ちいさな決意
旋風竜の脅威を切り抜けたアインと主人公でしたが、アインはそのまま眠り続けてしまいます。
その後、少年はある決意をするようです。
アインは、その後丸一日目を覚ますことはなかった。
急な好天に恵まれ急遽出発を決めた商隊に、子供の安否を心配する一行は渋っていたが、
「こんな岩場にいるよりは次の村で薬師に見せた方がいい」
ロランの尤もな意見に頷かざるを得なかった。
旋風竜の死体を解体し、有用な部位をロランに買い取ってもらう。
翼膜は風の精霊の作用により雨風を避ける幌の材料になり、骨も軽さと丈夫さを兼ねる工材になる。
鶏冠に当たる部位にある翠に輝く玉は、魔術的な価値はあるが一般には売買されないためミリーの杖の強化に使うことにした。
ビドゥがそれを見て物欲しそうにしていたが無視だ。
一通りの出発準備が整い、商隊は草原の村:グラスブランに向けて馬車を走らせる。
アインは仲間と一緒の馬車ではなく、ロラン商隊で一番豪華な馬車で寝かせてもらうことにした。
大商隊の馬車だけあって、長旅でも快適な住環境が整っており、貴人の護送にも使われるものだ。
「この子のおかげで、行程が数週間短縮されたわけですから、これぐらいのお礼はさせてください」
一行はロランの厚意に甘え、アインを預けることにした。
1日ほど馬車に揺られていると、アインが目を覚ました。
見たことのないベッドで横たわっていることに気づき、警戒するように身を固めるが、近くにいた女性の護衛兼看護役に説明され、ようやく安全だと察した。
しばらくは体を休めた方がいいと言うその女性に、皆を心配させたくないと言って仲間の馬車に移る旨を伝える。
女性は心配そうな顔でいたが、希望を受け入れて外に伝令に行ってくれた。
そうして、仲間の馬車に移るために商隊全体の馬車が止まる。
ロラン商隊と合流することによって馬車の車列は二十を超える大所帯になっていた。
小さな体が馬車から降りると、そこにロランが現れる。
「アインさん」
子供にする態度としては丁寧すぎるくらいにロランは感謝の言葉をかける。
「本当にありがとうございます。あなたのおかげで旅が楽になりました。皆とても喜んでます」
さあ、こちらですと言い、仲間のいる馬車まで体を抱き抱えて案内してくれる。
それを見て商隊の人足や護衛役から声をかけられる。
「ありがとうな」「ほんとに助かったよ」「けがは大丈夫か?」
暖かい声をかけられるたびに、くすぐったそうに照れるアイン。
中にはからかい半分に英雄扱いする者もいて、恥ずかしくてロランの胸に顔をうずめた。
仲間の馬車に到着するときには顔が真っ赤になっていて、一行に熱があるのかと心配されてしまう。
体には異常がないことをあわてて言うも、ミリーやリタは熱を測ったり頬を手で挟んで無事かどうか確かめたりして離さなかった。
そうして無事を確認して安心したのか、ミリーが大粒の涙を流して嗚咽を堪えている。
「だって、私がしっかり見てなかったから、(アインがどっか行っちゃったかと思って。目は覚めないし心配で)」
後の方は涙声でよく聞き取れなかった。
そして、リタの胸を借りて泣き出した。
しばらくして、スンスンと鼻をすするミリー。
皆が落ち着いてきたようなのでナージャが、何が起こったのかを聞く。
アインはその時の状況を思い出しながら、
「突然体を引っ張られるように外に出されて、その後急に空に引っぱりあげられたんだ」
「その後のことはよく覚えていないんだけど、誰かに助けてもらった気がする」
昔から時々そんな感じがあったと言う。
その人のことを思い出そうとすると、スゥっと霞を掴むように印象が薄れてしまう。
俺ってそんな感じなんだ。
カイルはアインの他に人影はなかったし、いつも不思議なことが起こるときと同じように髪の毛が輝いていたと言う。
ナージャがアインを見ながら皆に魔術について語って聞かせる。
「坊主が起こす現象はわしら魔術師とは方式も成り立ちも全く異なる」
魔術師はこの世界に生まれたもの全員に与えられる小さな精霊の加護を、さまざまな術や儀式を組み合わせて大きく増幅させたり変質させることで力を発揮する。
言い換えると、だれもが無限に使える単3電池を持っているが、一度に使える電力は増えない。これを一度に増やしたり、使い方を変えたりするのが魔術ということだ。
だが、アインの場合、術式による増加や変質を行っておらず、初めからありのままの力を発揮しているように見えるそうだ。
