53話 王家の女子会と恋人の鐘。
セイラと知り合った日は、学院で午後の授業を受けた後、王宮へ立ち寄る予定になっていた。
リリーの王子妃教育が休みだと知った王妃から、お茶に誘われていたからだ。
メンバーは王妃、リリーの他に、王太子妃ソフィア、第二王子の婚約者イザベラの四人。
あまりに豪華な顔ぶれに、誘われた当初は動揺していたリリーだったが、考えてみれば近い将来親戚となるのだ。
少なからず緊張もあったが、王妃達はすでにリリーを義娘、義妹だと認識しているようで、お茶会は賑やかに始まった。
「リリーちゃん、学院はどう? ラインハルトがいつもベッタリとくっついていて、邪魔ではなくて?」
王妃が哀れむように眉を寄せながら訊いてきた。
ソフィアとイザベラまで、苦笑しながらリリーを思い遣る表情を見せている。
自分達も経験済みの仲間だと言わんばかりの顔に、思わず笑いそうになってしまう。
「いえ、そんな。ハルト様は一歩引いて見守ってくれている感じです。おかげでお友達も増えました」
リリーがやんわりと否定すると、三人は驚き、顔を寄せてコソコソ囁き合い出した。
「あの子ったら、いったいどういう風の吹き回しかしら?」
「何かの作戦でしょうか」
「あ、アレかもしれませんわ! ほら、夜会の時、リリーちゃんが隣室のお茶会が楽しかったってラインハルト様に報告してた時の、ラインハルト様の甘い顔!!」
「あ、それよ、イザベラちゃん! お義母様、ほらラインハルト様がデレデレと……ではなくて、嬉しそうにリリーちゃんの話を聞いていたではないですか」
「あー、なるほどね。ラインハルトの今のブームは、可愛く報告してくるリリーちゃんを愛でることなわけね。だからあえて少し離れて……」
意見が纏まったのか、なんだか盛り上がっている三人を、リリーは不思議そうに眺めていた。
ブームって何かしら?
ハルト様は、あまり人前でベッタリなんてしないもの。
馬車の中ではいつも距離が近いけれど。
リリーがその距離間を思い出して赤面していると、丸聞こえのヒソヒソ話が終わったらしい王妃から発表があった。
「今日はね、リリーちゃんに王子妃試験の話を伝えようと思って呼んだのよ」
「王子妃試験?」
リリーは初めて聞く言葉にビックリし、思わず聞き返していた。
まさか試験があったなんて!
私でも合格出来るものかしら?
不安そうなリリーを安心させるように、王妃がリリーの頭を撫でた。
「試験というか、課題をやってもらうことになっているの。恒例でね。ソフィアちゃんとイザベラちゃんも合格したのよ」
二人がリリーを励ますように頷いている。
「課題というのはどんなものなのでしょうか?」
「何でもいいのだけれど、ざっくり言うと、国の発展の為に何かするということね」
ざっくりし過ぎていて、意味がわからないです……。
国の発展?
なんだか壮大な話だけれど、そんな大層なことを私が?
出来るとも思えず、ますます混乱するリリーを落ち着かせようと、ソフィア達も話に加わった。
「大丈夫よ、リリーちゃん!! 私は新しい飼料を開発しただけだもの」
「私は畜産の流通経路の改善を少々」
ん?
飼料?
畜産??
王宮や王都内で結果を出すのだと勝手に想定していたリリーは、なんだか予想外の方向性に首を傾げた。
令嬢の発想とは思えない内容だったからだ。
すると、王妃が秘密をばらすように楽しそうな声で説明してくれた。
「ソフィアちゃんの実家は穀物を作っているの。イザベラちゃんの家は畜産業。主に豚ね」
「えええええっ!! そうだったのですか? もしかしてソフィア様の開発された飼料って、あの配分が画期的な飼料ですか? スペンサー領も仕入れている……」
リリーの驚いた顔を見て、ソフィアが面白そうに笑った。
「そうなのよ。開発して自信作だったものの、実際売れるのか心配していたら、スペンサー家の娘が気に入ったから大量に欲しいって言われて。あれはリリーちゃんのことだったのよねぇ」
まさか、こんなところに開発者が!
