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10.城の中を走り回ること1時間


 ミリアムには固まったように思えた空間だったが、他の二人には違うらしい。両手を大きく広げてドアのこちらに仁王立ちになっている少女にフレディは、カップも下ろさずいたって自然に、優しい言葉で問いかけた。


「ポトツキーには会えた?」


 それを聞きやっと空気を肺に送り、目立たないよう小さく息をつく。そして、ミリアムは椅子の中で身を縮ませた。


 つかつかと靴音も派手に、声の主は近づいてくる。顔を見るだけ視線を上に向けることはできなかったが、蒼いスカートが目に映った。


 見覚えがあって当然、自分がこの城まで着てきたものなのだから。


「会えたわ! 馬場でアルファードと遊んでいたわ、楽しそうに!」


 年に似合わぬ張りのある、きっぱりとした発音。声にも聞き覚えがあった。つまり、あの塀の下に潜っていた少女……


「どうなっているの? ポトツキーだけじゃなくて、誰も何も知らないって言うのよ。あの子はどこにいっ」


 ぶつかるように衝撃を、視線に感じた。


 気付き言葉を切り、少女は自分を見ている。


 立ち上がりかけたミリアムの腕を、フェルカーの手が押さえた。新聞を盾にしてこそりと小さな声で言う。


「いい、いい。座っていなさい」


 でも、とミリアムは困ってしまった。ほとんどが空気の上にあるように椅子にはかろうじて座り、はらはらと次の言葉を待つ。


 シェリーなのかフレディなのか。視線はさらに落ち込み、今や自分の握ったこぶしを見つめるばかりだ。心臓が竦んでしまっている。思い出していた。


 約束を破ったことを、シェリーは怒っているに違いない。


 けれど聞こえたのは、思いがけず拗ねるような言葉だった。


「ズルイわ、フレディ。ミリアムは私のお客様なのよ?」


「そう思うなら、それ相応のおもてなしをしなさい。長旅の末にたどり着いた目的の地で、いきなり黴臭い小部屋に監禁されたら、どんな気持ちになると思う?」


「あの部屋は小さくはないし、黴臭くもないもの。それに、短い間のつもりだったのよ」


「つもりの通りにはいかなかっただろう。それに感覚は人それぞれだよ。シェリーが短いと思っていても、相手は長く感じているかもしれない。いつも誤差範囲を考えに入れておくべきだ」


「だって――」


「それに塀の隙間、あの出入り口を使わないように言ったことを僕の方は覚えている。本当にね、事情を知らずにいたらミリアムは侵入者として捕まえられていたところだ。ゲームでは済まなかったよ、シェリー。君を守るためにたくさんの人が気を配っていることはわかっていると思っていた」


 説教なのにだんだんと、哀しそうにそれは聞こえた。夕方の光線を受けていることとは別種の翳りを見せている青年を、フェルカーは新聞のこちらでにやにやと笑っている。


 ミリアムはあ然とそれを見、目だけをひそっとシェリーに移す。ぐっと噛んだ口元がゆっくりと開き、驚くほどに神妙に。


「ごめんなさい」


「ルールがたくさんあって大変だろうと思うけれど、優先順位も教えているつもりだ。絶対に破って欲しくないものがあることも。これからはいつも忘れずに」


「はい」


「覚えておけそう?」


 説教者の声には少し、明るさが戻っていた。


「また北の階段を駆けのぼるくらいなら忘れないわ」


「それを思いついたのは先生だよ」


「良い考えだと言ったのはフレディだ。しかも実行犯もフレディだ」


「いいのよ、先生。いつだってそれはフレディなんだから」


 姫の哀れっぽいつぶやきには取り合わず、フレディはまた声のトーンを落とす。


「では約束をいただいたところで、シェリー」


 彼の視線の行く先を追い、シェリーはミリアムにたどり着いた。一瞬、はっとした顔になり、その椅子に駆け寄る。



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