惨劇、突然の別れ
ただ赤子の成長を眺める日々が続いた数年後、悲劇が訪れます。平和で暖かな日常は突然終わりを告げました。命の危機に彼らがどう立ち向かったのか。
3年の月日が経った。
この間に、赤子は両親の愛情を受けてすくすくと育った。
黄金色の髪に白い肌、青い瞳が好奇心を湛えくるくると回る。
想像した通りかわいい男の子に成長した。
赤子は男の子へと成長し、俺は相変わらずふわふわ浮いている。
何もできずに見守るだけで、ニートよりも役に立っていないが、それでもいくつもの発見があった。
家族構成については、
父親の名はダン、母はアリーシャという名だ。
ダンは木こりを生業にしており、この家も森に面した里山に建っている。
浅黒く日焼けした体はたくましく、いかにも力仕事をしている男という印象だ。
獣族の血を残す種族だが身体能力は一般の人よりわずかに強い程度のようだ。
一方、アリーシャは体が弱くあまり外へは出歩くことはなく常に家にいた。
ハーブや薬草の知識が豊富で、薬師としての働きはなかなか評判がいいようだ。
この体の能力についても気づいたことがある。
本体が寝ている間ならその体を動かすことができた。
体を動かしている間の記憶は、夢のようにおぼろげではあるがアインにも共有できているようだ。
子供の記憶は不鮮明ですぐに他のことで上書きされるため、今のところは不審に思われていない。
むしろ、憑依している間に家族に怪しまれないかとひやひやする。
体の成長に従い行動範囲が広がることで、徐々にこの世界のことも判ってきた。
やはりここは、俺がいた世界とは違った別世界で間違いない。
何より魔法というファンタジーには定番の技術が存在する。
この世界では一般的にも使われて、生活の一部となっている。
ただし、大きな規模の魔法は一般には存在せず、そういうものは一部の大魔術師が秘匿管理している。
一般に使われる魔法は指先に火を灯す程度のものや、コップ一杯の水を出すものとささやかだ。
そのため、争いに魔法が使われるようなこともなく平和的に利用されている。
オタク知識や前世の世界での科学が、如何に平和と程遠い使われ方をしていたか知っている身としては、その点は安心した。
かと言っても、この世界が平和であるかというとそうでもないようだ。
両親の会話を耳にすると、治安は中世以前とそう変わらない。
隣村が野盗に襲われた。
商隊がオオカミの群れに遭遇した。
現代日本の感覚では耳にすることもない内容がちらほら耳孔をかすめる。
身を守るための術を持つべきだよな。
でも浮いてるだけだしな。
出来ないからしょうがない理論でだらだらしていたら時間だけが経っていた。
ある冬の夜。
その日は今にも雪が降りそうなどんよりした寒空で、早めに休もうと家族で話をしていた。
災厄は突然やってきた。
母親がアインを寝かしつけて、ようやく寝息が静寂を包みそうなその時。
遠くから人の叫ぶ声が聞こえてくる。
夜も深まっているのに通りが明るい。
父親は素早く2階に駆け上がり、屋根に立ちつつ村の中央通りを凝視した。
俺は一緒に2階子供部屋の窓から覗き見た。
昔見たキャンプファイアーの映像とは比べ物にならないほど広い範囲で夜空が紅く染まる。
それは村祭りで灯された篝火のような荘厳なものではなく、火そのものの暴力を解放した荒々しい竜の姿を思わせた。
「村が。。。大変だ」
村の中心から離れたこの場所なら火の心配はなさそうだが、状況がわからない。
目を凝らしてしばらく見ていた彼はすぐに逃げる準備をするように言った。
何が起こったか問う母親に
「村が野盗に襲われている、こちらにも数頭の馬が向かっているのが見えた」
「早くここから逃げないと」
そう言ううちに馬の嘶きが聞こえてきた。
「まずい、俺はここで奴らを食い止める。お前はアインを連れて裏から逃げるんだ」
両親の真剣なやり取りを見ながら
え?うそだろ?これ今起こってること?
平和な現代と平和な一家を見ていた俺。
急な展開についていけず、おろおろするばかり。
「アイン、起きて」
母親は寝始めてすぐに起こされ、ぐずついているアインに厳しい口調で
「すぐに準備して」
「逃げるわよ」
といい、あるだけの衣服を着させた。
裏口から出る時には野盗が家に踏み込んできており、父親が数人の野盗と戦っていた。
これまで、人の生死がかかった争いなどを目にしたことがない。
俺はただ茫然と状況に流されるだけだった。
母親がアインの手を引き、裏口から飛び出した。
そこに野盗の一人がいた。
「こりゃぁ上玉だ」
下卑た笑い
獲物を見つけたようなニヤついた嫌な笑い。
自分たちにそんな目を向けられた少年は、どうしようもなく震えていた。
俺はその傍らで浮いていることしかできず、それどころか同じように震えていた。
母親は少年に聞こえるように
「穀物蔵の裏手に向かいなさい、早く」
そう言い、野盗の注意を引くため魔法の詠唱を始めた。
詠唱を必要とする魔法は一般人では知る由もなく、そんなものを扱える者がいると思っていなかったため野盗は焦った。
だが母親は詠唱を知識として知っているのみで魔術は発動しなかった。
しかしアインを逃がす隙は作れた。
裏口から駆け出したアインが耳にしたそれは父の断末魔と、母の悲鳴だった。
俺は耳をふさぎ目をつむって走り続ける子供の傍らで、無力感に苛まれながら浮いている。
駆け続けているうちに途中の小高い丘から足を踏み外したのか、いきなり少年がぐらつき倒れた。
少年はその場で意識を失いぐったりしている。
助けなきゃ
強くならなきゃ
守るって誓ったじゃないか!
