第一章:裏切りの空、囚われの魂
彼はイスラム系のアメリカ人だった。だが、彼の魂は星条旗に忠誠を誓い、イラク戦争ではF-16のコックピットに座り、命知らずの昼間縦深爆撃を幾度となく敢行した。そのような危険な任務に従事させられたのは、自分がイスラム系であったからではないと、彼は必死に思いたかった。信じたかった。
しかし、運命の歯車は、彼に残酷な現実を突きつける。7度目のソーティーで彼の命運は尽きた。砂塵の舞う上空で、突如として地対空ミサイルが閃光を放ち、彼の機体を捉えた。爆発と同時に機体は制御不能に陥り、地上に激突寸前、彼は間一髪で射出座席を起動させ、機体から脱出した。あまりにも高度が低かったため、彼を追う友軍のコンバットレスキューチームは、両機は射出できなかったと誤認した。航空機の残骸を確認すると、彼らはそうそうに引き上げた。
彼は必ず友軍が救助に来てくれることを信じ、過酷なサバイバルな逃避行を続けた。灼熱の砂漠をさまよい、渇きと飢えに苦しみながら、ただひたすら味方の救援を待ち望んだ。しかし、希望は無残にも打ち砕かれる。ついに彼は追い詰められ、武装した民兵によって捕虜となる。
想像を絶する拷問が、彼を待っていた。肉体的な苦痛だけではない。精神を破壊しようとする執拗な尋問に、彼はただ耐え続けるしかなかった。だが、彼は決して屈しなかった。名前と所属、認識番号以外は、決して言葉にしなかった。誇り高き兵士としての矜持が、彼を支え続けた。
とうとう処刑されかけた、その時だった。偶然、その極秘の収容所に足を踏み入れた一人の将校に、彼の命は救われる。おそらく、彼がイスラム系であったという共通点が半分、そして、極限の状況下でも屈しない彼のたたえるべき将兵としての資質を見抜いたのが半分であっただろう。その将校の理知的な瞳が、彼の魂の奥底を見透かしているかのようだった。
彼はひそかに首都の極秘収容所に入れられ、夢のような好待遇を得ることとなる。そこには、各地から捕虜となった米軍人が集められ、密かに逆スパイを養成していたのだった。彼らは、敵の組織に潜入し、情報を得るための新たな「兵器」として訓練されていた。彼は最後までスパイとなることを拒否し、協力を拒んだ。彼は、自らの信念を曲げることを許さなかった。だが、彼を連れてきた将校は、その頑なな態度にもかかわらず、厚遇を続けた。彼の心の奥底に何があるのかを、将校は探っていたのかもしれない。
数ヶ月後、捕虜交換協定が成立した日、真っ先に彼が選ばれた。釈放される当日、将校は彼に、ある通信記録を聞かせた。それは、彼が撃墜された時の司令部とコンバットレスキューとの間の通信記録だった。その無線から流れてきた音声は、彼の全身の血を凍らせた。そこには、あってはならない、おぞましい人種差別の会話が記録されていたのだ。彼の救助を諦めることが、まるで当然のように、そして嘲笑を交えながら語られていた。
彼は、自分が仲間から、そして国家から見捨てられていたことを知り、愕然とした。長年信じてきた忠誠が、一瞬にして足元から崩れ去る。将校は言った。「もし気が変わったら、軍を除隊し、一般人としてここに戻ってこい。もし決意できたら、この人物と連絡を取れ。すべては彼が段取りを行ってくれる」。その言葉は、彼にとって新たな選択肢を提示する誘惑でもあった。
帰国した彼は、聞かされた通信記録の真偽を調べ、それが紛れもない事実であることを確認した。深い絶望と、裏切られた怒りが、彼の心を支配した。彼は、入手できるあらゆる軍事機密を入手し、依願除隊した。かつてはヒーローとして称えられた彼の胸には、今や拭い去れない深い傷跡が刻まれていた。