に動けない。
ま、動く必要もないんだけど。
ただ、念の為お腹のあたりに障壁を展開しておく。万一相手の手元が狂ったら困るからね。
豪風を巻き起こして振るわれる大剣を、右手に生み出した紫色の光――実体化するほどに高密度の魔力刃で迎え撃つ。
体はもちろん足さえ、動かさない。右腕一本だけで、俺は人間剣士の攻撃をいなす。
両者がぶつかるたびに火花が散った。
「俺の、剣を……、片手でだと……!化け物め!」
「言わなかったか?我は、魔王だと」
キィンと音を立て、大剣が人間剣士の意思に反して大きく上に弾かれる。
「ぐぅっ!!」
その眼前に左手を突き出し、
ぱちん、と小さな音と共に、二人の戦士の体が凍りついた。
文字通り、その体が氷で覆われたのだ。
熱量が吹き荒れ、下草が燃え上がる。
そのただ中にあって、氷はわずかとも溶けなかった。
「ん」
意識をめぐらせると、十メートルほど離れたところに三人の女の気配があった。
ノイが空中から降りてくる。
「どうする、アーリャ」
「ほっとく」
生かして戻さないと、俺達の存在を知らせるものがいなくなっちゃうからね。
「これは?」
草むらに転がった戦士の体を見下ろす。
「城に連れて帰って幽閉」
「おっけ」
重力魔法で氷漬けの二人を浮かせると、ノイが転移魔法を発動させた。
「戻ってるね」
「ん」
ひゅん、とノイの姿がかき消える。
その場に一人残った俺は、かぶっていたフードを上げた。
長い髪が風にあおられ、さわさわと揺れる。
アリアドネはこの森を、いずれ瘴気で満たすと言っていたけど――今のところは普通の空気だ。
「くふっ」
女たちが逃げて行った方を見つめ、口元に弧を描く。
「さて……少しは楽しませてよね」
一応五百年も待ったんだし。
「む」
むずがるように、お腹でタマゴがぴくりと動いた。
ぽんぽんと撫でて吐息を一つ。
「……戻るか」
転移魔法を発動し――俺もまた、その場から姿を消した。
命からがら。
そう言って差し支えない様子で街に逃げ戻った革鎧の女とエルフの弓師、小柄な魔術師は、すぐさま神殿に走った。
この街を擁する帝国、シルレフィールにおいて、市民に最も近い行政機関は神殿なのだ。
冒険者は通常、何らかの異常事態に遭遇した時、生きて戻ることが出来れば冒険者ギルドにその内容を報告する。
冒険者ギルドでは調査隊を派遣し情報の真偽を確認、然る後に自らで対処可能な範囲であれば冒険者を集めてことに当たる。
だが――今回の場合、三人の女たちはそんな悠長な手順を踏んでいられなかった。
なにしろ魔王が出現したのである。
神話や伝説でしか語られることのない存在。秩序と正義の正反対である絶対悪。
そんなものが現れたとなれば、真っ先に神殿に向かうのは何ら間違った行動ではない。
「神父様はおられるか。至急お伝えしなければならないことがある!」
神殿の扉を開け、そこで働く聖女――教会ではないのでシスターとは呼ばないのだ――に向かって叫んだ。
白い衣をまとった聖女たちは一斉に薄汚れた格好の三人を見て一様に眉を顰め、それからそのうちの一人が前に出た。
「何事ですか。神父様は聖なるお勤めの最中です。申し上げたいことがあるのでしたらお説教の後で――」
「魔王が出たのよ!」
しん、と静まり返る聖堂。
「……なんですって?」
「だから魔王が出たのよ!!交戦したわ。仲間も……失った」
「それは……確かなお話ですか?」
聖女の言葉にはどこかバカにするような響きがあった。
当然だ。
魔王は神話、伝承の存在。実在の物ではない。
神殿でも説法にその存在を語ることはあるが、それだけなのだ。
それが、現れたというのか。
小柄な魔術師がずいと歩み出た。
そして、これを見ろ、と言いたげに手を差し出す。
その指にはまっているのは魔物を探知する指輪。
「その指輪は……探知魔術の指輪ですか」
「これが、金色に光った。あいつらの前で」
「っ!!」
それだけで聖女は自らの過ちを自覚した。
この者たちは嘘は言っていない。
畏れ多くも神に仕える聖女として、その指輪の事も、指輪が示す色の事も知っている。
だが市井の者で金色が魔王を示す色だと知っている者は少ない。そう、例えば魔術を専門に学ぶ――魔術師くらいのものだ。
そしてこの小柄な少女は間違いなく魔術師だ。
「こちらへ。すぐ神父を呼んでまいります」
通された部屋の中で待っていると、初老の男性が入ってくる。
質素でありつつ手の込んだ意匠のローブ。最高位の神職にあることを示すアメジストの指輪。
神殿の最高責任者に間違いなかった。
「魔王にあったというのは、あなた方ですか」
「そうよ」
「話を聞きましょう」
三人から代わる代わる事のあらましを聞いた神父の顔は、目に見えて青ざめていった。
「なるほど。その者は自ら魔王と名乗ったのですか」
「ええ。圧倒的な力だった。でもそれ以上に……動けなくなるくらいの圧力を感じた。あんなの、今までに見たどんな魔物とも違う」
「その感想が、あなた方の言葉が嘘でないと証明している。……分かりました。すぐ王都に連絡を取りましょう」
「お願いします」
「あの……」
小柄な魔術師が小さく口を開いた。
「どうしましたかな?」
「私達のパーティーの、お二人の救出は……」
神父の顔が悲しげに伏せられた。
「無論、打診はします。ですが、おそらく無意味でしょう」
その言葉が意味するところを、全員が正確に感じた。
「そう、ですか」
あの瞬間、獣人戦士も人間剣士も直接殺されたのではなく氷漬けにされたように見えた。
恐らくそのまま魔王の城に連れて行かれたのだろう。
であるなら、彼らを待ち受ける未来も予想がつく。
良くてあのまま幽閉。
悪ければ魔術の実験材料にされ、およそ生あるものとして考えられる限りの冒涜を受けたうえで殺される。
なまじ魔術の道を歩んでいるが上に、小柄な魔術師はその想像が出来てしまう。
彼女は初めて己の知識を恨んだ。
「――ともかく、お三方は神殿でお休みなされよ。あとは私が引き受けましょう」
「お願い、します」
体力的にも精神的にも限界だったうえ、傷も負っている三人は、その申し出をありがたく受け入れることにした。
神父は聖女を呼び、三人の傷の手当てをし、お湯と食事と寝床を与えるよう命じた。
「良いですね。丁重にお願いしますよ」
「かしこまりました」
「さ、どうぞこちらへ」
彼女らが退出したのちも、神父は黙って部屋に佇んでいた。
「よもや本当に現れようとは……」
神父は知っていた。
魔王という存在が、決して伝説でないことを。
長きにわたる神殿の歴史の最も奥に、魔王との戦いがあったことを。
それは帝都各地の神殿、その代々の最高責任者のみが知っている、世界の真実だった。
「神父様……」
聖女の一人が心細げに手を組む。
「急がねばなりません。魔王が数百年の沈黙を破って動き出したとなれば、一刻の猶予もない。伝令馬の用意を。すぐに私の書状を帝都へ届けさせます」
「はい、すぐに用意を」
神父は聖女を連れて部屋を出ると、自分の部屋にこもって書状をしたため始めた。
やがて、蝋で印を押した書状を手に出てきた神父は、それを伝令に持たせ幾ばくかの路銀を与え、出立させた。
伝令はおよそ二百キロ離れた帝都へ向かって走りに走る。
五日かけて帝都シルレフィールにたどり着いた伝令は、王宮へ書状を献上した。
さて、その書状を読んだ王宮は大騒ぎとなった。
無理もない。
地方都市以上に魔王という存在を伝説、おとぎ話の類と考えていた帝都に、その魔王が本当に現れたと証拠と証言付きで伝えられたのだ。
王は貴族を集めて会議を開き、三日かけて意見を出し合い、軍を派遣することで話がまとまった。
すぐさま兵が動員される。
その数およそ五千。
魔王の力を測りかねている王にとって、これが今捻出できる最大の数であった。
またいかに魔王といえど、たった一人で五千の兵を相手にするのは不可能だろうという算段もあった。
かくして魔王出現の方があった辺境都市へ、軍隊が派遣されることになったのだ。
アリアドネの城で、俺は人間側の動きの一部始終を把握していた。
もちろんそれにはプラネタリアムの力が必要だったけど。
「軍隊の出立は……三日後ってところね」
「五千、だっけ」
「そうね」
俺とノイがあのパーティーの前に姿を現してから、この世界の時間で二週間、現実世界で二日が立った。
俺達は今日も、アリアドネの城に赴いて状況の推移を見守っている。
現実世界とアリアドネの世界は時間の流れが違うだけだけど、その流れはアリアドネによってコントロールされているから、両者の差を大きくしたり小さくしたりはお手の物だ。
ん?タマゴ?
