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9話 王宮へお出かけします。

リリーは今日もせっせとお菓子を焼いていた。

理由は朝食の時間まで遡る。


いつものように家族と共に朝の食卓を囲んでいたリリーは、今日のおやつにチーズスフレを焼くつもりだと話した。

すると、すかさず父のウィリアムが仕事を休むと言い出した。

もちろん自分が食べたいからである。

ただでさえ最近は自分にベッタリで、いつ仕事をしているのか謎の父だ。

つい心配になったリリーは、お菓子を仕事場まで持っていくと言ってしまったのである。


父の仕事場ーー。

それはつまり王宮であり、今になってリリーは激しく後悔をしていた。


私、なんであんなことを言ってしまったのかしら。

しかもスフレは焼きたてが美味しいから、結局チーズタルトになってしまうし。

お仕事仲間がたくさんいらっしゃると困るから、多めに焼かないと……。


おやつの時間までに王宮に持参しなければならないと、リリーはコックのレオも巻き込み、朝食後からチーズタルトを作り続けているのだった。



なんとか焼き上がったチーズタルトをバスケットに詰め、次はリリー自身の準備にかかる。

なにしろ、謁見する訳でなくとも向かうは王宮である。

それなりの身支度が必要だった。


リリーは深い溜め息を吐いた。

さきほどからリリーが憂鬱に感じていたのは、大量のお菓子を作ることではない。

全ては王宮に出向くことにあった。

田舎育ちのリリーには、王宮は眩しく、近寄りがたく感じてしまうのだ。


侍女のアイラにレースをふんだんに使った、色鮮やかなのにそれでいて上品な山吹色のワンピースを着せられ、鏡を覗く。

王都で今流行りのワンピースらしく、裾が軽やかに広がっていてとても可愛らしい。


やっぱり似合ってないわよね。

いつ見ても地味で平凡な顔だもの、似合うわけがないわ。


リリーは自分の顔を見つめ、心の中で呟いた。

ありきたりな茶色の髪に、丸い目、酪農を手伝っていた為に日焼けした肌と荒れた手……。


とても貴族令嬢には見えないわね。


自分の容姿に、自信も興味もあまり持てないリリーであったが、実際はそれなりに可愛らしい顔をしていた。

小動物のような丸くくりっとした目は、スペンサー家の人間に多い綺麗なエメラルド色で、ウィリアムは自分と同じ色の瞳を持つ娘を、生まれたときから溺愛している。

素直に感情を顔に出し、いつも朗らかに笑っているリリーは愛らしく、周りまでつられて笑顔になってしまうのだ。

令嬢らしくないそのままのリリーを、スペンサー家の皆が愛していた。


軽くお化粧もしてもらい、支度が済んだリリーは、アイラと共に王宮へ向かう馬車へ乗り込んだ。

少し緊張気味のリリーだったが、「お嬢様に会ったら、旦那様は飛び付いて抱きしめそうですね」などとアイラがしれっと言うものだから、だんだん緊張より心配が勝ってきてしまう。


お父様、王宮では冷静にお願いしますね。


心の中で祈っていたリリーだったが、王宮に馬車が到着するやいなや、待ち構えていたウィリアムが走り寄ってくるのを目にし、早々に色々と諦めた。


「お嬢様、頑張って下さい。プフッ」


もはや笑いを押さえ込めていないアイラを軽く睨みながら、リリーは馬車から渋々降り立った。


「よく来た、リリー!!」


駆け寄ってきたウィリアムにムギュッと抱きしめられる。


はい、完全に予想通りですね。

それはもう悲しいほどに……。

王宮内ではほどほどにお願いします。

周りの方の目が怖くて見られません。

そしてアイラ、そっぽ向いてないで私を助けるべきでは?


「お父様、お待たせいたしました。ここでは人目もありますし、邪魔になるので移動いたしましょう」


心の声を飲み込みつつ、なんとか目立たない場所へ移ろうとリリーはやんわりと提案した。


「そうだな。場所を変えよう。うん、しかしだな、その……」


なぜか父の歯切れが悪い。

何かまずいことでもあるのだろうか。


「どうなさったのですか、お父様。もしや、お忙しいのですか? でしたら私はこのまま帰りますので、お気遣いなく」


むしろこのまま帰りたいリリーは、渡りに船とばかりに余裕の笑みで話しかけたが、ますます父は挙動不審になってしまう。


「いや、違うんだ。忙しいのではなくて……えー、リリーに会いたがっている方がな……そのー、いらっしゃってだな?」


私に会いたい?

王宮に知り合いなどいないはずだけれど。


「どなたですか?」

「えー、うん、王妃様……だな」

「は?」

「国王の妻であらせられる王妃様だ。王子の母君の」


いや、もちろん意味はわかっていますとも。

この父は何を説明しているのでしょうか。

問題はそこではありません。


「私が疑問なのは、なぜ王妃様が、恐れ多くも私にお会いになられるのかということです」

「そんなの僕が訊きたいよ。廊下でお会いしてついリリーが来ると話したら、一緒にお茶をしましょうって誘われて……」


お父様、口を尖らせて言い訳してもダメですよ。


「突然私的なお茶会に誘われるというのは、よくあることなのですか?」

「いや、あまり聞かないな。知り合いならあるかもしれんが。王妃様もお忙しい方だし」


そうですよね。

でももちろん私は知り合いなどではないし……ではなにゆえ?


リリーは困惑と、ますます逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、断れないと悟ると覚悟を決めた。


「お父様もご一緒ですよね? お待たせしてはいけませんもの。王妃様の元へ参りましょう」


リリーの頼もしい様子に、ウィリアムも安心したようだ。


「大丈夫だよ、僕が付いているからね。王妃様もお優しい方だし」


いやいや、私は全然安心できませんがーー。


なんて思いながらも、王宮の中を父の後に付いて歩いていく。


王妃様……。

どのような方なのかしら?

なるべく失礼のないようにしないと。

……自信がないけれど。


応接室だろうか、父がノックをして入っていく。

ウィリアムに続いて部屋に足を踏み入れたリリーに、すぐに女性の声がかかった。


「またお会いできたわね」


本屋で出会った婦人が、微笑みながらそこに立っていた。


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