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エピソードー1 精神世界A ー 「恐怖」

この物語は、主人公であるジャルが数多の精神世界を旅する物語である。人間の記憶がないジャル。彼には精神としての存在しかない。彼の目的は、「数多の精神世界の末路を見送ること」である。彼は数多の精神世界を旅する度に自身の感情、思考に変化が訪れる。人の感情、思考を目の当たりにする不思議なストーリー。今回の物語は多少のグロテスクな表現を含みます。ご注意ください。

俺の名前はジャル。名前以外はなんもない、そんな存在さ。

…ただ一つ、精神だけが存在している。そんな世界で、俺は精神として生きている。

俺にはとある目的がある。それは、「精神の末路を見送ること」。

俺には、俺にしかない唯一の能力があるんだ。それは、「数多の精神世界を渡る能力」。

俺は精神世界に干渉することができる。干渉して、終わりを見届けるのが俺のやるべきことだ。

そう、信じている。


さて、一つ目の精神世界だ。一体どんな世界がひろがっているのだろう。そう思って世界を見渡してみたが、真っ暗で何も見えやしない。

「もしかして、もう終わった世界なのか?」

疑念を持ちながら俺はその世界を歩いてみた。

よくこの世界を見ると、紫色のもやで覆われていることに気が付いた。

「この紫のもや…一体どんな意味が?」手ですくってみても、すうっとしたに落ちていく。

「それに、やけに空気が重い…倒れてしまいそうだ」

そんな言葉を吐きながら歩いていると、一つ周りと違った物体を見つけた。

(もしかして、この世界の主…?)

近づいてみると、その物体…人間は急に「近づかないで!!!」と叫んだ。

叫んだかと思えば、今度はその人間が走り出す。俺の方向とは反対側だ。

置いてかれてしまった。

「一体どういうことだ…」

そういいつつも、気になった俺は追いかけてみることにした。

「待ってください、僕は悪い人じゃないんですよ」

「それ言う人大体悪い人じゃないですか!!」

さらにその人間は走る足を激しくさせる。

「仕方ない…」俺は、足をその人間に追いつくように力をこめて蹴っていく。

「!?どんなスピードでこっちに来てるの…?ば、化け物…」

「僕は…化け物ではありません。」

「化け物じゃない…?じゃあ、誰?何者なの?」

「…何物でもありません。人間でもありません。僕は、ただの精神でしか存在できないので。」

そういった瞬間、は?という顔をされた。まあ、当たり前か。人間世界では言葉をしゃべれる精神なんておかしいということは俺だって、知っている。人間の頃の記憶はないが、人間のもつ知識なら常識程度は持っている。だから、おかしいことはおかしいとわかるんだ。

化け物、か…

人間の知識を持っているけど、精神としか存在しない俺…確かに、言われてみれば化け物かもしれない。とりあえず否定していたが、合ってるかもしれないな。

…なぜ俺は精神でしか存在していないんだろう。

なぜ俺は人間の言葉をしゃべることができるんだろう。

…分からない。きっと、精神世界を渡っていけばわかるはずだ。

そう仮説たてて、俺は視線を再びその女性の精神に向ける。

「意味が分かりません…どういうことですか、何者でもないって…」

「その名の通りですよ。僕はなぜかは知りませんが、人間の言葉を話すことができて、なぜか精神としてでしか存在していない。ただ、それだけなんです。」

理解をあきらめたのか、溜息をつきながら俺の方を向いた。きっと頭がおかしいやつだと思っているんだろう。そんなの自分でもわかっている。

でも、そうとしか言えないんだ。言えないんだよ。何も記憶がない俺は、人間を騙ることはできないんだ。

「あの…大丈夫ですか?なんか顔が変になってますけど…」

「ああ、いや、なんでもないです。ただ僕には人間の記憶がないだけなので。」

「僕には人間の記憶はないですが、人間の常識はわかります。しかし、人間の記憶を知らないので感情だとか、そんなことはあまり理解できていないんです。」

「なんのためにどんなことをするか、私はわかりません。」

「だから、生きている意味とか。そういうことも分からないんですよね。」

「生きる意味…」

急に彼女は頭を抱え始めた。

どういうことかわからないが。この精神世界でもしかしたら体調が悪いとかいう概念が存在しているのか?

「そちらこそ大丈夫ですか?なんだか体調悪そうですけど…」

「…体調…。まあ、そうですね。体調は悪いです。ただ、あなたの言った言葉が私に少し…」悲しそうな顔を浮かべているが、私にはどんな意味があるのか、どんな感情があるのかわからない。

「私の言葉が何か問題があったんですか?」

「問題…そうですね。問題があるのは、きっと私のほうだと思います。」

「いろいろとつらくなって…何度も、あなたの言った言葉を繰り返したんです。今までずっと。」彼女の顔はさらに暗くなった。

どうして暗いんだろう。どうして、彼女の顔からだんだんと涙が出ているんだろう。すべて、理由が分からない。

「なぜ泣いているんですか?」

「…」

「そうですよね…あなたは、人間の頃の記憶がないんですよね。」

「私は今、悲しいから、つらいから、泣いているんです。」



私は彼を見ている。

ずっと見ている。

彼が見えない、どこからも私が見ている。

人であること。

人の記憶を持つこと。

人のして生きること。

人生を見ること。

私は、四つの内一つしか行うことができない。だから、彼の「精神の生き様」もまた、私が見るんだろう。

ああ、私の名前?

