かの男は魔法使いで無いので魔法庁から異動となる
「君、明日から異動」
リンゴン王国魔法庁創造魔法研究課の課長が、彼の机の前に立つ青年に辞令を飛ばして来た。文字通り、課長が飛ばした辞令書は、青年の額にコツンと当たって床に落ちる。しかし青年は課長に対して憤ったり、あるいは傷ついた素振りを見せるどころか、へらっと情けなさそうに笑っただけである。
彼は全てを諦めていた。
三か月前から仕事など何も手に付かない状態だった。仕事といっても彼は、彼の研究どころか他部署の研究の手伝いや下働き作業をさせられていただけだ。だがそのせいで、彼が心神喪失な状態となったことであらゆる部署が停滞してしまったのである。
それこそ彼一人に全て押し付けた者達の自業自得であるが、貴族籍の者ばかりならば平民の彼は優秀だからこそ打たれるものである。哀れな彼は、入庁の約束だった彼の名が冠してある研究室が入庁半年後に閉鎖、という憂き目にもあっているのだ。
希望も向上心も消えた彼は毎日をこなすだけだったが、それも三か月前に気力は潰え、とうとう、あとは馘を待つだけの気持となっていたのだ。
それが異動だけだったことに、彼はさらにむなしさを感じるばかりだった。
「分かっていると思うが、明日からはこちらに来なくて良い。大体さあ、君、魔法使いでもないのに魔法庁のそのまた魔法研究課だなんて、間違いもいいとこ。給料泥棒だよ。今までの給料分、そこで下働きして返せってことじゃないの?」
彼は課長からの小馬鹿にした声など無視し、足元に落ちた紙に手を伸ばす。
移動先が辺境の廃棄物管理課だったら良いな、と思いながら。
あそこは大きくて頑丈な焼却炉があるから、自殺にはもってこいだな。
「聞いているのか!!リーヴェス!!」
「――ちょっと黙ってくれませんか?」
アルバート・リーヴェスはしゃがみこんでいた。
辞令書に掛かれた文字列がアルバートには信じられないばかりなのだ。
アルバート・リーヴェス殿
辞令
王国歴899年10月1日をもってリンゴン王国第三騎士団に異動を命じる
「俺は研究畑の人だろうに」
アルバートが呆然とするのも当たり前だ。
彼の身長は百七十程度な上に、幼少時から頭脳しか鍛えていなかったために、筋肉は必要最小限しかついていない鳥ガラの様な男なのである。