まだくっついたままだよ。
連日なぜか大量の食事をオーナーとフィズが用意するので、食べるのが大変になってきた。
栄養は取られてないといったものの、心なしかタマゴが大きくなった気がしなくもなく――もしかして栄養も行ってるのかと疑いだしてる。
ノイもすごくかいがいしく俺の世話を焼いてくれる上、毎晩同じベッドで寝泊まりしている。
嬉しいようなうっとおしいような。
「アーリャとしてはこの軍隊、どうするの?」
「むしろどうしてほしい?」
俺はアリアドネから『自分のセカイで魔王っぽいことをやって欲しい』と依頼された身。
選択と決定権は彼女にある。
「そうね……」
「壊滅させちゃえば?」
ジュースを飲みながら、ノイが物騒なことを言い放つ。
「最終目的は勇者と魔王の戦いなんでしょ?あんな有象無象どうでもいいんじゃない?」
「ま、そうなのよね」
頬に指をあててアリアドネが考え込む。
「とは言ってもねぇ。大量に命を奪うのも私としては考え物なのよね。一応この世界を作った身としては、この世界に生きている者は大事にしたいって気持ちもあるわけで」
「魔王なのに?」
「魔王なのによ」
でもなぁ。
さすがに五千の大群相手に不殺を貫くのは難しいな。
「まぁある程度は仕方ないと思うけど。できればあまり損害を出させずに撤退させるのがベストね」
「ふーむ……」
戦闘・戦術ギルドの一員として、策を考える。
直接攻撃系の魔法はだめか。射撃系で、気絶させる程度の威力に落した魔法弾か魔砲を使うか?
そういうのならいくつか当てもあるし、対大規模戦闘でも使える。
「ま、やり方次第、かな」
「できるの?さすがねアーリャ」
伊達にあのギルドにいたわけじゃないし、二次元の魔法系知識を仕入れているわけじゃないからね。
「ところでアリアドネ」
「何、ノイ」
「キミとしては、この戦いを最終的にどうしたいの?」
「どう、って?」
「魔王側の勝利で終わらせるのか、それとも魔王を負けさせて人間の勝利にするのか、ってこと」
ふむ。
確かにそこが決まってないと俺も動けないな。
どっちでもいいけど、決めておいてほしいところだ。
アリアドネが真面目な顔で腕を組んだ。
「そりゃもちろん、勇者が魔王を倒してめでたしめでたし、よ。ファンタジーの王道でしょ?」
「そっち方向なのね」
つまり俺は最終的に負けなければならないということだ。
出来レースだけど。
「悪いわね」
「いや、別に。王道展開は嫌いじゃない」
ま、できれば勇者と戦う前にタマゴが孵って欲しいなぁとは思う。
流石に身重の状態で戦いたくはないな。
残念ながら今このタマゴ、すごく状態が安定しちゃってるみたいでまったく孵る気配がないけど。
「とはいっても勇者クラスが出現するにはまだ時間がかかると思うわ。何度も人間の軍を撃退して下地を作らないと」
「だろうね」
一朝一夕に勇者なんてものが出てくるはずもない。
ラノベじゃあるまいし。
「それで、このあとはどうするアーリャ。しばらく時間かかりそうだけど」
「いったん向こうに戻るよ」
「そ。じゃ動きがあったら連絡するわね」
「よろしく」
俺がベッドから立ち上がっても、ノイは座ったままだ。
「ノイ?」
「あー、ごめんアーリャ。私ちょっとアリアドネに話があるから先にお城に戻っててくれる?」
「?……分かった」
よく分からんが、先に戻っているとしよう。
俺はタマゴで膨れたお腹を抱えて、えっちらおっちらゼロポイントの城へと戻るのだった。
「ってわけで、そういうストーリーはどう?」
アーリャがよたよた出て行ったあと、ノイこと私はアリアドネと秘密の話をしていた。
ずっと考えていたストーリーを今回の戦いに加えてもらおうと思っているのだ。
「いいわね……面白そうじゃない」
私の提案を聞いたアリアドネがにやりと笑う。
「やるのはあなただけ?」
「一応その予定。他のメンバーもやりたがっているけど」
「ふーん……。戦いで負けてもらえるなら出てもいいわよ。最終的には――」
アリアドネの言葉に頷く。
「そうなるね」
アリアドネはノートを取り出し、何ごとかを書きつける。
「それじゃ、細かい辺りを詰めていきましょうか。でもこれ、アーリャに言わなくていいの?」
私の顔に意地悪そうな笑みが浮かぶ。
「いいの。サプライズでやるからこそ、面白いと思わない?」
「それもそうね」
私とアリアドネは顔を突き合わせてにししと笑った。
ゼロポイントのお城に戻ってきた俺は、とりあえず統括者用の部屋に戻ってメイド長ドールの入れてくれたお茶を飲んで一休み。
あの様子だと、軍隊が来るまでにしばらく――こっちの時間で二、三日ぐらいはかかるかな。
それまではのんびりしていよう。
それにしてもノイ、何の話してるんだろ。なにかまた悪巧みしてないといいけど、うーん。やな予感。
『統括者様、本日はどちらでお休みですか』
時間も夕方ってこともあって、メイド長ドールが宿に戻るのか城に泊まるのかを聞いてきた。
「そうね……」
ま、いつも通り宿でいいかな。オーナーが大量にご飯用意してるんだろうけど。
「宿に戻るよ」
『かしこまりました』
お辞儀をしてメイド長ドールが下がる。
手持無沙汰になった俺は、机の上に置いてあった超合金トライニャンZを取った。
以前極限定特区を舞台に行われた幼稚園児の訪問。
その最後の締めくくりとして見せた本物のスーパーロボットによる戦いで活躍したトライニャンZは、超合金、プラモデル、アクションフィギュアなどになって世界中で発売されている。
俺はその全てをノイに頼んで格安で購入し、こうして机に飾ったり収納空間に大事に仕舞っておいたりしてるわけだ。
「……」
手足の関節を動かしてポーズを取らせる。
外装のデザインには某スパロボ界の大御所が参加したおかげで、ちょっともっさりしていたデザインが大幅にブラッシュアップされている。
複雑にまがった面、可動とプロポーションを両立させた見事な造形が、俺をわくわくさせる。
こうしてブンドドしてるだけであの時の戦いが脳裏をよぎる。
うむ、アレはいい戦いだった。
最近はアニメ第二期も好評放送中。
予想通りあちこちのテロリストが技術を渡さなければ爆弾を爆発させるだのなんだのやってるけど、その全てをトライニャンZが叩き潰した。
そしてその様子はアニメ化されて悪の親玉グレートマスティフの指示ということにされ、結果現実のテロリズムはチープなアニメのお話にされてしまう。
最初こそ怒り狂っていたテロリストたちも、何をどうやっても自分達の主張がアニメにされてしまってお茶の間に配信される光景に嫌気がさしたのか、最近はほとんどナリを潜めている。
いい傾向だね。
ダイキャスト製の心地よい重さのあるフィギュアを弄っていると、扉の外に気配が。
「ただいま、アーリャ」
コンコンと小さくノックして入ってきたのは、予想通りノイだ。
「遅くなってごめん」
「いいよ。何話してたの?」
と聞くと、ノイはふふー、と笑った。
「内緒」
「……あ、そう」
やっぱ何か企んでるなこれ。
ま、いいけど。
ノイの悪巧みはトリック・オア・トリートみたいにえげつないものじゃないだろうし。
妙にご機嫌なノイを引き連れお城を出ると、俺達はお昼を食べにオーナーの宿へ戻った。
例によって豪勢な食事を平らげてから、俺達はゲートポートに向かう。
いや、ちょっとグレッグに呼ばれていてね。
何の用事かは知らんけど。
街道を海に向かって降りていき、ゲートポートへ。
石造りの円筒形の建物に入ると、そこには先客がいた。
「よう、アーリャ。お前も呼ばれたのぜ?」
「フランツ」
自称雪山の貴公子が手を振って俺達を迎えた。
「フランツも呼ばれたの?」
「なのぜ。なんだろうな」
「さぁ」
「あ、皆さんお揃いですね」
エスターが出てきた。
「アーリャさん、ノイさん、それにフランツさん。こんにちは」
「や、エスター」
「やふー。来たよー」
「何の用なのぜ?」
「主任がご説明しますよ。……アーリャさん、お加減はどうですか?」
「問題ない」
軽くタマゴを叩いて見せる。
「あれ、少し大きくなってません?」
エスターが首を傾げた。
「そういえば……そんな気がするのぜ?」
フランツが俺のお腹を覗き込んで顎を撫でた。
「そうかも」
