45話 ピンチに登場する王子様。
「まぁ、私に口答えするなんて、どういうつもりかしら? 事実を指摘されて腹を立てたのは理解できますけれど、必死に言い訳をするなんて見苦しいわ。さすが野蛮な方は違うわね。あなたが裏で手を回しているのは確実だと、お父様も言っていましたもの。ねぇ、皆さん?」
「え、ええ。そうですわ……」
「し、しらばくれても無駄ですわよ……」
強気に踏ん反り返るミシェルの後ろで、取り巻き令嬢の二人は同調しつつも明らかに焦り始めていた。
ようやく自分達を見る周囲の目が、冷たいことに気付いたらしい。
「さっさと婚約者の座を私にお譲りなさいな。私の方が遥かに美しいですし、王家に相応しいわ。あなた私に嫉妬して、私の大切なお友達の家も失脚させたでしょう? 本当に忌々しい。私がラインハルト様の正式な婚約者になって、彼女の家をすぐに再建しなければ」
心当たりのないことばかりを言われ、リリーは困ってしまっていた。
何から訂正すればいいのか悩んでしまう。
ミシェルの友達の失脚話に至っては、全く話が見えない。
「やっぱりあの男爵家は失脚していたわね。以前から評判が悪かったもの」
ジェシーがアーサーに小声で耳打ちをする。
お忍びの際に、街で悪目立ちをしていた男爵令嬢は、やはりすでに処分を受けていたようだ。
ミシェルの取り巻きは、どんどん数を減らしているのだろう。
ーー自業自得だが。
リリーがとりあえず、何か返事をしなければと口を開きかけた時だった。
「可愛いリリー、僕の贈ったネックレスが曲がっているよ」
音も無くラインハルトが現れ、どこも曲がっていないネックレスを直すフリをしながらリリーの首を一撫でし、流れるような動作で頬にキスを落とした。
「ハルト様! こんな人前で……」
「リリーが可愛すぎるのが悪い」
キスをされた頬を手のひらで押さえ、真っ赤になるリリーと、甘い表情でそれを見つめる第三王子。
張りつめていた空気が一気に霧散していくのを、ジェシーは感じていた。
「リリー、お目当てのお菓子は食べられたの?」
「どうしてそれを?」
「僕はいつだってリリーを見ているからさ」
二人の会話を耳にした若い令嬢達から、羨ましげな「きゃー!」という歓声が上がる。
しかし、王家の男性の執着をよく知る一定の年齢以上の貴族は、皆引き攣った顔を見せ、軽く身震いしていた。
まるで怖いものでも見たかのように。
……ジェシーだけは呆れ、苦い表情をしていたのだが。
そんなジェシーに、ラインハルトがわざと朗らかに声をかけた。
「ジェシー嬢、そこにいたのか。リリーをお願いできるかな?」
「もちろんですわ」
直前までドン引き状態だったジェシーは速攻立ち直ると、心得たとばかりにリリーの前に颯爽と進み出る。
「リリー、疲れただろう? ジェシー嬢と一緒に、しばらく隣の部屋でお茶を楽しんでおいで。お披露目の時間になったら呼ぶから」
「あなたの好きそうなお菓子を持って、あちらでちょっと休憩しましょう」
いつもはリリーを巡るライバル同士のラインハルトとジェシーが、これから一悶着起きる会場からリリーを連れ出そうと、阿吽の呼吸で動き始めた。
「そうだわ! 私達だけでは寂しいし、どなたか一緒にお茶を楽しみませんこと?」
ジェシーが機転を利かせ、状況を見守っていた令嬢達に視線を送るとーー。
「あ、私もご一緒させて下さいませ」
「ぜひ私も!!」
「お菓子も色々と持っていきましょう」
「そうですわね。リリー様、こちらの焼き菓子もとても美味しそうですわよ」
ジェシーの誘いに、すぐさま大勢の令嬢が反応した。
さすが若くとも社交界の若き花々、空気を読むのはお手のもの。
中には父親に急かされて慌てて付いてくる令嬢もいたが、俄かに会場は慌ただしくなった。
先程までのやり取りを見ていれば、リリーと仲良くなっておく方が家の為だと考えて当然だったが、多くは純粋にリリーと話をしてみたくなったようだった。
「え? お茶? でも私はまだお話の途中で……」
リリーは展開に戸惑っていたが、ジェシーを始めとする令嬢達が美しい連携でリリーを会場から連れ出す。
ジェシーはリリーの手を引きながら、ミシェルとすれ違いざまに目があう瞬間を逃さなかった。
過去の因縁から、嫌みを言ってやりたい気持ちもあったし、思いっきり睨み付けてやろうかとも考えたがーー。
わざと最高の笑顔をミシェルに向けたジェシーは、すぐに顔を背けると会場を後にした。
どうせ彼女達に二度と会うことはないのだから、同じ土俵に立つ必要などない。
ジェシーは弱かった過去の自分と、笑顔でお別れをしたのだった。