私の名前は…「アイ」、「i」と呼んで。

私だけが、すべての精神を見る彼を、

観測することができるのだから。

手を伸ばす。彼の顔が映っている。

彼はまだ何も知らない。人間の物語を。人間の汚れた意思、盲目…すなわち、信念を。

待つことにしよう。彼がすべてを知る瞬間を。

そして、彼自身の「人間」としての崩壊を。

スイッチなんてありもしないが、押すふりをすることにしよう。



「悲しいから、つらいから、泣いているんですね。」

「何か言葉はかけてくれないんですか?」

「ごめんなさい。どんな言葉をかければいいかわかりません。」

「僕は、人間じゃないので。」

「でも少なくとも、あなたのその感情は僕一人の短い言葉では解決することはできないと思います。」

「解決…できない…」

「そっか…」

「十分、見れていると思いますよ。あなたは、私の感情を。」

「…あなたには見えていないとは思いますが、私は今マンションの屋上にいるんです。」

「そうなんですね。」

「屋上で一体何をするんですか?」

「それは…」

「自殺です。」

淡々と彼女からその言葉を打ち明けられた瞬間、自分の心に少しだけどきっとした何かがいることが分かった。

記憶はないはずだけど、明らかに異常で、

その行為をやめさせないといけない気がしている。

「私は、ずっと苦しんできたんです。」

「他人からの叱責。それに、自分の罪悪感に。」

「私はいつしか、死にたい欲求が生きる欲求を超えていたんです。」

「私は、もう苦しみを感じたくない…!」

「怖い思いは、もうしたくないの…!」

悲痛な叫びというべきなのだろうか。何も感じない自分までも、「つらそうだ」と感化されるほど彼女は必死に叫んでいた。自分の意思を。自分の経験を。

…私にはできないことだった。

自分自身の人生への悲嘆なんか、仮にしたくてもできやしない。そしてそれ自体に悲嘆することもない。

何も感じることができないから。

だから、予想することしかできないんだ。

「自殺をするのも、悲しくて、つらいからなんですか?」

「…そうかもしれません。でも、そうじゃないかもしれません。」

「分からないんですね。」

「はい。自分でも、分かっていません。」

「ただの自己満足の行為でしかないようにも思えているので。」

「でも、ここまでくる足を私は止めることはできなかった。」

「だから、私はここで終わりを遂げるんです。この体を傾けるだけで。」

どんな言葉をかければいいか。

自殺というのは、常識的にいえば避けるべき行為だ。

なら、彼女にその言葉を伝えるべきだろう。

俺は重い口を開いた。

「…自殺は、いけない行為です。」


「…」


沈黙が辺りに充満する。

彼女は、なんとも言えない複雑な顔をしていた。やがて、口を開いた。

「…分かってますよ。そんなこと。」

「でも、こうなっちゃったんです」

「私は死ぬしかないんです。もう、生きたくないから」

…目の前で、知らない人が死のうとしている。

この行為を、俺は止めるべきなのか?

一体どうやって?

そもそも、どうして?

自殺がいけない行為ということは常識として知っている。

でも、なぜか止めようとする手が出ないんだ。

俺の本能が止めているように感じるんだ。

動かなくていいのかな。

動くべきなのかな。

知らない人のために、この手で…

「なんで…」気が付いた。

ああ、そうだった。

俺は、人間じゃない。精神だ。

手なんかない。今までも、これからも。

でも、さっきまで俺は手を認識していた。

どこに手があった?

手って何?

矛盾する自分の記憶と今の状態が、俺の考えに混乱をもたらす。

「どうしたんですか?あなたもそんな顔する必要ないんですよ。」

「…僕に、顔があるんですか?」

その瞬間、驚いた顔をしたと思えば彼女は少し優しさのある笑い顔を浮かべて、

「ありますよ。何を言っているんですか?」といった。

そして、その瞬間ー

急に落下する感覚がしたかと思えば、

それは急に逆方向への感覚へと転換した。

…つまり、地面に強打する感覚。

痛みは一つも感じない。

でも、目の前にいたはずの彼女は。

ぽわあっと、消え去って行ってしまった。

「………」

「消えた…」

俺はその光景をただ眺めていた。

精神の末路を、今俺は見たんだ。

…誰かが、死んだ。

「…こんな時、俺は悲しむべきなのかな」

返ってこない疑問を口にする。

なんで、こんなことを言ったんだろう?

記憶がない俺は何も感じなかった。そのはずだったけど、俺の何かが悲しむべきだといった気がした。なぜかはわからない。

俺は、悲しむべきなんだろう。

でも、俺は彼女と違って顔を浮かべられない。涙を流すことができない。いかなる感情表現もできない。

ただ、「そう思う」ことしかできないんだ。

そう思っているうちに、彼女がいた世界はどんどん暗闇へと変わる。終わりへと近づいて行っているんだろう。次の精神世界へ行く時が来た。

「そういえば、名前を聞いていなかったな」

俺が代わりに名前を付けておこう。名前は、


ーA。


読んでいただきありがとうございます。次回作を書くかは未定ですが、一応タイトルは決まっているので書いときます。次回、エピソード2、「精神世界F ー 虚実」です。お楽しみに?

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