12.城は彼女をなぜ招いたか
「ミリアム。君は一人でここまで来たの?」
「はい、あの、駅までは一人、付いてきてくれましたが、そこからは一人で来ました。いえ、参りました」
「歩いて」
「はい」
まるで息のような声が出た。誰かが錘を足しでもしているかのように、頭といい首といいどんどん重たくなっていく。
何か、いけないことだったのだろうか。判らない。そんな混乱の中に、フェルカーの軽い言葉が割り込んでくる。
「夫人なりに気を遣ったんだろうさ」
フレディはあきれたようだ。
「方向が間違ってやいませんか? 言って寄越したら迎えも出せたのに」
「君が先回りして気付いても良かったんじゃないのかね」
「僕よりもあの方をご存知なのは先生の方でしょう。予測してくれても良かったんですよね」
あの方。と言うことは、この人たちは祖母を知っているのだ――
それがわかってしまうと、ミリアムの心にはさらに影が拡がった。明るかった部屋にカーテンが引かれ、光という光が遮断されてしまったかのようだ。
苦しくこれまでを思い出そうとするが、初めからうまくはいかない。すべては祖母に報告されてしまうのかもしれないできごと。
おばあさまは……怒ってしまうに決まっている。
「遅くなってしまったな」
向けられた言葉に、あわて急いで顔をあげた。それは今もまだ続いているのだ。
「一方的に僕たちが君を知っているというのは、不公平な話だね。この度はガルドゲルミルの奥様にはお世話になりましたと、是非お伝えください。これまで名も名乗らずに申し訳ない。フレデリック・ハートローです。シェリルには従兄というよりは、世話係をもって拝しているけれど」
沈黙というよりは、寸断に近い。瞬時の闇を経て、ミリアムは衝動に立ち上がり、叫んでいた。
「私っ、――私、なんて失礼を! 申し訳ありません! お赦し下さい」
ぐるぐると回る渦は激しく、立っているのも必死だった。ただひたすらに謝意を伝えなければと、それなのに言葉は上手に出てこない。
いつもこうだ。いつだって自分は大切なことを言い出せない、きちんとできた例がない。見つからない言えない、不器用で抜けていて。
姫を取り巻く方たちの名を、王の居城に住む人間たちを、自分は覚えていたはずだった。
記してあった紙の様子までもが記憶にのぼる。思い出した。怒涛にも似た勢いで、勉強部屋(を、与えられていたのだ)のすべてが一度に押し寄せて、それがまた新たな渦となって襲いかかる。手に負えない渦。ふ、と意識をすくわれそうだった。今にも。
「椅子に戻って。失礼を受けた覚えはない。失礼なのは僕たちの方で、特にシェリーやこちらの将軍とかが、確かに君に失礼だった」
「なにを言い出すんだ。私がいったい何をした?」
「あぁ、こちらはフェルカー将軍。この城の、あるいはもしかしたなら国の治安を守っているかもしれない」
「フレディ、君こそ酔っているんじゃないのか? こんなことを真に受けてはいけないよ、ミス・ジルアード。彼は時々考えずに話すんだから」
師の目による指示を受け、フレディは立ち上がり、ミリアムの手をとって椅子に座らせた。
はっと気付いたときには彼は自席に戻っており、新聞をたたんだフェルカーは、優しい笑みを見せていた。
「楽にしていいんだよ。お茶の時間なのだからね」
将軍は、おじいさんの精のように笑うのだ。物語の例に漏れず、娘の気持ちは温まった。
「は、はい。……失礼しました……失礼を」
「さっきと何も変わらないのに」
「名前は恐ろしいと、だから昔から言われている」
茶化すような応えに、フレディはふてくされたように言う。
「この場合は名前ではなく肩書きでしょう。ミリアム、夫人は君にいったいどんな話をしたんだろう。君の中で、僕たちは何者になっているのかな。まるで――」
なにを思ったのか、彼はそれ以上は口を閉ざしてしまった。
感じる気まずさに拍車がかかり、ミリアムは急いで言葉を捜す。
「おばあさまは、いえ、祖母は、私に礼節をわきまえるようにと言いました。自分の身分をよく考えて、行動するようにと言われて参りました。私……」
だというのに。口ごもった。それはまず、破られてしまったのだ。教えの第一か条を、第一番に損ねてしまった。こんなことを、祖母が許すはずはない。
「身分や礼節を大切ではないとは言わないけれど。特にこれから城に住む君にはね。けれど男爵夫人の仰りようは、僕たちが君に期待していることとは違うんだ。僕君に来てもらったのは、つまり……」
ふぅ。息をついて空を仰ぎ、目を遠く、遥かに向ける。しばし黙考。話し出したときは早口だった。さきほどのシェリーとよく似ている。
「あの姫の遊び相手を引き受けていただきたいと、そんなことを思いついてなんだけれど、今になってひどいことを押し付けようとしているような気持ちになってきた。どうだろう。君が嫌なら止めはしないよ。叱られることのないように上手な理由を見つけ出して、家に帰れるように計らおうか」
「家に」




