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8.細工は流流

 ぐいぐいと手を引かれるまま、フレディは一緒になって走り出した。必死の速さに思わず笑い出しそうになり、あわてて顔をひきしめる。見られてはならない、笑顔など。


 シェリーの計画したゲームは緊急事態に攫われ消えてしまい、今は彼女こそがゲームの中に取り込まれている状態。


 ミリアムを隠したはずの食料庫の扉、それを開けば事態を悟り――


「……いない……」


 そう、ここは空っぽだ。


 フレディは中には入らず、扉にもたれて展開を待った。シェリーはぎりぎりまで首を曲げ、真上の天井、梁を見上げている。


 大木の成れの果てが、埃を積んでクロスしている屋根。先に訪れたときよりも更に暗く見えるのは、光線が力を失いつつあるためだ。


 まず上に手がかりを求めた理由は、シェリーでなければわからない。少しは考え、すぐに取りやめた。あきらめよろしい従兄の見守る中、王女は今度は足跡の筋が増えている床に目を移す。


 真下から扉へ、扉から戻って真下へ。


 思考のルートでなにが弾けたのか、入り口へと駆け出す。足は踏み出さず、扉に手をかけ支えとし、身だけを外に乗り出した。


 草だらけの原を誰かが渡っていった形跡はあったが、追えるような足跡はなかった。肩を落とす。消沈だ。きょろきょろと辺りを見回すも、囲んでいるのは自然ばかりで人の姿などはない。


 夏芽、夏草、夏葉夏枝。


 ただグリーンで、静かだ。


 鳥の声を聞いた。ラスケルだろう。この季節ならではの澄んだ空気を、軽い歌が泳ぐ。


 一瞬黒い姿を空に現し、遠くから聴こえたもう一つの声に消えた。追えば二羽が並び飛ぶのを見る。蒼穹へと。


 見えなくなるまで見送った後、フレディはとても静かに口を開いた。


「シェリー。なんのために僕をここに?」


 背中は聞こえていないかのように動かなかった。鳥にも空にも心は揺れず、じっと茂っている草を見つめたままでいる。


 珍しくも呆然? そんな様子を見ていることに、フレディの方も似たような心地になりかけた、ところで激しく胸に飛び込まれた。


「フレディ、助けて。あの子は私が中に入ってもらったの。私のせいなの、あの子は侵入者なんかじゃなくて、私なの。わかる? 私が言おうとしていること」


 最近では聞かれなくなっていた、困っている子供声だった。久しぶりに本当に、のっぴきならないのだとわかりやすい。


「いくつかは」


「私と似ていたの。だから、フレディを驚かそうと思って。二人居たらビックリすると思って、おもしろいかと思って」


「おもしろいかと?」


 意図せずに眉が寄った。予想していたことではあるが、本人の言葉をきくとまた違う。愉悦が行動源、その限度は教えたつもりでいたというのに、まんまと破れ去っている事実に直面。


 シェリーは混乱の中にも正しくその意を受け入れて、


「ごめんなさい、そう思ったの。お願い、助けてあげて。早くしないと先生があの子を捕まえちゃう。違うわ、もう捕まえちゃったんだわ。だってここに居てねって私は言ったんだから。つ、捕まえたらどうするのかしら。先生の目にモノ、てなにをするつもりなの?!」


「将軍はたぶん」


「先生のこと? どうしてそんな風に呼ぶの?」


 恐怖に怯える瞳に、少々ぐらついてしまったことを否定できない。甘い甘いと、これだから言われる。


 今後のシェリーのためだからと自らに言い聞かせ、たった今甘やかしの結果を見せられたところであったことも噛みしめて、先への一歩をぐ、と踏み出す。


「許可なく侵入してきた者に対して施行される法令を、シェリーに教えたことがあったかどうか」


――


 あったのだ。そしてこれは思い出していただけた。


 日照り続きの地面が与えられた水を吸い込んでいくように、シェリーの表情はみるみる変わった。嘆いていた強張りから、行動する者の意志の硬さに。


 フレディから離れ、早くも足を踏み出しながら、焦れて叫ぶように言う。


「どこなのっ? どこに行けばいいのっ?」


「ポトツキーが北の鍛練場に処刑の準備を命ぜられていた。僕は法院長様に執行書類に署名をしないように頼みに行くから、シェリーは現場に」


「わかったわ! 絶対止めているから、フレディも急いで来て!」


 見る見る小さくなる後ろ姿に、フレディは声をかける。聞こえるわけなどない距離まで離れたことを確かめた上で。


「がんばれ、シェリー」


 仕掛け終了。手強い相手にやり(おお)せたことを讃え、清々しい笑いが止まらなかった。



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