52話 リリーは領地経営のスペシャリスト?
ようやく終わりが見えてきました。
全55話予定です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
ジャンプ姿をラインハルトに目撃されていたことなど露知らず、リリーは無事に救出できたハンカチを隅までチェックしていた。
うん、大丈夫!
破れてもいないし、綺麗なままだわ。
ハンカチを畳むと、まだ理解が追い付かずにポカンとした表情で見つめている令嬢に差し出した。
「どうぞ。お花の刺繍がとっても可愛いハンカチですね」
リリーに微笑みながら差し出されているハンカチを、相変わらず焦点の合わない目で眺めていた令嬢だったが、侍女に突つかれてようやく我に返った。
「あ、ありがとうございます、リリー様。あの、素晴らしい跳躍に私感動してしまって。あっ、お怪我はなさってませんか? 母が刺繍してくれた大切なハンカチなんです!!」
焦って支離滅裂になりながら、何度もお辞儀を繰り返す姿を気の毒に思い、リリーは落ち着くように優しい声音で話しかける。
「まぁ、お母様が? お母様は刺繍がお得意でいらっしゃるのね。羨ましいわね、ジェシー」
「そうね。私達のお母様は決して下手ではないけれど、ちょっと独特というか……」
萎縮している令嬢の気持ちをほぐそうと、ジェシーも冗談めかしてわざと顔をしかめてみせる。
ちなみに、リリーとジェシーの母親の刺繍はモチーフが特殊すぎていつも呆れられている為、あながち嘘を言ったわけでもない。
そんな二人の会話に緊張が解けてきたのか、令嬢が思い切った様子で名乗った。
「あ、あの、私はセイラ・バーキンと申します。父は子爵を賜っております。それで、あの、私にお礼をさせて下さい!!」
リリーはもちろんお礼など受けとるつもりはなかったが、セイラの意志が思いの外固く、二人はランチをご馳走になることに決まった。
三人は到着した食堂でも注目の的だったが、広いテラス席の端の方へ移動すると、やっと人目も気にならなくなった。
ハンバーグ、まだ残っていて良かったわ!
うーん、美味しい……。
やっとありつけた日替わりのハンバーグを口に運びつつ、リリーはセイラの話に耳を傾けている。
セイラも二人と同じ新入生なのだが、両親が領地へ行ってしまい、今は一人で王都の屋敷に住んでいるらしい。
ハンカチは入学した記念に、御守りがわりに母親からもらった物だと話してくれた。
「まあ、ご両親が留守なんて心細いのではなくて?」
同情するジェシーに、セイラが力なく頷く。
「はい。私は元々人見知りをしてしまう性格なので、お友達も出来なくて……」
しょぼんと肩を落としているセイラに、リリーとジェシーが顔を見合わせた。
「あら、私達はもうお友達よね? こうして食事も一緒にとっているし」
「ええ、新入生同士、仲良くしましょう!」
二人の言葉に、セイラは目をパチクリさせた。
信じられないといった表情をしている。
「え、身分も違いますけれど、よろしいのですか?」
「ふふっ、身分なんて所詮父のものだもの。私達はただの同級生よ」
「ジェシーったら良いこと言うわね。それではセイラ様、お友達として早速訊いてしまうけれど、何か困ったことでも?」
リリーは、セイラの両親が領地に行っていると話していた時の彼女の雰囲気に、ずっと違和感を感じていたのだが、その勘は当たっていたらしい。
最初は私事だと言い渋っていたセイラだったが、どうやら領地の経営がうまくいっておらず、両親が出向いて対処しているのだと言う。
「バーキン領って、王都から割と近くて、日帰りでも行ける場所よね? お花畑がある……」
「そうなんです! お花しかないんです!!」
リリーはそれはそれで素敵だと思ったが、セイラの家にとっては花だけではあまり収入にもならず、頭を抱えているのだとか。
セイラの必死な口ぶりが切実さを物語っていた。
「リリー様は酪農を学んでいらっしゃって、領地を発展させたスペシャリストだと噂になっております。何かアドバイスがあればぜひ!!」
え?
私がスペシャリスト?
初耳だし、誰がそんなデタラメ……。
隣でジェシーが吹き出すのを堪えている。
「ちょっとジェシー、笑わないでよ! 私だって初めて聞いたし、そんな力、私にはな……」
「そんな力、私にはない」と言おうとしていたリリーは、セイラの縋るような表情を見たせいで続きが言えなくなってしまった。
しばらく考える時間をもらうことにして、その場はひとまず解散になった。
お昼休みが終わってしまったからである。
しかし、この話がこの後予想をしない方向に進んでいくのであった。