お姫様、俺の代理頼みます
深夜に父親の執務室を漁ったレイナは、わざわざ父親に声をかけて自分の結婚契約書を取り出して貰わなくて良かったと自分を讃えた。
レイナをいないものとして振舞いながら、レイナの軍功を横取りするような男である。レイナが結婚契約書について調べていたと知れば、ヘンリーが余計な動きをしかねなかった。
「だが、私は動かねば」
そして翌日の早朝、ガリバールと国王によるレイナの結婚契約書についての本当の答えを得るために、レイナは第三騎士団の詰め所に押しかけていた。
レイナは自分には運が巡ってきた、と拳を握る。
丁度ダスタが詰所から出て来たところであり、逃していたらダスタを本日中には捕まえられなかったはずなのだ。レイナは正装姿のダスタの腕に自分の腕を絡めて彼を捕まえる。
「皺になるんで勘弁してください」
「まあ待て。昨日のファルファと貴官の合言葉の様な、あれ、古き友とやらについて教えてほしい。聞いたらすぐに解放してやろう」
「俺はそれどころじゃないんで。暇ならば俺の留守の間の監督お願いします」
ダスタは出て来たばかりの第三騎士団の詰め所の扉に軽く寄りかかり、ちらっと視線を内部へと動かす。レイナも彼の視線のあとを追って視線を動かし、ダスタが見せたかったものを目に入れる。
「どうして、父の腰ぎんちゃくの息子が」
「新しい司令官だそうですよ」
「え?」
ダスタは動き出し、レイナはさらにダスタの腕にしがみ付く。
ドアが閉まると、何が起きたか知りたいレイナの耳元にダスタが囁く。
「いいおっぱいですね」
レイナはダスタの足首を強く蹴る。
ダスタはかすれた笑い声をあげた。
「普通は真っ赤になって腕を離す、ですよ。姫さん?」
「黙れ、どうしたというのだ? 今すぐ話せ」
「見ればわかるでしょ。俺は無断欠勤の新人を引っ張りに行くんですよ。そうしないと空いた椅子にあの恥知らずが座っちまう」
「ああ、そうだな。あいつは新たな司令官だった。この事態の収拾をあいつに任せるというのか?」
「これ以上は部外者には教えられませんね」
「ぶ、部外者だと?」
「部外者じゃない? ではお頼みしてもよろしいかな?」
「あ、ああ。任せろ。私がアルバートを迎えに行く」
「何言っちゃってんです。部外者じゃ無いってんなら、あなたの方が俺の上でしょうが。お客さんのお相手をお願いしますよ」
「いやいやいや。上司の客の相手こそ部下の役目だろ? 私こそがアルバートを迎えに行こう」
「いやいやいや。いくら王女様でも独身男性用宿舎は遠慮願います。それに、上司様は護衛も必要でございますから」
「宿舎だったらすぐそこだ。護衛もいらないだろう?」
「居場所も知らない人は黙っていてください」
「あいつはどこにいるんだ! 大丈夫なのか? 教えてくれたら私が行く!!」
「嫌ですよ。忙しい俺様のさぼりの時間を奪わないでください。それに、平民風情の俺では奴らは止まらねえ。俺の忍耐も大してねえ。では、行ってまいります」
ダスタはパッと腕を振り、レイナは簡単にダスタから剥がされた。
そして彼女がさらにダスタを捕まえたくとも、ダスタこそ百戦錬磨の軍人だ。簡単に捕まえられる訳など無い。その上、レイナと彼が言い合っている間に、彼の愛馬が引き出されていた。彼は愛馬にひらりと乗ってまたがると、そのまま馬を駆けさせてしまった。
「ダスタ~!!」
「レイナ様、お願いします。団長はあいつらを中に入れたら終いだって申しておりました」
レイナはダスタの馬を連れて来た部下に頷くと、第三騎士団の詰所の扉を見据えた。彼女は自分がやれることをしなければならない。たとえ、アルバートと結ばれなくても、彼が座るべき椅子を腐った奴らに渡してはいけないのだ。
彼女は動き出す。
胸を張り、背筋を伸ばして、真っ直ぐに詰所の扉へと向かった。
扉は彼女が開けるまでもない。
彼女のために扉を開ける者など、いくらでも第三騎士団の中にいる。
扉が開かれてレイナが第三騎士団のエントランスホールに一歩踏み入れると、団員だけが進める扉の前で押し問答をしてた者達が一斉に振り返った。
貴族らしく細身の体をした青年が、口角を上げてにやっと笑う。
「引継ぎに来て下さったんですか。ありがたい。この頭の働きの悪い犬どもに教えてあげて頂けませんか? カーゼフ伯爵家嫡男のアベル・カーゼフ。私めが今日からここの飼い主になるのだと」
「――妄想癖有りの迷子か。皆の者、面倒を掛けたな」
周囲から殺気が消えた代わりに、嘲笑のさざ波が起きた。
もちろんこの嘲りはレイナではなく、アベル・カーゼフに向けたものである。
第三騎士団の面々は、五年前の戦場から今までの、レイナが戦姫と呼ばれるわけを直に見て知っている。
そして戦場も知らない甘やかされただけのカーゼフは、自分が前にした人物の戦歴もその強さも一切分からない。己のように作り上げて飾られた戦歴だと思い込んでいるのである。
だが、馬鹿にされたら潰さなければいけない、それは貴族として知っている。
「生意気な小娘。陛下が躾に困っているとおっしゃるその通りだ。不遜ながら私があなたに躾して差し上げましょう」
カーゼフが言い終ると、彼の隣に控えていた男二人が一歩前に出た。
彼らは既に詠唱を始めていた。
その詠唱から発現するだろう攻撃魔法は、レイナだけでなく第三騎士団にも二度と見たくはない、エルガイアの聖女達が使役する光の刃だ。




