魔族との確執
しばらく待つと、カーラがお茶を入れて戻ってきた。
薄く黄色く色づいた柑橘系のよい香りがするお茶を、カップに注ぎ全員にふるまった。
誰も手を付けない事に苦笑して言う。
「何も入れてはいないよ」
アインが口にすると、スゥと鼻に抜けるフルーティな独特な香りのするハーブティーだった。
「おいしい」
「ありがとうございます」
カーラが笑顔で応えると意外に若々しく可愛らしい表情を見せた。
緊張がほぐれたところで、先ほどの会話の続きが始まった。
「アインさ。。坊ちゃんは、この者たちとどのくらいの間一緒にいたのですか?」
「去年の氷の季節だから、1年経っていないくらいかな?」
「。。。なるほど。。。では、魔術師という者どもについてどこまでご存知でしょう?」
「?。。。かつての王と人類を救うために戦った話なら森人の里で聞いたけど」
カーラは首を振って、訂正する。
「その後の話です」
「その後?」
アインは首をかしげる。
そういえば、人魔戦争の後については魔術師がどうなったかは聞いていない。
「魔術師は戦争終結後から魔術師評議会を名乗り、人類の管理を始めたのです」
「それは、王がやるはずだったことを代わりにしたんじゃ」
「そうです。そこまでは、我らも何も言いません。我らの力が及ばなかった事が始まりなのですから。しかし、こ奴らは、約定を違え我らを狩り始めたのです」
戦後の復旧の時に、魔族は魔族領に戻って元の生活を送るはずだった。
しかし、人類軍は相当数の魔族を捉え奴隷とした。
それを黙認し、止めずに放置したのが魔術師達だったとカーラは言う。
「その後、捉えられた仲間は、最後まで魔族領に戻ることなく、奴隷として命を落としました。魔術師がその後の管理をやりやすくするために!」
カーラは拳を強く握り悔しさに顔をゆがめる。
「我らは、門を閉ざし人類との決別を決めました」
当時の状況は正確には知りえないが、戦後の復旧のための労働力として、魔族が奴隷として扱われたことは容易に想像出来る。
勝利者が敗者を奴隷にする事は、俺が生きていた世界でも在ったことだ。
しかも、近代においてそれが続いていないと言い切れる証拠もない。
古代、中世時代のこの世界において戦争奴隷がどれほど悲惨な扱いを受けることか、
その待遇の過酷さにおいては、現代とは比べるべくもないだろう。
カーラは老魔術師を指し弾劾する。
「こいつらは、我らと世界を救うと言いながら、すべての功績を自分たちのものとして、我々を貶めたのです!」
「私たちは、ただ元の場所で静かに暮らしたかっただけなのに」
「師匠。。。私も知りませんでした」
ミリーが涙を浮かべている。
「いずれ話すつもりだった。このことは魔術師全員の罪なのだから。。。」
ナージャは沈痛な眼差しで店主を見据える。
「カーラ殿」
「今更、謝罪しても何の足しにもならんのは良く知っておる。じゃが、当時の魔術師の苦悩も知っておいてくれ。その上でわしらからの謝罪を受け入れられるか判断してもらえんか」
「。。。」
老魔術師が、話を継ぐ。
「戦争終結の当時、評議会の中心にいたのは、大魔術師と呼ばれる数人以外、まだ年若い者ばかりじゃった。」
「もともとは学徒でしかない彼らでは、人を導くことなど到底出来んかった。当時の魔術師の取った選択は、カーラ殿の言うように。。。弱者を切り捨てることじゃった。。。」
当時の魔族軍は人類圏まで大きく戦線が伸びた結果、酒保のような民間人が多く居る施設がいくつも造られた。
そこで働く民間人も、撤退に間に合わずに戦地に残された者は悲惨な末路をたどった。
戦争を始めた魔族に対し普通の人々は容赦がなかった。
姿の変わった人々は人間とは扱われず、男も女も労働に従事させられた。
そして、労働の対価として与えられるのは、わずかな食糧のみ。