自分の中の感情がぐるぐると廻る。
弱い自分を叱咤して彼の体に取り憑く。
少年の目と耳と体の感覚が伝わってくる。
体に不調がないか確認する。
大丈夫、打ち身の痛みだけで、ケガはない。
スッと身をかがめながら、もと来た道を戻る。
野盗の話し声が聞こえる。
「馬鹿野郎!殺しちまったら売り物にならねーじゃねーか!」
「いやだってこのアマ、魔術使いそうだったんだよぉ」
「せっかくの上玉だったのに、無駄足になったじゃねーか」
「いや、まだガキのほうは近くにいるはずだ、あのガキ金髪だった。ありゃ高く売れるぜ」
「それに死んじまっても、まだあっちの方は使えんじゃねーか」
その後の惨状は見るに堪えず、大人の俺でも吐き気に耐えられなかった。
「誰かいるのか!」
見つかった!?
すぐに草むらに入り、闇に紛れて隠れ、逃げだす。
子供の体であんな連中をどうにかする方法なんてあるわけ。。。
あった。
しかし、あんな方法、本当に現実で使えるのか?
オタク知識から今の状況で最大の効果を持つ反撃方法を思い出す。
まずは、穀物蔵まで向かおう。
穀物蔵に到着し扉を開ける。
普段からカギはかけていないことを知っている。
中の様子を見て、これならいけるかもと考える。
密閉した空間と冬の乾燥した空気。
小麦粉の入った麻袋。
ここまで条件がそろえばあれができる。
粉塵爆発
アニメではお約束の起死回生の手段。
実際に起こるかどうかは眉唾ものだが、もうこれしかないのも事実。
子供の足で逃げきれるはずもない。
でも着火するにはどうしたら?
母親が着せてくれた服に目が留まる。
羊毛のセーター。
母親が編んでくれたものだ。
「坊主すまん」
条件は整った。
家の近くで蛮行は続いている。
少年を探す野盗に向けて大声で叫ぶ。
「こっちだクソ野郎ども!」
「!」
すぐに数人の足音が聞こえてくる。
穀物蔵の近くで足音が止まる。
セーターを脱ぐ。
金色の髪の毛が逆立ち、パチパチと音がする。
石に括り付けて
小窓から投げ込む。
目をつむって耳をふさぐ。
ぼわっ
え?
爆発しない?
まずい
失敗を覚悟し、駆け出す。
「そこか!?」
小さな燃焼音を聞きつけ、野盗が穀物蔵の扉を開ける。
その瞬間
ズドォォォォン!
ガシャアアァン!
木製の小屋は圧倒的な衝撃で消し飛んだ。
俺が走り出した直後に
爆音が聞こえ
体が浮く
天と地がひっくり返る
叢に体が放り投げられる
あとは、ただ耳鳴りだけがずっと続いていた。
あたりを見ると、その場にいた野盗は全員立つこともできない状態だった。
あるものは炎と衝撃にためのたうち回り、あるものは農具に貫かれすでに絶命している。
逃げなきゃ。
ここに来た野盗は全員じゃないはずだ。
さっきの爆発音を聞きつけてこちらに向かってきてるかもしれない。
早くこの場を離れないと。
耳鳴りが止まらない。
衝撃で打ち付けた体が痛い。
でもまだ生きてる。
俺は小さな体を引きずるようによたよたと歩き出した。
雪が一つ、ゆらゆらと舞い落ちた。
その年の最初の雪が降った夜だった。
ずっと後に知ったことだが、この時の爆発は偶然と幸運が重なっただけだったようだ。
最初に失敗したと思った音は一次燃焼の音で、それによって予め振り撒いた小麦の粉や梁からこぼれた可燃性の粉が、均一に舞い上がり二次燃焼に至った。
着火もずさんであのままでは着火するはずもなく、地面に落ちただけだが、幸運にも農機具がそこにあった。
農機具の金属とセーターが偶然ふれあい静電気の火花が飛んだ。
奇跡って起こるんだな。。。
現代知識と幸運が重なり、なんとか命をつなぐことが出来ました。
全てを失った彼らがこれからどうなっていくのか、見守ってください。