ここ数日オーナーのご飯の量が多くなっているけど、その増えた分の栄養がタマゴに行ってるのかもしれないな。
「タマゴの殻って固いですよね?それが大きくなるものなんでしょうか?」
「キグルス龍の生態はタマゴ時点だと分からないことが多いから、そんなことがあってもおかしくはない」
「重くないのぜ?」
「それほどでも」
人間ならいざ知らず、俺でも魔王だからねー。
といいつつこのタマゴ、三十キロ超えてきた気がする。動きにくいんだよなぁ。
「ようお前ら。来たな」
グレッグが姿を見せた。
「ん。何の用?」
「前に言ってた武器の事だ。一応量産型が完成したからお前にやろうと思ってな」
「おぉ」
例の、『遠い昔。遥か彼方の銀河系で』使われていたような剣の事か。
見ればグレッグは手に三つの箱を抱えている。
「こっちがアーリャ。これがノイ。んでこいつがフランツ、てめぇの分だ」
「え、私にもくれるの?」
「俺にもなのぜ?」
「おう。構造は簡単だから、分かるなら弄っても構わんぞ」
「やたー!」
木製のふたを開けると、中には銀色の筒が一本収まっていた。
グリップは黒で、ちょうど握りやすい太さだ。
スイッチとダイヤルが一つずつ、側面についている。
「オリジナルはパワーセルが動力だったが、こいつは魔力駆動型だ。魔王なら半永久的に作動させられる」
こう見えて魔法の武器ってことか。
スイッチ入れて見ろ、と言われたので、ノイから少し離れ親指でスイッチを押す。
びしゅん、と気持ちいい音と共に、光の刀身が現れた。
色はレッド。
ノイはグリーン。
フランツがブルーだ。
「こいつの名はマギアセイバー。魔王っぽく厨二病な名前にしたぜ」
「おっほー!こいつはすげーのぜ!」
「……私は暗黒面なの?」
「似合うと思ってな。色はクリスタルを変更すれば変えられるが、嫌か?」
「いや、別にいい」
悪役っぽくてかっこいい。
「お前今アリアドネの世界で魔王やってるだろ?そこでも使えると思ってその色にしたんだ」
「いいね。使わせてもらう」
ただこれ使うと、なんか魔王というか暗黒卿になりそうだけど。反乱軍叩きのめすような感じのお話に変わるんじゃないですかね、これ。
ま、いいか。
手首をまわして振り回すと、マイクのハウリング音みたいな、ブゥンって感じの音がする。原作そっくり!
「注意事項だが……おい、お前も聞いとけよノイ」
「はーい」
ぶんぶん振り回してポーズを取っていたノイに、グレッグが顔をしかめる。
「刀身は見ての通り非実体。高エネルギー……というか高圧縮したヘイロウを魔力で覆ってる状態だな。魔力の膜同士がぶつかることで切り結ぶことも可能だ。柄のダイヤルで充填するヘイロウの密度を変えられて、気絶させるくらいのエネルギーから厚さ二メートルの鋼鉄を両断するくらいまで調整がきく。触れても魔王なら何ともないが、人間なら簡単に体が損壊するから気を付けろ」
「りょーかい」
「この石壁くらいなら貫通するの?」
ノイがゲートポートの壁を振り返る。
「当然だ。自然物でこいつを防げるものは存在しねぇ」
「ふぅん」
ぶすっ。
ノイが無造作に、石壁にグリーンの刀身をブッ刺した。
「あ、ほんとだ。すごい」
「あっさり刺さったのぜ」
「だろう?リアルタイムに超高熱を発するから見てろ、石も溶ける」
グレッグの言った通り、ブッ刺さった刀身を中心に石が赤熱し、すぐにオレンジ色になり、そして溶けだした。
「おー」
流れ落ちる溶解した石を見て、ノイが感心する。
「すごいじゃん、グレッグ」
「まぁな……っておいちょっと待てこら。忘れてたがその石壁誰が直すと思ってんだこの野郎!」
自慢気に溶け落ちる石壁を見ていたグレッグが泡を食ってノイから剣を取り上げた。
「試すならほかのところでやれ!」
「ほーい」
てへぺろ、とノイが舌を出した。
「ったく……。アーリャ、使い方は分かったか」
「ん。扱いやすそう」
しばらく振り回して感触を確かめてから、後腰についたベルトに付けた。
どこかで練習でもしようかな……。
「じゃグレッグ、ありがたくもらうね」
「サンキューなのぜ」
「ありがとグレッグ」
「おうよ。まぁ楽しんでくれ」
それじゃ、と俺はノイを連れてどっかでマギアセイバーの練習でもしようと思ったが、
「あ、ごめんアーリャ。ちょっとみんなに話があるから、先に行ってて」
「……ふぇい」
「なんなのぜ?」
「いいからいいから」
んじゃ俺は……どうしようかな。
「じゃ私は神社にでも行ってこれ試してるよ」
「分かった。後で行くから!」
ノイとフランツを置いてゲートポートを出た俺は、カルラのいる神社に向かうことにした。
……どうも最近、ノイ達から疎外されてる気がするけど、気のせいかなぁ?
それにノイ、オーナーから俺のこと頼まれてなかったっけ?一人にしていいのかなーっと。
「ねぇ?そう思わない?」
タマゴに話しかけながら撫でると、そうだそうだと言わんばかりにもぞもぞ動いた。
山道をよたよたと登りカルラのところについた俺は、境内を借りてマギアセイバーのテストをすることにした。
「じゃ、お願い」
「はい。では……」
カルラが符を取り出し、小さな炎の珠を生み出して俺に向かって撃つ。
「……」
目視できる程度の速さだ。
マギアセイバーを振って火球を弾き飛ばす。
「もっと多くていいよ」
「分かりました」
飛んでくる火球の数が増える。
およそ二十個の火球がランダムに俺を襲う。
その全てを、先読みと反射神経で補足し、弾く。
あまり激しくは動けないけど、この程度なら十分いけるな。
「やりますね。ではこれはどうです?」
カルラが別の符を取り出した。
「鬼童丸、来たりま征!」
身長二メートルほど、筋肉隆々の鬼が現れた。
鬼はズラリ、と刀を抜くと、地を踏み砕いて俺に向かって疾駆する。
「ひぇ」
無意識に体がお腹を庇うように動いた。
左手で障壁を展開し、右手でマギアセイバーを握りしめる。
鬼が俺の手前で急ブレーキをかけた。
下段から振り上げられる、二メートルはある刀を大きく下がって躱す。
返す刀が振り降ろされ、これも距離を取って躱す。
お腹にタマゴがあるから、慎重にいかないと。
っていうかこの戦いをオーナーに見られたらものすごい怒られそう。
鬼童丸が右に左に刀を振り回す。
俺はその全てを、マギアセイバーを当てて凌ぐ。
外見は実体のない光の刀身だけど、魔力の膜につつまれたヘイロウの密度はこの世のあらゆるものを凌駕する。
つまりものすごく硬いわけだ。
でも鬼童丸が握る刀もまた超常のもの。そう簡単には砕けない。
刀と刀身がぶつかるたび、火花が飛び散る。
いらだったかのように、鬼童丸が振りかぶった刀を俺に叩きつける。
右手一本で保持したマギアセイバーでそれを受け止めた。
激突の瞬間、バゴ、と俺の足元の地面がえぐれる。
すごい力だ。
ジリジリと刀が下がってくるが、同時にマギアセイバーの超高温で刀が熱されてオレンジ色になっている。
このままだと遠からず鬼童丸の刀が真っ二つになる。
「……」
意図的に力を抜き、刀身を斜めにして刀を俺の背中側へ流す。
力を乱された鬼童丸がたたらを踏んだ。
その隙を見逃さず身をひるがえし、
「ほいっと」
適当に振ったマギアセイバーが鬼童丸の首を一刀両断。
断面からは血ではなく黒い瘴気が噴き出す。
二、三歩下がった巨体はバタリとあおむけに倒れ、瘴気と化して散った。
「右手一本で鬼童丸を倒しますか。さすがアーリャさんですね」
カルラが感心したように手を叩く。
「このくらいなら何とか」
「と言いますが、私の鬼童丸はそう弱くはありませんよ?速さ、膂力、頑丈性。どれも対魔王戦でけん制以上には通用します」
そうだったのか。
「人間相手なら五百人を相手に勝つでしょう」
「でも本気じゃなかったでしょ」
そういうとカルラは苦笑した。
「ええまぁ。瘴気も魔力も全開時の三分の一程度でした」
だろーね。
「ですが恐るべきはその剣ですね。力を押さえていたとはいえ、一撃で首を落とされるとは思いませんでしたよ」
「グレッグ謹製。さっきもらったばかりだけど」
「名は?」
「マギアセイバーっていうらしい」
ライト○ーバーじゃないんですね、と言ってカルラが笑った。
見た目はまんまそうだけどね。
「あ、アーリャー!」
ん?