「いわば精霊魔法と言うものじゃな」
魔法は精霊の力を借りて行うものだが、精霊魔法は精霊そのものを使役して発動させる。
魔術師はそのように定義しているという。
同じように聞こえるが、これには天と地ほどの違いがあるらしい。
「ある種の魔物、そう今回遭遇した旋風竜がそうじゃが、生まれた時から精霊を使役する権能を持つものがおる」
煙管を取り出しタバコに火をつける。
「やつらは、わしらが使う魔法よりもより強く精霊を支配する。わしの結界が役に立たなかったのも旋風竜の風を支配する力が勝ったからじゃな」
煙草の煙をくゆらせながら、老魔術師がつぶやくように言う。
「もしかすると、アインは特別な精霊に守られているのかもしれんのお」
いえ、背後霊です。いや、守護霊です。
何となく自分を呼ばれた気がしたのでそう心で答える。
旋風竜との闘いを思い出す。
風の精霊を竜の支配から解き放った瞬間のことを。
あれが俺の力であるって実感は無いんだよな。
坊主と力を合わせて初めて発揮できるようだし。
一度坊主が眠った時に魔法のまねごとをしたけど、身体操作と回復以外は何の反応もなかったんよね。
いつだったか、
「はぁぁぁぁぁ!いでよ炎よ!わが敵を灰燼と帰せ!」
と夜中に叫んでいたところを、婆さんに生暖かい目で見られて以来、試していない。
馬車が動き始めた。
次の停泊地である草原の村について、カイルから話を聞く。
「草原の民の村だな、あいつらは体は小さいが優秀な戦士でな、その小さな体躯を生かした戦闘術を編み出している」
昔一度、その村出身の修行僧と手合わせしたことがあって、全く歯が立たなかったと告白した。
「死角に入るのが巧くてな、一瞬でも目を離すと死角からの一撃が来る」
「しかも、体の大きさからは想像できないような打撃を放つので、接近されたら勝ち目がないと思っていい」
「その時の俺は、中長距離を保って間合いに入れさせない事だけに集中してたんだが、ありゃ今考えると遊ばれてたな」
「まあまあ、けっこう筋がいいって褒められてたんだから、腐らない」
と、リタがフォローする。
「小さいって、僕と同じくらい?」
アインが聞いてくる。
「そうだなあ、大体同じくらいだな」
何かを思いついてつぶやくアイン。
「僕にも使えるかな」
「。。。」
黙って少年の話を聞く一同。
「あのね。僕、あの大きな人が目の前に立った時、ただ震えるばかりで何も出来なかった。カイル兄とリタ姉がひどいことされても震えて一歩も動けなかった。それが悔しくて情けなかった。僕じゃ役に立たないかもしれないけど、皆が戦っている時にただ守られてるだけは嫌だ。僕もみんなの役に立ちたい」
これからも、みんなに守られているだけにはなりたくない。
何かあった時に自分で動けるように、生き残るための術を身に付けたい。
そう語る、アインの覚悟に異論を唱えられる者はいなかった。
まだ幼いのだからと言って擁護することは簡単だ。
だが、アインの生い立ちやこれからの事を考えれば、この先も過酷な道であることは皆が感じていた。
ゴウライのような強者が他にも現れることは無いだろうが、自分の身を自分で守ることはこれから先の人生にとって必要なことなのだろう。
「アインは今いくつなんだ?」
カイルが少年の話に寄り添うように話を聞いてくれた。
「この旅の途中で5つになったんだよ」
みんなと出会って、一緒に自分の年齢を刻めることが何よりもうれしいと少年は笑う。
そういえば、坊主の生まれたのは氷の季節の中頃だったな。
この世界にも四季はあり、氷、水、雲、風の季節と区別される。
ただし、月日という考え方が無いため、この世界では誕生日を祝うという習慣が無い。
俺は強がりを隠した表情で、そんなことをいう少年をじっと見る。
それでも俺は知っている。
坊主が時々涙を浮かべて眠っていることを。
両親と一緒に歳を重ねたかったことを。
「そうか、じゃあ俺が冒険者になろう思ったのと同じ年だな」
「なら、ちゃんとした男として扱わないといけないな」
カイルは不器用なウィンクをして、アインの決意を受け止める。
そして、これからの事を話す。
「まずは村についてからだな、そこで彼らに聞いてみよう。成りは小さく見えても相手は大人だ。人の子供の体で習得することが出来るかは、直接聞いてみないと分からないからな」
カイルの言葉にうなずくアインだった。
次は草原の村の話です。
そこではアインの願いを受け入れてもらえるのでしょうか?




