イグナ
火精霊が目の前にいる。
こんな状況を誰が想像しただろうか。
観衆はあり得ないものを見て静まり返っている。
「おい、あれ本当に大丈夫なのか?」
一人の観客が口にした言葉はここにいる全員が思っていたことだ。
すでに人同士の戦いではなくなっている。
しかし、この場からいなくなるものは一人としていない。
異常な状況による異常な戦い。
理性では逃げようとしているが、この興味による興奮に抗えない。
人とは理性的でいてどこか可笑しな生物だと分かる。
イグナは弱き人を空中から見下す。
2人に向かって手を横なぎに振ると、火の魔力弾がその軌跡に大量に現れ発射された。
人間が一回の詠唱で一つの弾を出すことがやっとのこの魔法を、いとも容易くばら撒いてくる。
風の盾で逸らしてはいるものの、すべてを防ぎきることは出来ず鎧やローブに被弾する。
魔法使いのローブは魔法に関しては絶大な防御力があるが、普通の皮鎧しか着ていないリタは火の魔力弾の熱でダメージを受ける。
ミリーが風の結界を張る。
「風の結界」
これでしばらくは持つはずだ。
「あいつ、ルール分かってんのかね」
すでに思考することすら相手は出来ないようだ。
「癒しの翆風」
ミリーがリタに継続回復の魔法をかける。
「ありがとう。ミリー」
火傷の痛みが引いていく。
「あの体は、火蜥蜴と一緒で実体化しているのは半分です。ダメージはその分入りにくいですが、本気でやっても命に別状無いはずです」
「つまり殺す気でやっても大丈夫ってことだ」
「向こうもそのつもりですし、こちらも手加減してる余裕はありませんよ」
すぐに打合せして有効な戦法を話し合う。
イグナは火の魔力弾を畳みかけていたが、効果が無いとみると次の魔法の使用準備を始めた。
「あれはまずいです!すぐ離れて!」
ミリーが必死になって結界を解除する。
二人がその場から飛びのく一瞬前に地面に魔法陣が現れ、炎の柱が出現した。
炎柱の爆発
風の結界ごと焼き尽くそうと、業火の柱が地面から伸びる。
間一髪で危機から免れた二人は距離を取るべく、二手に分かれた。
強化魔法が効いているため、高速移動で的を絞らせない。
走りながら、ミリーが魔法を詠唱し力ある言葉を発する。
「疾風加速陣」
最近完成したミリーのオリジナルスペル。
つむじ風が二つ並んでその場にとどまる。
ミリーは同じ魔法を繰り返し、風の渦を戦場にいくつも配置した。
「準備出来たよ! リタ姉ぇ!」
「おっけぇえーい!」
リタがニードルスパイク型のナイフを取り出す。
表面にゴルフボールのような凹みがある奇妙な形をしている。
振りかぶり全力で投げる。
野球のピッチャーが投げるような全身を使った投げ方で、二つの風の渦の間を通しイグナを狙う。
「キィィィィィン」
その渦の間を通るとき、金属を削るような音と、爆発的な加速が加わりイグナの体を貫いた。
リタとミリーが以前話していた戦闘術が実践された。
砂を含んだ逆回転する2つの渦の間を通ったナイフは、ピッチングマシンで打ち出された様に加速を加えられる。
そのための、特別な形状のナイフを試行錯誤の末作り上げた。
戦場に複数置かれた風の射出機は、投擲ナイフをスナイパーライフルのような威力に持ち上げる。
肉体の部分に思わぬダメージを食らい悶絶するイグナ。
痛みを知らぬはずの精霊が、肉体を持つことで初めて経験するその感覚に怒り狂う。
イグナは大魔法を使う準備を始めた。
リタは上空に魔法陣を見た。
この城全てを飲み込むほどの大きさの魔法陣を。
観客がそれに気付き、悲鳴を上げだした。
魔法陣がゆっくり完成に向かう。
リタが投げるナイフで貫かれる度、魔法陣の完成が遅れる。
「まずい。まずい。気を散らして完成を遅らせる!」
後一筆で魔法陣が完成する、その時。
ミリーの魔法が発動した。
「旋風竜の咆哮!!!」
リタが時間稼ぎをしている間に、ミリーが上位魔法を完成させた。
力の発動に精神が吸い取られる感覚がして意識が遠くなる。
ミリーは自らの相棒に願う。
(翠風の杖、お願い!)
翠色の宝玉に光が宿る。
発動の瞬間、旋風竜の幻が現れ巨大な竜巻がイグナを襲う。
ミリーは右手に杖を持ち、左手を使い記述魔法で空中に力ある言葉を刻む。
砕氷の牙
竜巻に加え、細かな砕けた氷が鋭利な牙となってイグナに襲い掛かる。
竜巻が白くなる。
美しい白い塔が現れる。
その中で行われているのは、砕氷による低温化と切り裂き。
美しさに反して、凍傷と裂傷を引き起こす風が荒れ狂う地獄だ。
風が上空に登り消えてゆくにつれ、囚われたものの姿が現れる。
そこにイグナの姿はなく、力を使い果たしズタズタになった女戦士が倒れていた。
「グ、グゥア」
イリナは小さな苦悶の声を上げて気を失った。
空に浮かんでいた魔法陣もいつの間にか消えていた。
リタは力尽きて倒れているミリーに駆け寄り抱きかかえる。
「本当にあんた、大した魔術師だよ」
妹分の活躍による奇跡的な勝利を誇りに思うのだった。




