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51話 お転婆な婚約者。

リリーの社交界デビューを伴う婚約お披露目の夜会は、彼女の知らないところで様々ありつつも、無事成功に終わった。

貴族の間でリリーは第三王子の婚約者として周知され、社交界に温かく迎え入れられたのである。


「お兄様、どこか体調が悪いのですか? もしかして、何か悩み事でも?」


夜会の翌朝、顔色が良くないアーサーは、食堂でリリーに心配されていた。


「いや、大丈夫だよ。昨晩は飲みすぎたのかもしれない。リリーこそ疲れていないかい?」


アーサーは昨晩のナムール伯爵一派のすったもんだにより、気の休まる時が無く、精神的に疲れ果てていた。

それは父のウィリアムも同じらしく、いまだ起きてもこない。

しかし、あの捕らえられた親子のことはリリーには内緒の為、なんとか誤魔化しておく。


「私は元気ですわ。昨日はとてもいい日でした。優しくて楽しいご令嬢方に囲まれて、素敵な時間を過ごせました。夜会が思っていたような怖い場所じゃなくて安心しました」

「それは何よりだ」


にこにこと嬉しそうに話す妹を見て、アーサーは安堵していた。

この笑顔を守る為に、ラインハルトを始め皆で修羅場を乗り切ったのだから……。


今後リリーが王子妃となれば、当然苦労もあるし、嫌がらせ全てを取り除くことなど不可能なことはわかっている。

だが、なるべくなら今のままの真っ直ぐなリリーでいられるよう、汚い面をなるべく見せずに済ませたいと家族は願っていた。

ラインハルトもきっと同じ気持ちに違いない。

ーーまあ、リリーが言うほど弱くもなく、案外図太い性格であることは百も承知なのだが。


「でも昨日はお茶会から戻ったら、ミシェル様達はもう会場にいらっしゃらなくて。お話の途中で申し訳ないことをしました」


やはり来たかー、その話題。


アーサーはドキッとしたが、表情は出さずに適当にはぐらかしておく。


「用事でもあったのかもな。それより、友人が出来て良かったじゃないか。学院に入学したら一緒に過ごせる者もいるだろうし」

「そうなのです! 学院に通うのが更に楽しみになりました」


うまく誘導し、夜会から学院の話へと持っていく。

まもなくリリーは王都にある学院へ入学し、同時にアーサーは卒業を迎えるのだ。


「学院」は貴族の子供が多く通っている、国が運営する学問所で、特に入学時の年齢は定められていない上、学ぶ期間も自由に選ぶことが出来る。

必ず通わなくてはならない決まりもなく、自主性が重んじられている。

性別や、跡取りかそれ以外かなどで必要な知識が変わってくるからだ。


リリーは現在十六歳だが、二年間通い、卒業と同時に第三王子に嫁ぐ予定となっていた。

ラインハルトとしては今すぐにでも結婚したいところだが、まだ兄の第二王子が結婚していない為、順番を待っている間に学院で可愛い婚約者とウフフアハハな学生生活を送ろうという魂胆らしい。

王族は家庭教師によって全て履修済みなので、本来は学院に通う必要もないのだから、『王子の思い出作り』であることをアーサーは的確に見抜いていた。



一月後、リリーは入学式を迎えた。

隣接する寮には入らず、ラインハルトと一緒に王家の馬車で通うことに決まった。

ジェシーは自分こそが共に通学するのだと譲らず、リリーも申し訳なさから最初は遠慮したのだが、ラインハルトが聞き入れるはずもなくーー。

王子妃教育が始まるからと、結局行きも帰りも王家の馬車に乗ることとなった。


入学式当日からリリーは注目を集めたが、夜会で親しくなった令嬢との再会や、同じクラスになったラインハルト、ジェシーのおかげで楽しく学院生活をスタートさせた。

もちろんクラス分けにも王子が圧力をかけたことは一目瞭然だったが、それに気付くこともなかった。



王子妃教育も始まり、授業の後に王宮に立ち寄ることにも慣れてきたある日のこと。

今日はラインハルトが公務で早退をするというので、教室で彼と別れたリリーは、ジェシーと二人でランチをとろうと食堂に向かっていた。


「ジェシー、今日の日替わりって何かしらね?」

「さっき、ハンバーグだって聞いたわよ?」

「ハンバーグ! 聞いた途端にお腹がハンバーグの気分になったわ」


ここの食堂は、日替わりランチが安くて美味しいと学生の間で有名なのだ。

ハンバーグに気持ちが逸り、弾む足取りで中庭を通り過ぎようとした時、急に突風が吹き抜けていった。

二人は思わず立ち止まって目を瞑り、髪を押さえた。


「すごい風だったわね。リリー、大丈夫だった?」


風で乱れたリリーの髪を直しながら、ジェシーが心配そうに顔を覗き込む。


「ありがとう、ジェシー。私なら大丈夫よ。でもビックリしたわ」


お互いに身だしなみを整えあってからまた歩き出すと、困ったような話し声が聞こえてきた。

リリーが目を向けると、見知らぬ令嬢と侍女らしき女性が木の下で上を見上げながら話している。


「お嬢様、私が人を呼んでまいりますのでお待ちください」

「待って。一人にしないで。心細いわ」


どうしたのかしら?

何か困ってるみたい。


リリーも二人の頭上に視線をやると、薄ピンク色の布が木に引っかかっていることに気付いた。


あれは……ハンカチ?

もしかして、さっきの風で?


「ジェシー、ちょっと待って。あのご令嬢が」

「ああ、きっとハンカチが飛ばされてしまったのね。放ってはおけないわね」


ジェシーはいつも理解と行動が早い。

すぐに令嬢に近付くと、もう声をかけていた。


「お困りみたいですけど、大丈夫ですか?」


ジェシーとその後ろにいるリリーを見て、令嬢と侍女は目を丸くし、慌ててペコペコと謝罪し始めた。


「リ、リ、リリー様、ジ、ジェシー様、うるさくして申し訳ございません! 私のことはどうかお気になさらず!!」


令嬢に謝られてしまったが、別に彼女は何も悪くない。

リリーは安心させるように笑いかけた。


「うるさくなんてありませんわ。でもせっかく綺麗なハンカチが……。ねえ、ジェシー。私あそこまでいけると思う?」

「あーあ、やっぱりやる気ね? リリーなら余裕だとは思うけど」


さすが、ジェシー!

私の行動なんてお見通しよね。


リリーが助走をつけようと少し離れ、軽く準備体操をし始めたのを、令嬢と侍女が不思議そうに見ている。


さて、行きますか!


「リリー、怪我だけはやめてね!」

「はーい」


リリーは元気よく返事をすると、軽く走り、勢いよく飛んだ。


「え?」

「は?」


驚いたような声が聞こえたが、ピョンと身体を浮かせたリリーは、手首のスナップをきかせるとフワッとハンカチを一瞬持ち上げ、スカートをはためかせながら華麗に着地した。


「ナイスキャッチ!!」


ジェシーが手を叩きながらリリーに近付くと、遅れたタイミングで校舎からも歓声が上がった。


「リリー様、凄い!!」

「人ってあんなに飛べるものか!?」


どうやら、目撃していた人が大勢いたようだ。

昼休みなのだから当たり前だが。


早退する為に馬車に向かっていたラインハルトも、偶然その様子を目にした一人だったが、思わずプッと吹き出すと呟いた。


「まったく、僕の婚約者は相変わらずお転婆なんだから。明日はお仕置きかな?」


何故か一瞬寒気がしたリリーは身震いしていた。 


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