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未来の織姫〜女工編①

ガシャンガシャン、ガシャンガシャン

あちらこちらで音がする。

空は青く、白い雲が眩しいくらい天気が良い。「川行こうぜ!」子供達が元気に遊ぶ。

川では、美しく染められた反物が、何本も艶やかに川の流れに揺られている。

堤防から眺めれば、山の緑も加わり、まるで一枚の絵画のような景色がそこにあった。


「今日からお世話になります。春江です。よろしくお願いします。」

堤防を歩きながら、これからお世話になる先での挨拶練習を春江はしていた。

堤防をずっと歩いてきて、遠目にも、川に流れる美しい反物に目が入った。珍しいその美しい景色にすっかり目を奪われた。

やがてそばまでくると、背負っていた風呂敷の荷物を肩から下ろし、そのまま川を見るように、草の生えるその場に腰掛けた。

「私、ちゃんとやっていけるのかなぁ。要領悪いし、頭も悪いし。すごく不安なんだよなぁ」と膝を抱えてため息を一つついた。

20才になり、家族も多い中、嫁に行くわけでもなく、家の手伝いのみで家にいた春江は、さすがに家にいづらくなっていた。

そんな春江の思いを知ってか否か、父の知り合いの織物工場に、住み込みで働くこととなった。

2つ向こうの村からやってきた春江は、未だ堤防にしゃがみ込みながら川を眺めている。

「家族以外の人たちとうまくやっていけるかなぁ。不安だなぁ」

染色工場の人達が反物と共に川に入っている。

膝を抱え、そよぐ川風にふかれながら春江はずっとそれを見ていた。

次第に、その目から入る光景の美しさや、染色家の人達の仕事ぶりに、春江の心は温まっていた。

「だいぶ道草くっちゃったな。心配してると悪いから行かなくちゃ。」

春江は立ち上がり、服と風呂敷包の汚れを払うと、風呂敷包を首から背負い、仕事先の工場に向かって足を進めた。

織物の街とは聞いていたが、思ったよりも、あちらこちらから聞こえてくる機織りの音の多さに春江は驚いていた。三角屋根をさがせといわれてきたが土地勘が無いためかわからない。

軒を連ねて三角屋根が見える。それが一つのものなのか別のものなのか判断がつかなかった。

風呂敷包みを抱え、キョロキョロしていた春江に、通りすがりの女性が声をかけた。

「お困りかしら?」

突然の声に驚きながらも、その声にゆっくりと振り向いた春江は、女性を確認したその後にそっと頷いた。

そして力のない声でいった。

「お世話になる織物工場が見つからないんです」

女性の助け舟にほっとしたのか、そう言うと、少し涙目になっていた。

そんな春江の様子を察したのか、背中にそっと優しく手を置いて再び聞いた。

「その織物工場の名前は、なんという名前なのかしら?」

春江は左のポケットからメモをとり出した。

そのメモには大きく"森さん"と書いてあった。

「すみません。父が書いてくれたんですが、それしか無くて…」

ざっくりしたお父さんなんだなと、女性は思いながら、

「まぁでも、多分この先にある、森織物さんだと思うわ。すぐそこだから一緒に行って確かめましょう。」

その女性は、にこっと笑いかけ、春江の手を引いて向かってくれた。

その手に、心細さが埋まっていく様で嬉しかった。

しばらく歩くと、それらしい三角屋根の工場が見えて来た。

通って来た道を右に曲がると、右手に立派な門が見え始め、その前に立った。

「ここだと思うわ」

本当にあの場から歩いて数分だった。

会社名が記された立派な看板が、門脇に掲げられている。

会社の大きさを感じられる程立派な門構え。

女性と共にその門をくぐれば、工場と自宅が玄関までの道で大きく分かれているのが、左右の景色でわかった。

玄関までの途中に工場の入り口があり、そこを、案内してくれた女性が開けて、中にいる人に大きく声を掛けた。

織物の機械の音が、ガッシャコンガッシャコンと、人の声が消されてしまうくらいに鳴っている。

「すみませーん!どなたかいらっしゃいますか?」

女性が大きく声を上げると、しばらくして、奥から男性がゆっくり歩いて来るのがみえた。

「はい。どなたかな?」

「私は道案内で一緒に来た者なんですが、この子なんですが…。

春江が、強張りを無理やり剥がす思いで声を出した。

「あっあああの。わ、わたし松島 春江と申します。本日からお世話になる、森さんという方がやっている織物工場を探しておりまして。こちらかと、その、あの、こちらでしょうか?」

