魔法使いじゃない男は騎士団長に発破をかけられる
アルバートが第三騎士団の指揮官室へと廊下を歩いていると、突然に背中に強めの衝撃を受けた。自分の背中を叩いてきたのは誰かと振り返れば、騎士団長のダスタである。
黒髪と黒い瞳の美青年を見つめ、アルバートは彼と自分は同じ色合いなのに、片や女性の憧れ、片や男にも見られない虫けら扱いと、その差は悲しいなと溜息を吐く。ダスタがアルバートにも優しい男だと知っていれば尚更に、自分が情けないと感じるのだ。
「あ、お久しぶりです」
「俺に会うのがそんなに嫌だったか? で、お前は今さら何しに来た? 来るのが遅かったんじゃないのか?」
「あ、いえ。あれ? もしかして騎士団だと日が変わった瞬間という夜中に着任するものなんですか? あ、存じあげず大変申し訳ありませんでした」
ダスタはぎゅうっと眉根を寄せてアルバートをじろじろ見つめた後、一体何が起きているのかという風に天井へと顔を向ける。
アルバートはこのダスタの振る舞いを懐かしく感じていた。
彼はアルバートが誰にでも魔法添加できるというレイナの台詞を聞いた時、やはり同じような素振りをしたのである。
ただし王国どころか世界でも初となる試みの魔法添加と違い、アルバートの異動については理解の及ぶ範囲であるはずだ。それなのに同じぐらいに途方に暮れているらしいのはなぜだろうと、アルバートはダスタを見つめる。
「え~と。異動? 君は魔法庁の創造魔法研究課の人だったよね?」
「その迷子に向けるみたいな言い方止めて頂けませんか? 俺はとりあえず成人している男子ですからして」
「え、うっそだあ。まだ十代でしょ」
ダスタが氷の人と呼ばれているのは、認識が過去のまま凍っている人だからであろうか。
アルバートはうすら寒い気持ちになった。
だが、彼はとりあえず異動先に着任しなければいけない。
そうでなければ、辞表、なども出せないではないか。
彼は自分を励ましながら、もそもそと手に持っていたフォルダーから一枚の紙を引っ張り出してダスタに差し出す。
「あの、辞令書です。あの、新任の指揮官はどなたになりますか」
「え? 」
ダスタはアルバートの辞令書を受け取り、目を通し、やはり天井を見上げる。
頻繁にダスタが助けを求める程に、第三騎士団の天井は工夫がしてあるのだろうか、とアルバートも天井を見上げる。
ただの木目しかないが、ところどころにある黒い点が人の目になって見えた。
「そうか。誰かに助けを求めたいときに木目を見ると、なんか誰かと目が合ったみたいだから落ち着くってことですか?」
「お前黙れ。明日から誰も天井見上げられなくなるじゃないか」
ダスタはアルバートの首根っこを掴むと、少々乱暴に彼を歩かせ始める。
ダスタに引っ張られるアルバートは、失礼な行為、と感じて憤慨するどころか、五年前の戦地での記憶ばかりで懐かしくなっていた。
彼は事があると、こうしてアルバートを安全地帯に引き摺って行ったのだ。
ダスタはレイナやアルバートに対して喧嘩腰のことも多いが、隊の誰よりもアルバートの危険に対して目を光らせてくれていたのだ。普通は姫であるレイナの方にこそ比重を置くべきだと思うが、ダスタはまずアルバートだった。
理由は、姫は騎士よりも強いから、だ。
「まいったな。保護者呼ぶか」
「あの、俺は身長は変わってませんが、成長してます。成人してますって」
「世渡りヘタすぎてこんなんなってんだろうが。黙れ」
「はい。でも俺は別に下働きでも何でももう構わないんで、あの、ガリバール様をお呼び立てするのは勘弁してほしいというか」
ダスタの足はピタッと止まり、その代わりとして彼の黒曜石の瞳はアルバートの瞳を覗き込む。
「近いです近いです、ダスタさん!!」
「なんでガリバール様?」
「四年前から兄と呼べ言われてます。だけど、今は会いたく無いってか、あの」
「安心しろ。あの方は呼び出したくても遠いご領地におられる」
「では、どなたを?」
「お前の保護者はレイナ様だろうが。新任の指揮官との引継ぎだって必要だ。とりあえず姫を呼ぶ」
「や、やめてください」
「会いたくないのか?」
「いや、だって俺はこれを出して帰るだけのつもりで来たんで!!」
アルバートは再びフォルダーを探り、今度は茶封筒を取り出してダスタに差し出す。ダスタは受け取った後に封筒に書かれている、辞職届、の文字に目を滑らせた後、再びその封筒をアルバートに突き返した。
「あの」
「いいから、これも含めて話し合え」
アルバートはそれ以上ダスタに何も言えなくなった。
ダスタは五年前にアルバートにした事と同じことを、いま再びしてくれたからである。
「着任したその日に営倉入りですか?」
「ここが一番安全なんだよ。レイナ様をすぐに呼ぶから安心しろ」
「あの日は初めての戦闘行為で俺がパニックになっちゃったからってわかりますが、今日は何のために入れるんです!!普通に事務室にでも放り込んで下さいよ」
ダスタは俺を閉じ込めた牢の鍵を指先で回した後、悪戯っぽく片目を瞑る。
「悪いな。俺達も生き残るのに必死なんだ。意地っ張りなお姫様を呼び出すにはな、お姫様が大事な奴の危機が必要ってこった」
「――俺は大事なんかじゃないですよ」
「そんなはず無いだろ?」
「四年前に挨拶した時、姫は俺に社交辞令の挨拶しかくれませんでした」
ガチャン。
アルバートの体は柵にぶつかり音を立てた。
ダスタが腕を伸ばし、アルバートの腕を掴み自分へと引き寄せたのだ。
「ダスタ、さん?」
「たった一戦で投げてんじゃねえ。恋心が消えるまで出撃しろ」
ダスタは俺から手を離すと、いつもの無表情に近い騎士団長の顔に戻り、何ごとも無かったようにして去っていた。
牢の中にアルバートを残したまま。