あ、ノイだ。
話は終わったのか、一人で階段上がってきた。
「ノイ」
「ごめん、遅くなって。調子はどう?」
俺の右手にあるマギアセイバーをちっこい手で指さす。
「上々」
カルラの式神との戦いを、軽く話して聞かせた。
「あっちの世界で使えそう?」
「十分いける」
「そりゃよかった」
カルラがこっちに歩み寄ってくる。
「良ければノイさんも試していかれますか?」
「あ、いい?悪いねー」
「構いませんよ」
ということでカルラが再度鬼童丸を召喚。
今度はノイが、カルラの式神を相手に立ち回る。
小さな体を最大限生かしてくるくると動き回って攻撃を避け、叩き込む。
手数で押してる感じだ。
それに今の俺より機敏に動けるから、鬼童丸はその動きについていくのがやっと。
ふむふむ。
ノイももう使いこなしてる感じだね。
これならアリアドネの世界で魔王プレイする時にもいけそうだ。
「よっ」
振り降ろされた刀を半回転して避け、ノイが一気に距離を詰めた。
左手で拳を握り、
「せぇー、のっ!!」
どふん、と重い音。
自分の膝くらいの大きさのノイに吹っ飛ばされ、鬼童丸が宙に浮く。
「そぉいっ」
すかさず飛び上がったノイがマギアセイバーを横なぎに一閃。グリーンの軌跡が空に奔る。
胴体から真っ二つにされた鬼童丸が瘴気と化して消えた。
「わーい、勝ったよアーリャ!」
「ぐっじょぶ」
「やれやれ。お二方ともにこうもあっさりやられてしまうとは」
カルラが頬をかく。
「これでは肉体の強度を決定する瘴気の固定化率から、見直さなくてはなりませんね」
まぁこっちは魔王ですし。眷属にやられるようじゃ王とは言えないでしょ。
ともかく使い方は分かった。
これでアリアドネの世界でもいい殺陣ができそうだな。
『アーリャ、聞こえる?』
む。
アリアドネからの連絡だ。
「聞こえてる。どしたの?」
『軍隊が動いたわ。なるはやでこっち来て』
「りょーかい」
カルラにお礼を言い、俺はノイを連れてアリアドネのお城に向かうべく神社を後にした。
アリアドネの世界では、あれから三日が経っていた。
帝都シルレフィールの城には、銀の絨毯を引いたような光景が広がっていた。
甲冑を着こんだ兵士、その数五千。
全て魔王討伐の為に編成された者たちだ。
騎兵、重騎兵、弓兵、槍兵、騎士。
それらが一部の狂いもなく整列している姿は、ただ圧巻であった。
彼らが一様に見上げる先、城のバルコニーにやがて、一人の男が姿を見せた。
この城の主にしてシルレフィールの王である。
王はゆっくりと眼下を見渡し、満足そうにうなずく。
そして鷹揚に腕を広げ、語りだした。
「諸君。勇敢なる兵士諸君。私は今、感激に振るえている」
魔法で拡声された王の声が、広場に響く。
「諸君は英雄だ。伝説の存在である魔王。我が国に、否、この世界に仇なす魔王。その討伐に我こそはと剣を振り上げてくれた諸君は、この国の英雄である。英雄に語りかけることが出来るのは、シルレフィール王としてこの上ない喜びである」
応、と兵たちが答え、空気が震えた。
頷いた王は言葉を続ける。
「かの者は世界を滅ぼすほどに強大な力を持つと、伝説にはある。しかし恐れることはない。我らには聖なる光の加護がある。諸君ら一人一人を、光の神が見守り守って下さる。諸君。諸君が持つ剣を見よ。槍を、弓を、盾を見よ。そこにある紋章こそ、正義の証。我らが神の意向の代行であることのまぎれもない証である。諸君。剣を振れ、槍を掲げ弓を引け!我が親愛なる民に、国に、仇なす魔王を打ち滅ぼすために!」
王の演説は熱を増し、呼応するように場の空気に闘志が満ちてゆく。
「諸君、盾を掲げよ!諸君らの家族を、仲間を守るために!我ら幾千幾万の絆こそ、勝利の道を照らすものなり!」
応、とひときわ大きな声が上がる。
「英雄たちよ、今こそ家族を、国を、世界を守る時ぞ!いざ、出陣!!」
同時に上がった声はもはや声ではない。
それは闘志そのものだ。
空を、地を、大気を震わせ、男たちは雄叫びを上げた。
武勲をたて、名声を手に入れ、英雄となる。
男たちは希望の未来を思い描き、各々武者震いに体を震わせた。
そう。これは戦いだ。
我ら五千の軍勢。いかに魔王といえどこの数に勝てるはずはない。
そう。これは、勝利が約束された、戦いだ。
男たちは鬨の声をもって、己が内の昂ぶりに身を委ねた。
――その様子を、俺とアリアドネ、ノイはぼーっとテレビで見ていた。
いやー、なかなかの演説だったね。この国の王様、人心をつかむのがなかなかうまいようで。
兵士の皆さんめっちゃやる気になってるよ。
……そのやる気全部へし折るつもりだけど。
「いよいよね」
アリアドネがにやりと笑う。
「分かってると思うけど、今回は徹底的な敗北を与えることが重要よ。しかも、なるべく殺さないで」
「分かってる」
こちらの準備も着々と進んでいる。
森は高濃度の瘴気で満たされ、魔物がひしめいている。その数はおよそ三千。
普通に考えれば人間には勝てないけど、こちらには瘴気という空間兵器、それによって強化された――つまりドーピングされた魔物の皆さんがいる。
加えて俺だ。
負ける要素はない。
「アーリャ、こっちも負けずに演説したら?」
ノイがくすくす笑いながらこっち見た。
「えー」
俺ああいうの得意じゃないんですが。
「魔王モードならできるんじゃない?」
「……まあ、うん」
できるだろうな。魔王モードだと、自分で言うのもなんだけど人格変わったみたいに言葉が出るから。
ただ、今演説しても連中が来るにはしばらくかかる。
まだその時じゃない。
「ところでアリアドネ。こっちの準備は?」
「大方終ってるわ。すでに全軍集結済み。瘴気濃度も最大値。人間たちは光の神の結界を張るルーンを鎧や盾に刻んでいるから、ある程度は緩和できるだろうけど」
それでも戦いが長引いたら確実に体を冒されるだろう。
呼吸困難や意識障害を抱えては戦えまい。
「アーリャの方は?戦えそうなの?」
アリアドネが俺のお腹を見る。
相変わらずワンピースを大きく押し上げるタマゴは、孵る気配がない。
「っていうか大きくなってない?」
「ん」
アリアドネにまで言われるってことは、やっぱ見間違いじゃないな……。
たぶん俺にくっついた時より一回り大きくなってる。
「軍隊が来るまでこっちの時間で一週間はかかると思うけど、それまでに生まれてくれるといいわね」
「そうね」
なんかもうこの状態で慣れちゃった感があるけどね。
オーナーに空飛ぶのも禁止されちゃったから、ちょっとつまらない。
二日に一度は空飛んで気晴らししてたからなぁ。
まぁ戦いが始まったら嫌でも飛ぶだろうけど。
「そういえばアーリャ。地下の部屋はどうするの?まだ使う?」
「あー」
このタマゴを安置してオーガアイズの水に浸していた、あの部屋か。
もうタマゴはないからオーガアイズはアリアドネが回収して保管中。
ただ念の為祭壇の形は残しておいたままにしてもらってる。
うーん、もう使わないと思うなぁ。
「私はどっちでもいいけど」
「いや、片付けちゃっていい。多分もう使わないや」
「そう?じゃあとでブラウニーにお願いしとくわ」
ちなみにその隣の地下室は今牢屋になっていて、例の獣人戦士と人間剣士が捕えられている。
氷漬けは解除したけど、意識は戻ってない。