次々に人々は死に絶えていき死体は放置される。
魔族はその命を失うと人と同様に死体が残る。
その死体は、精霊の苗床として魔法の強化に使えた。
人々はその事実を知ると、争うように魔族の死体を漁った。
およそ人の所業とは思えない蛮行が繰り返された。
魔術の薪とするために。
魔術師評議会は、魔術の管理の名の下にその蛮行を止める。
魔族の体を使い強力な魔法を使う者を粛正した。
「魔族と敵対していた以上、魔術師が魔族を助けることはできない。我らがやれることなど、死者の尊厳を守るくらいのことしかできんかった」
もし、この時に魔術師が止めなかったら、今でも魔族は人にとって魔術の燃料として狩られ続けただろう。
当時の有力な豪族の首領はこのことを知っており、魔術師とある取り引きをした。
このことは世間には公表せず、後世に残す事はしない。
しかし、一部のもののみがその秘密を独占し、労働力としての奴隷に関しては黙認する。
当時の評議会の力では人を統治することは叶わず、魔術に関してのみその権限を持つことで人類圏の有力者と密約を交わした。
「もし、この密約が無ければ、欲にかられた普通の人々が魔族領にまで押し寄せていたかもしれん。そうなれば今頃魔族は根絶やしにされていたじゃろう」
「。。。」
カーラは初めて聞くその事実に言葉を失う。
どの世界でも、最も恐ろしいのは、何の力も無い弱者だと嘯く普通の人が、より弱い者を虐げる時だ。自分たちは弱いのだから何をしてもいいと考えた時、それは本物の化け物になる。
「。。。それだけではないだろう」
カーラは迷いながら言う。
「お前たちは、王の復活を阻むためにその系譜に連なるものを捕縛した」
「ああ、その通りじゃ」
戦争が終結し、魔導士評議会が発足してしばらく後に、魔王復活の噂が流れた。
金髪の子供が世に現れ始め、魔王の生まれ変わりなのではないかと言われ始める。
戦争の記憶が生々しく残る時代。
その子供の存在は人々にとって恐怖に変わる。
「人の恐怖には際限が無い。目の前の何の力を持たない赤子も、これから先に自分たちの災厄になるという思い込みで、慈しむ心を無くし排除すべき者としか見えなくなる」
かつての魔術師は、金髪の子供を保護することを名目に、生まれたばかりの赤子を攫った。
そして、いつのころからか、そういった子供が市井では生まれなくなっていった。
「保護した子供は、魔術師が管理する特別な塔で一生を幽閉されて過ごすことになった」
「結局、王のような特別な資質を持つことはなかったと聞く」
カイルがそれを聞いて思い出したように問い質す。
「じゃあ、魔法使いに伝わる伝説ってのは。。。魔王の生まれ変わりだってことか。婆さんはそれを知っていたのか?」
ナージャは落ち着いて訂正する。
「過去にそう言われていたことは知っていた。じゃが、魔王の生まれ変わりを示す証拠は見つからなかった。今でも評議会の中で意見が割れているのは本当の事じゃよ」
ナージャは居住まいを正し、カーラに向き合う。
「カーラ殿、わしら魔術師の選択が正しかったとは言わん。それによって不幸になった多くの人々がいたことも確かじゃからな。だが、これだけは誤解しないでほしい。当時の魔術師が、決して野心に捕らわれて行ったわけではない事を」
老魔術師の話を最後まで聞いたカーラは、自らの見識の甘さを謝罪した。
「伝えられてきた事実が異なるからとはいえ、あなたたち魔術師を侮辱した発言をしたことを謝罪しよう」
あなた達の謝罪を受け入れると言う店主に、一同は安堵の溜息をついた。
お互いの隙間を埋めるような話はこれで終わり、今後の話に移ることが出来る。
カーラはお茶が冷めたので入れ直すため席を立った。
カイルが緊張をほぐすように言う。
「やれやれ、これで本来の話ができるな」
皆ほっとした表情で、冷めたお茶を口にした。




