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第二章:殉教者たちの教え


すでに敗戦国となり、米軍の占領下にあった故国。彼は地下に潜った組織と、再び接触した。そこで、あの将校と再会する。彼は、入手した軍事機密を将校に提供した。しかし、将校はそれに目をくれることなく、彼が戻ってきたことを心から歓迎した。その時、将校の目に宿る光は、まるで彼が迷い子だったかのように、温かく、そして深く感じられた。


彼はそこで、イスラムのために命を捧げる多くの殉教者たちと生活をともにすることとなる。彼らの精神世界、日常生活、道徳感、社会思想に触れるにつれ、彼の中で、アメリカで正義、イスラムが悪であるというステレオタイプ的な価値観に、次第に疑問を持ち始める。彼らは、彼がこれまで知っていた「敵」とは全く違う、純粋な信念と家族への愛を持つ人々だった。彼らが抱く怒りや悲しみは、アメリカがもたらした不公正な現実に根差していることを、彼は肌で感じた。


そう言った中、親しくしていた仲間が一人、二人と消えていく。彼らは、殉教者となっていったのだった。自らの命を捧げ、神の道に進む者たち。将校は、そんな中で決して彼を殉教者に仕立て上げようというそぶりを一片も見せなかった。ただ、彼らと一緒に生活をさせた。ただそれだけだった。その沈黙が、かえって彼に深く考えさせる時間を与えた。


ある日、彼は変わった経歴の持ち主に会った。彼は日本人だった。いや、もしかしたら日系人だったのかもしれない。だが、どこかの血が混じっているのかどうか、彼はそれについては語ろうとしなかったので、実際のところは分からない。だが、少なくとも日本で長く住み、彼の曾祖父が帝国海軍のパイロットであったらしいことは事実のようだった。


彼は、まるで嘘のような本当のような話をした。彼は幼い頃、両親が離婚し、親戚の家に預けられた。そこは、俗にいうヤクザの世界だった。彼は物心ついた時から組員や兄弟分の使い走りをした。そして次第にその世界に染まることとなり、極道の契りを結び、ヤクザとなった。


そんな彼がなぜこんなところにいるのか。そのいきさつは何度か聞いたが、聞くたびに話が少しずつ変わり、要領を得なかった。だが、ひとつだけ変わらないことがあった。彼はヤクザ稼業で務所に入った時、極道の世界ではナンバーワンの組織の若頭と同房となったらしい。そこで、「お前の誠はなんだ」と問われたらしい。彼はしばらく考えてこう答えたという。「忠誠です。組のためには命を落とすことも辞さない」。


若頭は言ったそうだ。「お前にはヤクザの世界は似合わない。俺が渡りをつけてやる。務所を出たら、気質の世界で生きろ」。若頭はその言葉どおり、彼が出所した後、それを実現させてくれた。その後、その若頭はすぐに他の組の鉄砲玉に狙われて命を落としたそうだ。元をたどれば、両親が離婚するまでは名門の血筋で英才教育を受けていたという。そこのところを若頭は見抜いていたに違いない。彼は組への忠誠を抜け、新たな忠誠のよりどころを求めた。


彼はそこでふと、曾祖父の墓標を参ろうと思いついた。両親とは音信不通で、行方さえも分からない状況だった。墓は鹿児島県、知覧の海辺の高台にあった。曾祖父はここから終戦間際に、あの紫電改に搭乗し、上空をいくB29に向かって特攻攻撃を行ったのだった。3度目の出撃で見事目標に会合、体当たりを敢行した。そのB29が墜落したのかどうかは定かではないが、少なくとも曾祖父が自爆、いや軍人の誉れとなったのは確かだった。


そんな彼もいつの間にか姿を消していた。聞くところによると、昨夜ニュースで報道していた、米軍キャンプへの自爆攻撃を敢行したらしい。残念ながら、門まであと一歩というところで、対戦車ミサイルで車両もろとも制圧されたらしい。殉教者の道を選んだ彼の姿は、彼(イスラム系アメリカ人パイロット)の心に深く刻まれた。


彼は司令(将校)に密かに申し出た。格納庫に眠る、旧大戦中の米軍の戦闘機を倉庫で見ました。武装は外されていますが、飛べるように見えました。あの機体の操縦を習わせてください。彼が示したのは、かの有名なF4Fヘルキャットだった。その日を境に、彼は飛行訓練漬けとなった。教官は、軍人崩れのPMC(民間軍事会社)の男だった。金さえ払えばどっちの側にもつくヤカラだ。だが、その操官技術は確かだった。彼は、ヘルキャットをまるで自分の手足のように操れるようになるまで、訓練を続けた。彼の心には、新たな使命感が芽生え始めていた。

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