無限の闇の中――っていうと中二っぽいけど、ようはノイを良く閉じ込めるクラインの壺の中に意識を閉じ込めてあるからだ。
そう簡単には目が覚めることはない。
あの二人には後々ちょっとした切り札になってもらう予定。
くっく、魔王っぽいなぁ。あの案。
「そういえば――」
アリアドネが俺の隣に座る。
そっとタマゴを撫で始めた。
「名前、決まったの?」
「まだ」
いろいろ考えてはいるんだけどねぇ。
実物見てからじゃないとイメージがわかないというか。
「親としてそれどうなのよ」
「むぅ」
「ひょっとして名前決めてないから生まれてこないんじゃないの?」
それはないと思うけど。
「試しに名前つけて見なさいよ。生まれるかもしれないわよ?」
「うーん」
首を傾げて候補を思い浮かべる。
どれも今一つしっくりこないんだよなあ。
「いいのが思いつかないならポチとかタマにしちゃえば?」
「イヌでもネコでもない」
さすがにドラゴンにポチとかタマはないだろう。
「じゃ何かあるわけ?」
「じゃあ――」
いくつか名前を告げてみるけど、アリアドネもノイも首をひねった。
「しっくりこないわねぇ」
「だねぇ」
「実物見ないとつけられない」
「そうかもしれないわね」
ま、いいわ。
とアリアドネが俺から離れた。
「戦いまでになんとかしておいてくれれば」
「タマゴに言って」
するとアリアドネは、至極真面目な顔で俺のお腹を見た。
「戦いまでに生まれなさいよあなた」
タマゴがぎくりとしたように動いた。
……いや本当に言わなくても。
五日ほど、アリアドネのお城とオーナーの宿を行ったり来たりしてたけど、今日、ついにその日が来た。
人間側の軍隊が一番近い街――革鎧の女たちがいたあの街だ――に入り、あと一時間ほどでこちらの領域に入るところまで来た。
俺はすでに魔王の恰好――黒いローブ姿で城の屋上に立っている。
隣にはノイ。
ノイもまた黒いローブをすっぽりとかぶり、じっと佇んでいる。
眼下には魔王の軍勢、魔物の皆さんが勢ぞろい。
なんでかというと、一週間前に人間の王がやったのと同じことをする為。要は演説だ。
切り取られた視界の中、俺の意識が魔王モードになっていく。
ローブの縁を紫色の魔力が覆う。
『全軍、聞け』
特に声を張り上げる必要はない。
魔力を通し、俺の声はこの場に集う全ての魔族に伝わっている。
『人間が来る。我らを滅ぼすために。我を倒すために。なぜか?我々が悪であるからだ』
魔族は黙って俺の言葉を聞いている。
『なぜ我々が悪なのか。人間は言う。清浄なる土地を侵し作物を枯れさせ種を根絶やし水を毒に変えるからだ、と。だが我は言う。逆だ。人間の世界は我らにとって毒なのだ。我々から見れば、毒を撒いているのは人間なのだ。……我らもまた大いなる意志によってこの地上に生を受けたものだ。その意味で我らと人間は変わらない。にもかかわらず一方的に悪だと言われるのは甚だ不本意である』
数頭のミノタウロスが鼻を鳴らす。
それは俺の言葉をバカにしたものではなく、全く同意する、という意味だ。
『人間は来る。我らを滅ぼすために。光の神の加護の元、悪たる我らを滅ぼすために。故に我は命ずる。闇の神の加護の元、我らが領土を闊歩せんとする不遜な者どもを追い返せと。光の加護があるのなら、闇の加護もまた存在する。そなた達は加護によって守られる。これは光と闇の戦争だ。互いの道がぶつかったならば、そして互いが引かぬならば、争いが生まれることは当然の摂理である。そして勝った方の道が続くこともまた、当然の摂理である。よって我はそなたたちに命ずる。我らの道を途絶えさせるな。我らには我らの生き様がある。人間どもにそれを叩きこんでやれ』
多種多様な雄叫びが上がった。
本来個別に生きている魔族が、今魔王の名のもとに集い、軍をなした。
魔族は個々が強靭な生命体だ。
たとえ数は少なくとも、互いが互いを支え合えばその戦闘力は人間をはるかに凌駕する。
『行くがいい、強靭なる魔族どもよ。戦うがいい、闇の戦士たちよ。未来への道を奪い取れ!』
石斧や弓、棍棒を振り上げ、異形の者たちが一つ意思を共有した。
『蹂躙せよ!』
俺の号令で、魔族の軍団が動き出す。森に散らばり、人間を迎え撃つべく事前の打ち合わせ通りに配置についていく。
残念ながら魔族の中で戦術レベルの作戦を理解できるものは少ない。
従って知能あるものを戦隊長として配置し、その下に下級魔族を配置する。
空を飛べるものは背中に魔術を使えるものを乗せ、航空兵力として使用。
地上兵の多くは森の中での乱戦ということもあり小回りの利くゴブリンやオークを中心に編成し、城下の開けた場所に巨体のミノタウロスやオーガを配置。
魔族の中で弓を扱えるケイローンなども城下の配置だ。
俺は城を囲む城壁の上に立ち、全ての情報を集積して適宜指示を出すことになる。
「ふっふーん。いよいよだね!」
ノイがはしゃいでいる。
「何をするにしてもまずこの一戦を勝ち抜く」
「うん、アーリャ」
ノイには遊撃として動いてもらう予定だ。
魔王が遊撃員。これほど規格外な支援もあるまい。
――王よ。人間の軍が見えました――
偵察として空を飛んでいるグリフォンから念話が来る。
――森の南西よりおよそ二千。歩兵と思われます――
「了解した。――第三戦隊、敵が来る。備えろ――」
――心得ましたわ、魔王様――
戦隊長のサキュバスから返事が来る。
アリアドネの城は崖の中腹にそびえていて、後方は断崖絶壁。
前方は扇形の丘になっていて、その上には森が広がっている。
この森を三方向に分け、城から見て左から第一戦隊、第二戦隊、第三戦隊と部隊を配置しているわけだ。
戦隊長はそれぞれデュラハン、サイクロプス、サキュバス。
後方から攻めてくる可能性も否定できないが、地形上大部隊を投入することは出来ない。従って潜入工作等の少数部隊の接近は考えられるけど、それも見越して探知術式を三重に掛けてある。いざとなればノイに行ってもらうさ。
どん、と鈍い音が響く。
俺から見て右の方、第三戦隊のあたりだ。
帝国軍と接触したらしい。
――魔王様。予測通り人間の軍と遭遇、戦闘に入りますわ――
――任せる。状況は逐一知らせろ――
――畏まりましたわ――
――王よ、南東からも部隊が来ます。数およそ千――
――了解した。……第一戦隊、来るぞ――
――心得ましたぞ、王よ!いざや、我が配下の戦いぶり、しかと御覧じあれ!!――
デュラハン率いる部隊が帝国軍と接触、戦闘に入る。
第一戦隊も第三戦隊も共に森の中での戦闘なので、分はこちらにある。瘴気で体力を消耗し、かつ暗い森の中では弓もまともに使えない。
槍もまたその長さが災いしてまともに振るえない。
当然騎兵や重騎兵はその機動力を使えないので投入されることはない。
従って主力は歩兵の剣ということになるが、単純に力比べとなれば膂力で勝る魔族の方に分があるのは明らかだ。
――報告。人間軍の損害多数。当方の損害は軽微――
上空哨戒を続けるグリフォンから連絡が入る。
ふむ。ここまでは想定通りだ。
「順調?」
「ん。順調」
これほど大規模な魔族との戦闘は、人間側も初めてのはずだ。故に戦術ドクトリンが全くできていない。
平原を主戦場とする他国との戦術ドクトリンをそのまま使ってきている。
山間部だというのに騎兵を用意している辺りがその証だ。
恐らくそういうのは後方で右往左往しているだろうね。