顔を真っ赤にし、父からのメモを相手に見せながら話した。

「少しそこでまっていてくれる?社長が奥にいるから聞いてくるよ」

「はぃ。」

そう返事をすると、春江は首元にある風呂敷の結び目の辺りを、両手でギュッとにぎった。

案内してくれた女性は、まだ側にずっとついていてくれていた。

しばらくして男性が、夫婦らしき2人を連れて歩いて来た。

春江のことがわかったのか、

「まぁまぁ、遠くからよくきたわね。」と年配気味の女性がそう声をかけた。

それを聞くと、案内してくれた女性は、春江の肩にそっと手をふれると、にこっと笑い、去って行こうとした。

そこに、先ほど声をかけた年配気味の女性がさっと駆け寄り、深くお辞儀をすると

「ありがとうございました」

とお礼をいった。

それを見て春江も、案内してくれた女性の方に向きを変え、深くお辞儀をした。

そうして、案内してくれた女性とお別れすると、

呼んできてくれた男性はもうそこにはいなく、呼ばれてきた夫婦らしい2人だけが、春江の前に残っていた。

「遠くからよくきたね。春江ちゃん。私がこの工場の社長の森です。これからよろしくね」

背丈はそれほど大きくはないが、作務衣がよく似合う男性が、そう春江に挨拶した。

「よろしくお願いします」と春江は深く頭を下げた。

「そして、私が森の妻の艶子(つやこ)です。よろしくね」

社長より小柄で色気のある元気のいい人だった。

「よろしくお願いします。」と、また深く頭を下げた。

春江はものすごく緊張していた。

そこから場所を変えるために、工場の奥に向かって歩き始めた。

歩く工場内は、織物の機械でいっぱいだった。

独特の匂いがする。

それが糸や編まれていく生地の匂いだと、春江が気づくのは、もう少し後になる。

まだ、ちゃんとこの工場でなにを作っているのか、春江は分からなかった。

後をついて来てという2人の後について、工場の奥まで歩いた。奥まで行くと、工場の脇の扉を開け、砂利の道を2、3歩跨ぐと母屋に入る。

母屋の入り口に立派な応接室があり、そこに通された。見たこともない立派な白い布を被ったソファーという長椅子が置いてある。そこに座るように言われた。

春江の前には、長椅子と同じ種類で対に並ぶ椅子があった。

そこの片方に社長が座り、奥さんは社長の横に立っていた。

「遠かったろう。お父さんには昔お世話になってね。君の話をもらった時は、恩返しができる思いで嬉しかったよ。困ったことがあったら遠慮なく言っていいんだよ。大切なお嬢さんをお預かりするんだからね。」

春江は父からは何も聞いてないため、社長の深い思いが汲み取れなかったけれども、大切に思ってくれていることはとても感じた。

頭を下げながら

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」と挨拶をした。

「ここは見ての通り織物工場だけど、織物と言っても織るだけではなくて、織るまでには色々な工程とかあってねぇ。おいおいわかってくるとは思うけれども、今はまだそれに携わることはできないから、まずは宿舎での生活を覚えてもらいたいかな。これから奥さんが宿舎に案内するから、一緒について行って」

春江は「はい」というと、膝に置いていた風呂敷包みを胸にかかえた。優しく接してくれる社長夫婦に感謝を覚えながらも、春江の心の中は、これからどんな生活が始まるのか、わからない不安でいっぱいだった。

すると奥さんが

「じゃ、宿舎に案内するからついて来て」

と言った。

春江は立ち上がり、社長にお辞儀をすると、奥さんの後について歩いた。

先程の砂利道を跨ぎ更に進むと、宿舎があった。

「ここが宿舎よ。今、殆どの子が働いていていないけれど、ここ最近入って来た子達が今、中で洗濯物を畳んでいると思うから行ってみましょう」

宿舎の扉を開き、中に入った。

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