魔法使いじゃない男は過去での邂逅を儚む
翌日、アルバートは第三騎士団の詰め所に向かって歩きながら、王国の人事採用庁に一体何が起きたのかと首を傾げる。
魔法庁勤務だったアルバートだが、彼は魔導士では無い。
彼は魔法が使えないのだ。
しかし王立の魔法学園を卒業し、魔法研究の論文をいくつか認められているならば、公務員になった後に魔法庁入庁でき魔法研究課に配属されることも別段おかしい事は無い。昨日に課長がアルバートを揶揄ったのは、小魔法程度が使える貴族籍がある課長には、平民で魔法が使えないアルバートが十代で博士号を取っていることが小憎たらしくて堪らないからである。
「課長はそういや、どっかの伯爵家の血筋どうとか言ってたなあ。俺憎しで人事採用庁に異動を捻じ込んだのかな。そんなに嫌われていたか」
公務員が畑違いの別部署に出向異動することはよくあることだ。
だが、今回の異動辞令については、文官に翌日から兵士として剣を振れという、無茶ぶり過ぎるものなのだ。
「いや、また、戦争か?」
アルバートは五年前のことを思い出す。
国は隣国エルガイアと戦争状態となり、まだ学生だった彼は徴兵されたのだ。
それも他の生徒のように指揮官補佐のような立場ではなく、一兵卒としてだ。
学園で首席だろうが、アルバートが描けるのは机上の魔法理論だけである。
それも彼が研究していたのは、魔法を発動させるイグニッションの任意的付与による魔法の標準化、また、魔法組成の編成による詠唱の短縮化および効果倍増について、である。
つまり、彼は大きな攻撃魔法を使える魔法使いではなく、魔法を使えない人でも大魔法を発動できるように研究しているという、魔法を使えない人なのだ。
また彼の生家が、一代男爵の父を亡くしたばかりの平民返りである。
ならば他の同窓生と同じような扱いを受けられなかったのは仕方が無いと、彼は自分を慰めた。首都で馬車に詰められ、前線に近い辺境の地に連れて来られた時は、納得など出来ないと思い直したが。
そう、新兵としての訓練も無いまま、アルバートは前線に送られたのだ。
彼は、学園を卒業するどころか三か月後の誕生日を迎える前に自分は死ぬ、そう絶望するしか無かった。
「俺は腕立てだってできないし、百メートルだって歩くのと変わんないって言われているって言うのに。いや、ははは。敵の的にはなれるな」
「お前達の脅えは分かっている!!お前達は昨日まで剣も持ったことなど無い者達だった。だから言う。お前達は何も考えるな。命令された事だけしておけ。いいか。私が望むことは、私達の足手まといとなるな、それだけだ」
アルバートを含む烏合の衆に激励どころか血も涙もないことを言い放ったのは、リンゴン王国第三騎士団の旗印、リンゴン王国第三王女レイナであった。
アルバートと同じ学園の生徒で、アルバートの一つ上の先輩だ。
その時のアルバートは何をしたか。
もちろん、彼女に先輩後輩だと気付かれないようにと、顔を下げていた。
しかし、気付くなと念じる時こそ気付かれるものだ。
彼女は生徒会長、アルバートは生徒会役員をしている一年生だ。
解散の後、アルバートは王女の天幕に呼ばれていた。
「お前が来ているとは!!奇遇だし、心強いな!!」
アルバートは王女に、へらっと笑って返す。
蜂蜜色に輝く髪に青紫色の瞳のレイナは、アルバートと同じぐらいの背でスラっとした体躯の女性だ。幼少時から体を鍛えているので、華奢と程遠い。しかし、彼女は誰もが振り向くほどの美貌の人でもあり、その外見の為に男子よりも女子に人気がある。
それは彼女が女子達の思い描く理想の男性のように格好いいからだ。
だが、アルバートはレイナの笑顔を素敵と思うよりも警戒心ばかりだ。
この笑顔の彼女に、アルバートは生徒会に引き摺り込まれたのである。
ならば、今のこの笑顔は、一緒に逝こうぜ!!と言われているようにしかアルバートには思えなかった。
第三王女のレイナの王族での立場は、側室である母親が無駄に歴史と権威がある侯爵家という事で、王妃一派から疎まれてもいるのだ。