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5.塔の中には魔法使い


 厨房を後にしたフレディは、西の塔への階段を昇っていた。ぐるりと螺旋を刻みながら、途中でぽつりと声に出しつぶやく。


「教訓は体験を伴わなくては」


 言えば口元に笑いが浮かび、誰に見られるはずもないが、彼は急いでそれを消し去った。笑い事ではなく、これは大事な躾の一貫なのだと、まずは自分に強く言い聞かせる。


 なぜこんな言い訳じみた物言いになるのか。それは扉の向こう側の人間を事態に絡めようとしているせいに違いない。


 塔の中。天辺には遠く地面も遠くと、位置も中途半端、さらにそれさえも斜めに取り付けられている扉をノックもそこそこに開け放つ。


「先生!」


 同時に上がった声に、細長い部屋の奥の奥、衝立の向こうから椅子の軋む音が応えた。また一際荷物の嵩が増したようだ。


 部屋中に本、そして文書の類いが不規則に積まれ、斜めに張られた天井からは謎の物体が数々吊り下がる。


 ずぼらなのだと言えてしまえば、納得もいくのだが、この部屋は確実に訪れるたびに変化していた。


 飾られているオブジェが入れ替えられているし、本の並び順も違う。そんなまめさを持ちながら、なぜ整頓といかないものか、まるで理解に至らないのだった。


 楕円のテーブルの上に目立つように並べられた、今月のメインオブジェは木彫りの熊。大中小と様々なサイズが揃いも揃って十二体、一列に北を向いていた。


 何かの(まじな)いででもあるのだろうか? と、建設的な方向に答えを求めてみる。試しに。


「おぉ、フレディ。やっとノックをしないことを覚えたな」


 しかし衝立の向こうから姿を現した主殿は、そのような方向のご意見の持ち合わせはなさそうだ。


 ペルシア絨毯のような柄の長い布を引きずり引きずり、何冊もの本を落下させながら、一向に気にも留めずに近づいてくる。布が足に纏わりつくも、姿勢だけを見るならば颯爽と。


 これは生き様というものかもしれない。経歴が着けた身のこなし、広がり過ぎた趣味嗜好。ここは部屋と主とで構成を見せる一世界である。


 入り込んだ者は心してかからなければならない、ことくらいは知っていたはずだった。


 熊に並んで放置されたどこぞの民族の投石器を手に持ち、フレディは息をつく。


「何十回も黙され続ければ諦めもします。ただいま戻りました――いえ、わりと前でした」


「知っているとも、二時の汽車だろう」


「どうして知ったんですか?」


「ヘイムダルの眼だ。ふふふふ」


「それはともかく」


「片付けが早いな」


 主殿、『将軍』フェルカーは不満気に鼻を鳴らしたが、フレディは見もせずに続ける。流されるには時間が足りない。お付き合い差し上げる余裕はないのだ。


「協力していただきたいことがあるんです」


「友情を利用するのだな」


「先生にしかできないことなので、ぜひ」


「そう言われてしまっては仕方がない。言ってみたまえ、なんなりと」


 そこでわざとらしくも視線を浮かし、ポケットから紙巻などを取り出しながら、


「言うだけならな」


 フレディは答えた。弟子も負けてはいないのである。


「先生もお好きな計略ですよ」


 そんなことのすべてを伝授しなさった当人、フェルカー将軍は王の友人として城に住み、フレディには幼少の頃から教師として関わっていた。


 帝国軍の軍師であった彼が教え賜るは戦についてのあれやこれや――のはずが、振り返れば路線逸脱もはなはだしい状態となっている。


 責は誰にあるのだろうか。そんなことを問うてみれば、二人は互いに子供のように、力いっぱいに相手を指で差してみせるだろうが。



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