2.姫1~ルシル・エリザベト
回廊を、駆ける足音が後ろから近づいてきた。足を止めて振り返る。
「お帰りなさい、フレディ」
対客人用のドレスを選んだ、王女ルシル・エリザベトの姿を見た。御年十四、金の髪にブルーの瞳が特長となるほどに輝いた、肖像画家も呼ばれがいのある見目麗しい乙女の姿。
天は決して抜かりはしないもので、声もまた優れた楽の音のような心地好いものであった。
画家ならばためらうほどの王女の満面の笑顔に、フレディも応えて笑い、
「ただいま、ルイス。二週間ぶり」
「今週こそはと思って待っていたのよ。今戻ったところよね?」
「そうだよ。二時の汽車だった」
「また門から近道をしてまっすぐ来たのでしょう? そして今この場所ね?」
ルイスは――ルシル・エリザベトは幼い頃から、親しいものにはそう呼ばれていた。王妃による命名である――探るような視線をフレディに浴びせる。彼はすぐに意味を察し、
「シェリーなら、見かけなかったよ」
「そうよね。会っていたらあなたから離れているわけないもの。逃がしちゃったのよ、なんてこと! あれだけ厳重にと声をかけておいたのに、逃げられたのよ、私たち。まさか昼食を犠牲にまでするなんて予測しなかったもの。だけれどテーブルには現れなかったの、甘かったわ」
「逃げる気になったら」
「本気ですもの、ね。考えるべきだったわ。もう、なんて子かしら」
長く息をつき、あきれも果てた表情になる。けれどそれはいくらかポーズのようであり、根の愉し気な空気をすっかりと消してはいなかった。
「私はもう少し庭を探してみるわ。フレディは、みんながまだ探していないところをお願い」
「はい」
「どうしたってお茶には座らせるのよ」
縫製した者が見たら涙を流すかもしれない。ドレスにそぐわない、ルイスはまた駆けて行った。
王女ルシル・エリザベトの茶話会は――まだ飽きていなかったのか、とフレディは我知らず息をつく――、完璧なるマナーの遵守を目指して開かれているものだった。
春の直中、それは二ヶ月ほど前のこととなるのだが、他国を訪れた王女は伯爵夫人の茶話会に魅了されてしまったのである。
以来、それらしき理由をつけては開かれる会を、城に住むものはいいかげん、辟易していない方がどうかしている。
しかし、ルイスがこうと決めたなら、翻せる人間などいはしない。優しく慈愛あふれんばかりのプリンセスとは、批判されることのない出生ゆえに強く固められた自己法則を持っているものであるために。
第一王女は周囲に期待を意識させる隙も与えないほどに、王女として何一つ損なうことなく成長なされた。
第二王女とは大きな違いである。
考え出せば、教育係の彼としては責任を感じざるを得ない。
王女シェリル・セシリアは、同年代の誰より聡明、驚くべき才と輝きを持った姫だが、一方ではそれらの働く先が王女として見当ハズレであることが相当。成長するにつれてこのズレは大きくなるばかりであり、今となっては矯正に苦しく、最近ではもっぱら彼の頭痛の種となってしまっていた。
遅ればせながらではあるが、ここぞとばかりにルールを言えば、約束ならば交わした以上は守らせなくてはならない。
……例えルイスの茶話会がどれほど過酷なものだとしても。
可哀相ではあるが、約束は約束。迷いを振り切るように勢いをつけて、フレディは体を反転させた。
まだ誰も探していない場所など、いくらでもあるのだ。時間は足りない、とりかからなくては。