ミルクの質も量も劇的に変わったほど優秀なあの飼料を、ソフィア様が!?
リリーは大興奮である。
「飼料を変えたおかげで、牛達の体調がよくなったんです! しかも、イザベラ様の家がまさか畜産を営んでいたなんて。なんだか親近感を感じてしまいます!」
「そうなの。結果的にうちの子達のお嫁さんは、この国の『食』を支えてくれている地域出身なのよ。ありがたいことだわ。よく勉強しているから頼りになるし」
王妃が感慨深そうに言った。
やっぱり王妃はこの国の安定を誰よりも考えているらしい。
そんな中、リリーは自分に何が出来るかを考えてみた。
うーん、うちの領地は改善の余地はまだ大いにあるけれど、早めに結果を出すとなると難しいわね。
セイラ様の領地なら試してみたいこともあるんだけれど……。
ん?
これっていい案かも?
リリーは今日学院でセイラに相談されたことを三人に話してみた。
「……という訳で、収益が出るような領地の改善方法のアドバイスをお願いされたところだったんです。全然スペシャリストじゃないのですが」
三人は愉快そうに笑っていたが、やがて王妃が壁の側に立っていたメイドに合図を送った。
彼女はすぐさま地図を持って現れ、他のメイドが紅茶を脇に避けた。
「とっても面白いと思うわ。うまくいけば、領地の経営建て直しのいい例になるし」
「でも一つの領地に肩入れするみたいで、あまりよくないですよね?」
心配するリリーに、ソフィアも王妃に同意するように話し出す。
「あくまでモデルケースとして考えれば平気じゃないかしら。良い見本となれば、他の土地も真似するだろうし」
イザベラもうんうんと頷いている。
「地図だとバーキン領はここでしょう? リリーちゃんはどんなことを考えているの?」
「今日話を聞いたばかりなので、まだこれから具体的に考えますが、お花畑を生かすべきだとは思っています。公園として整えて入園料をとったり、屋台を出したり、お花を使ったお土産物を作ったり。日帰りが出来るそうなので、最終的には王都に近いデートスポットとか、プロポーズ場所として有名になれば、若い観光客が増えるかなと」
とりあえず思い付いたことを言っただけだったが、三人は目を輝かせた。
「さすがスペシャリストね! いいところをついていると思うわ」
「だったら私、作って欲しいものがあるわ! 小説に出てきた、『恋人の鐘』を作るのはどうかしら?」
イザベラの発案にリリーも飛び付いた。
「『王子様との秘密の恋愛』のあのシーンですね!? 私、鐘を鳴らす場面が大好きなんです。では早速著者に許可をもらってきます!」
まずは、著者の妹さんに連絡してみないと。
夜会の何気ない普通の会話だったのに、情報ってどこで役に立つかわからないものね。
人気の小説だから、もし鐘が実現できれば集客力は抜群のはず!!
セイラ様にも、思っていたより大事になってしまうけれど、王子妃試験の課題に領地を使わせて欲しいと頼まないと。
その後も王家の女子会は大いに盛り上がり、リリーの課題のはずが、気付けば皆で意見を出し合っていた。
翌朝、リリーを迎えに来たラインハルトは、お転婆ジャンプを学院で披露したリリーにお仕置きをしようと考えていたのだがーー。
「え? 恋人の鐘? 一緒に鳴らすの? 僕とリリーで?」
「はい! 最初の一組目に私達がなれば、観光地として有名になるって王妃様が。あの、小説では鐘を鳴らした二人は永遠に結ばれるんです」
照れながらも、一緒に鳴らして欲しいとお願いするリリーに、お仕置きのことなど当然吹っ飛び、ラインハルトがリリーを抱き締めたのは言うまでもない。




