48話 敵にまわしてはいけない人。
ラインハルトの命令により、三人の男が左右の両腕を騎士に拘束されながら入室してきた。
証人と言うが、扱いはまるで罪人そのものだ。
一気に物々しい雰囲気に包まれる夜会会場。
現れた彼らは皆揃って覇気が無く、俯いている。
ナムール伯爵はこれから何が始まるのか全く気付いていない様子だが、伯爵の取り巻き二名は連れてこられた男達に見覚えがあるようで、すぐさま顔色を変えて震え出した。
それを見ていたラインハルトは、あえて伯爵だけに問いかける。
「ナムール伯爵、彼らに見覚えは?」
「さあ。存じませんな」
伯爵の答えに、入ってきた男の一人が下げていた顔を上げ、悔しげに伯爵をキッと睨み付けた。
しかし、伯爵は本当に覚えがないのか、表情を変えることなくその視線を受け止めている。
ラインハルトは攻め方を変えることにした。
「話を変えましょう。最近二つの男爵家が爵位を剥奪された件はご存知ですか?」
「当然知っていますとも。こう申してはなんですが、あれは性急にことを進めすぎたのでは? 彼らに落ち度があったとは私には思えませんな」
「ほう……。あなたは陛下の決定に異議があると仰るのですね?」
「いやいや、滅相もない。ただ、疑問が残ると申したまでです」
強気な伯爵の言葉に、周りの貴族は息を呑んだ。
まさか、国王の決定に異議を唱え、楯突くようなことを平然とこの場で口にするとは。
伯爵はもう王家と親戚になり、偉くなったつもりでいるらしい。
国王の様子をチラッと盗み見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
これはただですむわけがないと貴族達が戦々恐々とする中、かえって楽しくなってきたラインハルトはニッと笑った。
「伯爵がここまで仰るのですから、我々も配下の声に耳を傾けねばなりませんね。ねぇ、父上?」
「ああ、そうだな」
不機嫌そうな声で、国王が頷いた。
その顔からは少しも納得していないことが窺えるが、敢えて息子の好きにさせると決めているようだった。
しかし、国王と王子に自分の意見を聞き入れられたと勝手に解釈した伯爵は、満足そうに鼻を膨らませた。
「娘が嫁げば、私達は身内となるのですから。このくらい大したことではありませんよ。私は有能で頼りになる男ですから。はっはっは」
「お父様、さすがですわ!」
わざと持ち上げられたことにも気付けない単純なナムール伯爵親子は、二人で身を寄せて喜びあった後、周囲を見下すように顎を上げて笑ってみせた。
全くよく似た親子である。
彼らを冷めた目付きで眺めていたラインハルトだったが、いよいよ嫌気が差したらしい。
「さてと。そろそろ茶番は終わりにしましょうか。私の可愛い婚約者を早く迎えにいかないと。彼女を随分と馬鹿にしてくれましたからね。もちろん覚悟は出来ていますよね?」
怒りのオーラを纏い、苛立ちを隠すこと無く伯爵親子に向ければ、ようやく王子の異変に気付いたのか、伯爵が遠慮がちに尋ねた。
「あの、ラインハルト王子? 茶番とは? 私はあなたの義理の父になる……」
「なりませんよ」
伯爵に全てを言わせず、ラインハルトがキッパリと否定する。
「僕の婚約者は、愛するリリーただ一人。よって、義理の父はスペンサー侯爵のみ。そして、今日は愛するリリーのお披露目の為に、皆に集まってもらったはずなのですが?」
ラインハルトが見回し、視線で問いかけると、状況を見守っていた貴族はこぞって頷いた。
「そうです。ラインハルト王子とリリー嬢の為の夜会です」
「皆、お二人を祝福するために集まったのです。ナムール伯爵、断じてあなた方の為ではない」
プライドの高い伯爵は、自分が下に見ていた者達の反撃に激昂した。
「なんだと!? お前ら、覚えておけ! 私が侯爵になった暁には」
「だから、ならないと言っている」
貴族達に悪態をつくナムール伯爵に、再びラインハルトがイライラしながら断言する。
「あなた方は、僕達の婚約お披露目というこの場で、リリーを不当に傷付け、貶める発言をし続けた。しかも、王家を冒涜する発言もね。僕は決して許さないよ?」
全く目が笑っていない表情で、親子に向けて不敵に笑うラインハルトに、「ああ、この人だけは敵にまわしてはいけない」と、周囲は嫌でも思い知らされていた。