55話 田舎育ち令嬢、田舎でも都会でも愛される。
最終話です。
お楽しみいただけると嬉しいです。
「うわぁ、ここもすごい人ですね!」
興奮したリリーは、傍らに立つラインハルトに話しかけずにはいられなかった。
第三王子妃試験の実地となったバーキン領を一目見ようと、各地から大勢の人が集まって来ており、どこもかしこも祭りのような騒ぎなのである。
もはや王家の肝入りとも囁かれているこの領地改革には、国中の興味が注がれており、既に大成功だと噂されているが、その陰にラインハルトの愛と献身があることをリリーは知らない。
図らずも王家の男は執着が強いだけでなく、尽くすタイプだということが証明されたのだった。
もはや王都が引っ越してきたかのような喧騒の中、リリーが携わったこの街に、スペンサー領からも懐かしい面々がやって来ていると聞き、リリーの胸は高鳴りっぱなしだ。
バーキン領は何もかもが明るく生まれ変わっていた。
元々あった花畑に手を入れ、一年中楽しめる公園をいくつも作った。
公園や街には屋台が並び、花をあしらった女性向けのご当地メニューが開発された。
何故か第二王子婚約者のイザベラが、実家の豚を使ったスペアリブ屋を率先して出店したりして、若い男性が喜びそうなお店も増えつつある。
中心地にある一番大きな公園、通称『恋人の庭』には『恋人の鐘』が設置され、これから恋人達のデートスポットになる予定だ。
今日はここ、『恋人の庭』にてオープンセレモニーと、『恋人の鐘』の除幕式が行われる。
来賓はもちろん第三王子ラインハルトと、その婚約者リリーである。
二人は最初に鐘を鳴らすカップルになるのだ。
「リリーお嬢様」
振り返ると、スペンサー領の屋敷で執事をしているスチュアートだった。
成人を祝う誕生パーティーの際も、屋敷を留守に出来ないと不参加だったので、スチュアートに会うのは久々な気がする。
「スチュアート! 来てくれたの?」
いつもの執事姿のスチュアートは、一度ラインハルトに恭しく頭を下げると、リリーに笑いかけた。
「もちろんでございます。お嬢様の晴れ舞台を見逃すわけには参りませんので」
「スチュアートったら」
リリーはクスクスと笑っていたが、ふいにスチュアートが真剣な面持ちで言った。
「お嬢様、お嬢様が変わらずにいて下さって、私共は嬉しく思っております。ラインハルト殿下、どうかこのままのリリーお嬢様をよろしくお願い致します」
ラインハルトに対して丁寧にお辞儀をするスチュアートを見ながら、リリーはスペンサー領を離れた日のことを思い出していた。
『リリーお嬢様、お嬢様はそのままでよろしいのです。どうか変わらずに。辛いことがありましたら、こちらにお帰りください。私共はいつでもお嬢様のお帰りをお待ち申しております』
そうよ、スチュアートの言葉で、私はこのままの私でいいんだって。
私は私らしく王都で過ごそうって。
そう思えたんだったわ。
「ありがとう、スチュアート。私、今とっても幸せよ」
リリーの溢れる涙を指で拭った後、ラインハルトがスチュアートを真っ直ぐ見据えた。
「もちろんだ。リリーがリリーらしくいられるよう、ずっと守るよ。だって僕は今のリリーを愛しているからね」
自信を持って答えたラインハルトに、スチュアートは涙を浮かべながらも嬉しそうに笑い、深々と礼をした後ゆっくりと去っていった。
「ありがとうございます、ハルト様」
「当然のことだよ。さぁ、もうすぐセレモニーが始まるから涙を止めて」
チュッとリリーの目頭に、ラインハルトの唇が落ちた。
「ハルト様!」
「ああ、涙が止まったね。赤くなって可愛いな」
「まったく、始まる前からイチャイチャイチャイチャ……」
少し離れたところでジェシーは呆れていた。
もちろんジェシーもアーサーと一緒に、セレモニーの場にやって来ている。
セイラの計らいで、リリー達の次に鐘を鳴らすことになっているのだ。
「まぁまぁ、二人のことはそろそろ諦めたら? ジェシー、なんだかんだ言って殿下と気が合うでしょ?」
アーサーに突っ込まれたジェシーは、顔をしかめて必死で否定する。
「アーサーお兄様、そんなはずがないでしょう! あんな腹黒王子と気が合うだなんて!!」
「えーそうかな? 時々妬けるんだよね。お兄様呼びも改善されないままだし」
え、それってヤキモチ?
