秋大陸にて
秋大陸の東端に、季節が留まったような土地がある。
紅葉は色を失わず、風に揺れるたび、乾いた音を立てて舞い落ちる。
その外れに、小さな工房があった。
石造りの建物は質素だが、中には不思議な静けさが満ちている。
魔力石を使わずに灯る灯火。
詠唱も触媒も必要としない起動装置。
魔法反応を示さないはずの金属が、特定の条件下でだけ動く構造。
「・・・やはり、理論通りにはいきませんわね」
机に向かい、アマミは淡々と呟いた。
35歳。秋大陸出身。元貴族。
没落は事実だが、彼女はそれを悔やんでいない。
この世界では、魔力を持つことが当たり前だ。
だが、アマミは違った。
(もし──魔力が、当たり前でなくなったら)
冬大陸で起きている魔力の減少。
それは噂ではなく、確かに観測されている兆候だった。
だから彼女は、魔力を持たない者でも使える魔道具を作る。
世界が壊れたあとではなく、壊れる前に。
──コツン。
控えめとは言えない音が、扉を叩いた。
(・・・珍しい)
この工房を訪ねる者は、ほとんどいない。
アマミは立ち上がり、警戒を隠したまま扉を開けた。
そこに立っていたのは、花の香りを纏う女性だった。
年齢は分からない。童顔で、ピンクの髪。どこか無邪気な笑み。手には一本の杖。
「こんにちは」
柔らかく、明るい声。
「急に来てごめんね。アタシ、春大陸から来たエリス」
そう言って、彼女はにこりと笑った。
春大陸。
その名を思い浮かべた瞬間、アマミの中で小さな警戒が走る。
「わたくしはアマミ。ここは私有地ですわ」
拒絶ではない。
距離を測るための言葉。
エリスはそれを気にした様子もなく、工房の中を一瞥した。
魔道具そのものではなく、その配置と構造を。
「・・・なるほどね」
その視線に、アマミは理解する。
(この方、ただの旅人ではありませんわ)
「噂を聞いたんだよね」
エリスは軽い調子で言った。
「魔力がなくても使える道具を作ってる人がいるって」
「事実ですわ」
否定はしない。
「冬大陸のこと、気にしてるんでしょ?」
その一言で、空気が変わった。
(なぜ、この方が・・・)
問い返すより早く、エリスは一歩、工房の中へ足を踏み入れた。
──その瞬間。
机の上の簡易魔法陣が、ひとりでに起動した。
媒介なし。
詠唱なし。
「・・・!」
アマミは息を呑む。
結界でも罠でもない。
反応しているのは、目の前の女性そのもの。
エリスは一瞬だけ目を瞬かせ、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「あ、反応しちゃった?」
軽く肩をすくめる。
「気にしないで。たまにあるんだ」
そう言って、杖を軽く床に鳴らす。
魔法陣は、静かに沈黙した。
「・・・杖を使っていませんでしたわね」
静かな指摘。
エリスは一拍だけ間を置き、それから変わらずニコニコと笑った。
「気のせいじゃない?」
嘘だ。
だが、アマミは追及しなかった。沈黙が落ちる。
秋の風が、工房を抜けていった。
「・・・お茶でも、いかがです?」
アマミは言った。
「研究の話くらいでしたら、構いませんわ」
エリスは、少し驚いた顔をしてから、すぐに嬉しそうに笑った。
「いいね。こういう場所、嫌いじゃない」
二人はまだ知らない。
この出会いが、南と北の英雄が現れるよりも前から、世界の均衡を
支え始めていたことを。
そして
互いに一度、出会っていたことさえも。
本編に登場するキャラクター
ヒサナ、キーラ、アマミ、エリスは
「キャラクターデザイン鳴海月花」の表記があれば創作、商用利用可能です。