――帝国軍歩兵の損耗率五パーセントを突破――
――了解した。各部隊は現状を維持せよ――
「や、アーリャ」
「アリアドネ」
城壁の上にアリアドネが姿を見せた。
吹きすさぶ寒風に服と髪をなびかせているが、ふらりともせずに俺の横に並ぶ。
「状況はいいみたいね」
「こちらの損耗はほぼなし。帝国軍の損耗は五パーセントと言った所」
「上々よ。プラネタリアムでもほぼ同じ状況が見れるわ」
正直、このまま戦闘を続けても勝つことが出来る。
ただ、アリアドネの希望は魔王『軍』の強さを見せる事じゃなく、『魔王』そのものの強さを見せる事。
それによって起こる、『勇者が魔王を討伐に来る』という流れを生み出したがっている。
だから軍隊同士の武力衝突でのみ勝つわけにはいかないのが、この戦いの面倒なところだ。
「この後は?」
「今のままじゃ主力の騎兵は出てこれない。歩兵と魔術師が中心となってこちらの兵力を削り、前進を試みるはず」
まだ魔術師が出たという報告は受けてないけど、必ず来る。
なにしろ騎兵と重騎兵、弓兵が使えない以上それが最大の戦力となるからだ。
「魔術師が出てきたところでこちらの軍をいったんひかせる。城周辺まで撤退させ、両翼から包囲させる」
「なーる。ま、その辺は任せるわ」
「ん」
――王よ、魔術師が前に出てました。魔力の活性化を各方面で確認。さらに中央からも歩兵、魔術師混成部隊が来ます――
お、行ってる傍から出てきたか。
――全部隊、後退せよ。森の切れ間まで下がれ。弓隊、射撃用意――
やがて木々の間から前衛を戦っていた魔族がちらほら姿を見せる。
一様に背後を気にしているがそれも当然で、時折ファイアボールやサンダースピアと言った人間が扱う攻撃魔術が飛んでくる。
ファイアボールが命中した木々が燃え上がり、あちらこちらで火の手が上がり始めた。
「ちっ……」
消火するの誰だと思ってるんだ全く。
……と思ったけど、これからその必要がなくなるんだし、あまり関係ないか。
――第一、第二戦隊は欺瞞術式を展開し左右へ移動。敵歩兵を誘い込め。第二戦隊、最終防衛ライン前で防御陣形――
魔族軍が俺の指示通りに展開していく。
欺瞞術式は、要するに光学迷彩みたいなものだ。
気配を限りなく薄くし、気付かれずに包囲する為に使っている。
――弓兵、撃ち方用意――
――ははっ!各員、撃ち方用意ーッ!――
俺の指示でケイローンを指揮官とする弓兵隊が矢をつがえギリリとしぼった。
帝国兵の雄叫びが森の間から聞こえ出した。
一人、二人と銀色の甲冑姿が木々の間から現れた。
予想通剣や盾を持った歩兵と、魔術師の混成部隊だ。
遠距離攻撃は魔法に頼っているが、こちらの部隊周辺には対魔術結界がすでに構築されている。
魔術師が放つ攻撃は全てそれに防がれた。
――弓兵、撃ち方はじめ――
――撃ち方、はじめ!――
ケイローンが復唱し、部隊に指示を飛ばす。
同時に無数の矢が放たれ、帝国兵を襲った。
頑丈な鎧は矢を通さない。が、ケイローンの部隊が放った矢は魔法で属性を付与されている。
当たった瞬間に爆発する、要は炸裂弾だ。
この世界の技術には存在しない、俺が伝授した魔族独自の攻撃手法は、帝国兵を狂乱に陥れた。
頑強な鎧の上から爆発による衝撃を受け、転倒するものが多数。
徹甲弾でなくてよかったね。もしそうだったら鎧の中はミンチよりひどいことになるから。
目標を逸れて地面に着弾した矢も想定通り爆発し、帝国兵は足並みを乱され森の中に逃げ込んでいく。
そこを欺瞞術式を解除した第一、第二戦隊が挟撃。
斧やこん棒と言った質量武器でダメージを与え、殺さないまでも戦闘不能にしていく。
通常、ファンタジー世界でよくあるのは、人間たちの戦術的、戦略的な動きに魔族軍が対応せず、てんでバラバラに戦う構図だ。
それはひとえに魔族側に指揮官がいないという点が大きく、ついで種族特製的に『上位者に従う』という概念がないからだ。
だが俺はこの五百年の間に指揮官を養成し、それを頂点とした階層構造の軍組織を形成させた。
さらに定期的に武器の扱いを学ぶ集会を開き、規律にのっとった武闘会を奨励。
これにより全体の戦力を底上げし、かつ武闘会で上位の者はより良い武器と防具を与え、戦力増強を図った。
近隣の村を接収する事で居住地を増やし、知能の高い魔族には武器の改良を命じた。
要は富国強兵政策だ。
結果、普段は好き勝手に生きている魔族達が俺、つまり魔王の名のもとに集った時、彼らは軍隊となる。
軍隊となった彼らは指揮官の指示の元、戦術的な戦いを展開することで、今のように少ない数で人間を圧倒する事が出来るわけだ。
元々のスペックが高いうえに指示系統を守らせればさもありなん。
――帝国軍損耗率は十パーセントと推定します――
――結構だ――
だがここに来て帝国側は戦術を変えた。
森に火を放ったのだ。
今までもファイアボールなどの誤射による発火はあったが、これは意図的に放火している。
恐らく部隊の進軍経路を確保するためだ。
退路にまで炎が回り始め、魔族と言えどさすがに騒ぎ始める。
「このままじゃ魔族軍が孤立しちゃうよアーリャ」
「分かってる。――第一、第二戦隊は後退しろ。結界内で体勢を立て直す――
戦隊長達から了解の斉唱が返る。
速やかな退却によって被害を最小限にとどめ、魔族軍はこちらの結界内に退避した。
――王よ。森へ放たれた火により、敵の進軍経路が作られたようです。騎兵が上がってきました――
――来たか……――
ある程度の道を確保した帝国軍は、今度は水と氷の魔術で火を消したみたいだ。
木々がくすぶる中を騎兵が進出してくるのがここからでも見て取れる。
ただなぁ。
斜面出し倒れた木々で道は最悪。
進むことは出来るけどまともな戦闘は出来ないだろうな。
――弓兵、第二射始め――
――ははっ!各員、矢をつがえろ!第二射ヨーイ、テーッ!!――
炸裂弾の絨毯爆撃で、騎兵が次々泥の中へ倒れていく。
やってる俺が言うのもなんだけど、阿鼻叫喚だろうな、あの辺。
「さて……」
そろそろ俺も動くか。
「行くの?」
「ん」
「気を付けてね」
「あい」
ノイに見送られ、城壁の端へ歩み寄る。
――全部隊へ。結界内で待機城。我が出る――
念話を飛ばし、オーナーの言いつけを破ることになっちゃうけど――飛行魔術を発動。
空を飛んで最前線に移動する。
帝国軍の前まで来たところで空中で静止。かぶっていたフードを取り、顔をさらけ出す。
眼下では俺に気付いた歩兵たちが息を飲んでいるのが分かる。
自慢じゃないけど、俺結構な美少女だからね。
まさか世界を滅ぼすと言われ、五千の大軍で攻めている相手がこんな女の子の恰好しているとは思わなかったんだろう。
金髪が黒煙揺蕩う空に流れ、光を弾く。
オッドアイで戦場を睥睨し、叱咤の声をケモノミミに聞く。
「さて人間共」
おもむろに口を開く。
テレパシーみたいな感じで、戦場に居る全ての人間に聞こえているはずだ。
「遊戯はここまでだ。ここからは我自ら、お前たちに絶望をくれてやろう。せいぜいあがいて見せるがいい」
ふざけるな。
我らの覚悟を舐めるな。
人間たちの怒りの声が届く。
さらに剣と槍を振り上げだした。
後方では帝国の弓兵が矢を打とうとしているのが見えた。
「まとめて始末する」
全てを無視して右手にゴールドレイドを持ち、詠唱を開始。
