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国一番人気の騎士が恋した相手

 王城に戻ったレイナは、自分の侍女達を呼び出した。

 明日以降の自分のスケジュールの確認と、自分が執務から抜けた場合の穴埋めを頼む為である。


 たぶん喜んで代理を引き受けるだろう。

 私と一緒の時は地味な服で影に徹しなければならないが、代理参加の場合は流行の服を着て脚光を浴びる事ができるのだから。


「あ、全員を呼んだら代打は誰かで別に揉めるか。それから、彼女達に代理の為のドレスも新しく用意せねばだが、今から仕立てては時間がない。どうしよう」


 執務室のドアがノックされ、レイナは呼び出した侍女達が来たのだと思って扉へと振り返る。しかし、レイナの許可もなく扉を開けて入って来た者達が、レイナの有能な侍女達であるはずは無い。

 レイナは舌打ちしかけた自分を叱りつける。


 淑女にあるまじき行為をして見せて、レイナの失敗をあげつらいたいだけの彼女達を喜ばせたいのか、と。


 レイナは急いで社交の笑顔を貼り付ける。

 レイナの姉達は既に人形のような作り笑い顔だ。

 ただし、レイナに家族愛など一切抱いていないことを隠せない者達だからか、友好的な挨拶どころか嫌がらせばかりの言葉を放って来た。


「あら、思ったよりも元気そうね。心配したのよ、大衆食堂から泣いて飛び出したって聞いたから」

「そうそう。一緒に逃げてとお願いしたのに、相手に無理って逃げられたのよね。お姫様でも断られるのね」


 母親譲りのピンクブロンドに水色の瞳の可愛らしい顔立ちを醜悪に歪め、嬉々としてレイナをいたぶり始めた姉達。

 どうして、とレイナは凍ってしまった。

 いつもであればレイナは姉達の口を閉じさせる何かを口にできた。だが、数時間前に起きたレイナが傷ついた出来事を姉達が知っていることで、思考が真っ白になってしまったのである。


「仕方ないわよお。大き過ぎる女に迫られたら、そりゃあ恐怖でしょうし」

「あらでも、お姉さま。普通は相手がお姫様なら、愛人でもなりたがるものでは無くって?」

「それは、普通のお姫様のお話でしょう、メリーナ」


「どなたにお聞きになったのかしら?」


「ふ、ふん。あなたが信頼している騎士様からの情報よ」

「うふふ。あなたが信頼していても、その程度なのよ。いくらでもお喋りになるなんて、悲しいわね」


 レイナは、誰だろう? と第三騎士団の面々を思い浮かべたが、レイナの情報を姉達に売る人間など一人も思い至らなかった。そもそも平民出や下級貴族出の多い隊にマリナ達は近づかない。


 いや、第三騎士団に拘らねば一人いる、と彼女は思い出す。

 城外の騎士ではなく、王城に棲み付いている真っ赤な蛇がいるだろう、と。


「――あいつは何がしたいんだ」


「まあ、うふふ。彼はあなたが大嫌いなんですって」

「そうそう。自分の邪魔ばかりするって言っていたわ。あのみっともない大女に大事なものを奪われるばかりだって」


「――大事なもの?」


 レイナは姉の言葉に眉を顰める。

 アイレット・カーマインは交友関係は広いが誰とも付き合いは浅く、持ち物にしても適当に選ぶだけの、執着という言葉からほど遠い人間だ。


 そんな彼が大事にするものを自分が奪った事実も、そのために彼からずっと恨まれていたことについても、当のレイナには全く心当たりがない。

 当惑するばかりだ。


「あの誰にでもお優しく朗らかなカーマインからそんなにも憎まれるなんて、一体あなたが何をしたのか教えてほしいわ」

「あら、お姉さま。きっと今回と同じことよ。愛しているわ~て迫って脅えられたのよ。ほんと、こんな大きな女に抱き着かれたら、襲われるって思うわよね」


 マリナとメリーナはべちゃべちゃと囁き合い、囁き合う度にレイナを見下す視線を向けて微笑み合う。

 ただし、レイナは全く彼女達の振る舞いに苛立ちなど起きなかった。

 自分がカーマインの何を邪魔をしたのか、彼女こそ知りたいからである。


「私はカーマインに惚れた事も無ければ、彼が勘違いするような振る舞いもした事は無い。他に彼は何と言っていたのだ」


「そうねえ。あの人に女扱いされていないようですもの。あなたがした事は誘惑では無いでしょうね」

「お姉さまったら。違うでしょ。女扱いどころか単なる邪魔な壁よ。カーマインはレイナが自分の恋敵だって言ってたじゃないの」


「え? あいつの恋路を邪魔した?」


 レイナは確かに学生時代、男子生徒よりも女子生徒からの方が人気があった。

 正確に言えば、男子生徒ではなく女子生徒から恋愛対象者の様な目線や贈り物を受け取っていた、と思い出す。


「誰だ? あいつにあの頃特別に想っていた相手がいたか?」


「ほおら、動揺してる。やっぱり、あなたもカーマインを好いていたのね」

「でもお、残念。カーマインはね、小柄で華奢な人が好きなの。黒髪で黒い瞳で、守ってあげたくなるのに芯が強くて守らせてくれない人が好きなんですって」


「え?」


 レイナの脳裏には、カーマインが下級生に絡んでいる映像が浮かんだ。

 その子はレイナがいるのに気が付くと、ぱああと嬉しそうな笑顔になってレイナに駆け寄ってくる。

 黒髪に黒い瞳の彼は、仔犬か仔猫のようでとっても可愛らしかった。


「うそ。――あいつはそうだったのか!!」


 思わず声を上げたレイラは、自分の目の前にいる女性達が自分の敵でしか無かったことを思い出してすぐに口を噤んだ。だが、目の前の姉達の顔からはレイナに向けていた優越感など何もない。どうしたのかと、瞬間的に冷静になった事で、姉達の言葉で疑問に思った事柄についてそのまま尋ねていた。


「カーマインの好みなど、いつ聞いたんだ?」


「レイナ様、聞いてください!!騎士カーマインが出奔しました。自分の部屋に勝手に入った女の親に結婚を迫られて、それで切れちゃったそうですよ!!」

「俺は黒髪に黒い瞳のあいつしか愛していないって、結婚を言い渡そうとした陛下に叫んだそうですよ!!カーマイン様はやっぱり素敵!!」


 レイナの部屋の扉はレイナの侍女達によって騒々しく開けられた。

 珍しく大声を上げて雪崩れ込んで来た侍女達は、レイナの執務室がレイナだけじゃ無かったことに気が付いて凍った。そしてレイナは侍女達の大騒ぎによって、カーマインを出奔させる原因となった相手とその状況を、一瞬で理解出来たと頭を抱えた。

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