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織り姫とかぐや姫〜女工編②

日本屈指の織物工場の敷地の終わりはどこにあるのか。

そう思うほどに広大な敷地の中には、日本各地からやってくる男性や女性が、何千人何万人とはたらいていた。

街の発展と向上を彼らは支えていた。


とっちゃかっちゃくい!とっちゃかっちゃくい。

あちらこちらで聞こえてくる、機織りの音。

街の子供達は、そう言いながら織物と共に育っていた。

「まぁ、かわいいねぇ。スミさんの子かい?」

「すみません、おかみさん。」

「いいよいいよ。うちは仕事さへちゃんとやってくれればいいんだから。かまうこたないよ。気にしないでいつも通りやっておくれ」

機織をしながら、子育てをする。

いいえ、機織りだけではない。

そんなのは、当時はあたりまえにどこでもあった。

人が作り上げる輝かしい織物には、人と人との思いや、その時代の空気も加わるのだろう。

世界にこの街有りと言わせるほどの美しい織物は、決して糸だけではない、なにか、温かいものも共に織り込まれていたのではないだろうか。


「みっちゃん、今日は旦那呼んで夕飯、うちに来ないかい?(しげる)があんたの旦那と飲みたいって言ってんだよ。先日の隣組の寄り合いで意気があったみたいでね。」

撚り糸場で歯車を回すみち子に、雇い主の女将が声をかけた。

みち子は自分の体よりも大きな機械を、慣れた手つきで動かしながら女将の声に耳を傾け、それに応えた。

「社長とうちのがですか?!。まぁ、なんか申し訳ないです。この間早く帰って来たんで、寄り合い行ってくれってお願いしたんですよ。それでもだいぶ嫌々でね。なんだかんだ観念して行ってくれたんですけど、その割には上機嫌で帰ってきたから、おかしいなとは思ったんですよ。まさか、社長と仲良くしてもらってたなんて。すみません」

目は常に機械をみていた。その目を離すことなく、仕事に打ち込みながら、みち子は、お世話になってる女将と会話をする。

女将もそれを理解した上で、話は続く。

「うちの旦那の話だと、みっちゃん家の旦那、まぁ気さくないい旦那じゃないか。」

「とんでもねぇ、外面ですよ。職人だから、家じゃあ気性も荒くて困ったもんです。でも、旦那さんに気に入ってもらえたなんて、逆にありがたいです。」手元はしっかりと機械を触る横で、女将も会話はお構いなしだ。

声も自然と大きくなる会話にもお構いなしに、周りも仕事に集中していた。

「そう言いなさんな。うちも大してかわりゃしないよ。」

そういう女将の言葉に

「そういうもんですかねぇ」と半ば諦めたようなため息をつくように言葉を吐き出した。

「一緒よ一緒」

そう女将は笑って返した。

「はぁ。あっ!そういえば。今夜は現場が遠いから帰りが遅いって言ってました。お誘い頂いたのに」

みち子は、はっと思い出した時もその目はブレず、手元の集中は途切れない。


「あら、まぁそうなの。んー残念。こんど時間がある時、子供連れていらっしゃい。」

「ありがとうございます。主人が帰ってきたら、必ず伝えます」

手元に集中するみち子の肩を2度軽く叩くと、女将は次の場所へと移っていった。

男っぷりのいい女将は、女工達からとても慕われていた。

面倒見が良く、女工たちからも母と呼ばれるほどだった。

決して優しいばかりではない。

男っぷりからくる厳しさで、時には涙を流す者も多かった。

だがそこには必ず、情と信頼と愛があった。

厳しさにはきちんと敬意をもって、叱る。

あたりまえのことだ。

怒るにしても頭を使うし、それ1つにしても、人1人1人に対するのちの想像力も必要だ。

ただ怒りをぶつけるような意味のない怒りや叱咤は、まったく持って意味がない。

意味のない自己満足で叱るものほど、自分の価値を下げていく。叱られた方は、腹にも入らないし、たまったものではない。

無駄なエネルギー消費だ。

会社の業務の為にお預かりした娘達を、親元に返すまで立派にしなければならないのは、預かった側の勤め。

義務ではないが、人のために生きる人であれば、それは全て人の為に還元する心を持っているものだ。

義理と人情は、人として生きる最低限の自然にあるルールだ。

人のことを思える人は、何をするべきか自然とわかるもので、それは目には見えない人と人を繋ぐ幸せの輪となる。

そうしてその輪は必ず巡り巡って幸せを運んでくれる。

「おめでとう春子さん。」

「寂しくなるわぁ。」

勤めて12年。地元の幼馴染との結婚が決まった春子は、機織りの仲間たちから祝福を受けていた。

「ありがとう。私も、みんなともう仕事できないと思うと、とても寂しいわ。」

たくさんの女工たちに囲まれ、春子は涙を流していた。その涙がいかに春子が愛されていたのかを物語るように、皆が泣き始めた。

「春子」

「社長、女将さん。今まで、大変お世話になりました。ずっと、面倒みてもら…って、感謝し…かありません」

溢れる涙を拭いきれない春子をギュッと社長は抱きしめ、

「こちらこそ今までありがとう。元気でな!」と手を離した。

「まぁまぁ、こんなに泣いて。」

春子の涙をハンカチで拭いながら、女将も春子を抱きしめた。

「おか…おかみさ〜ん」

春子は溢れる思いに、声も出なくなり、泣き崩れた。

何十年と勤め上げた彼女たちの働きは、苦労は多いが、対価も多い。

だが、その対価の他に、遥かに多くのものを彼女達はもらっていたのかもしれない。

そして彼女達の働きもまた、日本の最先端をまもっていたその功績は、素晴らしいものだ。

嫁に行く娘たちに、花嫁道具を一式揃えてやり、別れを告げる。

織姫達はかぐや姫の様に美しくかえっていくのだ。


糸繰り1年〜管巻き1年〜糸の乱れは心の乱れ、4年は機が織れない機神様よ〜



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