『Record is born of my chaos.』
『Bread is earth,Blood is Hades.』
詠唱二行分のキャパシティでゴールドレイドを設定し、魔力を重点。
『【World-Alteration】』
『-Get Set.Mode Buster-』
ゴールドレイドが戦闘モード・銃形態で起動する。
人間達、今回は手加減してやる。
ありがたく思うがいい。
「【スプレッドランス】。装填、バーストバレット」
『-【Spread Lance】with Burst Bulet.Get Set-』
キグルス龍戦で使った自動追尾型魔法弾を生成。
およそ三千の、銃弾のような魔力弾が俺の周囲に顕現した。
数はともかく、弾を構築している魔力は全開時の五分の一程度。相当に手を抜いた状態だ。
ゴールドレイドの銃口を眼下に向け、
「ファイア」
『-Fire-』
引き金を引く。
【スプレッドランス】が射出され、光のシャワーが降り注いだ。
帝国兵達は盾をかざしたり地に伏せたりしてるけど、全く無意味。
【スプレッドランス】は鎧と盾にぶつかると同時に爆発。騎兵を馬から叩き落し、進軍の出鼻をくじく。
重騎兵と言えど俺の【スプレッドランス】は防げない。
そして彼らは重装備であるが故に、一度落馬するとまともに起き上ることさえ困難だ。
バカめ。
平原ならまだしも、足場も悪い斜面で騎兵など、何の役にも立たないというのに。
しかし、真に驚嘆を与えるのは俺の力だろう。
何しろ軍隊として行っていた攻撃を、俺はたった一人で行い、凌駕しているんだから。
だけど攻撃はまだ終わらない。
悪いけど、一網打尽にさせてもらう。
「【スクエア・スマッシャー】」
『-【Square Smasher】-』
俺を中心として左右に二カ所ずつ、高圧縮された魔力の塊が出現。
それぞれ周囲の空間から『ヘイロウ』を集め、収束させてゆく。
収束砲撃【スクエア・スマッシャー】は、発射まで時間はかかるけど、威力は折り紙付きだ。
最も今回は魔力ダメージでの昏倒を狙う訳だけど。
収束していく四つの魔力。
それが最大値の三割になったところで、俺は魔力を解き放った。
「ファイア」
『-Fire-』
四本の火線が地面に突き刺さり、燃え残った木々や大地を抉りながら帝国兵をまとめて薙ぎ払っていく。
砲撃に飲み込まれ、あるいはその余波で吹き飛ばされる帝国兵は、まるで嵐の中の木の葉のよう。
あちらから見れば、天から光の柱が突き立ったようにでも見えただろうね。
絶賛砲撃中の【スクエア・スマッシャー】の直径はおよそ三十メートル。有効効果範囲はその倍、六十メートルに及ぶ。射程は約五百メートル。
三十パーセントの出力ではあるけど、人間相手ならこれで十分すぎる。
【スクエア・スマッシャー】は大地を斜めに滑っていき、射線上の全てを破壊していく。
砲撃が終わった後、俺の目に映っていたのは、荒れ果てた大地だった。
森は幅三百メートルに渡って根こそぎ吹き飛ばされ、地はえぐられ草もない。
点々と見えるオレンジ色は木々の残り火だ。
四本並ぶ、幅三十メートルにもなる半円状の溝は、【スクエア・スマッシャー】が削り取っていった跡だ。
出力はかなり抑えたけど、それでもこれだ。
いやー、俺が成した事ながら恐ろしいね、魔王って!
ケモノミミにうめき声が聞こえる。
視線をめぐらせると、薄汚れた銀色の輝きがあちこちに見て取れた。
倒れ伏した帝国兵達が累々とその身をさらしている。
圧倒的魔力に飲み込まれ、意識を刈り取られたんだ。
直撃しなくても余波で吹き飛ばされ、傷を負って動けなくなっていることだろう。
さらに、森が消え失せたことで後方までが見通せるようになり、帝国軍の本体らしき集団も確認できた。
大気中のヘイロウに乗って帝国兵達の恐怖と畏怖と絶望が感じられる。
それも当然だろう。
五千の兵力をもって意気揚々とたった一人の魔王討伐に来て、ふたを開けて見ればこの有様だ。
開戦から一時間もしないうちに半数近い数を戦闘不能に陥れられた帝国軍は、どう攻めればいいのか分からないに違いない。
「くふっ」
思わず口元に笑みがこぼれる。
そうだ。
これこそ魔王であり、そう定義される所業。
俺は今、魔王を体現している。
後方、城の周辺から魔族兵の鬨の声が風に乗って聞こえてくる。
自分たちの長が持つ圧倒的な暴力を目の当たりにして、興奮しているんだ。
いかにも。我は魔を統べる王なり。
『アーリャ……あなたってホント容赦ないわね……』
アリアドネの呆れ声が聞こえる。
『森を作るのも大変なんだけど?』
「殺さないでって言うから」
全部殺っちゃっていいなら魔族軍の攻撃ターンでもっと攻勢に出て数減らせたし、戦術も変えたけどさ。
あまり殺さないでとか魔王の強大さを見せつけるとか条件つけられたら他の何かを犠牲にするしかないじゃん。
ま、代わりに自然が消えたわけですが。
だってあれだけの大群、一人一人狙ってられないよめんどくさい。
まとめて砲撃で吹っ飛ばす方がはるかに楽だ。
――王よ。後方の騎兵及び弓兵が前進を開始しました――
ほう。動いたか。
ま、国を護るための軍隊だ。引くに引けないだろうからな。
なまじ森の木々という障害物が無くなったことで動けるようになった騎兵が上がってくる。が、こちらの軍勢は強固な結界の中にいる。
そう簡単に落とせるとは思わないことだ。
――いかがいたしますか?――
――我が、このまま掃討を続ける――
――御意――
ゴールドレイドのモードを剣に変更。
さらに魔力を込めて攻撃魔術を発動する。
「【ケラウノス・ブレーカー】」
『-【Keraunos Breaker】』
ゴールドレイドを掲げると、広範囲雷撃魔法が発動した。
一応は出力を押さえてある雷が、鎧の兵達を打ち据える。
なまじ金属の鎧だから効果は抜群。
馬にも同様に金属の鎧が付けられているから、そっちにも効果大だ。
雷撃範囲に入ると同時に騎兵隊は悲鳴を上げて地に落ちる。
だが人間側も負けてはいない。
魔術師を集めて同じ雷撃を発動。
雷同士の相互干渉によって俺の攻撃を防ぎ、一種のバリアを形成させた。
ふぅん、少しは頭が回るみたいだな。
とはいえ絶対的な魔力の総量が違いすぎる。
彼らが二百人もの魔術師で作り出した雷を、手を抜いた俺一人の攻撃が圧倒する。
魔術師にも雷撃は命中し、脆弱な彼らは次々倒れた。
弓兵から矢が放たれた。
だが俺がいるのは空。
まず直撃コースの物はないし、あっても俺が展開している対物理フィールドに阻まれて到達することはない。
要は――圧倒的に強いんだ、俺が。
どういう編成できたとしても、ただの人間が幾千幾万集まったところで、俺に勝つことは出来ないんだ。
それこそ――勇者でもいない限り。
そしてこの軍の中に勇者はいない。つまり勝負など最初から決まっていたってことだ。
――帝国兵の損耗が二十パーセントを突破しました――
――大変結構。あと一押しで連中は瓦解するだろう――
後方の陣へ向け、魔法を発動。
さすがの俺でもちょっと面倒な演算だ。
なにしろ――本陣の真上にある、一粒のヘイロウ粒子を補足し、エネルギー変換するんだから。
「捕まえた」
ゴールドレイドがあればかなり楽だけどね。
「発動。【フェイズ・トランスプロージョン】」
カッ!
