追記:湯煙の乙女たち
火蜥蜴を回収した後の、ミリーとリタの会話のシーンです。
「鏡面反射」
ミリーが力ある言葉を唱え、周りの風景がゆがむ。
シャボン玉の中に入ったような感覚になる。
「もう、いいですよぉ」
ミリーがリタに声を掛けると、リタが服を脱ぎだした。
「こんなとこに誰も覗きに来ないと思うけどねぇ」
「乙女のたしなみです」
大人びた口調ですました顔でそう言う少女に、「ふふっ」と笑いがこぼれる。
一仕事終えて、念願の温泉に入ることが出来た。
すぐに入ろうとしたところに、ミリーが周りから見えなくなる結界を張ると言い出した。
冒険者稼業を始めてから、男も女も関係ない扱いに慣れてしまった。
自分が女であることを意識することがあまりないので、こういう感覚は新鮮だ。
さっきまで、火蜥蜴の群れがいたと思うといい気分はしないが温泉は温泉だ。
服を脱いで生まれたままの姿になり、温泉の池に飛び込んだ。
ざっばぁあん
「リタ姉ぇ、行儀わるーい」
「誰もいないんだから、いいだろぉ。あんたもやってみなって」
それもそうかと、ミリーも池に向かって、飛び込んだ。
ざざっぱぁぁぁん
「キャー」
波をかぶって嬌声が上がる。
「あははは」
改めて温泉のお湯を丹念に素肌に塗りこむ。
泉質は、おそらくナトリウム泉で、肌にぬるっとした感触のするお湯だ。
古い角質を溶かして落とすため、美人の湯との評判が高い。
「なんか、肌がすべすべになった気がするね」
「美人の湯って嘘じゃないかも」
二人は効能を直に感じてご満悦である。
「ふぅ」
少しお湯にのぼせたリタは涼むために岩場に腰を掛ける。
「リタ姉って、スタイルいいよね」
ミリーがうらやましそうに見る。
「そお?」
均整の取れた引き締まった体は、冒険者として生活するうちに得たものだ。
そのうえで、女性らしい膨らみはミリーから見ても豊かでバランスが良い。
ミリーが自分のささやかなものと比べて恨めしい目を向ける。
「あんた、こないだ12歳になったばかりなんだから、これからだよ。これから」
「んむぅ」
どうして、この年頃の女の子は皆、体の成長を気にするんだろうとリタは不思議に思う。
リタからしてみれば、性差があいまいな、ミリーのような年頃の方が美しく感じる。
そうしてミリーを見ると。
白い体に黒く長い髪。瓜実顔でスっと伸びた鼻筋。まだ幼さが残る切れ長の目元。
あと数年もしたら、きっと誰もが振り向く美人に成長するだろう。
まじまじと見られて、少女が頬を染める。
「恥ずかしいから、あまり見ないでぇ」
「いいではないか、いいではないか」
リタが悪乗りして、体を触りまくる。
「やーん」
くすぐったさに、我慢できず逃げ出すミリー。
「あははは」
山奥の誰もいない露天風呂に、乙女達の声が響く。
「リタ姉ぇって、カイルさんとは、いつか一緒になるの?」
「ぶふぅ」
いきなり、ミリーが思いもよらない質問をしたのでリタが吹いた。
「あいつは、あたしにとっては手のかかる弟だよ。まあ、もう少し男前になってくれないとねぇ」
「ええぇ。お似合いだと思うけどなぁ」
なぜかリタは頬が熱くなって、話を返す。
「あんたこそどうなのさ。まあ男って言っても他に近い年の子もいないけどね。アインのことはどう思ってるんだい?」
「アインは私にとって、かわいい弟ですよ」
リタの言葉にミリーは特に感情の起伏も見せずに答える。
リタは意地悪っぽく、アインが有望株であることを指摘する。
「えーでもあの子は大きくなったら化けるよ。いい男になって彼女の一人や二人はすぐに出来るんじゃない?」
「何言ってるんですか、リタ姉ぇ。アインは変わりませんよ。女の子なんて連れてくるわけないじゃないですか」
ミリーは何の感情の変化も見せず訂正する。
虚無を感じさせる、その目が怖い。
「うん、なんかごめん」
しばらくは男の気配はなさそうな二人だった。
ミリーが珍しく身の上話を話し始める。
「私、孤児だったんです。家族が盗賊に襲われて、たまたま通りかかった師匠に助けてもらって」
この世界には、よくある話だが弱いものから犠牲になる。
ミリーのように誰かに救われる子供は幸運なほうだ。
手を組んで伸びをしながら言う。
「こんな風にだれかと一緒にいられるって、家族みたいだなぁって思えてうれしいんです。アインと出会ってから、みんなと一緒に旅ができて、私幸せだなぁって」
「そっか。。。」
「このまま、ずっと一緒にいられたらなぁって、そうだといいなぁって思うんです」
へへっと照れくさそうに言うミリーが愛おしく、リタは相槌を打つ。
「いられるよ、きっと」
そうなればどんなにいいだろうと自分でも思う。
だけど、リタの心の奥底では、アインと私たちの道はいずれ離れることになると感じていた。そんな考えをしてしまう自分が嫌になる。
ざっぱぁ
頭から温泉に潜って嫌な考えを忘れようとする。
「?」
それは予感めいた不確かなものだが、もしそうなっても、この子にとって辛い別れにならなければいいと、それまで健やかであってほしい、リタはそう思うのだった。