でも確かにいつまでも『お兄様』もおかしいわよね。
っていうことは、『アーサー様?』
…………ムリムリムリ!!
顔を手で隠して無言で恥ずかしがるジェシーに、アーサーが強気でねだる。
「『恋人の鐘』を鳴らすんだから、僕達も立派な恋人だよね? だから『お兄様』ももう終わり。いいかな?」
隠していた顔をそろそろと上げたジェシーは、アーサーを見つめて微かに頷いた。
アーサーは初々しい恋人の反応に破顔すると、包み込むようにジェシーを抱き締めたのだった。
セレモニーは華やかに幕を上げた。
来賓として紹介されたリリーが笑顔で手を振ると、公園内は大きな歓声に包まれた。
リリーの人気はいまや鰻登りである。
『恋人の鐘』の除幕式へと移ると、リリーはラインハルトと並んで大きな鐘の下に立った。
二人で下がった紐を握り、司会者の合図と共に鐘を鳴らし始めるとーー。
カーン カーン カーン………
青空のもと、美しい鐘の音があたりに響き渡った。
それは澄み渡り、どこまでも届きそうに思えるほどで。
綺麗な音……。
スペンサー領まで飛んでいけ~。
すっかり鐘の音に心を奪われていたリリーに、予想外のことが起きようとしていた。
「リリー」
手をそっと包み込まれ、紐から手を外されたリリーが不思議そうに隣を見ると、そこには幸せそうに微笑むラインハルトが居た。
何故か観衆も静まりかえり、鐘の音の残響だけがこだましている。
「リリー、君を愛している。この世の誰よりも。生涯僕の隣にいてください」
いつの間にか指輪をはめられ、気付けばラインハルトの顔がリリーの目の前に近付いていてーー。
え?
何!?
チュッ
リリーの理解が追い付かないうちに、リリーの唇はラインハルトに奪われていた。
キャアーーーッ!!!!
ウァアアアーーー!!!!
轟く喜びの声の中、遅れてやっと状況を理解したリリーが、涙目でラインハルトに訴えかける。
「もうもう、ハルト様! 人前ですよ? 結婚式もこれからなのに!!」
「じゃあ、今すぐ結婚しちゃう? 今日泊まっていく?」
「何を言ってるんですか! よくわかりませんけど、まだダメです!!」
いまだ口付けの先は謎のままだが、なんだか身の危険を察知したリリーは、無意識にお預けをくらわせていた。
そんなリリーに吹き出すと、ラインハルトは可愛くて仕方がないといった表情で、ぎゅっとリリーを胸に抱いたのだった。
鐘を鳴らしてプロポーズをし、口付けるという流れは、実は『続 王子様との秘密の恋愛』に出てくる有名なラストシーンで、リリーの為にわざと真似て見せたラインハルト。
まさかの本物の王子様による小説の再現に、ファンは歓喜し、この公園はあっという間に聖地と呼ばれるようになった。
もちろんバッチリ観察していた著者の令息が、溢れる創作意欲からその後もヒット作を連発したのは別の話ーー。
◆◆◆
三年後。
「リリー、ただいま」
王子を辞したラインハルトは公爵の位を賜り、以前ナムール伯爵らから返上させた領地を与えられ、日々経営に精を出していた。
「おかえりなさい、ハルト様」
ラインハルトと結婚したリリーは、公爵夫人としてラインハルトを支えている。
気候がスペンサー領と似ている為、こちらでも酪農を広めようと奮闘している最中だ。
「調子はどう? まさかまた無理してないよね?」
リリーはお腹に初めての子を身籠もっているのだが、いまいち自覚が足りないようで、ラインハルトは益々過保護になっていた。
「大丈夫ですよ。お父様は心配性ですねー?」
お腹に向かってリリーが話しかけると、ラインハルトも負けじとしゃがんで話しかけだす。
「母上がお転婆だと困るよねー?」
そんな新米夫婦を、スチュアートやアイラが温かく見守っていた。
お嬢様が心配な彼らは、この地まで付いてきたのだ。
リリーは出産後は、領地と王都で半年ずつ暮らすことになっている。
両方それぞれにリリーの帰りを待つ人々がいるからだ。
「ハルト様、幸せですね」
リリーがお腹を撫でながら笑う。
「ああ、幸せだ。今日も愛してるよ、リリー」
リリーの手に自分の手を重ねながら、ラインハルトは愛する妻にただいまのキスをした。
こうして田舎育ちのリリーは、田舎でも都会でも愛され、何より王子様に溺愛されたのだった。
長編にお付き合いいただきありがとうございました!