太陽かと思うような光が、本陣の真上に出現。
一粒の粒子をエネルギー変換したことで生まれた爆発的な反応が、一切合財を吹き飛ばした。
発生した風がバタバタと俺のローブや金髪をはためかせる。
ノイを――もう一人の魔王を出すまでもなかった。
全てが終わった後――大地には気を失った人間達が累々と倒れ伏していた。
「完敗だ……」
かろうじて意識を取り戻し、最寄りの町まで撤退してきた帝国軍の司令官は、絞り出すようにそれだけを言った。
周囲には重苦しい表情をした将軍たち。
皆大なり小なり傷を負い、司令官自身も頭に包帯を巻いている。
ここは街中にある公衆場。
軍を駐留させ一時の宿とするために借り受けた場所。その二階にある大部屋だ。
机を並べ、臨時の会議室としているのである。
卓につく男達が皆疲れ切っているのも無理はなかった。
わずか半日も持たず、率いた五千の兵のうち、実に八割が魔王によって無力化された。
すでに彼らは軍隊としての形を成していない。
実際のところ、攻撃や数値上の損害規模に対して死者は驚くほど少ない。
最新の報告ではおよそ三百人と言った所か。
そのほとんどが魔族との交戦で命を落としたもので、魔王の攻撃は兵の意識を失わせるものだったことが、救助活動中に判明した。
数々の大規模術式を見せつけ、こちらを無力化した魔王は悠々と城へ引き上げて行った。
魔族の追撃もなかったため負傷者の回収は滞りなく行えたが、全員が戦意を完膚なきまでに叩き折られていた。
無理もない。
攻撃と呼ぶのもおこがましい――天災とでも表現した方が早いレベルの魔法を見せつけられたのだ。
「手を、抜かれていたのであろうな」
苦々しい現実を、ため息とともに吐き出す。
「恐らく魔王は、我々を殺そうと思えば一瞬で跡形もなく消滅させられたはずだ」
最後の攻撃が本陣を直撃していれば間違いなくそうなっていただろう。
だが魔王は――あの少女はそうしなかった。それはなぜか。
恐らく自分の圧倒的な力を見せつけ、こちらの攻める意思を根こそぎ奪う事。それが目的だったからだろう。
そしてそれは見事に達成された。
出陣時の高揚など彼方へ吹き飛んだ。兵達の間には、絶望と恐れが蔓延している。最後まで戦おうというものなど、居はしない。
「我々とかの魔王との間には、絶対的な隔たりがあるようだ。どうあがいても勝てない、隔たりが」
将軍の一人が湯を口に含み、力なく嚥下した。
茶を出す余裕すらなかったため、全員の前にある湯呑に告がれているのは、白湯だ。
だが文句を言うものはいない。
散々に敗北して戻ってきた自分たちに、温かな湯を出してもらえるだけでありがたかった。
「司令。これからどうしますか」
一人が、自分たちがこれからとるべき道を問うた。
司令官は口を開こうとして止め、回らない頭を無理やり動かす。
すでに軍はその体をなしていない。再攻撃は不可能だし、これ以上はいたずらに犠牲を増やすだけだ。
そもそも今この瞬間に吹き飛ばされていないのも、魔王の気まぐれに他ならないのだろう。
魔王は自分たちを歯牙にもかけない。
いつでも殺せる、矮小な存在なのだ。
今は――このままでは――勝てない。絶対に。
司令官は重いため息をついた。
「撤退だ」
「司令……!」
玉砕するまで戦おうと言うとでも思ったのか、一人の将軍が非難の声を上げる。
だが司令官は有無を言わせなかった。
「全軍撤退。帝都まで戻り戦術の組み立てからやり直しだ」
それだけが、今自分たちに残された道だろう。
期待してくれた皆には申し開きの弁もないが、そもそもこの一度で勝負が決まるほど楽観もしていなかったのは事実だ。
「我々は敗北した。それは認めねばならぬ。その上で、我々はまだ生きているという事実がある。魔王が我々を取るに足らない者と見なし、手を抜き生かした。それを吉とするか否かで人間の未来が決まる」
司令官は己のうちに怒りを抑え込み、淡々と言葉を続ける。
「我々は確かに矮小だが愚かではない。この敗北を教訓とし、次に伝えることで前に進むことが出来る。諸君。我々は今日負けた。しかし明日勝てばよい。これはそういう戦いだと、思わんか」
将軍たちが顔を見合わせ、頷いた。
「そもそもが世界を滅ぼす存在。そんなものと戦って負けたにもかかわらず命があるというのは――僥倖と言えましょうな」
「幸い全体として見れば立て直しは十分可能だ。死者数が少なかった故、な」
「であるならその事実、有効に活用せねばなるまい」
将軍たちが口々に賛同する。
「では――各方面への伝令を負かせる。準備ができ次第、撤退だ」
「はっ」
席を立ち、一人、また一人と将軍たちが部屋を出て行く。
その姿を見ながら、司令官はじっと机を睨みつけた。
「我々を舐めた事、必ず後悔させてやろうぞ。魔王よ……!」
そうだ。幾年、幾百年かかろうとも、必ず。
帝国軍への斥候を残して魔族軍に解散を命じ、三戦隊の将へ今後の方針を伝えてから、俺はアリアドネの待つ部屋へ、ノイと共に戻った。
「おかえり、アーリャ」
「ただいま」
アリアドネが用意してくれていたサイダーを一気に飲み干す。いやー、喉渇いてたんだ。
「なかなかいい感じでやってくれたわね」
「そう?」
アリアドネが頷く。
「死者数はこちらの想定以下。負傷者は想定以上。最終的には全体のおよそ八割ってところね。それになにより圧倒的な魔王の力を見せつけることで、人間側の戦意を失わせることに成功したわ。これで第一段階はクリアと言えるわね」
予定でも書いてあるのか、ノートを見ながらアリアドネが目をキラキラさせる。
どーでもいいけど、この後の世界が辿る予定を書いた本ってそれ、預言書みたいなものじゃないかね。
魔王がそんな物作ってるなんて世も末だなまったく。
「それで、この後はどうなるの?」
ノイがベッドにちょこんと座り、首を傾げる。
「そうね。予定ではこれから三回から五回程度、人間側から攻撃があると思うわ。その全てをアーリャが追い返す。さらにその間、報復って形でこの辺りの村や街を魔族の支配下に置いて勢力を拡大する。百年ほどたった辺りで星の巡りを調整して、勇者誕生の下地を作るわ」
待て。今なんて言った?
「……」
「……」
「何よ」
「勇者って意図的に作れるの?」
「ぎくっ」
あからさまに挙動不審になりおったな。
でもここは追及させてもらうぞ。
「どうなの?」
「いや、それは、その。直接誕生させることは出来ないけど、素質を持った子供が生まれやすくして、その子が母親の胎内にいる時に私が接触してパラメータ弄れば、まぁ、結果的にそーなるかな?」
あは、あははははは。
アリアドネが笑って誤魔化した。
「……」
ぶっすー。
頬を膨らませる。
それ自分で作れるって言ってるようなもんじゃないか。
「今まで何でやらなかったの」
「それはー……ほら、魔王の存在を世界に知らしめる活動が云々」
じとー。
じとー。
「わ、悪かったわよ?」
俺のとノイ二人分のジト目を向けられ、アリアドネがそっぽを向く。
「それじゃまだしばらくは退屈なわけね」
「そう言わないでよ。人間の軍隊との戦いが無いと、この先のつじつまがおかしくなっちゃうじゃない」
へーへー。分かってますよ。
ただ今日の戦いを見る限り、今後も俺の勝利は揺るがないだろう。
大規模術式を使える魔術師が千単位で来れば少しは苦戦するかもしれないけど。
そもそも本気を出せば惑星ごと破壊できる俺は、ずっと手加減して戦うしかないわけだ。
サイダーを飲み干したグラスをテーブルに置く。
「ともかく、今日は疲れたからこれで帰る」
「そう?分かったわ」
「また動きが合ったら呼んで」
「ええ。お疲れ様。ありがとう、アーリャ。それにノイも」
「うん」
アリアドネに手を振って、俺とノイは彼女の城を後にして、ゼロポイントへと帰った。
「どこか寄る?」
「いや、宿に戻るよ」
オーナーの宿に戻ると、アリアドネの世界でのことを聞かれたので、戦闘云々は少しぼかして話して聞かせた。
一応おとなしくしているように、って言われてるからね……。
あまり派手な事――大規模魔力砲撃だの空戦だの――をしてるとばれたら宿に幽閉されかねない。
いつまで、って?そりゃタマゴが孵るまでだよ。
いつになるか俺だって分かりゃしない。
くっついている部分を通してタマゴの様子が何となく分かるけど、魔力経路が確立しちゃっててすっかり俺と繋がってる。
いつになったら生まれる事やら。
体は重いし動きにくいし、早く孵って欲しいなぁ。
ノイと二人、宿の酒場で雑談しながら、そんなことを考える。
ちなみにノイはマギアセイバーがかなりお気に入りらしくて、しょっちゅうスイッチ入れてはぶんぶん振り回してるよ。
フィズが面白そうに見ていて、自分も欲しいって言いだした。
動力源を変えればまぁ、人間のフィズでも使えるのかな。
あ、ノイがオーナーに怒られた。
魔王に当たってもなんともないだろうけど、設備は簡単に壊せるからね。
仕方ない、あとで手合せでも付き合ってあげようかな。




